観閲終了後、観閲部隊・観閲付属部隊の各艦は東に向け180度回頭、合わせて西側に向けて回頭した受閲部隊の展示訓練に参加する各艦と再びすれ違う形になる。付属部隊から見た「しらね」と「きりしま」の動き。驚くほど小さな半径で回り、一つ間違えたら簡単に衝突しそう!これでも速力マークは原速のままで、その操艦技術の確かさにため息・・・。(24日)
回頭する「きりしま」と、手前を横切る我々の「あさゆき」直後の「ちはや」。直後の艦がほぼ真横に見えるのだから、これもいかに回転半径が小さいかの証左となろう。上甲板にも艦橋上にも乗艦客が鈴なりである。(24日)
同じく回頭する「ちはや」。頑張ってます。ガブッてます。左端にゴミのように写っているのは観閲を終えて展示訓練までロイタリング中のUS-1。(24日)
回頭を終え体勢を立て直す観閲艦「しらね」。海自最初のヘリコプター搭載護衛艦である「はるな」級に続き、1972〜76年に策定された第4次防衛力整備計画、いわゆる「4次防」で計画されたDDHで、1980年3月就役した。基準排水量5,200t、就役以来第1護衛隊群直轄艦として護衛艦隊の頂点に君臨し、観艦式では常に観閲艦を務める・・・が、意外にフットワークは良く、体験航海などのローカルイベントでもよくその姿を目にすることができる。(24日)
「しらね」に続いて回頭を終えた「きりしま」。どうです、まさに「艨艟」という言葉がふさわしい堂々たる出で立ちではありませんか!同艦が属する「こんごう」級はアメリカ海軍のイージス駆逐艦、アーレイ・バーク級をタイプシップとしており、艦型も似ているが、同級がステルス性を重視して棒マストを採用するのに対して「こんごう」級は昔ながらのラティスマストを持ち、艦橋構造物も1層分高くなっており、海自らしい造形の煙突も相まって全く違う印象を受ける。やはり艦橋構造物が城郭のように大きかった旧海軍の高雄形重巡に似ているとも評され、単なる工業製品に過ぎない軍艦にも国民性やデザインの伝統が息づいている好例であろう。ちなみに、「こんごう」級は最終艦のDDG176「ちょうかい」が高雄形からその名を受け継いでいる。(24日)
再び受閲部隊とすれ違う形になり、いよいよ展示訓練始め!。まずは護衛艦3隻によるMk42・54口径5インチ砲祝砲射撃。もちろん実弾は込めておらず空砲だが、その音と衝撃の大きさには驚かされる。これでもミリ径に直せば127ミリ、大和形の46センチ砲に比べれば本当に豆鉄砲である。大和の主砲斉射とはいかほどのものであったのか・・・と背筋が寒くなる。射撃を実施するのは受閲部隊第1群の「さわかぜ」、「はたかぜ」、「しまかぜ」の3隻。各艦が同時に前部・後部と交互に5回発射する。Mk42は2世代前のアメリカの駆逐艦、巡洋艦などで標準装備された、砲塔内に装填作業室を持つ有人砲で、最大射程22km、後継のMk45よりも発射速度が速く(毎分最大で34発)対空射撃に有利として海自では1988年就役の「しまかぜ」まで使用され続けた。砲での対空射撃は現代ではキビシ〜と思うが・・・なお、砲の呼称はなぜか前部が51番砲、後部が52番砲と50番代で呼ばれる。(24日)
5インチ砲射撃と交互に、3隻に挟まれた「ゆうぐも」と「ゆうべつ」がそれぞれ4発のボフォース対潜ロケットを発射。このロケットは名称からわかる通り、スウェーデンの重工業・兵器メーカーであるボフォース社が製作した無誘導のロケット弾で、投射距離は3.6km、日本では71式ボフォースロケットシステムという呼称で三菱重工がライセンス生産した。対潜艦としてはふた昔前の装備で、現在では装備艦は残り少ない。すなわち、「くも」級で唯一現役に残っている「ゆうぐも」と「いしかり」、「ゆうばり」・「ゆうべつ」が全てで、これが失礼ながら格違いのDDGに混じってのボフォース要員という意味なのである。射撃はもちろん先導艦を避けて右(海岸側)斜め前に向けて行われ、独特の「バヒューっ!」という音と共に飛んで行く(このページのタイトルカットもご覧下さい)。 (24日)
ボフォース着弾。巨大な青黒い水柱が立ち上がる。5インチ砲以外はすべて実弾を使用するため、実施海面(北緯35度5分・東経139度33分と北緯35度1分・東経139度18分で囲まれた長方形)は事前に立入禁止海域に指定されており、護衛艦「はつゆき」「しらゆき」と掃海艇からなる海面警戒部隊が付近の船舶に目を光らせている。私が過去参加した観艦式(事前訓練・予行も含む)は超悪天候ばかりだったため今回初めて知ったが、意外に陸地が近いことに驚かされた。これなら陸からでも観閲や展示訓練がよく見えるのでは・・・なお、射撃・ロケット発射を行う各艦はマストに赤1色の国際信号旗「B」を掲げているが、この旗は別に「本船は危険物を荷役・運送中」という表示でもある。 (24日)
同じく「ゆうぐも」の前方にボフォースが着弾したところ。 (26日)
観閲時とは逆のパターンで静々と進む観閲付属部隊・展示訓練部隊。位置関係は観閲時とは異なり、北側に展示訓練部隊、250ヤードをおいて真ん中に観閲本隊、さらに300ヤードをおいて南側に我々の観閲付属部隊となる。どの部隊・艦が観閲・展示訓練を一番良く見られるか、今回もネットで議論が白熱していたようだが、自分が観閲付属部隊でしか参加したことがないので多分に主観と偏見に基づいているが、付属部隊が一番まんべんなく見られて楽しいのではなかろうか。200mm以上のレンズがあれば展示訓練も不満なく撮れるが、手前に本隊の艦がいるためにカブる可能性がある。タイトルカットのようにうまく情景として処理できればいいのだが(言い訳、言い訳!)。右寄り手前の我々と一緒に新港埠頭を出たDD152「やまぎり」には、どうやら日本人なら誰でも知っている超有名人が乗っているらしいです・・・ (26日)
次は受閲第2群がそのまま移行した「むらさめ」級護衛艦4隻から搭載ヘリのSH-60Jが発艦。艦隊のワークホースである汎用護衛艦では、我々の乗艦している「あさゆき」が属する「はつゆき」級で初めて有人ヘリコプターを搭載以来(それ以前にも無人ヘリコプター、DASHを「たかつき」級・「みねぐも」級で搭載したことがあるが、トラブル続出で取りやめになった)、次の世代である「あさぎり」級、写真の「むらさめ」級ですっかり運用を自家薬籠中のものとした。対潜水艦作戦において空中からの捜索、攻撃が行えるヘリコプターがあるのとないのでは、その能力に天地ほどの差があるのは言うまでもないだろう。 (24日)
連続シークエンスでどうぞ。2隻目の「きりさめ」から発艦、左舷に逃げて艦尾をかすめるSH-60J。この後4機は反転、1・2番機が本隊の北側、3・4番機が付属部隊の北側に別れ東側に飛び去って行く。なお、ヘリ1機のみ搭載の「はつゆき」級に対して、写真の「むらさめ」級、「あさぎり」級ではスペース上は2機搭載が可能となっているが、ヘリコプターの機数や艦上の余裕などもあり通常は1機のみの運用となる。 (24日)
離艦後「あさゆき」に並行して追い抜いて行く、大村航空基地の第22航空群第124航空隊のSH-60J。同飛行隊は1987年12月1日に大村にて新編された第123航空隊が前身で、1998年3月20日に館山航空基地の第21航空群第124航空隊と部隊番号を交換し、現在に至る。現在海自は館山の第21と大村の第22の2つの航空群にそれぞれ3個(第101・121・123)・2個(第122・124)の飛行隊を保有、陸上部隊である第101航空隊を除いた4個隊で護衛艦隊のヘリ搭載護衛艦に対して搭載機を派遣している。写真の機体は「いなづま」から発艦したもので、三菱重工製の量産2号機となるシリアル8204(最初の2機はシコルスキー社からの部品を組み立てたノックダウン機のため)。 (24日)
艦の間近をかすめて行く、「さみだれ」から発艦したSH-60J。胴体後部に見える黄色いものは曳航式磁気探知装置(MAD―Magnetic Anomaly Detector)。これはロープで海面上に垂らし、巨大な鉄の塊である潜水艦が生じさせる地磁気の乱れを検知することにより海中の潜水艦を発見するためのもので、固定翼の対潜哨戒機、P-3の尾部に伸びている棒状の物も同様である。その前方にある黒い丸のある張り出しはESM(Electronic Support Measure―電子戦用)アンテナ。なお、1991年就役とまだまだ「新鋭」の感があるSH-60Jだが、後継機である同機を若干大型化し能力を向上したSH-60K(旧称SH-60J改)が2002年6月に初飛行、今後順次置き換えられる予定で、今後はますますオリジナルの米海軍形モデルと装備等の共通点は少なくなる予定である。 (24日)
続いては第3群の潜水艦による潜航浮上、いわゆる「イルカ運動」である。先導艦の「なるしお」は浮上したままで航行、続く「あきしお」「ゆきしお」「さちしお」「はましお」の4隻が各2回、急速潜行と浮上を繰り返す。なお、隠密行動を旨とする潜水艦は就役直後のごく短期間を除いて船体に艦名・艦番号などの表記を一切入れておらず、写真の艦も今となっては正確な艦名はわからないが、フィルムの前後の関係から「さちしお」ではないかと思われる。潜行してからの時間があまりなく勢いをつけるのが難しいので、その時その時の調子もあり迫力あるシーンが見られないときもあるが、これはかなり豪快に上がった例。また、アタリをつけていても結構外すこともあるので、このショットを捉えるのは結構難しい。(24日)
続いては受閲部隊では参加しなかった、展示訓練のみの艦艇群による種目が続く。まずは補給艦、AOE424「はまな」(護衛艦隊直轄艦・佐世保)とDE230「じんつう」(舞鶴地方隊第24護衛隊・舞鶴)による洋上補給・ハイライン作業。インド洋で毎日のように行われる作業をデモンストレーションするべく、初めて観艦式で実施された種目で、航行しながら給油ホースを渡して燃料補給を行っている。「はまな」は1987年に引退した、海自初の給油艦であるAO411から名前を継いだ「とわだ」級の3番艦でかつ最新の給油艦。1990年3月就役、基準排水量8,150t。「じんつう」は沿岸警備を担当する最新のコルベット、「あぶくま」級の2番艦で、1990年2月就役、基準排水量は2,000t。所属は舞鶴地方隊第24護衛隊である。後で写真を見てみれば、「じんつう」が結構ローリングしているのが驚き。(24日
洋上補給・ハイライン作業中の「じんつう」と「はまな」の艦橋部分アップ。同色の2隻が完全に重なり合っていて非常にわかりにくいが、上の写真と良く見比べてどこがどちらの艦か判断してください。なお、前述の通り「はまな」が受閲部隊第5群から外れたのは、この2隻で行うハイライン作業を事前に準備する必要があったため。ハイライン作業も海自は得意技として他国海軍には定評があある。 (24日)
続いての種目は、これも初実施の甲板散水とIRフレアの発射デモ。まず「あぶくま」級の6番艦、「とね」(佐世保地方隊第26護衛隊・佐世保)が全身に霧をまとった状態で登場する。これは対NBC(Nuclear、Biological、Cemical)防御と呼ばれるもので、核爆発による放射性物質や、化学兵器による汚染から海水で甲板上を洗浄する作業である。現代の戦闘艦は艦内密閉による完全空調と、艦内の気圧を高くすることによって汚染された空気が侵入しないよう与圧システムを備えており、NBC環境下でも作戦を遂行できるとされる。 (26日)
「とね」が甲板散水を行いながらフレアを発射。これは赤外線シーカーを備えた対艦ミサイルに対して、命中直前で目標を外すためマグネシウムでできた囮の熱源をばらまき、目くらましを行うためのもの。対艦ミサイルによる攻撃というのはかつては夢物語であったが、第三次中東戦争中の1967年10月21日、エジプト海軍のスティックス艦対艦ミサイルによるイスラエル海軍の駆逐艦エイラート撃沈事件で初めて実戦使用され、その後フォークランド紛争でアルゼンチン海軍のエグゾセ空対艦ミサイルによる駆逐艦シェフィールド撃沈でその恐怖が現実のものとなった。以降各国海軍は艦対空ミサイルをはじめバルカン・ファランクス近接防空システムなどの対艦ミサイル防御対策に追われることになる。 (26日)
行き交う「とね」と観閲本隊4隻目のDD107「いかづち」(第1護衛隊群第1護衛隊・横須賀)。 (26日)
お次は散水・フレア展示2隻目のDD123「しらゆき」(横須賀地方隊群第21護衛隊・横須賀)。同艦はネームシップのDD122「はつゆき」と同じ第21護衛隊所属で横須賀を母港としており、外国海軍艦船が来航する折にはホストシップの任につくことも多く、晴海埠頭などでもおなじみの艦である。管理人も晴海での一般見学などでもう何度乗ったかわからないし、思い出も多いフネ。 (24日)
同じくフレアを発射した「しらゆき」。まるで戦場かと見まごうばかりの風景に、思わず息を飲む・・・ (24日)
展示訓練を観閲する「しらね」。内閣総理大臣は艦橋上部、白い幕で巻かれた部分で展示を見ており・・・ヤヤ、いたいた。総理乗艦時はマストに最高司令官が座乗していることを示す紫地に金色の五つ桜が配された内閣総理大臣旗が掲揚される。 (26日)


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