テロと我々の世界
このブローグでも何度か取り上げた1949年:ジュネーブ四条約: 第1条約 戦地にある軍隊の傷者及び病者の状況の改善(陸の条約) 第2条約 海上にある軍隊の傷者、病者及び難船者の状況の改善(海の条約) 第3条約 捕虜の待遇(捕虜の条約) 第4条約 戦時における文民の保護(文民の条約) 1997年:追加議定書 第1追加議定書 国際的武力紛争による犠牲者の保護 第2追加議定書 非国際的武力紛争による犠牲者の保護が、戦争には効力を発揮する...発展途上国は貧困に苦しみ、中進国は自国の急速な発展と旧来の社会伝統との軋轢に苦しみ、先進国は予測不能のテロに苦しむ。
恐らく平等性と公平性において、途上国、中進国、先進国のすべてが不満を持つ世界なのだろう...不幸にして貧困と不平等、不公平、そして戦争が我々の世界の一部と化しているように、テロも我々の世界の一部と化していることを我々は受け入れなくてはならないだろう
ロンドンでテロが生じた。死者に冥福を祈ろう。
テロはどういうものかと考えると暗然とするしかない。テロとは正規の戦争ではない。戦争には戦争法がある。ジュネーブ条約である。しかし、テロは正規の戦争ではなく、テロは相手もわからず、宣戦布告もなければ、終結もない。
このブローグでも何度か取り上げた
1949年:ジュネーブ四条約:
第1条約 戦地にある軍隊の傷者及び病者の状況の改善(陸の条約)
第2条約 海上にある軍隊の傷者、病者及び難船者の状況の改善(海の条約)
第3条約 捕虜の待遇(捕虜の条約)
第4条約 戦時における文民の保護(文民の条約)
1997年:追加議定書
第1追加議定書 国際的武力紛争による犠牲者の保護
第2追加議定書 非国際的武力紛争による犠牲者の保護
が、戦争には効力を発揮する。よく言われるが、テロとの戦争とはレトリックでしかない。テロは戦争ではない。戦争のように交戦相手がはっきりしない。戦争のように始まりも終わりもはっきりしない。上記のジュネーブ条約も効かない。
完全にテロを封じ込めることは不可能だろう。ニューヨーク、マドリード、ロンドンでテロが起きたが、パリでもモスクワでも起きている。いわゆるアルカイダかどうかは別として。オリンピック開催が決まった時のブレア首相とテロについて発表するブレアでは別人のようである。ブレアの苦渋に満ちた表情を見れば、我々は確かに極めて不安定な世界に住んでいることを思わざるを得ない。
発展途上国は貧困に苦しみ、中進国は自国の急速な発展と旧来の社会伝統との軋轢に苦しみ、先進国は予測不能のテロに苦しむ。恐らく平等性と公平性において、途上国、中進国、先進国のすべてが不満を持つ世界なのだろう。その不満をついてテロリストは跋扈するに違いない。貧困と不平等、不公平、そして戦争がテロリストの温床となる。
不幸にして貧困と不平等、不公平、そして戦争が我々の世界の一部と化しているように、テロも我々の世界の一部と化していることを我々は受け入れなくてはならないだろう。そして、テロリストの力を幾分なりとも削ぐためには、時間はかかるものの貧困と不平等、不公平、そして戦争の是正に努めることが最も有効なことなのだろう。
Posted: 土
- 7月 9, 2005 at 11:47 午後
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