戦略と戦術


私は戦う平和主義者?なんで、戦略とか戦術という言葉が嫌いです。ですが、マヌーバーなんて使わざるを得ない時があります。行政医のトレーニングに管理職研修を某政令市で受けました。その時に、なるほどという参考書を紹介されました。このことは前にも述べましたが。

 私は戦う平和主義者?なんで、戦略とか戦術という言葉が嫌いです。ですが、マヌーバーなんて使わざるを得ない時があります。行政医のトレーニングに管理職研修を某政令市で受けました。その時に、なるほどという参考書を紹介されました。このことは前にも述べましたが。戦争は戦略と戦術で成り立っています。戦略とは女子供も殺して敵国を倒す事で、戦術とは敵国の兵隊だけを狙う事と、ある飛行機の本に書いてありました。分りやすいです。戦略爆撃機のB29は日本の都市に原爆を落としました。女子供も皆殺しです。戦術兵器は敵軍をやっつけるわけです。戦術的に負けても戦略的勝てば戦勝国です。

 今回のブタフルはどうなのか?日本らしい戦いです。つまり戦略も戦術もごちゃごちゃ。水際作戦は新型インフルエンザの国内感染を検疫で防御するもの。しかし、神戸で国内感染が始まったんであれば、国内感染を抑制する方向転換が必要です。厚労省も毒性が弱い現段階のブタフルは、重症患者以外は自宅待機という戦術に変換するようです。現在は、感染者が少ない都道府県では感染者はすべて入院隔離です。細かく言えば人権の問題もありますし、第一、そのために貴重なベッドとスタッフをスタンバイするわけで、別の疾患の重症患者の入院が阻まれるわけです。いくら戦術的に正しくても、国全体の安全と健康にとって、つまり戦略的にはどう判断するかが重要なんでしょう。

 マスコミも一部の研究者も、どこに向かって述べているかわからないことを平気で垂れ流しです。現在のブタフルもまだ変異する可能性はありますが、油断してはいけないという意味かもしれませんが、やたらと危機感を煽る研究者も居ますが、それは本来、専門家向けのアナウンスであるべきです。疫学の三角という古典的発想があります。感染には宿主、病因、環境の三つが成立しないと感染は生じません。つまり、このブタフルの場合は宿主に免疫があると感染しない、病因となるウィルスがないと感染しない、そして感染を起こす環境がないと感染しない。水際作戦とは、環境なんでしょうか?それとも日本だけはウィルスを持ち込めないという病因そのものを消滅させる作戦だったでしょうか?しかし、戦術的に検疫でいくら頑張っても、日本へのウィルス侵入を防ぐという戦略的な観点からすれば到底、そんな戦略目標は無理だったでしょう。戦術的に局地戦でも勝っても、戦略的に国家として敗退する例はいくらでもあるでしょう(今回のイラク戦争は圧倒的な火力と先進的なハイテクで米国は戦術的には勝利ばかりですが、戦略的には失敗ではないでしょうか?)。

 我が国は、寝たきりゼロ作戦のようなスローガンが大好きですが、それはスローガンであって目標ではありません。スローガンだろうが、戦略目標だろうが、戦術的勝利だろうがごちゃごちゃです。そして最後には、一定の成果があったとか、検証もせずに(なんとなく)有効だったで終わります。これじゃあ、いつまでも失敗からは学べないかもしれません。

Posted: 水 - 6 月 17, 2009 at 05:52 午前         |


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