2008年07月13日 19:00
家事手伝い(手伝わず)
女性は履歴書に家事手伝いが許されるのに、男性だと許されないのは...某掲示板で議論というか書き殴りが起こっているそうですが、そんなもんだろうと思うのは會澤が古い人間だからでしょうか。
「ニートはどうして男だけなの?」 そんな疑問が正しくないワケ(J-CASTニュース) - Yahoo!ニュース から2008年7月13日に引用「ニートはどうして男だけなの?」。そんな疑問でネットが盛り上がっている。
そもそも男女間に歴然とした格差が残っている以上、何でもかんでも都合のいいところ、悪いところ込みでみんな一緒にしようってのは大きな認識違いだと思います。女性の人権を考えるうんたらかんたらとかいう団体は、急激に女性の地位向上などとうたっていますが、それでは困る女性もいるのだということに気がついていないのかしら。全く同様に、男性の側にも一緒にされては困る部分も存在しますよね。特に日本の場合、男尊女卑の考え方が公然とまかり通っていたわけで、まずそこから。そしてそういったところはかなり時間をかけた啓蒙活動が先行するべきで、制度や権利・義務を改正していくのは歪みを伴います。買えていくべきところは変え、維持すべきところは維持する。そこには政治の哲学が必要です。不特定多数の中には一つの事柄に対して「賛成」「反対」が当然出てきます。それは当たり前のことで、正直調整は難しい。
某小泉が人気を集めたのは、善し悪しは別として「こうするべき」がかなり明確で、リーダーシップを感じられたからだと思います。彼の考え方には(會澤個人は)賛同できませんが、政治家とは彼の持っていた「こうするべき(こうなるべき)」という哲学が絶対に必要です。しかし、それを曖昧にしてダラダラと変えていくのが日本の政治屋の手法でした。気がついた時には法令が整備されている。上手いといえばこれ以上なく上手な方法ですな。しかも、それに異を唱えない。昨今少しづつ変わってきている気がするのですが、気がするだけで終わって欲しくないなぁ。
さて、冒頭の話ですが、ニートという言葉には女性は含まれないのか?という疑問から発展したみたいですね。働かない。勉強しない。親のすねかじり。そういうのが多くいる。男が問題にされているけど、昔から女性はそういう立場の人が多くいたじゃないか。それは問題にしないのか?まぁ、それはそうでしょう。就職しても、お茶くみが仕事。そんな女性多いでしょ。多くいたはずです。何もしないよりもましだからお茶くみをしている。素敵な人が現れたら結婚して寿退社。それも一つの生き方。というか、それを容認してきた社会があったわけです。それは男尊女卑の考えに基づくものだと目くじら立てるか、家庭を持つまでの一段階として社会が容認してきた余裕だと考えるのかは考え方の相違ですが、會澤は後者だと思っています。そして、そういう余裕を社会が持てなくなってきている。むしろそっちが問題。
仕事の中には直接利益に直結しない業務というのが存在します。仕事だけではありませんね。生きていく上で、必ずしも必須ではない事柄というのは存在します。採算云々を考えれば切り捨てるべき。しかし、それによって得られてきた何らかの効果・効能もまた切り捨てられる。そしてその効果・効能に関する議論はほとんどなされないままに。ニートという概念と、いわゆる家事手伝いを一緒くたに論じるのも間違いだと思うし、何事も女性・男性を同列に扱うのも間違っていると思います。すべて前提条件が異なるものですから。女性のニートもいるだろうし、男性の家事手伝いに該当する人だっている。まぁ、某掲示板に論理的な展開を期待するのは無理だろうし、せっかく論理的な展開をしようとしても茶々を入れる輩がいる以上、深まるとも思えない。ちなみに、會澤のブログごときにそれを期待するのもまた大きな間違い。そこんとこはヨロシク。
日曜日、30度を超え新潟はなかなか暑くなって参りました。ただ、梅雨明け(した模様)はまだですし、天候は不安定。自宅にいても暑いだけなので、新書本をもって近くのジャスコへ。妻がウィンドウショッピングをしている間、おかわり自由の珈琲片手に空調の効いたフードコードで読破。スーパーストリングの難解さについて行けない會澤のショボイ頭脳は、謎ばかりが増えるだけ。
こういう1日もあってイイ。
Posted by kaizawa | TrackBacks