| 少年たちの反撃 |
じゃ、これが地獄なのか。
こうだとは思わなかった・・・二人ともおぼえているだろう。
硫黄の匂い、火あぶり台、焼き網なんか要るものか。
地獄とは他人のことだ。
サルトル「出口なし」
霞玉丸は目をつぶっていたが、再び膜を越えると、おずおずと目を開いた。
まだ万太の群がそこにあるかと思ったからだ。
万太の群の部屋の隣は、さらに広い部屋だった。
部屋という表現はふさわしくない。そこは部屋というよりも空間だった。玉丸の体はいきなりその空間に投げ出された。空間の床ははるか下にある。
落ちる!
そう思った瞬間、玉丸はいきなりふわりとした空気に包まれると、この空間に重力といったものがないのを知った。玉丸は無意識的に自分の体を支えるものを探した。じたばたと両手両足が無意味に動く。
今、玉丸の体はまるでスペースシャトルの乗組員が体験するような無重力に包まれていた。
体が安定しない。
唯一、玉丸の体を支えるのは玉丸のを掴む紺万太の腕だ。
玉丸はこの空間がどうやら母船の中心らしいことが何となくわかった。空間はほとんど球状らしく、そこここに他の部屋につながる膜が見える。
つまりこの部屋は空洞のバスケットボールのような所で、そのボールはあちこちに穴が開いているといった感じだ。今まさに玉丸たちはその空洞部分に、支えもなく浮いていた。
万太はこの場所を移動する要領を心得ているのか、玉丸の腕から体を離すと、すいと上空と思える方向に昇っていった。
はるか高みには青空が広がっているが、それは灰色の不透明なフィルターを通して
うす汚れて見えた。雲は信じられないスピードで流れている。
つまり、この母船が移動しているのだ!
それはなぜだろうか?
まさか峠三三の乗った船を追いかけているのだろうか?
玉丸はそう考えたが、何も出来なかった。
そもそも無重力空間で移動する手段なんて、玉丸と点吉は知る由もない。玉丸と点吉は手足をばたばたと動かして、空間を泳ぐようにじわじわと移動した。しかし、二人は万太のように、いくらがんばっても軽々と移動は出来ない。
体は空気の波に押されて、右往左往する。その表現は正確ではない。この空間でははっきりとした「上下」という感覚がないのだ。玉丸の体は腰の辺りを中心にぶざまにくるくる回転した。
万太はそんな玉丸の様子を見て、再び玉丸を支えると言った。
「ここはターミナルだ。つまり船の中心なんだ。ご覧の通り、重力がないように思える。だが本当は、目に見えない空気よりも細かな素粒子で空間を構成しているんだ。素粒子は俺たちの体を支えているから、こんな風に空間を移動できる。泳ぐにはコツがいる。大丈夫か、玉丸?」
「大丈夫さ・・・少し気持ち悪いけど、もう胃の中に吐く物はないからね。平気だ。それよりも万太、船のことにずいぶんくわしいんだな?」
「・・・。笑子の部屋はもうすぐのはずだ。ついて来れるか?」
「駄目だ。僕は万太のようには泳げない。連れていってくれよ。こんな所を銀色たちに見つかったら大変だ」
万太は点吉を見た。点吉は幸いにも玉丸のように体が回転してはいなかったが、万太に運ばれることには玉丸と同意見のようだ。手足をこちらに差し出して、体の固定を願っている。万太は両腕で二人の体を支えると、ひとつの膜の入口に向かった。
「万太」玉丸は万太に引きずられながら言った。
「万太、さっきの部屋は何だったんだ?」
「・・・」
万太はその言葉を無視した。無視というよりも、唇が張り付いてしまって喋ることが出来ないといった感じだった。眉間には深いしわが寄っている。瞳からは血がしたたり続けている。血の一滴は球状になって、万太の顔を離れると、玉丸の背後の空間にふわふわと飛んでいった。まるで赤い小さなシャボン玉のようだった。
しばらくして万太は、重々しく口を開いた。
「さっきの部屋は実験室と呼ばれている。あそこにいたのは・・・あれは、俺の兄弟たちだよ」
「きょ・兄弟だって?みんな、顔がその・・・万太、おまえにそっくりだったぞ!」
「おまえと笑子のようにな。あれはクローンってやつだ。クローンって知ってるか?一つの細胞を増殖して個体をいくつもコピーする技術だ」
「クローン?あの部屋に並んでいたのは、おまえのクローンなのか?どうしておまえのクローンなんかが、この船・・・銀色たちの船にあるんだ?銀色たちはおまえのクローンなんか作って、何をしようとしているんだ?」
万太の傍らの点吉も、玉丸と同様に万太に質問したがっているようだ。玉丸のそんな言葉に対してうんうんと頷いている。
「質問が多いぜ、玉丸。おまえは俺が普通の中学生にしては、何か変だと気づいていたはずじゃないか。俺は超能力が使える上に、テレビにも出演している。さらには学校中の嫌われ者だ。それだけでも普通の中学生の範疇を越えているとは思わなかったか?」
「それは、おまえの勝手な思い込みだ。確かに超能力があるってのは、普通の人間とは違うな、って思ってたけど・・・僕はおまえを嫌ってなんかいないぞ。確かに超能力が使えることが、峠くんにはバレてしまった。峠くんは、少なからずおまえを憎んだかも知れない。だけど、それが何だってんだ。おまえはどう見ても・・・何もしていなけりゃ、僕たちと何も変わっちゃいないじゃないか」
「そう言ってくれるのは、感謝するよ。だが、これからもそんな風に俺を、普通の中学生と同じように見ることが出来るか?あの部屋を見て思ったんじゃないか?「気持ち悪い」って思っただろ?あのガラスに入っていた俺のクローンたちを見て、おまえは床に吐いたじゃないか!」
「あれは・・・驚いたからさ!それよりも・・・僕が言いたいのは、銀色たちがおまえをあんなにたくさんコピーして、何をしようとしているのか・・・おまえが何をされたのか、それだけを知りたいんだ!」
「知って、どうする?」
「どうするって・・・おまえに何が起こっているのか、僕は知りたいよ。僕はおまえの友だちだぞ。おまえを助けたいんだ!」
「駄目だね。おまえに何が出来るっていうんだ。銀色たちに対して、為されるままになぶられていたおまえが、俺を助けてくれるって?とんだお笑い草だ。放っておいてくれ!」
「どうしてだ?万太、なぜそんなことを言う?」
「俺は知られたくなかった。俺にあんな気持ちの悪い兄弟がいることなんてな。知られたくなかったんだ・・・おまえだけにはな」
「知ったところで、何も変わらないよ。教えてくれ。おまえは銀色たちに何をされているんだ?」
「銀色たちは俺に、別に何もしちゃいない。俺が・・・いや俺の一部が、あんなクローンを作り続けているんだ」
「どういうことだ?一部?一部って何のことだ?・・・まさか」
「ようやくわかったか?つまり、俺自身も誰かのクローンってことだよ。クローンは銀色たちに管理されている。俺は銀色たちの仲間ってことだ」
玉丸の頭に電撃のような衝撃が走った。実際に棍棒か何かで、がつんと殴られたような痛みを脳に感じた。仲間・・・仲間って言ったか?万太が銀色たちの仲間だって?どうして、なぜだ?
と、いうことは玉丸と笑子をさらったことに万太は加担しているのか?
僕を恐怖に陥れ、ここまで来させたのは万太だったのか?
僕を船から落っことしたのは、万太は知っていたのか?
疑問が次から次へと湧いてくる。しかし、その答えは一向に解けない。玉丸は疲労と混乱と目眩で、気を失いそうになった。気持ちはそこに向かっている。気絶したい、という感覚が玉丸を包む。もう、たくさんだ。僕を振り回すのは勘弁してくれ。 僕が何をした!
僕は何も望んでいない。
何が一体どうなっているんだ?さっぱりわからない。
もう、どうなってもいい。何も信じられない。何が現実で、何が現実じゃないのか区別がつかない。
それともこれも銀色たちが見せている夢のようなものなのか?
夢ならいつかは覚めるはずだ。玉丸がそう思いかけたその時、玉丸をあざ笑う誰かの声が響いた。独特のかすれたような笑い声。聞き慣れた笑い声だ。
万太の声だ。
万太が笑っている?いや万太は玉丸の腕を握りしめたまま、口をつぐんでいた。
しかし、万太は突如この空間に響いたその声に、びくりと反応すると、玉丸の背後に立っている二人の少年を凝視した。万太が見据えた方向には・・・
そこには紺万太が浮いていた。
紺万太がさらに二人、浮いていた。
金髪と赤毛の紺万太が、浮いていた。
つづく
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