水 - 8 月 5, 2009

8月は戦争の季節だった


 毎年、8月は広島長崎原爆投下と敗戦の日というので、日本では戦争の季節でした。でも最近は段々と戦後ではなくなり、戦前になったとシニカルに述べる御仁も増えてきました。自衛隊の航空幕僚長がトンでもない懸賞論文を書く時代になったのも偶然ではないのでしょう。

Posted at 10:13 午後     Read More   |

月 - 3 月 16, 2009

平和、、、、


それを思い上がりというのかもしれません。

Posted at 11:49 午後     Read More   |

土 - 2 月 21, 2009

キルギスが駄目ならタジクがあるさ、、、


 キルギスタンはもう米軍基地の使用を延長しないと宣言したのだが、こうなると米軍のアフガニスタンへの物資補給路は極めて不安定なパキスタンルートしかなくなる。

Posted at 02:01 午後     Read More   |

木 - 2 月 19, 2009

boots on the ground


そしてNATOに対しても一層のboots on the groundを求めた。 ああやっぱり始まったboots on the groundであるが、このboots on the groundは地上軍のこと。

Posted at 08:00 午後     Read More   |

水 - 2 月 4, 2009

スマート・パワー???ねえ、、


 駐日大使とされる知日派のジョセフ・ナイは、(一国主義の)軍事力に頼るやりかたをハード・パワーとし、文化、伝統、経済支援といったものをソフト・パワーと提唱した。... ハードとソフトを合わせ持ってスマート・パワーとした。...  アーミテージとは、あの「Boots on the ground」や「Show the FLAG」で、日本に根性を見せろと迫ったあのアーミテージで、アフガニスタン戦争に協力しなければパキスタンは石器時代になると時のムシャラフ大統領に凄んだ。

Posted at 01:57 午後     Read More   |

火 - 2 月 3, 2009

イランは衛星を打ち上げた これは大変なことだ


 BBCを見ていたら、どうもイランが自国の技術で人工衛星を打ち上げたと報道されている。

Posted at 08:08 午後     Read More   |

金 - 1 月 30, 2009

オバマの戦争


 オバマは、大統領就任前はパキスタン国内に潜むタリバンへの核攻撃もあり得るなどと勇ましいことを述べていた。...暗殺されたケネディの後を継いだジョンソン大統領は、対立候補を大差で破ったのだが、対立候補の共和党ゴールドウォーターが当時のベトナム戦争で核兵器の使用も辞さないと述べたのを取り上げ、彼が大統領になれば核戦争になると巧みにネガティブキャンペーンして大差で勝った。... ジョンソン大統領は、国内では黒人公民権運動を推し進め、低所得者用の公的医療保険制度メディケイドを創設した大統領だが、国外ではベトナム戦争を拡大した大統領としても有名で、むしろベトナム戦争拡大の張本人とされる。 私自身、ジョンソン大統領はベトナム戦争というイメージが強く、後年、公民権運動やメディケイドを調べてなぜあのジョンソンが(こんな進歩的なことをやるんだ)?

Posted at 12:05 午前     Read More   |

月 - 1 月 19, 2009

オバマ新大統領


 オバマは初の黒人大統領として、ことあるたびに黒人解放のリンカーン大統領を意識している。... もともと、穏健派のリンカーンを大統領候補にすれば、南部諸州の離反は少ないだろうともくろんで、得票率は4割ながら選挙人の6割をとって大統領になったリンカーンであるが、結果的に南部諸州に強硬策をとって内戦になった。

Posted at 11:46 午後     Read More   |

日 - 8 月 17, 2008

新たな冷戦の始まり


直接には隣国ウクライナへの懲罰としてロシアは天然ガス供給をストップすると威嚇したが、ウクライナのその先のヨーロッパ西欧諸国は天然ガスストップに震え上がった...今やルーブル暴落破綻国ではなくエネルギー武器大国のロシアが、欧米が中東地域の単独石油依存から脱するための方策である中央アジアからの石油供給のためのパイプラインを擁するグルジアを支配下に置こうとするのは当然だった。

Posted at 04:43 午後     Read More   |

水 - 8 月 1, 2007

8月は戦争の月


8月は戦争の月。日本は敗戦しました。毎年載せる亡父の手記から、亡父は戦死した友人のためにこの手記を残した。

Posted at 07:09 午前     Read More   |

金 - 8 月 11, 2006

亡父の戦争 その2


前年の11月、ビスマルク群島のキャビエンの沖で被爆した能代は、横須賀ドックで修理中であった。... 途中マニラで砲弾を陸揚げし、シンガポール(昭南といっていた)に無事入港した。 その後当方はサンタクロースのように、スラバヤ、バリックパパン、マカッサルで無事弾薬資材を陸揚げし、各基地で大いに喜ばれてシンガポールに帰港した。...「これを貰って行く」これが彼と分かれた時の最後のことばだった。...同島南東200マイルにさしかかったのは真夜中である。...船団は支離滅裂、雲を霞と海南島は楡林(ユリン Yulin)に17ノットで逃げこんだ。 しかし我が浅香丸は、その後台湾に向かったが、澎湖島(現在のポンフー列島)の南東約20マイルで、陸上機の爆撃を受けた。 幸いにも舵の損傷のみであったので、生まれて初めて応急舵を、ハッチボードで製作し、悪戦苦闘の末、ともかく馬公(バコウ、澎湖島)に辿り着いた。

Posted at 11:06 午後     Read More   |

亡父の戦争


 ヘッドでボンクを隣合わせていたから、よくわかっている。... それも先任の士官の乗艦しているところは、頭から「受け取りに来い」だ。...   昭和18年(1943年)も暮れ近くラバウルに進出することになった。... トラック島は北緯7度近辺、ラバウルは南緯4度である。 ラバウルの手前300マイル付近にビスマルク群島のアドミラルティ諸島(南緯2度)がある。... すぐさまトロキナ岬(ラバウル南西200マイル、ヴーゲンビル島)の見張所から「戦爆大編隊、約200機北上中」ときた。... 「この付近に満州丸は、島ありという」といったような海図を頼りに、いまでは懐かしいソロモン諸島の島名地名にある見張所からの情報処理に24時間当たる必要がある。   北の方からブカ、トロキナ、モッピナ、ブイン、ショートアイランド、チョイセル、舌を噛みそうなベララベラにコロンバンガラ、  各見張所から、ひっきりなしにくる情報を、件のチャートにいれては、その都度敵機のラバウル到着予想時刻を報告するのが航海士の役目である。...   ラバウル港内は水深が深過ぎて、投錨不適、各艦は競馬の馬のように、何時でも発動できる態勢になっていた。... 驚いたことに、ここでは一方向からの離陸ではなく、滑走路の両端から互いに、反対方向に飛び上がっていく。... 〇七〇〇のラバウル入港から2時間経過

Posted at 10:54 午後     Read More   |

日 - 8 月 6, 2006

今日は広島原爆投下の日



Posted at 11:38 午前     Read More   |

イスラエルと中東


 1917年バルフォア宣言 大英帝国は ユダヤの人々のための国家を約束 この2年後 英国外相 アーサー・ジェイムス・バルフォア卿は 「パレスチナにおいて、現在この国に住んでいる者たちの意向を尊重するなどという形式を経ることは、我々としてまったく考慮外である。 シオニズムとは、正しかろうと間違っていようと、善かろうと悪かろうと、その根ざしているところは、長年の伝統であり、現在の要請であり、未来の希望なのであるから、現在たまたまこの由緒ある土地に住んでいる70万人のアラブ人の欲求や偏見などより、ずっと深い重要性を持っているのである」 1937年 ウィンストン・チャーチル 「わしはね、飼い葉桶のなかの犬が、飼い葉桶に最終的な権利を持つ、という意見には同意できないのだよ、たとえその犬がそこにとても長い間横たわっていたとしても... 1969年 イスラエルの首相ゴルダ・メイヤー 「パレスチナ人など存在ない」 レビン・エシュコル首相 「パレスチナ人なんて何処にいるんだ?

Posted at 08:42 午前     Read More   |

金 - 8 月 4, 2006

自衛隊のイラク派遣を考えてみれば


そしてエピソードとして、現地の自衛隊を守るオーストラリア軍が自衛隊の軽装甲車を見かけると、急いで自衛隊の隊列に加わる...されたかと言えば、イラク人に銃を向けることはなく、もちろん反撃も攻撃もしなかったからで、戦わず復興支援する軍隊としての概念が受け入れられたと「選択」は結論していた。... 「選択」のこの解釈は図らずも自衛隊の海外派遣のあり方を提起している...将来の安倍政権は憲法9条を改正する意志があるようだが、このイラク派遣を通じて自衛隊の派遣のあり方を議論しても良いだろう。

Posted at 10:33 午後     Read More   |

















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