2008年05月17日 23:28

小・中学生の携帯電話使用を制限

わたくしは携帯電話に関しては大変批判的な立場ですので、色眼鏡が入っていることご了承下さい。

政府の教育再生懇談会(座長・安西祐一郎慶応義塾塾長)は17日、東京都内で開いた会合で、6月初めにまとめる報告書に小・中学生の携帯電話の使用制限を盛り込む方針で一致した。報告書は小・中学生に極力、携帯電話を持たせないよう保護者らに促す一方で、所持する場合には法規制をかける内容となる見通しで、今後、論議を呼びそうだ。

教育再生懇談会:小・中学生の携帯使用を制限 報告に盛る - 毎日jp(毎日新聞) から2008年5月17日に引用

確かに賛否両論あるだろうと思う。思うけれど、會澤は賛成です。携帯電話はちょっと違う方向に行っている。そう思う。


既に携帯電話のことを「携帯電話」と呼ぶ人は少ないかもしれない。「携帯」ですよね。そして、電話の機能をあまり使わない人までいる。メール機能。ネット閲覧機能。音楽再生機能。カメラ機能。お財布代わり。etc...私詳しくないのであまりはっきり言えませんが、既に機能は飽和していますよね。さらに高機能化を図ろうとする。メーカーも大変です。そしてそれに使わされている人たち。ゴメンナサイ、生意気言いました。

大人はね、大人はいい。少なくとも、自分で携帯電話料金を払っている人はいい。携帯に使われていたとしても、携帯依存症であってもそれは良い。だって自分のお金を払っているわけですもの。それが端から見ていて何か愚かしいなぁと思ったとしても、それは個々人の考え方ひとつ。文句はいいません。イヤ、文句いうかもしれないけど...

でも、子供の場合、機能に制限がつくのは当たり前だと思うんですね。子供たちがとっても誤解しているのは、彼らには無制限の自由はないのだということ。これも言い方悪いかもしれないけど、子供の自由というのはお釈迦様の手の上の孫悟空の自由。親の手の上という制限がある。無制限の自由など、大人だって厳密には持ち合わせていないのだから。にもかかわらず、あたかも子供と大人が同じような自由を有するなどと思っていたら大間違い。子供向けの携帯電話に通話機能の制限が施されたり、ネット接続の制限が行われたとしても何ら問題ないと思うし、法律には疎いけど法的にも問題ないんじゃないかな。大人には「保護責任」というのがある。

子供の自由は、あくまでも親の加護の中で得られるもの。そんなのいらないとはいわせない。そういうモンなんだから。理屈をいいたいなら、いわせておけばいい。理屈抜きのこともこの世の中あるんだから。甘やかすとつけあがり 放ったらかすと悪のりする 私は子供が...イヤイヤ、デスラー総統じゃありませんからそこまでは言いませんが...子供たちを例えば姓被害から守るというのなら、子供外出禁止令を制定して、21時以降未成年は強制的に収監してしまう。これは効果あると思いますよ。


問題なのはそこに法の網をかければすむと思っている大人の方もしかり。法律というのは「皆さんこういう事だからみんなも守って下さいねぇ〜」という呼びかけ。そこに強制力を持たせれば、それもあり。しかし強制力のないもの、あってもたったそれだけ?と思うようなもの様々。国会議員が法律を作る。で、国民に対してどういうアプローチを取るかっていうと、広報というヤツですか?皆さん見て下さいねぇ。で終わる。だから国民から立法府が乖離するんですよ。国にも広報費ってのはあるはず。つまらぬポスター作るのに金かけるよりも、民放で「福田君と一緒!」って番組を作る。「今度、おじいちゃんやおばあちゃんの保険を変えることにしちゃったからねぇ!」って呼びかければいいのよ。報道番組じゃだめですよ。野党が国費の無駄遣いだ!って批判するんだったら、アシスタントにエビちゃん置いておけば黙りますよ(黙らないか?)。やってみればいい。批判されるかもしれないけど、話題になって案外若い人たちの支持を得ることができるかもしれない。私は嫌いだったけど、小泉某はマスゴミの使い方上手かったでしょ。参考になるよあのプロモーションは。

ちょっと暴走気味なので、話をもとに...


携帯電話って便利なんでしょ。それが便利なだけではなくって危険をはらんだり、倫理面の破綻をきたす原因になったりするんだとしたらツールの運用を間違っているって事。そういうのは、日の丸に敬礼することを教えるよりも先に教えてやらなければならないこと。携帯電話ってのは個人に直接つながるわけでしょ。会社でも内線に、「ハイッ!」って出る若い子がいる。その都度、「名前を名乗りなさい」っていうのも疲れる。他人と携帯を通じて接続する。そのくせその距離は離れている。さらに、場所も時間も特に制限がない。自宅の固定電話って言うのは、同じ電話でもちょっと違う。家族がそこには介在するわけよね。ちょっとタイミングを間違えると「怖いお父さん」が出る。「○子ちゃんおねがいします」「○子はいないが、おまえは誰だ!」「…」そこには、親が介在し、親の目が光ります。しかし、携帯の場合、「(○子ちゃんの携帯にかける)ハイ!」「あのさぁ...」親の目なんて介在する余地はなくなるんですよ。子供が携帯をかける。受ける場合に、必ず親の携帯に一度経由する機能はどうだ?「(○子ちゃんの携帯にかける)パパだけど何処にかけるつもりだ?」「○子ちゃんのところに連絡を取りたいんだ」「もう遅いから明日にしなさい」これ良いなぁ。親の復権にもなる。どうよ。

すいません。書いているうちに暴走してしまいます。子供の携帯電話にどんな機能を持たせればいいのか、携帯を持つ前に彼ら(彼女ら)に教えておくことはないのか。親にある保護責任というのはそういうことを議論する責任であるのかもしれません。ちなみに私は電話そのものが嫌いです。記録が残るチャットならたまにしますけど...


Posted by kaizawa | TrackBacks