中国映画『結果』[结果
jié guŏ]
中国のアート系映画。
中国にはいい映画いっぱいあるけど、
なかなか理解の難しいものもある。
ほんとは午前中やってた中国映画、『無窮動(むきゅうどう)』って方も観に行きたかったんだけど、風邪気味で寝坊して間に合わなかった。遅れて会場に着くと『無窮動』を見終わった友人たちがいた。『無窮動』は、中高年の女性の性を描いた作品らしく、なかなか面白かったらしい。みたかったなあ。中国映画『结果』続いて『結果』の上映。上映の前に、監督、撮影監督、俳優などが登場して挨拶した。久しぶりに聞く標準的な中国語。耳に心地いい。出産を取り扱った作品らしい。偶然かしら、作品二つとも「性」とか「出産」とか人間的な問題を描いているの。性に関する映画でいつも思うのは、流産であるとか、レイプのシーンの生々しさはどう伝わるんだろう、ってこと。R-18っていう概念のなかには、「もっとも影響を受けやすい子どもたちに、 生々しい暴力や性についての直接的な刺激的な映像は みせないほうがいい」ていうのがある。これは本人が虐待経験者でいまやアメリカの安全保障、暴力予測の権威、Gavin De
Beckerも「一件のありふれた殺人事件より、 TVにおける暴力やレイプシーンの方が、 数百万人がそれを目撃する点で影響が計り知れない。」という。タイの映画『ナンナーク』にも、かなりなまなましい出産シーンなどがあった。純愛ものとはタイ国内では言われてるみたいだけど(笑、どちらかというと「ホラー」に属するような感じの映画だから、グロテスクなシーンはほかにもいろいろあったけど。(人間が腐っていっちゃうとか(涙)『结果』を観て思ったのは、たとえば流産経験者は、どんな気持ちで流産のシーンを見るのだろう。レイプ経験者はレイプシーンを直視することってできるのかな。そのようなこと。映像表現て、それがそのまんま、観衆に影響あるところがすごいとこだ。いわゆる「暴力をみせる」ような映像作家は、どういう意図で暴力を観衆(多くの人)にみせるのだろう。ちょっと露出狂的趣味を感じないでもないです。もちろん、暴力をありありとみせつけられることによって、人間のそもそも持ってる暴力性について考えたり、そこから生じるどうしようもない悲しみについて考えたり。そういうことができる。そういうことができる作品のひとつが『結果』かもしれない。中国は、いまの日本のような不自由さとは違って、自由と不自由というものの区別がはっきりしている、という自由がある。そこでの表現はやはり磨かれる。日本のように、やれ暴力だの、やれセックスだの、あからさまな表現を敢えて使わないことに感性が磨かれる。そういうことを感じさせる映画だった。中国は、水と熱湯がはっきりしている感じ。日本の不自由さとは、フーコーのいうところの「限界としての権力」か。水槽に入った金魚は、熱湯を入れるとびっくりして飛び上がるが、水槽ごと、だんだんと水を温めていくと、だんだん熱せられることには気づかないうちに死ぬ。そういう意味では日本の感性はここ数十年鈍っている。中国の感性はすごいな。この映画、風景のような映画かも。振り返ってみると、セリフは多くなかった気がする。アート映画とはそういうものなのかしら。この機会を逃したらもう観るのが不可能じゃないかと思える、タジキスタンの映画『セックスと哲学』もやってた。すごいタイトル・・・Sex
&
Philosophy...今回の第6回東京フィルメックスのスポンサー(共催)は、朝日新聞、J-WAVE、テレビ朝日など。次回は2006年11月18日〜26日(予定)会場:有楽町朝日ホール他公式サイトwww.filmex.net
Posted: 2005年11月26日 (土) at 22:51