自分の目標を達成している人、あるいは今の自分に本当に満足している人には滅多に出会うものではない。それなのに人生を左右するような問題の解決を大多数の意見に委ねるべきだろうか? - キングスレイ・ウォード

2009年04月25日 08:46

酒は飲んでも飲まれるな とはいうけれど…

テレビはさかんに誰かさんを報道しておりますが、有名なればこその部分もあるだろうなと。私も若かりし頃、様々な…


居酒屋さんというのは、金のない若い連中にとっては安く飲める大変便利なところでございます。しかし、會澤はそういったお店で出入り禁止を言い渡されたことがございます。いわゆるボックス席とは違って、座敷とかだと隣り合ったところにまったく知らないグループが入ることがあります。男性グループが、隣に座った女性グループをナンパ。なんてこともありますわね。しかし度が過ぎると出禁を食らうと。

誰かさんより悪質なことを會澤はしたわけですね。會澤がやったのは「ちょんまげ」。これだけで何のことか分かる人もいらっしゃると思います。隣り合ったグループの女性の頭に○○○を乗っけて「ちょんまげ!」…犯罪です。私たちのグループは大爆笑。隣のグループはドン引き。当たり前ですな。やってはいけません。今にして思えばよく警察に突き出されなかったなぁと。


始末書を書いたこともございます。友人達と飲んでおりまして、友人達が私の当時住んでいたアパートに泊まることになりました。その友人曰く、「おまえの家のそばにバス停があったら変えるとき便利だよな」。

翌朝、會澤のアパートの前に普段ないはずの3つのバス停がありました。バス停って最近固定式のものも多いのですが、コンクリートの土台にポールが立っているようなヤツありますよね。アレが3つ並んでるんです。アスファルトには引きずってできたと思われる跡も。バス会社の人が、鬼の形相で玄関に来たときのこと昨日のことのように…


飲んで知らない人のところで目が醒めたときのあの困惑。みなさんは経験したことがありますか。ベッドの隣にどう見ても母親年齢レベルの女性が眠っていたとき、昨晩の足取りを必死に思い出そうとして、この女性との接点がどうしても思い浮かばない。はたして男女の営みがあったのか、それすら分からない。寝ている女性を起こしてしまうのではないかという恐怖から身じろぎひとつできずに過ごした、10数分間を思い出すと切なくなります。

結局その女性が、普段行きつけのスナックのママで、化粧を落とした顔を見たことがないため記憶のママと一致せず、酔いつぶれた會澤を不憫に思って自分の家に連れてきたということが分かったとき、安心感。気恥ずかしさ。罪悪感。「あんたとするほど不自由してないわよ」という爆笑しながら言ってくれたママの言葉は、私に安堵感をもたらしたことはいうまでもありません。


最近でこそ、記憶が飛ぶことはなくなりましたが、背広のまま女子校の正門の前で寝ていたこともありましたねぇ。所持金が一切減っていないのに、新宿〜川越をワープしていたこともありました。見知らぬ男性の自宅で、「あら、起きたの?」って言われたときの恐怖も味わったことがあります。今でも年賀状を送り合う仲である暴●団の元組長と知り合ったのも酒の席でした。

愚痴る酒でなく、楽しく良いお酒を頂きましょう。ちょっと巷の話題にのってみました。

で、時効ですよね(汗)。


Posted by kaizawa | TrackBacks