2006年06月15日 22:06
卒業しなければ未来はない!
アンチ読売の會澤ですのでそのへんよろしく
先ほどテレビニュースで次期オリンピック(北京?)の野球チーム監督に長島の可能性がある旨言っていた。いったいどういうことなのかまるっきりわからない。長島という人物。個人としての魅力にはあふれているのかもしれない。會澤的には単なる人気のあった元野球選手というイメージしかない。監督というのは名選手が即イコールではない。そんなことさんざん言われてきたことであったはずで、長島が名監督か否かというのは少なくとも戦跡からいって名監督の側にはないのではないかと思っている。どっちかっていえば、野村とかそのへんの方が名監督って言えるんじゃないか。短期の監督に野村が向いているとはとても思えないが...
百歩譲って監督の器であるとしよう。オリンピックの時に元気に指揮を執れるだろうか。もちろん現代医療は進んでいるから、難しくはないのかもしれない。しかし、時折野球観戦に来たといってニュースになるような体調の人間を「監督」でござい!と祭り上げるのは、野球機構のエゴに過ぎないのではないか。人気に乗っかりたい。そんな思いが見え見えなんじゃないか。
オリンピックの野球は全世界的ではないということで北京で最後になる。復活というのもあり得ないわけじゃないだろうけど、早々世界規模に広がるというわけでもあるまい。最後のオリンピックになる可能性がある。そこに長島の名前を刻むことで、涙にむせぶファンも多いのだろう。しかしそれでいいのか?長島人気でオリンピックを盛り上げようという意味はないのか。あるとしたら逆に長島に失礼ではないのか。なんかおかしいと會澤は思うぞ。
いっそ先の何とかクラッシックで男を上げたイチローをプレーイングマネージャーに起用したらよっぽど話題になるぞ。なんなら思い切ってジーコ監督なんてどうだ。ブラックが過ぎるか?
Posted by kaizawa | TrackBacks