1200、速度を微調整しながら陣形を整える観閲部隊の前方に、受閲部隊が姿を現した。先頭は受閲部隊旗艦であるミサイル護衛艦「たちかぜ」、以降ミサイル護衛艦を主体に構成される第1群、新鋭護衛艦「むらさめ」級で構成する第2群、潜水艦の第3群、掃海母艦と掃海艇で構成される第4群、輸送艦「くにさき」と訓練支援艦「くろべ」からなる第5群、海上保安庁の巡視船「しきしま」1隻からなる第6群の順序で並び12ノットで東航、観閲は北側の観閲部隊主隊と南側の付属部隊の間を受閲部隊が反航する形で行われる。各隊の間隔は観閲本隊と受閲部隊の間が300ヤード、受閲部隊と観閲付属部隊の間が500ヤード。受閲艦艇の甲板上には乗組員が正装で横一列に整列し、観閲官に対し日頃の練成の成果を披露する。自衛艦が1列に並ぶ様は壮観だが、インド洋派遣のローテーションや警戒任務のため艦艇を一定数日本海に常に貼り付かせていなければならないなどの事情から、前回2000年の観艦式に比べれば規模は縮小されている。後方の陸地は真鶴、熱海一帯と思われる。


受閲艦艇部隊の旗艦を務めるのは自衛艦隊司令官の座乗するDDG168「たちかぜ」(護衛艦隊旗艦・横須賀)。海自ミサイル護衛艦第1号、DDG163「あまつかぜ」に続いて1976年3月に就役した2隻目のミサイル護衛艦で、同形3隻のネームシップとなる。基準排水量3,850t。DD118「むらくも」の後任とし護衛艦隊旗艦となり、後部5インチ砲を撤去し司令部設備が設けられた。旗艦と言っても古今東西いろいろな例があり、必ずしも最大最強の艦がその任に当たるわけではなく(アメリカ第7艦隊の旗艦ブルーリッジBlueridge LCC-19、第2艦隊の旗艦マウント・ホイットニーMount Whitney LCC-20のように戦闘艦艇でないという例もある)、海自の場合も多分に古参艦艇の名誉職的なところがある。虎の子のDDGを旗艦に差し出すことができたのは、本来4個護衛隊群に2隻ずつ、計8隻の所要がイージス艦の「こんごう」級4隻の就役により満たされ、最古参の「たちかぜ」が余った(と言っては失礼だが)ことによる。(26日)
受閲艦艇部隊第1群の先頭はDDG170「さわかぜ」(第2護衛隊群第62護衛隊・佐世保)。「たちかぜ」級3番艦として1983年3月就役。基準排水量は前の2隻より100t増えて3,950tとなる。本級が装備する対空ミサイルはRIM-24ターターから発展したRIM-66スタンダードSM1-MR(中射程形)で、イージスシステムを構成する対空ミサイルであるRIM-67スタンダードSM2の基となったもの。発射機は米海軍のミサイル駆逐艦・フリゲイトクラスが装備する単装のMk13で、艦尾に1基が装備されている。本級は就役当時画期的な汎用護衛艦として注目を集めた「たかつき」級に類似した艦容で、もとをたどればアメリカ海軍のミサイル巡洋艦レイヒLeahy級に端を発するいわゆるダブルエンダースタイル(発射機を艦首と艦尾に1基ずつ装備した形態の表現であり、本級はシングルエンダーであるが・・・)となっており、煙突とマストを一体化した形態のマックなど当時の流行を色濃く反映している。また、本艦は海自最後の蒸気タービン推進艦でもある。(26日)
受閲艦艇部隊第1群2隻目はDDG171「はたかぜ」(第1護衛隊群第61護衛隊・横須賀)。2隻からなる「はたかぜ」級のネームシップで、1986年3月就役。基準排水量は4,600t。「たちかぜ」級に比べ主機にガスタービン(ロールスロイスのスペイSM1A×4基で72,000馬力)を採用、実際の戦闘局面に即してMk13発射機を艦首に移動するなどの変更・改良を施しており、当然レーダーイルミネーターも前部艦橋上に移設されたので前方からの経空脅威に対処できるようになった。「たちかぜ」級が発射機を艦尾に装備したのは機構がデリケートで波をかぶるのを嫌ったためと言われており、当級では波よけのため艦首にはブルワーク(艦首を被う一段高くなったカバー)を装備する。また、発射機が前方に移動したため艦尾はヘリ甲板として使用可能となった(格納庫はないため固有の搭載機は持たない)。(26日)
受閲艦艇部隊第1群3隻目はDDG172「しまかぜ」(第3護衛隊群第63護衛隊・舞鶴)。旧帝国海軍最速のタイトルホルダーである駆逐艦「島風」の名を継ぐ「はたかぜ」級の2番艦で、1988年3月就役。基準排水量は4,650t。なお、本艦はMk42・5インチ砲を装備した最後の自衛艦となった。また、従来システムのミサイル護衛艦も本艦が最後となり、以降は防空能力が飛躍的にアップし艦型も大形化したイージス艦の「こんごう」級に移行している。ミサイル護衛艦は汎用護衛艦に比べ建造に高度な技術が必要とされ、第1号の「あまつかぜ」以来全艦が一貫して三菱重工業長崎造船所で建造されてきた。最新の「こんごう」級もこの役割分担は継承されたが、最終艦のDDG176「ちょうかい」は野心満々の石川島播磨重工業の受注工作が実り、初めて同社の東京工場で建造されている。(26日)
受閲艦艇部隊第1群4隻目は古参のDD121「ゆうぐも」(大湊地方隊第25護衛隊・大湊)。こちらも護衛艦史に残る「やまぐも」級の6番艦で、1978年3月就役、基準排水量は2,150t。同級は当時主力艦には例のない、主機にディーゼルエンジンを6基という異例のレイアウトで内外から注目を集めた。また艦の中央部に自衛艦としては初めて対潜水艦ロケット、アスロック(ASROC・Anti Submarine ROCket)の8連装発射機を装備、従来魚雷やボフォース対潜ロケットに頼っていた対潜作戦の能力が飛躍的に向上したが・・・今や風前の灯火となった「くも」クラスは観艦式ではほとんどボフォース要員。なお、本艦は本来海自初のガスタービン護衛艦となるはずだったが、オイルショックによりディーゼル推進とされた経歴を持つ。(26日)
受閲艦艇部隊第1群5隻目は異色の護衛艦であるDE228「ゆうべつ」(大湊地方隊第27護衛隊・大湊)。沿岸警備を任務の主体に置いたいわゆるコルベットで、1984年2月就役、護衛艦では珍しい中央船楼形(艦中央部の甲板が1層高く、前後が低い)のスタイルをしている。この構成は多分に実験的な要素が強かったDE226「いしかり」で採用されたものだが、同艦は基準排水量1,290t、小型過ぎて使い勝手の面で問題があったため建造は1隻で打ち切られ、若干大型化した「ゆうばり」級に移行した。当艦は同級の2番艦で、基準排水量1,470t、「いしかり」に比べ若干大きくなったといってもまだ小型に過ぎ、やはり建造は2隻で打ち切られ、特殊なグループとなってしまったこの3隻は大湊に集中配置、第27護衛隊を構成している。当艦もまあ言ってみればボフォース要員だが、首都圏で見ることができる機会は貴重である。(26日)
潜水艦で構成される受閲艦艇部隊第3群の先頭を務めるのは2003年3月就役と最新の「なるしお」SS595(第2潜水隊群第2潜水隊・横須賀)。艦型をそれまでの涙滴型から艦内スペースが大きく取れる葉巻型に改めた「おやしお」級の6番艦で、最新の解析により水中抵抗は小さく抑えられている。基準排水量2,750t・水中排水量3,600t、武装は艦首に533ミリ魚雷発射管6門を装備する。諸般の事情で原子力潜水艦を持てない海自としては通常動力形潜水艦の性能向上に力を入れており、建造する艦は常に(通常動力では)世界最高水準を独走している。なお、潜水艦の命名基準は潮にちなんだ名称をつけることとされているが、変化がつけにくいために大変覚えにくい。(24日)
第3群の2隻目は「あきしお」SS579(第1潜水隊群第5潜水隊・呉)。すでに退役艦や特務艦への変更も出始めている「ゆうしお」級の7番艦で、1986年3月就役、基準排水量2,250t・水中排水量2.450t。艦型が上記の「なるしお」の葉巻型に比べ流麗な涙滴型をしているのがわかる。武装は同じく艦首に533ミリ魚雷発射管6門。海自の潜水艦は米軍供与の「くろしお」SS501以来アメリカの技術吸収と独自の研究開発により発達を遂げてきたが、艦の寿命は水上艦艇に比べて著しく短い16年と設定されており、会計検査院に無駄遣いと指摘されることも度々あるが、これは金属疲労による耐圧殻圧壊による沈没を避けるため、早めの更新する必要があるのと、独自の技術を必要としながらも限られている建造所に常にワークロードを与え技術を一定の水準に保つ必要があるためと言われている。(24日)
第3群の3隻目は「ゆきしお」SS581(第2潜水隊群第4潜水隊・横須賀)「あきしお」に続く「ゆうしお」級の9番艦で、1988年3月就役、排水量は「あきしお」と同じ。「うずしお」級に続く海自涙滴型潜水艦の第2世代として1980年以来10隻が建造された「ゆうしお」級であるが、前記のような理由によりすでに4隻が除籍、2隻が特務艦―練習潜水艦へと変更されているが、通常退役までの措置としては一度特務艦を経るのが通例のところ、5番艦のSS577「なだしお」だけは2001年6月、早々に除籍されてしまった。なぜそのような措置が取られたのかはここではあえて解説しないが・・・(24日)
機雷戦・掃海艦艇で構成される第4群、先頭の掃海母艦「うらが」MST463に続いての2隻目は掃海艦「やえやま」MSO301(掃海隊群第51掃海隊・横須賀)。潜水艦用の深深度機雷の処分を行うために建造された3隻からなる「やえやま」級のネームシップとして、1993年3月就役した。基準排水量は1,000t、従来建造されてきた300t〜50t弱の掃海艇に比べ一気に2倍以上の排水量となり、掃海「艦」となったが、掃海艦艇というのは磁気機雷の反応による爆発を避けるため船体はすべて木製で造られており、本級は世界最大級の木造船でもある。艦尾にS-7(2型)機雷処分具(黄色いもの)、S-8係維掃海具を装備している。(24日)
第4群3隻目は掃海艦「つしま」MSO302(掃海隊群第51掃海隊・横須賀)「やえやま」級の2番艦としてほぼ同時の1993年3月に就役、基準排水量等要目は「やえやま」と同じ。オール木製といってもまさかエンジンや機関砲まで木で造るわけには行かない。やむを得ない部分は軽金属を使用して、磁気を帯びる鉄で構成された部分をなるべく少なくするのである。「やえやま」級はこの2隻と3番艦の「はちじょう」MSO303がまとめて第51掃海隊に集中配置されている。なお、掃海艦・掃海艇の命名基準は島の名を用いることとされている。(24日)
第4群4隻目は掃海艇「すがしま」MSC681(掃海隊群第3掃海隊・横須賀)。現在も建造が続けられている「すがしま」級のネームシップとして1999年3月に就役、基準排水量は510t。1980年代を通じて建造されたベストセラー、「はつしま」級、さらに同級を若干大型化した「うわじま」級に対して、湾岸戦争後に参加したペルシャ湾掃海の戦訓などを反映し、改良を施したもので、2本煙突が外観上の特徴。近年の高性能機雷に対応してフランス製のPAP104MARKS処分具、イギリス製のTYPE2093機雷探知機を装備する。(24日)
第4群の最後尾となる5隻目は掃海艇「つのしま」MSC683(掃海隊群第3掃海隊・横須賀)「すがしま」級の3番艇で2000年3月に就役、基準排水量等要目は「すがしま」と同じ。当級は現在7隻が就役し、さらに建造が続けられている。草創時、大戦末期に米軍が敷設した大量の機雷を処分する任務を負い全国の港湾で掃海・航路啓開を行った歴史を持つ海自の掃海部隊は、現在ではこれまた機材・練度ともに世界の最高水準にある。海自の国際貢献・海外派遣が叫ばれるとき、真っ先に掃海部隊が対象になるのが、いかにレベルが高く必要とされているかの証である。(24日)
受閲艦艇第5群の先頭は輸送艦「くにさき」LST4003。輸送艦とは言っても海軍では一般に揚陸艦と呼ばれるべきもので、上陸作戦に際しヘリコプターや艦尾に収容されているLCAC(Landing Craft Air Cushion―エルキャックと呼ぶ)により物資や車両、火器を海岸に輸送するのが主な任務。海自では専守防衛の建前から「侵攻」を連想させる揚陸という用語を使うのを嫌い、従来揚陸艦と呼ばれていた名称を1971年4月1日をもって輸送艦に変更、また揚陸艦・揚陸艇を束ねる上位の分類においても1974年9月30日をもって「輸送艦艇」と変更された。本来第5群が当艦と「くろべ」の間に給油艦の「はまな」AOE424が入るはずだったが、後述する展示訓練の演目追加により受閲から準備を行ったのでは間に合わないため、受閲艦艇からは外れている。なお、同艦のメカニズムや搭載車両については10月25日に横浜で取材を行っているので、別項で詳しく紹介する。(24日)
「くにさき」の前部甲板。陸自の車両が多数搭載されているのがわかる。写真左下、艦の側面に筋がついているのは船体内の車両甲板に通ずるランプのドア。余談だが輸送艦の命名基準は半島の名称を用いることとなっており、1番艦・2番艦の「おおすみ」「しもきた」の名称は先代の米海軍供与艦であった揚陸艦と同じで(艦番号も同じでこれは海自の艦船としては異例の措置)、3番艦は先代では「しれとこ」となっていたが再び九州の半島の名前が付いており、鹿児島・大分出身者が多い陸自へのサービス命名かとも思われるが、まさか「ぼうそう」「しゃこたん」は命名されることはないだろう。(24日)
「しらね」と「きりしま」をバックに「くにさき」が進む。後方は小田原の辺りか、だいぶ山が迫った陸地になってきた。(24日)
第5群の2隻目、自衛艦の最後を飾るのはATS4202「くろべ」。1989年3月に就役した新世代の訓練支援艦で、当艦の拡大改良型である今回観閲付属部隊で参加の「てんりゅう」とともに自衛艦隊直轄艦として呉を母港にしている。基準排水量2,200t、マスト基部の4面に装備されたフェイズド・アレイ・レーダーで艦尾甲板より発射される無人標的機・BQM-34ファイアビー、MQM-74チャカの管制を行う。また、当級は「WAVE」と呼ばれる女性海上自衛官が乗り組んでいることでも知られる。(24日)
受閲部隊第6群は単身乗り込んだ海上保安庁の巡視船、PLH31「しきしま」。総トン数7,175t、イギリス・フランスで再処理されたプルトニウムを日本まで輸送するための護衛用として1992年4月に就役した海上保安庁最大の巡視船で、また世界最大の沿岸警備船でもある。35ミリ連装機銃2基、20ミリ多銃身機銃2基の重武装や、ヨーロッパから日本まで無補給で航海できる航続距離を持つと言われる何から何までスペシャルな船で、横浜大桟橋の対岸に見える横浜海上防災基地を定係港としており、一般に目にすることは多いが一般公開はおろか取材が入ったこともほとんどなく、その辺の自衛艦よりもよほどガードが堅いため構造などは謎に包まれている。船尾にはアエロスパシアルAS332L1ヘリコプターを2機(レジスターはJA6685と6686)を搭載するヘリ甲板と格納庫を有する。事前には「やしま」PLH22が参加する予定であったが、直前になって当船に変更された。(24日)
「しきしま」の船橋部分アップ。マスト中段前部には巡視船としては唯一OPS-14二次元対空捜索レーダーを装備するが、これは「はつゆき」級護衛艦と同じものである。言うまでもないが、海上保安庁は系統上は国土交通省に属し、海上防衛ではなく警察活動や海難救助などが主任務となるが、正直な話、海上自衛隊とは犬猿の仲というか、あまり友好的な関係ではない。お役所的なセクト主義というよりも、旧陸海軍にもあった伝統的な集団近親憎悪だが、お互い仲良くやっていきましょうということで、観艦式には必ず1隻が参加する。もちろん、逆に海保の観閲式には毎回海自から護衛艦が1隻参加することになっている。しかし、「しきしま」はトップシークレットというか、海保としては本来あまり表には出したくない船のはずだが、やはり最大最強ながらいつも日陰者という境遇に、たまには晴れの舞台に立たせてやりたいとの親心を感じる今回の変更措置ではあった。(24日
「しきしま」と「きりしま」が洋上ですれ違う。まさに頂上対決というか。夢の最強タッグというか普段はなかなか見ることができない顔合わせ。これが観艦式の醍醐味である。これにて艦艇の観閲は終了。(26日)
次は航空機の観閲が始まる。トップを切るのは厚木から飛来した指揮官機の第51航空隊第511飛行隊所属、UP-3Cオライオン。対潜哨戒機のP-3Cを改造した1機のみ在籍する試験評価機である(Photoなし)。続いて第1群・第2群のシコルスキーSH-60Jヘリコプター各5機が上空を通過。言わずと知れた海自の主力艦載対潜ヘリコプターで、イラクで撃墜が続いてるアメリカ陸軍のUH-60ブラックホーク輸送ヘリの海軍形、SH-60B/Fに近い仕様とし(厳密には同形の民間モデルであるS-70に軍用装備を搭載したものとなる)、三菱重工業でライセンス生産をしたものである。写真は第1群で、館山航空基地の第21航空群所属機。(24日)
第3群はシコルスキーMH-53E掃海ヘリコプター。世界最大級のヘリコプターであるCH-53Eスーパースタリオンに掃海具を搭載したモデルで、最大離陸重量は実に31,650kgに達する。同機は11機全機が岩国航空基地の第111航空隊に所属している。(24日)
第4群は陸上自衛隊のボーイングCH-47Jチヌーク輸送ヘリコプター。恐らく木更津駐屯地の第1ヘリコプター団所属の機体である。ローターを前後に2つ持つ大形のヘリで、日本では川崎重工業がライセンス生産しており、現在基本モデルのJ形が34機、1995年より航続距離の延伸と夜間運用能力の向上を図った改良形のJA形に移行し、現在も生産が続いている。(24日)
第6群は海難救助などに活躍する飛行艇、新明和工業US-1A。旧海軍が世界に誇った飛行艇、二式大艇を開発した川西航空機の後進である同社が開発した対潜哨戒形のPS-1を捜索救難形としたもので、PS-1が離着水専用でタキシング用の車輪しか持たなかったのに対し、離着陸にも耐えるランディングギアを装備し完全な水陸両用機となった。現在19機が在籍しているが、今後は新型のUS−1A改に移行する予定である。岩国航空基地の第31航空群第71航空隊に所属しているが、写真の機体は厚木に分遣隊として配備されているものと思われる。 (24日)
第7群・第8群は主力対潜哨戒機、ロッキードP-3Cオライオン各3機。もちろんアメリカ海軍の主力対潜哨戒機でもあるベストセラー機で、日本では1982年より川崎重工業によりライセンス生産が行われ、1997年までに101機が引き渡された。飛来したのは恐らく厚木航空基地の第4航空群第3航空隊/第6航空隊所属の機体。海面ではすでに「しきしま」の前方の「くにさき」が展示訓練に備えて進路を変更しているが、ディーゼル推進の同艦は煙突から立ちのぼる排気の黒煙がすごい。(24日)
第10群は航空自衛隊の偵察機、マクダネルダクラス(現ボーイング)RF-4Eファントム。戦闘機のベストセラー、F-4ファントムの偵察機バージョンで、戦闘機形が三菱重工業でライセンス生産されたのに対し、偵察形は全機がマクダネルダクラス社製。本家アメリカのRF-4Cは退役してしまったが、日本では戦術偵察機としてのほかに雲仙普賢岳や有珠山噴火などをはじめ、地震など自然災害の被害状況調査・分析などにも活躍する。全機が尾翼のウッドペッカーのマークでおなじみの百里基地の第7航空団第501飛行隊に所属している。平時にはどうしても勢力を減らす戦術偵察機だが(今の時代が平時なのかどうかはともかく)、自然災害が多い日本ではまだまだ需要があるため、当初導入されたオリジナルモデル14機(うち2機は事故により喪失)に加え15機が戦闘機形のF-4EJから改造された。写真手前のシリアル57-6371がこの改修機で、機首の形状が偵察カメラを装備する後ろ2機に比べてバルカン砲を装備する戦闘機形のままになっている。(24日)
第11群は同じく航空自衛隊の主力戦闘機、マクダネルダクラスF-15イーグル。西側世界最強の戦闘機としてアメリカ空軍で使用されているF-15A/Cの空自バージョンで、日本では三菱重工業で単座のJ形が165機、複座のDJ形が48機ライセンス生産された(両モデルの最初の2機はマクダネルダクラス社製)。飛来したのは百里基地の第7航空団第204飛行隊所属機で、手前2機が複座のDJ(シリアルは中央がDJ形1号機の12-8051、左が12-807)、後方の1機がJ形(22-8933)である。(24日)
航空機の観閲後、艦船は展示訓練に向けて180度の回頭を行う。観閲付属部隊先陣の「いそゆき」「はるゆき」。(24日)


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