| 少年たちの反撃 |
いびつな男がおりました。
彼はいびつな道をいきました。
いびつな階段のところで
六ペンス銀貨をみつけました。
彼はいびつな猫を買いました。
ネコはいびつなねずみを捕えました。
そしてみんないっしょに
いびつな家にすみました。
マザー・グース「童話」
霞玉丸は部屋に飛び込むと、円点吉に折り重なる形で倒れ込んでしまった。
倒れ込むときにうまく体を支えきれなかったらしく、両手を擦りむき、顎を床にしたたかに打ちつけてしまった。
しばらくその目眩にうめきながらも、点吉が起き上がるのと同時に顔を上げたが、すぐさま玉丸は顔を上げたことを後悔した。
その部屋は薄暗く、光源のわからない光で満たされていた。部屋は予想以上に広かったが、天井はどの部屋よりも低かった。
部屋には、玉丸たち以外の人の気配があった。
それも何十もの人の気配が。
すぐさま霞玉丸の目に入り込んで来たのは同級生の紺万太の姿だ。しかし、その紺万太はなぜか素っ裸で、透明なガラスケースの中に不透明な液体といっしょに沈んでいた。
しかもその裸の万太は、一人ではなかった。何とこの広い部屋のいくつもある同型のガラスケースすべてに裸の紺万太の姿があった。ガラスケースは広い部屋の中にぎゅうぎゅうと、すき間なく押し込められていた。ガラスケースとガラスケースの間には生き物ようにうねうねと動く、ミミズのような管がびっしりとはり巡らされている。ミミズとミミズの間からは気味の悪い光点がちかちかまたたいており、万太の集団を不気味に浮かび上がらせている。ミミズは時々、思い出したかのように蒸気を吹き上げた。その匂いは、玉丸に吐き気をもよおさせた。
しばらく玉丸と点吉は目の前に何が起こっているのかわからず、呆然としてしまった。次にはパニック感が二人を襲ってきた。玉丸と点吉はお互いを見やった。
二人とも何をしていいのかわからない!
二人とも逃げることさえ忘れていた。
ガラスケースの並ぶ異様な風景に、霞玉丸は不快感が喉元にこみ上がるのを感じた。
自然に足下が、がたがたと震える。
何が怖いのかわからないのに身体が震える!
かつて玉丸が小学生の頃、クラスの悪友が、玉丸と妹笑子に向かって言ったきつい一言があった。
「おまえら双子は、そっくりで気持ち悪い」という一言だ。
確かに玉丸と笑子のような一卵性双生児は、二人とも姿形や言動までそっくりだ。
性格は別として、その時玉丸は「自分は男で、笑子は女だ。そっくりな訳ないじゃないか」と思い、心にわずかな怒りの炎が立ったのを記憶している。
しかし今、玉丸たちの前に並ぶ紺万太の群は、誰の目に見ても、不気味なほどそっくりだった。双子どころの話ではない。
図書室のコピー機が、ノートの作文をそっくりそのままコピーするようにそっくりなのだ。
いや、必ずしも全てがそっくりではない。
部屋の奥に見える万太はどう見ても小学生ほどの体格だった。
さらに奥には高校生か、それ以上の体格をした万太が見える。
よくよく見るとこの部屋にいる万太は、どれも必ずしも玉丸の同級生の万太ではない。この部屋には赤ん坊から、はては老人までさまざまな「紺万太」らしき人間が群れて並んでいた。
しかし、玉丸には一つのれっきとした確信があった。
この部屋の全員が、紺万太だ!
思わず玉丸は、背後にいるはずの、玉丸の知っている「玉丸の万太」を見た。
玉丸の万太は今まさにゆっくりと膜を通ろうとしているところだ。入口を覆う膜は万太が手を突き刺しても、風船のように破れる気配はない。膜は万太が部屋に入るとその穴は塞がって、もとの一枚の膜に戻ってしまった。
万太の顔は蒼白だ。あんなに日頃、気色ばった褐色な肌が、玉丸の目にも薄く青ざめているのがわかる。瞳から血を流し過ぎたのか、足どりも重い。
玉丸は改めて部屋に並ぶ万太の群を見た。
いつの間にか万太の群は全員が玉丸たちに注目している。
吊り上がった万太の瞳の群が、玉丸と点吉を包んだ。玉丸が最初に見た裸の万太は、目をかっと見開いて玉丸たちを見据えると、その侵入者のぶざまな姿にあきれたのか、鼻からいくつかの泡を吐き出した。
そして、にやりと笑った。昨晩、万太が銀色を壁に埋め込んでいたときに見せた笑顔だ。
玉丸は悪友の言葉を、再び思い出した。
「そっくりで、気持ち悪い」
玉丸はかつての悪友の言葉の意味が、今はっきりわかった気がした。
人は必ずしも自分と似ていなくても、「人間そっくりな人形」に不快感や、それ以上の恐怖を感じることがある。それは人が、他人を恐れる感情を越えた、もっと本能に忠実な恐怖だ。その人形が体内に組み込まれたからくりで動き出そうものなら、その恐怖はさらに増大する。かつて玉丸はそんな映画をテレビで見た。夜中、勝手に動き出す人形が人を無差別に殺し回るホラー映画だった。玉丸はその映画の夢にそれから幾晩もうなされた。
人が「そっくりな人形」になぜ恐怖するのかはわからない。しかし、玉丸は万太の群を見て、一つの結論に達した。
人間は、自分以外の他人が二人以上そろうことに恐怖するのだ。それは数という形でその人間を圧倒する。圧倒するということは、自分がその数に滅ぼされるという脅威を表すのだ。
玉丸の悪友が「気持ち悪い」と言ったのは、そんな恐怖のあらわれではなかったか?もちろん他の要因もあるだろう。理由のつかない不快感だ。
人間は自分以上の存在が、存在することに本能で恐怖する。
その恐怖は、存在の数に比例するのだ。
人形というのはその暗示なのかも知れない。
玉丸は部屋に広がる万太の無情な目に圧倒されて、急激な目眩に襲われるのを感じた。気を失いそうだ。その感覚は、学校の校庭で気絶したことから学んだ。
気絶してはならない。今ここで倒れるわけにはいかないのだ。
玉丸は意識を正常に保つよう努力した。しかし、呼吸がコントロールできない。深呼吸しようとすると、喉元に熱い物がこみ上げてきた。たまらず玉丸は床にその中身をぶちまけてしまった。
昨晩から玉丸は何も食べていない。口には酸っぱい不快な味が広がった。その味が不快感をさらにあおり、何度もげえげえと吐いた。口元を服の袖で拭ったときは、点吉も同様に床に胃液をもどしていた。
点吉も玉丸と同様のことを考えたに違いない。
そのうち部屋には、さきほどの巨大な生き物の足音が響くようになった。万太の群の部屋に入る入口は狭く、あの生き物は膜を越えられないはずだ。
そう思った途端、玉丸と点吉は「玉丸の万太」に引っ張り上げられ、部屋の奥に引きずられた。玉丸は立ち上がる瞬間、床の汚れがズボンにひっかかったのを感じた。
「見るな、玉丸」
今度ばかりは玉丸も万太の言うことを聞くことにした。
もう目を開けないぞ。誰が何と言おうと開けるもんか。
玉丸は万太に引きずられるまま、一直線に部屋の奥に進んで行った。
時々玉丸は転ばないために、一瞬うっすらと目を開けてしまったが、ガラスケースの中の子供の万太が、玉丸を見てうっすらと笑ったのを見てからは、二度と目を開かなかった。
つづく
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