2008年05月12日 20:42

「インターネットの教科書を作ろう」を読んだ

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ITmedia +D」で、いろんな情報をいつも頂いている。

今回、読んでなるほどと考えさせられたのは「インターネットの教科書を作ろう」。筆者は、「インターネット教科書」を念頭に置いて話しているみたい(そうじゃないニュアンスもある)けど、「インターネット教科書」を作ることができないかなと感じた。

教科書というと押しつけがましい印象がある。少なくとも會澤には。教え方にも問題が大いにあると思いますし、思想面が大きく影響しますね。国ができるだけ中立的にと作った教科書は、それに相反する立場の人たちから見れば、大いに不満があるわけですね。そんなの当たり前。筆者の小寺氏も、オープンソースでは危険というニュアンスの話をしているけど、誰でも改変可能という事は収拾がつかなくなる可能性が大いにある。しかし、どうせ万人に納得させられる教科書ができないのであれば、両方に偏った教科書を作ってみるというのもあり何じゃないかな。


社会というか、歴史の教科書が何故昔から現代に向かって作られているのか、それはどうも理解できない。現代自分たちが置かれている社会というのが、どのように作られてきたのか。現代から出発しなければわからんでしょう。弥生・縄文の社会を学んでも、そこから現代をイメージするのは難しい。

個人的な経験で申し訳ないが、買ってもらった百科事典で小学校時代に二次方程式や、因数分解を(理解していないにもかかわらず)解くことを知っていた會澤は、中学・高校で微分・積分の意味を知るのにずいぶん楽をした。逆に、大学時代に、フーリエ変換に至る過程で高次微分・積分をおろそかにしたため、ずいぶん苦労したことも。わかる。という過程では、逆戻りして「学び直し」を行ったり、先回りして形だけ「知る」ということも重要。そういうプロセスは学校ではなかなか得られない。

文法を学ぶよりも。乱読がどれほど国語力を上げるのに役立つやら。そして、文字を読んで感動するという体験をするのは現代において別にペーパーメディアに限ったことではない。携帯(電話で読める)小説が大きな話題になったけど、アレだって立派な文学。そういうのが流行っていたらそれをネタにして感動する体験をすればいい。国語の教科書に載っているのが全てじゃない。それを教えるのだって立派な教育だと思う。

物理法則を覚えるより興奮したのは、ハッブルの映像。あり得ないでしょう。あの映像は。「地球以外で生命が誕生する条件を述べよ」って宿題を出したら、現代の高校生どんな答えを出すでしょうね。今の會澤だったら、夏休みじゃ終わらないかも。色々調べて、調べることで色々また発見できる。

英語に関しては、何も言えないなぁ...(苦笑)。


学校の教育ってどうしても、教科書に縛られる。例えば、学ぶことよりもおもしろいことがあるからそっちに行くわけでしょ。でも学ぶことも相当におもしろいことなんですよね。学者さんなんかは「一生勉強だ」とか、「答えはない」って言い方するじゃないですか、答えを求められている現代の教育下では相反する事ですよね。期限を設けられる。答えがある。そういう教え方をされてますからね。

学ぶことが社会に出てからどんな役に立つんだ!って反論する学生もいますわね。社会に出て実際に社会で暗記させられた年号が出てきたためしは確かにありませんな。FXはじめて世界史やら、地理何ぞを改めて眺めている自分もいます。社会の事象がいかに複雑に絡み合っているかすごく勉強になりますよ。学校で学んだのはその断片でしかないんですよね。そして断片をつなげてひとつの大きな社会にする作業を教えてはくれないわけです。

インターネットって刻々と変わります。2chで真剣なやりとりに入り込んでくるチャチャ。そこから炎上すると最初の真剣なやりとりなど飛んでしまいますね。他人がいやがることを平気でする。それは誰かを傷つけること。匿名性が生む無責任の連鎖。そういうところからも心理学が学べるかもしれません。


いろんなアプローチで小・中・高学生がみてわかるテーマを提供する。テーマはいろんな人の手を経てつながりを生む。たどっていくことで別のテーマにぶち当たる。多少高度なネタかもしれない。そうしたらそれを学ぶことのできるところに誘導される。インターネットのハイパーリンクが最大限に生かされる世界ですね。インターネットには色々雑多な情報が飛び交っている。そういう雑多な情報の中を泳ぎながら学ぶことができたら楽しいでしょうね。雑多な情報の中にはエロ・グロ・犯罪も含まれます。どうやってフィルタリングしてやるのかはとっても難しい。でもそんな教科書ができたら(もう教科書とは呼べませんが)ステキですよね。勝手にやるんじゃないかな。あと先生がやるのは興味付け。その子一人一人が持っている興味や個性をどんな分野に導いてやればいいのか。それって究極の教育ですよね。難しいしやりがいもきっとある。少なくとも今の教科書をこなすだけの教育なんかに比べればずっとずっと。


夢物語が過ぎたでしょうか。...そして結論がない。いつもの會澤です。


Posted by kaizawa | TrackBacks