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行きたかった!来年もやるならぜひ行きたい。


一般公開していたんですねぇ。すごいなぁ。加速器見たかったなぁ。理研が一般公開しているなんて知らなかったです。理研って何かって言うと、「独立行政法人 理化学研究所」ってことになります。リンクを示すだけなんて手抜きですが...
ITmedia +D LifeStyle:あなたの知らない理化学の世界——理研公開 (1/4)
来年もやるんでしょうかねぇ。やるんだったらぜひ行きたい。上記リンクは紹介記事なんですが、おもしろいです。私はとってもおもしろいと思いました。特にほんのワンフレーズだけなのでわかりにくいのですが、あたかも錬金術が可能のようなフレーズ。間違いじゃないけどね。
原子核っていうのはまぁ極々簡単にいえば陽子と中性子が固まってできているようなもの。すごく乱暴な言い方をすれば、水素原子を79個と、中性子を118個一つところに集めれば「Au(80)」の金が生成できることになります。普通にやっても無理よ。簡単にいかないのは原子核の結びつき(強い力:Strong interaction)が強いため。理論的に可能であってもそれは簡単にはいかない。上記記事にあるように加速器によって原子核を加速してぶつけてやることで原子核は融合する可能性がありますが、ではそれは物質であるかというと疑問ですね。イヤ、原子核は別原子核になるんですよ。それは間違いない。しかし、原子核と物質は別物。しかし、ロマンはありますよね。

理研に関してはすごく遠い存在だったのでノーチェックだったのですが、今度はマメにチェックしてみます。機会があればぜひ見学させていただきたい。目茶苦茶行きたいポイントです。アッ、来月妻と行く予定の「Disney Sea」の次ぐらいかな。o(^-^)o ワクワク。

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東京大学:学術俯瞰講義をPodcastで配信


小柴教授の講義
私はとってもおもしろいと感じました。「東京大学[ホーム]」にアナウンスが出ています。iTunesMusicStoreにて無料で購読できます。話題になっているのか、會澤の環境下ではダウンロードに時間がかかりました。小柴先生の講義の第一回目が85MBと結構大きいです。
さて、iTSのコメントで、「尻切れトンボでいまいちだ」「難しい」という意見が出ていました。これはですね。チョット違うんではないかなぁと思います。最初の「尻切れトンボ」という部分ですが、これは学術俯瞰講義第一回目「宇宙と素粒子 ー物質はどのように作られたのかー」のchapter 1/4です。この1/4の意味を考えていただければわかろうかと思うんですけどねぇ。まぁ、「カメラアングルがクルクル変わって肝心の講義への注目度がさがっちまうじゃないか!」という批判は甘んじてうけるべきかな。スライドが動かないとか、スライドの解像度が悪すぎとかいうのもダメダメな点だなぁ。まぁ、チャプターに分けるときの切り方がなってないという編集の問題としてとらえるんだったらいいけどね。内容はとってもおもしろい。次の2/4がとっても楽しみ。
もう一つ「難しい」というコメントね。これね、會澤はすごくわかりやすかったですよ。ただ、この講義が東京大学の1・2年生を対象に行われた学内講義だってことを考えて欲しいんですよ。小柴教授は文系の学生もいるだろうということで非常にわかりやすい説明をしてくれています。テーマがそもそも難しい。そりゃ難しいさ。宇宙の源素の姿はどんなモノだったのか?これはね、答がない。少なくとも今現在答を学者に出せというのは酷というもの。だってわからないんだもん。内容なんて読まなくてもいいから、本屋さんの新書版のコーナーにある「ブルーバックス」というシリーズタイトルをながめてください。「今○○がわからない」という名前の本がいくつか目に入ると思います(會澤も何冊か持ってます)。わからないこと多いんだ。これが本当の話。
そして、小柴先生の講義の中には素粒子の基本的な話が出てくる。この素粒子っていう概念がわかっていないと、講義が前に進まない。難しいことは難しいけど、「難しい話をできるだけ取っつきやすく、間違いがなるべく起こらないように話された講義」という極めて難しいことに先生チャレンジなさっているので、ナガ〜イ目で見てやってくださいな。

ジョージ・ガモフの火の玉宇宙論から始まっています。高校時代にたまたま図書館で「トムキンス」シリーズを読んでいた會澤としては懐かしかったですよぉ。黒体輻射の問題が出てきたりして物質が生じてきた“時代”の話が聞けます。素粒子とはなんぞや。わかってなくともアウトラインを理解できているとなお理解できると思います。

個人的には、「物質」が作られる。とともに、その器たる空間の広がりについて次回以降話をしてくれればいいなぁと思ったりしています。子供などが『宇宙の外側にはなにがあるの?』と質問するかもしれません。内側・外側という概念は空間の広がりの中に“それ”があるというのが暗黙の了解になっています。しかし、実際には物質が作られると同時に空間も創られる(というと語弊がある)という事実を本来ならば説明しなければならないはずなんですね。宇宙の内側はあっても、宇宙の外側はない。もしくは、昨今並行宇宙論で述べられているような別の次元における宇宙の存在。次元の繰り込み。そういうのを小柴先生だったらどんな風に講義してくれるのか興味があります。専門は素粒子物理学で、宇宙論は専門ではないと思いますのでそれは無理かな。
大学時代ろくすっぽ講義に出ていない不良学生の會澤は今頃になっていろんな興味が湧いています。このPodcastはそんな興味をくすぐる格好の素材です。とても嬉しい。ちなみに、小柴先生以外にも4人の先生の講義が聴けます。
  • 学術俯瞰 第1回:小柴昌俊「宇宙と素粒子 -物質はどのように創られたのか-」
  • 学術俯瞰 第2回:佐藤勝彦「物質の生い立ち -素粒子、原子、宇宙-」
  • 学術俯瞰 第6回:家泰弘「物質の科学 −その起源から応用まで−」
  • 学術俯瞰 第10回:小宮山宏「物質を作り利用する」
興味がある方はぜひみて下さい。おすすめします。

06/04/14 追記:東大のホームページの「UT OpenCourseWare」というところから各講義の際に使われたスライドをPDFで入手することが可能です。ヴィデオキャストというのは雰囲気を楽しむためには良いと思います。事実、なんとも言えない雰囲気をかもしている各先生方の講義の様子を見ることができたのはよかったです。しかし、動画ってのはどうしても流れていきます。スライドを収めたPDFを見ることで、講義の理解を深め、自身の疑問点・不明点を洗い出すのにはいい教材であると思います。Videocastをご覧になって興味を持たれた方はぜひ、PDF(スライド)も入手されて、今一度講義を聴いてみて下さい。


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スーパーカミオカンデ修復完了


学術的な話は會澤にはできません。詳しい話は本家のホームページをご覧下さいませ。
スーパーカミオカンデ
スーパーカミオカンデえとですね、極々簡単にこの装置の理屈を考えてみます。ニュートリノというのがあります(エーあると思ってください)。ニュートリノってヤツは結構孤独を好むので、滅多に他の物質と反応しません。反応しないのでなかなか観測するのが難しいんですね。ところが、いかに孤独を好む(本当に好むかどうか和知りませんが)ニュートリノ君でもときどき反応することがあります。電子っていうヤツと反応します。電子はいろんな物質の中にあるのですが、例えば水を考えてみます。水の中にも電子はあります。その電子とニュートリノ君が反応するとこれまた微弱な光を発します。
その光を観測すれば間接的にニュートリノ君の存在であるとか、反応に要したエネルギー・そのベクトル(向き)などがわかる訳ね。さて、最初に述べたとおり、ニュートリノ君は非常に他の物質との反応確率が少ないんですね。太陽なんかは大量のニュートリノ君を放出しているのだけど、それを簡単に観測することができないわけですよ。何と地球でさえもニュートリノ君は素通りしてしまうほどなんです。
とはいえ、ごくまれに反応は起こります。さてここで発想の転換です。まれにしか反応しないんであれば、反応してくれる媒体ここでは水を大量に用意しておいて、その周りに電子とニュートリノ君が反応したときに発する光(チェレンコフ光といいます)を検出するための機械を設置しておけばいい。反応してくれる媒体の容量が大きくなれば気まぐれなニュートリノ君でもときどき反応してくれるでしょ。それを究極まで大きくしたのがスーパーカミオカンデという施設です。その大きさたるや、水量5万トンといいます。エースケールが大きすぎて例えが見つかりません。手近なところで、500mlのペットボトルだと、1億本(計算合ってるか?)!マジです。
さて、このスーパーカミオカンデが残念ながら故障して修理をしておりました。そしてこのたびほぼ修復が完了し、観測を再開することができるようになったそうです。非常に嬉しい。イヤ、私この施設とは何ら関係ないんですけどね。

會澤がこのニュートリノ観測の中でもっとも注目しているのはニュートリノが質量を持つか否かという問題の手がかりになる実験結果を示しているということです。これまた難しい話になりますが、太陽ニュートリノに限らず、極わずかながら観測されるニュートリノはその予測される値に対して少ないことが度々問題にされていました。でそこで出てきたのがニュートリノ振動と呼ばれる量子状態の変遷により、観測されるニュートリノが電子ニュートリノ(別の量子状態はミュー・ニュートリノ、タウ・ニュートリノと呼ばれます)だけであり、その結果理論値から観測されるニュートリノの量が少なくなるということです。電子と反応を起こすのは電子ニュートリノだけです。電子ニュートリノは量子状態の変遷により、ミュー・ニュートリノ、タウ・ニュートリノという状態になり得るというもので、その状態では電子との相互作用は起こりません。極めて他の物質との相互作用がおきにくいことになります。水中の電子との相互作用によって発生するチェレンコフ光を観測することはこの量子状態の一形態である電子ニュートリノのみを観測することになり、理論値との差を埋めるのに好都合(この言葉はあまり適切じゃないな)なわけですね。
ただ、ニュートリノ振動はニュートリノに質量があることが求められます。ニュートリノに質量が存在することになれば、もう一つの問題解決の糸口になり得ることになります。もう一つの問題とは「宇宙の暗黒物質(ダークマター問題)」と呼ばれるものです。これも理論値から見て観測される宇宙の姿に小さい質量しかない。ということです。観測にかからない多くの質量が存在する。それが理論値からは要求されるのですが、それが見つからない。
もし暗黒物質(ダークマター)の正体がニュートリノであれば...ニュートリノは最初に述べたように極端に観測しづらい物質です。そして実は大量のニュートリノの存在は予想されています。そして、そのニュートリノに質量があれば。

まぁ事は単純に進むわけではないと思いますが、スーパーカミオカンデで行われたK2K実験()でニュートリノに質量が存在する(ニュートリノ振動が存在する)ことが観測によってほぼ明らかになったのです。そんな功績の中で起きた観測装置の故障(観測機の破損)は非常に残念なニュースに写りました。何せ、大規模な施設ですので、単純に補修するというわけにも行きません。5万トンの純水を抜き、修理する。観測装置一つにしても特殊なものですのでコストも手間もかかります。日本経済の問題とも相まって予算が本当に下りるんだろうか、ハッブルの二の舞にならないだろうか。非常に不安に思っていたのです。さて、スーパーカミオカンデで行われる次の実験ではどのような結果が出てくるでしょう。予測通りの結果が出るか、予測を自然があざ笑うような結果が出るか、それはわかりません。しかし、日本が誇るこの実験施設が人の知識を広げる想像力を広げる一翼を担うのはきっと間違いないと思ってます。期待してます。
高エネルギー加速器研究機構(つくば市)からスーパーカミオカンデへむけて人工的に発生させたニュートリノビームを発射させ、その観測を行った実験の総称。ここで発生させたニュートリノビームと、スーパーカミオカンデで観測したニュートリノの間にニュートリノ振動で予測されたのと同レベルの観測が確認され、ニュートリノ振動が起きていること。すなわち、ニュートリノの質量が予測されるという事実を突き止めた。
写真提供:東京大学宇宙線研究所 神岡宇宙素粒子研究施設

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銀河創世


ロマンにあふれた記事がありました。
サイエンス - 近くに「銀河の卵」、20万光年の大小マゼラン雲付近
銀河系の隣にある大小マゼラン雲の近くで、新しい銀河が生まれつつあるのを名古屋大学などの研究グループが発見した。地球から20万光年という観測しやすい距離で「銀河の卵」が見つかったことで、銀河誕生の謎の解明が進みそうだという。27日から和歌山市で開かれる日本天文学会の春季年会で発表する。
すごいでしょ。20万光年なんて言えばウルトラマンのふるさとM78星雲より近いですよ(蛇足ながらM78星雲というのは実在します)。実は銀河構造って言うのは謎が多いです。よく知られた話では銀河構造が均一でないということが言われます。あるところには銀河が多く集まっているような部分が存在したり、逆になぜか銀河がほとんど観測されない部分が存在したりする。銀河の中心には巨大なブラックホールが存在する。なんて話もある。イヤ、もっと言うと、銀河同士が衝突して銀河ブラックホール同士が近づいて超巨大ブラックホールが形成されるなんて言う話まである。
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話がそれましたが、星の誕生というのはなんともスケールの大きなプロセスで、こういう話を聞くとワクワクします。そもそも宇宙空間というのは真空であるといわれますね。しかし、実際には様々なガスが部分的には存在します。かつて星であったものがその寿命を終え、爆発した名残であったり。何らからの原因でガスが引き合う環境であったり。画像はNASAのギャラリーの中にあるもので、「ガス雲の中で今まさに新星が生まれた瞬間」というようなイメージの画像です。これが実際に起きていることであるというのはまさにロマンだと思いませんか。そしてそれが極近くでも観測可能であると。すごいでしょ。

ガスといえど、一定の質量を持てば互いに引きつけ合う力を持ち得ます。そこで濃度が次第に高まり、ガス同士の引き合う力によりより大きな引力が形成される。そしてそれが斜面を転がる雪玉のように大きくなり、ある一点を超えると自重により発火()して恒星が誕生する。スッゲェはしょった説明ですが、イメージとしてはそういう感じです。
ここでいう発火というのは通常僕らが眼にする発火とは異なります。恒星内で起こっている核融合反応に外なりません。
恒星の誕生ということだけでなく、それが数多く誕生している領域が発見された。それも我々の銀河からそう遠くないところで起こっている。そこには多くのガスが存在していると言うことですね。その起源を考えると実に不思議な気分になります。

人の営みなど宇宙の瞬きよりもずっと小さなもの。それなのに、互いに争い・傷つけ合う。それが人の業であれば悲しい業だと言わざるを得ませんね。残念だけど。

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着床前診断(受精卵診断)


日本産科婦人科学会は着床前診断の許可対象を習慣性流産の患者へも広げる旨発表した。以前から、生命の選別につながるとして着床前診断を認めてこなかった同協会が容認に踏み切った理由として流産による母胎への影響(肉体的・精神的含む)を考慮したとある。
着床前診断は基本的には人工授精が大原則。人工授精させた卵を母胎へ戻す前に遺伝子診断し、異常が見つかった場合卵を戻さずに破棄するというもの(正確には「破棄する」とは明記されていない)。
着床前診断:習慣流産にも適用 効果に疑問の声も−医療:MSN毎日インタラクティブ
着床前診断ネットワーク|着床前診断、受精卵診断について、大谷産婦人科院長・大谷徹郎医師による説明及び相談
上記二つのリンクは参考として表示したものです。日本産科婦人科学会のホームページは06/02/19現在内容を確認できません。ホントは一緒にリンクさせたいところなんですが...

僕ら夫婦には子供はいない(できない)。僕ら夫婦で決断したことなので、その点に関しては迷いというかそういうものはない(少なくとも今はない)。しかしながら、子供を熱望していながらできない夫婦というのは現に存在する。その夫婦(およびその周囲)の苦しみは察するにあまりある。
一方生命の倫理という観点から、生命の選別というものが行われる可能性というのも事実存在するだろう。事実、ダウン症候群は染色体異常によって引き起こされる先天性障害だが、米国で着床前診断などでダウン症を宣せられた母親の多くが中絶を選択したという報告がある。
蛇足ながら、ダウン症というのは染色体異常によって引き起こされる病であることは事実だが、遺伝病ではない。両親(もしくは片方)に因子が存在して起こる可能性も無論存在するが、基本的には染色体異常は、受精後父親、母親の染色体が交差し、分離増殖する段階で不分離・結合不良によって引き起こされるものであって、誰にでも起こりえる可能性がある。ダウン症は文献によると700人に一人とか1,000人に一人とかといわれるが、いずれにしても可能性は誰にでもある。會澤の知り合いにもダウン症を発症した子供をもつものがいるが、子供のみならず、その両親にもあたかも欠陥があったのような差別的な話を平然とする者が事実存在する。ゆとり教育などというバカを作る教育を進めず、無知による差別がない社会を作っていくのが我々大人の義務であるのではないかと思う。(蛇足がえらく長くなってしまった)
子供が欲しいという両親の思いも。生まれてくる子供に障害があっては可哀想という感情も理解できる。そして、人の命というのは神が与えたもうたものであり、ふれてはならぬという意見もある。どれも正しく、結果としてどれも100%ではない。

會澤は着床前診断の是非については踏み込まないでいようと思う。人の好奇心は科学の発展を進め。そしてかつては神の領域にまで踏み込んだ。韓国で起きたスキャンダルでも、人の卵子が多く研究者に提供されていた事実がある。一部の研究者などにいわせると、受精し、分裂を起こしていない卵というのは体細胞の一部であり、生命倫理とは切り離すべきだなどという発言があったりする。線引きというのは往々にして難しいものではあるが、生命を作り出すというのは生命の根幹であり、軽々に扱うべきではないのではないか。このての話題が出る度に會澤はそう思う。とはいえ、韓国で起きた事件では研究者を擁護する団体も少なからず存在している。それらの団体では再生医療という研究者の行っている研究に思いを寄せている人たちの悲しい思いが見て取れる。
事実と思いが入り交じっているのはいかなる事件でも同じだが、韓国で起きたスキャンダル。今回日本で報じられた生命倫理に関するアナウンス。いずれも科学が進んだことによる悲劇であると思ってしまうのは會澤の思い過ごしだろうか。
子捨て・親捨てはすでに死んだ言葉になっているが、子になる前の生命(生命と呼べるかどうか...)。平均年齢が上がったことによる福祉の問題。生命をめぐる問題は永遠につきることはないのだろうか。
科学技術が進むべき道がいくつも示されているように思う。どの道に進むか。どの道をあえて捨てるか。科学者・研究者のみならず我々も傍観者になってはならぬのだと思う。悩むこと発言すること。残念ながら今のわたしにはそれしかできない。

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ホロデッキは実現可能か?現実とは何か?


タイトルの「ホロデッキ(Holodeck)」なんていったって知ってる人しか知らない言葉。會澤が愛するスタートレックの中に出てくるヴァーチャルリアリティ実現装置のことです。會澤の好きなエピソードの中に、このホロデッキの住人(登場人物といった方がいいか?)が自分がヴァーチャルリアリティ(つまりコンピュータ)が作り出したもので、コンピュータのプログラムが終われば自分は消えてしまうのだろうか?と悩む場面があります。すごいシーンですよね。ここまで読んできて何のことだかわからない人は読み飛ばしていただいていいです。もしくは「Star Trek -U.S.S. Kyushu- [スタートレック総合サイト]」をみて勉強してみてください。

スタートレックの話はおいておくとしても、人間の認識ってのはものすごく不思議なものだと思いませんか。例えば、ここに林檎があるとします。テーブルを挟んでAさんとBさんが向かい合っています。
(Aさん)「林檎ですね」
(Bさん)「そうですね林檎です」
なんにも不思議なことがないじゃないか? そうでしょうか。AさんもBさんも「林檎」という物体をみて共通認識として「これは林檎である」という認識があるのです。連想認識として「林檎は甘酸っぱい食べ物である」という認識も持ち合わせているかもしれません。さて、ここでテーブルの上にある「林檎」と呼ばれるものが「林檎」としてどんな特性を持っているのでしょうか?甘酸っぱい香りがするかもしれませんが、テーブルにあるのが写実的な絵画・もしくは写真であったとしても先の会話は成立しますから、香りという特性はのぞくとします。
林檎は丸い。林檎は上部にへたがある・もしくはへたの部分がくぼんでいる。多くの場合赤みを帯びている。表面にはわずかに斑点がある。etc.
他にどんなモノが思い浮かびますでしょうか?よりたくさん思い出してください。これが「林檎」の概念です。しかし、自然界にたくさんある「林檎」の個体を思い出してみればわかるとおり、一つとしてまるっきり同じものは存在しません。それでも「林檎」は林檎として認識されます。古い哲学者はこれは「林檎」の根源性質を共通認識しているからだ。というふうに説明しました。当然林檎だけでなく、すべての「もの」について根源性質を共通認識としていることになります。そうでなければある人にとって「白」であるものが、別のある人にとっては「黒」になってしまうことになります。
ここで黒だとか白だとかいっているのはあくまでも「物質」の特性に基づく話で人の真理の話や倫理の話に踏み込んでいるわけではありません。
では、人はどこからその根源性質を共通認識としたのでしょう。教育によるものでしょうか。おそらくそうですね。しかし、會澤がこのエントリで問題にしたいのは哲学的なことではありません。教育論でもないんです。記憶・認識というのは「どこ」で行われているのか?ということです。

人間の記憶・認識を司る器官というのは『脳』ということになります。最近になって人間の脳が(解剖学的に)どのような役割を持っているのかが明らかになってきています。脳のある部分は香りに対して反応する。またある部分は触覚を司る。そういうことがわかってきています。チョット會澤は感覚的に受け付けない話ではあるのですが、頭蓋骨を開き脳の一部に微弱な電流を流すと被験者は味覚を関知したり、触覚を感じたりするそうです。まだまだ実験段階ですが、そういうことが少しずつわかってきています。
将来、これがもっともっと進むと脳のどの部分にどれぐらいのどんな信号を流すと人は「林檎」を認識するか。なんていうこともわかってくるかもしれません。そうなったとき、目の前にある「林檎」は現実の林檎なのか、電極の刺激による林檎なのか被験者は判断できるのでしょうか。

現在我々は様々な状況下において個々別々の認識をし、それらの中から共通の認識を共有しながらコミュニュケーションしています。ヴァーチャルリアリティなんていう言葉が出てきて久しいですね。仮想現実なんていうように日本語訳されるんでしたっけ。しかし、仮想か仮想でないか判断するのは「何」でしょう。ヴァーチャルがヴァーチャルでなくなる可能性があるのですね。それでなくとも現実はかつて空想でしかなかったものを現実の物にしています。
先に例を出したスタートレックに「ジョーディ・ラフォージ」というキャラクターが出てきます。彼は生まれつき目が見えませんでした。しかし彼は宇宙船のメカニックとして仕事をしています。彼は「バイザー」といわれるインターフェイス(メガネのような形状をしています)を通して脳の中に信号を入れています。彼は視覚を獲得したのです。時として彼の「視覚」は赤外線スコープであったり、放射線スコープの機能を持ったりしています。当然インターフェイスにフィルタをかけることで現在我々が赤外線フィルタで見ているような映像が「視覚」として認識されるわけですから理屈は合っています。こういう機能を持つものが開発されるのは現在空想の物語であるスタートレックだからと言えると思いますが、かつて空を飛ぶこと、宇宙を飛ぶことも同様に空想以外の何ものでなかった頃があったわけで、一笑に付すのは早計だと思います。そうなったときに現実は誰が決定するのでしょうか。ベッドに寝たままで幸せな一生をシュミレーションし、脳内にインプットしてやることは福祉事業として認可されるのでしょうか。彼にとってはそれは仮想ではなく現実です。映画でもありましたね。現実って何でしょう。映画では現在の生活ではあり得ないようなアクションが出てきたりしましたが、現実と仮想を分けるものが(もしかしたら)存在しない以上彼には非現実とは認知されないわけで...

脳の働きって実に不思議ですねぇ。ところで「Q」は現実の存在でしょうか。「Q」の能力とはすべての生命体の脳に働きかけることのできる能力だとしたら、現実は「Q」によって変えられてしまうのはないでしょうかねぇ。「すべての」ってのが非現実的ですが、非現実と現実との境を決定するのは脳の働きであって...(エラー:循環参照です)

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y=ax 今さらながら…


ISBN-4106100037 バカの壁/養老孟司
言わずとしれた大ベストセラー。なぜに今さら!そうです。會澤が変わり者所以でしょうか。売れているうちには読みたくない。大きな波が過ぎ去ってから読みたい。オイラは流行に流されているわけではないんだ!と思いたい。…バカですね。
そのくせ、買っているんですよ流行っているうちに。で、積んでおくんです。積ん読。そのうち読みたくなったら読む本たち。妻にはこの感覚は理解できないようです。何せ『ノルウェーの森』を今年の正月に読んでいたぐらいですから。理解できなくて当たり前かもしれません。今年の夏は『ソフィーの世界』だったなぁ。で、昨日今日で『バカの壁』です。バカはお前だ!…言い返す言葉もございません。
全部読んだわけではないのです。まだ前半だけ。何度か読み返しながら読んでおります。なるほどおもしろい。多くの人が読んでいるわけですから多少ネタバレでも許していただけるでしょうか。タイトルからしてネタの一つですが…

イトルにも使いましたが、大脳の『認識』という物に関する部分の記述です。この本は哲学書として読まれたんでしょうかねぇ?少なくとこの章に関しては、非常にわかりやすい認識論について述べたものであると感じています。人の脳ってのはずぼらな処理を行っています。少なくとも認識下においては。人の脳に日々与えられる情報(先生の例に沿って言えば入力)は膨大なものになっています。それを処理している(出力)。ところが、その情報のすべてが処理対象になっているかというと実はそうではない。全部処理していたとしたら、これはもう大変なことになります。もしかしたら人間は発狂するかもしれない。少なくとも人間の(純粋な)処理能力はすべての入力をリアルタイムに処理するだけの能力を持ち合わせていない。そこで、どうしたか?人が選択したのは入力を選択的に処理する。という方法です。「選択的」というところがミソです。我々は目に入るもの全てを「見ている」と思っています。しかし実際には「見ている」のは「見ようとしている」ものであることが多いです。先生の例で、y=ax というのが出てきます。y:入力、x:出力。a:フィルタ。ということになります。a=0が無関心。a=∞が原理主義。という例があり、思いっきり頷いてしまいました。このほんの帯にある「『話せばわかる』なんて大うそ!」は、言い当てて妙ですな。その通りですね。人間の脳は、前提条件によって見えるもの見えないものがでてしまうわけです。
記憶が嘘をつくというのもありますね。そうである!と思いこんでいる事柄に関して、「きっとそうだ」「そうに違いはない」「現実に私は見た」という具合に発展していって、(実際にはなかったことなのに)記憶が形成されてしまう例というのが事実観測されているそうです。

ンピュータではどうでしょう。ちょっと前ファジー理論というのがいろんなところでもてはやされました。その後きっといろんなところで活用されているんだろうと思います。思いますが、目立ってませんよね。情報を処理する際に、人間のようにずぼらに処理させることは難しいのです。會澤は、パソコン初心者に「PCなんて融通がきかないバカなんだから怖がらなくていい」って言います。パソコンは精密機械(その通りですが)だから難しい。という認識がまかり通ってしまっているようです。でも、パソコンにいろんな仕事を分担させようとしたときに、一番簡単なのは均等に処理を分担させることです。しかし、実際には指令したご主人様(ユーザー)はAという処理が真っ先に必要だとします。しかし、いつでもAとは限りません。ときにはBの場合もあります。人間に処理させる場合であれば、人の命令の仕方や、言葉遣いでその優先順位が自然に伝わることがあります。パソコンの場合はそうはいきません。ご主人様が優先順位を指定してやらなければ均等に処理を続けます。場合によってはヘビーな仕事にパワーを多く割り当てるかもしれません。「ご主人様が急いでタイプしたから“きっと”この仕事の優先順位は高い」と判断してくれるコンピュータがあったらすごいですね。まだまだパソコンはそこまで行っていません。人間ではできているのに。そこが重要です。パソコンは指示しなければ動かない。人間だったら「使えないヤツ」だったりするわけです。

間の認識ってヤツがフィルターを通して得られる。ちょっと考えると非常に簡単なことかもしれませんが、実は大きな問題・課題をはらんでいることを想像するのは難しくないです。先ほどの例で、y=ax の a=0 が無関心。a=∞ が原理主義。としましたが、0でないまでも極めて0に近いフィルターや、無限大でないにしても限りなく無限大に近い(この言い方数学的には大変な間違いです)フィルターは會澤も、皆さんも持ち合わせているはずです。それが相互理解を妨げ、「壁」となっている。できるならベルリンの壁のように青空の下にたっている壁であって欲しいものです。屋外の壁であれば、壁の向こうを垣間見ることができます。崩したところで天井が崩れるわけでもありません。屋内の壁。もしくは天空まで伸びる無限の壁は壊すこともままならぬわけですからねぇ。
人間の脳ってのはすごく不思議な働きをします。いろんな本を読みましたが、読めば読むほど疑問が湧いてきます。これが、パソコンの話ならパソコンをバラして構造を観察することである程度理解できるかもしれません。最近のパソコンはブラックボックス化されたインターフェースチップが多用されていますからわからないかなぁ。人間の脳の場合はそうはいきません。かつては人体実験を行ったりしていたみたいですが、今となってはそれは無理です。人の脳がどのように物事を認識するのか。先生の本の中に、『林檎のイデア』の話も出ました。個体としての百個の林檎を全て『林檎』と認識するのは人の脳が林檎のイデアというようなものを認識している。これはすごいですよね。パソコンに林檎の映像で林檎という個体を認識させる(画像認識)させるには、様々なパターンを並べて高度な計算をしなければなりません。人の脳は平然と行っているんですよね。これはすごい。(會澤には認識できないことが多いのですが)文字の中にはあえて崩して書かれるものもあります。しかし、人間はそれをちゃんと文字として認識するんですよね。
認識っていうのは、脳が気持ちとかハートの部分に影響されながら作り出すもの。それを排除するのは無理。もともとそういうフィルターを通してみるようにできているんだから(ん?これ自体フィルターか?)。でも、相互理解はできるはずだよね。何だろう。争い会っている人たちと僕らで分かり合える共通のもの。『幸せのイデア』があるなら、きっと分かり合えるはずですよね。で、それはきっとあると信じたいなぁ。


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有機化学美術館:おすすめリンク紹介+α


これはおすすめ度大です。私はまるっきりの門外漢でうまく説明できませんが、有機化合物の様々なエピソードを読んでいるだけでも時間を忘れてしまいます。
有機化学美術館

會澤は、今食品会社に籍を置いています。20代の頃の紆余曲折を経て気が付いたら今の会社にいた。というところです。元々、へっぽこ学生會澤の専攻は「電気」です。それが「食品製造」に落ちつくのですからわからんもんです。
で、この「有機化学美術館」で、「食品添加物」に対する記述があります。そこから展開して、ちょっと思うところを書いてみたいと思います(直接「有機化学美術館」とは関係ないです)
☆喪われた化合物の名誉のために(2)〜調味料〜
昨今マスコミなどが“化学合成物質は悪だ!”、“自然産出物質は善だ!”キャンペーンがはられているように思えてなりません。100%嘘だともいいませんが、100%ホントでもありません。

上記引用で語られている一つである「グルタミン酸ナトリウム」は商品名(商標名?)味の素として有名かもしれません。うまみ調味料。などと言い方もしますね。このへん商標関連の話が入ってくるんだと思います。私は知りません(;^_^A アセアセ…
食品の多くにはこの成分が入っています。入っていない製品を探す方が大変だと思います。で、もちろん合成物質として認識されていると思います。で、それを排除しよう!と短絡的にあおっているのも見たことがあります。実際は「人工抽出物質」であるかもしれませんが、「人工合成物質」ではないと思ってます。石油などから(有機化合物の一種ですから同じ炭素結合をもつ石油が引き合いに出てきますが、分子配列組成などはかなり異なります)合成することは無理とはいわないまでも実験室で行う以外割が合わないはずです(このへん引用中にも記述があります)。グルタミン酸ナトリウムは自然界にも多く存在します。それを圧縮抽出したものが商品になっていると考えるのが正しいと思います。

ところが、その圧縮抽出したもの、そのものが「悪」であるかのような報道が一部で行われています。これは間違いです(断言してしまおうかな...)。圧縮抽出したものですから効果は抜群です。さとうきびの絞り汁を10g加えるよりも、うまみ調味料を10gくわえる方がその効果は大きいです。過ぎたるは及ばざるがごとしといいますよね、強い「うまみ」は、人の味覚を狂わせます。それだけが突出しては「うまみ」というのが食品の「おいしさ」とつながるはずはないのです。
「さじ加減」という言葉があります、人間関係にも使われますが、本来の意味は食品に加える「さしすせそ」の加減。それ次第でおいしい料理もまずくなるぜ!ってことですよね。使い方を問題視するのは間違いではありませんが、合成調味料そのものを問題視するのは筋違いだと思います。なんでもうまみ調味料を使って「うまみ」を強調しては素材のもつうまみ(厳密にはここにもグルタミン酸ナトリウムが含まれることが多いです)を引き出すことはできません。合成物質に嫌悪感を覚えるのは、人知が万能ではなく、予期せぬ副作用があるんだという恐怖感から来るのかなと思いますが、あまりにも過剰反応が過ぎてイヤになることも多いです。

なんかうまく書けません。しかし、最初に紹介したホームページは非常におもしろく参考になります。是非是非のぞいてみて下さい。

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宇宙エレベータの話


最初にちょっと関係ないのですが、「Wikipedia」ってのはすごいことになってますね。小一時間もリンクをたどって見入ってしまいました。素晴らしいことです。どんどん利用させてもらい、参加できるところは積極的に参加していきたいですね。

最初にニュースサイトの見出しを列挙してみましょうか。
「宇宙エレベータ」もしくは「軌道エレベータ」で検索するともっとたくさん出てきます。簡単に言うと宇宙ステーションと地球をエレベータでむすんでやろうという試みです。すごいですねぇ!SFじゃないんですよ。現実の話を真剣に学者たちが行っているのです。
子供の頃「テッカマンブレード」っていうアニメがあり、そこにも軌道エレベータが出てきます。“オービタルリンク”って名称でした。そんなものが実現可能なわけがない。子供の頃思っていた會澤はすでに夢をあきらめていたつまらない子供だったんでしょうか?現実を帯びてきている今。是非こういう話を子供たちにしてあげて欲しいと思いますね。

リンクを斜め読みしてみて感じたのは、素材と資金。これが問題点であって、技術的な問題はクリアされつつある。これはすごいです。
宇宙まで届くエレベータがある。そのエレベータで、物資を運んで宇宙ステーションを建設する。スペースシャトルの事故による宇宙開発の停滞は、事故そのものの悲劇と共に悲惨なものがあります。このエレベータが完成すれば、そういったことを極小にできる“かも”しれませんね。
素材に関しては、「カーボンナノチューブ」という素材が有力だそうです。この素材、一定の方向への引っ張り強度はダイヤモンドを凌駕するほどだそうです。おまけに軽い。この手の話をするときには、重量というのが大きなファクターになってきます。宇宙空間までこの物質をのばすと大変な長さになります。当然長さが長くなれば自重(自分自身の重さ)も大きくなります。引っ張り強度に強いという特性があるとしても、自重によって切れてしまっては元も子もありません。カーボンナノチューブの発見者はなんと日本人だそうです(名城大学 理工学部教授 飯島澄男先生)。
おそらく素材もクリアされるでしょう。問題は資金。どうしようもないことになります。どこから資金を捻出するか。考えると悲しくなりますのでやめときます。

未来を担う子供たちがこの話を聞いて何を思い、どんなことを想像するのでしょうか。宇宙エレベータは、ゴールではありません。子供たちの夢が宇宙エレベータの「先」へきっと導いてくれるのだと思います。できるなら、小学校の理科の授業で取り上げて欲しいな。

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木星のオーロラ


Saturn aurora1Saturn aurora2
HubbleSiteのアーカイブの中にある非常に美しい画像。土星のオーロラです。光学望遠鏡と観測データを重ね合わせて作り上げられた画像ですが、美しいですねぇ。

オーロラってやつは太陽が深く影響しています。私たちがこの地球で生活するのに欠くことのできない太陽ですが、大気があるおかげで有害な光線を遮断されているだけで、可視光線や赤外線といった人間になじみ深いもの以外にも様々な影響を太陽から受けます。宇宙空間では、遮断するものがないため、太陽から来る様々な(人にとって有害な)光線に晒されることになります。オーロラの原理は太陽から到達する電離粒子が地球などの磁場と反応することで起こる現象です。
オーロラ - Wikipedia」にも説明があります。會澤の説明なんかよりずっとわかりますなぁ。
原理からすれば、土星にも起こって然るべきであろうと思いますが、実際に画像としてみてみるとその美しさに圧倒されます。

會澤は高いところが何より苦手です。宇宙遊泳している映像なんて見たら、○○が縮み上がってしまいます。これからおそらく起こるであろう宇宙旅行にもとてもじゃないけど参加できません。所詮「重力に縛られた人間」なんですね。ニュータイプにはなれそうもありません。しかし、身近にこんなに素晴らしい画像が存在するってのはやっぱりこの目で見たいって感覚に駆られますなぁ。


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星間ガスの広がり


Clickすると大きな画像が開きます
ハッブル宇宙望遠鏡が撮した爆発から約3年後の星間ガスの広がりを撮した美しい画像です。この画像だけでなく、ハッブルのサイトには3年前の爆発時から現在までのスライドショー形式のムービーが収められています。そのムービーを見て頂くとよりこの画像が奥深い意味を持つものであるということがわかると思います(小さいQuickTimeムービー:670.9KB大きいQuickTimeムービー:2.14MB)。

詳しく調べていないので正確なことを言うわけに行きませんが、星の爆発から3年後、これほどの広がりを見せている星間ガスの速度は我々の想像を超えるものです。わずか3年でこの広がり!嵐などという言葉ではとても言い表すことができない巨大なものです。
星の終末というのはいくつかのパターンに分けられます。白色矮星・中性子星という極小の容積にまで縮んでしまった後爆発するパターン。逆に赤色巨星と呼ばれる極大の容積をもつ星に変化した後爆発してしまうもの(この画像の元になった星はこのパターンらしいです)。重力が自身を飲み込むほど極端な場合は、宇宙の解説本などでよく出てくるブラックホールという人知を越えた時空に変質してしまう場合。
(言葉を選んだつもりですが、正確な科学用語ではありません。その点はご容赦下さい)

星の末路など悲しいだけと思うかもしれません。しかし、この星間ガスが次の星の命をはぐくむ源になるといわれています。人など小さな存在ですが、僕らが残したものが僕らの次の世代に引き継がれていく。大きな星々の営みと同じように人の営みもまた輪廻転生というか、次の世代の源になるのだと思うとなんとも言えないものがあります。
星々の美しさは人の心を動かしますが、その星たちに生かされている人間だからなのでしょうか。

補足:ここから先は少々話が星たちから離れます。
この画像を送ってきているHubble宇宙望遠鏡は、スペースシャトルの事故などの影響から故障箇所を修理されることなく廃棄されることがほぼ決まっています。次世代宇宙望遠鏡の計画もあるようですが、光学望遠鏡でしか得られない極めて美しい画像の数々を我々に提供してくれたハッブル望遠鏡を「廃棄」という選択肢しか選べなかったのは本当に残念です。ハッブルは米国の予算によって運営されています。米国といえば、中東に多くの人的・財政的な投資をしています。ハッブルの予算とこれらの予算を同一視するのは筋が違う話ではあるのですが、感情的には「人殺しのために使われる予算」を「知識の拡大」のための予算に振り分けてくれれば。そう思うこと大です。
ブラックホールという言葉が出てきました。天文学・物理学ではすでに認められている「もの」であるといわれています。それを認めない!という立場ではないのですが、釈然としないものがあります。どこかで蛇が自らの尻尾を加えているイラストをみたことがあると思います。ブラックホールはあの究極形だと考えてもいい。というのはあまりに発想が飛躍しすぎでしょうか。蛇が自分の尻尾を飲んでいく。そして自らを全て飲み込んでしまう。詳しい理論はこのエントリで解説するのはやめておきますが、質量が(自らが存在する)空間を超越することで起きる現象であるというのが會澤のブラックホールに対する認識です。数学的(数式的)にいえば、ブラックホールは特異点であるというのが一番正確な表現かもしれません。しかし、自然は特異点を作りたもうたのでしょうか。数学で虚数というのが出てきます。これは数学の世界における一つの次元であると考えています。そして空間において、新しい次元が形をなしたのがブラックホールなのか?どうもそこだけが例外的で気に入りません。もちろん我々の近くにブラックホールというのがないために會澤のささやかなイメージではイメージできないために不自然に感じるだけで、宇宙の中ではアッチコッチにあるものなのかもしれません。


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SFの絵空事ですか?


人の脳は何故感情や社会性を持ち得たのか?」會澤の最近のエントリです。で、このエントリにコメントをもらった。
社会性の発達と同時に個我の発達も人間の特徴だと思います。果たして動物達は人間ほどに『私』というものを意識しているのでしょうか。同族と共に暮らす事が他者との対比で自分というものをより意識させているのかもしれません。アリやハチはどうなんでしょうね・・。
hateneさん
このコメントに會澤が返したメッセージ。
その通りだと思います。自我というのを獲得し得た原因というのはなんだったのでしょう。そしてそれが主として固定したのはいったいなぜだったんでしょう。
突然変異による種の変貌というのがいわれますが、遺伝子レベルでの変異が種として定着するというのがどうも不思議なのです。身体的な特徴が固定していき、それが種の優位性を勝ち取った結果そちらが優勢になっていく。それは理解できます。知識というのは一気に蓄積しません。蓄積した知識を後進に伝えるためには口伝よるもの書物によるものが考えられますが、人類が初期の段階では言語も無論文字に関しても皆無であったと思います。知識を蓄積できうる脳の発達。これはいったいどんなトリガーで起こったのでしょう。わからないですねぇ。
回答ではないです。疑問点が一つ自分の中で明らかになったってことでしょうか。
進化を扱ったものの中ではミッシングリンクとかいわれる部分であったようです。現在はどうなっているのかわかりません。進化を遺伝子というもので括ってしまうのはいささか無理があるのではないか。なんとなくですが素人の會澤はそう考えております。遺伝子というのは、確かに身体の設計図です。では心の設計図でもあるのか?
心が脳に位するものであれば、遺伝子による人格形成というのもあるのかもしれません。それ以前に、知識を受け入れることのできる機能と容量を持った脳の形成というのはホモサピエンスたる人間はいつ獲得したものなのでしょう。そのトリガーとなったのは、なんだったのでしょう。

會澤は専門的なことを勉強したわけではありませんので、答はありません。ただね、會澤SFって好きなんですよ。サイエンス・フィクション。で、私の好きなSF小説に、人の進化にそれ以前に発達した、他惑星の知的生命が干渉した。そういう話があります(ネタバレになるので小説の名前は出しません)。そういう荒唐無稽な話かもしれないけど、そんなんがあっても良いかもしれない。
じゃその生命体が知的進化を遂げたトリガーはなんだったのか? なんにも疑問は解決してませんな。

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ジオンの夢


宇宙航空研究開発機構ってところが企画したタウンミーティングの記事。
【レポート】JAXAタウンミーティング - 人はなぜ宇宙(そら)を目指すのか? (1) 将来的には宇宙サミットも? (MYCOM PC WEB)
非常におもしろく読ませていただきました。で、
  • 宇宙をめざすのは自分の知らないところだから。
違うのかな?
別の人たちの中には、「儲かるから」ってのもあるんだろうな?表だってそういうこと言う人がいない(非難されるから?)けど、それは間違いなく事実なんだよね。

日本におけるロケット開発ってのはここのところ失敗続きですね。會澤は「日本における」って所に疑問符を付けたい。會澤が好きなスタートレックって物語には、「星(もしくは星系)」って概念はあるものの、国って概念はあんまり出てこない。思想グループってのは厳然としてあるけどね。宇宙なんてのはまだまだ人の手に余る存在だと思うのね。そこに「日本の」とか「米国の」「中国の」って形容詞がつく。人がまだまだ自分の力の小ささを認識していない証拠だと思うなぁ。
人は地球の自然って奴を征服したつもりになっている(人が多いように思う)けど、自然は人がコントロールできるような代物ではないってことがわかってきたんじゃないかな?人の営みによる温暖化・オゾン層の欠落。今さらだよね。同じですよ。宇宙(そら)も。

ジオン・ダイクンはコロニーの独立を掲げましたね。宇宙(そら)に自由を!結局変質しちゃったけど。宇宙開発には国っていう概念をなくして取り組んでこそなんじゃないかなぁ。ただ、それができないうちはあんまり深追いしてはいけないんじゃないかなぁ。悲観的に過ぎるかな?

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人の脳は何故感情や社会性を持ち得たのか?


まず最初にお断りしておく、タイトルは非常に学術的ですが、會澤が書くエントリにそのような学術性を求められても困りますし、答はここにはありません。(^^;;
このエントリを書くに当たって参照させていただいた文献は次の通りです。

NetScience Interview Mail Home

順天堂大学 医学部 生理学第一講座 教授である北澤 茂先生のインタビュー記事。実をいうとこの記事の日付は「2003/12/25」でございます。見事に一年前。こちらのホームページは會澤がいつも見ておりまして、アーカイブしております。しかしアーカイブしてしまうと「いつでも見れる」という安易な感情に支配されまして...言い訳です。
で、乱暴に會澤が感じたことを書きつづってみます。
  • 人の動機付けに報酬(快感と呼んでいる文献もある)がからんでくる。これは「人の感情」から見ても理解できる。
  • 人の行動はその場の報酬(快感)だけでなく、その先にある報酬(快感)を期待して決定づけられる。
  • 脳の中ではドーパミンニューロンという感覚器官(あっ、この表現正確ではありません)が司っている(らしい)。
  • 人の社会性もその延長線上にある。赤ちゃんは社会性もへったくれもない。成長するにしたがって獲得する社会性はドーパミンニューロンが司る報酬(快感)によって変化する。つまりは教育。
  • キレ易い若者はなぜ作られるのか? 切れることでドーパミンニューロンが報酬(快感)を得るのか? 行動の先にある報酬(快感)を知らずに育ったために、継続的・持続的(つまり我慢する)行動が取りづらいのか?
  • 本来運動系を司っていたはずのこれら脳内ニューロンが感情をも司るようになったのはなぜなんだろう。
いい例えではないかもしれませんが、脚気の検査で膝下の辺りを叩きますよね。そうすると不随意運動って言うんですか?人の意識とは別に、意識を通り過ぎて運動に直結する刺激がありますよね。同じように、普段我々が意識していないうちに行動に刷り込みが行われている。いわゆる性悪説・性善説ってのは、その刷り込みに人の脳が選択的に片一方の刺激を積極的に取り込むことが証明されればどっちが正解ってことになるんでしょうね。會澤は結局どちらでもない、人の社会性獲得の段階でどっち側の刷り込みがより多く(もしくはより強く)あったかって所に落ちつくんだろうと思いますね(あぁなんとも無難な)。脳という機関が取捨選択を行うとは考えづらいし考えたくない。それと「報酬」という言葉のとなりにわざと「快感」という別訳をのせたのは、「報酬による行動選択」。という言葉面に抵抗があったから。とはいえ、「快楽による行動選択」ってのも言葉面的に問題大ありだわね。
犯罪を繰り返し犯す人というは生まれたときから犯罪者ではないッスよね。どっかでなんかのタイミングで刷り込みが行われた。行動を司るドーパミンニューロンが報酬(快感)を得る。もしくは期待した報酬(快感)が得られない。ことによって、その人の行動パターンに隔たりがでる。そういうことなんでしょうね。

社会科学的にも、心理学的にもそのへんの話は決して新しいことではない。しかし、医学的に人の脳の中のパターンから言ってもそういう話が出てくる。それは會澤的には新鮮に感じましたです。

人ってのは不思議だ。そして、この手の感情・社会性っていうのはいつの段階で獲得したものなんだろう? かつて人も「生きる」ことに汲々としていた時代があったはず。その時点で社会性を獲得したのだろうか?人と関わり合うことで、一つの獲物を分け合うことは「個」としての繁栄には必ずしもプラスにだけ働くとはいいがたい。「生きる」ことは「個」が生きることではなく、「種」が生き延びること。そう考えれば確かに納得できるけど、それが「個」の脳内に生じたのはなぜなんだろう?考えれば考えるほどいろんなことが浮かんでくる。
結論が出なくてもいいから考えていきたい。

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木星に映る衛星の影


會澤が愛するサイトの一つの新規更新を紹介。
HubbleSite - Hubble Spots Rare Triple Eclipse on Jupiter - 11/4/2004
Hubbleって何? 地上では大気の影響を受けてどうしても揺らぎ・ゆがみを生じてしまう光学望遠鏡を宇宙に打ち上げてしまえ!そうすれば大気の影響を受けないですむじゃん。っていうなんともスケールのでっかい話。この辺の話の大きさはさすがに米国。他の国ではこういう発想出てこないんじゃないかな?出てきても(日本なんかじゃ特に)つぶされそうだよね。
木星に映る影
木星には数多くの衛星(地球で言うところの月に当たる存在)があります。そのうち、さすが木星!でっかい衛星が3つほど有名です。「イオ」「ガニメデ」「カリスト」その3つが木星の大気に影を落としています。木星の大気は、地球のように澄んでいません。木星の地表を光学望遠鏡で見ることはおそらく不可能です。もっとも、木星は地球のような岩石の地表を持たない(持つかもしれないけどイメージは違う)ガス惑星ですので、地表を見渡すというのはあんまり意味を持たないかもしれません。

それはそうとして、これほど鮮明な画像はHubbleのHubbleたる所以ですな。地球の地表上に設置した大口径のレンズを通して得られる画像はここまでの解像度は得られないと思われます。大きな観測天文台がへんぴな山の上に設置されるのは、明るくなりすぎた地表の灯りから離れるという意味とともに、高所ほど大気が薄くなるという単純な理屈(ホントはもっと他の影響もあったりするので高いところが選ばれる)。
先にも書いたけど、Hubbleは大気の影響を受けない。そのかわり、映像を地表の観測者へ送信するために、有線というわけにはいかない。何せ宇宙に浮いているんだから(これまた正確には地球の周りを周回している:人工衛星にでっかい望遠鏡をつけたと思えばいい。乱暴な説明)!で、Hubbleは後数年で使用できなくなる可能性があるそうだ。メンテナンス費用の捻出ができないためらしい。なんとも残念。日本は不況にあえいでいるとはいうものの、あるところにはあるらしい(私の所にはない!:断言)から、あまっている金をなんとかHubble宇宙望遠鏡に注いでいただきたいところ。球団買うことができなかった某インターネット企業さん。投資してみませんか?宇宙っていうロマンに!! 無理だな。


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