陸海空3自衛隊が毎年持ち回りで開催する自衛隊記念日関連行事のうち、2003年は海上自衛隊の順番ということで、2000年以来3年ぶりとなる観艦式が1026日(日曜日)に開催された。

1957年の第1回以来25回目となる今回の観艦式の日程は21日の部隊訓練、22日の事前訓練、24日の予行を経て本番となり、その4回すべてに一般の見学枠が用意されているが、24日・26日の一般見学枠として乗艦券応募に当選、両日とも横浜発の護衛艦「あさゆき」に乗艦することができた。ここでは素晴らしい天気に恵まれた海上絵巻と実弾を使用した展示訓練、また普段は目にすることのできない自衛艦のメカニズム、操艦の実際を紹介して行く。

なお、写真説明中各艦艇の所属・要目は観艦式当日―2003年10月26日現在のものです。



平成15年度 自衛隊記念日観艦式

2003年10月26日(日) 相模湾沖にて実施

●観閲官 内閣総理大臣 小泉 純一郎

     防衛庁長官 石破  茂

●実施責任者 海上幕僚長 古庄 幸一

●執行者 自衛艦隊司令官 牧本 信近



式   次   第
リ  ン  ク
横浜出港〜観艦式実施海域まで
This Page!
観   艦   式
展示訓練前編―祝砲射撃〜フレア発射まで
展示訓練後編―ミサイル艇・LCAC航走、爆弾投下、SHフレア発射
帰路第三戦速〜護衛艦の操艦の実際〜横浜帰着



0600過ぎ、高速湾岸線・ベイブリッジ経由で横浜へ。予想よりかなり早く着いてしまったため、新山下ランプで降りて新港埠頭へ向かう途中に山下公園に寄る。大桟橋に停泊しているのは観艦式に参加する輸送艦、LST4003「くにさき」。早く着いたおかげで素晴らしい朝焼けを拝むことができた。「くにさき」の前に停泊している白い船は横浜港を遊覧して食事が楽しめるレストランシップ、「ロイヤルウイング」。(24日)
「くにさき」のアップ。1995年に就役したLST4001「おおすみ」をネームシップとする、同級の現在最新となる3番艦で2003年就役。第1輸送隊に所属し呉を母港としている。(24日)
新港埠頭客船ターミナル岸壁から出港するのはDD152「やまぎり」(第2護衛隊群第2護衛隊・佐世保)、そして我々が今回乗艦するDD132「あさゆき」(佐世保地方隊第23護衛隊・佐世保)。「やまぎり」のアスロックランチャー、76ミリ砲の後ろにランドマークタワーがそびえる。(24日)
「あさゆき」の艦橋。同艦が属するグループの「はつゆき」級は基準排水量2,950t、フォークランド紛争での戦訓を採り入れアルミ製の上構を鋼鉄製と改めた後期建造艦に属する本艦は3,050tで、現在の駆逐艦としては決して大きいサイズではない。艦橋の各装備も現在の主力である「むらさめ」クラスなどに比べるとアナログの機器が多く、時代を感じさせる。手前左寄りに見えるのが操舵機、その奥に艦の速力を指示する速力通信機がある。赤い座席は護衛隊司令席。通常1護衛隊は2〜3隻で構成されるため、司令が座乗するのはその中の1隻となる。今回「あさゆき」は空席。(24日)
「あさゆき」は1983年12月22日住友重機械工業追浜造船所浦賀工場にて起工、1985年10月16日進水。1987年2月20日就役後、第3護衛隊群第45護衛隊(舞鶴)に配属され、以降1997年3月第7護衛隊、1998年3月20日第2護衛隊群第2護衛隊(佐世保)、同年10月16日第23護衛隊(同)に編入され、現在に至る。
両日とも出港予定時刻は予定よりも遅い0857、本艦への乗艦者448名との報告あり。港内を隔て反対側の僚艦「いそゆき」「はるゆき」の動向をモニタで見ながら準備を進める。さあ、出港!「出港よーい!」総員への出港の合図となる出港ラッパが高らかに鳴る。上は艦橋の天井梁に備え付けられている各員のラッパ。
山下公園の対岸、米軍専用埠頭であるノースドック(瑞穂埠頭)に停泊していたオーストラリア・オースタルシップ社の双胴形高速客貨船、ウエストパック・エクスプレス。2000年よりアメリカ海兵隊が長期チャーターしている本船は満載排水量2,500t、主機はディーゼルながら39,000馬力の出力を発揮、ウォータージェット推進により36ノットの速力と最大750トンの積載能力を持ち、兵員や車両などを搭載し太平洋の各地に展開している。(24日)

今回観閲付属部隊第1群として先陣を切るのは「あさゆき」をはじめ「はつゆき」級の3隻で、先頭はDD127「いそゆき」、次位にDD128「はるゆき」、3隻目に「あさゆき」となる。すべて佐世保の第23護衛隊所属で、常日頃から一緒に訓練を行う仲。瑞穂埠頭より先に出港した2隻は観閲の順番とは異なりまず「はるゆき」が先行、続いて「いそゆき」と続いて横浜港内を出、艦橋の無線機からは「はるゆき、ホテルエコーライン通過」、「いそゆき、ホテルエコーライン通過」(HEライン・本牧船舶通航信号所から東に延びる位置通報ライン)との連絡が聞こえてくる。(24日)

艦隊は1列に並んで浦賀水道航路に入る。この時点で横須賀発・木更津発の艦艇も合流し、堂々たる単縦陣で東京湾外を目指す。南行船の行手左側に見える第2海堡のすぐ横を通過。(24日)
前日の23日に入港したアメリカ海軍の空母、キティホークCV-63に随伴していた(はず)給油艦、ユーコンYukon T-AO202とすれ違う。現在米海軍の主力艦隊給油艦であるヘンリー・J・カイザーの14番艦。(24日)
横浜発組は本牧沖を南下、左後方には東京湾アクアライン、右の陸地には横浜プリンスホテル、八景島シーパラダイスなどを眺めつ横須賀沖に近づくと、横須賀発の艦船が大挙出港してくるのが見える。先陣を務めるのは観閲部隊先導艦、DD101「むらさめ」(第1護衛隊群第1護衛隊・横須賀)。(26日)
横須賀発の観閲部隊本隊が「あさゆき」の後ろにつく。直後に見えるのは「むらさめ」、続いてイージス艦のDDG174「きりしま」(第1護衛隊群第61護衛隊・横須賀)、我々の後から出た「やまぎり」、最後に内閣総理大臣が座乗する観閲艦であるDDH143「しらね」(第1護衛隊群直轄)。後方に見える陸地は磯子の一帯。(26日)
浦賀水道航路を抜け、「浦賀水道航路を出る」「UNライン通過」と報告があったところで、東京湾入出港船は東京湾フェリーと航跡が直交する。久里浜発浜金谷行きのフェリー「くりはま」がこちらに向かってくる。各艦の間隔には間に船が縫って行けるだけの距離はない。さて、どうするのか・・・・(26日)
フェリーは「あさゆき」と「むらさめ」の間を通ることになった。海上交通のルールに従い、両船は面舵で角速度を稼ぎ衝突コースを回避、フェリーは再び取舵で戻し、「きりしま」の前を横切ってゆく。フェリー船上の乗船客も一列に続く護衛艦の行列に何事かと見詰めているのがレンズ越しにもわかる。ちなみに24日は「いそゆき」と「はるゆき」の間を通ったため、「はるゆき」が面舵で逃げている。(26日)
観音崎を回り込み、いよいよ外洋に出る。この時点で順番は観閲時の「いそゆき」、「はるゆき」となり、相模湾沖に向かうべく面舵で変針。(24日)
ここで先行していた横須賀発の付属部隊第2群の3隻を追い越す。まず最後尾は訓練支援艦、ATS4203「てんりゅう」。1989年に就役した新世代の訓練支援艦である「くろべ」級の拡大改良型で、護衛艦隊直轄艦として呉を母港に護衛艦の訓練支援に従事している。基準排水量は2,450t、後部甲板には無人の標的機、BQM−34ファイアビー(オレンジ色のもの)が見える。後方に見えている陸地は三浦海岸一帯。なお、訓練支援艦の命名基準は峡谷の名称を用いることになっている。(24日)
続いては掃海母艦、MST464「ぶんご」。1997年就役の「うらが」に続く同級2番艦で、1998年就役、第1掃海隊群直轄艦として呉を母港にしている。基準排水量は5,700tと大きく、機雷の敷設、サイズの小さい掃海艇に対する物資や燃料の補給、乗員の休養などを効率的に行えるほか、後部甲板に世界最大級のヘリコプターである掃海ヘリ、MH-53Eが発着可能で、世界最高の技量を誇る海上自衛隊の掃海能力を支える裏方的存在。なお、掃海母艦の命名基準は海峡の名称を用いることになっている。(24日)
第2群の先頭を飾るのは潜水艦救難艦、ASR403「ちはや」。海上自衛隊初の潜水艦救難艦であるASR401「ちはや」の名を継いで2000年に就役した最新の救難艦で、第1潜水隊群直轄艦として呉を母港にしている。 基準排水量5,400t、船体中央に救難用深海潜水艇DSRV(Deep Submergence Rescue Vehicle)を搭載し沈没した潜水艦より乗員を救出するほか、減圧室などの潜水病治療設備を持つ。2001年2月ハワイ沖で米原潜に接触され沈没した愛媛県の海洋実習船「えひめ丸」の引き揚げ支援にも従事した。なお、潜水艦救難艦・潜水艦救難母艦の命名基準は城郭の名称を用いることになっている。(24日)
続々と東京湾外に出てくる観閲部隊本隊の随伴艦、回頭しているのは「やまぎり」、その後ろにDD153「ゆうぎり」、DD155「はまぎり」(両艦とも第3護衛隊群第7護衛隊・大湊)と続く。上空を飛行するのは護衛艦搭載のSH-60J対潜ヘリコプター。4機+砕氷艦(南極観測船)AGB5002「しらせ」搭載のS-61ヘリ1機でフォトミッションを実施中で、取材のテレビ、雑誌や広報のクルーを乗せて上空を回る。後方に見える陸地は房総半島、鋸山一帯。(24日)
「きりしま」の後に続いていた「しらね」隊列を離れ、観閲官たる内閣総理大臣の搭乗するヘリを迎えるべく陸地の方に向かう。なぜか着艦時は必ず隊列を離れる。風向きのせいか、24日は城ヶ島に向かって一直線に走った挙げ句、海岸にごく近い地点で一回転した。26日は一回転はしなかったものの、やはりかなり陸地に接近、総選挙を目前に控え横須賀が地元の小泉総理による地元へのサービスか?後方に見えるのは三浦海岸一帯。(26日
観閲時にほぼ「あさゆき」と並んで航走する「きりしま」が徐々に近づいてきた。後方にはフォトミッションのSH-60Jが隊列の上空を周回中。海自虎の子のイージス艦、4隻の「こんごう」中、横須賀が母港の「きりしま」は首都圏では目にする機会も多い艦だが、本来なら受閲部隊に回る役回りのはずで、事実1997年・2000年と過去2回の観艦式では受閲部隊で参加している。(24日)
防衛庁から飛んできた内閣総理大臣搭乗のSH-60Jが「しらね」に着艦。この写真でわかるように、艦首は陸地に向いている。この後取舵で進路変更し、再び隊列に戻る。なお、もう1人の観閲官である石破防衛庁長官は横須賀より直接乗艦している。(26日)
「てんりゅう」の前を行く「ちはや」。今回の観艦式は部隊訓練の21日がやや曇りの晴天、22日の事前訓練が大嵐、24日の予行では富士山がよく見える快晴と来て、26日の本番は24日ほどではないものの快晴とめまぐるしく変わり、乗艦者の思い出も参加日ごとに全く違うものとなった。ただ、26日は快晴ながら波が高く、艦船も激しいピッチングで、絵にはなるんだが段々気分が・・・(26日)
4機のSH-60Jに混じってフォトミッションを行うS-61A。この写真では光っていて見えないが、コクピット後ろの丸がペンギンをあしらった「しらせ」飛行科のマークである。日本では館山航空基地の第21航空群第101航空隊が管理・運用している。なお、「しらせは観艦式後の11月14日に第45次観測隊の機材を搭載し晴海埠頭から出港していった。(26日)
内閣総理大臣が乗艦した「しらね」には海上保安庁の23メートル形巡視艇PC-87「すがなみ」(横須賀海上保安部所属)がしばらく寄り添っていた。同船は航路の輻輳する東京湾内・浦賀水道の航路哨戒を行うため建造された特23メートル型巡視艇「なつぎり」型の2番艇で、1990年1月就役。(26日)



Part2

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