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28/8/2004 |
寝溜めができる体質なので、本日の起床は1100。昔の日記にあるように、ふうこが来た頃は0700頃に起きるという健康的な生活だったのだが、いつの間にかすっかり戻ってしまった。ふうこは飼い主の仕事と休みの日がわかっており、平日は人間より遅く起きてくるくせに、休みになると早くから起きて落ち着きがない。今日も何度も居間と布団を往復して、そのたびに私にペロペロ攻撃を仕掛けてくる。
朝方にうつろうつろ寝をすると、必ずかなりはっきりと記憶に残る、しかもかなり明確なテーマの夢を見るのだが、今朝はバイクに乗った夢を見た。私はかつて乗っていた、CBR900RR、しかも紫黒カラーに乗り、どこかの道路を走っている。そして、斜め後ろには、誰が乗っているのかは知らぬがこれまた私のバイク歴の中で一番好きだったアフリカツインが。シフトといいコーナリングといい、夢ゆえの起きた後のあやふやな記憶ではなく、はっきりとした手応え。それは現実かと見まごうばかりの、実感あふれる夢であった。ひとしきり走った後、高校時代の友人に「やっぱバイクはいいわ〜、また乗りてえなあ・・・アフリカ、かっこいいよな・・・・」と話をしたのも、あまりにリアル過ぎて気味が悪いほどだ(この友人の人選もまたリアルで、それも我ながら笑える)。
これが深層意識の現れだとしたら、自分が思っているより禁断症状は深いようだ。買うんだったらオンかオフか・・・しかし、先立つものもないしどうせ買ったって乗る暇もないし、また夢で逢いましょうか〜!? 寝る!
もう1月近くにもなるが、同居人が咳の発作が止まらず、特に夜になるとゴホゴホ咳き込んで眠れなくなることもたびたび。冷房のせいもあるのかもしれないが、かといって今年の夏は冷房なしで寝るわけにもいかない。北海道に行く直前が特にひどく、出発当日の朝は結局一睡もできずやむを得ず中止を決断するほどであった(結局昼前、フェリーをキャンセルする直前にがんばって行くことになった)。
| 相変わらず同居人がどんどんふうこの服を買ってくるのれす。近作を紹介。左はオーダーメイドで作ってもらった作務衣ですが、なんか沖縄かアイヌの民族衣装のようにも見えるんですが・・・右はお台場の「マザーガーデン」で買ったうさぎさん。 | |
昼過ぎ、家から電話が。寝ている間にふうこが携帯のストラップをかじって、金具を飲み込んでしまったらしい。子供の頃は好奇心旺盛で、なんでも口に入れてしまったふうこだが、最近は落ち着いてきてそういうことはもうないと思っていたのだ。いくつになっても油断はできないな・・・同居人は免許もないし、いつも行く世田谷の病院には行けないので、近所の初めて行く所から電話をしているという。処置としては、腹を膨らませる炭酸を飲ませて嘔吐させ、腸に行ってしまっている場合は腸の動きを促進する注射、また食物繊維を多く含むフードを食わせて早く出すようにするのだが、嘔吐で出てきたのは1個だけで、レントゲンを撮ったら数個は腸に行ってしまっていた。
本来人間が寝込まなければこんなことは起こらなかったわけだが、結局同居人もそれこそ寝込むどころではなく、夕方まで病院であれやこれやとやって、それから自分の医者にやっと行けたそうだ。どちらも薬を山のようにもらってきたのだが、ふうこの診察料は1万5,000円。人間の方はその10分の1もかからなかったそうな。
さてその晩から、フードはウ●チがたっぷり出る繊維主体の処方食、出たものはラップでくるんで揉み出して、金具が出てきていないかを調べなければいけない。医者は多分翌日出てくるだろうと言っていたそうだが・・・私が家に帰ったら、いつもは大喜びで玄関に走ってくるはずなのに、玄関には来たものの明らかに元気がない。半日も医者でいじくり回されて注射も打たれて、すっかりしょげている。普段は私の膝には乗りたがらないのだが、膝を折って座ってみたらピョンと飛び乗ってくるりんと丸くなった。いつも夜は2300を過ぎると勝手に寝室に行って先に寝ているのだが、ふうこは絶対に腹を出して寝ず、丸くなっている。このくるりん具合も、いつもよりも緊密な感じだ。
| いつもよりもタイトな姿勢で「くるり〜ん」と寝るふうこ嬢。右はふうこが飲み込んだ、鳥さんの形をした携帯ストラップの金具。これは最初に病院で回収したもの。 | |
翌日も病院に行って、もう一度レントゲンをとることになっているそうだが、その夕方に同居人が確認したところ2個出てきたそうだが、レントゲンの結果ではまだ1個残っていいるらしい。今日で終わると思っていたのに、延長戦か〜、まいったな・・・しかし、医者が見たところ、昨日と比べると位置も動いているし、もう1日待てば出てくるだろうとのこと。今日もふうこは注射を3本打たれたそうだ。自業自得はいえ、日頃のスケバンぶりもすっかり影をひそめてますますシュンとしてきた。
そして金曜、夕方に電話をしてみると最後の1個が出てきたとのこと。良かった〜、助かった、これで出てこないと開腹手術だよ・・・夕方の散歩も元気いっぱいに引っ張っていたそうだ。こうしてウ●チをこね回す長い3日間は終わったのであった。
誤飲事故は、犬には全く責任がない。すべて異物を手の届くところに置いておく人間が悪いのだ。もう大丈夫だと思っていたのだが、犬は一生しつけ・訓練の継続が大事だと、久しぶりに思い知らされた事件であった。
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19/8/2004 |
前から卓球の愛ちゃんは曽我ひとみさんに似ていると思っていたのだが、誰も言わないのでそう思っているのはオレ一人じゃないのか、オレの目がおかしいのかと思っていたら、最近似ているという書き込みがあちこちの掲示板にあってちょっと安心した。似てるよなあ・・・あと、フジ系の深夜のニュースをやっている滝川クリステル女史も曽我さんに似てると思うんだけど、曽我さんって意外と可愛い系&フランス人っぽい顔立ち!? 実は今、すごくご近所さんだし滞在しているホテルもどこか知っているし、多分どこかですれ違っていると思うのだけれど、ぜひご本人にお目にかかってみたいもんです。
今回の帰省、遊びじゃないんだからそれほど楽しみなわけじゃないです、などとあちこちで言った割にはなんだか結構楽しくて、まだその余韻から抜け出せない。いや、呆けているんじゃなくて、仕事は珍しくかなりのペースでこなしてるんですよ。そうでないと終わらない量なんで。その辺、日本ってうまくできてますね。大体3〜4カ月で「もう仕事したないわ〜」って頃に、そこそこの長さのバカンスがやってくる。これで次の暮れ正月まで働けるってわけです。しっかし、カミさんの実家でこんなにくつろいでしまっていいんだろうか・・・
| 先行公開。春採に佇む太平洋石炭販売輸送のD701の前で。いつも盆暮れ正月に行くからしょうがないんだけど、必ず同じ場所にこいつしか停まってないんだよな〜。D601がこっち側に来て欲しいのに・・・ |
で、この感動を忘れ去る前に形にするべく、旅行記の制作に取りかかったのだが、またもちょっと気味の悪い出来事が。昨日ちょうど北海道初日の晩、定山渓のホテルで見た北海道ローカル番組「水曜どうでしょう」のことを書いていたのだ。風呂上がりに見るともなしに見ていたのだが、いかにも深夜低予算番組風のなんともいえない投げやりなタイトルと、そのくせ同居人が北海道では知らぬ者のいない超人気番組なのだと説明していたのが印象に残って、特に触れる必然もないのに旅行記に一言記しておこうと思ったので・・・
ところが、本日同居人が買ってきたTVブロスを見ていたら、巻末特集に「水曜どうでしょう」!ほらほら来たぞ〜! これなんですよ、私が前に通天閣の所で言っていたのは!こんなタイミングで採り上げる必然はないわけでしょう?
昨夜「ねえねえ、『どうでしょう』が始まる前って、今も大泉と一緒に出てる鈴井さんって人が違う番組やってたんだよね」などと言いながら、あれ?ほんとに鈴井さんで良かったんだっけ?などと思って公式サイトまで見てきたりして、今日になったらご丁寧なことにブロスにプロフィール全部書いてあるよ・・・
知りたいことがあったら、邪念や下心なく純粋にその疑問を口にすればいい。1週間と経たず、その答えは天から降ってくる。単なる偶然なのだろうか、それとも本当に頭の中を覗かれているのだろうか・・・!?
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20/7/2004 |
猛暑が続く中、涼気を求めて海抜2,600mの山の上に行ってきた。
掲示板で0300起きなどと大ホラを吹いておきながら、結局起床は0400過ぎ、0500出発で中央道を西へ向かったが、いくら中日の早朝とはいえ連休中にしては道は空いており、調布から乗ったのにもかかわらず0700には塩山に着いていた。
途中行けると思った道が通行止めで里まで下ってやり直したり、登山口でさて登るか!と着替えを始めた途端、靴下を忘れてきたことに気がついて超ダートをまた里まで下りたり(涙・・・)とトラブル続きではあったが、無事に2人+1匹で奥秩父最高峰の奥仙丈ヶ岳に登ってきた。途中靴下を買って急いで林道を登ってくるとき、なんと車の前を横切ったのは熊! 野生の熊なんて初めて見た。
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| 奥秩父最高峰、奥仙丈ヶ岳の麓にある「夢の庭園」から甲府、富士見方面を望む。 |
工事の対面通行だろうと思っていたのが、結局渋滞は解消せず、30分近くを費やした挙げ句逃げるように相模湖から高速に乗った。こちらはもう渋滞は解消しており、すんなりと高井戸まで帰って来れたが、結局家に着いたのは0200前、人間も犬もグッタリである。さっき存分に汗を流したので、そのまま布団に倒れ込むようにして寝てしまった。
さて翌日。私はアメリカ海軍の世界同時展開演習"Summer Puls 2004"に参加すべく出港した空母キティホークの艦載機を撮影すべく、こちらも厚木に展開予定であったが、予想通り撃沈・・・起きたら昼前であった。ま、こりゃしょうがないわな・・・玄関のチャイムが鳴った。出てみると田舎の叔母さんで、遊びに出てきてこれから帰るのだという。出かけがてら東京駅まで送っていくことにして、車を出してきたが、出してびっくり、左後輪がパンクしている・・・これではとても送れるわけはないので、叔母には悪いことをしたが電車で行ってもらうことにして、だましだまし近所のガソリンスタンドに持って行った。
1999年の6月に車を買った時に取り替えてもう5年・5万km、そろそろスリップサインも出かけてきたし、来月は釧路まで走らなければならない。もうちょっと先にしようと思っていたのだが、命にも代えられないしタイヤ交換を決意、修理完了後その足で晴海のオート○ェーブに向かった。パンクの原因だが、前日に靴下を買って大弛峠へ戻る途中、荒れたダートで林道で若干飛ばし過ぎた自覚があるので、きっと石を踏んだのだろうと思ったが釘だった。スパイクのように直角で刺さって空気が抜けなかったようだ。しかし、パンクには至らないまでも、他のタイヤには薄い金属の板がタイヤに埋まってしまって、多分カーカスが切れかかっていると思われる箇所もあり、なぜ私だけこんなにいろいろ踏むのか・・・とまたヘコんでしまう。バイクも車もチャリも、私が乗る物はすぐに釘を踏むのだ。バイクの時も年2回位やっていたし、チャリは3月に、車は前々回(昨年10月)のオイル交換の時に発見した。
| 時価(推定)3万6,000円をイッキ食い! こういうもんは少〜しだけ食うと有り難みが舌と胃袋に沁みいるモンなんですがね・・・。 |
忙しかった3連休も終わり、夕食は叔母さんのお土産があるというので実家へ。叔母一家は某地方で海辺の民宿を営んでおり、叔父は以前は漁船に乗っていた。今は船は降りて磯で素潜りの漁をやっているらしいが、こんな家なので遊びに行っても向こうが遊びに来ても、とても一般庶民が口にできないような魚介類を「いやというほど」食わせてくれる。アワビ、サザエ、伊勢エビ・・・子供の頃は世間知らずなことに、アワビの刺身など誰でも食えるものだと思っていた。マジメな話、贅沢品だと知ったのは結構後になってからである。
さて今回。最近お土産にももてなしにもお目にかからなかったアワビだが、どういうことか1人あたりの割り当て、というかノルマ(!)が3個(!!)、しかも特大。それを全部バターで焼いてステーキにしたもんだからこれが大変。3個目を食う頃にはバターの油とアワビの濃厚さのダブルパンチでもうヘロヘロ・・・これ、レストランとかで食ったら1個1万2,000円位するんじゃね〜か!? 時価計3万6,000円を一気食い・・・なんで全部ステーキにしたんだ!? その後サザエが2個・・・やめてくれ〜!
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4/7/2004 |
バイクがなくなって、もう長いこと奥多摩に行ってない。
結婚とほぼ同時に車を買って、毎週末どこかに出かけている我々だが、なぜか同居人と奥多摩に行ったことが一度もない。これ、自分的にはかなり不思議なことで、あれほど好きな場所なのに、なんで今まで行ったことがないのか、自分でも説明がつかない・・・
最近はふうこを連れての山登りにも凝っているので、奥多摩には手頃な山もあるらしいし、行きてぇ・・・とは思っているのだが、なかなかチャンスがなかった。で、土曜の朝、前の晩タモさんを見てそれなりの時間に寝たにもかかわらず、なんとか0930頃に起きられたので、張り切って奥多摩に出発! 当初中央道で上野原まで行って武甲トンネル経由で檜原に向かおうと考えていたのだが、ラジオの交通情報が渋滞を伝えていたので、素直に下道を行くことにした。
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| 奥多摩都民の森の道なき道を進むふうこ。この日東京都心は30度を超えていましたが、山の中は20度ちょっとで快適でした。右は奥多摩湖にかかるドラム缶橋で恐怖のあまり固まってしまったことろ。 | |
かつて車に乗っていたときも毎週のように来てはいたのだが、やはり奥多摩というとバイクの思い出が圧倒的に多い。都民の森からちょっと上がった所ではかつて一緒にツーリングに行った後輩が事故ったことがあった。都民の森駐車場は満車だったので、上の第2駐車場に車を停めて、周遊道路を歩いて下ってくるときに、ああ、この辺だったかとニヤニヤしてしまった。笑って済まされる話なだけあり、当の後輩は今もピンピンしているが、あの時は参った・・・そういえば、私が生涯ただ一度、119番を回したのが都民の森駐車場だったっけ・・・
ここは東京都が莫大な税金を投じて作った山間体験施設だったが、完成直後の確か1991年夏、未曾有の豪雨ですべてが流されてしまい、再オープンまでまた長い年月と税金の投入を余儀なくされたいわくつきの場所である。私にとっては奥多摩を攻めて帰りに一服する休憩所であり、駐車場から奥に足を踏み入れたことがない。さて、どうなっているのやら・・・第2駐車場に車を停めて道端を歩いている者などだれもいない。2人+1匹でトボトボ歩いていると、間断なく各種バイクが峠を上り下りしている。なんか、どいつもこいつも流してるなぁ・・・ここまで来てそんなチンタラ走りでええのか!?と、停めて問いつめたくなるが、それも好き好きか。今まで歩行者の目から奥多摩を見たことがなかったので、えらく新鮮ではある。レプリカ、外車、ネイキッド、オフ車、アメリカン・・・TLもSとR両方を何台か見た。あ〜あ、俺も乗りてぇ・・・お前らそんな走りでいいのかよ、ちょっと貸してみろ! な〜んて、そろそろ禁断症状が出て来たようである。
トレッキングの方は軽くその辺を一周するつもりで歩き出したのだが、駐車場を出ていきなり急坂&階段で、あれれ・・・この間飯盛山で自信がついたはずなのに、息が切れてバテバテ。毎日チャリ通勤で脚力も心肺能力も向上してるんじゃなかったのか!? 当初は整備してある快適な散歩道だったのだが(それどころかこれでは井の頭公園辺りと変わらないのでは・・・と若干やり過ぎ感)、下りの別ルートを選んだらここ本当に道なのか!?と思うようなヤブ漕ぎになってしまい、分岐を下に下にと選んでなんとか駐車場に帰ってきた。
なんだかんだで1時間半ほど歩いてきたようだが、噴き出した汗も引くほどの涼しさで快適なトレッキングかと思いきや、なぜこんなバテバテなのかとすっかり意気消沈・・・ふうこだけは意気軒昂で、継続的なトレーニングの必要性を痛感させられた。また第2駐車場までのかったるい道のりを歩き(相変わらず我々の横を大小さまざまなマシンが駆け抜けてゆく)、風張峠を抜けて奥多摩湖―青梅経由で帰ってきた。奥多摩の駅を通過したのが1800で(長いトンネルのバイパスができていたのを全然知らずビックリ。本当に浦島太郎である)、家に帰ってきたのが2000過ぎ、車で2時間で帰って来れるとはと驚く。余程空いていたのだろうか。
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| 朝鮮料理と違い、酸っぱい味付けのものが多い延辺料理。牛の臓物やペニス(!)などの焼き物はなぜか櫓構造のロースターで焼くのですが、これはどうやって使うの・・・!? | |
翌4日・日曜日、本日は1700より金剛山より帰国したのりふと夫婦・H同志と飲みがあり、起きたのも遅かったので、サラリとお台場に。最近着る物がなくなってきたという同居人のためにビーナスフォートに買い物に行き、思いの外時間を食ったため自宅に直帰、結局ふうこの散歩があまりできなかったので、職安通りの「ワンニャンパーク24」まで歩いて行き一時預かりにしてもらう。ここは店内ドッグラン方式の店で、1時間500円なので職安で飲む時などによく利用させてもらっている。
待ち合わせに若干遅れると電話をしたところ、犬食う店に決まりそうなんですけど・・・とのこと。いやいや、別にかわいそうとか野蛮だとか言うつもりないですけど、犬はちょっと・・・ということで、大久保駅近くの延辺料理の店にしてもらった。いつものりふとご夫婦には遠くから来てもらっているし、今日もふとまきさんは夜勤明けだというので、サクッと始めてサクッと終わらせるつもりだったが、結局なんだかんだで2000頃まであ〜だこ〜だとやっていた。詳細はのりふとさんのサイトをご覧頂きたいが、内金剛一帯に日本人が入ったのは戦後初のことらしく、帰国後数日経っても興奮さめやらぬのりまきさんの毒気にあてられた会合ではあった。
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23/6/2004 |
本日はSHIBUYA-AXにて開催される堂島孝平のライブに同居人の付き合いで行くことになり、1800早々に会社を出て半蔵門線で池袋に向かった。
うちの会社、一応ネットつながってるくせに誰も見方知らないから(最近各人とも覚えつつあるようだが)、重役出勤の人間が「なんか渋谷であったらしいぞ」なんて言うと皆で「えっ何なに?」なんて、こいつら完全に昭和で止まってるね。見たらええやん、今いじくってるパソコンで! どうもそういう情報をネットで見ることができるということまではまだ学習していないらしい。
| 中野に綱吉の犬屋敷跡という場所を発見。モニュメントで犬のブロンズ像がたくさん置かれていて不気味・・・ |
ライブは1900開演、相変わらず堂島クンのMCは長い。で、終わったのは2200前で、裏の国立競技場でやっていたラルク(そっちから見れば堂島クンが裏!?)の客と一緒にゾロゾロと原宿まで歩いてきた。またもや腹が減って、閉店直前の柿家鮓で寿司。チョイチョイとつまんで生飲んで、2人で3500円。
そこから新大久保に出て、もう面倒くさいのでタクシーで帰ったのだが、そうすると当然のごとく、前日に発生した男児突き落とし事件の現場の一つ、被害者が犯人の女児と一緒にいたゲーセンの前を通る。同居人に「あ〜ここここ」などと説明して家に着いたが、ニュースを見ていると私にも縁のある児童相談センター(別に入所していたとかではないです)は映るし、被害者の入院しているのは弊サイトにもコンテンツのある国立国際医療センターだし、加害者はひょっとして私の後輩!?
事件の現場をハシゴする一日。しかも、妙に近い・・・
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18/6/2004 |
あんな、今回は大阪の話やさかい、あちゃらの話し言葉でやらしてもらいまっさ。
うちらどうもな、ふと疑問に思ったり話にのぼったトピックスが、すぐ後にテレビとか新聞とか雑誌とかで解説されて「へ〜っ、またこの間の話載ってんねんで!」ってことが良くあるねん。回転寿司の店で同僚と「このコンベアってどこで作っとんのやろか」って話したら、1週間もしないうちにテレビでコンベアのメーカーは石川県にある2社でほぼ独占的に製造されていることを始めとして、詳細な解説を見せてくれるし、一番驚いたのはな、自分が誰に似てるかって話を同僚としている時に、彼は「伊藤敏博や」て言うたんやけど、わし伊藤敏博が誰かわからへんで「へ〜」て返事したんやけど、それから4日後くらいかなあ、定期的に来る取引のある会社からのプレスリリースみたいなもんで、イベントのゲストに来るのが伊藤敏博さんです〜言うて、スタジオで撮った宣材用のPhotoが封筒から出てきたのには大層腰抜かしましたわ。ふうこが家に来て1週間足らずでCM始まったのもそうやし・・・他にもぎょーさんあるけども、もう覚えてられしまへん。
| 低い、低すぎる! この後ダウンウオッシュでマジで海水を頭からかぶりました。管理人の乗ったDD151「あさぎり」搭載の124航空隊所属、シリアル8211のSH-60J。 |
なんでこんな話したかというとやなあ、この間呉地方隊創設50周年記念の体験航海で大阪まで行ってきたんやけど、翌日の6日は一般観光ってことで(わしも乗れるもんなら2日連続で乗りたいんやけど、連れもいるんでその辺配慮せなあかんのですわ)、午後は新世界に行ったんですわ。ほたら当然のごとく通天閣、登りますわな。わしももう11年ぶり位かなあ、またなんや知らんけどようけ混んではって、下の切符売り場でどこぞの兄ちゃんが「こんな混んでるの初めてやわ」なんて携帯で話しとる中をかき分けて、展望台に登ったんですわ。
朝から曇ったりカッと日が照りつけたり、変な日やったけど、展望台で「オ〜明石海峡大橋見えるで〜」なんてやっとったらサーと雨が降ってきてな、またぎょーさん降りよるんですわ。下のモータープールに停めた車にも戻れんし、もう外ぶらつく時間もないので、1階下の展望台で茶でもしばくか〜て、降りたんやけどあいにく満席、しゃーないな、でも外にも出れんし・・・とボーと景色を見とったら、10分位で皆出ていってしもたんですわ。これ幸いと一番入口に近い所に座って、フェスティバルゲートや飛田の方見下ろしながらレーコー飲んどったんやけど、しばらくして背後から、「ジャ〜」て水が落ちる音が聞こえてな、こんな所でなんで水が???と思って後ろ振り向くと、下りのエレベータ待ちの行列の一番前に並んどった姐ちゃんが吐いてたんですわ。
なんかじゃりん子チエのテツみたいな格好したとっぽい兄ちゃんとかと4人組のグループやったんやけど、急に気分悪うなったんかなあ、エレベータのドアの前、江戸前のもんじゃ焼きみたいにうまそうでっせ。わしら手エ貸したもんかなと思ってたら、お店のお姐ちゃんがモップ持ってって、早速内容物を寄せて掃除しとった。ま、当たり前やけど早いで〜。吐いたお姐ちゃんは「すんまへん、すんまへん、手伝いましょうか?」って言ってるけど、「いいですから、大丈夫ですから」って片づけてしもた。
| 大阪で生まれた女が帰ってきたで〜 |
後から来たお客は「兄ちゃんなんやこれ、こっちのエレベータ乗ったらあかんのか〜」なんてすごい行列(2基あるがどちらも結構待たされる)になっとって、その度に兄ちゃんは「いえいえ、こちらに並びはっても結構ですけど、ここでお客さんがゲロ吐かはったもんで・・・」なんて、いちいちゲロの事言わんでもええんちゃう!?(東京やったら言わへんか、「具合の悪くなられたお客様がいらっしゃいまして・・・」位の言い方やろ)
でわしらもそろそろ行くか〜て、結局1700に向こうを出て2300には帰ってきたんやけど、その2日後位かな〜、わし仕事で帰れん時にヨメはんがテレビ見とったそうなんですわ。で、吉本芸人の下積み時代の思い出みたいなコーナーやったそうやけど、最近中森明菜のマネで結構良くテレビで見る友近っていう姐ちゃんのな、お笑い修行言うて通天閣でバイトしとった話やってたんやて。で、当時の彼女を知る同僚の証言ちゅうことで、次の瞬間ヨメはんひっくり返ったそうやね。「ゲ、ゲロの姐ちゃんが出てる・・・!」
もちろんな、ゲロの姐ちゃん言うても吐いた方やおまへんでー。茶店でモップ使うて黙々と拭いとった方や。可哀相に、もううちでは彼女がゲロの姐ちゃんや。でも最近ヨメはんも思ったり口にしたことが直後にテレビとかで出てくるんで気味悪いと思ってるらしい。まさかもう一生顔見ることないと思うてた人がこんなタイミングで、2〜3日後にテレビにバーンと出とったらそら腰抜かしますわ。しかも、ある意味一生忘れられん強烈な思い出や。通天閣・・・怖いとこでっせ〜!
(なんか、キツネ目の男の脅迫状みたいになってしまいました)
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31/5/2004 |
5月29日、ふうこが満2歳の誕生日を迎えた。
今年の前半はサイトに写真も記述も出なくなったのが長く続いたため、一部では重病説も流れたようだが、なんのなんの相変わらず殺しても死なない程の元気さである。先日病院で2歳の定期健康診断があって(誕生日にサービスで無料健診をやってくれる)ひと通り診てもっらったが、まったく問題なし。体重が一時期ちょっと増えて2.4kg程になって若干ダイエットを心がけていたのだが、ちょっと減って2.35kgにになっていた。ベストは2.3kg位なので、もうちょっと留守番時のおやつを減らすように心がけた方がいいかと思っているが、極端な数値ではないし減り基調なのでそれほど心配もしていない。
以前から計画はあったのだが、うちのサイトにもふうこの紹介コーナーを作ろうと、やっと作業にとりかかったのが10日ほど前。例によって構成に凝ったり書きたいことが次から次へと出てきたりで、誕生日に間に合わせようと漠然と考えていたのが、とてもとても・・・まあうちのお客様でチワワコーナーに興味のある方はおられないだろうが、これも自己満ということで生暖かく見守って下さい。秋までには公開にこぎ着けたいと思っています。
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| 相模原の「ツインランド」にてオイル交換中、お店のスタッフの方の愛犬ノア君と。今回交換時のメーター距離は70,871km。 |
現在トップに告知を出しているのでご存じとは思うが、知り合いの小牟田氏がこのほど本を上梓されたとのことで、お付き合いさせていただいているのりまき・ふとまきご夫婦の音頭でその祝賀パーティーを催すことになった。じつはのりふと夫婦は6月にまだ未確定ながら(またまた)金剛山に行く予定があり、その壮行会も兼ねている。ご夫婦にはいつも遠路はるばるおいで頂いて、走って終電に間に合わせるような飲み会ばかりなので、今回は会場をのりふと邸として、秘蔵のコレクションを見せ合う濃ゆいイベントとすることにした。バーベキューパーティということで、我が家からもスペアリブを仕込んで、職安通りのスーパー、韓国広場でマッコリを買って一路西進。
本日は1日にひとつの事しかこなせない時間の使い方が超ヘタの我々には珍しく、予定がいくつもあって、行きがけに一つ一つ潰していかなければならない。まず最初は用賀のランドローバー世田谷サービスセンターに寄って、頼んでおいた鍵の受け取り。レンジの鍵はキーレスエントリーのスイッチつきのデカイものなのだが、もう完全に壊れておりずっと鍵穴に差し込んでロックの開閉を行っている。作り直したかったのだが、本国オーダーものなので納期は長いし値段もベラボウに高いらしい。最近資金繰りにちょっと余裕ができたのでやっとオーダーを入れられたのだが、代金はスペア無しの1個だけで3万2,000円・・・しかもここ、土曜休みで最近なにかと土曜に用事が多いため本日取りに行くしかない。おまけに支払いが即金もしくはカード1回払いのみ(!)で、1年ほど前にトラブルが続いたとき、エンジンコントロールのコンピュータが壊れて見積もりが80万!と出たときはどうしょうかと思った(しかもこの故障、いつのまにかうやむやになって治癒してしまったようである)。やはりレンジはたかだか80万でビビルような金銭感覚と、自分の休みも決められないような身分の人間が乗るもんではない。
鍵を受け取った我々が次に向かったのは(ドラクエみたいだな・・・)相模原にあるランドローバー専門店「ツインランド」。ここは車検をはじめなにかと手がかかる我がレンジの面倒をいろいろ見ていただいている所で、本日は翌週末の大阪行きを控えてオイルの交換をしておかなければならない。予定では昼頃にのりふと邸に着く予定だったのだが、お店に着いた段階ですでに1300を回っている。ありゃ〜遅れる・・・電話を入れたら、もうすでにメンツは集まっているようだが、皆飲み食いそっちのけで写真やら本やらを夢中になって見ているそうで、まこれなら遅れても問題ないかな、と。予想はしていたことだが・・・
オイルとエレメントを交換して、お店を出たのが1350、そこから若干飛ばして、のりふと邸に着いたのは1430であった。本来なら昼に伺うはずだったのに・・・でも、先客は私が言わなくても「勝手にやって」いるようで、酒も飲んでいないのにもうすっかり「出来上がっている」雰囲気。とりあえず全員揃ったので乾杯をして肉を焼き始めたが、その後もほとんどテーブルには着いていない。
| 来年は軍事パレードでもやるかな・・・ |
そういう機会は、実は折に触れてこの日記でも紹介しているように何度かあるのだが、割とかなりのコレクションや知識がありながら「個人的な嗜好」に留まる方が多い(いや、それが当たり前なんですよ・・・)なか、今回のメンツはこれから一暴れしてくれそうな勢いである。しかもこれまではノーマークだっただけに、大御所は大御所で固定してしまって波風が立たない業界にも、新たな視点を持ち込むことによっていっそうの活性化が期待できる。そのような機会に立ち会うことができたのは幸運であった。てゆーか、このメンツを引き合わせたのオレだし・・・
このイベント、表向きは前述のように小牟田氏の出版祝賀会とのりふとご夫婦の金剛山壮行会なのだが、私としてはズバリ29日ということもあり、密かにふうこの誕生パーティーをメインテーマにしていのだ! で、とりあえず献辞(?)を書いてもらった。多分万寿無彊を祈念された犬は世界中にふうこしかいないのではとは思うが・・・犬バカここに極まれりである。
当初は泊まりも想定していたイベントだったが、我々は日曜に葬式があったりするので、全員帰宅することにして、2200過ぎに解散。我々でさえ7時間半、前に来ていた連中は10時間も延々共和国を肴に喋っていたことになる(いや、酒はほとんど入っていないが)。しかもまだまだネタは尽きないらしいが、とりあえず全員乗せて、246経由で帰ったのであった。
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8/5/2004 |
GW中遠出ばっかりしていたから、禁断症状というか遠くへ行かないと気が済まないようになってしまったが、豪遊が祟って改めて一息ついたところで財布の中身を見てみたら愕然! こんなに使ったか!?
だからというわけでもないのだが、本日は予定としては軽〜くふうこの散歩のみ。休日は朝食を家で食べることはまずないので、とりあえず飯を食うべく家を出るが、間もなくふうこが2歳の誕生日を迎えるにあたり誕生パーティーをやろうという話になっており、駒沢にアタリをつけているドッグカフェがあるというので偵察がてら行ってみることにする。
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| 背の低い仕切りがあるため、犬放してOKの「Fumo」店内。 | |||
先程のロンチー飼い主のご夫婦が帰った後、店内の客は我々2人とテラス席の母親と子供夫婦?らしき3人連れ。一通りメインディッシュを食い終わった頃、女2人連れのお客が私の背後の席に座った。この人達も小さなロンチーを連れている。ん、じゃあふうこよ挨拶に行くか?とバッグを出してやった。早速しっぽを振って2人連れの方に走って行くふうこ。「キャ〜カワイイ〜!」との声が背後から聞こえて来る。
こういう時、結構気軽に会話を交わすのが現代犬飼い気質。こちらも振り向いていろいろと話をする。私と背中合わせに座っているのが二十歳位の女性で、なかなかの美人。対して向かい側の人は垢抜けないメガネにハンチングのような帽子、ずいぶん見た目に差のある友達だな〜というのが第一印象である。どっちの人の犬なんだろう・・・距離が近いこともあり、手前の人と二三言話をしたが、向こう側の人がいろいろと質問をしてくる。まだ飼い始めたばっかりなのかな? 聞くと4カ月だという。まだ家に来て1カ月で、散歩に出たのが3回目。それにしては堂々としているし、人にも犬にも物怖じがない。なかなかの大物の予感である。「母がお店で抱っこして離さなくて・・・そのまま帰ってきちゃったんですよ〜」ん? あ、親子ですか。
と思って、向かい側の母親と判明した方を見ると、あれ?・・・誰かに、誰〜かに似ているような・・・
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| ふうこと遊んでくれた石川家の新しい家族、マル君(オス4カ月)と御み足だけ御出演のさゆり姫。うちの日記、妙に芸能人が多いな・・・でも、犬飼うと本当に垣根がなくなるんだよな〜 | |||
こういうプライベートの場でサインくれとか写真撮らせてくれとかいうのは無粋だし(そういっておきながら坂本女史の写真は撮ったじゃね〜かという突っ込みは勘弁いただきたい)。大体しばらくの間は本当に気がつかなかったので、私も本当に自然に犬の話をしただけだが、さゆり姫は地味〜なスッピンの状態で美人の娘と友達と信じて疑わないほど、麗しい方であった。物腰も柔らかいしね・・・
さゆり姫、犬飼いチワワ飼いのちょっぴり先輩として、なにか聞きたいことがありましたらいろいろ相談に乗りますのでよろしく。またふうこを可愛がってやって下さい・
その後、駒沢公園を散歩しようと思ったのだが、天気もいいしまたレジャーシートを引いて昼寝をしようと思い、中目黒のコジマでフードやペットシーツを買ってお台場へ。本日も第3台場でゆっくりと川の字で寝てまいりました。しかし、どうもこの昼寝中にふうこの右目に虫だかゴミだかが入ったようで、目がショボショボして涙がとまらない。やれやれ・・・行きつけの下北沢の病院に連れて行こうかと思ったのだが、さっき駒沢まで行っておいてまた戻るのもなんだし、自宅の近所の病院に。結局目薬を処方してもらって帰ってきたが、ふうこは何かとお土産をもらって来る。チワワを飼いたいと思っている方、この犬種は食費はひと月1,000円ちょっとですけど、体が丈夫でも結構医者代がかかりまっせー。その辺お覚悟を。
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5/5/2004 |
どうも最近この日記も日々雑記というより急に思い立ったトピックスをダラダラと理屈をこね回して書き殴るスペースと化しており、「日記」とはほど遠いものになっている。そこで、今年のGWはつまらない日常を脱していろいろなことをやってきたので、初心に返りここに期間中起きたこと、体験したことを事実のみ綴ってゆくことにした。本当は韓国旅行記も共和国旅行記もずっと続編が残ったままで、こんなことをやっている場合ではないのだが・・・たまには好きなことやらせて下さい(?)それでは始まり〜
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4月29日 連休初日。何も予定がなく、日頃の疲れを取るためゴロゴロするつもりであったが、ある事情により同居人は早くにふうこを連れて外出。私1人で家に残るも、所用がすぐに終わったため電話で同居人に指示を仰ぐ。「これからどうしましょう」。と、天気もいいし出かけるぞ!となって、予定外のドライブとなった。お台場辺りかな・・・とハンドルを握りながら漠然と考えるも、気がつけば車は第三京浜を走っていた(笑)。ケチな我が家には珍しく、三ツ沢から首都高に乗り、大黒PAで一服してから湾岸―横横―本町山中道路経由であっという間に横須賀へ。当然ヴェルニー公園で一服、退役のため帰国直前のスプルーアンス級駆逐艦、オブライエン O'brien DD975をお別れ撮影会と称し撮りまくる。しかしこのショット、まさに「超・極彩」のベルビア100の発色に驚かされます。 |
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いつもは大体横須賀からは観音崎を回って終わりなのだが、本日は東京湾フェリーで金谷まで渡ろうという遠大な計画。連休にポッと行って車乗れるの? いえいえ、実はこのフェリー、人間だけ乗って向こう岸で降りずに帰って来るという遊覧プランがあるのです。ちょうど軍艦でも来れば・・・と思ったのだが、同居人が船に乗るだけならふうこが楽しくないのではというので、(渋々)予定を変更、城ヶ島まで行ってみることにした。三浦海岸でメインルートである国道134号に入らず、剣崎経由の海沿いの道を行く。ここはまるで南仏のような景色が広がる、台地の上から海を見下ろす海岸線が美しいところで、天気もいいし思い切って出かけて良かった!途中宮川という集落にある、風力発電の風車が設置されている公園に立ち寄り、ふうこをモデルに撮影。これは題して「シロツメクサ物語」(笑)。 |
| 思いつきで1000頃に家を出て結構寄り道をしたにもかかわらず、昼過ぎには城ヶ島に着いてしまった。さて、昼飯・・・イカの姿焼きを買い食いでもしようと思ったが、駐車場の客引きのオバチャンにつかまってそのまま海辺の食堂へ。犬いるんすけど・・・「大丈夫大丈夫」。かくして犬連れOKレストランに思いがけず城ヶ島編が加わることになった。私はウニ丼、同居人はネギトロ丼を注文。その後島内を散策、何度も来ている所だが、本日は本当に天気も良く、房総半島や大島までくっきり見渡せて大変気持ちイイ!来た甲斐がありました! 先程の公園で摘んだシロツメクサの花で編んだ首輪(ティアラのつもりだったんだけど・・・)をつけて磯で記念撮影。海、というか水が大嫌いなふうこはもうビビリまくりである。この写真は割と落ち着いた表情をしているが・・・この後山の上で、ラジコングライダーを操縦していたおじさん連中に可愛がられること可愛がられること。 | |
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いつもよりみっちりと海辺を散歩した後、すでに駐車場も閑散とし始めた1700過ぎ城ヶ島を出発。一路R134経由で帰路につくかと見せかけて、三崎口の三差路を左に。葉山・逗子を経由して夕陽を見ようという算段である。途中海自の制服で満員の京急バスと何台もすれ違う。どうやら横須賀教育隊の休暇のようで、バスはみな貸切だった。長者ケ崎の辺りでチラチラと海の方を見ると、なんと!海上に富士山が。さらに右には江ノ島も浮かんでおり、その幻想的な光景に一瞬言葉を失うほど。何度も通っている道だが、そういえば晴天の時の記憶がないな〜。とにかく、一番おいしいポイントで車を降りて撮影。この光景、ぜひ撮ってみたいという方は連絡下さい。場所をそっと教えます。しかしこの後鎌倉にかけて大渋滞で、若宮大路を経由し脱出、釜利谷―上大岡経由で帰ってきた。 |
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5月1日 昨年に続いて、J-WAVEのフリーマーケットを見に六本木ヒルズへ。昨年まで天王洲アイルで開催していたのだが、ヒルズオープンに伴って当然移転してきた。昼前に始まったナビゲータ(パーソナリティ―古い言葉で言えばDJのことです)3人娘(?)によるトークショウ。左から鳥越さやか、クリス智子、秀島史香の各女史。なぜかそこにジョン・カビラ氏が乱入。最前列は割と史香女史狙いか、キモいカメラを持った男共でいっぱい(私もその一人。ん?)なお、ギャラリーはモーオタ辺りと違って結構奥ゆかしいので、なかなか前に出てこない。そのためどうも閑散としており、スタッフが一生懸命声を枯らして「皆さんもっと前に出てきてくださ〜い」と誘導していた。こういうイベントで「前に出ろ」と指示されたのは初めてで、それもビックリ。鳥越さやか女史は「今日はそこに父が来ていて・・・」父って誰だ?と隣を見たら、なんと!鳥越俊太郎がいた。この人俊太郎の娘!?知らんかった。初めて見る生俊太郎は結構ぽっちゃりしていた。 |
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その後昼寝すべくお台場に移動、初めて第3台場にてレジャーシ−トを広げて2人+1匹で寝る。日差しは強いが風は冷たく、木陰で寝ると気持ちいい。翌日は4時過ぎ起きで1日中ドライブ・・・ここでゆっくり体力を蓄えておかねば。親子3人川の字になって寝た後は新宿へ移動、同居人は服を買うと言うので1人でふうこを連れて帰宅。1830、弊サイトに登場するkoma-kabukiアガシより韓国直送のキムチを頂くべく職安通りへ。現地で合流した同居人と3人+1匹で前から狙っていた「スンデ家」へ。ここは外テーブルがあり、(恐らく)犬OKなのだが、このテーブル、いつもモヤシのヒゲ取りなど仕込みをやっていて、なかなか客が座るチャンスがない。初スンデ家で初めてスンデ(もち米をベースに春雨や薬草を入れて豚の血でつないだ韓国風腸詰め)を食べた。う〜ん、予想とは大分違う味・・・マズイわけではないですけど、結構好き嫌い別れる味かもしれません。 |
| 5月2日 同居人は4時起き、運転手は5時前起きで清里へ向けて出発! 青梅街道を西へ向けて走る。連休中も早朝だと一般道はガラガラでかなりハイペースだが、新青梅―岩蔵街道―国道299号で秩父に着いた時には出発から2時間半経過した0800。ここまでですでにドライブとしては充分一日仕事だが、我々にとってはまだ半分でしかない。市内に入るときは若干混雑していたが、国道140号を雁坂に向けて走り出すと再びハイペースに。そのまま中津川林道に突入するも、だんだん霧が濃くなって10m先も見えない。雨もポツポツ落ちてくるし・・・こんなんで山登れるのか ?気が急いて前に現れる車をガンガン抜いて行く。延々ダートを1時間弱、やっと三国峠に到着。まだ霧は濃いものの、何とな〜く晴れてきたような予感が・・・舗装路を転がり落ちるように下って行くと、長野側は雲一つない晴天! | |
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清里の飯盛山登山口に着いたのはちょうど正午で、結局出発か6時間半の行程であった。さてここからが本番である。登山口近くのペンション駐車場に車を停め、いそいそと支度。飯盛山の標高は1,643mだが、スタートの標高がすでに1,300mほどあるので、垂直距離は350m位、標準所要時間は約1時間15分で、ハイキング気分の気楽な登山となる。木立の中で若干ガレた登山道をずんずん進む。空気は冷たいが、汗かきの私はしばらくすると全身から汗がドバー。しかし、日頃不摂生このうえない生活を送っているにもかかわらず、意外に足は辛くない・・・やはりチャリ通勤に切り替えて以来、毎日往復10kmのロードワークが効いているのか!? 三国峠までの曇天が信じられないピーカンの中、1時間10分で頂上へ。ふうこも一度も助けを借りずに自力で登りました!偉いぞ! |
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飯盛山の名の通り、きれいな円錐形をした山容のため、山頂は非常に狭く一段下がったところで昼食。持参したビールがうまい。ここでもレジャーシートが登場、飯を食い終わったところでまた3人川の字になって一休み。正面には八ヶ岳がデーンと広がり、なんていい所なんでしょう! こんなに手頃で景色のいい山を見たことがないっす。さて山頂で1時間ほどゴロゴロした後下山。下りは約1時間の行程であった。これでまだ1600前、このまま帰ってもモロに渋滞にはまるだけだし、清里を観光することにする。ま、私は何度も来ているが・・・清里といえば定番は清泉寮。そのまた定番のソフトクリームを食べた後、夕方の搾乳が始まった牛舎でジャージーとふうこのツーショットを撮ろうとするが、ふうこがビビリまくり。でも、この2匹、大きさは違えどクリソツのような気がするんですけど・・・ |
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5月3日 本日はひと休みというか、寝坊。1800に下北沢で待ち合わせて、同居人の友人と4人で焼肉を食うことになっている。下北へは早めに行って、同居人の靴を買う。友人達と合流後、淡島の交差点にある焼肉屋「韓てら」へ。ここは庶民の我々には日頃縁のない高級焼肉レストランで、近所でもない我々がなぜ裏三宿まで出かけるのかというと、実はこの店、奥にオープンスペースがあって事前に連絡すると犬OKなのである(小型犬のみ。また、一応表向きは不可ということになっているので、行くときは必ず連絡してください)。実は2月に初めて行ったときに、開店4周年キャンペーンで抽選をやっており、当たるわけないと気にも留めず名前を書いておいたのだが、なんと5,000円割引券が当たっていたのだ!この日2万7,000円食べて、勘定は2万2,000円。 |
| 5月4日 チワ友のI女史と横浜へ。天気予報では雨ということになっており、行っても無駄かな・・・と思いつつ第三京浜を南下、臨時に開いていた新港客船埠頭の駐車場に車を停めた(観艦式の時に停めた所と同じ)。とりあえず昼飯を食いに中華街に行くが、すごいことになっています!とにかく人、人、人の波・・・どこまで行っても人の波っちゅー話ですわ、これ。もう因幡の白兎っすよ、人の頭の上を歩いて行ける。GWだからなのか、MM線開業効果なのか・・・どの店も行列で、食事にありつけるまでに30分以上はかかりそうだ。いつも行く店はメインストリートの1本裏側、外にテーブルの出ている半屋台のような店で、犬連れゆえ選択肢は他にないのだが、今回は前から目をつけていた、普通の中華料理屋で犬OKの店に行って来た。 | |
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やっとの思いで食事をした後、いつもの半屋台の店でテイクアウトの杏仁豆腐を買って隣の公園で食べる。しかしここ、良くテレビにも出ているらしいが、今回初めて「エースをねらえ!で当店が出ています」という掲示を見てびっくり!あのラーメン食ってた店か!?知らなかった〜!その後元町散策―港の見える丘公園―また山下公園と歩き、大桟橋から船でワールドポーターズへ。この船は海保の横浜防災基地を回り込むようなルートを通るのだが、埠頭には最近常時停泊のPLH31「しきしま」と写真のPLH22「やしま」が見える。天気が悪いのでEOS&長玉は車に置いてきてしまった。よって「しきしま」は諦め、「やしま」のみお手軽カットでお茶を濁す。なんとか昼間は持ってくれた天気だが、車に乗った途端に雨が降ってきた。 |
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・・・というわけで、近来まれに見るタイトスケジュールのGWは終わりましたとさ。毎日平均4〜5kmは歩かされて、山まで登ったふうこ(横浜訪問用セーラー服着用)、
「もう疲れたわ〜」 |
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13/4/2004 |
最近ドラマをよく見るようになったのだが、なかでもお気に入りは火曜2200から東京ローカルのMXテレビでやっている韓国ドラマ「ホテリア」。自分でも驚くほど夢中になって見ている。またこのドラマの魅力について語り出すと長くなるのでやらないが、私としては「冬のソナタ」より全然面白いと思う。東京でしか見られないのでお勧めしても「見られんやんけ!」とお怒りの方にはDVDが出ているので、ぜひ購入してご覧頂きたい。もし期待はずれだったら返金に応じます(ウソ)。
というわけで、最近火曜は早く帰るようにしている。今日は同居人が遅くなるそうなので、私が早く帰ってふうこの散歩に。1840頃に出てフラフラとあちこっち歩いていたら2時間近くになってしまった。ふうこも良く歩くが、今日はさすがに最後の方はぐずって立ち止まるようになり、スパルタの我が家にしては珍しく抱っこで帰宅。夕飯は先日同居人の実家から送られてきたホッケを焼くだけなので、ドラマまでには充分間に合うかと支度をしていたら、突然テレビにバイクのレースの映像が・・・んん、今日はプロジェクトXの日か・・・なに?鈴鹿8時間耐久?
しまった〜!イヤなもん見てしまった・・・これでは2200まで画面に釘付けではないか。そのまま「ホテリア」に移行して、2300までもうなにもできなくなってしまう。困ったな・・・と、見ているうちに本日のお題はヨシムラらしいことがわかってきた。もうテレビの前から動けないではないか!
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| 日本の2輪レースの歴史を飾るヨシムラのマシン。写真は1990年の鈴鹿8時間耐久で、ヨシムラチームのエースゼッケン「12」をつけたスズキGSX-R750の1号車に乗る第2ライダー、ミゲール・デュハメル。第1ライダーはダグ・ポーレンで、この年6位でした。油冷時代の末期で、すでに他社マシンとの戦闘力も開きつつあり、エースライダーのケビン・シュワンツも乗らず表彰台が段々遠くなってきた頃です・・・あ、日記でやることじゃないか。懸案の新コーナーを早く立ち上げないと(バイク盗まれといてナァ〜) | ||
日本では長い間、バイクのイメージが悪かったり、またこちらの理由の方が大きいと思うが、2輪メーカーというのが産業界に根付いたのが戦後からとまだ歴史が浅いために高価な趣味性の高いバイクを購入する市場が存在せず、パーツ販売が主の会社がその大半を占めていた。完成車の販売に比べれば開発のハードルは低いが単価がずっと安いパーツを大量に販売するには、製品を取り付けた車両でレースに出場し結果を出す、結果レーシーなイメージを植え付けるのが効果的な販促ということで、各企業ともにレースには積極的にかかわってきた。
日本の4ストロークバイクレースの最高峰として各メーカーが激突する決戦の場であり、一時は日本のスポーツイベント中最高の観客動員数を誇った鈴鹿8時間耐久ロードレース、1978年の第1回に記念すべき優勝を飾り、1980年の第2回も優勝しているコンストラクター、ヨシムラの歴史は日本の、いや世界の近代4ストロークバイクのそのまま正史でもある。戦後福岡で創業以来、4本の排気管を束ねる集合マフラーをはじめ数々のパーツを開発し、また総帥吉村秀雄の指揮のもと内外の名レースで輝かしい戦績を残してきたコンストラクターの雄。お堅いNHKがバイクレースを取り上げるなんてなあ・・・と感慨深く見た。一昔であったら「暴走族をテレビで誉めるなんて!」と大ヒンシュクであったろう。時代もだいぶ変わったのかな・・・
でも、ヨシムラの歴史はまさに「プロジェクトX」で取り上げるのに恥じない、高度成長期を支えた市井の技術者による壮絶な闘いで、なんでもっと早くにやらなかったのかなとも思ってしまう。戦中航空機関士であった秀雄氏が福岡雁ノ巣飛行場の近くで始めた進駐軍相手のバイクチューニング、東京は福生に出てきて草レースでの連戦連勝、アメリカに進出したものの、詐欺同然で販売代金を踏み倒され会社の乗っ取り、失意のうちに日本に戻ったが工場が火事を出し大やけどを負う、素材を頼ったホンダからのいじめ同然の妨害行為、後継者として全てを託すつもりだったライダー、加藤昇平の事故死・・・そして起死回生の第1回8耐での劇的な優勝と、どうです、これを「プロジェクトX」で取り上げなくてどーする!という位の山あり谷ありでしょう。
私がヨシムラにかかわった(そんな大げさなものでもないが)のは80年代も末、後にグランプリライダーとして1993年の500ccチャンピオンを獲得するケビン・シュワンツを擁し国内やアメリカのレースでトップコンテンダーとして不動の地位を占めて一段落した頃であった。当時バブルも全盛、エンジンのチューニングをはじめ前後ホイール、キャブ全とっかえで110万の見積もりが平気で出た頃で、何度か相模川畔の工業団地にある工場にお邪魔した。ヨシムラも「Pops Club」というファンクラブのような組織を立ち上げ、定期的な会誌も発行され、イベントでは当時全日本F1・F3同時チャンピオンのダグ・ポーレンに会ってサインをもらったり、なぜか伺ったら会社の慰労会でそこに交ぜてもらい、1等景品の愛川町の地酒を私が当ててもらって帰ってきたりもした。
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スタジオに登場した1980年の第3回8耐優勝マシン、GS1000Rを浅川邦夫氏のショップ「Asakawa Speed」でレストア中の姿。ヨシムラを退社し独立されてからチューニングショップを開業、雑誌「ロードライダー」等でも活躍されています。これは1996年の8耐でウィーク中のエキジビションに出走のため動態に復活すべく整備している所で、タンク等外装も塗装の剥げなどまさにモノホン!って迫力です。 | ||
番組はヨシムラと並ぶ日本を代表するコンストラクター、モリワキの総帥、森脇 護氏と、妻であり秀雄氏の娘である南海子女史(つまり森脇氏は秀雄氏の義理の息子)、秀雄氏の妻である直江女史、長男で現在社長の不二雄氏をはじめ、元メカニックで現在は独立した浅川邦夫氏、スズキの横内悦夫氏、さらには懐かしい第1回優勝時のライダー、マイク・ボールドウィン氏などが出演する豪華な顔ぶれで(まさかボールドウィンをNHKで見られるとは・・・感激です)、貴重な映像や第1回優勝マシン、GS1000の復刻走行など、存分に堪能させてもらった。最近はスタジオでも淡々と語るゲストが多いようだが、南海子女史はスタジオトークでも感極まったのかちょっと涙声になっており、見ているこちらにも万感胸に迫るものがあり、泣かせ要素も充分。番組としてもオイシイ出来であったろう。
GS1000の復刻走行、さすがに鈴鹿は使えなかったようで背景が忠実ではなかったが(竜洋のスズキテストコース?)、ボールドウィン役と交代するライダーはゼッケン「34」と入ったウエス・クーリーのツナギを着ており、ヘルメットもクーリーのネーム入り。この手の番組にしては再現映像も凝っていた。素晴らしい!NHK!放映を知らなかったので、偶然チャンネルを合わせていて正解であった。ネタ切れかと思っていた「プロジェクトX」だが、まだまだやれるじゃないですか。これからもいいモン見せてください。
ただ、ラスト、みゆき女史のテーマ曲に合わせてのイメージシーン、8耐でバックストレッチから130Rを曲がって行くマシンだが、画面の中央で追って行くのはゼッケン「21」ではないですか・・・それは、それは違うんです!ゼッケン「12」はどこ?ああ、感動が・・・!(要するにトップに絡んでいないということですね) 割と最後で台無しというか、苦笑・・・
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25/3/2004 |
朝テレビ欄を見た同居人が「今日TVチャンピオン新幹線王選手権だよ」と言っていたのを、会社にいるときは覚えているつもりだったが帰宅したときにはすっかり忘れており、オープニングをボーッと見ていて肝心な場面を見逃してしまった!回答者の面々の中で最初に敗退した方、奥さんすごく可愛い方なんですよね。ヘッヘッヘッ(なぜ知ってる!?)。ちょうど最初の人物紹介でそのお宅を写しているところでふと我に返ったので・・・あ〜見逃した!ご覧になった方、いかがでした?
内容や問題に関しては改めてコメントする程のものではないのでいいとして(それにしても他のジャンルの時はもうちょっと深い問題が出るような気がするんだが・・・)、ちょっと考えさせられたのは出題者がE4系を「イーフォー」と読んだこと。イーヨンではないんですかね・・・
形式名や商品名に数字が絡むとき、この読み方考は大変興味深いものがあるのだが、今までまともに考察した人はいるのだろうか。例えば、以下のものを皆さんどう読まれますか?
●DC-10(旅客機)
●E10(日本の蒸気機関車)
●X2000(スウェーデンの高速列車&カラオケ)
●E1(新幹線電車)
●F-2(空自の支援戦闘機)
●C-1(空自の輸送機)
●A-10(アメリカ空軍の攻撃機)
●F-111(アメリカ空軍の戦闘機)
●F4(言わずと知れたファントム&ニコンの高級一眼レフ)
●EOS10D(キャノンの一眼デジカメ)
字にしてしまえば何ということはないが、口に出して言うときは語呂の悪い数はどちらに転ぶか。特に「10」は難しい。外国が本場のヒコーキや横文字イメージが大事なカメラはまず「テン」と読むが、そのようなくびきに縛られる必要のない&垢抜けない業界である鉄道はまさか「テン」とは呼ぶわけにもいかず、さりとて「ジュウ」では言いにくいのであっと驚くような(大げさ?)読み方を発明した。「トオ」である。
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| イタリア高速列車の第1世代、ETR450形。「450」はイタリア語で「クワトロチェントチンクワンタ」というのですが、初めて行ったイタリアで何をしゃべっているのか皆目分からない駅のアナウンスがなにかと「クワトロチェントチンクワンタ、クワトロチェントチンクワンタ」と言っているのだけははっきり聞きとれました。それほどインパクトの強い単語なので・・・これはベネツィア・メストレ駅より海上にかかる長いリベルタ橋を渡ってベネツィア・サンタルチア駅に進入してくる所を捉えたショット。 | |||
しかしこれだけでは済まないのがこの問題の難しいところで、語呂に応じて同一シリーズの数字をあっちに行ったりこっちに行ったりしていいのか(カッコ悪いのではないか)という後ろめたさが残るのである。「4」が一つの踏み絵である。「フォー」というのが極めて言いにくいのだ。ニコンの最高級一眼レフ、FシリーズはF、F2、F3とここまでは英語読みで誰の異存もなく来たが、F4に至ってエフフォーと言う奴はいなくなった。それだったらファントムだって最初からエフヨンとは呼ばれなかっただろう。DE10も「テン」と読んだところで、DE11をまさかイレブンと呼ぶわけにもいかない。EOS1はイオスワンだがEOS650を同様にシックスハンドレットフィフティと呼ぶわけにはいかないだろうし、F1はエフワンだがF3000はスリーサウザンドとは誰も言わない。ちなみにNHKだとこの辺の割り切りは見事なもので、ニュース等ではF-2は「エフニ」A-10は「エージュウ」と読んでいる。しかしそれだと、レースのF1もエフイチと呼ばなければいけないのでは!?
さてJR東日本の新幹線シリーズである。頭に「E」を冠するようになった同社の新世代車両シリーズのうち、在来線はE231とかE257なので問題はないとして、よせばいいのに新幹線はカメラの商品名みたいにE1から始めてしまった。いくら横文字に免疫のない鉄ちゃんでも、やはりイーイチとは呼びにくく大勢としてはこれはイーワンと呼ばれている。いかに鉄趣味が垢抜けないといっても、今はカメラをはじめ、たいがいの商品が「ワン」から始まるので抵抗はなかろうが、E2、E3までは問題なく来たもののE4が登場するにおよんで急に皆の口元がモゴモゴし始めた。
基本的に1桁の形式名が存在しない鉄道業界で、皆戸惑いながらもさすがに上記法則の通りか、はたまた根強い伝統か「イーヨン」が主流かと思っていたのだが、今日の番組で一番面白かったのがこの「イーフォー」という言葉であった。私が知らないだけで、意外に趣味界ではこちらで定着しているのだろうか。読み方本位で言えば、JR東の新幹線の形式は1000番代に飛んだ方が良かったのではないかと思う。もっとも1000から始めたのではすでに800系まで来ている百の位が早晩オーバーフローすることは確実なのでトラブルの種であるが・・・じゃあ素直に続番でつけておけよ・・・
商品名と形式名は似て非なる物である。軍用機の番号は少数の例外はあれどもマーケティングとは無縁のもので、C-1があったりF-1があったりするのは仕方がないし、逆に昔と違ってイメージ商売になった鉄道ではキャッチーな形式名をつけるのは確かに意味のあることかも知れないが、1桁の形式名(正確には「系列」だろうとマニアの方からの突っ込みが入りそうだが)の採用にはちょっと慎重になった方が良いのではないかな?と思うのですが・・・結局のところ、おおかた10までの勝負なのだから我慢したら?もう遅いか。
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24/3/2004 |
余程ベタなネタなので、書くのよそうかと思ったのだが、やはり書いておくことにした。
20日にいかりやの長さんが逝った。芸能人の死なんて、別にどうってことないでしょ。ネットで速報ニュースを見てもなんの感慨があるわけじゃない。特に芸能に興味のないたちだし、ドラマを見ない私としてはドラマが主な仕事となってからはほとんど目にすることはなくなっていた。ただ、子供の頃からのおなじみの芸能人にはよくあることだが、ドリフの面々は永遠に生き続けるのではと勝手に思っていたので、「え〜っ長さんも死んじゃうのか・・・」と心に引っかかったのは事実。ガンで仕事を休んでいたとは聞いていたけど、そんなに悪かったのか。
最初は自分的には単なる芸能ニュースではあったが、その後まさにドリフ世代のど真ん中だった自分が見てきた、長さんの姿がいろいろ心象に浮かんできた。割烹着を着た貧乏長屋の母ちゃん、「声が小さい!オイッス!」と言っておきながら子供達が大声で答えたら「シーッ!静かにしろ」と笑わせる脱獄囚、ブーさんとの掛け合いが絶妙の名作雷様、仲本工事ともこれまた絶妙のコンビネーションを見せたちょっと足りない兄弟、説明不要のもしもコーナー、長さんといえば下唇との方程式を確立した「飛べ!孫悟空」の三蔵法師、まだ「土●」という言葉を口にするのに抵抗のなかった時代、ほとんど放送禁止スレスレの連想とコンセプトでアフリカに行き原住民の暮らしを体験してくるドキュメント・・・いろいろな事を、この歳になるまで覚えているもんだなあ。
「太陽にほえろ!」でも誰が好きかとクラスメイトの女の子に問われて、ボスが好きと言って笑われた程、実はボスキャラが好きだった私は、ドリフでもやっぱり長さんが一番好きだったのかもしれない。でも、ボスといっても裕ちゃんのように座っていいとこ取りというわけではなく、ゴリラとからかわれ、水ぶっかけられたりブリキ缶で殴られたりたらいが落ちてきたり、あまりのむごさに笑って見ていられない時もあった。ギロチンで大根をスパッと切って非難ごうごう浴びたりした、まさにある意味の「最盛期」のドリフには、そんな寒々しく見える力業のコントも結構あり、台本があってやってるのはわかってはいるけど、長さんマジで泣いてるんじゃ・・・と子供心に志村さんに自分でも気がつかないほどの怒りを覚えたことも、ちょっと思い出してきた。
ただ、子供というのは時として本当に残酷なもので、「素直な心だからだませない」なんてウソウソ、ひょうきん族が面白いらしいぞと噂が立ったら乗り遅れないようにあっという間に全員が切り替わった。本当に面白いかなんて二の次で、時流に取り残されないようにという打算の方が大きかったように思う。ただし確かに当時ドリフの笑いはさすがにマンネリ化してきて、笑いの世代交代の時期だったのも確かだ。程なくして我々はひょうきん族で心の底から笑うようになったのだから。そして盛者必衰、これもいつしかマンネリ化して飽きられて消えていった。
永遠に続くものなんてないし、終わったら終わったで何十年かのサイクルでやってくるリバイバルブームも、単なる懐古趣味かもしれない。だから、子供の頃の甘美な思い出で評価を割増ししてはイカンと思うが・・・やっぱり長さん、俺らは皆あなたに育てられた子供達です。あなたの生き様を見て自分も中年と呼ばれる年代になってしまった子供達です。渋い役者もいいけど、もう一度昔のようなドタバタコントを見たかったのに、まだ逝ってしまうのは早くないですか?
美談と悲しそうな音楽と、それまで楽しそうにしていたのに急にとってつけたようなしめやかなコメントでうそ臭いワイドショーのニュースなど白々しくて見ていられないし、何度も言うが芸能人が死のうとどうなろうと関心などなかったはずのオレだが・・・今回ばかりはあなたをお見送りしたいと心底思いました。ちょっとお別れが早かったのが残念ですけど、さようなら。良い旅を。
・・・またまた夜中にベタベタの文章を書いてしまったので、照れ隠しもあり、ちょっといやらしい奴の視線に戻ってふと思った疑問を。お通夜に織田裕二とキムタクが来てたが、やはりこの2人、カチ合ったらまずい組み合わせなのだろうか。ニアミスしないように必死に誘導していたりして・・・
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3/3/2004 |
もう本当にいい加減にして欲しい。なぜそう簡単に犬を捨てられるのだろう?
日頃チェックしているチワワ関係の複数の掲示板に、東京で迷子のチワワが2匹保護されているとの書き込みがあったのが2月25日。早速リンクが貼られていた東京都動物愛護相談センターのサイトに飛んでみたが、1匹はうちのすぐ近所。ペンギンさんの柄の服を着て、まあ可愛いこと。保護されたのは20日で、収容期限3月1日となっている。
そう頻繁に更新するわけでもなかろうし、もしかしたらもう飼い主の元に帰ったのかもしれないが、掲載翌日で処理済み(飼い主のもとに戻った)ならもうさすがに消えているだろう。流行犬種だけあって今チワワの捨て犬はかなり増えているらしい。その前にもあるサイトで、ネタかもしれないが富士山麓にチワワを捨てにいったバカ女の話も読んだ。どうもこういう輩は我々常人が想像しがたい頭の構造をしているようで、富士山麓は自然が豊かだからチワワも暮らしやすいはずだとか、捨てておいて寒いと可哀想だから服を着せて・・・とかバカなりに捨てる子たちの事を思いやっているらしい。服を着ているのに首輪はなかったそうだ。やれやれ。
自分の交友関係の面々はチワワを目の中に入れても痛くないほど可愛がっている方ばかりで(マナーもよろしい方ばかり)、現実にそういう奴に会ったことはないので実感が湧かないのだが、日本では1年間に犬が約50万頭殺処分されているというのも厳然たる事実である。1日あたり1,370頭、1都道府県あたり9,800頭。たまたま掲示板に書き込みがあったから目についただけで、昨日も今日も明日も、私の知らないチワワが二酸化炭素で窒息させられ、焼却されている。
目についたからといって、1匹で精一杯の我が家にはこの2匹を引き取る余裕などない。大体2匹を引き取ったからといってどうなるのだ。他の49万9,998匹は見殺しにするの?犬だけでいいの?猫だって兎だって鳥だって、いや哺乳類に限らない、蛇だって鰐だっているのに・・・その先にあるのは偽善が陥るスパイラルだ。時々テレビや雑誌をにぎわせる犬御殿、猫御殿といったものの結構な割合はこの「かわいそう」が行き着いた先なのだ。耐えられない悪臭、糞尿にまみれ皮膚病を患い、誰彼かまわず吠えたてる犬たち・・・しかし誰が彼や彼女らを責められようか。
これは本当は決して口にしてはいけないことなのだが・・・今、1匹のチワワの飼い主として、あえて犬種に順位をつけさせてもらおう。雑種よ、コーギーよ、ダックスよ、ハスキーよ、その他数々の犬種よ、許してくれ・・・刃物の切っ先のような地獄のエッジに辛うじて立っているチワワを、どうしても救いたい。他の49万9,998匹を地獄にたたき落としてでも。でも、現実それはかなわぬ事であった。私にできることは、こんな青臭いきれい事を言ったところでサイトのトップに他力本願の告知を乗せるのが精一杯。何をやっても自己嫌悪。
昨日今日の犬の世界新参者がなにをか言わんやという話であるのも百も承知、ペットショップで犬を買ってはいけないと主張する人々がいることすら最近知った人間が偉そうなことを言えた義理ではないが、お願いですから飼った以上は最後まで責任を持ってください。予想したより手間がかかる、病気になった、なつかない、可愛くない、飽きて新しい犬を買った、引っ越した、子供ができた・・・暮れのノーリードを注意して回ってるおじさんとけんかした時もそうだったが、なぜクソ野郎(女郎もいるだろう)どもの外道ぶりに俺様が自分を責めなければならないのか。
1週間掲載された挙げ句、収容期限翌日に削除された2匹のチワワを飼い主が引き取りに来た可能性は極めて低い。今となっては彼女らがどこかで新しい飼い主と幸せに暮らしていることを祈るしかないが・・・どんな人間のくずでも信頼して信頼して信頼して、幸せにその腕の中で旅立つことを信じていたのに、その忠義をいとも簡単に裏切られ、ガス室に送られた犬達の無念を思うとやりきれません。
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29/2/2004 |
ちょっとした用事で昼間のひとときがつぶれてしまった土曜日、ふうこの散歩は軽〜くいつものお台場コースで済ませたのだが、日曜は珍しくいつもと違った所に行こうということで、葛飾は柴又に行ってみた。
| 矢切の渡しにて。なんか寂しいんですけど・・・ | |||
参道は天気があまり良くないにもかかわらず人で溢れており、さびれた街に住んでいる身としてはこれはこれで羨ましい。ま、観光地だわな〜とちょっと意地悪な目で見てしまうのだが(さっきからなぜそう斜に構えるの?)、そんな下町で篤い人情に感激してしまう出来事がおこったのでございます。まあ聞いてくんねえ。
昼飯タイムなのでどこかに入ろうかとは思うのだが、当然のごとく犬連れで入れる飲食店は限られている、てゆーかない。参道の入口の辺りに露店が出てたので、その辺で買い食いするかと戻ったところ、店の前で煮込みや焼き鳥をテイクアウト風に出している居酒屋?あり。さっきは気が付かなかったが、よく見ると脇に4人座れるオープンテラス?があった。日は差さないが、幸いそれほど寒くもないので、ここで焼き鳥をつまむことにした。5本ほど焼いてもらって、煮込みと屋台仕様のラーメン、缶ビール1本で1,150円。えっ?そんなに安いの!?
| 「かなん亭」前にて。ふうこも「ん〜めぇ〜!」 | |
歩きながら気にはなっていたのだが、どうもデジカメのスマートメディアが見あたらないような気がする。どこにやったんだか・・・別のかばんに入れたか、車に置いてきたんだろうと思っていたのだが、その後帰りがけに鐘ヶ淵にあるドッグカフェでお茶をしている際、やはり別のかばんにもないことが判明。車もどう考えても隠れるような所がない。帰ってきてはたと考え込んでしまった。ん?そういえば、昼飯の時にテーブルに置いたような気がするぞ・・・
店名も覚えていなかったが、幸いデジカメに看板入りで撮った写真があったので、それで104で調べてもらった。電話をしたところ、「デジカメのカードをお忘れですよね」ああそうですそうです!やっぱりここだったか〜!平日は伺えないけど土曜に取りに行きますんでと言って、念のため連絡先を伝えて電話を切った。
と、しばらくして電話が。「こちらから郵送しますけど」なんて親切なのでしょうか!今のご時世、この程度の心遣い(お前が言うナ!)でもなかなかできることではないではないか。「またいらして下さいね〜」ハイハイ行きます行きます。切手代50倍位にしてお返ししますとも。
あまりに感激したので、ここにあえて店名を晒してくれるわい。帝釈天参道の入口にある居酒屋「かなん亭」。外テーブルの4席は犬連れでもOKだし、煮込みも焼き鳥もうまい(焼き鳥はその場で焼いてくれる)。柴又に行かれた際はぜひ寄って頂きたい。
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21/2/2004 |
今週水曜日、やっと念願の厚木出撃でスーパーホーネットを白昼捕獲できた。
昨年11月13日の飛来以来、なかなか撮影に行く日程が取れず気を揉んでいたのだが、キティホークの出港に先立つNLP(夜間離着陸訓練)が硫黄島で2月4日〜14日に行われるとの事前通告が出るに及び、訓練が終わって硫黄島から厚木に帰投する週末に撮影にでかけようと、事前にプロCマンからカールビンソン来日以来のキャノンD60を再び借り出した。しかし、一番飛ぶ確率が高そうな土曜14日になぜか休日出勤が決まってしまい、またも我が身のタイミングの悪さを嘆く。
| ヴェルニー公園でI女史の愛犬、ロンチーのごま君と一緒に。後方は修理中のDDG54カーティス・ウィルバー。 | |
というわけで急遽16日月曜を有給としたのだが、これも諸々の事情により直後に17日に変更。そのまた直後、キティホークの出港が17日と出たため、再び翌日の18日に変更を余儀なくされ、朝会社にいると「あれ?なんでいるの?」というのが毎朝繰り広げられる。いい大人がこんないい加減でいいのだろうか・・・
さらに、17日夕方に会社で何気なく東京湾巨大船情報を見たところ、なんと!出港予定が「18日2359」となっているではないか! なんだなんだ!?出港延期?そんな話聞いたことないぞ。しかしこれが本当だとしたら、これでは出港当日の昼にフライトがあるわけない。しかし、もう3度目の延期はさすがに無理で、泣く泣く決行を決定。あ〜またやられた!!!
翌朝、本当は現地0800前に到着で全機離陸を見届ける予定のところ、どうせフライトがあったところでそんなに早朝からは飛ばないだろうと判断、0700に家を出た。もうすっかりやる気なしモードである。・・・が!現地に到着し滑走路北端に差しかかったところ、なんと空に駆け上がる2匹のスズメバチ!やった〜飛んだ!慌てて機材を引っ張り出し、丘に向かった。
その日の記録は近日公開、初のヒコーキコンテンツとなる厚木レポートでご覧頂くとして、やっぱり一眼デジカメはえがった!帰ってその晩にトップの告知だけだがすぐPhotoを貼り付けることができ、本ページも着々と作成中。これがフィルムだとまだ多分現像もしていないのではないか。その後のCD化を考えると、やはりどうしても1月位はすぐに過ぎてしまう。大体最近はスキャンのクオリティもガクッと落ちてるし・・・なによりフィルム代も現像代も不要!儲かった儲かった〜ということで、件のプロCマンには夕飯たっぷりおごってやりました(えっ?たっぷりじゃない!?)。
| 最近すっかりおなじみのユーコンなんですが、今回もまたこんなコンディションで・・・洋上のキティを追っかけて靄の中に消えて行きました。当のキティはボイラーの蒸気漏れでどうも調子が悪いらしく、また戻ってくる可能性もあるとのこと。 | |
続いて観音崎に移動、磯で遊んだり灯台に登ったりして駐車場まで戻ってきたら、なんとこれまた、キティに随伴する給油艦ユーコンYukon T-AO202が目の前を通過。同艦とは昨年の観艦式でまさに同じ所ですれ違っているが、無心の勝利というか図ったようなタイミングに思わず口元がヒクヒク。まあ超曇天なのでシルエットにしか写らないだろうが、今日はなかなかツイている。
その後ずっと海岸沿いに三浦海岸、剣崎経由で城ヶ島まで来て、海岸を1時間半ほど散歩したが、空にはひっきり間なしにP-3Cが飛んでいるし、1400前にはなんとホークアイが北に向かって飛んでいくのを発見。まだキティは近くにいるのか?その直後、今度はホーネットが1機で現れて厚木の方に飛んでいった。はっきり機種がわかるほど低高度だし、今日は朝のきりしまから数えていくつ目だろう?珍しく意図せず軍モノデーとなった。これだけ見られれば満足!
本日もチワワ軍団の撮影にD60は大活躍なわけだが、ついこの間しばらくは銀塩と割り切って・・・などと書いておきながら早くも心がグラグラと揺れている。またいいタイミングでMk2なんて出すからなあ・・・秋ぐらいにはなんとかしたい!?
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17/1/2004 |
昨年12月2日、バイクが盗まれた。
朝0930、いつもの通り遅刻ギリギリで会社の近くにバイクを停め、降りようとしたところでなぜか前に停めていったスクーターのオヤジに目がいった。何となく、見られているような気がする・・・それは「今にして思えば」の話で、実際あの男は何の関係もないのかもしれないが、何気なく過ぎて行く日常の朝の瞬間でちょっと引っかかったのも事実。きっかり12時間後の2130、さて帰ろうとして停めている所まで行ったら、なかった。
この、経験した人にしかわからないなんともやりきれない気持ち、物好きなことに私はこれで2度味わうことになった。いずれもバイク界では一般的に、タダでいいから持ってってと土下座して頼んでも断わられるような「不人気車」というヤツである。もちろん、世の中には物好きもいるので発注が入ったのだろう、いつもかなり手強いロックを携行してはいるのだが、リアシートの下に収納したままで、窃盗団にとってはまさに持っていってくれと言わんばかりのものである。でも、さすがにTLRを持っていくとは思わなかったなあ・・・・
正直、命の次にバイクが大事、というような可愛がり方はしない性質で、いつもある程度「物」として冷めた扱いをしているし、特にふうこが来て以来、休日ツーリングに行くという欲求もすっかり枯れてしまった。人間の子供じゃないけど、家族ができるってこういうことなんだな。無論、「本当のバイク乗り」という連中は何歳になっても、子供が10人いようとカミさんがいくら怒ろうと何百万の金をカスタムにつぎ込み、毎週末は箱根に奥多摩にと出かけていく人種であることを知っている。自分も30代半ばまで乗り続けた、人並みよりはバイクとの付き合いは濃密だった方だとは思うが、ここに至って若干辛い、いやその一方で他人事のように、一つの決定を下すことになった。
バイクを降りる。
しかし、こんなカッコつけた文を書きながら、128馬力・108万円のスーパーマシンは実は毎日の通勤手段でもあったのだ。現実は容赦なく襲ってくる。翌日から、いや盗まれた日の帰りから電車に乗らなければならない。趣味として付き合うのは結構なのだが、私は通勤電車が大の苦手(誰も好きな人はいないとは思うが)。その週いっぱいは身動きがとれないので不本意な電車通勤を強いられたが、とりあえず安い原チャリでも買わないと・・・大体10万位か・・・しかし、同居人からあたしは服1枚自由に買えないのに(買えばいいのに・・・)、なんであんたは10万単位の物をホイホイ買えるんだよ!とのオブジェクションがあり(この辺がバイク乗りとして突き抜けてない。真のバイク乗りというのはたとえ甲斐性が無くても嫁の意見など聞かずに200万のバイクを買い、前後50万のホイールを取り付けることができるものだ)、確かに金もないし、健康にもいいかと思って、ドンキで「原」ではないチャリを買ってしまった。
| 年夏年始はずっとお台場に通い詰めていたので、たまには目先を変えようと行ってみた裏原宿の通りにいつも出ている、ウソマイクロバスのクレープ屋。 | 寒い時は懐の中に限るわ〜 | ||||
買ってすぐでパンク修理キットも買っていなかったので、商店街にある自転車屋にかついで持っていったら(チューブを傷めるので転がしていってはいけませんよ)、店はなくなっていた。あああ、始まったぞ・・・ハマリが。ここの自転車屋、そういえばずっと前に廃業してたような気がする。しかし、それではこの町の人間は、自分でパンク修理などできないであろうオバサンなどは、どうすればいい?アシモフのファウンデーションシリーズに出てくる、自分たちで原発のメンテナンスができない星の住人の話を思い出した。原発ならブラックボックスでも仕方がないが、チャリのパンク一つ直すことができないなんて・・・
さて近くに自転車屋があるかどうか、改めて考えてみても心当たりがなく、なにかと用事があるし翌週から電車通勤に逆戻り。なんだかんだ言っても1度電車にのってしまうとやはりチャリはかったるい。で結局12月中は不本意ながら電車で通うことになってしまった。12月は中盤から後半にかけてどうも体の調子が良くなく、だんだん目眩がひどくなって仕事も集中できない。暮れに某所でふうこを散歩していたら、変なおじさんに犬をノーリードで散歩させてる連中にあなた達が注意をしたらどうかなどど話しかけられて、カッとなりやすい同居人がその理屈に切れて大喧嘩。正月休みはいよいよ調子悪く、大掃除をする気にもなれない・・・
先週末、新しくチワ友の方と会う約束をしていたのだが、当日朝になって吐いたとのことでキャンセルに。毎年行っている恒例の静岡久能山のイチゴ狩り、これもチワ友3家族で行く約束をしていたのだが、1組が家族の具合が悪くなって実家に帰っているので今回は行けませんとの連絡があり、もうボロボロ・・・
それでも行ければまだ良かった。年に1度のイベントで、皆楽しみにしていたのだ。今回は昨年の観艦式で知り合ったちわわん様が静岡在住で、近隣の方に声をかけてくださってドッグカフェを借り切ってチワワオフをやるところまで盛り上がっていたのに、週間天気予報には17日はなんと雪・・・!?なんで、もうずっと雲一つ無い快晴が続いていたのに、なぜ17日だけ雪???どうなってんだ、俺の運勢は!?
| 大和とアイオワもし戦わばと思いを馳せるふうこ。上京した叔父・叔母を東京観光に連れ出し、不審船を見に行った折、船の科学館で。 | |||
文章を書くことでいくらかでも厄払いになればとは思うが、ちょっとバイクの一件が引っかかっていたもので、日記を更新する気が起きなかった。サイトなんて楽しくやれればそれでいい。自分の行状を洗いざらい書きつづる必要はないのだが(実は大丈夫だとは思うが念のためにここには書かない心配事がある。これにも参った)、バイク盗難という大きな「イベント」を書き飛ばすと後で実はあの時・・・などと説明するのがなおさらおっくうになる。バイクのコーナーも持っているんだし・・・正直、前回もそうだったが、それほど悔しいわけではないのだ。どこかで冷めた、まあいいやなどと心底から思っている自分がいる(気持ちとは裏腹にローンの残額は68万円。前回のアフリカツインが即金で買ったために不良債権を抱えずに済んだのに対して、今回はなくなった物に残り3年ローンを払い続けるという最悪の事態になってしまった)。ただ、何となく、もう説明するのもうんざりというのが正直なところ。そこには怒りも悲しみも後悔もない、ただ茫漠とした荒野のようなすさんだ感情があるのみである。
死ぬも生きるもおまえと一緒。時に体が凍えるほどの冷たい雨に打たれ、真夏の太陽と大出力が生み出す高温の排熱に灼かれ、0.1秒の判断を誤ればあの世行きの超高速、地球の重力と無邪気に戯れるコーナリング、疲労と危険と悦楽を全部脳髄の中にぶち込んでこねくり回して、バイク乗りは生きている。しかし、永遠に続くと思われるその日々も、いつかは終わる。足腰立たなくなるまで乗り続けることができる奴もいれば、金が続かなくなる奴、脊髄をやられバイクどころか二度と手足を動かすことができなくなる奴、あの世に行ってしまう奴もいる。家族を守るため、なんてかっこいいことは言わない。実際そうではないから。でも、潮時というか、買って8カ月後に家に来たふうこに完全に寵愛が移ったのを、彼女は感じ取ったのだろう。そして自分からお暇を頂きますと姿を消したのだと、今は思っている。このままで終わるつもりはもちろんない。50代半ば、足腰立たなくなるその寸前に、もう一度俺はアスファルトの上に戻ってくる(つもり)。では、いつの日か路上で・・・
新年早々縁起の悪い話ですいません。