8月10日〜11日(フェリーでの過ごし方―特にペット連れの場合のノウハウ集)


昨年に続いてやって参りました、大洗フェリーターミナル。常磐道―友部ジャンクションより北関東自動車道・東水戸道路経由で水戸大洗インターで降り、約5分。東京からは約2時間見ておけば充分である。水戸大洗インターからフェリーターミナルまでは道順が若干わかりにくいので注意のこと。道路には適宜標識が出ているが、市街に入らずいったんバイパスを鹿島方にずっと走って行って、海岸沿いの道路と合流したところで左に鋭角ターンして戻るのが確実かもしれない。これから19時間の長旅になる。乗船手続きをしている間にペットの散歩、トイレや食事は済ませておこう。
夏場は乗船手続きを2時間前に済ませるようにとされているが、もちろん遅れてくる輩も大勢いる。今回はちょうど2時間前の2200に着いたのだが、徒歩乗船がちょうど開始されたところ、運転者以外の同乗者は車での乗船はできず、乗船券を渡して別々の乗船となる。ペットは車で乗船可。というか、チワワならどうにでもなるが、大型犬が入ったケージを持ってブリッジをはるばる歩いて行くわけにもいかないし・・・また、船内に持ち込む着替えやお菓子、カメラ、洗面道具などはターミナルでまとめればいいや、と思っていると、絶対そんな時間はないので、必ず出発前に別のカバンや袋に入れておくこと。
今回行きにお世話になったのは「さんふらわあ つくば」。昨年往復とも利用した「さんふらわあ みと」の姉妹船だが、排水量が若干大きいにもかかわらず貨物積載能力重視の設計で旅客数は逆に少ない。乗船は駐車場に並んだ順だが、メインのD甲板はトレーラーが主で乗用車は2層ある下の甲板にスロープを降りてゆく。基本的に後から来れば手前に停められるので、出るとき楽かと思いきや、限られたスペースをパズルのように有効活用するため、一概に後入れ先出しとは限らない。定時出港のために後まで粘るのはほどほどにしよう。車両甲板は異常に暑く、急なスロープ、狭い場所にシビアに停めるためにUターンしたりバックしたり・・・運転が得意ではない人はちょっと怖いかも?車を停めたら、到着時まで車両甲板には降りられない。忘れ物のないように注意。(写真は帰路の「みと」メインの1層下のE甲板)
ペットルームは「つくば」「みと」の場合、左舷の徒歩乗降口のエスカレータ・階段を上がったエントランスロビーの手前にある。「つくば」は狭いが、仕切扉のガラスがすりガラスになっている。小型犬や小動物の場合はキャリーやクレートに入れてエレベータでロビーに上がってくるが、大型犬は車にケージを乗せて走る人が多く、車両甲板からはこの持ち込みケージに犬を入れたまま持ってくるのが大変らしい。言えばフェリーの乗員が手伝ってはくれるのだが、ラブなどでは大人2人でもしんどいと思う。それを狭いエレベータに乗せて・・・そのまま連れてくる人もいるようだが、それではペットを厳密に分離する意味がなくなってしまうんじゃ!? 行きは生後5カ月のラブとうさぎが相客。ラブは可哀相に、ペットルーム備え付けのケージに入れられ、狭さと恐怖で鳴くこと鳴くこと・・・
こちらは「みと」の同スペース。ご覧のように直角に曲がる形になっており、面積自体は「つくば」より広いが、仕切扉は透明ガラスで、このシートを広げている場所はロビーからは丸見え。一般の乗客はなんで航海中にドアの外に出て、しかも城を築いているのか?と興味深そうに覗き込んで行く。帰りはケージ持ち込みのトイプーとダックス、チワワがうちのも入れて計4頭、また猫もいたらしく大混雑。混んでいる時はケージ・クレートは外に置いてもいいと言ってくれるので、ふうこも夜の間はエスカレータ脇に置いておいた。出港直後、深夜は受付も閉鎖となるため、仕切扉は鍵がかけられてしまう。こちらもおとなしく寝台に引き上げよう。
「みと」のエントランスロビー。右端の光っているドアが乗降口になる。夜便の方が時間の効率がいいので、我々は夕便を利用したことはない。多分これを読んで検討される方も夜便希望が多いと思われるが、2005年から夜便は供食体制が改められ、乗船時に予約(3食セットのみで選ぶことはできない)した以外レストランの営業がなくなり、自動販売機で冷凍麺類やパックのカレーを買ってレンジで暖めるというイートインコーナーのみになってしまった。もともと商売にならなかっただけあって、ほとんどの客が事前にコンビニで弁当やカップラーメンを買い込んで乗ってくる(お湯はある)。
一夜が明けて、0800に朝のアナウンスがあると、ロビーの受付も開いて何もすることがないフェリーの一日が始まる。ペットルームの面会は0900からなので、気分転換に外に出てみると、東京とは違うさわやかな風。船は今三陸沿岸を航行中。外洋航路と違い、内航フェリーはずっと海岸が見える程の沖を航行する。外のチェアーで日光浴も良いが、もちろんペットはここまで連れ出すのは禁止。スペースは余っているので、ルートさえ確保できれば船上ドッグランも夢ではないのだが・・・ま、無理でしょうけど。だけど、時間を区切って1回位は連れ出せるようにして欲しいな〜。
夜便の2隻は定刻なら三陸釜石沖ですれ違う。0930過ぎ、間もなくすれ違うとのアナウンスがあり、0945前方から姉妹船の「さんふらわあ みと」がやって来た。総トン数11,782トン、航海速力22.5ノット、全長186m、全幅25.5m、旅客定員514名、車両搭載数:乗用車140台・トラック175台。総トン数では「つくば」より500トンほど小さいが、旅客設備はこちらの方が充実している。
1045過ぎ、今度は本州最東端、トド(魚へんに毛と書く)ケ崎を通過とのアナウンスがある。大洗行きの場合はここは夜明け前なので、行きにぜひ見ておこう。この灯台、映画「喜びも悲しみも幾年月」のモデルとなったと言われているだけあって、至近の国道45号からは歩いて2時間かかるというなかなか征服しがいのある秘境。数年前に行く予定を立てていたのだが、直前に邪魔が入ってしまいそれ以来行けずじまい。チェッ。
船内にはちょっとした書棚があるのだが、これも「みと」の方が充実している感じ。というか「つくば」は空っぽだった。多分航海中は自分の部屋や寝台に持っていっているのだろうと思ったのだが、下船時にもそれほど本は増えていなかった。写真は数少ない蔵書の1冊、「動物のお医者さん」のベスト集。ちょうどふうこのようなスムチー、ではなく毛を刈ったヨーキーが出てきたので一緒に撮ってみた。


フェリーにペットを乗せるという事態は、数年前までは引っ越しなどのよんどころない事情に伴って・・・という特殊な案件で、数ヶ月に1匹程度だったのだろう(今でもシーズン以外はそうだと思うが)。最近はサイトのQ%Aでもペット持ち込みについての一項目が設けられており、需要が日々増えていることを伺わせる。しかし、ペット連れの立場から言わせてもらうと、いろいろと改善して欲しい点があるのも事実。それは急激に利用が増えたがゆえの対応しきれない問題もあるし、本質的な欠陥(というのも言い過ぎだが)もある。

まず、とにかくいる場所がない。現状はロビー仕切扉の外側は出港してしまえば事実上のペットスペースと化しているが、透明なガラス越しにシートを広げて寝ころんでいるのもなかなか恥ずかしい。階段の下の乗船口ドア付近は広いが、窓もなく真っ暗(ペット室のケージに入らないような大型犬で、ケージ持ち込みの場合はここに置かれることになる)、とても長時間いられる場所ではない。もともと単なる通路に長時間いるのが勝手といわれればそうなのだが(といっても、下記のように金払ってるんですゼ)、夜間は仕方がないとしても面会が可能になる0900から12時間は長く、水やりやトイレだけで2〜3分というわけにもいかない。せめて「みと」の方はすりガラスにしていただけるとそれだけで結構違うのだが。いずれにしろ、黙認のような形で中途半端な位置づけのままこの廊下に座り続けているのは色々な意味で居心地が悪い。

小型犬、チワワやトイプーの場合は盗難も心配である。基本的にペット連れしか入ってこないスペースではあるが、だからこそ心配、というのもあるし、一般客でもドアを押して開いてしまえば入って来れて、「この犬可愛い〜」となれば・・・自意識過剰かも知れないが、うちのは人なら誰でもなつくし吠えもしないので、おちおち寝室で寝ていられないのである。昨年版にも書いたが、乗船時の誓約書には盗難には一切会社に対しての過失を問いませんとの条項があるが、これで盗られたら泣き寝入りしろというのか。自衛策としては鍵がかかるクレートに入れて、クレート自体をバイク用の盗難防止ワイヤーなどでどこかに固定するしかなかろう。最近本当に盗難が増えているので、こんな妄想に近い取り越し苦労もあながち無駄というわけでもあるまい。ペットルームの合い鍵があれば、と思うが、そうすると居なくなった時は犯人は犬飼い? 気が気ではないが、他人から見れば所詮犬、フェリー会社はそこまで親身になって考えてはくれないわな〜

ネット上で予約状況を確認すると、早々にペットルームの予約は一杯になってしまうが、乗ってみるとまだ空いているのも若干不満。余裕を持って対応したいというのもあるだろうし、入りきれない場合は臨機応変に廊下にケージやクレートを置いて対応・・・というのがエスカレートして、ズラ〜ッと犬が並ぶのも避けたいのだろうが、現状リスクは一方的に飼い主持ちなんだから、仕切扉の外くらいはこっちで責任を持って勝手にやるからよ〜、という気持ちもある。

以上、「乗せて頂いて」ペットごときにいろいろ無理難題を言うようだが、どんなに小さくても1頭2,000円を払っているのだ。立派な「旅客」として認められているのだから、この位の意見がネット上に一つくらいあっても良いのではなかろうか。

なお、ペットルームについては2004年版にも写真や記述があるので、そちらも参照してください。


レンジ号のトランクに収まった荷物と各種犬用品。着替え類は大きな旅行バッグに2人分を入れ、フェリー持込用の若干小ぶりなのをもう一つ。フードやおやつ、おしっこシート、う●ち袋、犬服やリードなど犬グッズ一切は専用のバッグに。右側の下には解体した自宅で使用しているケージがあり、その上にクレートと、普段使用しているプーさんハウス。筒のようなものはスポーツ用品店で買った、フェリーの廊下に敷く裏地がビニールの布製レジャーシート。また、左側の上に見えるのは助手席のシートの前に置いてフラットにすることができる、空気でふくらませて使うクッション。同居人によれば長距離ドライブには必需品だそうです。

本日の走行距離 新宿―大洗 126km  苫小牧―釧路 324km




8月11日〜12日


前夜苫小牧に1930過ぎ着、2004年は定山渓に宿泊したが、本年はそのまま釧路へ向かう。しかし、そのままハイペースで走って行くと、釧路着は恐らく0200〜0300になってしまうので、さすがにその時間に玄関を叩くわけにもいかず、どこかで時間調整寝の予定。予想していたよりも涼しくなく、結構湿度が高い。

いつも大体富川で右折して、国道237号で日高に出るコースを取るので、今年は北上して追分から国道274号に入るルートにしようと思っていたのだが、同居人が船内で他のペット連れの人から聞いたところでは、ダムの底に沈んだアイヌの聖地、二風谷でフェスのようなイベントをやっているらしい。R237経由なら二風谷を通るので、ちょっと寄ってみようということになり、結局例年通りのルートになった。急ぐ旅でもなし、というか急ぐと間が持たないので、コンビニに寄っていろいろ買い揃えたりしてマターリ進行である。2100、富川を通過。しかし、聞いたところではさぞや賑やかであろうと思っていた二風谷はひっそりと静まりかえっていた。恐らく一緒のフェリーに乗ってきたと思われる車が何台か集落外れのキャンプ場に向かって曲がっていくのが見えたので、キャンプ場でやってるのかな?と思って曲がりかけたのだが、ま、いいかというので直進(こっちに来た意味がない・・・)。

2200、日高着。道の駅で一服、いつもそうだが、街灯に集まっているカゲロウの数がものすごい。ここまで来てセイコーマートでなぜか溜め込んでいた「いぬのきもち」の購読料を支払う。飲み物類を仕入れて、日勝峠の登りにかかる。眠気もまだまったくなく、快調なドライブ。霧もかからず、サクッと清水に降りてくる。寝静まった帯広を通過、その後はものすごい濃霧に悩まされながら0200白糠着。コンビニで休憩した後、これ以上は詰められないので道の駅「恋問館」で仮眠することに。駐車場は横浜、豊橋、川崎、神戸・・・他県ナンバーでいっぱいだ。あなた方なぜ宿に泊まらない!? うちらみたいな特殊事情があるわけじゃないでしょう・・・

私は結局寝付けず、うとうとしただけでしばらくするとほんのり明るくなってきてしまった。というわけで、0630出発し、30分ほどで同居人の実家に到着。荷物を下ろしてふうこの家を組み立て、ちょっと仮眠させてもらう。

昼食は春採湖畔、ひぶな坂の途中に建つ、マルセイバターサンドでおなじみの六花亭へ。ここは1階が各種菓子類の販売コーナー、2階が喫茶室となっている。帯広が本社の六花亭だが、今や釧路でも土産の定番。もちろん土産は街中でも買えるが、ちょっとお茶しながら選んだりするときはこちらに足を伸ばしてみるのをお勧めする。
幾何学的な模様を描くらせんの階段を上がると、眼下に春採湖を望む眺めのいい喫茶スペース。生クリームをたっぷり乗せたワッフルやホットケーキ、ピザ、野菜と鳥肉のスープなどが楽しめる。店のスタッフも大変親切で、誕生日であることを告げるとちょっとしたお祝いをやってくれたりするなどサービス満点だが、さすが霧の街、濃霧の時は自慢の絶景も一面真っ白で何も見えない時がある。
実家の親戚が市内から10kmほど東の昆布盛という集落の一つ手前で昆布漁をしており、ちょっと見物に行くことにした。行ってみると、水揚げした昆布を浜に並べ、乾燥&束ねの作業の真っ最中。写真は最初に天日干しして、その後小屋で機械乾燥させて1m程に切ったものを最後にもう一度並べ、出荷のために束ねていくところ。ここで撮れた昆布は主に関西方面に出荷されるという。ピーク時は一家はもちろん親類一同が集まっての作業となる。
水揚げした昆布はまず上の場所とは違う第1次干場(勝手に命名)で天日干しをした後、およそ12本ずつを束ねてトラックに載せ、乾燥小屋に運ぶ。手順としては・・・
髪の毛を結ぶようにクルリと回し、真ん中で目の裏側に通して持てるようにする。別に束ねなくてもいいのでは?と思うが、そうすると絡まってしまって収拾がつかなくなる。変にちぎれてしまうと商品価値がなくなってしまうのである。
束ねた昆布はトラックに載せて第1次干場から100m程移動、乾燥小屋前で再びほどいて、このように天井近くに渡した棒からかける。最終的には小屋一杯に昆布が吊された状態になり、ここでドアを閉めて乾燥機にかけるのである。パリパリになった昆布は一定の長さに切られて冒頭の第2次干場(勝手に命名)に並べられるのである。第2次干場はほんの一時の最後の仕上げのようだが、いずれにしても天気が良くないと天日干しの意味がない。
役に立ったんだか足手まといだったんだか、一仕事した後は実家に戻り、恒例の庭でのバーベキュー。牛肉とジンギスカンで始まって・・・
近所のスーパーで買ってきたイカとサンマも投入。皆メインはイカのつもりでいたのだが、サンマの身の太いこと!これは美味そうである。脂ものっていて・・・
そのあまりの脂ののり具合に、炭にしたたり落ちてファイアー!(笑)。
昨年と同じ場所に設営されたふうこハウス。超小型犬なので、フットワークは大変軽いのが助かる。これでふうこも東京と同じ生活ができるわけである。
フードは1回の量をこのようにラップで包んで持ってくる。今食べさせているのは「NANA」のスーパーライトエナジーで、大さじ1杯を若干切る位のごく少量であるが、これにプラスして大粒のヒルズの歯磨きフード(処方食 動物病院で歯磨き代わりにということで推奨 左側の大きな粒)を2粒、また家ではカスピ海ヨーグルトが付く。
お食事風景。いつもは陶器の皿を使っているのだが、最近顔周りの毛が大分薄くなってしまい、病院で陶器のアレルギーかもしれないので他の食器を使った方がいいと言われ、噛んで楽しむおやつ&オモチャの牛の蹄を皿代わりに使用中。その後、最近大量に与えていたキャベツを食べさせるのをやめたところ徐々に毛も生えてきたので、恐らくキャベツが原因だったのだろうと思われるが・・・
早速実家の居間を我が物顔に占拠するふうこ。食欲も落ちないし、勝手に家中を歩き回っている。皆が外出する時も、ケージの中で鳴くでもなく、コロンと横になって寝ている。

このようにふうこは神経が太いので、あまり一般的な犬旅の参考にはならないかもしれません。犬によっては遠出の旅行や宿泊はかなりのストレスになる場合があるので(むしろそのケースの方が多い)、犬の性格を見て、不向きなら無理に旅行には連れ出さない方が良いでしょう。




8月13日


本日は道東の大平原、中標津方面に足を伸ばすことにする。10年ほど前、管理人はこの一帯をよくうろついていたのだが、釧路が実家になってからというものの、なかなか訪れる機会がなくなってしまった。広々とした見渡す限りの牧草地で草をはむ牛達、素晴らしい眺望の開陽台にぜひふうこを連れて行ってやりたい・・・ということで、釧路から約2時間、別海経由でやって来た。
背後に知床連山を控え、根釧台地を眼下に望む開陽台。ここは道東を愛する者たちの聖地。視界270度、地平線が見渡せるので有名な展望台である。また、冬の間は気温の低さで光の回折現象が生じ、「日の出直後の太陽が四角く見える」という現象でも知られる。今は上のような立派な建物になっており、中には食堂や土産物屋も入っているのだが、以前は戦場の監視小屋のような円筒形のコンリートの汚い建物があるだけで、まだ「ミツバチ族」(懐かし〜!)と呼ばれていた北海道をツーリングするライダー達がここでテントを張って夜空を見上げながら語り明かしたという場所である。この頃の写真が、展望台に上がる階段の所にモニュメントとして埋め込まれている。

私は本当にここが好き。良く来ていたときには3カ月おきに訪れたこともあったなあ。最近はなかなか来る機会がなくて、最後に訪れたのは6年も前になってしまった。

南の方角を望むと一面の平原、大規模なパイロットファーム開発(その大部分は失敗に終わったのだが)が行われた別海町の方向になる。釧路は写真右端の方、約90kmの彼方。
東の方角を望むと中標津市街(写真右端の方)、太平洋沿岸のサケ漁の町・標津町、野付半島(写真ほぼ正面)、太平洋が見える。
北東の方角を望むと見えるのは知床連山の西の果て、俣落岳(1,004m)と武佐岳(1,006m)。この山々の向こう側に知床半島は伸びている。で、その今は死語となった「ミツバチ族」ですが、一頃は完全に絶滅したようだったが、今年は復活したのか結構な台数を各地で見た。画面左端の向こうに広がるテント張りスペースにもバイク乗りが何人か寝泊まりしている。こんなことできるのは若いうちなんだから(といって結構なお年の方も多いんですけど・・・高齢化が進んじゃって)、学生諸君はバイクに乗って北海道を目指そう!
「家族の開陽台」の碑。1970年に公開された山田洋次監督の映画「家族」のなかで、九州から北海道に移り住む一家の引っ越し先がここ、中標津で、それにちなんで建てられた。

この映画、飛行機などまだ一般的になる前のこことて九州から一家は列車を乗り継いで北海道を目指すのだが(一家での大変な長旅・・・東京で子供が死んじゃうんだよね)、1970年当時の今となっては貴重な列車群を存分に味わうことができて、鉄の間でも評価が高い。あと、個人的なことを言わせてもらえば、若い頃の倍賞千恵子女史はマジで美人!同じく山田洋次作品の「霧の旗」でも、20系に乗って上京するシーンは客車を見ればいいのか女史を見ればいいのか本当に迷ってしまう程だ。思えば彼女の出演する山田洋次作品にはセットのように鉄道が登場するなあ・・・京成の赤電もか?

「家族」のロケでこの地を訪れ、その美しさ、雄大さに魅せられた山田洋次は、その後ここを舞台に「遙かなる山の呼び声」(1979年)、「男はつらいよ」第33作「夜霧にむせぶ寅次郎」(1984年)、同39作「知床慕情編」(1987年)を撮るのである。しかし、かつてこの辺境にも走っていた鉄路、「家族」の一家を運んだ標津線は1989年4月30日に廃止され、山田映画に欠かせない舞台である中標津の重要な舞台装置は永遠に失われてしまった。

東の方角のさらに向こうに目をこらすと、なんと国後島までが見える。一応うっすらと写っているはずだが・・・見えません?
日本を代表する酪農地帯、道東中標津の象徴である牛を祀った「乳牛の像」。ちなみに、今はどうか知りませんがこの親子、冬の間は撤去されてどこかに保管されているのです。誰も来ないからねえ。ふうこさんは怖がって近寄ろうとしません。
刈り取った牧草ロール群。これは冬の間の敷き藁や食料にするものだが、白や黒のビニールでラップされたものを目にすることもあると思う。皆さん誤解しているようだが、あれはビニールで密封することで干し草を乳酸発酵させ、サイレージを作っているのである。すなわち、サイロでできるものと同じ日持ちのする発酵食品を、牧草地で手軽に作るのである。皆さんが思い浮かべる牧場のサイロは作れば1基5,000万円くらい、そんな物を新規に作る酪農家などもう誰もいない。トラクターで刈り取って、ラッピングマシンのアタッチメントで包んでお尻からコロンと出して行くのである・・・あっ、サイロが発酵飼料を作るための設備だってことも普通の人は知らないのか!(昔酪農をちょっとかじったことがあるので結構詳しいのです)
中標津市街からは遠く西に25kmほど走ったところに、名湯養老牛温泉がある。温泉旅館が3軒だけある、ひなびた温泉街とさえも言えないような秘湯だが、管理人はかつてここの「藤や」に良く泊まりに来ていた。この旅館、「夜霧にむせぶ寅次郎」にも登場し、改築前の庭に面した食堂部分などを劇中で見ることができる。今でも山田洋次氏や倍賞千恵子女史も良く訪れるそうで、フロントにはサインや写真が貼ってある。温泉街からダートの細い道を10分ほど走ると、本当の秘湯中の秘湯、からまつの湯がある。
からまつの湯は露天もいいところの、扉もない脱衣場(とも言えないような代物だが一応男女に分かれている)があるだけの野趣あふれる無料の湯である。夏の間は大体主のようなおじさんが前の広場にテントを張って寝泊まりしていることが多い。当初は入るつもりはなかったのだが、あまりの暑さにもう汗でベトベト、やけくそになって入ってみた。9年ぶり位かなあ。しかし、この時期虻が恐ろしい位の数飛んでいて、裸になった途端に体中に刺すような痛みが走って飛び上がる・・・痛てーっ!これ何とかならんか?湯は結構熱いので、上がって体を冷ましている間じゅうタオルをパンパンやっていなければならない。そうすると、見る見るうちに虻の死骸が・・・
・・・ということだそうです。女性は相当な度胸がないと入れないと思いますです(もっともそういうキレた人を昔和琴温泉で見ているが・・・詳細は昨年版参照)。
からまつの湯からは養老牛に戻ることなく、清里峠への道道150号に抜けることができる(前はずっとダートだったが、温泉街から何やら広い舗装道を作っているようであった)。およそ30分弱で裏摩周の展望台へ到着。夏だけ営業している小さな売店が1軒だけある、訪れる人もまばらな展望台だが、それでもお盆の時期は本州ナンバーの車やバイクでつかの間の賑わいを見せる。
裏摩周展望台からの眺め。画面左側に見えるのが摩周岳(カムイヌプリ)、中央のほんの少し右寄りに第1展望台があるはずである(不思議なことにここからだと目を凝らしても見えない)。昨年版にも書いたが、一般的な観光コースの第1展望台と異なり、裏摩周はツアーバスではまず訪れることはない穴場。

ちなみに、これも昨年版で書いたが、第1の方では霧で湖が見えなかったことは一度もないのに、裏摩周の方では逆にいつも濃霧で見えたことが過去1度もなかった。多分湖面をちゃんと見たのは今回が初めてのはず。

釧路に戻って夕食。春採湖畔、太平洋石炭販売輸送の春採駅隣にある回転寿司「なごやか亭」。帰省すると必ず1回は皆でこちらに来て夕食となる。隣に焼肉屋があって、そちらにも入ってみたいのだが、多分この先も入ることはないだろうな〜
ベルト上を疾走!する新鮮なネタ類。回転寿司とバカにするなかれ、ネタはどれも新鮮で、驚くほど安い(といっても、この店で自腹切ったことはないのだが・・・うひょひょひょ)

ちなみに、この店いつも異常に混んでおり、1800頃に入店すれば必ず最低30分は待たされる。並びたくなかったら1730より前に入るべし。それ以降だったら気長に隣にある本屋巡りでもして待とう。

「なごやか亭」周囲のスペースは、訪れるたびに年々いろいろな店や施設がオープンしている。その充実ぶりはシャッター通りと化しつつある市街中心の北大通りとは対照的。今回訪れたときはまた新たにスーパー銭湯と居酒屋、カラオケボックスができていた。スーパー銭湯は今は廃業してしまった山の上のヒルトップにも負けない、露天風呂やいろいろな種類の風呂が用意され料金はたったの500円と超お得。腹一杯寿司を食った後、食後の運動ということで1時間ほど熱唱大会を開催。部屋もここのようにお座敷があったりして、いろいろな仕様から選べる。しかも安い!
・・・そして私はこういった類のものを熱唱(笑)。この建物のすぐ隣、道路をはさんだ留置線には太平洋石炭販売輸送のDE601が停まっている。なんてシュールなシチュエーション!こうして思ったほど涼しくない釧路の夜は更けて行くのであった。



Part2(under constructiom)