現代の作戦機に、空中給油能力は不可欠といえる。


1986年4月15日。同月2日のギリシャ上空におけるTWA機爆破事件、5日のベルリンにおけるディスコ爆破事件と立て続けに起きたテロの背後でリビアが手を引いていると断じたアメリカは、トリポリ・ベンガジ・ベニナ空軍基地攻撃作戦、「オペレーション・エルドラド・キャニオン」を発動した。

この作戦ではイギリス・RAFレイクンヒース駐留の48TFW(当時)所属のF-111Fがトリポリ攻撃の主力として参加したが、フランスやスペインが領空の通過を認めなかったため、攻撃隊はイベリア半島を大きく回り込み公海上空を飛行、ジブラルタル海峡経由でリビアまでの往復を余儀なくされた。片道の飛行距離は約5,100kmにも達し、往路4回、復路2回の空中給油を実施する必要があった。トリポリ攻撃隊の機数は29機。これに対し、アメリカ本土より派遣された空軍の主力空中給油機・KC-135、新鋭KC-10の機数は28機。片道長駆7時間のミッションを支えるべく、燃料を満載した給油機群の第一弾は1836(グリニッジ標準時)、RAFミルデンホールの滑走路を蹴って空中に飛び出した。

・・・数千km、長いものでは1万kmを超えるものもある旅客機の航続距離に比べ、小形の戦闘機・攻撃機の燃料搭載量は限られており、また経済性を重視している旅客機の大バイパス比ターボファンエンジンに比べ、相対的に燃費の悪いターボジェット、中・低バイパス比ターボファンエンジンを持つ戦闘機・攻撃機の航続距離は(ミッション形態や兵装搭載量、これらに密接にリンクしている飛行高度や速度により大きく変化するので一概には言えないが)千km台に過ぎず、無給油大陸横断などは到底不可能、アメリカ大陸の西部―東部間の相互飛行でさえも途中で給油が必要となる。

従って、日本に展開している米軍の作戦機が本土との間を行き来する場合は、途中で何度も給油をすることになる。もちろん、陸上に降りることができればそれに越したことはないので、途中ハワイ・グアムに降り立ち給油や整備、パイロットの休憩を行うのが一般的だが(アメリカ西海岸―ハワイ間は設定されている航空ルートとしては世界最長の無着陸飛行距離となる)、その各コースの着陸ポイント間においても途中で給油が必要となる。これを飛行しながら行うのが空中給油である。


1988年8月、嘉手納空軍基地にアプローチするテキサス州カーズウェル空軍基地・7BW/7ARS(第7爆撃航空団・第7空中給油飛行隊―当時)のKC-135Aストラトタンカー。このように、極東の基地にも本土部隊所属の機体が頻繁に降りてくることからも、空中給油は特別なミッションではなく日常の作戦行動だということがわかる。KC-135は1954年初飛行の老兵だがまだ500機程度が現役にあり、後継機の計画もなかなか進まないのであと20年程度は現役に留まらなければならない。

機体尾部に見える翼のついた鞘のようなものが空中給油用のフライング・ブームで、給油時は斜め下方に垂れ下がり、そこに受油機が取り付いて給油を受けるのである。機体後部の2つの突起のうち、右側の大きな方に給油ステーションの窓があり、ブーマーと呼ばれる給油オペレータが狭い室内で腹這いになってブームを操作している。


空中給油はまた、足の短い作戦機の航続距離を補うという以外にも、飛行ルートと時間が予め決まっている旅客機にはあり得ない、上空で旋回しての空中哨戒(Combat Air Patrol―CAPと呼ぶ)において滞空時間を延長する場合にも有効な手段である。「哨戒」であるから、敵の出現まではいつ果てるとも知れない待機を上空で円を描きながら繰り返すことになる。この場合長くて1時間ほどの滞空時間が切れる毎に基地に戻っていたのでは非効率なことこの上ないし、哨戒に穴を開けないためフライトをラップさせなければならず所要の機体、ひいては人員も増えてしまう。空中で給油ができれば哨戒時間はパイロットの生理的限界まで延長することができる。

戦略爆撃機の場合、空中給油は単純に航続距離を伸ばすという他にも重要な目的がある。飛行機はみな最大離陸重量というものがあり、この制限を超えると離陸ができないが、これは兵装搭載量と燃料搭載量のトレードオフの関係になっているので、爆弾をたくさん積むと燃料が入れられないというジレンマに陥ってしまう。初期の戦略核爆弾は極めて大型かつ重量のあるものだったので、最大離陸重量をクリアしようとすると燃料が心許なくなる。

この制限、上空に上がってしまえば問題はないので(つまり、離陸する時のエンジンの負担は極めて大きい)、まず巡航高度に上がれるまで+αの最小限の燃料を入れて離陸し、上空で満タンにする手順が必須となるのである。この用法は、核爆弾の小型化が進んだ1960年代以降、今度は大量の通常爆弾を抱え、ジェットエンジンには厳しい高温環境下での作戦となるベトナム戦争でも定石となった。実はこれにはもう一つ、「魔の11分間」と言われるほど事故の確率が高い離陸時に、ただでさえ爆弾満載なのに万が一墜落などで大量の燃料に火がついて大爆発!となるのを避ける意味合いもある。

もう一つ、オモロイ空中給油の使い方を紹介しよう。現在は退役してしまった有名な戦略偵察機、SR-71ブラックバードは、実験機を除いて最高速度マッハ3.3の性能を持つ世界最高速飛行機としても知られているが、すでに大気圏の上層になる巡航高度24,000mにおいても、これほどの高速で飛行すると大気との摩擦熱で機体表面の温度は数百度に達してしまう。このため、同機の外板は耐熱性の高いチタン合金で造られているが、いかにチタンといえども熱による伸縮は避けられず、地上とマッハ3.3での状態では全長が数センチ伸び縮みすると言われている。

機内の燃料タンクは一般的な機体外板の内側がタンクを構成するインテグラルタンクだが、高温状態でシーリングが完璧になるような構造となっており、地上では若干のすき間が空いている(!)。このため地上や離着陸、低空低速での飛行時には常時少量の燃料が漏れている(!)という恐ろしい状態になっており、安全上の見地からやはり離陸時には最小限の燃料でとりあえず上がり、上空で満タンにするという運用を余儀なくされていた。なお、もう半分は宇宙船ともいえるような何から何までスペシャルな同機は、燃料も通常の空軍機が使用するJP-4(ワイドカットガソリン系)とは異なり常温ではほとんど気化しないJP-7を使用しており(SR-71専用・この燃料、普通に火をつけても着火しない)、空中給油機も専用の機体となるKC-135Q/T型を使用しなければならない。なお、SR-71は膨大な維持費がかかるため1990年に退役してしまったので、現在KC-135Q/Tは主にF-117の給油・支援を担当しているようである。

戦術的には上記2つのミッション形態はまったく異なるもので別項として書いたのだが、回りくどい言い方をしなければ、空中給油は飛行機をより遠くまで飛ばすことができ≒より長い時間で飛ばすことができるという、要するに同じ事になる。

実験的な空中給油は1920年代からアメリカをはじめとした航空先進国で行われていたものの、多くは実用化の見通しもないデモンストレーション的なものに止まっていた。本格的な開発が行われるようになったのは、第2次大戦終結直後のことで、陸軍から独立間もないアメリカ空軍が太平洋戦争後期の主力爆撃機であるB-29とその改良型であるB-50を使用して、ホース式の試験を行っている。これは先端に錘をつけたホースを受油機が受け取り、給油口に差し込むという非常に原始的な方式で、実用性には難があったため、空軍は新たな効率的な方式を開発する必要に迫られた。その結果考案されたのが、現在アメリカ海軍はじめ世界各国の空軍で採用されているプローブ・アンド・ドローグ式である。

これは給油機の尾部に漏斗の形をした器具をつけて、これにつながっているリールに巻いた給油ホースを伸ばして受油機の受け棒(プローブ)に差し込むというものである。こちらも当初B-29に装置一式が取り付けられて試験が行われた後、実用化のメドがたったため引き続きB-29/B-50をベースに給油機が開発されることになった。これが世界初の実用空中給油機、KB-29/KB-50である。

一方、空軍とボーイング社は、プローブ・アンド・ドローグ式とは全く異なるさらに洗練された方式を考案・開発、やはりB-29を使用して試験を行うこととなった。これが現在主にアメリカ空軍で採用されているフライング・ブーム式である。これは給油機の尾部に垂らすことのできる伸縮可能なパイプ(ホースではない)を取り付けたもので、先端にはV字形の翼を取り付け、取付基部に設置されたステーションからオペレータが操作して自由に動かすことができるようになっている(すなわち下に垂れ下がった凧のようなもの)。これで狙いを定め、受油機側の給油口(リセプタクル)にブスリ!と差し込むのである。こちらも結果が良好であったため、同方式を採用した給油機はKB-29Pとして採用されることになった。

こうして、世界の兵器開発をリードするアメリカにより、ほぼ同時期に2つの方式が並列で実用化されてしまったため、互換性のない両方式が後に空中給油を採用することになった各国空軍、さらにアメリカ空・海軍自身を惑わすことになってしまった。もちろん、両方式にはそれぞれ一長一短があり、各国ともおおかた国情に合った方式を採用しているが、互換性がないだけに、インターオペラビリティの面から不釣り合いな多数派同盟国の採用方式に合わせざるをえない事例も存在する。

両方式の相違点・得失は以下の通り。

プローブ・アンド・ドローグ式

給油機固定・受油機が動く方式

ユーザー・アメリカ海軍、ロシア空軍、その他大多数の空軍

メリット

 機構が簡便・既存の機体にもボルトオンで取付可能

 後にポッド式も開発され、戦闘機や攻撃機のアルバイト運用も可能

デメリット

 燃料移送量が小さい

 機体を積極的に動かす必要があるので、受油機が大型機の場合は向かない

 受油機側プローブの取付位置の自由度が小さい(パイロットから視認できる場所にないとだめ)

フライング・ブーム式

受油機固定・給油機(ブーム)が動く方式

ユーザー・アメリカ空軍、イスラエル空軍、オランダ空軍等(空自もこちらを採用予定)

メリット

 燃料移送量が大きい

 お互いの機体を積極的に動かす必要がないので(大まかに位置を決めたらブームで調整)特に受油機が鈍重な大型機の場合にはこちらが必須

 受油機側給油口の取付位置の自由度が大きい(機体レイアウト上必ずしも機首やパイロットから見える場所にある必要はなし)

デメリット

 機構が複雑になる・特に給油機は専用の仕様が必要

このように、片方のメリットは片方のデメリットと裏返しの関係になっている。結局のところ、大形かつ専用の給油機を多数整備するのが不可能な海軍はじめアメリカ以外の空軍ではほとんどがプローブ・アンド・ドローグ式を採用し、システムが大掛かりになるフライング・ブーム式は長い間アメリカ空軍の専売特許であった。また、あらゆるシステムに言えることだが、一度構築してしまうと乗り換えるのは難しくなる。このため、規模でいえばフライング・ブーム式を採用しても良さそうなソビエト空軍は、当初導入したウイング・トゥ・ウイング式(翼端から小形のパラシュートをつけたワイヤーを伸ばし、給油機の翼端にあるリングに引っかけ、このリングにつながっているホースをたぐり寄せる方式)を試行した後、結局プローブ・アンド・ドローグ式で整備してしまい、現在に至るまでそのままになってしまっているし(伝統的に防空戦力が主で長距離の航続力をアメリカほど必要としなかった、また適当な給油機がなかったという事情もあるように思う)、太平洋を横断するアメリカ海軍機に給油を行う空軍の給油機がプローブ・アンド・ドローグ式のアダプターを取り付けなければならないなどの不便(これについては後述)が生じることになってしまった。

KB-29Pは燃料搭載量の不足が早くから指摘されており、輸送機ベースの搭載量の大きい給油機の開発に迫られることになるのだが、当時はまだ大形ジェット旅客機の黎明期、給油機のベースになる適当な機体もなく、まとまった数があって無理矢理取り付けてみたのはなんとレシプロの4発輸送機、C-97。この機体、もとをたどればやはりB-29で、爆撃機の胴体に縦にもう一つ胴体をくっつけた複殻構造の飛行機である。後に派生型として旅客機のB377"ストラトフレイター"も製作されたが、正面からみるとまるでヒョウタンのような形。この正面形状と、コクピットを覆う多数の平面ガラスから「ガイコツ」とあだ名されていた(見てきたようなことを書くが、もちろん管理人はこんな飛行機見たことはない)。フライング・ブーム式は大掛かりとはなるが、スペースさえ生み出せればなんとかなるので、ここに本格的な空中給油機、KC-97が誕生した。

これが当時最新のジェット戦略爆撃機、B-47、さらに現在も活躍するB-52とコンビを組んだのだが、やはりレシプロ機とジェット機では巡航速度があまりに違い過ぎ、KC-97に合わせたのではジェットの受油機が失速してしまい、すべての移送ポンプをフル稼働しても数十分を要する給油時間中、結合し続けることはできないという問題に直面した。ジェットの補助エンジンを取り付けたりと対策を講じてみたものの充分な対策にはなりえず、このため水平飛行ではなく、両機が結合した状態で緩降下しながら給油を行うという、サーカスのような給油形態を採るハメになってしまった。この飛行方法を木製のソリ遊びになぞらえて、"TOBOGGAN"方式という。今にして思えばなんともトホホな話である。その後、1957年に現在も約500機が現役にあるジェット空中給油機、KC-135の配備が開始され、戦略爆撃機への給油任務は同機に引き継がれた。もちろん、巡航速度はB-52と足並みを揃えることができたので、TOBOGGAN方式は過去のものとなった。


先日厚木基地で撮影中、遠く北の空を横切って行ったKC-135R。嘉手納空軍基地・18WG/909ARS(第18航空団・第909空中給油飛行隊)の機体で、横田に着陸態勢を取っており脚が出ている。直線距離では恐らく10kmを超えていると思われる遠さだが(すなわちこの写真は大トリミング)、厚木からでもこんな写真が撮れるんだ〜とびっくりした次第。

KC-135は将来の給油機と民間旅客機のジェット化を見越してボーイング社が自社資金で開発し、1954年7月に初飛行したモデル367-80、通称ダッシュ80をその原形とする。ジェット化の黎明期にあって広大な市場が開けているとはいえ、このような大型の機体を自費で開発とは大きな掛けでもあるが、ボーイングの目論見通り空軍はこの提案に興味を示し、わずか3カ月後の10月には話がまとまり、ここに初のジェット空中給油機、KC-135が誕生した。製作にあたっては、モデル367-80から胴体直径を30.5cm太くするなどの改良が加えられ、ほどなくして発注の来た民間形の707はさらに10cm胴体が太くなった。このため、KC-135を707の軍用機形という表現は厳密には間違いである(そもそもKC-135の方が先にできたので)。707の軍用形にはC-137という制式名称が与えられており、有名な大統領専用機、エアフォースワンの先代ほか、政府高官の専用機として採用されている。KC-135は1995年9月には正式契約が結ばれ、1956年8月に初飛行、生産形の部隊引き渡しは1957年6月に開始された。以降、1962年2月に最終機が引き渡されるまで、計732機が生産された。

KC-135はB-52ストラトフォートレスに対する「ストラトタンカー」というニックネームが表す通り(メーカーがボーイングで同一のためだが)、当初B-52と一体不可分のパッケージとして存在価値があったのであり、全機がSAC(Strategic Air Command・戦略航空軍団)に所属し一部が空中給油航空団を構成した他は爆撃航空団に配備された。上に挙げた7BW/7ARSの機体もそうである。

フライング・ブームは前述のようにボーイング社が開発した独自のテクノロジーだが、当初は高速用と標準用の2種類の仕様が用意されていた。しかし、高速用が低速用も兼ねることから、高速用が標準装備となっている。V字のブーム翼には高速用を表す「HIGH SPEED BOOM」の文字が書かれている。燃料タンクは通常の旅客機と同じ主翼内に加えて、旅客機では貨物スペースとなる胴体下部にも前後に分けて配置され、最大燃料搭載量は200,000ポンド(約91トン・JP-4常温換算で30,769ガロン/11万6615リットル)に達する。機体尾部に取り付けられた給油ブームの最大燃料移送量は1,000ガロン(3,790リットル)/分。しかし上には上がいるもので、B-52の最終形であるG/H型は最大燃料搭載量約4万8,000ガロンと、KC-1351機では満タンの6割ちょっとにしか腹を満たせられない。しかも、燃料移送量1,000ガロンということは、KC-135の全燃料を移送しようとしたら4つある給油ポンプをフル稼働させても30分を要する計算になる。

就役以来間もなく半世紀を迎えようとするKC-135だが、1980年代よりいろいろと近代化が進められてきた。一番大きなものがエンジンの換装で、オリジナルのA形が装備するターボジェットエンジン、J57-P-59Wからジェネラル・エレクトリックと仏スネクマ社の共同開発によるCFM56ターボファンエンジンとしたKC-135R形が現在では主流である。嘉手納の909ARSもR型装備部隊となっており、タイトルカットの376SW時代(1988年撮影)に撮影されたA形と比べエンジンポッドが太く、短くなっているため明瞭に区別できる。R型はエンジンの燃料消費が新設計の大バイパス比ターボファンとなったことで劇的に減少し、その分を給油に回すことができるようになり、およそ能力で言うとA型に比べ50%増したと言われている。

空軍は全機をR型に改修するつもりだったのだが予算の関係で約400機に留まり、残りはエアラインの707から取り外したJT3Dターボファンエンジンを取り付け、E型となった。JT3Dは後にTF33-PW-102の軍用制式名称が与えられている(CFM56の軍用制式名称はF108-CF-100だが、あまりこの名称で呼ばれることはない)。中古エンジンながら、こちらもA型に比べおよそ20%の能力アップが図られた。E型は約160機が改修され、主にANG(州空軍)およびAFRES(空軍予備役)部隊で使用されている。

また、KC-135最大の欠点であった、基本的にプローブ・アンド・ドローグ式に対応していないという問題も(フライング・ブームの先端にアタッチメントとしてドローグを取り付けることになる これは上空では取り替えができないので、地上でどちらかに決めたら異種方式の受油機には給油できない)、KC-135Rに対してこの両翼端にイギリスのフライト・リフュルリング社が開発したMk32Bドローグホースリールユニットを取り付ける工事が行われ、両方の方式で同時に給油が行えるようになっている。


空中給油が戦後実用されるための大きな動機となったのは、ソビエトに核攻撃を行う戦略爆撃機の航続距離延長手段としての側面が大きい。北極圏を越えてソビエトの懐深くまで飛行するためには、いかに燃料搭載量の多い大形戦略爆撃機とはいえ途中で給油の必要がある。というわけで、KC-135の開発・導入は当時の戦略航空軍団(SAC―Strategic Air Command)が主体となって行われたものだが、もちろん戦略爆撃機のみならず、戦闘機・攻撃機など戦術機に対しても航続距離・滞空時間の延長による空中給油のメリットは計り知れない。

1950年代、当時はまだ戦闘機が空を飛んで日常的にトランスパック(太平洋横断)どは思いも寄らない時代で、本土とヨーロッパ、極東の行き来には船舶による海上輸送が当たり前であった。1959年に空軍のデモンストレーションチーム、サンダーバーズが極東ツアーを実施したが、使用機のF-100Cには給油装置が装備されていなかったため、機体は当時板付基地配備、18TFW所属のF-100D型にサンダーバーズの塗装を施して、パイロットのみが輸送機で来日したという記録がある。

現在でも給油装置を持たない機体は海上輸送しか方法がないわけで、1997年に空自のデモンストレーションチーム、ブルーインパルスが渡米した際は使用機のT-4は当然給油装置を持っておらず、パイロットも給油訓練など受けていないため、木更津港からサンディエゴに船で運ばれた。なぜ木更津が積み降ろし地に選ばれるのかというと、木更津は埠頭に隣接した陸上自衛隊木更津駐屯地にジェット機も離着陸可能な滑走路を備えているためで、他にも完成品を購入したE-2Cなどは背面のロートドーム(レーダーの大きな円板)を取り外した状態で木更津で陸揚げされて、整備を受けた後配備基地の三沢に向かっている。なお、F-4EJやF-15Jといった空自戦闘機の最初の数機はアメリカ本国製の完成品を輸入したものだが(大半は三菱重工でのライセンス生産)、これらの機体はアメリカ空軍のパイロットが空中給油を行いながらフェリーしてくる。ただし、日本では空中給油装置は航続距離を伸ばし周辺国に脅威を与えると国会で槍玉にあがったため、現状ではすべて撤去されている(現在では給油機の導入が進められている―後述)。

1950年9月、有名なF-86セイバーと並び、朝鮮戦争でも活躍した初期ジェット戦闘機の代表作、リパブリックF-84Eサンダージェットに給油プローブを取り付けた1機がKB-50やイギリス空軍のアブロ・ランカスターなどから空中給油を受けながらの無着陸大西洋横断に成功、この成功が戦術機の空中給油の有用性を広くアピールすることとなり、次のモデルであるF-84Gに対して給油装置が本格的に取り付けられることになったが、この時に装備されたのはリセプタクルであった。しかし、当時は戦術航空軍団(TAC―Tactical Air Command)はローブ・アンド・ドローグ式の普及を目論んでいたので、後に同機は両翼端のタンクにプローブを装備して方式を転換した。これはタンクの先端に管を取り付けた本当に単純なものだったが、機構も本当に単純で、機内での燃料移送システムがなかったため、当該タンクに溜めることしかできず、左右のバランスを取るために給油中2度ほど差し替える必要があったという。こちらも負けずにトホホな話である。

導入の初期においては、TACは簡便な方式であるプローブ・アンド・ドローグ式に固執し、場合によっては空軍内で戦略機と戦術機の2方式に分裂する情勢となった。しかし、SACがそう決めてフライング・ブーム式の給油機を大量に整備してしまえば、既成事実として多数派に合わせざるを得ない。本来移送量の大きい機種のみに想定されていたフライング・ブーム式だが、受油機側としては戦術機に適用するのにあたってさしたるデメリットもなく(機体を新規開発する際にはコミで設計しなければならないが、前述のように上面なら位置の自由度は大きい)、空軍内で方式を統一した方がメリットも大きいため、TACが一歩譲るような形で、F-84の後退角翼を採用したマイナーチェンジモデルであるF型、サンダーストリークは再びリセプタクルを装備した。

しかし、それでもTACとしてはプローブ・アンド・ドローグ式が忘れられなかったようで、再び振り子は逆に振れ始める。続いて登場したF-100番代の戦闘機、いわゆる「センチュリー・シリーズ」は最初のF-100スーパーセイバーがC型以降で固定式プローブを、F-101ブードゥーはリセプタクル、F-102デルタダガーは装備がなく(フェリー時のみ脱着式の固定式プローブを装備)、(F-103は欠番)F-104スターファイターも当初はなしで後に固定式プローブを装備、F-105サンダーチーフはプローブとリセプタクルの両方(併設は唯一の例となる ここが戦術機における両方式の分水嶺であった)、F-106デルタダートでリセプタクル(当初未装備)と目まぐるしく変わり、ベトナム戦争の時代に突入していく。次世代を担うF-4ファントムIIは出自が海軍機ながら、空軍仕様とされたC型でリセプタクルを装備したが、時代は1960年代初頭、ここに至って揺れ動いた振り子はようやく収まることになり、空軍における(主力機の)空中給油の方式はようやく統一を見たのである。しかし、この現在から見ればきら星のごとくオールスターメンバーが活躍したことで、空軍の給油機の運用は1960年代を通して煩雑を極めたのであった。


ノースカロライナ州シーモアジョンソン空軍基地・68ARW/911ARS(第68空中給油航空団・第911空中給油飛行隊―当時)のマクダネルダグラスKC-10Aエクステンダー。ご覧のように民間機のDC-10-30-CF(コンビ形―客貨両用機)をベースに開発された機体で、コストを抑えるため極力DC-10の仕様が流用されており、その共通部分の割合は88%にも達する。採用された順番に形式番号が振られてゆく軍用機で、DC-10の軍用型がKC-10とはまたよく偶然に合ったものだと思うが、当時C-10を越えていた輸送機の番号を、DC-10の採用を見越して作為的に欠番にしていたのは有名な話である。

同機は下に掲げるように機体尾部にKC-135とは異なる仕様のフライング・ブームを持つほか、KC-135が装備しなかった海軍機向けのドローグを尾部右側に当初より装備、アタッチメントを必要とせず給油ができるようになった。

KC-10はKC-135の後継機のように説明されることが多いが、約800機が生産され現在でも約500機が活躍するKC-135に比べ、その生産機数はわずか60機。10分の1強では代替などとても無理な話である。戦略爆撃機への給油を第一義の任務とするKC-135に対して、KC-10は1970年代初頭、ATCA(発達形給油/貨物航空機)計画の名の下に、同じく1970年代に構想されたRDF(Rapid Deployment Force―緊急展開軍)の指定戦術機部隊をサポートするための給油・輸送機として導入されたものであり、機体に随伴する整備クルーや支援機材を搭載して一体的かつ迅速に展開するために貨物スペース(DC-10の客席部分)の最大搭載量は約76.6トンと、約38トンのKC-135に対してちょうど2倍のペイロードを持つ。この辺りは元がワイドボディの旅客機ならではの特長である。これだけ搭載して3,800海里(7,040km)を、貨物無しでは1万海里(18,500km)を飛行することが可能。

また、肝心の燃料だが、主翼タンクに加え床下に3つのタンクを持ち、合計の燃料搭載量は35万6,000ポンド(約160トン・JP-4が常温で5万4,769ガロン/20万7,575リットル)にも達する。こちらもKC-135の約1.8倍の量である。参考までに旅客機のジャンボジェット・ボーイング747-400の最大燃料搭載量は31万8269ポンド(約144トン・JP-4常温換算で4万8,964ガロン/18万5.575リットル)。余談だが、747は貨物形のF型がATCAの候補機として、DC-10と採用を争った経緯がある。燃料タンクは大型の機体のトリムを維持するために相互に燃料の移動が可能で、自機使用・給油用の区別はないため、給油を行わなければ航続距離は伸びるが、多数の機体に給油を行えば短くなる。

KC-10は1981年にルイジアナ州バークスデール空軍基地の2BW/32ARS(第2爆撃航空団・第32空中給油飛行隊)に配備されたのを皮切りにカリフォルニア州マーチ空軍基地の22ARW/9ARS(第22空中給油航空団・第9空中給油飛行隊)、写真の機体の68ARW/911ARSと3個航空団に配備された。構想では戦術機部隊―TACの戦闘機と一体で運用されるはずの機体にもかかわらず、すべてがSAC配下の航空団となっている。この点では構想の異なりほどKC-135との相違は見られず、実際の運用でも結局の所KC-135と込みで運用されている。もちろんRDF―これを発展させた中央軍の指定展開部隊に対する支援任務はKC-10の担当なのだが(現在でも有事の運用は部隊ごとに指定が決まっているはず)、平時に嘉手納や横田で見ていれば両機がどのように使い分けられているかを判別するのは難しい。この辺が「KC-10はKC-135の後継機」と誤解されるゆえんである。その後、冷戦終結に伴っての部隊配置の移動などがあった後、1994年にはニュージャージー州マクガイア空軍基地の305AMW(第305航空機動航空団)とカリフォルニア州トラビス空軍基地の60AMW(第60航空機動航空団)の東西両海岸に集約され、1機が事故で損耗したため総機数59機で太平洋・大西洋横断を行う軍用機のサポートを行っている。

KC-10Aのフライング・ブームを展開したところ。空中で受油機のパイロットからは左の写真のように見えているはずである。給油管自体は大部分が白い「鞘」の中に収まった状態となっており、ここからさらに伸びて下方に占位した受油機のリセプタクルに差し込まれる。ブームは機体と同じくマクダネル・ダグラス社(現在はボーイング社に吸収合併)製で、V字形の翼を持ちロール制御を行うKC-135と異なり、水平・垂直尾翼でピッチ・ヨー制御を行う方式。また動翼の制御はフライ・バイ・ワイヤ(ワイヤーなどの物理的手段によらずデジタル信号により油圧アクチュエータを駆動する方式)となっている。ブームの最大燃料移送量は1,100ガロン(4,170リットル)/分。KC-135が1,000ガロンだから1割方能力が向上している(1,500ガロン/分とする資料もある)。ブーマーのステーションは付け根前方の箱形の突起で、KC-135のやっと1人が入れる狭い腹這いのスペースから格段に広くなり、椅子に座って快適に作業ができるようになった。また、座席は本ブーマー用の他に予備の2席が用意されており、教官や訓練生が座っての訓練が容易になったほか、KC-135で小さな窓をブーマーと奪い合うようにしていたカメラマンからも撮影が格段にやりやすくなったと好評である。ブーム付け根の右隣にサージャント・フレッチャー社製FR600形ドローグ給油装置が取り付けられているのが見える。ドローグを使用した場合の移送量は470ガロン(1,786リットル)/分(空軍の公表データ サージャント・フレッチャー社のFR600形という形式名は600ガロン/分の能力を表しているので、こちらも数値が2割方食い違っている)。また、後に20機に対してはこの他両翼下にKC-135Rと同じくフライト・リフュルリング社のMk32Bドローグホースリールユニットを追加装備、胴体尾部と合わせて3機一度に給油が行えるようになっている。

戦術機が本土―極東・ヨーロッパ間を飛行する場合、大型の空中給油機が随伴するのは燃料の補給だけが目的ではない(もちろんそれが最大の任務だが)。一般的にINS(慣性航法装置)も気象レーダーも持たない戦闘機や攻撃機にとって、長いときでは8時間ほどにもおよぶフェリー飛行時間中これらの航法機材が充実している大型機がそばについているのは大変心強いことであり、フェリー途中で戦闘機がトラブルを起こした時などは、給油機が複数いる場合は1機が付き添って引き返したり最寄りの飛行場まで誘導したりすることもある。空母キティホーク搭載の第5空母航空団所属機が本国との間で機体交換などを実施したとき、来日する機体を撮影しようと待ちかまえていると、到着直前に西の空に大型機の機影が望めるはずだ。カリフォルニアからホーネットを長駆エスコートしてきたKC-10は日本の陸地上空に進入する直前、編隊と別れ横田を目指す。空軍の機体であるKC-10が海軍基地の厚木に降りることはなく、上空で何度となく十数メートルの距離で会話を交わしたホーネットのエビエータとKC-10のブーマーが会うことはない。

現在、空軍の給油機はKC-135とKC-10の2機種だが、500機からあるKC-135に対しては後継機の話がなかなか先に進んでいない。空軍はボーイング767の給油機形をリース契約で2006年から導入する予定であったが、導入スキャンダルで空軍・ボーイング社双方に逮捕者を出すような事態になっており、当面767給油機形の導入は白紙に戻ってしまった。一方、エアバス・インダストリー社もA330給油機形を従来より各国に提案しており、このチャンスを逃さずに米空軍へ売り込みをかけている。このような主力機の採用に関してアメリカ製以外の機体が選定されるということは従来まずありえない事態だが(数少ない採用例にハリアーがある)、適当な候補機も他になく、能力的には767を若干上回るとも伝えられているので、エアバス社製の米軍主力給油機が誕生する可能性もある。


アメリカ空軍機のリセプタクル6態。左は小型の戦術機の例で、上は2004年10月に来日したサンダーバーズの予備機、F-16D。背中の中心線上、ほぼ前後の中央に設けられている。F-4ファントムII(空軍形)シリーズやステルス戦闘機として有名なF-117もこの場所である。下は嘉手納18TFW(現18FW)のF-15Cイーグルで、中心線上にリセプタクルがない機体の代表的な例。フライング・ブーム式は一定の場所に占位してしまえばあとは給油機側のブーマーがやってくれるので、上面ならどこにあろうと構わないのである。もちろん左右中心線になくても問題はないのはおわかり頂けるだろう。最新の次期主力ステルス戦闘機、F-22ラプターもF-15同様翼の付け根部にある。上中は韓国水原空軍基地・51TFW/25TFS(現在は51FW/25FS・鳥山空軍基地に移動)のA-10AサンダーボルトII。戦術機にしては珍しく機首に装備している。これは同機が1970年代後半に開発された機体としては異色の昼間攻撃機と割り切った設計で、レーダーや火器管制装置を機首に装備していないために可能となった配置である。F-4をはじめF-15、F-16などではここにはレーダーが入っているのでリセプタクルを組み込むことはできない。スペースの制約がなければいかに受け身とはいえ、ここに装備できるに越したことはない。

残りは大型機の典型的な例で、下中はKC-10。上で紹介した機体とは違い、初期に施されていた青白の塗装に身を包んだ機体で、とても軍用機とは思えないエアライナー然とした姿が美しかった。F-14やF-106と並んで管理人の大好きな機種の一つである。私的な感想は置いといて、空中給油機でもリセプタクルを装備するのを意外に思われるかもしれないが、例えば深く侵攻する際、給油機の給油機を用意して接ぎ木のように攻撃隊の足を伸ばして行くケースもあるための装備である。 大型機は大体操縦席上、オデコの部分についている。右上のC-141Bスターリフター、右下の空中警戒管制機、E-3Aセントリーも同様。C-141はA型ではリセプタクルを持たなかったので、B型で新規に取り付ける際はスペースがなく、このように張り出しをつけざるを得なかった。フライング・ブーム式のデメリットが出た典型的な例。わかりにくいが、リセプタクルの前にはブーマーが位置合わせをしやすいように参照線が引かれている。最新の中型輸送機、C-17グローブマスターIIIもここ。B-52はもう若干後ろの頭頂部の辺り、逆に可変翼爆撃機、B-1や「エアフォースワン」こと大統領専用機、C-25は窓の前の機首部に来る。

ここまで見てきて、なぜ傾向として小型機は背中、それもかなり後ろの方で大型機は機首なのだろうかという疑問が生じたと思う。空中給油というのは重量のある液体の移送作業で、空中で飛行機の重量バランスを崩す行為である。慣性マスの大きく、しかも増えたり減ったりする燃料のタンクはおおよそ機体の中央・重心の近くにあり、配管を短くする・また重心のバランスを崩さないためには前後の中央にある方が都合がいい。従って、戦闘機のリセプタクルの位置は理想的な配置である。ではなぜ大型機はそうでないのかというと、給油により重量が増えると失速速度が上がってくるため、同一速度で飛び続ければ失速を防ぐために迎え角を大きく取る・すなわち機首を上げた姿勢になって行く。もし重心位置を支点にしてやじろべえのように機首を上げていったら・・・恐らく機首は給油機の尾部に接触してしまうだろう。そうでなくても小回りのきかない大型機同士があまり接近しすぎるのは好ましくなく、1cmでも離れた方が安全に違いない。このような理由で、大型機のリセプタクルは機首に設けられているのである。

なお、大型機でもトリムの維持が難しいSR-71、全翼ステルス爆撃機B-2は(要するに珍妙な格好の飛行機)、コクピットのかなり後方にリセプタクルを設置している。SR-71の場合は作業が進んでくると、本当にアップアップになってくる。通常推力では姿勢の維持が困難なので、給油中にアフターバーナーに点火しなければならないのだが、SR-71のキャノピーガラスは高度24,000mを飛行するため高価な特殊仕様となっており、凍結防止の熱線の封入が左側に限られており、同機にとって「低空」である領域では右側が凍ってしまい視界が確保できない(24,000mに上がってしまえば水分がないため凍ることはない)。このため、給油中のアフターバーナーは左側にのみ点火し、機首を右に振るようにと決められている。こういった手順は専用機のKC-135Q/T型と、特殊取扱いを熟知しているクルーでないとこなすのは難しい。


一方、アメリカ海軍は主力が艦上機で、KC-135のような大型ジェット機を空母から飛ばせるわけではないので、必然的に搭載がある程度大型の機体に限られるフライング・ブーム式は難しい。こちらも空軍とほぼ同時期より手持ちの機体にプローブ・アンド・ドローグ式を組み合わせて給油機の実用化を図ったが、ガス欠が死に直結する可能性の大きい海軍の機体はある意味空軍以上に空中給油システムが必需の装備となってくる。

当初給油機として用意されたのは、これまたソビエト本土攻撃用の大型核爆弾を搭載するために開発された重攻撃機、ノースアメリカンAJサベージ。陸軍から独立したばかりでフロンティア精神旺盛のアメリカ空軍と、戦略核攻撃任務をどちらが担当するか争った結果、敗退し失業したつぶしの効かない大型機の有効な再活用法だったのである(海空軍の戦略核攻撃に対するイニシアチブ=予算争いと未完空母ユナイテッド・ステーツ、そして悲劇の初代国防長官、ジェームズ・フォレスタルの物語は、また日を改めてフネ編でやろうと思います)。

サベージはレシプロ機だったが、その後にやはり重攻撃機から転身したダグラスA3D(後のA-3)スカイウォリアはジェット機で、その大搭載量と小型のエセックス級空母からも運用できる柔軟性の高さでベトナム戦中を通して活躍した。しかし、長崎型核爆弾、Mk3の落とし子ともいえる重攻撃機を改造した給油専用機というジャンルが老朽化してくると、大型の機体をベースとした給油機は望むべくもない。次にベースとなったのは中型の主力艦上攻撃機、グラマンA-6イントルーダーで、最初のモデルであるA型にプローブ・アンド・ドローグ式の装備を取り付けたKA-6Dとして、各空母航空団のA-6を装備する中攻撃飛行隊に3〜4機機が配備された。これが艦隊配備給油機の決定版となる。


厚木基地に着陸する空母ミッドウェイUSS Midway CV-41搭載のA-6飛行隊、VA-115イーグルス所属のKA-6D。同隊はKA-6Dを最初に受領した飛行隊として知られる。90機がA-6A(とA形から改造されたA-6E)から改造されたKAタイプは、攻撃機形からレーダーと爆撃航法装置を撤去したものの武器類は搭載可能で、昼間攻撃機としては使用できるが、実戦で攻撃機として使用されたことはなく、運用上も純粋に給油機として想定されていたようである。後部胴体下面に見えるのが給油ドローグで、内部にはサージャント・フレッチャー社製FR400形ホースリールシステムを設置、400ガロン/分の給油能力を持っている。1リットルでも多く燃料を携行したい給油機であるKA-6DはAero-1D・295ガロン増槽を5カ所すべてのパイロンに装着するのが標準的なコンフィギュレーションだが、写真のように中央胴体下パイロンsta.3には増槽に代えてD-704バディキットをぶら下げることも多かった。これは内蔵給油装置の故障に備えてバックアップとして取り付けているもので、もちろん2つを使用しての同時給油は不可能だが、D-704自体にも300ガロンの燃料を搭載できるので増槽搭載時に比べ搭載量が減少することはない。
KA-6Dのドローグ部分アップ。この機体もD-704を取り付けている。写真ではわからないが、筒の上部にスタンバイ/給油ランプがある。側面にある穴の開いたパネルは展開して空気抵抗で減速するエアブレーキ。ただしA-6はわかりにくいが上の写真に見る通り、翼端にも上下に開くエアブレーキがあるのと、トリム上の問題があり早々に機能しないように塞がれ、写真の機体もパネルとして残っているだけである。なお、新造のA-6Eでは最初から付いていないので(穴が開いていない)、ここを見ることでこの機体はA-6Aから改造されたことがわかる。KA-6Dは攻撃機形と区別するために後部胴体(尾翼の前)に青色の帯状塗装を施している。


一方、設備の整った空母艦上で運用される海軍機と違い、陸海空で常に自立戦闘能力が求められる海兵隊は自前の大型給油機を保有することとし、1958年に世界各国で使用されている戦術輸送機の傑作、ロッキードC-130ハーキュリーズの空軍用最初のモデルであるA型を借用しドローグセットを取り付けてテストを行った後、次のモデルであるC-130Bをベースにした給油機形、KC-130Fを1958年度より導入した(1962年のアメリカ軍用機命名法改正以前はGV-1という形式名称であった)。海兵隊は尖兵として上陸作戦で先陣を切り、常に最前線に展開しなければならず、至れり尽くせりの設備や他軍の支援を当てにはできない。このため、多少不整地の滑走路でも離着陸でき、頑丈で最小限の支援機材しか必要としないターボプロップのKC-130を保有しているのである。

海兵隊の戦闘・攻撃機は基本的に海軍機と同じ機種を使用しているため、給油方式はプローブ・アンド・ドローグ式で、左右主翼の下にドローグホースリールユニットを各1個ずつ持ち、同時に2機に給油ができる。同機は通常の主翼内タンクの他に機内カーゴスペース内にコンテナ式燃料タンクを設置しているが、このタンクを降ろせば純然たる戦術輸送機としても使用可能で、これらのメリットを生かして下に掲げるように(細かな仕様は異なるが)中堅空軍でも採用例が多い。実際の所、大型給油機としてはもっとも手軽で使い勝手のいい機体と思われる。難点は航続距離が比較的短いのと速度が遅いことだが、アメリカ空軍ではそれを逆手に取り、特殊戦用機であるMC-130、救難機HC-130にドローグホースリールユニットを装備し、特殊戦/救難ヘリコプターの給油母機としても使用している。ただ、いずれにしても攻撃隊に随行するエスコートタンカーとしては使えず、部隊展開や機体交換でトランスパックを行う時などは、給油任務は空軍の機体が担当することになる。

なお、海軍では1961年から翌年にかけ輸送機型のC-130F(旧称GV-1U)を7機導入、その後は戦略原潜への超長波通信中継機や南極観測支援機など特殊用途のモデルを少数導入し、1991年以降は最新型、C-130Tを毎年数機ずつ調達して輸送部隊に配備しているが、こちらは当初より「K」のつかない純然たる輸送機形で、あくまで要求される任務の違いに忠実な、そのこだわりに驚かされる(ただ、給油機型と輸送機型の仕様変更は前述のように簡単なので、すぐに給油機仕様にすることは可能)。


VMGR-152スモーズ所属のKC-130F。専用の大型給油機を持たない海軍に比べ、指揮系統上は下にある海兵隊はなぜか自前でこ〜んな大きな給油機をもっており、普天間のVMGR-152をはじめ4個飛行隊を編成している。まさに「ICBM以外はなんでも持っている」と言われる海兵隊の面目約如な話である。カーゴスペース内のコンテナ式燃料タンクの容量は2万4,480ポンド(約11.1トン・JP-5が常温で3,600ガロン/1万3,644リットル)、これらを加えたKC-130Fの燃料総量は6万6,190ポンド(約30トン・JP-5常温で1万183ガロン/3万8,594リットル)に達する。KC-130Tはさらに容量が大きくなり、9万304ポンド(約41トン・JP-5常温で1万3,280ガロン/5万331リットル)となっている。写真の機体は1961会計年度発注分のシリアル149807で、KC-130Fの24号機目に当たるが、撮影時の1988年でもすでに「14万番代、古〜!」と驚いたのに多分今でも現役。そのタフさには驚くばかりである。海兵隊のKC-130は最初のモデルであるF型が46機、改良型のR型が14機、T型が24機、さらに最新のJ型に至っては現在も調達が続けられているという驚くべきロングセラーなのである。 油圧を失ってホースが伸びきり、地上に垂れ下がった給油ドローグ。KC-130Fの両翼下に吊り下げられたサージャント・フレッチャー社製FR300形給油装置のもので、空軍のドローグが完全な円錐を描く、バドミントンの羽根のような成型品であるのに対して、海軍のものは裾を布でつないだだけで、風圧で膨らんでいないときはグニャグニャになっている。これが空中では漏斗となって、受油機のプローブにかぶさるようにして接続するのである。なお、KC-130のドローグホースリールユニットはポッド・パイロンごと取り外すことが可能で、輸送機型への転換に際してデッドウエイトが最小になるように配慮されている。


このように、当初は機体に装置を取り付け、半ば専用機として別に用意していたのだが、搭載機数の制約もある空母艦載機としては攻撃能力のない機体は1機でも減らしたいところ。そこで海軍は、翼の下に取り付けるポッド式の空中給油装置を開発したのである。

サージャント・フレッチャー社製の初代空中給油ポッドはD-704形といい、増槽に似た形状の中にタンクや給油ポンプ、ホースリールなどを組み込み、尾部にイソギンチャクのようなドローグが仕込まれておりこれを伸ばして給油する仕組み。先端部には装置が使用する機器の動力を自力でまかなえるように発電機を駆動するラムエアタービンのプロペラがついている。俗に「バディキット」とも称されるこのポッドはA-6イントルーダー、また給油機型のなかったA-7コルセア、A-4スカイホークに取り付けられ、攻撃飛行隊の全機が即席で給油機に早変わりすることができるようになった(戦闘機には搭載例はない)。これによって運用の柔軟性も増し、トータルの攻撃力もアップすることになったのである。


攻撃機形のA-6Eの中央胴体下パイロンsta.3に搭載されたD-704バディキット。同ポッドは直径31インチ(約79センチ)、長さ202.5インチ(約514センチ)、200ガロン(約760リットル)/分の給油能力を持つ。ストックの写真を改めて見返して見たら、ほとんどのA-6攻撃型がD-704をぶら下げていた。 ミッドウェイの格納庫甲板に置かれていたD-704を見る。左側はドローグが収納されている尾部。給油スタンバイと給油中を表示する赤と緑のランプが見える。右は先頭部サイドカバーを外したところで、ラムエアタービンのプロペラは赤い安全カバーで覆われてしまっているが、ハイドロリック・リザーバーシステムと呼ばれるジェネレータ部の機構がわかる。アメリカ海軍以外でもA-4を保有する中小国空軍で使用されたが、米軍でも海兵隊はKC-130による給油一本槍で給油ポッドは一切使用しなかった(ベトナム戦中に海軍のA-6飛行隊不足を補うため派遣任務で空母に展開した際にはKA-6Dを保有したことがある)。


D-704はその後改良を加えた新形のA/A42R-1にとって替わり、専業の給油機を保有しなくなったアメリカ海軍では唯一の空中給油機材として、各空母航空団に配備されている。なお、これら給油ポッドは初代D-704以来一貫してアメリカのサージャント・フレッチャー社で開発・製造されており、現在は英・独・伊共同開発戦闘機、パナビア・トーネード用にもモデル28-300-48116という名称でポッドを生産している。この他内蔵給油ドローグセットシステムも、海兵隊のKC-130をはじめ上記のKC-10用、新たに給油ポッドを搭載するようになったKC-135用、またアメリカ以外の空軍向けに中古の旅客機、ボーイング707を改造したB707 T/T給油機用などを生産しており、同社は空中給油機材の最大手となっている。なお、ロシア空軍の装備する給油システムは前述のようにプローブ・アンド・ドローグ式で、外見上これらの機材と同様なものと推察されるが、メーカーなどは不明である。

左翼下パイロンにA/A42R-1給油ポッドを取り付けた空母キティホークUSS KittyHawk CV-63搭載のVS-21、ファイティング・レッドテイルズのS-3Bバイキング。A/A42R-1の燃料搭載量は301ガロン、給油能力は220ガロン/分と若干向上している。単なる増槽と異なり、配線や電気接点が必要なバディキットの搭載位置は決められており、S-3の場合は左翼下となる。VS-21も2004年に解散し現在では見ることができない(正式な書類上の解散は2005年に入ってから)。なお、S-3の給油プローブは操縦席キャノピーの中央上部、眉間の位置にあり、他機種とは異なり一直線の棒が前方に伸びてくる独特のスタイル。ジェット艦載機の中で一番足が遅いのに引き込み式というのが不思議である。
さて、1960年代初期就役のA-6のなかでも、特にA-6Aが原形のKA-6Dは老朽化と、上記で説明したような運用効率化の徹底のため1990年代初期には攻撃機形より一足早く退役していった。順当に行けば給油任務を引き継ぐのはA-6のオリジナルモデルである攻撃機のはずだが、こちらも1990年代半ばには先が見えており(A-6退役の事情についても冷戦終結や後継機計画であるATA/A-12アベンジャーの開発キャンセルなど長〜い別項が書けるのだが、本題から外れるのでここでは触れない)、結局空母任務部隊の「空飛ぶガソリンスタンド」を引き受けたのは対潜哨戒機、S-3バイキングであった。

同機は冷戦終結に伴うソ連/ロシア潜水艦の急激な減勢により1990年代半ばには存在意義は著しく低下、くどいようだが狭い空母上に遊んでいる機体を置いておく余裕はないため、生き残りを図るべく通常型爆弾や対艦ミサイルを搭載して限定的な攻撃機分野に進出、部隊の名称も「対潜飛行隊」から「海上制圧飛行隊」と実態に即して変更(VSの「S」がanti SubmarineからSea control/anti Submarineを意味するように)されたが、同時期にやはり艦隊防空専業で攻撃能力をほとんど持たないF-14が空母を降り始め、なんでもこなすF/A-18の割合が増えたことにより無理にS-3を攻撃機として使うでもなくなり、末期は実質的に給油部隊と化していた。そして、F/A-18E/Fスーパーホーネットの配備に伴いS-3最大の任務となってしまった給油任務も同機へ引き継ぎがれることになったことから退役が進んでおり、恐らく2005年中には空母艦上から姿を消す予定である。

同機は機内に4人が搭乗することができるほかスペースも広く、他用途への転用も容易なため、対潜機としては用途がなくなってしまった同機には多用途機US-3A(地上基地と洋上の空母間の人員・軽荷物輸送などを担当)、電子戦機ES-3A、給油機KS-3Aなどのバリエーションが計画・改造されたが、KS-3Aはプロトタイプ1機が改造されたのみに留まっている。対潜機として高速性より中低速域での燃費を優先して製作された同機は巡航速度が他の戦闘・攻撃機より遅く、攻撃編隊に随伴できるエスコート・タンカーとしての使用が不可能なため、給油ポイント―会合点を定め、そこで待機して給油を行うオーバーヘッド・タンカーとして運用されていた。この辺りの制限も、ホーネットに給油任務を担当させる要因になったと思われる。


2003年11月からキティホークの第5空母航空団に搭載されているVFA-102、ダイヤモンドバックスの新鋭F/A-18Fスーパーホーネット。S-3の退役に伴い給油任務を担当するようになり、写真の機体も胴体中央部パイロンにA/A42R-1を搭載している。F-4、F-14装備戦闘飛行隊の流れをくむ花形部隊としては初の付与任務で、主役メカの格には不釣り合いなアルバイト任務だが、これが海軍が進めているマルチロール化というもので、運用効率化のため単能機は淘汰される運命にある。2004年9月にスーパーホーネットの単座形であるE形に転換したVFA-27、ロイヤル・メイセスも11月よりポッドを携行した姿が目撃されており、給油任務はスーパーホーネットの2個飛行隊が担うことになったものと想定される。なお、この写真では右翼端のsta.11にAIM-9L/Mサイドワインダー、その隣のsta.10にAIM-7Mスパローと2種類の空対空ミサイルを搭載しており(どちらも模擬弾)、何がしたいんだかわからない形態ではある(威力給油とでも言うのか?)。


F-14の退役による戦闘機専業部隊の廃止など、海軍は大胆な改革や戦力の再構成を進めており、ついに空中給油までホーネットに担当させるようになったのである。ホーネットは基本タイプにSHARPと呼ばれるADS-12偵察ポッドを搭載することで偵察任務も担当(海兵隊はすでにC形で機首にカメラを搭載した偵察機形を運用中)、さらに電子戦機EA-6Bプラウラーを代替するEA-18Gグロウラーの開発も進んでおり、艦載機はこの先ホーネットとそのバリエーションモデル一色となる。この先10年ほどのスパンで見てみると、JSFと呼ばれる3軍統合運用戦闘機であるF-35の就役後は、艦上機は基本的にF-18系とF-35、早期警戒機E-2Cの3機種となり、大幅な効率化が図られる。これほど機種の統合・削減が実現したのはアメリカ海軍の歴史上初めてのことである(趣味的にはやだけどサ)。


海軍/海兵隊機の給油プローブ6態。左上・中央上はF/A-18Aホーネットで、F-14トムキャットもほぼ同じ配置。右上はF-4SファントムIIで、超音速戦闘機はすべて引き込み式で給油時のみ展張する方式となっているが、故障で開かないとガス欠で墜落してしまう。これに対し、空気抵抗にそれほど神経質にならなくても良い遷音速(ギリギリ音速を超えるかどうかの領域が最高速度の)機は固定式となる。左下はA-4Mスカイホーク。A-4は初期のモデルではまだ給油装備が取り付けられていなかったため、最終形のM型に至ってもいかにも後付け然とした造りだが、当初一直線に伸びていたプローブはパイロットから見えにくいためにクランク状に曲げられた。このように、受油側が動かなければならないプローブ・アンド・ドローグ式はプローブの先端が視認できなければ話にならない。かつてイスラエル空軍のF-4Eファントムは、元がアメリカ空軍機ながらプローブ・アンド・ドローグ式に合わせるため、背中のほぼ中心にあるフライング・ブーム式のリセプタクルから配管を伸ばし、まるで曲がった物干し竿を背負うようにコクピットの前までむりやり持って来ていた。一番視認性が良いのがA-6、EA-6プラウラー(下中)シリーズのキャノピー前に角のように突き出した形状で、これはアイデア賞もの。給油システムが一般的になってから開発されたA-7EコルセアIIは、写真のE形のようにキャノピー下に半埋め込み式ともいえるミミズ腫れ状のプローブを装備。後端部を軸として円を描くように展張する。洗練された引き込み式と遷音速機ゆえの外部丸出しの折衷案ともいえる構成である。なお、A-7は空軍に採用されたD型があるが、こちらは右翼の付け根にリセプタクルを設置している。


さて、ここまでアメリカ空軍・海軍・海兵隊の給油機の歴史をざっと概観してきたのだが、ほとんどアメリカ・イギリス独占であった給油機も現在は各国空軍に導入が進んでおり、以前からKC-135を運用してきたフランス空軍(アタッチメント取付でプローブ・アンド・ドローグ式として運用)をはじめ、以下のような導入例がある


フランス空軍  KC-135(新造・アメリカの中古) ブラジル空軍  ボーイング707(KC-137)KC-130
イギリス空軍  VC-10・トライスター アルゼンチン空軍  KC-130
ロシア空軍  イリューシンIL-78MツポレフTu-16 チリ空軍  ボーイング707(KC-137)
イスラエル空軍  ボーイング707(KC-137 )KC-130 コロンビア空軍  ボーイング707(KC-137)
オランダ空軍  KDC-10 ベネズエラ空軍  ボーイング707(KC-137 )
オーストラリア空軍  ボーイング707(KC-137) ペルー空軍  ボーイング707(KC-137)
ニュージーランド空軍  ボーイング707(KC-137) カナダ空軍  KC-130
トルコ空軍  KC-135(アメリカの中古) インドネシア空軍  KC-130
スペイン空軍  ボーイング707(KC-137)KC-130 イラン空軍  ボーイング707(KC-137)
イタリア空軍  ボーイング707(KC-137) サウジアラビア空軍  KE-3・KC-130
シンガポール空軍  KC-135(アメリカの中古)KC-130 モロッコ空軍  ボーイング707(KC-137)

赤字はフライング・ブーム式  イスラエル・ベネズエラにはフライング・ブーム式装備の機体もあり

旅客機のボーイング707は先進諸国のエアラインからはほぼ引退したが、それだけ中古機市場には豊富に流通があるため、同機ベースの空中給油機を中小国空軍が積極的に導入しているのが近年の傾向である。特に南米各国空軍の導入が目立つ。ほとんどが翼にポッドを装着しただけの簡便なプローブ・アンド・ドローグ式だが、特筆すべきなのがオランダ空軍のKDC-10で、これもエアラインから引退した旅客機形のDC-10を転用したものだが、KC-10と同様のフライング・ブームを取り付けている。2機のみの保有とはいえ、中堅空軍にしては豪華な装備である。近年フライング・ブーム式の導入が続く背景には、ベストセラー戦闘機として各国に採用が広がるF-16の存在がある。これだけ普及していながら、F-16にはボルトオンで取り付け可能なプローブを装備した例がまだないのだ。フライング・ブーム式給油機を導入した空軍はみなF-16のユーザーである、サウジ空軍はこの法則から唯一外れるが、同空軍は世界でアメリカ、イスラエル、日本と並んで4か国しかないF-15ユーザーである。空中給油パイオニアの一つであるイギリス空軍は、長らく運用されてきたビクターK.2が老朽化のため退役した後、従来からのVC-10 K.3/K.4と輸送機兼用型のC.1K、またBAからリタイヤしたトライスターを改装して使用している。いずれも同空軍が頑強にこだわるプローブ・アンド・ドローグ式である。

また、金にものを言わせて数々の高級装備を買いあさる中東産油国では、サウジアラビアが新造の707規格のフライング・ブーム式タンカーを導入しているが、これはKC-135を名乗らずに、当時生産ラインにあった空中警戒管制機、E-3セントリーの便宜上の給油機形ということで、唯一KE-3という制式名称を名乗っている。もちろん、エアフレームが同一という意味で、この機体自身に警戒レーダー/航空機の管制能力はない。さらに驚くのがイランで、かつて本当に何でも買いあさっていたパーレビ王朝の時代に、なんと747の給油機形を導入したことがある。今はどうなってるんだか・・・ここに記したのは固有の給油機(輸送機)だが、この他にも前述のように給油ポッドを使用した事例として、ドイツ空軍(トーネード)、シンガポール・ニュージーランド空軍(A-4)などがある。

大型機と小型機の「ポッド」の違い

右に見るように、近年は中古のボーイング707の翼に給油ポッドを取り付けて、安価に給油機の導入を図る例が多くなってきているが、ここでいう「ポッド」はA/A42R-1などの「給油ポッド」とは本質的に異なるということを理解しておかないと、混乱を来すおそれがある。

アメリカ海軍の機体、すなわちKA-6DやS-3Bなどのいわゆる戦術機(飛行機としては小型)が装着するポッドは、胴体や翼下のハードポイントやパイロンといった搭載金具に取り付けるものであり、分類でいえば爆弾やミサイル、増槽と同じ外部搭載物となる。これらは機体とは関係なく個別のグッズとして運用されるものであり、敵に遭遇した時など身軽になるために空中で投棄することも可能である。

これに対してベースが旅客機や輸送機など大型の機体の場合、ポッドは作りつけで機体(翼)に装着されるものであり、金具を介して取り付ける外部搭載物ではない。それはもはや機体の一部であり、もちろん投棄などできない航空機の機体そのものとなっているのである。

元祖ジェット給油機であるKC-135をはじめ、大型旅客機がベースになっていたり、開発上兄弟モデルであったりする機体は、実質的には給油/輸送機というのが実態である。どんな給油機でも、機体の断面いっぱいにタンクが入っているわけではない(私も子供の頃そう思っていたが、そんな液体を胴体に目一杯詰め込んだ飛行機はどうやっても最大離陸重量をクリアすることができないだろう)。上半分、というより3分の2は空間になっているので、ここに座席やカーゴスペースを設置して輸送機としても使用できるのである。イギリス空軍のVC-10/C1は要人輸送にも使用される機体だし(現在は王室や元首の外遊などにはBAの機体を使用するようである―別項も参照されたい―)、多くの707中古モデルやオランダのKDC-10は客室窓もそのままで、アッパーデッキはほぼ旅客機仕様のままであると推察される。中堅空軍には空中給油機を導入することで、輸送機として使える保有機が増えるのも魅力のひとつだ。

戦力でいえば世界有数の空軍と言ってよい空自は、現在給油機を保有していない。「専守防衛」という建前の下で、数々の不合理な足かせを自らに課している自衛隊だが、給油機も同様で、航続距離の延伸により他国への渡洋作戦を可能とし、侵略への懸念を与える、そのような攻撃的手段は持たないと1973年に当時の田中内閣が見解を示して以来、導入について公然と語られることは原子力潜水艦や空母の保有などとともにタブーとなっていた。F-4に続いて1970年代後半、F-15が次期主力戦闘機に選定された時も、再び保有論が高まったが結局田中内閣の見解は踏襲され、計画は葬られた。それだけに留まらず、戦闘機各機に装備されている受油装置を取り外しさえしたのである。

しかし、ここでややこしいのは、装置自体は確かに取り外したものの、機体外板の給油口はそのまま残されており、装置自体を搭載すれば受油装置はすぐに復活できるのである。その後内外の情勢の変化により、空自に対しての空中給油機保有についてはタブーではなくなり、その保有について積極的に議論されることが多くなった。そして、2001年度〜2005年度を対象期間とする中期防衛力整備計画において、空中給油機4機の導入が決定したのである。

現在空自が保有する機体の中で、受油装置を備えている(復活可能)機体はF-4EJ/EJ改、F-15、F-2、B-767AEW。基本的に米軍で使用されている機種が共通仕様ということで取り付けられているが、F-16ベースとはいえ実態はオリジナルの機体であるF-2に、F-16と同じ位置に受油装置のプロビジョンが当初から設置されているのが興味深い。すでに訓練は実施されており、空自のF-15が初の海外展開としてアラスカに出向いた際に、空中給油を実施したのが公開されている。

現在では新給油機は2006年度に最初の1機が引き渡される予定だが、機種や配備基地については検討中とされている。旅客機の中古などはハナから眼中になく、米軍保有の最も新しい給油機であるKC-10もベースのDC-10の生産がすでに終了しているので、導入済みの空中警戒管制機と同じくボーイング767ベースの新造機となる予定である。767は前述のように米軍のKC-135後継機としても想定されているので、装備の共通化という面でもメリットは大きいが、米軍の方は767の採用は白紙に戻ってしまった。自衛隊の武器調達については米軍の装備一辺倒の傾向が強いので、恐らく日本は767採用の線を捨てることはないと思われるが、よもや本家米軍がA330給油機形を採用したのに空自は767という前代未聞の事態もあり得るかも・・・いずれにしても受油側が皆アメリカ空軍機なので、装置はフライング・ブーム式が必須となる。新造でフライング・ブーム給油装置を備えた機体というのはアメリカと一部金満産油国以外に世界には例がない。各国に遅れてやってきた日の丸タンカーだが、こちらも他国垂涎の贅沢な装備になるようである。


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