2004年9月26日、本年で創立50周年を迎える航空自衛隊の茨城県百里基地航空祭に行ってきました。

空自はこの節目となる記念の年に数多くの記念塗装機を登場させ、各基地の航空祭で展示飛行を実施しており、今回も展示されたほか、10年振り、史上3回目の来日となるアメリカ空軍のデモンストレーションチーム"サンダーバーズ"と空自のデモンストレーションチーム"ブルーインパルス"の共演など、素晴らしい航空祭となるはずだったのですが・・・。

今回は本筋の航空祭ルポの割合が極めて少なくなってしまいましたが、これも後世に残す一つの貴重な記録ということで、ご容赦下さい。





事前応募制で抽選に当たった者だけに送られた本年度航空祭の駐車券。イーグルの平面図透かし(?)・割り印入りで凝った造りとなっている。陸の孤島と称される百里に行くには自動車で行く他はなく(鹿島鉄道やシャトルバスでは超不便!機材も多いし・・・)、当たった当たったと浮かれて当選の舞など踊っておったのだが、まさかこれが地獄の一丁目への招待状になるとは・・・


前日の25日、基地外から眺めたバーズ・インパルス夢の並び。

前日は欧米をはじめ各国の空軍参謀長クラスの将官を招いての国際会議"Air Chiefs Conference in Japan"が開催されたが、悪天候のため予定されていた展示飛行はほとんどが中止となった。エンドでエンジンをかけ、決行・中止の判断を待つ204飛行隊のF-15J/DJ。この後、エンジンを停止してしまった・・・一番後ろにはサンダーバーズの予備機が駐機している。
1227、入間からリモートで航空総隊司令部飛行隊のT-4(86-8765)が飛来
退役が進むF-1は遂に唯一となった築城の第6飛行隊の2機(60-8272/30-8268)が飛来
最新鋭、F-2は第3飛行隊の2機(13-8512/43-8524)が飛来。この他、第41教育飛行隊のT-400(21-5061)、第402飛行隊のC-1(98-1029)、E-767(シリアル不詳)も飛来した
ブルーインパルスも滑走路をカルガモ親子のようにタキシングしたのみで戻ってしまった
離陸する第402飛行隊のU-4(75-3252)。各基地より司令などを乗せて4機が飛来、式典後に1機を残して1430過ぎに帰投していった。

0500過ぎ起床。本来は0330起きで、まだ電車もないので同行者の自宅近くまで拾いに行き外環経由で行くつもりであったが、天気も悪くフライトはないだろうと判断、急遽「脱力モード」に切り替えたものである。

土曜までは雨だが、日曜から秋らしい晴れになるという数日来の予報が一転、曇りから一日雨へと見る見るうちに変わっていき、フル科目のアクロバットはとうてい望めなくなってしまった。土曜は航空祭にさきがけて、本来の行事ともいえる空自創設50周年記念式典が開催されるため、式典での展示飛行&アクロのリハを撮影するために出かけたのだが、こちらも悪天候のためにほとんどがキャンセル、わずかに他基地より飛来するデモ機の上空通過のみとなってしまった。というわけで、本日もサンダーバーズのアクロは望み薄である。

0600過ぎ自宅出発。予報通りの、雨もポツポツと降る一面のベタ曇りである。同行者には電車で来てもらい、都営三田線千石駅で0630集合。田端経由で扇大橋より首都高速に乗る。小菅ジャンクション経由で常磐道へ。前日は空いていたのだが、今日は航空祭と関係があるのか、柏のトンネルの辺りが結構混んでいてスピードも落ちる。0700過ぎ、最寄りのインターである千代田石岡に到着。だが・・・!

「千代田石岡 2km」と書いてある表示の手前から、左の車線の流れが悪くなりはじめた。いやな予感がするが、こちらも降りるために左に車を寄せた。と、次の瞬間!なんと見渡す限りの車の列が路肩に。こっ、これはインターで降りる車!? だとしたら我々もこの最後尾に付けなければならないのか? 瞬時の判断でレーンチェンジ、次の岩間ICに向かうことにする。

インター手前の渋滞は約2km、少しづつでも動いていればそれほどでもない距離であるが、見たところまったく動いていない。こんな田舎のなんということもないインターで、時ならぬ大渋滞。通過して行く車は何事かと興味深げに眺めて走って行く。料金所のブースは3つ、あれだけの台数を処理するのに何時間かかるのやら。次の岩間IC は15kmも先だが、基地はおおよそこの2インターと等辺の三角形の位置関係にあるので、千代田石岡であの渋滞に加わるよりはずっと早いはずである。10分ちょっとで岩間に到着。こちらも若干混んではいたが、渋滞になるほどではなく県道43号線へ。

定石のルートでは4kmほど行った木部の交差点で右折・南下するのだが、ちょっと雰囲気が怪しいので直進。さらに2kmほど、国道6号との交差点でも迷うが、国道はさらに危険と判断し、ずっと直進で基地の北側から攻める作戦とする。さらに4kmほど、城ノ内原で右折に転じるが、ここまで何も食っていないので交差点のコンビニで食材を仕入れることにする。が、ここでも・・・

おにぎりが欲しかったのだが、棚には1個もない。聞いたところ、1000過ぎにならないと入ってこないんですよ〜とのこと。だってアンタ、今まだ8時じゃないですか。なんで2時間も前に全部売り切れるのよ?と思って見渡すと、なんの変哲もない田舎のコンビニの風景ではない。すでにここも同好の士であふれていたのであった。パンは食いたくなし、仕方なくレジ隣にある豚串とつくね串を買ってその場で食べる。そして走り出したのだが・・・

交差点を過ぎ、100mも行ったところで鉾田に向かう県道110号が分岐するのだが、ここを直進したところでこちらも見渡す限りの列につかまった。県道らしいが、こんな事でもなければ渋滞などとは無縁の、センターラインもない対向車がやっとすれ違える田舎道である。家々の門から地元の人がもの珍しそうに見ている。向こうから走ってきた軽トラのおじさんが、一台一台すれ違う車となにやら話しているが、私の所にもやってきて「ここからじゃ2・3時間はかかるぞ〜」と笑って去っていった。

こちらは東京から来るメインルートではないので、車のナンバーは水戸ばかり、それでもこれだけの台数がいるのか・・・とにわかに信じがたい行列である。まだ基地の駐車場までは6kmある。ピクリともしないのでエンジンを止めて5分ほどおとなしくしていたが、こらえ性のない性格なので、脇道にそれてみた。こちらは1台もおらず、ラッキー!と走り続けたのだが、どうも段々元の道に寄っていく・・・1km足らずで合流してしまった。

ここで割り込むわけにもいかないので(実際全く進まないので割り込むこともできない)、元に戻って城ノ内原まで。先ほど分岐した県道110号を鉾田方面に進むことにする。東京方面から来た車にしてはありえない行動で、すでに基地を中心に半周回り込む形になっている。確かに道は空いているが、同心円をなぞってばかりで少しも近づけないのである。


26日、エプロンに並ぶサンダーバーズとブルーインパルス。ギリギリに到着したため、すでにブルーの1・2・3番機はランプオフしてしまっている。両チームが並ぶのはブルーが1997年4月に渡米し、アメリカ空軍創設50周年を記念して各国のアクロバットチームが一堂に会したネリス基地の"Golden Air Tatoo"に参加して以来のこと。今回のサンダーバーズ極東ツアーにはこの時の答礼という目的もある。


パイロットも乗り込みランプオフ直前の6番機と予備機。
1401、まず1・2・3番機が離陸。
3機はすぐに戻ってきてダーティ・コンフィギュレーションでローバス。
地上では6番機・予備機がランプオフ。
続いて離陸した4・5番機も戻ってきたが、こちらはハイスピードローパス。
1410、6番機・予備機が離陸。
こちらの2機はR/W03方向でハイスピードローパス、翼を振って松島に帰っていた。
その頃、地上ではサンダーバーズのグラウンドクルーが・・・
そして横につけたハイエースからパイロットが姿を現した。グラウンドクルーと握手を交わす。
自分の機体に乗り込んでゆくパイロット。エンジンスタートの瞬間が刻々と近づいてゆく・・・

3kmばかり走り、舟木という交差点を右折。これが最後の勝負、ここで近づけなければ未来はないが、車1台いない田舎道で、逆に不安になってきた。このまま進めばかなり近くに行けるはずだが・・・ラジオでは、J-WAVEの道路情報で「常磐道は、百里基地航空祭に向かう車で千代田石岡インターで2km、関連して石岡市内の国道6号線が6km渋滞しています」と言っている。まだ解消していないのか・・・高速の2kmもきついが、国道の6kmの方が深刻かも知れない。土曜日には私もちょっと巻き込まれたが、こちらもほとんど動かないのだ。

そうこうするうち、2km程進んだ上富田という交差点で右折、未だ車は一台も見えず・・・そしてさらに2km 足らず、最初の県道50号に戻ったその時!左右を横切る道路はほとんど駐車場と化していた。これ以上は地元民でもなく、土地勘のない我々にはどうにもできず、諦めて車列に加わった。それでも最初の地点からは3km進んでいるが、逆にいえばこの3kmの間に車が全部詰まっていることになる。基地まで6km、しかもまったく動かず、航空祭に間に合うのは恐らく絶望だろう。この時点で時刻は0910、ここまで近づいた我々ですら危ういのだ。昼までに入れればいい方か・・・

交差点で左折するのにも10分以上かかり、やっと車列に加わったところでまたエンジンを止め、じっとしていても始まらないので同行者に運転を任せ偵察に出ることにした。サンダル履きで財布も持たず、歩き始めたら、止まらなくなってしまって25分、「こっ、ここはどこ・・・!?」車から2km足らず、基地の敷地が見えるところまで来てしまった。もちろん、ここまで車は途切れることなく続いている。途中には集落もあるが、すでに街の機能はまったく麻痺している。

ところどころで空き地や車庫の敷地を利用した即席駐車場が開業しており、1回1,000円と張り紙がしてあるが、まだ基地(の入口)までは2kmちょっとあるのに、どんどん埋まって行く。観光バスで来た団体は降りて歩き出しているところもあるが、時折雨が降ってきて、それもかなり激しく降る場合もあり、もう皆ヤケクソという感じ・・・諦めて帰ればいいのに、誰も列を外れようとしない。ま、われわれもそうなんだが・・・

往復で小1時間ほど、1000に車に帰ってきたが、その間約2kmの間に並んでいた車は暇つぶしに数えてみたら266台。意外に少ないもんである。1,000台位あるのかと思っていたが・・・車はほとんど同じ場所にいるのかと思っていたら、予想より結構進んでいた。といっても1時間足らずで200mほどである。ちょうど雨が激しくなってきたので、車に乗ったが、また現れた世話好きのおじさんにアドバイスされ、ちょっと小技を効かせて裏道にそれ、400mほどを稼いで本筋に戻る。

ここからは本当にバカ正直に並ぶしかなく、エンジンを止めてはかけかけては止め、ジリジリと進んで行く。1100過ぎ、やっと先程私が歩いてきた所までやってきた。いよいよ基地は目前だが、ここから先は何台の車が並んでいるのか、全く予想がつかない。直進すると基地に入る道の分岐に来た。今回、駐車場は複数の敷地が券の色で割り当てられているのだが、我々の青色の敷地へ向かう車は基地の周囲を回る本筋で、まだまだ先。この分岐を過ぎて15分ほど、先に見える信号つきのT字路の辺りがなにやら怪しい雰囲気。近づいていくと、青色はさらに直進なのだが、信号の先は車が並んでいない。停まっているのは左折した先の駐車場の敷地に向かう車列のようだ。

それなら、どうせ対向車も来ないのだし(こちらの方向もほぼすべて右折して駐車場に入る車)、直進車は対向車線にはみ出して進ませればいいのに・・・前の数台から人が降りて、誘導の自衛官と何やら話している。さらに10分ほど、信号まであと5台ほどの所まできたので、対向車線に出て進んだのだが、誘導の自衛官に停められ「誘導に従ってください!」とおっかない顔で怒られる。いやあんた、そうは言ったってさ〜、前も詰まっていないのになぜ直進車を対向車線に誘導しないの?一生懸命にやってるのはわかるけど、ちょっと手際悪すぎませんか・・・?

手前で詰まっていただけあって、ここを過ぎるとウソのように1台もいなくなった。今度は先程まで1台もいなかった対向車線がビッシリである。全部の車があのT字路に向かっているらしい。1kmほど快調に走ったが、あと一歩、いよいよ入口に向かう道路へ曲がる手前で再び詰まってしまった。左折する路地にも車がびっしり停まっている。この先はY字路を鋭角ターンするので、路地を入ると「A」の字のように近道ができるのだが(すでに向こう側に車列が見えている)、入口には本日立入禁止の看板が。先の車列を見ていると、曲がるのは3〜4台に1台位の割合である。迷ったのだが、正直に直進する事にした。

裏道を模索してきたのだろうか、路地から出てきて我々の車と直角に停まっている車から声をかけられた。「この先どの位続いているの?」駐車券の色を見るとさっきのT字路の先である。恐らくここから2時間はかかるだろう。基地には入れるのは早くても1400過ぎ、もう航空祭はほぼ終わりだ。しかも、1400入場も厳しいかも・・・大体、Uターンできる所が全くないので、ここで決断したら少なくとも2時間は退くこともできなくなる。すべて正直に話したが、結局子供連れで疲労の棺桶と化したワンボックスは渋滞の徒列に自ら飲み込まれていった。さらば、良い旅を・・・あとはそのまま帰るだけだろうが。

ふと気がつくと、我々と同じ青色の駐車券を掲げた車と結構すれ違う。方向が逆なんですけど・・・と、ちょうど横に停まった車に聞いてみたら、もう諦めて帰るところなのだという。それにしても、どのみちあと半日は無罪放免にはさせてもらえないわけだ。考えてみたら、もうこの期におよんで基地に入ろうなどとたわけた事を考えているのは我々だけで、前の車も後ろの車も、すれ違う車も帰ろうとしているのだろうか・・・

すでに渋滞にはまって3時間半、1200を過ぎてやっとA字の頂点を回り込み、いよいよ先が見えてきた。が、今までほとんど降っていなかったのが、ついにポツポツと降り出し、ついに大雨に!それもバケツの底をひっくり返したような、大粒の雨。ここまで来ると、どこぞの怪しげな駐車場に停めた車から歩いて基地に向かう人々が行列となっている。それと同じくらいの人数が、基地の方から続々と歩いてくる。誰も彼も、傘を差していても半身はずぶ濡れで服の色がすっかり変わっている。ビニールのポンチョを頭からかぶっていてもびしょびしょの子供の手を力無く引いて、抱き上げて、どの顔も死人のように無表情。まるで敗残兵の群である。まさにこの世の地獄・・・と、車の中でぬくぬくとしているこちらもふと不安になってきた。

もう人々は帰り始めている。車が辛うじて1台ずつすれ違うのがやっとの狭い道で、後ろからどんどん車が押してくる中で前から帰る車が押し寄せてきたら・・・文字通りにっちもさっちも行かなくなってしまう。今ならまだ例の「A」字形の横道を通って帰ることができる。決断するなら今だ。これを逃したら、最悪20時頃までにっちもさっちもいかなくなったりして・・・しかし、人間というのは不思議な、哀しい生き物である。破滅に向かって一直線に突っ走っているというのをわかっていながら、結局船から降りないのである。私だけではない。皆そうなのだ。最後の決断の時宜を失った葬送の車列はいよいよ基地に近づいてきた。やれやれ、やっと・・・と安堵しながらも、今ひとつ大混乱の幻想が頭をよぎる。

基地のゲート直前、テキ屋さんの屋台が何軒か見えた。見たら氷水に浮かべたビールを売っている。これ・・・もうブラックユーモアじゃないですか。1日に何本売れるんだか。そして1230過ぎ、出発以来6時間半、渋滞にハマって以来実に4時間、やっと基地内に入ることができたのであった。


Part2

aircraft index

Home