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黒部峡谷―富山県と長野県の県境、「日本の屋根」と言われる北アルプス中南部、鷲羽岳を源流として富山湾に注ぐ全長約86kmの河川、黒部川。その中流部は平均勾配約1/40、まだ若く急峻なV字谷を流れる雪解け水の急流は、太古より人跡未踏の秘境として神秘のベールに包まれてきた。

1956(昭和31)年8月、この秘境に戦後の旺盛な電力需要を賄うべく黒部ダム、通称黒四ダムと黒部川第四発電所の建設が開始された。建設に従事した人数延べ1千万人、当時の費用で513億円をかけ完成した黒四は今日も関西地方に電気を送り続けている―

「風の中のすぅ〜ばるぅ〜」と例の歌が聞こえてきそうなオープニングですが(もちろん黒四は番組で取り上げられています)、日本有数の観光地、長野県大町市と富山県立山町を結ぶ立山黒部アルペンルートのハイライトである黒部ダムの下流域にある、普段一般人は入ることのできない発電所と上部軌道と呼ばれる保守用軌道に潜入(ウソ)することができましたので、神秘の姿に包まれたその内部をレポートしてみたいと思います。

なお、黒部峡谷については冠松次郎の名著「黒部渓谷」(平凡社刊)、黒四ダムおよび上部軌道については、それぞれ小説「黒部の太陽」(木本正次著 信濃毎日新聞社刊)、「高熱隧道」(吉村昭著 新潮社刊)で詳しく取り上げられています。ここでは黒部の地理や電力開発事業について詳述するスペースはありませんので、興味のある方はそちらを是非お読み下さい。

見学ツアー参加者が身につける見学者バッジ。描かれているのは黒部ダムのマスコットキャラクター、おこじょの「ダムダム君」。


黒部峡谷鉄道宇奈月駅舎
ホームは隣り合っていますが、両線の駅舎は若干離れており150mほど歩くことになります。みんな歩いているので迷うことはありません。
上部軌道の探検はトロッコ列車として一般の人にも有名な黒部峡谷鉄道宇奈月駅からスタートします。宇奈月へは富山から富山地方鉄道で約1時間、当線で第二の人生を送っている元西武鉄道の5000系「レッドアロー」である16010系の特急に乗っていくと快適です。宇奈月は富山県内有数の温泉の街、駅前には温泉が噴き出している噴水(豪勢!)もあり今日も多くの観光客で賑わっています。

黒部峡谷鉄道の宇奈月駅前には電力開発の資料を展示している黒部川電気記念館があります。時間があったら見学をお勧めします。玄関前に置いてあるのは戦前の黒部川第三電力所(黒三)工事に使われた、草軽電気鉄道のL型電機として有名なアメリカはジェフリー社の工事用電気機関車。ただしこちらは草軽とは違い川崎造船製のコピー機です。
黒部峡谷鉄道は現在日本で一番貨物輸送が盛んな私鉄と言って良いでしょう(単にほとんどの私鉄が現在では貨物輸送を行っていないだけなのですが。もちろん三岐とか秩父とか「ちゃんとした」私鉄もありますので輸送量が一位というわけではないです)。本来はダム関連の保守作業用資材輸送が本業なので当然ですが、貨物列車に加えて作業員専用の列車も運転されており、今回はこの専用列車に便乗させてもらいます。最後尾にはハシゴやらなんやらが雑多に載せられた無蓋車が連結されていました。
猫又駅に到着。ここには1936(昭和11)年10月に完成した黒部川第二発電所と1966(昭和41)年9月に完成した新黒部第二発電所が隣接しています。黒二は普通の水路式なので駅からも建物が見え、引込線も引かれていますが新黒二は地下式で見ることができません。黒二の背後には急すぎてネズミも登ることができなかったという「ネズミ返しの岸壁」がそびえています(ほぼ直角!)
宇奈月から約1時間20分、距離は20.1kmですのでずいぶん遅い列車ですが終点の欅平に到着です。一般の乗客はここまでで、普通にはこの駅より抜けられる所はどこにもないので列車から吐き出された大勢の観光客は1時間ほどで来た道を戻って行きます。壮大なピストン運動というか・・・いつもは管理人も空しく引き返して行くのですが今日はオフリミットエリアに突入!ここまで牽引してきた電機を切り離し、迎えに来たのは1934(昭和9)年東洋電機製造製の凸型電機、ED10。この車は宇奈月からの営業列車には通常使用されない珍機です。


列車が入ってきた方向を望む。欅平駅はこの写真の左方に当たります。
列車は欅平駅のホームを過ぎた所でトンネルに入ります。2つあるトンネルの左側は新黒部川第三発電所へ、右側のトンネルは我々が進む上部軌道に通じています。2〜300m進んだでしょうか、列車はスイッチバックしまたちょっと走りすぐ停車、ここが竪坑エレベータ下駅です。我々を乗せてきた黒部峡谷鉄道の客車が来れるのはここまで。降りてエレベータに向かいます。


上の写真で奥に見えますが、これが縦坑エレベータ。そう、勾配が急すぎて線路が引けないためここで垂直に登ることにしたのです。ここは標高600m、一挙に194mの高度を稼ぎます。このエレベータは1936(昭和11)年、黒三(仙人谷ダム)建設時に造られたものですが、現在までに何度か改修されており、現在ではペイロード4.5トン、日本で一番大きい(ペイロード)エレベータだそうです。余談ですが管理人はアメリカの空母に装備されている艦載機昇降用のペイロード105トン、世界最大のエレベータにも乗ったことがあります。どちらも面白いのでエレベータマニアの方は是非乗ってみてください。
194mを上がるには2分位かかります。まあ箱の中だし、高度差なら東京の高層ビルにあるものの方が大きいので何と言うことはありませんが・・・昔は箱(屋根)などなく竪坑自体も素堀なのでそれはワイルドなトリップだったらしいです。標高800mの上部駅に到着。上部軌道に直通する車両はこの写真でお分かりのようにこのエレベータのサイズで制限され、直通貨車は黒部峡谷鉄道線内で見ると客車より一回り小さくなっています。人間の後から上がってきた貨車の積み荷は今日我々が発電所で食べるお弁当が入っているらしいです。
こちらが上部軌道の乗り場方。非日常のトンネルの中ながら流し台やら洗濯機などが・・・
上部駅で我々を待っていたのはこれまた小さなトロッコ客車でした。ここからが「高熱隧道」で有名な上部軌道です(上部軌道というのは建設時にエレベータの上にある軌道という意味で付けられた通称で、つまり黒部峡谷鉄道部分は「下部軌道」ということになりますが、現在ではそういう呼び方をすることは少ないです)。
上部軌道の客車は黒部峡谷鉄道のとは違い完全な密閉形となっており、窓も開きません。もとより観光鉄道ではないし全線トンネルなので窓が開かなくても問題はないのですが、その理由は「高熱隧道」、すなわち温泉水脈のど真ん中をトンネルが通っているためなのです。アルナ工機製のハ163は定員12名、全員が乗ると身動きがとれないほどの狭さですが、現在では見学客輸送もこのルートの重要な使命ですので車内はそれなりにきちんとしています。ドアは引き戸が1つで、扉付近に上部軌道の概要を説明したボードがあり、各窓には内側から手動で動かすワイパーが設けられています(高熱と湿気ですぐ曇る)。
それでは密閉形客車に乗って出発しましょう。竪坑上部駅から黒四ダムまでは6.5km、戦前の風雲急を告げる世界情勢の中で関西地区の重工業のために電力確保の必要に迫られ突貫工事で建設された悲しくそして恐ろしい逸話を持つトンネルです。内部はほどんど照明もなく真っ暗ですが、所々に外部からの横坑が設けられ一応駅として作業員が乗り降りします(もちろんホームがあったりするわけではありません)。機関車は蓄電池式で大体3往復が可能とのことです(タイトル写真参照。あの写真は長時間露光なので明るいように見えています)。志合、折尾の駅を過ぎ、阿曽原駅近く、高熱隧道の核心部で扉を開けてトンネル内を撮影させてくれました。現在では耐えられないほどの高温ではないですが大体30度ちょっと、モワ〜ッと暖かく岩肌には硫黄がこびりついています。その鬼気迫る光景とここで起こった出来事を思うにつけ思わず身震い・・・しかしここまで来ると間もなく仙人谷に到着です。

突然外に出るとそこは仙人谷。仙人谷ダム―黒部川第三発電所は1940(昭和15)年11月完成、現在でも81,000kWの出力を持ち関西地方に送電を行っています。黒部峡谷鉄道および上部軌道はまさにこのダムを建設するために敷設されたのです。パート2で紹介する予定の水平歩道を歩いて欅平から約8時間、この道も歩ける季節は限られていますから一般の人が行くのは難しい秘境です。この写真はダムの手前にかかる上部軌道の橋から撮ったものです。この写真は新緑に萌える6月の撮影で、当然当初の雪景色の時(11月)とは別の機会の折の撮影です。黒四から歩いてくるとダムの堰堤を歩くことになります。上の写真のように蒸気と熱湯が噴き出した高熱隧道は現在では30度前後に「冷えて」いますが、これはすぐ近くの地中に仙人谷ダムと黒三発電所を結ぶ送水管が通っているのが大きな理由とのことです。他にも温泉水脈の向きが変わったためとかの原因もあるようですが、正確にはわかっていないようです。

橋を渡るとすぐに再びトンネルに入り、910mを走ると黒四ダム駅に到着。仙人谷―黒四発電所間0.91kmは黒四建設時に延長された区間です。ご覧のように、黒四駅はかなり立派。そのまま営業に使えそうです。上部軌道には立派な電照式の駅名票も時刻を記入したプラスティックの板もあり、現在では見学客の輸送が大きなウェイトを占めることを伺わせます。
発電所に到着した見学客はまずこの映写室で映画を見ることになります。ほとんど人跡未踏の北アルプスの山の中にこんな部屋があるなんて信じられます?テーブルの谷間には黒部峡谷のジオラマ、この手前には映画「黒部の太陽」制作発表時の石原裕次郎の写真やカメラなどが展示されています。不思議な話なのですが、「黒部の太陽」はビデオ化されておらず現在では見ることができません。関西電力にもビデオ・フィルムともに1本も無いそうです。この作品は裕ちゃんの代表作として軽々しく公開しないというのが石原プロの方針らしいですが、それほど黒部に思い入れが深いということなのでしょうか(最近大町市で夏にやる「黒部の太陽祭り」で上映されるようです)。



お待たせしました!ついに発電所建屋内に到着です。撮影時はメンテナンス作業中でした。くどいようですが信じられます?地中深く広がるこの電力の宮殿!幅22m奥行き117m高さ33m、壁・天井は防水のため二重構造になっています。驚くべきことですが、これだけ広い発電所内も1993(平成5)年2月に無人化され、現在では来客時以外全く人はいません。黒四を含む全ての発電所は下流の新愛本制御所で遠隔操作されています。かつては15人が詰めていたといいますが、現在は各所に監視カメラ、モニタリングシステムが張り巡らされ異常があったときには上部軌道で駆けつけるのです。



上の写真とは別の機会、下に降りてスペアの水車の前で説明を聞く見学客。22個のバケットを持つ13クローム鋼(ステンレス)製のペルトン水車は直径3.3m、重量は12トンです。
建屋の下に降りて、回転するシャフトを見学します。上の写真でコーヒー色をしている発電機の真下です。ものすごい音をして回っているシャフトは定格回転数360rpm、この下にあるフォイト・日立製各2基計4基の水車で日立・東芝製各2台計4台の発電機を回し、最大出力335,000kWの電力を生み出します。この出力は一般の水力発電所としては現在でも国内第4位の高出力で、一部が北陸地方で消費されますが大部分は高槻市、茨木市、吹田市など大阪府北部に送電されます。これは戦前に黒部川水系を開発した日本電力がこの地域で発電した電力を関西地方に送電していた名残で、日本電力は戦時統合で日本発送電に統合されましたが、戦後再び地域分割された際には統合前にその水系が送電していた地域本位で帰属が決められたのです。本来北陸電力管内の黒部川流域に関西電力の発電所があるのはこのような理由によるものです。

水力発電所のメカニズムは別のサイトを見ていただくとして簡単に説明しますが、水力発電所というのは簡単に出力調整ができない火力・原子力発電所が対応しきれない電力需要の変動分を補うもので、夜間や春秋には需要がないので稼働率は高くありませんが夏のエアコンを回しっぱなしにした日中などにはフル稼働します。一般に火力・原子力では最大出力へ等の出力調整には半日程度を要しますが、黒四では停止状態からフルパワーまで15分で到達できます。このフレキシビリティが水力発電の長所であり存在意義なのです。


発電所にはまだまだ面白い所があるのですが、意外に写真を撮っていませんでした(反省)。見学コースは一方通行なので、帰りは黒部ダム方に抜けることになります。発電所の横から出ているのはインクライン、要するにケーブルカーです。すべて地下式で、それ自体はアルペンルートにも地下式ケーブルカーがあるので珍しくはないのですが・・・これまた圧巻なのです!見上げている見学客は一様に驚愕の表情を浮かべているはずです。さあ、乗ってみましょう。

初めに見たとき「ネルフ、ここにあったか・・・」と思いました。手前の搬器の縦線が垂直ですよ、どれほどのものか想像できますか?ダム駅の標高869mと上部の作廊駅の標高1,325mの間、高低差456m・斜距離815m、角度34度で結んでいますが下から見ると上がかすんで天頂のように見えます。所要時間は約20分、ガイドの方の話では横の階段を上っていくと最初は人間の方が速くみるみる内に差が開きますが、頂上までは絶対に勝つことはできないそうです。まあ当たり前ですね。

このインクラインは黒四発電所建設時に長野県大町市からの関電トンネルルートの末端区間として建設されたもので、ここまででお分かりの通り上部軌道経由では大きなものは搬出入することは不可能なため、例えば水車などはすべてこちらのルートで出し入れすることになります(水車は横浜の工場まで持って行って定期検査を行うとのこと)。だからと言って、不思議なことに上部軌道が必要ないというわけではないらしいですが・・・

ケーブルカーですから中間点でもう一つの搬器とすれ違います。もうあまりのすごさに言葉も出ませんがとりあえず写真だけは撮りました。資材を載せる場合は客室用搬器を取り外し櫓の上をフラットにします。
じっと見てると水平のように見えますが、恐ろしい斜度です!見えにくいですが、搬器の照明等用にパンタグラフで集電しています。


インクライン上部の作廊駅に到着すると、関電のバスが待っています。行程の最後は関電トンネル。黒部ダムまで10.2kmの暗闇の中をひたすら走ります。見学なら途中の横坑で外に出て後立山連邦の展望を見るポイントも案内してくれます。トンネルは扇沢から来る関電トロリーバスのダム駅手前に通じており。ここで解散となります。

見学ツアーで配られる、「黒部の氷筍(ひょうじゅん)水」500ccペットボトル。氷筍というのは水がポタポタと落ちて鍾乳石のように逆つららになったもので、これをスライスしてスケートリンクに敷き詰めると好タイムが出るという優れものです。長野オリンピックにも使われました。
皆様お疲れさまでした。ツアーの終点、黒部ダムに到着です。だいぶはしょっちゃった所もありましたね。できれば今年中に再訪して、もっといろいろ撮ってきましょう。それではパート2,下の廊下編でまたお会いしましょう。パート2はここが出発点です。


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