クルーグマンと宇沢弘文


以前、宇沢氏は 同紙の「私の履歴書」にも連載していたし、著書の 「ヴェブレン」に重なる部分もあるが、 「社会的共通資本の時代」の方が少子化シリーズより 私にとっては示唆に富む..制度主義については 私が語るべきものではないが  「社会的共通資本の時代」 なかの文を引用すれば 「私たちが求めている経済制度は、一つの普遍的な、統一された原理から論理的に演繹されたものではなく、それぞれの国ないし地域のもつ歴史的、社会的、倫理的、文化的、そして自然的な諸条件がお互いに交錯してつくり出される」ものであって、これが制度主義の考え方。

NewYork Timesのポール・クルーグマンのコラムが再開された。ああ 良かった。相変わらず 辛辣なコラムである。そうでなくちゃ困る。

 ブッシュ大統領は新年そうそう 米国の社会保障制度はこのままでは崩壊するという言葉を6回も使ってする演説した。してその心は 要するに 社会保障制度を民営化したいというのがブッシュの考え方。さっそく クルーグマンは 社会保障制度を民営化するには 今よりももっとコストがかかると 警告している。

 クルーグマン自身も 米国のベビー・ブーマーが退職し始めれば 社会保障制度に色々と問題が出てくると述べている。(タイタニック号のように)目の前に 氷山がある。しかも、ブッシュ大統領は全速力で まっしぐらに突き進むと揶揄している。

ところで、日経新聞は少子化シリーズを連載しているが、「やさしい経済学」は 宇沢弘文 東大名誉教授が 「社会的共通資本の時代」 として連載している。以前、宇沢氏は 同紙の「私の履歴書」にも連載していたし、著書の 「ヴェブレン」に重なる部分もあるが、 「社会的共通資本の時代」の方が少子化シリーズより 私にとっては示唆に富む。

 宇沢氏は 制度主義を基礎にした展開を行う。この制度主義は 私の好みでもある。制度主義については 私ごときが語るべきものではないが  「社会的共通資本の時代」 なかの文を引用すれば 「私たちが求めている経済制度は、一つの普遍的な、統一された原理から論理的に演繹されたものではなく、それぞれの国ないし地域のもつ歴史的、社会的、倫理的、文化的、そして自然的な諸条件がお互いに交錯してつくり出される」ものであって、これが制度主義の考え方。

  この制度主義の経済制度を特徴づけるのが 社会的共通資本 であり この社会的共通資本は 自然環境 社会的インフラストラクチャー 制度資本の 三つからなるとする。

  で、社会保障制度などは この制度資本の一つとなる。社会的共通資本は 職業的専門家によって管理、運営されるものであって、官僚的な基準や市場的基準のみで管理、運営されるものではないとする。 で、ここで クルーグマンとつながる。つまり 社会保障制度を民営化して 単に市場原理に任すのは 誤りだと。 宇沢氏もクルーグマンも述べていることは同じ。(ああ 遠かった)

 宇沢氏の今回のシリーズは以前述べていることと同じだが、敢えて同じことを述べるのは、今の世が市場原理に余りにも偏りすぎているとの警鐘の意味があるのだろう。

 某国立研究所に勤務する友人の新年の挨拶メールに 「日本は全体が、地盤沈下でしょうね」 とあった。猫も杓子も 市場原理とエセ科学にだまされつつあると 思うのは私だけではないなあ  

Posted: 木 - 1月 13, 2005 at 10:47 午後         |


©