TAP DANCIN’92
気分はジーン・ケリー
1992年6月18日(木)〜6月27日(土)13回公演
東京芸術劇場 小ホール2

CAST/青木知枝、みすみゆきこ、保戸塚千春、末政康代、米本知子、高橋典子、日野暁子、小林秀子、稲辺ちえ子、佐藤勝、川村隆英、小田茂、石森茂昭、濱永健太、滝沢征彦、川本一郎、加藤邦保、宇海光耀(ゲスト)
STAFF/構成・振付・演出/加藤邦保、舞台美術/幡野寛、照明/佐々木睦雄、音響/鳥飼弘昌、舞台監督/石川正文、衣装/青木知枝、宣伝美術/長谷川光宏、大金岳彦、制作/保戸塚千春、企画制作/JAM TAP DANCE COMPANY
タイプライターを叩き、卓球のラリーに躍った、リズミックな過去を持つ男。名手ジーン・ケリーに心酔して見事に床を叩くタップダンサー、加藤邦保にエールを贈る。彼の個性溢れるOWN STEP。静の空間に音をかもし出し、動へと流れて行くアンサンブル。そして階段タップ。彼の挑戦はとどまることを知らない。(吉野君良氏、日劇ダンスチームOB)
タップは、謡う(うたう)。
かつて、ブルースやジャズの舞台がミシシッピーの土だったように、同じ頃、コンクリートでできている道を舞台に、踏み鳴らす音で感情を謡っている人達がいた。後にそれはタップと呼ばれ、エンターティメントになる。
タップを、演じる。
タップは音楽であったり、芝居であったり、舞踏であったりする。人間の感情であるが故、ひとつとして同じものはない。すべてが違う顔を持っている。私たちは、笑う代わりにタップを叩く。泣く代わりにタップを踏む。叫ぶ代わりにタップを踊る。そして、語る代わりにタップを演じる。
<第一部>
きっと昔見た夢は、モノト―ンばかりだった。
現実の世界はカラーなのに、夢は色彩を持っていなかった。
今見る夢は、カラーが少し多い。
それでも目が覚めると、
そのみたこともない色彩は二度と思い出すことができない。
いつも音だけは鮮明に耳に残っているのに。
STEP1:モノートーン
11人のダンサーが奏でる、一分のすきもないアンサンブル。まさにすべての動作が、謡ったり、笑ったり、泣いたりしている。タップの生まれたままの姿だ。
始まりはソロタップから、そしてユニゾンへ、音の広がりを抑揚をつけながら見せていく。ダンサー一人一人が、どこまでオーケストラのパートになりきるか。クライマックスでは、タップの可能性をどこまでも追求し、スリリングで、感動的な舞となる。
SETP2:巴里のアメリカ人(ジョージ・ガーシイン)
舞台はモノトーンからステレオトーンへ。
現実から遠く離れ、ジーン・ケリーの夢の世界へと彷徨っていく。
ブロードウェイに憧憬を描いてカントリホームを後にした一人の青年(宇海光耀)。華やかな都会の絵図は、違う風景を受け付けない。それでもいつのまにか彼は、ニューヨークを喋り始めた。それが自分の言葉だと思い込みながら。
<第二部>
音楽を伴ったタップは、歌であり、ミュージカルであり、芝居である。ダンサーは作者への思い思いの解釈をシューズで叩き表現する。人々もまた心のどこかで、自分だけのシーンを描く。
STEPPIN’OUT WITH MY BABY/PUTTN’ON THE RITZ/SPRING IS HERE/POOR BUTTERFLY/BEYOND
THE BLUE HORIZON/赤ん坊と母親の歌/AQUA DE BEBER/スウィングしなければ意味ないね/SOUTH MT. SINAI PAREDE/階段タップ/COPENHARGEN/COOL/US THREE/TRAFIC
JAM/フィナーレ

巴里のアメリカ人より/写真 石川妙子
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