次の総理は誰だ、、、
安倍晋三氏は「再チャレンジ」をスローガンにしつつあるが、これは結局は格差の公認とも言える... ただこの「再チャレンジ」の中味が今のところ見えないし、単なる総裁選に勝利するためのスローガンだけだとすると、恐ろしい格差拡大社会が見えてくるような気がする..「再チャレンジ」が絵に描いた餠ならずっと二極化は固定化する.. ホリエモンあるいは村上ファンドの村上氏など、飛ぶ鳥落とす勢いの勝ち組の中の勝ち組に、時々、天誅?...
この勧善懲悪ストーリーを見ては憂さ晴らしとなるが、しかし、構造的な二極化を産む社会そのものは変わらないのかもしれない。
小泉政権ももう終わりで、次は安倍晋三政権のようだ。よく言われるように、北朝鮮のミサイルがダメオシになり福田候補が降りたと言える。中国、韓国や北朝鮮政権が日本の右派を刺激すればするほど右派は総裁選に有利となる。今後、日本の竹島の海洋調査に韓国がどうでるかわからないが、対応によってはますます右派が支持されるだろう。 小泉政権については、厚生行政関連ではなかなか大胆な判断をしている。一つは、ハンセン病患者団体に率直に誤りを認め謝罪した。さらに、ドミニカ移民問題でも謝った。これは小泉総理の行政的な整合性よりも人としての率直な情に従った判断で、国民にも共感を得やすいものだと思う。ここに人気の秘密があるんだろうか。 一方で、戦没者への率直な情による靖国神社参拝は、国内はどうあれ東南アジアでの日本は、国際政治では孤立化を招いた結果となった。小泉総理は、国際関係や経済交流よりも、自分の人としての情(心)を最優先する。それが国内では率直な言動(謝罪も含めて)となり、海外では強硬な右派論者と映り、靖国神社問題では一歩も譲らないとなる(開き直り)。 社会保障についての小泉政権のスタンスは、言わずもがなの格差社会だろう。今の政府の見解は揺れている。格差はない、あるいはそれほどの格差ではないという判断と、小泉総理の開き直りとも言える 格差は悪くない というものまでのブレがある。安倍晋三氏は「再チャレンジ」をスローガンにしつつあるが、これは結局は格差の公認とも言える。 格差があってもいいではないか、その替わり再チャレンジが可能であれば良いというもの。これはとてもわかりやすい。派閥を越えて自民党議員がこの「再チャレンジ」勉強会に集まるのは理解できる。もちろん、安倍政権での出世とポジションを狙ってであるが、今の世の総裁選へのスローガンにはピッタリマッチしている。 ただこの「再チャレンジ」の中味が今のところ見えないし、単なる総裁選に勝利するためのスローガンだけだとすると、恐ろしい格差拡大社会が見えてくるような気がする。ある程度の裕福さがあれば、とても清々しい?世になるだろうが、そうでない所得階層にはいつまでたっても、働いても働いても楽にならない世が待っているとは言い過ぎか。 小泉政権の凄さは、国民の皮膚感覚を敏感に嗅ぎ取り、格差拡大となっても構わないという覚悟を植え付けさせたところかもしれない。今でも所得の低い層の生活は病気や高齢者の介護が始まれば、地獄とは言わないが dog's
life
そのものと言える。それでも日本人自身の働き好きの国民性に助けられて格差は見えにくい。 二極化するとは言われるが、このままでは確実に加速、進行しそうな感じである。「再チャレンジ」が絵に描いた餠ならば二極化は固定化する。二極化とは言っても、勝ち組は少数で、その他大勢の負け組となる。でも負け組は多くが自分が負け組とは気が付かない。額に汗流して努力して稼ぐ自分が負け組のはずがないと思うのが普通。勤労の喜びは働くことが出来る限り、例えば気付かないうちに負け組になっていても、いつか自分もという希望を抱かせるもの。でも働けなくなったら、その希望すら持てない。病気、老親の介護、子育てで満足に働けなくなったら絶望しかないのかもしれない。毎年、3万人以上が自殺するのはなぜだろう。 ホリエモンあるいは村上ファンドの村上氏など、飛ぶ鳥落とす勢いの勝ち組の中の勝ち組に、時々、天誅?が下る。この勧善懲悪ストーリーを見ては憂さ晴らしとなるが、しかし、構造的な二極化を産む社会そのものは変わらない。ホリエモンや村上氏は勝ち組の中のスケープゴードであり、負け組から見れば溜飲の下る束の間のテレビワイドショーの悪者なんだろう。
Posted: 水 - 8月 2, 2006 at 11:46 午後
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