水 - 12月 2, 2009

Raflesian Complex, Vol.10


急ですが、ひさしぶりにライブのお知らせです。前売りと当日で値段が異なりますので、見てみたい方はメール にてご返信ください。

Raflesian Complex, Vol.10
2009/12/17 (木) @ 中津Vi-CODE
18:00開場/ 19:00開演
前売 ¥2,000/ 当日 ¥2,500 (1 drink 別途必須)

出演: レス ザン ゼロ・すっぽんぽん'ズ・田中一寿・岡田夏奈・ユウミ・Itaminhos Jackey Longomba・サントス・キタバヤシジュン・キング堀内・カオリーニョ藤原・マルタニカズ 音楽的乱交脱糞脱国境パーティーです

中津Vi-CODE: 大阪市北区中津3_1_9 阪急中津駅高架下京都線側十三方すぐ
 電話06-6371-6559
 http://www.vi-code.com

Posted at 12:09 午前     Read More  

火 - 12月 1, 2009

ザイール・ヤ・バココ「第三の旅」




 人伝に頼んだり、ネットで手配した資料が、ほぼ手許に揃ったのでまとめて紹介しておきたい。まずはコンゴ人Ethnomusicologistでメル友のKazadi wa Mukuna教授の著作「Contribuição Bantu na Música Popular Brasileira: Perspectivas Etnomusicológicas, 3rd edition (São Paulo: Terceira Margem Editora, 2006)」・・・全223ページ、内容は全部ポルトガル語なのでさっぱりわからんが、それでも図版をつき合わせて行くと興味深い内容である事がわかる。タイトルは、さしずめ「ブラジル大衆音楽に於けるバントゥー人の貢献」とでも訳せば良かろうか。内容の一部に、私が睨んだ通り、ブラジルのバイーア州からマラニョン州に至る広範囲な地域に連れて来られたアフリカ人奴隷たちの大半は、現在のアンゴラ・両コンゴ・ガボン周辺の出身であって、その音楽用語にも彼等のバントゥー語が残され、そのいくつかは例示されている。これは、私の主たる研究テーマであって、今回の旅の目的のひとつでもある。一方、象牙海岸以西の出身者、とくにヨルバ人たちは、ブラジル中南部・ベネズエラ・カリブ海地方・北米大陸に多いとされている。ブラジルに多く残るアフリカ起源の民間宗教などは、こうした民族の流れを追うと掴みやすいかも知れない。まだ精読していないので確定出来ていないが、ブラジルとコンゴに残る多くの伝統的な歌の比較研究もなされていて、ポリ・リズミックに絡み合うリズムのアクセントについても、楽譜上で詳細に開設されている。このような研究は、ブラジル音楽の様々な影響の一部、それも非常に重要なファクターを、客観的に読み解くキーワードになりうるだろう。現在のブラジル・アンゴラ・コンゴの音楽は、当然ラジオの普及やキューバ音楽の影響などによって、インタラクティブに影響し合っているから、ひとつの特徴をもって、他の関連性を議論するのは危険である。しかし、この本の資料探求によると、例えばキューバからアフリカへのルンバの輸入、つまりアフリカ的な音楽センスの逆輸入が起こる以前の文献から説き起こされている場面があって、これは、あきらかにバントゥー音楽が、南北アメリカ大陸に伝播した頃はどうだったのかを探求する、この著書の眼目と言える部分である。はよポルトガル語をマスターしてこれを精読し、教授にメールを送らねば・・・



 これはAngolaの公用語Kimbunduの文法書である。1889年の発刊で、全172ページの、比較的簡素な内容である。去年資料探索していた頃には、大阪の国立民族学博物館付属図書館など、日本には数カ所にしか所蔵されていなかった。現物を見せてもらったが、今にも崩れそうな革装丁の本だった。それが、なんと今年2009年9/28にアメリカでリプリントされている。まさに今回の旅の実現に光が射した数日後の事だ。すぐに注文を入れると即座に送られて来た。中身は極めて実用十分、リプリントであるから、要するにコピー製本である。原盤の汚れや書き込みがそのまま残っている。しかし、文字は十分読める。これで2千いくらかだったと記憶する。まさに驚異、運命的な出会いである。これも本分はポルトガル語であるが、ありがたいことに単語やフレーズには英訳がついている。これは非常に役に立つ。リンガラとスワヒリは、ほぼ頭に入っているので、内容はその類推で十分読める。すなわた名詞の種類・複数形の作り方や動詞の活用など、ルールはリンガラ語とほとんど同じである。もちろんリンガラ語との同音異義、全く異なる単語はたくさんあるが、全く同じものも多い。Kimbunduの文章を読んでみても、何通りかのバントゥー的な言葉のバリエイションで意味はおぼろげながら通じるところとなる。同時にポルトガル語との対訳も出来るわけだから、まさに一石二鳥。しかし考えてみる。何故こんな稀少な本が、今年になってアメリカでリプリントされたのか、Kimbunduは、アンゴラにおいていわばエリート言語なのである。アンゴラという国は、アフリカの他の国と同様に、その国境線が民族の分布を全く反映していない。植民地争奪戦時代のポルトガルとベルギーとフランスの勢力範囲を示しているに過ぎない。現在のアンゴラ領内には、北部にコンゴ人、南部にOvibundu人など、多数の民族が同居していて、それぞれに言葉が違う。そのなかで、首都Luanda周辺に分布していたMbundu人の言葉が共通語として採用され、Kimbunduを解さないアンゴラ人は出世出来ないという構造が産み出されている。イデオロギーの仮面をかぶった利権争いの内戦が終わったら民族紛争・・・よくあるパターンだ。しかしアンゴラに埋蔵されている地下資源、特に原油と希少金属は厖大。これを頼みの復興事業は、狂おしいまでにふくれあがり、かつては黒柳徹子が地雷除去を訴え続けた「かわいそうな国」アンゴラのイメージはほど遠く、今や立派なハイウェイと綺麗な建物がどんどん出来て中国人や韓国人の労働者が国づくりに協力している。ところがこのKimbunduについて書かれた書物は、おそらく世界にこの一冊しかない。1889年に出版された、革装丁の重々しいこの本しか、徹底的な私の探求の結果出て来なかったのだ。アンゴラには埋蔵資源がほぼ手つかずで残されている。アンゴラに取り入るにはKimbunduを習得する事が有益である。そしてこの本しか文法書はない。・・・だからリプリントされたのだと、私は思う。以下に紹介するアンゴラのガイドブック、UAEのエミレーツ航空がLuanda便をこの10月から就航させ、観光キャンペーン・・・これらは、生き残りをかけた新たな戦いの伏線である。それに敏感な国や組織は先手を打つだろう。いわば資源獲得の泥仕合の、一番ホットな部分に、私は偶然手を触れてしまったような気がする。それに乗るか乗らんかは別として、知らんという事は情けないで。



 これはなんとアンゴラのガイドブックである。2009年の10月に初めて出版された。驚く勿れ全280ページ豪華カラー・グラビュア入りの充実の内容である。アフリカのガイドブックといえば、「ロンプラ」すなわちLonely Planetの独壇場であったのだが、そのロンプラにさえアンゴラはなかったか、あっても数ページだったはずである。もちろん日本にはアンゴラのガイドブックなど存在しない。このBradtというイギリスの出版社は、今回アンゴラの旅行情報を集めている過程で初めて知った。このガイドブックの計画があるとの記述を見て、すぐに予約を入れた。2千円ほどである。内容は実に素晴らしい。Mike SteadとSean Rorisonという二人の著者の実録による最新のガイドブックである。Angola国内はほぼ網羅されている。非常にわかりやすい英語である。そして、実際に歩いたジャーナリストの目から見た情報であるので、非常にリアリティがある。単なる読み物としても大変面白い。私の最も関心の深いM'banza-Kongoについても詳細に記述されている。また、基本情報として、Visaの取り方や、国の状態、移動手段や宿泊施設の一般的な傾向など、旅行者に極めてわかりやすい良心的な編集がしてある。複数の情報筋から得られた通り、首都Luandaの物価はロンドンの倍近く、つまり東京の三倍ほどになる。バブルである。アンゴラは開発途上の国であり、日々刻々と変化し続けているので、ウェブサイトにアップデータが蓄積されているから、必ずそれを参照するようにとの配慮まで示されている。血の通った会社である。すばらしい。その姿勢に敬意を表して、アップデータのURLはここには書かない。知りたいひとは先ずこの本を買うべきである。さて、アンゴラのVisaは日本では絶望的だと前に書いたが、やはりアフリカ以外では同じ程度に困難な様子である。しかし近隣国へ行けば、比較的簡単に取れる。特に国境を接するコンゴ民主共和国ならば、首都Kinshasaよりも、直接道が繋がっている港町Matadiの国境検問所がよろしいようで。しかし、M'banza-Kongoへ行くならばそこから越境するのではなく、Kinshasaへ半分ほど戻ったSongololoから進めと書いてある。頻繁にタクシー・ビス、すなわちワン・ボックス・バンによる乗り合いバスが往復しているとの事。私の睨んだ通り、現地人がメールで教えてくれた通りだ。このルートはしかし、度重なるコンゴ人のアンゴラへの不法出稼ぎ労働者のブローカーが暗躍しているので、誘拐事件が多発しているので注意すべき事、またアンゴラ当局により比較的頻繁に国境が閉鎖される、または検問や追随しての取り調べもあるので注意、ここで注意というのは、アフリカの多くの国同様、警察官が最も注意すべき対象である事を意味している。しかし、アンゴラ当局は、首都Luandaやその周辺の観光地への観光客の誘致には、実は力を入れていて、さらに南部の自然の豊かに残る地方は、どこも大変素晴らしい事が、表紙写真のようにありありとした、美しい多くの写真とともに示されている。Matadiから海岸沿いにN'zeto- Luandaを直通する路線バスも運行されているという。アンゴラの海岸線は、ほとんど未開発の自然なビーチが続いていて、南部のナミビアから北上してくる南アフリカ人も多いらしい。ナミビアまでは、日本でも人気のアフリカ観光コースである。ちょいと越境する勇気を持ってくれたらね、僕もそのツアー買ってもええねんけどね。ともかく、地下資源とともに観光資源としても、ほぼ手つかずのものを抱えていて、これからがアンゴラ観光が本格化するという予測の基にこのガイドが書かれている事は、先ず間違いない。



 こちらは、同じBradtから2008年3月に初版された両コンゴのガイドブックである。1991年に当時のザイールを旅行したときには、「ロンプラ」の「Central Africa」という本があって、これにはザイールについて十数ページの記述があった。しかし、それは統合されて「Africa」になり、記述も数ページに縮小されてしまった。600ページを上回る辞書みたいな分厚いガイドブックなんて、しかもアフリカ全域なんて全く実用性のない代物で、値段もたしか8戦円くらいしたと思う。立ち読みしたが、ほんの御座なりなことしか書いていないから、とても買う気になれなかった。それがBradtでは堂々全328ページの内容である。しかも「Angola」の項で紹介したSean Rorisonが執筆、特に一般情報に於ける、内戦後の首都と地方都市の状況や、移動手段、気候と疾病、通貨の変動などが、緻密に記載されている。ただ、惜しむらくは、私が訪問しようとしているBandundu- Mayi Ndombe- Mbandakaにかんする著述がほとんどなく、簡潔なものに終わっている点である。下痢でもしていたのであろうか、ほな私が行て詳細に調査して情報提供したろ。この部分については情報収集の過程で、現地の環境保護団体「CARPE」と連絡がつき、かなり詳細な情報を得ているので、あまり心配はしていない・・・というか、心配しても仕方がない事がわかった。運があったら生き残るでしょ・・・



 ベルギーのTervurenにある王立中央アフリカ博物館 (Royal Museum for Central Africa = RMCA) 所蔵の楽器を集めた図録、2009年7月の初版である。この博物館は2005年に訪問した が、あきらかに視点がベルギーからの「上から目線」である。野蛮なコンゴ人もベルギーのおかげでこんなに洗練されましたという脈絡で博物館は構成されている。そのあからさまな姿勢には流石に辟易したものだが、個々のパーツを見てみると、これがまたベルギー人の国民性なのか、実に保存状態も良く、見やすく、きちんと分類して並べられている。弓から作ったシンブルな楽器の上下が逆さまだったのはご愛嬌だが・・・そしてミュージアム・ショップで買い求めた図録や写真集の美しさは、本当に驚嘆に値する。RMCAの、特に植民地時代に撮影されたモノクロ写真は、撮影の見事さもさることながら、現像・プリント・印刷に至るまで、実に適切で繊細で美しい。この図録も、ほとんどが旧ベルギー領コンゴの伝統的な楽器を分類して収録したものだが、その見せ方、光のあて方、撮影から印刷までが美しい。さらにその楽器を演奏している場面を撮影したものなど、古い時代のものにありがちな、現像の管理の不徹底さから来る粒子の荒れや流れやムラがほとんどなく、古いレンズの特性を生かしきった見事なプリントである。これは楽器に興味のないひとでも、美しい写真に興味のあるひとは、是非RMCAが発行している様々な写真集を手にしてみられるが良い。ネットでも手に入る。手には入るがこのショップ、クレジット決済がめんどくさいのだ。注文の希望をメールで送ると、注文書に明細を記入したものがメールに添付されて返ってくる。それにカード番号を入れてプリント・アウトし、署名して国際Faxか郵送で送らなければならない。さらに自分たちのコレクションにはこだわるくせに、こっちからの注文に対する対応は鷹揚だ。この本と複数のCDをまとめて注文したのだが、住所が変わったから注意せよと明記したにもかかわらず前の住所に送って返送されてしまい、こっちは知らんから何ヶ月待っても来ないし問い合わせたところ「送った」の一点張り、郵便局で記録をたどってもらってやっとの事番号を突き止め、返送されてるから探し出せと言ってもなかなか出来ず、改めて送って来たは良いが送料を請求され、なにゆーとんねんお前が間違うて送っとんのにタダにせんかいの話が通じたのが、やく4ヶ月後という有様。まあいろいろあって私の所蔵になったのも良い想い出。ほぼ、コンゴの楽器に関する私の知識に間違いがなかった事もわかってハッピッピー。

Posted at 09:32 午後     Read More  

夏野菜用の土作り




 この二畝は、来シーズンのナス科の畝である。十分に時間があるので、雑草を積み上げた堆肥や、乾し草の切り藁・米糠・生ゴミ堆肥など、畑で穫れたもので養分になるものを鋤き込んで、春まで腐蝕させる。



 生ゴミや雑草を積み上げたものだが、下の方は堆肥になっている。



 燃えるような紅葉と、十五夜の月。



 毎日のように大根を煮て食っているが・・・うまい。

Posted at 09:00 午後     Read More  

土 - 11月 28, 2009

Salt & Uribossa




 奈良で「Salt & Uribossa」のCD発売記念ライブが行われたので、行って来た・・・というか、邪魔しに行ったようなものである。瓜ちゃんとのデュオはずいぶんさせてもらったが、池本さんとの三人で正式にやるのは初めて。池本さんは学校の先生との事で、歌詞にも大人の立場から子どもを見つめた内容が多い。ボサノバというより、ボサノバ風の日本のフォーク・ミュージックという感じで、いたるところに「奈良的」? センスが散らばっていて楽しい。全員アラフィフということで、時代背景も考え方の傾向も、似通っていて肩が凝らない。ほんのローカルな活動だが、こういう音楽を地道に続けて行けたらと思う。

Posted at 08:44 午後     Read More  

金 - 11月 27, 2009

冬野菜の観察




 秋に植えたジャガイモが、はよ土寄せをせんかいと主張している。霜が心配なので、不織布をかけている。この分だと、来シーズンの種芋が穫れそうである。



 ふだん使いの菜っ葉類も順調に生育している。



 キャベツも、虫にやられながらも結球始まる。



 丹波の黒豆も収穫期。なかにはまだ生のものもあるが、穫って干せば乾く。

Posted at 08:54 午後     Read More  

水 - 11月 25, 2009

丸瓢箪の乾燥




 先日中身を取り出した大型の丸瓢箪 (右) 、ひとつはいい具合に乾いて来たが、もうひとつはまだ果肉が硬いので、暫く水を満たしておく。


Posted at 08:49 午後     Read More  

日 - 11月 22, 2009

船坂小学校




 納豆作りと割烹料理に舌鼓をしばいた後、「船坂ビエンナーレ」で古民家再生している現場を見に行った。アルムリーノのマスターは興味津々、Farminhosのメンバーも参加するかも。そのあと、今年度限りで廃校となり、取り壊される可能性の高い「船坂小学校」を見物に行った。こじんまりとした綺麗な懐かしい小学校で、こんなところで勉強出来たらいいなと童心に帰った夢を見た。玄関脇に、毎月校長が決めるという標語が掲げられている。「迫力をます」・・・すごすぎる !!





 船坂小学校の美しい写真



 かっこええクルマを見つけた。SUBARU BRATやて・・・

Posted at 11:56 午後     Read More  

納豆作りと割烹「灘しん」精進ランチ




 「アルムリーノ」主催納豆作り。大豆は、前夜から水に浸けてふやかし、小一時間ほど茹でてザルに空ける。火加減は、最初は強火で、沸騰したら豆が軽く踊る程度に落とす。稲わらは両手で軽く握れる程度を用意し、だいたい40センチの間隔をあけてきつく縛る。その間に茹でた大豆を詰めて稲わらを閉じ、閉じた部分もきつめに何か所か縛る。



 何年ぶり、いや十何年ぶりかの「灘しん」の精進料理である。これは里芋の揚げ浸し・・・くぅぅぅぅぅっ・・・うまい !!

Posted at 11:17 午後     Read More  

土 - 11月 21, 2009

「Pili-Pili Memorial Room」計画白紙撤回




 彼が半生をかけて集めたアフリカの文物、録音などを整理して保全し、関心のある方が自由に閲覧・試聴できる「Pili-Pili Memorial Room」を準備しておりましたが、関係各位のご同意が得られず、計画は白紙撤回のやむなきに至りました。趣旨に賛同し、中央アフリカの文物についての資料をご提供くださった皆様、また閲覧を楽しみにして頂いていた皆様には、深くお詫び申し上げます。

Posted at 11:46 午後     Read More  

Leonard Jacome y Cuerdas Barro Presion


 ベネズエラの音楽といっても、Ensamble Gruffio/ Camerata CriollaのCDを2枚持っているだけで、それで十分にぶっ飛ばされてしまったのであるが、とにかく変幻自在のメロディとハーモニーの応酬、全てがリード楽器的に動きまくり、全体が混沌の渦を巻きながら怒濤のように奈落の底へ流れ落ちて行くような迫力、それでいてきちんとアンサンブルが出来上がっていて大編成のオーケストラでもきちんと交響曲になっている。こんな生きた音楽があったのかと思った。今回の来日メンバーを見ていて驚愕した。そのEnsamble Gruffio/ Camerata CriollaのCDで、神業的に鳴り響く鋭い音を響き渡らせていたマラカスの神様Ernesto Layaの名前を見つけたからだ。そのビートとリズムの綾は、オーケストラの全体を屋台骨を背負い、全ての展開、全ての表情、情感を的確に導きだし、次のフレーズに繋げて行く。ドラマーが手足を駆使してやる事を、あんなに小さな楽器でやってしまっている。しかも超絶技巧。マラカスでサスティーンを出すなんて・・・どんな人がどんな風に演奏しているのか、前々から見たいと思ってた。「ベネズエラ文化週間」なるものが毎年行われているのは知っていた。しかし、あの神様が来日するとは、しかもChove Chuvaで、こんな至近距離で見られるとは思いもよらなかった。演奏は来日用のユニットで、アルパ・クァトロ・ベース・マラカスの4人編成に女性ボーカル。これが凄まじいコンビネーションで、いきなり聴衆を奈落の底に突き落とす。凄まじい音の奔流であった。リンガラ・ポップスが、アカデミズムに則った一切の権威を拒否してひたすら下町をゴロつくヤクザものの美学の到達点だとしたら、この音楽はアカデミズムと技巧を飲み尽くし、さらに天を突き破ろうとするミュージシャン美学の到達点である。とんでもないものを見てしまった。とくに神様・・・あんた、マラカス持ってなかったらただのそこらへんの色黒のにいちゃんやんけ、でもマラカス持ったらすごい。マラカスそのものは、特に変わったところはない。強度を高めるために取っ手の心棒が上部まで貫いている。従って、普通に振ると、中のタネが心棒に当たってばらけてシャープな音にならないから、心棒を持って上下に振るのである。そしてサスティーンは、なんと玉の内面にタネをスムースに滑らせる音だった。その組み合わせによるグループに、頻繁に挿入される霧雨のようなプレス・ロール・・・ふつう打楽器において、このようなトレモロ的な音は、楽器なりスティックなりをバウンドさせてこそ得られるものなのだが、彼は小刻みにマラカスをふるわせるのみ。つまりギミックなしで全ての音をマニュアルに操っていたのである、あの霧雨のように粒立ちの全てを !! そして極めつけは、放り上げられ宙を舞うマラカスが小刻みに振動して鳴り響く・・・誰もが目と耳を疑ったのである。

http://www.chovechuva.com/live/page000293.html

http://www.latina.co.jp/html/liveinfo/veneweek2009



Posted at 11:33 午後     Read More  

Pili-Pili: Mwasi ya Ndoki




 先日、京大の木村先生がコンゴ奥地のフィールド・ワークから帰国されたので、最新情報とともに、お土産の乾燥ピリピリを受け取った。もちろん栽培するためである。この冬は、私も現地へ行くので、試しに、先にポットに蒔いて保温して、発芽するかどうかだけ確認しておこうと思う。いやあ、開けたとたん咳き込む刺激、触れた指でうっかりデリケートなとこ触られへん。
 コンゴ最新情報によると、先生の滞在先のコンゴ北部ワンバ村〜Basankusu〜Mbandakaにかけては平穏。相変わらず移動は徒歩頼りだが、地元の兄ちゃんを雇ってバイクに二人乗りで4日間で600キロの悪路を走破したらしい。先生、やるなあ。キンシャサも空港も至って普通。現地通貨のレートは、$1=FC900程度。しかし2ヶ月ほど前はFC700だったらしい。インフレの程度は私が訪問した頃とほぼ同じ。

Posted at 11:32 午後     Read More  

金 - 11月 20, 2009

脱穀機「ハーベスター」の手入れ




 脱穀する部分は足踏み脱穀機と全く同じ。隙間に籾殻が詰まっているので、細い棒などでかき落とし、あとで脱穀始動すると、風で排出口に飛ばされる。その後に排出口付近を清掃する。脱穀機は、一年のうち限られた期間しか動かさないので、納屋の中でネズミの住処になることが多い。これを防ぐには、ネズミの這い入る隙間もないくらい完璧に密封するか、逆に開けられる箇所は全て開放して隠れにくくする。



 脱穀始動前に、稲を取り込む伝達系に必ず数滴注油する。



 脱穀始動前に、稲が排出される側の腕を下から支える。これをやらずに脱穀クラッチを入れると、伝達系のベルトが外れて、組み直すのに往生します。



 組み上がった状態。左から右へ稲束が流れる。

Posted at 11:05 午後     Read More  

タマネギの定植




 苗。根を傷つけないように下から土をすくって、丁寧にバラして分けて植え付ける。



 本当は、葉もの野菜を食べ尽くしてから定植するつもりだったが間に合わず、こんなカタチになった。右畝の手前はニンニク。

Posted at 10:59 午後     Read More  

ブラジル格安航空会社GOLを日本から予約する (Mac OS with Safari)


 先日アップした記述を訂正しなければならなくなった。今日になってGOLから、「Verified by VISA」による決済が無効になったと連絡があったからである。最終的に、その担当者が自分の権限で予約してくれた便を、当日空港で支払う事になる。
 さて、今後ブラジル国内の移動にGOLを使う人もあろうかと思うし、特にCarnavalシーズンにブラジルを訪問しようとする人は、その移動手段は数ヶ月前から確保しておく必要に迫られるであろうので、ここに私の実体験に基づいたGOLの押さえ方を記しておこうと思う。もちろんTAMなど、正規運賃の片道切符や、ブラジル周遊パスを使う人はこの心配はない。ただGOLは格安であり、その価格は非常に魅力的であって、自分で手配する労力を厭わぬのであれば、費用に於いて長距離バスと比較検討されるべき程のメリットがある。

 http://compre2.voegol.com.br/

 これがGOLのホームページである。表記はポルトガル語であるが、不思議な事に、以下の「スカイスキャナー」という格安航空券ポータル・サイトから行くと英語表記のページが現れる。

 http://www.skyscanner.jp/

 まずは「スカイスキャナー」で、希望する区間のフライトを検索する。注意事項は熟読されたし。価格は保証されていない。私の場合は、表記されていた価格よりも、幾分安くなった。そういう事もある。ブッキングしようとすると、GOLのオフィシャル・ページに飛ぶ。問題はここからである。今後、全ての動きはタブ・ブラウズで行われる事を推奨する。GOL内のページを行ったり来たりする事になるが、表記が突然ポルトガル語になってお手上げになる事がある。しかしその時点で、ブラウザの「履歴」機能を使っても、ポルトガル語のページしか表示されない事が多いからである。タブに分けておけば、英語表記のページがそのまま残る。
 「スカイスキャナー」から飛ぶと、GOLのホームページ上に選んだフライトの価格のバリエイションが示される。もちろんこれを読んでいるひとは、なるべく旅費を安く上げようとしているにきまってるから、最も安い価格設定を選ぶ。すなわち「Promocional」がない場合「Planned」である。これは、何らかの理由でこの便に搭乗出来なかった場合、後続の便に無料で振り替えてもらえるかどうかは甚だ微妙である。そうしたリスクを避けたければ、それより上の設定「Flexible」や「Freedom」を選ぶべし。私は、世界最強のアメリカ合衆国を信頼して、Sao Pauloへの到着便が遅れない事を前提に「Planned」を選んだ。前回の海外旅行までは、航空券を自分で手配するなんて想像もできなかった。というのは、航空会社がそもそも格安航空券など販売しないものだったので、安くあげるには代理店をこき使うに限ったのである。世界中のフライトの検索は、その代理店の持っている情報量であり、いわば企業秘密であったので、旅行者は、その担当者を通じて、有利なフライトを捜してもらう必要があった。有能な担当者ならよいが、無能な奴にあたると、事務所で怒鳴り散らさなければならぬ羽目になる・・・どっちが羽目やねんちゅう話もあるが。インターネット時代になって、航空券もe-ticketとなり、細長いクーポンを持ち歩かなくてもよくなったし、なにより自分で全ての可能性を検索して決定出来るのはメリットである。しかし反面、判断を誤ったり、不測の事態にも自分で対処しなければならなくなった。そのかわり、厖大な中間マージンを節約出来る。旅が一種の賭けである以上、そのプランニング段階から、既に旅は始まっているのだ。そんなことやってられへん人は、ここから先は大変なので、さっさと旅行代理店に電話して、大枚なマージンを払うがよい。
 さて、フライトを選んだら、WindowsでIEの最新版を使っておられる方は (大多数であろうが)、そこから先は、指示された通りにやれば、多分うまくいくはずである。私はMacユーザーでありSafariを使っているので、これはできなかった。Windows/ IEユーザーであれば、ポルトガル語の約款を読んだ事にしてチェックを入れ、「Continue」をクリックすれば、あなたの個人情報を入力する画面に行く。一番下にマイレージ・サービスをどのグループにするか訊いてくるので、Air FranceやKLMと提携している「FlyingBlue」を選ぶが良かろう。ちなみに「Smiles」はブラジル、「AAdvantage」はアメリカ中心のマイレージ・サービスである。「Continue」すると、支払い方法を訊いてくるがここで注意。たとえばVISAをえらんでもブラジル国外発行のカードは「拒否されました」というダイアローグが出る。そこで「Other forms of payment」タブをクリックすると、「Verified by VISA」のラジオボタンがあって、それをクリックすると順次ページが開いて、段階的に個人情報を入力してゆき、最終的にあなたのVISAカードの発行会社との間で設定されたパスワードを訊いてくるので、それをクリアすれば完了になる・・・はずである。ブラジル国外発行のMaster Cardの場合は、カード裏面の3桁のセキュリティ・コードで認証される。AMEXの場合はそういうセキュリティ・システムはなく、電話対応だそうだ。さて、私はWin/ IEユーザーでないので、上の話は担当者からの受け売りである。担当者は最近のメールでこうも述べている。「国外で発行されたカードは、GOLのシステムでは認証出来ないので、個別対応になる。価格は最初に問い合わせのあった時点のものが適応される」だから、Win/ IEユーザーであっても、上のプロセスを完遂出来なかった場合には、私とともに次の道を歩んでみようではないか。
 フライトを選ぶ画面、すなわち「スカイスキャナー」から飛んだ最初の画面に戻ると、上のメニューに「Important Informations」という項目があり、これをクリックして出たページの上のメニューに「Gol」というプル・ダウン・メニューがあって、そのなかに「Customer Service」という項目がある。クリックすると、フォーム入力で質問を直接送付出来る。英語で十分。私の質問に答えてくれたのは、○○○ちゃんという女性であった。若いオンナは、ええのう !! 失礼、きちんとした丁寧なやり取りではあるが、なにせ日本との時差が11-12時間であって、つまりオフィス・アワーは正反対、しかもブラジル的に応対はゆっくりしているので、こちらから送ったメールに対しての返事は三日後くらいと思って良い。内容はあなたの思った通りに書いたら良いのだが、○○○ちゃんの手間の重複を避けるために、話がどう展開したかを記しておこう。○○○ちゃん、キミの手間をなるべく省いてあげようと思って、僕はこれを書いているんだよ。だから向こうに着いたらさあ、・・・わかっとるやろな??
 つまるところ、現状においてはGOLのシステム上の問題で、ブラジル国外で発行されたカードで決済しようとしても出来ないので、「Customer Service」から個別対応してもらい、代金は当日空港のカウンターで支払うという事になる。条件は、GOLのメンバーシップをとること。そのためには、だいたいどのページにもGOLのヒコーキが飛んでいて、その鼻先に「Log in」のリンクがあるので、それをクリックすると、会員登録のフォームが出る。指示通りに入力して行くと処理は完了し、その旨のe-mailが自動的に送られてくるので、その後にログインし、IDが有効である事を確認して○○○ちゃんにメールを・・・いやいや、「Customer Service」からフォーム送信する。
 まずは、ブラジル国外から予約しようとしている事、ブラジル国外で発行されたカードで決済しようとしている事、希望するフライト日時とフライト・ナンバーを書いて、会員登録は済ませたので、座席を確保してくれと訴える。これで股間・・・失礼、この間にまさぐり・・・失礼、探り合う5回ほどのメールのやり取りを一発で (yeah !!)・・・済ませる事がデキルので、2週間は節約になるはずである。担当してくれた相手が○○○ちゃんのように親切で有能だったならば、「あなたのベッド・・・いえ、座席は確保しましたので、カウンターで以下の予約番号を告げてください」という内容のメールが来る。これで座席は確保されたのである。話はそれでデキタのだが、GOLはe-ticketであるので、この予約を見えるカタチにしなければならない。そこで、あらためてGOLにアクセスして「My Trip」というメニューを開く。ログインすると、そこにあなたの予約した全てのフライトが表示されているはずである。マチガイがなければ、上から数行目あたりに、小さい字で「この予約を見える状態にするためにプリントするには、ここをクリック」という文字があるはずなので、それをクリックすると、プリント用に要約されたページが表示されるので、それを持って旅に出る。あとはブラジルで○○○ちゃんに逢って、手間をかけたお礼を、カラダで表現すれば良い。

Posted at 10:07 午後     Read More  

DENパゴ




 11/07のことである。「バランサ」というサンバ・パゴージのバンドのDEN師が不定期に大阪で催している「DENのパゴージ」というイベントがChove Chuvaに移転してきたので、ペダル・カホンのセットを持って参加してみた。その時の録音を聞きながら、旅の計画を組んだりメール・チェックしたりしているのであるが、気がついた事がある。それは、かねてより私が感じていた、日本人のブラジル音楽家の演奏するリズムのアクセントの位置についてである。彼等の大半は、サンバのリズムのアクセントは一拍目にあると断言する。私は違うと言ってきた。そこで軋轢が生じ、私が引込むか出て行くかという展開でこれまで来たのであるが、このたびの演奏で、その辺についての疑問が溶融しはじめた。このイベントは、サンバの様々な曲を、ひたすらみんなで演奏しながら飲んだり食ったりして楽しむ会である。みんなで、とはいっても、ただ漫然とやっていたのでは散漫になるばかりなので、DEN師が「核」となってそれに参加者が様々に絡むという展開である。なおかつ大半はメドレー。Chove Chuvaに移転した事で、私を含めて気軽に参加出来た人も多く、おそらく関西でサンバが好きで、演奏を続けているひとのかなりが集まったようである。演奏が始まると、多くのパーカッション部隊が音を出し始める。大半は一拍目にアクセントを置いている。私は、基本的には4拍目から1拍目に振りかぶる部分に「溜め」をいれて、そこにブレストを感じつつ、そのとき鳴っているリズム楽器に絡む感じで音楽に分け入って行く。いつものやり方だ。音楽には抑揚があって、それは音量であったりテンポであったり、コード展開であったりイロイロするわけだが、アクセントの捉え方というものもひとつの表現である。サンバは複合リズムであって、様々な打楽器による様々な音程や音色や音量のバランスによって、その時の音楽的な情感は、様々に規定されて行く。だから、基本的に個々の楽器がアンサンブルの中で、どの位置にアクセントを置くかという事は、その時々によって対応は変わるはずである。ところが、残念な事に大半のパーカッショニストは平板なリズムを出している。しかも、一拍目のアクセントに力が入りすぎていて、まるで日本の軍歌を、握りこぶしを振り下ろしながら歌っているかのようだ。「きっさまっとおっれぇとぉぉぉぉわぁぁぁぁっ、どっおっきっのさっくっらぁぁぁぁあぁぁぁ」・・・または、揉み手をしながら頭に一発手拍子を入れる、日本の盆踊りそのままの感性を、なんの違和感もなく持ち込んでしまうのである。「チャッ・・・チャッ・・・」多くの音がそこにアクセントを置き、歌が叙情的になろうが、ボリュームが下がろうがおかまいなし、ヒートアップした演奏がコード展開一発でシックな歌に戻ってるのに「チャカチャカチャカチャカ」・・・つまり歌を聞いてない。アクセントは、みんなが合わせやすいからという、テメエラの勝手な事情で一発目に決められて、みんながそれを守って安心安全、音楽の「お」の字も鑑みられていない。DEN師の歌を良く聴いていると、サンバにも種類があって、いろんなアクセントでカバキーニョを演奏されている。一定の条件さえ整えば、アンサンブルの一環として、そのリズムにちぐはぐに絡み付くようなアクセントを持った打楽器を入れる事も可能である。そのような遊び心こそが音楽の本質であるのだが、周囲の大半が、常に一定、全く同じ、そして不変の平板な演奏で埋め尽くされてしまうと、そこに変化を入れる隙間がなくなってしまう。しかし、そんな演奏は飽きるのである。パーカッションの好きなひとに多いのは、音楽の伴奏をしているという立場を忘れて、自分が演奏する事のみに没頭してしまう事である。これは全く主客転倒であって、演奏は、音楽そのものを表現として様々な姿形に変えてみせたり、彩りを添えたりと、実に多彩で臨機応変であるべきだ。それなしに、何時間も、基本的には同じジャンルの楽曲を演奏していれば、曲調が一辺倒になり、飽きてしまうのも無理はない。そこで彼等は別グループを作って、「核」とは別に自分たちだけで自足してパーカッション教室みたいなものをおっ始めてしまう。それも録音にはいっているが、「場を読めない」雑音でしかない。そのころ京都からドラム・セットのフロア・タムを一本携えてきた人があった。そのひとは元ドラマーで、関西のサンバ界では名の知れたひとという事である。その人が入ってから、かなり感じが変わる。それまでにもスルドゥを叩くひとはあったが、マレットの持ち方が悪く、音が出ていなかった。その点、この人は元ドラマーであるから、マレット・ワークは絶品であり、実に表情豊かな低音であった。バーカッションというより、ベースに近い。私のカホン・セットは、いわばミニ・ドラムだから、このふたつでリズム・アレンジは自在に決まる。そこからは、ほとんどこの人と私とDEN師の三人で曲の展開をリードして行ったと言っても過言ではないだろう。それは、曲や歌を知っているとかいないとかの問題ではなく、それとは別の、音楽的な次元の話だ。私は歌は知らない。しかし音楽はわかる。次にどう来るかくらいは、ピリピリの伴奏でもない限り容易に予測はつく。しかも、それはほとんどの場合的中しており、その展開によって、歌はメリハリを得て、曲は多様性を増したのである。おそらくカーリー・ショッケール解散以来、はじめてリズム・セクションとして、音のやり取りが生き物のように音楽に直結し得た経験ではなかろうか。音楽には様々な解釈が可能であるから、そのどれひとつをも否定されるべきではない。しかし、多様性は最大限に認められるべきであって、何かひとつの表現方法に固執する事は、そのひとの音楽に取ってマイナスである。だから、平板なリズム・パターンや、特定の解釈を堅持するひとの演奏にはイキが詰まるし、すぐ飽きる。それはそれとして、その人のその時のありようを表している。だから、アクセントは一拍目にありますと言い切るひとの伴奏をするときには、そのようにしてあげれば、その人らしい、平板で退屈な音楽が出来上がるというわけだ。それが、その人に対する正しい伴奏のあり方である。演奏が終わった後、DEN師匠と、その京都のひとと三人でその印象について話してみたのだが、やはり意見は一致した。サンバは、もっと全体が動いて、絡み合って、そして歌がある。そりゃそうだ。世界の混血音楽だもん。整然としたものであるはずがない。

Posted at 12:29 午前     Read More  

















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