2007年05月13日 21:10
天文学の行く道
最近、「異形の惑星」という本を読んでいる。発行は2003年だったと思うので4年も寝かせていたことになる。積ん読もいい加減にしろと作者には怒られそうだ。内容については省略させていただくが、大変おもしろいので天文学に“ちょっと”興味がある方は読んでいただければと思う。
この本に書かれていることをエントリにしようというわけではないので、はしょってしまっていることご容赦いただきたい。ただ、きっかけになったのは事実。
先日近所に用事があり、歩いて用事を足しての帰り道。ふと空を見上げた。子供の頃見た天の川が見えるかな?と思ってのこと。しかし、残念ながら空には天の川の姿はない。正確には姿がないのではなく見えないのですね。
空は晴れていて、雲はない。月の明かりも多くはない。にもかかわらず空に星は見えないのです。それだけ新潟の空は明るくなっているって事です。星の多くはごくわずかな光しか人の目に届けない。「星明かり」なんて言葉がありますが、これは決して明るいことのたとえではありません。目の解像度は機械のそれと比べてもちろんわずかなものですから、周りが明るくなってしまうとわずかな明かりなど消えてしまいます。より強い光に打ち消されるわけですね。空気のよどみも関係しているかもしれません。現実は新潟の空に星はほんのわずかしか見えなくなってしまった。ということです。
子供の頃、會澤は星を見てウルトラマンのいるM78星雲はどこだ?とか、恐ろしい怪獣がきっとこの星々のどこかにいるに違いないと思っていました。実際には、地球外生命体の存在は確認されていません。今でもやっているらしいですが、SETI@homeなどという地球外生命体の有意な電気信号を電波望遠鏡のノイズから分析しようという試みもありました。さんざん私もデータを分析させましたが、思うところあってストップさせました。まぁそれはいずれ書くとして、星を見て、思いめぐらせることがあったからこそそんなことに興味を抱いたわけです。冒頭に上げた本も、地球が属している太陽系とは大きく異なる恒星系が存在し、必ずしもそれが少数派ではない。という内容に衝撃を受けたためです。望遠鏡でのぞいたことがある木星が、土星のリングがなければ(見ることがなければ)興味を持つこともなかったかもしれません。
天の川という存在は、実に不思議に思えたものです。星々は空に均等にあるのではないか。素人考えでそうなるのですね。デモ実際に天の川は存在しました。星々が集まったエリアと、さほどそうでもないエリアが存在する。これは大きな疑問でした。天の川というのが、太陽系が属する銀河系の姿(の一部)だと知るのはずっと後のことでしたが、その事実が知識として自分の中に落ちたときに「アァそうだったのか!」と膝を打つ自分の姿がありました。これも子供の頃実際に見た天の川の姿とその疑問があったためです。
新潟の片田舎でもこの通りですから、都会の子供たちに天の川の話をしてもピンとこないかもしれませんね。男の子が虫取りに夢中になるのも、実際に辞書などにあるクワガタムシや、カブトムシを手に取ることの快感があるためです。天体望遠鏡を夜空に向けて、「アレが土星だ!コッチは木星だ!」って感動することが天文学に興味を抱く第一歩だったりすると思うんですね。
もちろんインターネットで見つけた美しい天体写真で興味を持つということもあるかもしれません。それはそうなのですが、もっと身近なところで見つけた「宇宙」という存在ってきっと大きいと思うんですよ。會澤は天文学に、宇宙物理学に興味を持ちました。だからといってそれが仕事につながったりしてはいません。でも、今でもそのての本を読むのは大好きです。プラネタリウムも好きです。スタートレックや、SFもののビデオ・映画も大好きです。會澤の興味程度はたいしたことはありませんが、生活を(少しばかり)豊かにしてくれています。會澤にもっと努力する才能と、理解する才能があったら天文学に進んだかもしれませんね。
これからの天文学・天文物理学はどうなるんでしょう。きっと廃れることはないと信じたいと思いますが、実体験を伴わない興味はやっぱり少なくなっちゃうような気がします。子供たちには満点の空というヤツを見せてやりたいと思いますね。興味を持つ子もいれば、全然興味を示さない子もいると思います。それはしかたない。でも、実体験はきっと思い出になります。学校関係者の方。まだ夜空が暗いままの自治体の方々。ぜひタイアップしましょう。
星を見ているとこの広大な宇宙の中で、自分という存在はなんなんだろうと考えてしまいます。天文哲学者にでもなりましょうか。
by Magician@宇都宮(2007-05-14T13:14:23-05:00)
小学校時代、星の観察の宿題が出たのに
「星が見えないから宿題にならなかった」という
笑い話にもならないような事が御座いました。
今は宇都宮に引っ越してきて、毎日夜空を楽しんでいます。
今日も曇りですが、かすかに星が見えています。
引っ越してきた当日に玄関前で出迎えてくれたのは
クワガタムシでした。
この素敵な自然を、少しでも多く後世に残して
いきたいものです…。
by 會澤(2007-05-14T13:50:12-05:00)
子供の頃田んぼでメダカやらカエルやら捕まえていました。今はほぼ絶滅種になってしまったようですが、タガメ(このへんではミズカマキリと言っていました)なんてのもいましたねぇ。
自然は素晴らしい!のですが、反面。間違いなく生活は便利で刺激的になっています。會澤はもう昔のような生活には戻れないと思います。自然が失われるのは寂しいけど、今の便利さもまた失いたくはない。だからどうする。ってことは思い浮かばぬ凡人です。
都会のビル群の中でも生活していたことがあります。多くの人の中で自分のことなど誰も振り向いてくれぬ孤独感。嫌いではありませんでしたね。私はあの喧噪の中でなんにも考えずにボーッとできました。妻はダメだそうです。
空を見上げて時々思うのは、「そういえば都会の空はなんか少し違ったなぁ」って事。たぶんまだビル群の間に見えていた星よりも新潟の星々は多いと思います。新潟で天の川が見えなくなったのは、実はショックだったけど、あのビル群からみていた空にはいつから天の川が消えてしまったんでしょうね。
by yamatatz(2007-05-15T11:34:37-05:00)
天の川を最後に見たのはいつだったか、もう忘れてしまいました。視力も随分と落ちたので、今や望遠鏡に頼らざるを得ません。あとは力任せに想像(妄想)を膨らますしかないようです。
by 會澤(2007-05-15T22:06:28-05:00)
視力かぁ、オイラも落ちたな。
想像を働かすにも子供たちは一度も見たことがないってのはかわいそう。そう思います。
Posted by kaizawa | TrackBacks