理想を追求する医療
昔だったら、「じゃあオブラートに包んであげて下さい」と言うところだが、今の親は「オブラートってなんですか?...
「オブラートにしたら咽喉にひっかかりました!...
「やったことありませんが、失敗したらどうしたらいいでしょう?...いつでも、どこでも、だれでも、理想的な医療を受けれるのが日本なのだが、本当にいつでも、どこでも、だれでも名医の医療を権利として主張すれば、そんな桃源郷は世界中どこさがしても無いのだから、幻想が崩壊するに決まっている。
小児科医が不足?なんで、内科だが小児科を診ている。研修医時代に小児科当直をやらされたことに感謝しよう。でも寝れない当直だった。ともかく小児科は苦手である。子供はいいのだが、親が苦手である。『ああこの母親は僕に合わない』と思ったら、慎重に対応するしかない。そして合わないと思う親がほとんど。親への説明責任だけ?で診療が終るようなもの。小児科医は偉いと思う。いつもこうやって親に説明責任を果たしているわけだから。折角、診察が終ってカルテに向かうと、(結構もう大きい子、中学生だったりする)「この子はこな薬はダメなんです、錠剤にして下さい!」とか注文がつく。『って、うちにはこの系統の錠剤はナイよ、こんなでかいのに水薬かよ!』と内心思ったりする。昔だったら、「じゃあオブラートに包んであげて下さい」と言うところだが、今の親は「オブラートってなんですか?」「そんなことしたことありません!」「前の医院では錠剤でした!」「オブラートにしたら咽喉にひっかかりました!(水飲ましてないんじゃないの?)」「やったことありませんが、失敗したらどうしたらいいでしょう?(暗に失敗したらこっちが責任とれとほのめかす)」とか言う。だからもう諦めて、水薬にするか、別系統の薬にする(病院ですべての薬剤を揃えているわけではない)。医者も医者だろうが、患者も患者、親も親だ。 今日の日経に面白いことが書いてあった。コラムだが、日本の医療制度は理想郷のそれだと。なぜなら、大学教授だろうが、名医だろうが、研修医だろうが医者にかかる費用は同じ。これは(世界中のあらゆる国が望む)理想なんだと。筆者は大学教授や名医の費用をあげろというアホなことを書いてはない。同じコストで平等に名医の医療も受けれる仕組みでこれは理想的なんだという。しかし、この理想的な制度が、患者の権利と具体化して医療崩壊が生じていると言う。いつでも、どこでも、だれでも、格安の保険制度で理想的な医療を受けれるのが日本なのだが、本当にいつでも、どこでも、だれでも名医の医療を権利として主張すれば、そんな桃源郷は世界中どこさがしても無いのだから、幻想が崩壊するに決まっている。幻想と書いたが、幻想と理想は表裏一体である。どちらを表にするか、裏にするかはその人次第だろうか。人は物事を権利とすれば強くでる。強くでれば危うい幻想と表裏一体の理想はすぐに壊れてしまう。 うちの子はこな薬はダメです!と主張するのも、いつでもどこでもだれでも保険で名医の治療を主張するのも同じ発想の様に見える。理想を貫こうとすれば、理想に穴が開く。
Posted: 日 - 2月 1, 2009 at 09:27 午前
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