2007年06月21日 00:17

中庸の心

渋谷のど真ん中でのメタンガス爆発。お亡くなりになった方に謹んでお悔やみ申し上げる。

さて、ワイドショーの類では盛んにこの事件の犯人捜しをしている。「親会社」しかり。「管理会社」しかり。「行政」しかり。である。


事件が起きるとこの手の犯人捜しに躍起になってしまう傾向が最近よく目にする光景になっている。勿論、原因追及は必要であろうし、再発防止の手だては原因追及から始まる。原因がはっきりすれば、それに対するおとしまえはつけねばなるまい。それは良い。しかし、マスゴミがこぞって、あたかも「おまえが悪いのだろう」的な態度で記者会見なる公開リンチを仕掛けるのを見て何とも不愉快な気持ちになってしまう。マスゴミはいつから警察機能を持つようになったのだろう。

逃げを決め込み、嘘をつく輩がいることは事実。しかし、現在調査中である旨を伝えても「おまえには語る責務がある」などとすごむマスゴミの姿を見るにつけじゃおまえは何様だよ!と言いたくなる。不愉快きわまりない。マスゴミは視聴者の利益のためとか、何かにつけ口にするが正直に言えばいい。視聴率をとれば金になるのだ。視聴率を稼ぐためには悪者が必要なのだ。ドラマチックな展開が必要なのだと。であれば納得もする。視聴者の利益とか下らぬことは言わないでいただきたい。


さて、行政の対応のまずさを指摘する声も聞いた。曰く、掘削時にあった規制が運用時にないのはいかがなものか。なるほど。おっしゃるとおりである。ところで、運用時に規制をするにあたってそのコストは誰が負担するのか。規制をするにあたってその確認作業のコストは誰が負担するのか。がんじがらめの規制規制では社会が疲弊する。小泉某が進めた構造改革は規制撤廃という手法をとっていた。規制を撤廃したことで生じたマイナス面をことさらに強調するような側面がどうも見られる気がする。小泉某は會澤の嫌いな政治家の一人であり、彼の右よりの発言は虫唾が走る。しかし、政治手法には優れた点も散在するのも事実。規制撤廃の礎を築いたのは言うまでもなく、某の功績といえようと思う。それによって生じたマイナス面は勿論議論されるべき。しかしプラス面も勿論あるのだと言うことも頭に入れておかねばなるまい。

規制は経済活動にコストを付与する。そのコストを均等に販売価格などに転嫁することが許されれば社会はうまく回っていくと思う。しかし、現実問題としてコストを価格に転嫁するようなことは社会が許さない。あるブログで安全確保された食品が価格倍になっても購入するか?というのに、購入する。と答えた人がいたのはある意味ちょっと驚いた。私は購入しない。食品は生活の中に切っても切れないものであり、生活コストに直結する。私は地方に住む中小企業の平社員だけど、家族を養っていくのに必要最低限の給与を受け取っている。食費が倍になってしまったら生活できない。余裕がないわけではないけれど、贅沢をするほどの余力は存在しない。

セレブなる人種が生じているらしい。その人種のことを會澤は詳しく知らないが、彼ら(彼女ら)の生活感覚は會澤のそれとは一線を画している。そういう人たちを基準にして一般論を語られると大変困ってしまう。まぁ、それは極論としても政治がどこまで市民生活に介入することが許されるのか。政治は非常に甘い言葉で近付いてくる。曰く、保証しましょう。曰く、補填しましょう。しかし、そこにあるのは単純に資金のたらい回しに過ぎないのだということにも注目したい。所詮財源は税金である。税金を払っているのは私たちなのである。

かつて、ゆりかごから墓場まで。というキャッチフレーズを使っていた国があった。大きな政府。というヤツだ。政府が国民の様々な側面をサポートし、逆に規制する。政府は大きなお金を使って市民生活をバックアップし、税金という形でその資金を徴収する。このような体制は現在の日本にとって必要だろうか。日本は莫大な借金を背負っている。まがりなりにもそれが深刻な問題として認識されていないというのは、幸か不幸か日本の経済活動が一定の活気を保っているからに過ぎない。今後、高年齢社会に突入していく中で、税金の支出は多くなる。一方税収の主軸をなす会社組織は、海外進出を(コスト対比で安い国へ)していく。労働者の全体数も少なくなる。この中で日本が目指すべきはむしろ小さな政府だろう。

規制をすべき!という論調に全面的に賛同できない。その規制ははたして現実的に必要なものなのか?人命は尊い。だからそれに伴うあらゆるシーンは規制を設けるべきである。なるほど...くり返しになるがそのコストは誰が負うのか。その辺の議論も無しにまず規制ありき的な論調には反対する。


さてさて、「中庸」とはどちらにも偏らぬ恒常の心。というふうに解釈する。會澤のこのエントリはいかがなものか。「中庸」とはほど遠い。なんと難しく、なんと遠い心か。會澤は凡人ということだろうと思う。

このエントリに頂いたコメント。この表示は随時更新されます。

by Magician(2007-06-21T12:09:07-05:00)

このニュースに関して今朝方色々考えていたのですが、

最終的には親会社が責任取るべきなんだろうなぁと。

ちょっと考えれば渋谷のど真ん中に温泉作っちゃおうなんて

発想自体が非常識なのであって、それを商売とする以上

あらゆるリスクを想定しておくべきだった筈です。

そのプロセスをすっこ抜いて見切り発車で商売初めて、

いざ事故起こったら管理会社の所為って、それはそれで

理屈は通っているような気もしますが、その程度の

モノの考え方しか出来ない企業はちょっと信用置けませんね。


そう言えば、看板落っことして通行人に大怪我負わせて

マスコミに罵声浴びせた揚げ句「頭切っただけだろう」なんて

暴言吐いてた大馬鹿者も居りましたね。

利益出すだけじゃなくて、あらゆる事態に対して

真摯に対応出来る事も企業のあるべき姿だと思うのですが。

by 會澤(2007-06-21T13:35:07-05:00)

その通りで、その点に関して異論はありません。

ただ、今とってもおかしな事になっていると思うんですよ。安全っていうのは真っ当にやればそれなりのコストや、手間がかかります。

にもかかわらず、マスゴミや消費者はその辺のコストは企業がシェアするのが当たり前。というような風潮に思えるのですね。

これは企業の成長に水を差す。勿論最低限の安全・安心を保証するのは物作りをするものとして当たり前。ただ、何でもかんでもはちょっと理不尽。正当にその辺のコストが消費者に転嫁され、それが認められる社会になるべきだと思うのですね。


今回の事故は根が深そう。だから、今回の事故。というくくりではあまり考えてません。安全コストってのをもう一度考えて欲しいなぁと。

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Posted by kaizawa | TrackBacks