| 少年たちの反撃 |
もし人が夢の中で天国に行くことができ、
その証として一輪の花をもらい、
目覚めたときたしかにその花を手にしていたとしたら、
なんと思うだろう?
S・T・コールリッジ「生命の詩」
「あははは・・・!おっはよー。玉ちゃん!」
急いで家をでたつもりだったが、結局、霞玉丸は妹の霞笑子に追いつかれてしまった。
玉丸の両親は、家を早朝に出発する。玉丸が起きたときに用意されている朝食は双子といえど、ともに食べないことが多い。目覚めたときの気分は最悪で、朝から笑子のあのキンキン響く笑い声を玉丸は聞きたくはなかった。
「何急いでるのよ。学校にはまだまだ間に合うじゃない。あははは・・・!」
「やめてくれよ笑子。くっつくなよ。人が見たら誤解するだろう。はなれろったら」
玉丸はおぶさってきた笑子をひきはがして、笑子に追いつかれまいと歩みを早めた。
「バッカねー。何照れてんのー。兄弟なのにー!それも双子よー!」
笑子の歩幅は広い。あっと言う間に玉丸は追いつかれてしまった。
玉丸は顔をうつむかせながらも周りの視線を痛いほど感じた。笑子の声、特に笑い声は朝の街にいやがうえにも響く。
朝を告げる鶏が百羽そろって声を張り上げてるイメージが玉丸の脳裏によぎった。
「いいからはなれてろよ。寝不足で頭が痛いんだ」
「どうして?夜遅くまで何してたの?勉強?そんなわきゃないよね。どうせ変なこと
・・・ひとりでエッチなことしてたんだ。きゃーはっはっは!」
「バカ!そんなデカい声出すな。何言ってんだよ。・・・そういえば昨日のこと覚えてないのか?」
玉丸はそこで初めて昨日の銀色たちのことを思いだした。
途端に昨晩の恐怖がわき上がってくる。両足がすくんで歩けなくなってしまった。
土手で急に立ち止まった玉丸を、不思議そうに笑子が見上げる。
どうしていままで思い出さなかったんだろう?
そういえば目覚めた時の気分は最悪で、徹夜したかのように寝不足気味だった。頭はガンガンと割れそうに痛んでいたので、その時は何かを考えられる状態ではなかったのだ。
「なにー?昨日のことって」
「銀色の・・・あの連中のことだよ。そうだ。おまえ耳、何ともないのかよ」
玉丸は昨日の夜を思い出して、笑子の耳をのぞいた。
笑子の耳は、一見何の変哲も見られない。あんな大きな針が突き刺さったのだ。血は消えても、傷が残っているはずだ。念のため玉丸は笑子の両方の耳をつかんで、さらに奥を念入りに調べた。
「きゃーははは。やだ。感じちゃう」
笑子はのけぞるように笑い、上機嫌だ。
結局、笑子の耳には何も残っていなかった。
笑子自身にもう一度、昨晩の出来事を思い出すようにと玉丸はたずねたが、笑子自身は銀色のスーツの異様な人間たち、一度見たら忘れられない巨大で不気味な目を思い出すことはなかった。
それどころか・・・
「夢でも見たのね玉ちゃん。UFOや宇宙人が好きなのはいいけど、マニアって度が過ぎると嫌われちゃうのよ。変なビデオばかり観て夜更かしするのは、やめた方がいいわね。あははは・・・」なんてことを言い残して、さっさと自分一人で学校に向かってしまった。
「なぜだ?どうして覚えていないんだ・・・?」玉丸はひとり呆然として、その場にたたずんだ。
しかし、すぐさま玉丸は自分の腕と足首を確認した。玉丸はそこに、黒ずんだアザを見つけた。これは紛れもなく昨日の夜にベッドに縛り付けられた痕だ。
「笑子には傷が残ってはいないのに、どうして僕にはこんなにくっきりと・・・?」
通学に通る土手には玉丸と同じように、玉丸の通う学校へ向かう生徒もいたが、何人かの通勤途中のサラリーマンもいた。サラリーマンのほとんどは新聞を開きながら歩いている。土手は長く、自動車が来る心配がないからだ。
サラリーマンの一人が持っているカラフルなスポーツ新聞の見出しが、玉丸の目に入った。
「UFO出現!」という赤く塗られた大きな文字が、新聞の一面を飾っている。
玉丸の隣を歩くサラリーマンの新聞からは、何が書かれているのかくわしくはわからなかったが、どうやら昨夜、玉丸の街の上空を未確認の飛行物体が、多数の人物に目撃されたらしい。
玉丸はスポーツ新聞の見出しを飾る記事を見て、なぜか足がすくんだ。
玉丸自身は、新聞が示すUFOの記事に特に興味があるわけではないのだが、自分自身が何やら不吉な事件に巻き込まれつつあるという漠然とした恐怖を感じたのだ。
そんな訳のわからぬ不安を吹っ切るかのように、玉丸の学校へ向かう足は次第に早くなった。
自分の身に起こったことを誰かに知らせなければ・・・!
そんな冷たい義務感が、玉丸の胸のうちに沸き上がっていた。
オウムはおしゃべりは上手だが、飛ぶのが下手だ。
ウィルバー・ライト
「笑子の傷が治っていたのは、笑子の耳に残っている玉っころの仕業だろうな。あれは埋め込まれた人間のケガを治しちまうんだろう」
解答を出したのは紺万太だった。紺万太は、教室の玉丸の席の隣に腰かけながら言った。
玉っころというのは昨晩、銀色たちが霞玉丸の耳に埋め込もうとした銀色の小さな球のことだ。
「おまえは、俺が間一髪で玉っころが耳にめり込むのを止めたんだから、キズが
残っているのはしょうがねえよ。ま、名誉の負傷だな」
「だけど、笑子は何が起こったのかも覚えてないんだ」
霞玉丸は万太に詰め寄った。
「あの銀色たちは、記憶を奪う術を持ってるのさ」万太はシンプルに答える。
「だけど、僕ははっきり覚えている。忘れようと思ったって、忘れられないよ。あの気持ち悪い底なしの目、それに全身の銀色ずくめの変な服」
玉丸は昨晩の出来事を思い出して身震いした。あんな壁に埋め込まれるような経験はもうまっぴらだ。
「あいつらはいったい何だったんだろう?僕に何をするつもりだったのかな?」
そんな玉丸の問いに、万太はさも興味なさげに頬杖ついて答えた。
「玉丸。そんな話、他の人間にするなよ。誰も信じちゃくれないからな」
「どうして?」
「どうしてもこうしてもあるか。誰が「昨晩、私はさらわれました」って話を信じるって言うんだ?今、こうして学校に来ているのによ。それも「僕をさらったのは銀色のスーツを着た変な生き物たちです」とでも言うのか?」
「だけど、誰かにこのことを話さないと・・・」
「誰に話すんだ。先生か友達か?よせよ。双子の妹が信じなかった話を誰が信じるって言うんだ。そりゃ面白おかしく聞いてくれるとは思うぜ?だけど頭の中じゃ「こいつ何言ってんだ。バカじゃないのか?」って思われるのがオチさ」
「そうかな・・・その通りかも知れないけど」
紺万太に説得されると、気が弱い玉丸はそう感じた。
「僕にも昨日のことがいまだ信じられないぐらいだからなあ・・・」
玉丸の心はうずうずしていた。そして昨晩の出来事は、何がなんでも人に話さねばならないという衝動を感じた。
「やめろよ、玉丸。俺たちだけの秘密にしておこうぜ。どうせもう二度と会うこともねえしな」紺万太はくくっと笑った。
銀色たちを自分の能力で壁に埋め込んだことを思い出しているのだ。何回も何回も。
「だけど、またやって来て欲しい気もするな。今度はどうやってふっ飛ばしてやるか・・・」万太は今、そんなことを考えているに違いないと玉丸は思った。
万太はそのままにやにや笑いながら自分の席に戻ってしまった。
授業が始まった。
矢河原中学の生徒である霞玉丸と紺万太は同じ2-Bのクラスメイトだが、このクラスの中で紺万太がまさか本当に「念動力」を使えるとは玉丸以外、誰も知らない。(「本当に・・・」というのには理由がある)玉丸はほとんど授業に集中できないまま、昨晩の出来事を思い出してみた・・・。
玉丸は、万太の超能力でベッドからの拘束に解かれた直後、部屋全体が傾き、振動
しているのを感じた。その振動も小刻みなものからどんどんひどくなっていく。
地震にしては揺れが変だ。まるで・・・
「どうしたんだ?何か部屋が変だ・・・下の階へ向かうエレベーターに乗っているようだぞ。それも質の悪いエレベーターに」
玉丸は不安が胸の内にこみあがってくるのを感じた。
「玉丸、その通りだ。今、この部屋はパイロットのいないジェット機なのさ」
万太が頭をかきながら、平然と答える。
「どういうこと?」
「バカだな、おまえは。今まさにこの船はふらふらと落っこちてる途中なんだよ」
「船?」
「船といっても海に浮かんでいるんじゃないぜ。ここは空の上なのさ」
万太は続けた。
「銀色たちはみんな俺がのしちまったからな。当然、船をあやつる奴もいなくなったのさ。ははは・・・!」
万太はかすれた声で笑った。
「笑い事じゃない!どうするんだよ」
玉丸は今まさに慣性の法則が自分にかかってきているのを感じた。この船(部屋という実感しかないが)が、落ちているというなら本来は万太も自分も天井にはりついて動けないはずだ。だがこうして立っていられるのは、この部屋に何らかの「重力」が働いているからなのだろうか?と玉丸は考えた。
だけど今は、そんなことはどうでもいい!
「どうしよう。どうするんだよ。死んじまうよ!笑子は?みんな道連れだ」
「死にゃしねえよ。この船はゆらゆら浮くようになってるんだ。風船みたいなもんだ。今は誰にもコントロールされてないからこうなってるだけさ。玉丸、笑子は隣の部屋だ。来い。そこに出口もある」万太は玉丸にそう言うとさっさと部屋から出ていってしまった。
「この船はどうするんだよ!」玉丸は万太の背中に叫んだ。
「放っておけよ。いったい誰が、風船の飛んでいった先を考えるんだ?」
そこから先は玉丸はあまり覚えていない。万太がスロット状になった船の入口を、得意の超能力でこじ開けたこと。万太が霞笑子を肩に抱えていたこと。入口からすごいスピードで街が空へ昇っているのが見えたことだけが、うっすらと玉丸の記憶にあった。
今もあの時吹き込んできた風の強さが実感できる。とても冷たい風だった。
「まさか、あの穴から三人一緒に飛び出したのか?」
そんなまさか、と玉丸は思った。いくら万太といえど、空を飛べるはずはない。そこまで神様は、一人の傲慢な少年の遺伝子に特別サービスはしないはずだ。
・・・だがどうやって?
玉丸は万太にその点を聞き出したかった。そして何より、自分がどうしてあの災厄、つまり銀色たちに出会うことになってしまったのかを知りたかった。しかし当の万太本人は、教室の窓側の隅で気持ちよさそうに惰眠をむさぼっていた。
「ちぇっ!人の気も知らずに」
玉丸はそれからの授業が全く集中出来なかった。
頭の中では銀色たちの話を誰に伝えるかでいっぱいだったからだ。
恋人も友もなく、孤独に旅する者は、
何者にも追われることもなく、無為に一生を終わる。
エラー・フィーラー・ウィルコックス
「そっちへ行ったぞ!玉!」
「え?」
一瞬、玉丸は「玉」という言葉が単に自分を誰かが呼んだだけなのかと思ったが、それは違ったようだった。「玉」とは宙を浮かぶバスケットボールが、こちらへ向かっていることを指していたのだ。バスケットボールは差し出された両腕の間を通り抜け、玉丸の横っ面を直撃した。
「・・・何だ、また玉丸かよ!」
誰かがそう言ったのが聞こえたが、視界が真っ暗になった玉丸には誰がそれを言ったのかはわからなかった。
「また、玉丸かよ」
その言葉は玉丸が地面に接触する瞬間に、玉丸の心を傷つけた。
「情けねえなあ・・・」
霞玉丸が目覚めると、紺万太の声が聞こえた。
玉丸が目覚めたのは保健室のベッドだった。
玉丸は、ずきずきする頭を抱えてようやく起きあがると、自分がジャージ姿のままであることに気づいた。ポケットには砂が入っていた。そしてなぜか右手は、校庭の砂をしっかり握りしめていた。
「・・・ああ、そう言えば体育の時限だったっけ」と玉丸は思った。
自分はうっかりしている間に、誰かの投げたバスケットボールにぶつかってしまったのだ。
霞玉丸は「体育」という授業が苦手だった。その感情は、あらゆる運動と名の付くものを「憎んでいる」といってもいいものだ。玉丸は運動神経がすこぶる良くない人間のひとりで、球技などのチームプレーが求められるスポーツは特に苦手だった。
・・・だからといって個人競技が得意であるわけではないのだが。
今回のバスケットボールの授業では、あまりボールに触れることもなく適当に動いて、試合の終了つまり授業の終了を、今か今かと待っていたのに・・・誰かにとって玉丸は、ボールをパスし易い位置にいたらしい。
玉丸は予期せず飛んできたボールを手でキャッチできず、顔面で受け取ってしまったのだ。それもよりによって、気絶するという醜態をさらしてしまった。誰がここまで運んで来てくれたのか知らないが、玉丸の学校生活にとってこれは大いなる失態だった。
ただでさえ運動音痴のレッテルが貼られているのに、人前で気絶までしてしまったとは・・・。恥ずかしくて、穴があったら入りたいくらいだ。
「折角、俺がパスしてやったのに顔面で受ける奴があるか」万太が言った。
「・・・よけいなことするなよ」
それは玉丸の本心だった。万太は、自分が良かれと思っているのか、玉丸と同じチームになると必ずボールをパスしてくれたりする。本人はそれを友情のあらわれと思っているらしかったが、玉丸は本当に友情があるなら試合終了まで放っておいて欲しかったのに、と思った。
「何、言ってんだ。ただでさえおまえはトロくて、ボールに触る機会なんて滅多にないんだから。貴重なシュートチャンスをやったのに・・・何ボーッとしてたんだよ」
「・・・考えごとをしていたんだよ」
「何だ?例の銀色の連中のことかよ」
玉丸が頷くと、万太は溜息をつきながら立ち上がった。保健室には他にも生徒がおり、万太はあまり昨晩のことを語りたくないようだった。
「玉丸、あのな。あんな連中のことなんか忘れろよ。もう二度と現れねえよ」
「僕はあの連中が何をしようとしていたか・・・どうしてもわからないんだ」
「あんなけったくそ悪い連中が何を考えているかなんて、俺は少しも知りたくねえ。全く、おまえは変わってるな」
「そうかな?」
「そうさ。おまえはスポーツもダメだし、・・・かといって勉強が出来るかと言えばそうでもない。ただでさえどっちつかずの変わった奴なのに、変なことばかり知りたがる。得意なことと言えば、授業中にノートのスミに落書きするくらいなもんだ。いいところは全部、妹の笑子に吸い取られちまったんだな」
「はっきり言うなよ」
そう言いながら玉丸は、超能力を持ってるおまえほど変わちゃいないぞ、と心の中で万太に言い返した。
「俺が放ったボールだったから心配してみたが、どうやら何事もないようだな。
いつもの変な玉丸だ。安心したぜ」
「心配してくれたのか?気味が悪いな」
「バカ、ここに来たのはついでだよ。俺、午後いなくなるからよ」そう言い残して紺万太は保健室を去っていった。
紺万太は、午後は学校を早退した。
午後より赤坂のテレビ局で、超能力番組の収録があるのだ。紺万太はその中でもメインの主役だった。ブラウン管の彼は「超能力」を使ってスプーンをはじめ、太さ5センチもある鉄棒を軽々と曲げるのを得意とする「今世紀最後の超能力少年」だった。
・・・と言ってもこれは紺万太の「本来の超能力」にとって造作もないことであることを霞玉丸は知っていた。万太は自分の超能力を隠すため、わざとテレビに出演し、5センチの鉄棒を苦心して曲げる「演技」をしているのだ。
本当の万太は、「5センチ」どころか「5台」の自動車を一瞬でねじり壊すことができる。
万太を最初、テレビ局に売り込んだのは万太の両親だった、と霞玉丸は聞いたことがある。なにしろ万太の念動力に、一番手を焼いたのは両親だったかららしい。
紺万太は「悪ガキ」という言葉では、有り余るほどの超・問題児だった。人の言うことなど聞く耳は持たず、言うことを聞かせようとする人間は、必ずといっていいほど万太の「報復」を受けた。その人の頭上に突然、テレビが落ちてきたり、いきなり足の骨が折れたり等など・・・ありえそうもないことが、次々とだ。
そういった意味で、万太は徹底したサディストだった。
いま霞玉丸が通う中学校の生徒で、紺万太の超能力の報復を受けたことが無い生徒を探すのはむずかしい。
テレビに登場することで有名になった万太に触れようとした者は、万太のまばたきひとつでいきなりガラス窓に突っ込まされたりしたからだ。ひどいときには、学校の保健室ではけが人がおさまりきらず、救急車が出動したこともあった。それだけのことをしているのに、いまだに万太がこの学校にのうのうと通っている理由は、二つある。
一つは学校そのものが、両親の所有物であるということだ。万太の父親はこの矢河原中学校の創立に、多額の寄付をしたこともあり、市にも毎月多くの援助金を出している。万太の父親はさる大手の電気メーカーの社長であり、母親はその会社の創立者の娘なのだ。
まさに万太は意識してかそうでないのか、学校を自分の家の庭のように感じている。そして万太にとって自分以外の生徒は、庭の雑草程度の意識しかない。いつでも
気に入らない草はひっこぬけると思っているのだ。
もう一つは、万太自身が巧みにその超能力による事件の被害者をも装うことだ。
万太の機嫌を損ねた生徒は、次の瞬間には間違いなく窓ガラスのシャワーを浴びたりするのだが、万太は偶然そこに居合わせたのごとく、自分にもシャワーを浴びせてみせる。もちろん、ケガをするのは万太の機嫌を損ねた生徒のみ。万太は、ガラスの破片が自分の体に傷をつけるような真似は、当然ながら絶対させない。ガラスは万太の肌に触れる瞬間に、ミクロサイズにまでこなごなに砕けてしまう。ガラスのシャワーがおさまった後は、万太はさも大ケガをしたふりをして、よろよろと保健室へ向かう。
誰も万太の「超能力」がそんな事件を起こしているとは気づかない寸法だ。
しかし、「紺万太に近づくと、ケガをする」という噂はいつしか噂を呼び、万太に近づこうとする生徒の数は少しづつ減っていった。いまでは万太に近づく生徒はほとんどいない。教師でさえも、授業中は滅多なことでは万太を指したりはしないほどだ。
いまや万太に近づくことが出来るのは、ニュート(無効者)である霞玉丸だけだ。
紺万太がいつ、霞玉丸はニュートだと気づいたのかは知らない。しかしひとつ言えることは、万太もかつて玉丸を他の生徒と同じように吹き飛ばそうとしたが、それが出来なかったということだ。
万太はいつからか玉丸を「親友」と呼ぶようになっているが、それがいつからだったか玉丸には思い出せなかった。
なぜ玉丸を「親友」と呼ぶのか、それも玉丸にはわからなかった。
人生は空しく、仕事だけが残る。
フローベール
授業が終わると、霞玉丸は急いで教室を飛び出し、渡り廊下を超えて別校舎に向かった。
その校舎は、放課後のクラブ活動を行う者だけのために、各部室に分かれている特別な建物で、その姿はみすぼらしい木造校舎だった。玉丸は最上階にのぼると、次第に暗くなる廊下を走り抜け、「円盤部」と掲げられた部室へ向かった。
玉丸はこの「円盤部」の部員の一人だ。「円盤」とは木工作業で使う円盤のことではない。「空飛ぶ円盤」のことだ。
きしむ扉を開けると、玉丸は部室へ入った。
部屋の壁には、ありとあらゆる角度からの銀色の「円盤」が、いまいちピントのずれた空に写っている写真や、オレンジに光るぼやけたヒト型の何かよくわからないものが写った写真等が、これでもかと貼られている。
写真は雑誌から切り取られたものがほとんどだが、ポラロイドで撮られたものもあった。これらの写真は、この部屋の唯一の窓にもべたべたと無造作に貼られており、ただでさえ西日しか射さない部屋をますます暗くしていた。
窓の無い壁には巨大な本棚があり、「世紀末は語る」「我々は地球人ではない」等のうさんくさいタイトルの本ばかりが、平積みでぎゅうぎゅうと押し込まれている。
その部屋の隅に置かれたパソコンの画面を食い入るように見つめる小太りの少年と、足が四本まともに地についてない机に腰かけた細面の少年を見つけた霞玉丸は、かすかにうなづいて挨拶すると、鞄を床の隅に無造作に追いやった。
玉丸が参上しただけで、ただでさえ狭い部屋は、もう人が入るスペースがほとんど無くなってしまった。はやる気持ちをおさえて玉丸は、足が一つしかない椅子を引き寄せた。
少し太り気味の少年の名前は円点吉(つぶらてんきち)。
机に腰かけているのは、玉丸の幼なじみの峠三三(とうげさんぞう)だ。
小太りの少年は玉丸の登場をまるで気にする様子もなく黙々とパソコンのモニターを見つめている。両手はキーボード上でせわしなくカチャカチャと動き続けている。 モニターに映っているのは、玉丸には理解できない黒と灰色のモザイクだ。そのうち机のやせぎすな少年が口を開いた。
「昨日、インターネットで見つけてきたそうだよ。最新のUFO写真なんだ。
いま、点吉くんは画像解析してるんだ。それが本物かどうかをね」
峠三三はいままで首に下げたポラロイドカメラをいじっていた手を休めると、物腰柔らかく玉丸に話しかけてにっこり笑った。
モニターの黒と灰色のモザイクはやがて青から赤へのグラデーションに分けたモザイクになり、黄色に近い線が円盤の形を作ると、小太りの少年が長い溜息をついた。
「円くん、これはどういうことなの?」
玉丸は、点吉に言った。
点吉はなにやらもぐもぐとモニターを見つめながら口を動かして、玉丸には聞こえない声で答えた。
「・・・可能性は・・・光源が・・・なのだ。・・・あまり・・・」
玉丸は点吉が何を言ってるか、さっぱり理解できなかったが、玉丸の頭の中は、昨晩の信じがたい出来事をいかに二人に伝えるかでいっぱいだったので、適当にあいづちをうつことでそれに答えた。
「しかし、どう切り出せばいいんだろう?」
玉丸は頭の中で思った。問題はそこだった。
玉丸が真っ先に円盤部へ来たのは理由があった。
本棚に並ぶ奇々怪々な本が並ぶことが示すように、円盤部の部員である三三と点吉は、普段からいわゆる「超常現象」と呼ばれるものに深い興味を持っている。
玉丸が体験したことが、そのまま二人の興味に結びつくとは思えなかったが、少なくともそれは「超常現象」に近いはずだ。
どう考えても銀色たちが「普通の現象」だとは玉丸には思えなかった。
僕は昨晩、銀色のスーツを着た変な生き物たちにさらわれた、という話をいきなり話したところで、二人はどう対処していいかはわからないだろうが、少なくとも何らかの興味を持ってくれるに違いない。
玉丸にとって昨晩の出来事は、思い出すのが不愉快なぐらい現実的な出来事だったのだが、この二人なら玉丸を襲った現象に対して、何らかの答えを出してくれるはずだ。
玉丸はそんな希望を抱いていた。
曖昧を相手にしては、神々自身が論ずるも空し。
フリードリッヒ・ミラー
「ずいぶん急いで部室にやってきたようだけど、何かあったのかい?」
霞玉丸に助け船を出してくれたのは、峠三三だった。
峠三三は「円盤部」の部長であり、玉丸の良き相談相手だった。今でこそクラスは違うが、小学校の頃、同じクラスメイトだったこともあり、玉丸はよく峠三三と遊んだものだった。
峠三三は玉丸と同じ年であるにも関わらず、玉丸は三三を自分よりかなり年上に感じることが多々あった。峠三三は見かけこそやせぎすだが、落ちついた雰囲気といい、人に対する優しげな態度といい、玉丸は自分と比べて大きな乗り越えられない一線を感じていた。実際峠三三はクラスの委員長を努めるなど、生徒の人気も高い。他人に相手にされない霞玉丸とはかなり違う存在だ。
今まさに峠三三は、その優しげな目つきで玉丸に話しかけていた。
その視線に一瞬、玉丸はたじろいでしまった。
「そう・・・そうなんだ・・・僕は・・・」
どうにも玉丸はしどろもどろになって、うまく喋れなかった。何をどこから、どうやって話せばいいのか全く思いつかない。
玉丸は自分の耳に、突然心臓が生えたのかと錯覚した。玉丸の耳には、今まで聞いたこともないほどの心臓の大合唱が響いていたからだ。心臓のかもしだすメロディはガンガンとファンファーレを鳴らした。
「実は・・・僕は・・・昨日、万太が・・・」これでは点吉と同じだ。
玉丸は自分自身の意志とは裏腹に、口がぱくぱくと声を出さずに勝手に動いているのを感じた。心臓の鼓動は止まる様子を見せない。
「紺君がどうかしたのかい?」
玉丸のとぎれとぎれの言葉にも三三は、完璧で流れるような日本語で対応する。目はあいかわらず優しげだ。三三とはかなり長い付き合いだが、玉丸は時々三三に女性の持つオーラのようなものを感じることがあってどぎまぎすることがあった。
玉丸が「円盤部」に入部したのは、ごく最近のことだ。三三から部員が足りず廃部の憂き目に遭っていると聞かされて、「3人そろえば部が存続できるんだが・・・」と持ちかけられた時も、玉丸は三三の奥深い瞳に吸い込まれそうになるのに抵抗できず、入部してしまったに過ぎない。
「僕は・・・さらわれて・・・その」
「紺君にさらわれたのかい?」三三はくすくすと笑っている。
玉丸の背中を汗がつたっていく。玉丸は机の隅に置かれた誰が飲んだかわからないジュースを一息に飲み干した。
(缶の外見はオレンジジュースだが、味はコーヒーだった。)
「い、いや違うんだ。僕を・・・さらったのは銀色の変な連中なんだ。そいつらどう見ても人間と思えない格好・・・そんなやつらが何人も僕を取り囲んでいたんだ。全身が銀色で・・・目が、頭がやたらでっかいんだ。その目は真っ黒だった!」
「銀色?」
「そう・・・そうなんだよ!」
やっと玉丸は少なからずまともに喋り出すことができるようになった。ダムは蟻が開けたほどの穴からも決壊する。今まさに玉丸の口は決壊したダムのように、声が氾濫した。頭の中では伝えたいことがまだまだまとまってはいなかったが、うわずりながらも口は動いた。
「銀色の連中は・・・僕を壁に埋め込んでいたんだ。そして笑子に変な手術をしてるんだ。・・・笑子にだよ。笑子はいつもの調子でけたけた笑っていたんだけど」
「笑子ちゃんもさらわれたのかい?」三三の目は、玉丸が最初に見つめられたときよりわずかに見開かれたように見える。
「そうなんだ。変な針を笑子の耳に刺し込んだんだよ。大きなやつでさ。先にパチンコ玉のようなものがついてたんだ・・・」
三三の目は次には細められた、だんだんと玉丸の話をうさんくさがってきているな、と玉丸自身は感じた。
「笑子が終わると、僕の番になったんだ。僕は逃げ出そうとしたんだけど、逃げられなかったんだ・・・そこに万太が」
「万太?ああ、あの紺万太くんか。紺くんが、どうしたの?」
「いや・・・」
「いや?」
玉丸の口は止まった。このままの話の展開では、紺万太を登場させなければならない。当然ながら、万太が超能力であの銀色たちを退治したことも話さねばならない。
万太の超能力は、玉丸と万太だけの秘密だった。
何カ月か前に、玉丸はうっかり誰かにそのことを話そうとしたときがあったが、その時に玉丸は、万太より鼻への強烈なパンチを喰らわされたことがあった。もう二度と「あれ」はごめんだ。
「えっと、その・・・つまり、あの」
しどろもどろになっている玉丸の背後の扉が、いきなり派手な音を立てて開いた。
「あははは・・・!」
そして玉丸の背後から、聞き慣れた笑い声が響いた。
犬が人間を噛んでもたいしたニュースではない。
だが、人間が犬を噛めば立派なニュースだ。
チャールズ・デーナー
「あははは!玉ちゃんたら、またその話してるの?懲りないわねー」霞笑子だ。
「また?」
峠三三は突然、部室に入り込んできた笑子に驚くこともなく尋ねる。
三三は、霞玉丸と霞笑子が双子なのを知っており、笑子との付き合いも玉丸と同じように長い。笑子はただでさえ狭い部屋に玉丸を押しのけて侵入すると、峠三三が腰掛けている机に同じように座り込んだ。
スカートの中身が見えることにも平然としている。
「そうなのよ。玉ちゃんたらさあ。昨日の夜観たビデオの影響をモロに受けてんのよ。朝から大変だったのよ。僕は銀色の変な連中にさらわれたとか言って・・・あははは!困っちゃうわよねビデオに影響されやすい人って」
「違う!ビデオの話なんかじゃない」霞玉丸は声を荒げて否定したが、笑子は聞く耳持たずといった感じで続ける。
「・・・それになんかね。さらわれた連中に私も入っていたらしいのよ。私の耳に銀色の人たちは針か何か差し込んだらしいわ。そう言って私の耳を今朝、必死にのぞき込んできたのよ、玉ちゃんたら。笑っちゃうわよねー。きゃははは!」
「うるさい。何でおまえがこんな所にいるんだ。部員じゃない奴は出てけ!」
「玉ちゃんが珍しく息せききって走っているのを見て、面白そうだからついてきたのよ。まあ、そうじゃけんにしないでよ。部員たって、たった3人しかいないじゃない」
「3人でも立派なクラブだ。おまえだってクラブに入っているだろ。そっちに行けよ。バトミントンだっけ?こっちはこっちで今、忙しいんだ!」
「まあまあ、玉丸君」話の展開を中断されて露骨にいらいらとした表情を見せる玉丸を、三三がなだめる。
「それにしても、今の話は、笑子ちゃんの身に覚えはないのかい?」
「ないわよ。あははは・・・やあねえ三ちゃん。玉ちゃんの言うように、私がそんな連中にさらわれたっていうなら、誰よりもまず私が三ちゃんたちに教えるわよ」
笑子は峠三三のことを、三ちゃんと呼ぶ。
玉丸が感じている三三への距離を、笑子は意にも介していないようだ。その馴れ馴れしさに玉丸の感情は逆撫でされた。
「だから・・・おまえはその銀色たちにさらわれたってことを、忘れさせられているんだよ!耳に変なパチンコ玉を入れられたって言っただろう。あれは記憶を奪うモノ
なんだ。今朝から何度も言ってるじゃないか。おまえその間、ずっとけたけた笑っていたんだぞ。どうして覚えていないんだ?」
「じゃあ何で玉ちゃんは覚えているのよ?」
「僕は耳にパチンコ玉を入れられる前に、間一髪で助かったんだよ!」
「どうやって?」
「うっ」玉丸の息は詰まった。
「そ・・・それは」
また万太のジレンマだ。この話を展開させると、必ず万太を登場させねばならなくなる。この部屋の全員が、紺万太は「超能力者」であることを知っているが、それはあくまでも「テレビに映る超能力者・紺万太」であって、彼らはまさか本当に万太が超能力を使えるとは思っていないはずだった。
あれはあくまでもテレビ局が持ち上げている偶像であり、万太は番組にとって都合のいいキャラクターの一人に過ぎないと思っているはずなのだ。万太の両親と万太自身は、テレビのそんな効果を逆手にとって、万太が超能力者であることを隠そうとしているのだから、それをあえて玉丸が崩すことはできない。それにいまさら銀色たちから自分を救ってくれたのは万太だ、など宣言しようものなら、ただでさえ信じがたい話に輪をかけることになる。
万太はあの粗暴な性格から、あまり人づきあいがいい方ではない。万太が玉丸をさっそうと助けてくれた様子は、この部屋の全員が想像するには信じがたいことだろう。この話は最初から人に説明するには無理があったのだ。玉丸は笑子の登場にうんざりしながらも、この話は胸にしまっておくことに決めた。
「それは、その・・・覚えていないんだ」
「ほーら、ご覧なさい。夢ってのは良くできていて、現実に起こったことのように思えることがあるけど、突き詰めると筋が通らなくなるときがあるのよ。惜しかったわね玉ちゃん。あははは・・・!」
笑子の高笑いが狭い部室に響く中、玉丸はがっくり頭をうなだれてしまった。笑子が登場しなければ、少しは三三たちにこの話を信じてもらえただろうか?と考えながら玉丸はすっかり意気消沈してしまった。
その時、いままでモニターを見つめる姿勢を少しも崩さなかった点吉が玉丸の方を向き、あいかわらず不明瞭な声でもぐもぐ口を動かした。
玉丸は顔を床に向けていたので、点吉がそんな動作もしたことに気づかなかったのだが、三三が玉丸の肩に手を置いたことでやっと点吉の声に耳を傾けることができた。
点吉は聞き取れない声で「・・・それは、異せ・・・誘拐じ・・・」と言った。
肩に置かれた峠三三の手は次第に強くなり、突然三三は球丸に叫んだ。
「そうか!球丸君、それは異星人による誘拐事件だよ。君たちは異星人に誘拐されたんだ!どうして気づかなかったんだろう」
怪しいときには、真実を話せ。
マーク・トウェイン
「異星人による誘拐?なによそれ三ちゃん」
きょとんとして霞笑子は峠三三に尋ねる。
霞玉丸もそんな言葉は初耳だった。
異星人・・・つまり宇宙から来た人のこと?その宇宙人による誘拐?あの銀色の変な奴らは、宇宙人だったのか?
「そんな事件が頻発に発生し、世間の注目を浴びるようになったのは1980年代の後半
からなんだ。しかし事件はそれ以前からどんどん報告されていて、発端はキャトル・ミューティレーションから・・・」
「ちょ、ちょっと待って峠くん。キャトル?・・・何だって?」
玉丸が急いで聞き返す。
峠三三はわずかばかり興奮しているようだ。いままで玉丸が見たこともないほどに、三三は瞳をきらきらと輝かせている。点吉はうんうんと頷いている。まるで二人は彼らのことなら僕たちに聞けと言わんばかりだ。
「キャトル・ミューティレーション。異星人がアメリカ合衆国のテキサス州やネバダ州などに出現し、牛などの家畜をさらい、局部を切り取って捨てるという事件だよ」
「それが異星人による誘拐事件っての?牛をさらうことが?」
笑子は割と興味なさげのようだ。目を細めて三三を覗き込んでいる。玉丸は「局部を切り取る」という残酷な言葉に一瞬、昨日の出来事を思い出して身震いした。
「いや、話はまだここからだ」峠三三は異星人による誘拐について話を始めた。
事の起こりは1985年の冬。
アメリカ合衆国・テキサス州のある田舎町でのことだ。
ジョンとケリーという名のスミス夫妻が真夜中、自動車で帰宅していた途中の出来事。二人は今日、親類の結婚式に出席して楽しい一日を終えた後、帰りも遅くなったので、自動車で真っ暗な森の中を家路に向かってひたすら急いで走っていた。二人はカーラジオをかけながら、陽気に歌って気楽に道路を走っていたが、突然自動車のエンジンが音もなく止まってしまった。
ガス欠ではないようだった。何事かと思ってジョンは自動車のエンジンを調べたが、原因は辺りが真っ暗なこともあってさっぱりわからない。助けを呼ぼうにも、そこは街の中心部より100キロも離れた場所で、民家の光は全く見えない。満点の星だけが、二人の唯一の光源だった。トランクより出した懐中電灯さえ、その時は点灯しなかったという。
ジョンとケリーが途方にくれかけたその時、頭上よりまぶしい光が差し込んだ。その光はあまりにもまぶしくて、一瞬二人は辺りが真昼になったのかと感じた。
二人は何事かと天を仰いだ。何とそこには巨大な円形の構造物が浮かんでいたという!。大きさは直径30メートルくらい。音の出さずそこに静止していた。
ジョンは恐怖にかられ、ケリーを車に押し込み逃げ出そうとしたが、エンジンはあいかわらず、うんとも言わない。そのうち光はおだやかになり、二人は驚異は去ったと思ったが、自動車の正面には数人のなにやら不思議な生き物たちが集まっており、こちらへ向かってくるところだった。
ジョンはドアロックをしめるようケリーに言って自分もそうしようと思ったが、突然体がかなしばりにあったように動かなくなってしまった。生き物たちは人間の姿をしていたが、身長が1メートルほどで巨大な頭をしていた。宇宙服のようなマスクをしていたが、ちらりと覗いた瞳はあまりにも大きいものだったという。
何やら得たいの知れない生き物が、自分たちに向かってくる緊張と恐怖で身がすくんで動けないのか、ふたりはまばたきすらできなかった。そんな状況の中で二人はなぜかいきなり意識を無くしてしまった。
ジョンが次に気づくと、そこは円形の暗く狭い部屋だった。ジョンは裸で、硬い手術台に寝かされていた。意識はもうろうとしていたが、ジョンはケリーの姿を探した。
しかし部屋にはジョンの姿以外、誰も見えなかった。
部屋の隅にはジョンの着物が捨てられていた。部屋は汚くてほこりっぽく、ジョンの服だけでなく、誰か知らない人間のものも多数捨てられてあった。
ジョンは「俺はどうなったんだ。どうしてこんな所に縛り付けられているんだ?」とまず考えたが、そのうち「そうか、俺はさっきの変な奴らにさらわれてしまったんだ」という結論に結びついた。
「それにしても、ケリーはどこだ?」ジョンは彼女の名を呼んでみたが、返事は返ってこなかった。とその時、ジョンの頭の中に声が響いた。その声はどこから発せられているかさっぱりわからなかったが、直接ジョンの頭に響いているようだった。
「怖がることはない。我々は仲間だ」と言っているようだった。
ジョンはその言葉の意味とは裏腹に、身に危険が迫ってくるのを感じた。
部屋に先ほど遭遇した小さな生き物が、ぞろぞろ入ってきたからだ。ジョンは失禁しそうになるのをこらえながらも、恐怖と混乱で気も狂わんばかりだった。声はさらにジョンの頭の中で響いた。
「我々は君を傷つけたりはしない」その声を誰が発しているのかはわからなかったが、ジョンは部屋にいる全員に向かって叫んだ。ただでさえ全身を包む恐怖で、その声は悲鳴のように聞こえた。
「お前らは何だ?」
「我々は仲間だ」
「お前なんか仲間じゃない。ケリーはどこだ?」
「ここにはいない」
「ケリーに何をした。俺をどうするつもりなんだ!」
「傷つけたりはしない」
「じゃあなぜ、そんなものを持っているんだ」
その通り。生き物たちは細長い針のようなモノを取り出して、今まさにジョンの耳へそれをまるで刺しこもうとしていたからだ。
「やめてくれ。なぜそんなことをする。貴様ら何の権利があって俺にそんなことを俺にしようとするんだ!やめろ」
ジョンは声の限りを尽くして叫んだ。頭を振って抵抗した。
「どうしたら叫ばないでくれるか?」生き物が言った。
「そんなものを俺にちかづけるな!」
「これは痛くはないのだ」
そう言って生き物の一人は耳に針を刺しこんだ。ジョンは確かに痛みを感じなかったが、まるで精神を直接揺すぶられたかのようなドカンという衝撃を頭に感じた。まるであらゆる感情の波が凝縮して脳に詰め込まれたような感じだったという。ジョンはその衝撃で、恐るべき目眩を感じてからは何も考えることは出来なくなった。生き物たちは、それからジョンの体をてさぐりでくまなく調べ上げた。肛門なども含めて念入りにだ。目眩が続く中、ジョンの頭に声が響いた。
「また会おう」
ジョンが目覚めたのはそれから10時間ほど経ってからだ。辺りはもう真昼どきで、
ジョンは自動車が止まった森のはずれでケリーと折り重なっているのに気がついた。
ジョンはケリーを揺り起こし、二人は何があったか報告し合った。ケリーも昨晩の妙な生き物に手術台に乗せられ、似たような恐怖を体験をしていた。二人は一目散に自動車に駆け寄り、エンジンがかかるのを確かめると急いでその場をあとにした。
その後二人は事件を警察を報告したが、街の人間を含めて誰一人二人の話を信じてはくれなかったという。
人を信用する者は、信用しない者より犯す誤ちは少ない。
カミロ・ディ・カブール
話が終わるとすでに日は落ちていて、電灯が一つしかない部室の中は暗く、話の重みがずっしりと霞玉丸と霞笑子の肩にのしかかってきた。
「僕はそいつら・・・宇宙人にさらわれたのか・・・」
「玉丸君の身に起こったことが、今、僕が話したことに似ていると説明しただけだよ」峠三三の優しげな瞳も暗い部屋では、玉丸に安心を与えてくれなかった。
「うん。だけど僕をさらった連中は身長が1メートルなんてことはなかった。少なくとも大人ぐらいはあったよ。それに話しかけてもまるで知らん顔だった。部屋は広かったし、なんかその・・・僕にしようとしていたことに悪意を感じたんだ・・・ひどい連中だった」
「僕が話したことは、ほんの一例なんだ。他にも誘拐例はありあまるほどあるんだ」
峠三三は壁の本棚を見回して言った。
「宇宙人はこの僕を・・・どうしようとしたんだろう?またやって来るのかな?」
「それはわからない。だけど十何年の間、毎週ごとに必ずさらわれた人もいるらしい」
「いやだ!冗談じゃない。またさらわれるなんてまっぴらだ。何が目的なんだろう?どうすればいい?どうすればそいつらを近寄らないようにできるかな?」
「ほとんどそれは不可能らしい。ある人は何度も引っ越しを続けたそうだけど、必ず
見つけられたそうだ」
「そんな・・・」玉丸は愕然となって硬直した。
玉丸を襲った銀色たちは、紺万太によって全員が壁に埋め込まれてしまった。彼らは玉丸の考えでは生きているようには思えなかった。
しかし彼らの仲間はどこかにいて、また玉丸の前に現れるのだろうか?
いつの日かまた、気づいたときはあの気味悪い壁の一部にさせられることになるのだろうか?いや、それは今日の夜・・・今から数時間後のことかも知れない。
「どうすればいい?どうすれば?」玉丸はおろおろして峠三三に詰め寄った。
「僕はいやだ。もう二度とあいつらには出会いたくない。あんな気持ち悪いやつらに
無理矢理さらわれるなんてまっぴらだ!」
玉丸の叫びに三三は、まるで同意見だと言わんばかりに頷いた。点吉でさえも同情の目を玉丸に向けている。
そういった中で生まれた重苦しい雰囲気の中で、霞笑子が高らかに笑い出した。
「あははは・・・バッカねー玉ちゃん。そんなことが私たちに起こったはずがないでしょ。三ちゃんがあまりにもリアルに話すもんだから、すっかり玉ちゃんがビビっちゃってるじゃない。異星人?誘拐?なにが何だか知らないけど、みんなそろってテレビの見すぎよ。そう言えばそんなUFO番組がテレビでやってたわ。みんなそれにだまされてんのよ。」
「だけど、報告例はたくさんあるんだよ」三三は言った。
「世の中には嘘をつく人がたくさんいるのよ、三ちゃん。特に嘘をついてみんなの注目を浴びたがる人がね」
「報告例を出すのは正直で有名な人や、異星人のイの字も考えたことがないような人たちばかりなんだよ」
「そんな人に限って、もの珍しい夢を人に報告したがるもんなのよ!」
「一から十までが嘘だ、ということもないはずだよ。そんな目に遭った人たちが、なぜそんな事を言ったのか調べることが大切だ。最初から嘘だと決めてかかったら、何も証明することはできないだろう」
「私はそんな人たちのたわごとに付き合うほどヒマじゃないのよ!」
「でも・・・」
珍しく三三が食い下がる。性格穏やかで知られる峠三三がここまでむきになるのを玉丸は初めて見た。玉丸は宇宙人がまた自分の前に現れるかも知れないという不安で寒気を感じていたが、三三が笑子に食い下がっている様子を見て、それがまるで自分を弁護してくれているかのような感じがして、わずかながら胸の部分に暖かみを感じた。
「三ちゃんの言うことは何となくわかるわよ。でも証拠は何もないでしょ。玉ちゃんの話だと私が手術・・・耳に針を刺されたそうだけど、そんな痕は残ってないしね。私は今日の朝は、すっきりとした気分で目が覚めたから、全然玉ちゃんの言うような夢さえ見なかったしね。」
「でも玉丸君の話だと、君の頭にはパチンコ玉のようなモノが残されたらしいぞ」
「レントゲンでも撮ってみる?あはは・・・ばかばかしいわね。玉ちゃんが変なこと言うからみんな本気にしちゃってるじゃない。もういい加減にしてよ・・・第一、異星人が私と玉ちゃんをさらって何のメリットがあるっていうのよ。あーあ玉ちゃん。人を説得するには証拠がいるのよ。こんど宇宙人に遭ったら写真を撮るのね。あ・・・こんな壁に貼ってあるような、うさんくさいモノじゃ駄目よ。ちゃんと玉ちゃんと宇宙人が握手しているようなモノをね。あははは・・・それじゃ」
笑子はそれだけ言い残すとさっさと部室を出ていってしまった。誰もいなくなった廊下には高らかに笑う笑子の声がしばらく響いていた。
玉丸は急に取り残された感じがした。笑子の言ったことは実にもっともだ。玉丸と笑子が宇宙人にさらわれたという証拠は、玉丸の証言以外何も無い。おまけに玉丸の話の後半は、紺万太の登場を削除せねばならないため、説得力の欠けたものとなっている。唯一の望みは笑子の頭に残されているはずの小さな球体だが、それを確かめるために笑子がレントゲン写真を撮ってくれるとは、あの様子ではとても思えない。玉丸はすっかり気落ちして部室を出る準備をしかけたが、それを押し止めたのは峠三三だった。
「玉丸君、僕は君と笑子ちゃんとは小学生からの付き合いだから、君がどういう人間かはよく知っている。君は嘘をつくような人じゃないし、君が話した出来事もこの「円盤部」では充分調査するに値するモノだ。君の話の後半部分がうやむやになっているのが残念だが、きっと理由は見つかるよ。がっかりしないでくれ」
「ありがとう」玉丸はこう答えたが、峠三三が玉丸の話をどこまで信用しているかは
わからなかった。三三は持ち前の優しさで玉丸を慰めようとしているのかも知れないし、本当に玉丸の話を信じてくれたのかも知れない。
笑子が去ったことで再び静かになった部屋に突然、ぎぎっと金属がきしむ音が響いた。点吉がすっかり汗とほこりで汚れた眼鏡を拭くために、傾いた椅子の上で小太りの体を移動したのだ。点吉は汚い眼鏡を拭き終わると(それでもたいして綺麗にはなっていなかった)、玉丸の方に身を乗り出してこう言った。今度のせりふは玉丸にもはっきり聞こえた。
「・・・僕は・・・信じる」
第二章終わり 第三章につづく
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