2008年10月13日 21:27

経団連、定住前提に移民容認

感情的には反対。理論的には賛成。総論として...結論出せず。

日本経団連は少子高齢化に伴う人口減少対策として、定住移民の受け入れを提言する。労働力不足や内需の縮小などが、日本の経済社会を不安定にする恐れがあると判断して「期間を限定した外国人労働者の受け入れ」という従来の方針を転換、14日に発表する。だが、移民については労働条件の悪化や治安の悪化につながるとの反発も強く、提言が論議を呼ぶのは必至だ。

経団連:移民受け入れ提言…人口減対策 定住前提に - 毎日jp(毎日新聞) から2008年10月13日に引用

経団連の思惑が「人件費抑制」にあるのは見え見え。日本人の高くなってしまった人件費に頭を押さえられる形の経営者側の理論。そんなもんにつきあう必要ないという感情的な部分と、現実問題として労働力不足(年齢のピラミッドが崩れている)をどうするんだ。といわれるとそれに対する決定的な方策は、やはり移民という方法が手っ取り早い。手っ取り早いなどと言わず、もっと抜本的なところから手をつけるべきという非常に理論的な意見もある。しかし、現実問題として介護職の人的不足は切羽詰まった問題。

欧州などの移民先進国においては、一時的に移民が効果的に働く局面があった反面。ナショナリズムの高まりとともに“移民反対”の気運が高まるくり返し。残念ながら、日本においても、イヤ會澤自身の中にも移民によって他人種が自分の身近に存在することに対する違和感がある。


移民として受け入れる際に、職業による餞別をして良いのかというのも考えねばならぬこと。現在、介護関連の人手不足を補うために他国から看護婦を輸入している。移民受け入れとなれば、職業によって「受け入れる人」「受け入れざる人」の餞別をしてしまう可能性がある。それはフェアじゃない。また、受け入れた移民が、単なる低価格で働かされる“奴隷階層”を形作ってしまったら、それは由々しき事態になる。

“日本人は単一民族”とかいう発言が飛び出すほど、日本には他民族性は少ない。アイヌの人たちや、(説によれば)琉球民族というところから、先の戦争の折、強制移民によって連れてこられた人たちの存在もある。口では“平等”をうたっても、會澤自身も違和感を感じる。それが差別につながらぬとは正直言いかねる。もちろん、そうならぬように常に心がけているつもり。逆に、心がけねばどこかで差別意識が出かねないということ。自分で書いていて情けないが、それは事実。

一方。先日ニュースになったノーベル賞のニュース。日本人研究者が海外流出している事実を経団連はどうとらえるつもりだろう。小林誠先生の大学入試の多くはマークシート方式になったが、これでは生徒がいろいろ考えなくなる。将来の科学はどうなるか。今、受賞が続いたからバンザイでは困る。発言は重く受け止めるべき。そして、その根源には、能率主義があり、勝ち負け2値偏重主義がある。會澤などは景気がよくなったなどちっとも思わないが、日本の経済界の平均としては以前「踊り場」などという言葉が出てくる。どこにその富が蓄えられるか。それは会社の中であって、社会ではない。富を抱え込み、社会還元しようとしない経営者側が、再びさらに安い輸入労働力を詐取しようとするならそれは日本という国の価値を低めることに繫がりはしないか。

先の介護関連の人手不足は、国策の無策によるところが大きいが、例えばたとえきつい作業であろうとも、時給を3千円とかすれば、日本人労働者も集まってくると思う。...極論ですが。

會澤の頭の中には、過去失敗と結論づけられている社会資本の共有化という考え方が根強く存在する。共産主義が目指していた物ですね。貧富の差がない世界。現在日本が目指しているものとは真逆かもしれない世界。しかし、かつてのソ連の例を挙げるまでもなく、この施策は成功例がない。現在の日本において、企業が蓄えている資産を均等に分配せよと命令したとしても、その一瞬だけで終わってしまうことは明か。労働意欲の低下。依存心の増大。分配を司る部署(役人)による詐取。それでも、豊かだといわれている日本において、食べるために強盗を働き、人を殺めなければならない者が存在するのはやはりおかしい。

話がどんどん横にそれる。...いつものことだけど。


移民容認。社会的合意形成などという話を出しつつも、強権にて決定しなければ是にしても非にしても決定しない話。このブログで結論など出せるわけもないが、考え続けていかねばならぬ話だと思っている。


Posted by kaizawa | TrackBacks