2006年06月18日 06:22
信州 渋温泉「歴史の宿金具屋」
家族4人で長野へ。いやぁ、トラブルもありましたが楽しんできました。
まずは信州渋温泉 歴史の宿金具屋
さんの生い立ちを引用させていただきますね。
金具屋の歴史 から2006年6月18日に引用当館は宿屋になる前は松代藩出入の鍛冶屋でした。当館の前を通る道は、善光寺と草津を結ぶ草津街道であり、志賀高原の山越えの宿場町として栄えていたのが渋温泉でした。当時の交通手段は馬や徒歩、馬具の整備や蹄鉄を作っておりました。
ところが宝暦四年(1754年)、裏山「神明山」が崩れ、渋はほぼ半分が土砂に埋まるという壊滅的な被害をうけます。当館のあった場所も土砂に埋まってしまいました。
その災害の復旧中に敷地内より温泉が湧出し、それを機に宝暦八年(1758)に宿屋となりました。前身が鍛冶屋であったため、当時の松代藩主から「金具屋」と命名されたということです。これが金具屋の創業となります。現在の渋温泉が傾斜地になっているのはこのとき崩れた土砂の上に街が作り直されたためです。
写真は国登録有形文化財第20-136号木造四階建「金具屋斉月楼」
です。こちらにお世話になりました。こちらのお宿は一部屋一部屋、部屋の設えが異なり、全て魅力的です。金具屋さんは全部で4つの棟からなります。
- 潜龍閣
- 居人荘
- 斉月楼
- 神明の館
各部屋ごとに非常に凝った作りになっており、金具屋さんのホームページに各部屋の写真付きの説明があり、ここから部屋を選択したわけですが、これ迷いましたよ!私も妻もこの手の建築物を拝見するのが好きなので、ホームページを見ながらあーでもない、こーでもないと議論しました。
一つ目に考えたのはやはり有形文化財に登録されている斉月楼が良いだろうということ。これは私も妻も意見は一致。さてこれである程度絞り込まれました。後は、部屋の設えと料金の違い。最終的に候補に残ったのは4階にある201 長生閣(ちょうせいかく)
と、2階にある206 蓬莱軒(ほうらいけん)
の二つ。そしてもう一つ考慮が必要だったのは母の存在。僕ら夫婦だけであれば何階の部屋でも問題なかったのですが、母は膝が悪く、階段が苦手。斉月楼は古い建物のため階段が随所にあり(実はこの階段一つにしても非常に凝った設えになっており、それはそれで楽しませていただきました)可能な限り低い階にしてやりたいという思い。さらにいえば妻も母も方向音痴。入り組んだ屋内を動くよりもシンプルな低い階を選択した方がいいだろうという判断で、蓬莱軒を選択させていただきました。
こちらのお部屋、一番気に入ったのは父ではないかと思います。いつのまに観察したのか私達に部屋の設えに関していかに凝った設えであるか解説してくれたのですね。父は若い頃大工の手伝いをしていたことがあり、そのへん多少かじっていたのですな。私達はホームページに書かれている設えについては予備知識として持っており、部屋に案内されたときに父にそのへんは話しておりました。ところがまずはお風呂。ということでお風呂に入り、その後妻とともに少し(ほんの10分ほど)温泉街を散策して、戻ってみると父はすでに詳細に部屋の観察を終えておりました。いつの間にか酒を飲みながら...
部屋だけではなく、このお宿には豊富な温泉がありこれもすばらしかった。宿の大浴場である「鎌倉風呂」と「浪漫風呂」はそれぞれ泉質が大きく(見た目にも)異なります。鎌倉風呂は透明なお湯でしたし、浪漫風呂は濁ったお湯。いわゆる温泉掛け流しで加水も一切無し(露天のみ加水有りの表記あり)。加えて貸し切り風呂(無料)も5つ!あなた湯あたりするなという方が無理ってもんで、お湯のはしごをさせていただきました。鎌倉風呂と浪漫風呂は0時で男湯・女湯が切り替わります。残念ながら全ての貸し切り風呂を制覇することはできませんでした。次回があるかどうかわかりませんが、次はぜひ貸し切り風呂全制覇を目指します。
実をいいますと渋温泉には公共浴場(これも泉質が全て異なるらしい)が9つもあります。これも全部回れなかったなぁ。父と母は屋内のお風呂をはしごしておりましたが、僕ら夫婦は贅沢にも屋内のお風呂だけでなく公共浴場をいくつか回りました。温泉に関しての話は私のような素人が話しても何ですので、ぜひこちらの8代目当主のご意見をご覧になって下さい。このお話に関しては非常に感銘を受けました。會澤の旅行記など興味ないとおっしゃる方も可能でしたらこの辺のお話はお読みになって欲しいなぁと感じております。
金具屋 源泉100%のこだわり から2006年6月18日に引用温泉に対する金具屋のこだわりについて、お話したいと思います。
非常に楽しく、のんびりできた家族旅行でした。
Posted by kaizawa | TrackBacks