イスラエルと中東


 1917年バルフォア宣言 大英帝国は ユダヤの人々のための国家を約束 この2年後 英国外相 アーサー・ジェイムス・バルフォア卿は 「パレスチナにおいて、現在この国に住んでいる者たちの意向を尊重するなどという形式を経ることは、我々としてまったく考慮外である。 シオニズムとは、正しかろうと間違っていようと、善かろうと悪かろうと、その根ざしているところは、長年の伝統であり、現在の要請であり、未来の希望なのであるから、現在たまたまこの由緒ある土地に住んでいる70万人のアラブ人の欲求や偏見などより、ずっと深い重要性を持っているのである」 1937年 ウィンストン・チャーチル 「わしはね、飼い葉桶のなかの犬が、飼い葉桶に最終的な権利を持つ、という意見には同意できないのだよ、たとえその犬がそこにとても長い間横たわっていたとしても... 1969年 イスラエルの首相ゴルダ・メイヤー 「パレスチナ人など存在ない」 レビン・エシュコル首相 「パレスチナ人なんて何処にいるんだ?

 米国の新聞ではヒズボラをテロリストと表現しているが、あれは民兵組織とは言うがテロリストではなく列記とした軍事組織である。今は全面戦争に近づきつつある。Timeでは、ヒズボラ+ハマスはアルカイダではないと表現している。ヒズボラはシーア派で、ハマスはスンニー派。ヒズボラにはバックにシリア、イランがある。フセインのイラクはスンニー派が支配していたが、今はスンニー派とシーア派争いを続ける混乱状態と言える。シーア派のイランはイスラエルの存在を認めないとする。

 なぜイスラエルはああまでアラブの国を叩くかと言えば、国の存亡がかかるからだろう。なぜあのパレスチナの地にイスラエルが建国したのかと言えば、歴史がある。その歴史からイスラエルはアラブをどう見ていたか。

 1917年バルフォア宣言 大英帝国は ユダヤの人々のための国家を約束
 この2年後 英国外相 アーサー・ジェイムス・バルフォア卿は 「パレスチナにおいて、現在この国に住んでいる者たちの意向を尊重するなどという形式を経ることは、我々としてまったく考慮外である。、、、シオニズムとは、正しかろうと間違っていようと、善かろうと悪かろうと、その根ざしているところは、長年の伝統であり、現在の要請であり、未来の希望なのであるから、現在たまたまこの由緒ある土地に住んでいる70万人のアラブ人の欲求や偏見などより、ずっと深い重要性を持っているのである」

 1937年 ウィンストン・チャーチル
 「わしはね、飼い葉桶のなかの犬が、飼い葉桶に最終的な権利を持つ、という意見には同意できないのだよ、たとえその犬がそこにとても長い間横たわっていたとしても。わしにはそんな権利は認められんね。たとえばの話、アメリカの赤色インディアンやオーストラリアの黒人たちに、大いなる悪事が行われた、そんなことは、わしには認めれない。より強力な人種、より高度の段階に属する人種、つまりだな、より世故に長けた人種がやってきて土地を奪ったといいう事実をもってして、もとから居た人々に悪がなされたなどとは、わしは考えんのじゃよ。」

 1969年 イスラエルの首相ゴルダ・メイヤー
 「パレスチナ人など存在ない」

 レビン・エシュコル首相
 「パレスチナ人なんて何処にいるんだ?おれがここパレスチナに来たときにゃ、25万人の非ユダヤ人がいた、おもにアラブ人とベドウィンだな。砂漠で、低開発とさえ言えないひでえとこ。まったく何もなかったよ。」

 メナハム・ベギン首相
 パレスチナ人を「二本足の獣」と呼ぶ。

 イツアーク・シャミル首相
 押しつぶすことのできる「バッタ」と発言。

 「帝国を壊すために」(アルンダティ・ロイ著 岩波新書)から

 結局、ひとをひとして見ることから平和が始まり、ひとを敵、テロリスト、テロリスト同調者と見る限り平和は訪れない。イスラエルは戦争の道を選んだのだろう。

Posted: 日 - 8月 6, 2006 at 08:42 午前         |


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