医療政策の展望
よって、基幹病院で急性期治療が終れば、在宅かケア施設(米国のナーシングホームにあたる)に行くビジョンとなっている。...
よって、現在の厚労省の基幹病院と開業医以外は潰すという医療二分化政策は合理的である。... 国や自治体に苦情を呈すればなんとかなるというお上(がなんとかしてくれるという)意識を持っても意味はない。...
今度は救急医療をどこかで必ず引き受けるという法的シバリを付けるようだが、体制整備(医療側へのマンパワーとコストをかけずに)もせずに安易な法で縛るだけの能無し政策とは、ただの国民のパフォーマンスで、今の現状は悪化はしても改善はしない。...しかも(厚労省の狙うようには)民間中小病院も潰れない。
ただし骨太医療費削減政策が大きく転換されない限りは、潰れるのは公的なシバリで機動的に動けない中小規模の自治体病院だろう。...
基幹病院、開業医、経営力のある民間中小病院と才覚のある自治体病院が生き残るが、医療体制の流動化は進行し、具体的には基幹病院も含めて病院の廃院や統廃合が進むだろう。
元職場の大学の同僚から電話があった。医者じゃないので今の医療情勢を説明した。
今の医療は基幹病院と開業医の二分体制を(厚労省は)目指しているように見える。小泉の骨太改革が根本から変わらない限りどんどん進む。中小病院は、自治体も民間も潰す方針だろう。米国と同じように、病人とは急性期であって、慢性期は福祉扱いで医療対象ではなくなるだろう。よって、基幹病院で急性期治療が終れば、在宅かケア施設(米国のナーシングホームにあたる)に行くビジョンとなっている。在宅の中心は開業医であり、ケア施設の非常勤医(嘱託医)も開業医だろう。よって、現在の厚労省の基幹病院と開業医以外は潰すという医療二分化政策は合理的である。
この二分化と急性期しか医療分野と見ない発想は、米国流で厚労省を初め各省庁の官僚の視察、研修先が米国であり、その良い部分しか見てないから結果として安易な米国追随が生じるのだろう。
地域医療で、医師や病床の集約化を進めようという動きも基幹病院と開業医という二分体制強化の一翼を担うものだろう。このままでは国民皆保険は形骸化して、民間医療保険には特約として、あなたが病気で入院が必要なときには必ず入院できます、という特約がつく時代が来るかもしれない。それくらい入院治療が難しい時代が来るおそれがある。病床削減はずっと続く。家族の負担を無視すれば、在宅医療は極限化できる。金さえあれば、かなりの重症でも在宅化できるだろう。が、その家族の負担、精神的、時間的、金銭的負担が問題となる。
ただし以上は国の方針(それを意図しようと意図しないと同じビジョンだろう)から述べただけで、そう簡単に実現はできないし、破綻寸前までに行っているのも事実。まず、基幹病院と開業医だけならば、国民の負担は膨大になり、その負担を賄える国民と比較的健康な国民だけが耐えられる制度になる。基幹病院から出ても自宅に引き取れば家庭崩壊する家族も多いし、ケア施設に入れるのコストを持てない家族も多い。その問題が続けば社会不安となる。『たらい回し』とは、こういった国の変化についていけない国民が多いからで、今の医療体制の集約化という名の軽減化を見れば、予め医療危機を迎えたときにはどう医療サービスを確保するかを国民自身は考えるベきだろう。
国や自治体に苦情を呈すればなんとかなるというお上(がなんとかしてくれるという)意識を持っても意味はない。自分の健康は自分で守る。自分の病気は自分でどうするか考えるという過酷な自己責任の時代を選択したのは国民自身だと自覚する必要がある。そして地域病院をどう守るかも地域住民は考える必要がある。どこかの誰かがなんとかしてくれるという時代は終った。今度は救急医療をどこかで必ず引き受けるという法的シバリを付けるようだが、体制整備(医療側へのマンパワーとコストをかけずに)もせずに安易な法で縛るだけの能無し政策とは、ただの国民のパフォーマンスで、今の現状は悪化はしても改善はしない。というか(骨太医療費削減政策のために)金をかける気がないので、こういった能無し政策しか出せない。医者の数も増やさないで、医者の負担になる法的シバリだけ増やせば医療制度崩壊は深化することはサルでもわかりそうなもんだ。
こんな医療制度に国民がこのまま耐えるとは思わない。だからこのままでは進まない。しかも(厚労省の狙うようには)民間中小病院も潰れない。ただし骨太医療費削減政策が大きく転換されない限りは、潰れるのは公的なシバリで機動的に動けない中小規模の自治体病院だろう。そんな公的病院に頼らざるを得ない分野や患者には今よりも利便性は確実に悪化する。基幹病院、開業医、経営力のある民間中小病院と才覚のある自治体病院が生き残るが、医療体制の流動化は進行し、具体的には基幹病院も含めて病院の廃院や統廃合が進むだろう。ある日患者が病院に行くと、看板が変わっていて自分のかかっていた診療科が無くなっていたという世が普通となる。いずれにしても患者にとっては過酷な世となるだろう。
Posted: 月 - 1月 12, 2009 at 03:48 午後
|