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29/11/2003 |
どうも私の周囲の人間は優秀なのが多い。真面目なんだけど、バカだったら真面目でも使えないので、頭もいいのだろう。てゆーか頭いいと思う。多分こんな文章書いてる自分が一番しょーもない人間のはず。
自分の学年がもろにバブル入社のピークだったので、大学時代の知り合いなどは優秀でなくても平気で銀行とか生保に行った。で、バイトの先輩、この人はまあ平均!のレベルだったが(多分これを読んでも怒らないと思う)、栃木の人だったので足利銀行に行った。大学は別だったので、社会に出てから会うこともなくなったが、私の結婚式の2次会に来ていただいて、その後年賀状で近況報告が来る。子供も2人いて、順調にパパをやっておられるようである。
が!今日足利銀行破綻とのニュースが飛び込んできた。さてお父さん大丈夫なのでしょうか?思えば皆優秀は優秀だけれど、会社がポンポン飛んでしまうのは個人の頑張りではいかんともしがたく、リーマン人生の悲哀を味わった人も結構いるようで・・・。
高校の友人で有名写真家を輩出する名門学科に行って、さてフォトグラファーかと思いきやなぜかスーパーに行ったのがいるが、ここも程なくしてやめてワンマン経営で名高い銀行の広報に入り、やっと落ち着いたかと思ったところまたまた銀行が破綻。外資を入れて生まれ変わったが、ストレスで体に変調を来してしまったらしい。そのワンマン経営時代は結構楽しくやっていたようだが・・・外資になった途端、金入れてくれ〜と頼まれて、こちらも貯金をいくらか入れてやるつもりだったが、その金は共和国への渡航資金に化けてしまった。その後ずっと気にはなっていて、先日会ったときに「5万位だけど、どう?」と恐る恐る聞いたら、もう円は要らないんだそうだ。ハア、そうですか・・・ここも子供2人いるので辞めようにも辞められず、体だましだましやっているとのこと。
この男に前から、自分の上司の友人でマイクロソフトの副社長なんだが、相当の鉄(専門用語になりますが、鉄道ファンという意味です)でぜひ私に会いたいのでセッティングしてくれと頼まれてる、なんとか機会作って飲みにでも行ってくれんか、と言われているのだが、こちらも鉄っつたって、あちらの年代からいえば布原信号場とか上目名のC62重連とかの話になるのは目に見えているし、恐らく話まったくかみ合わないだろうから、のらりくらりと返答していたら立ち消えになってしまったようで、最近は言ってこなくなった。
| 元町で買ったフードつきセーター。なぜかこれを見ると「ディア・ハンター」を思い出す。 | |||
人を肩書きで判断しているわけでは決してないが、どうせ日本法人の雇われリーマン副社長だろうと思っていたのだ。オイオイ、それを先に言え!あ〜、MS株が!売り抜けて億万長者が〜!(発狂しました)
あるチワワのサイトで、飼い主が不注意からのどにおやつを詰まらせて死なせてしまったという話を読み、号泣。同居人が寝ていたから良かったものの、醜態をさらしてしまうところであった。といっても、こういったエピソードで泣くのは精神的に健康な証拠だとは思うが・・・翻って、ふうこを亡くした時のことを考えてしまって、ついカーペットの上で丸くなって寝ているふうこを無理矢理抱き上げてすりすりしてしまう(向こうは親の心子知らずで大変迷惑そうな表情)。天命なら仕方ないが(それでも1月位は泣くだろうが)、事故で亡くしたら生きていけないだろうな。もっとも、犬でこれだけ悲しいのだから、人間の子供を亡くした時の親の気持ちなど想像を絶するが・・・
そんな親の思いも知ってか知らずか、相変わらずふうこは絶好調!今週末は土日とも雨で外に散歩に出られず、有り余るエネルギーを持て余している。これをお読みでチワワでなくても小型犬を飼ってらっしゃる方、特に運動不足でお悩みの方は、ぜひふうこと一緒に遊んでいただきたい。人間も1日に軽〜く4・5kmは歩かされるので、ご自身の健康にもいいです。
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13/11/2003 |
トムキャットが去って1月半、後継のF/A-18Fスーパーホーネットが本日やってきた。
前にも書いたようにトムキャット命の私はあまりホーネットは好きではないが、しょうがないから行ってきましたよ、平日。ふうこ連れて。午後着だというので0900発で、246経由でR/W19エンドに着いたのは1100過ぎ。北風なので今日はおそらく01方向だろうが、とりあえず丘に登って状況を見ないと・・・あと、撮影までにふうこの走り込みをしなければならないので、とりあえず機材一式を置いてダッシュ!した瞬間に地面がガクッと低くなっている所があって、人が見ている前で思いっきり一回転してしまった。恥ずかしーい!ふうこが「何してるの?」って顔で見ている。こちらのエンドは15人ほどの集まりだったが、相変わらず皆に愛想をふりまいて、さて01エンドに移動。こちらはすでに50人ほどが集まっている。平日だぞ平日!お前ら仕事はどうなったの?・・・ハッ!俺は!?
それからが長く、正午に位置に着いてから待つこと実に4時間半!1400頃からかなと勝手に予想をしていたのだが、これなら昼過ぎまで家で寝ていられたじゃないか。大体もうすごく寒いし、早く終わらせたいんですけど・・・空はもう一面の低い雲でとてもスピード稼げないし、19エンドでふうこを何枚か撮ってしまったのでフィルムを交換して2段プラスにセット。大体こんな事だろうと思っていたが、そんなら最初からRHP買っておけば良かった・・・日が暮れちゃうよ〜早く来てくれ〜!
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| 本日のPhotoが間に合うわけないので、まず1986年11月14日、初めて日本に姿を現したF/A-18Aホーネットをご覧下さい。機体はこれまた初日本配備のVFA-195CAG(空母航空団司令)機。しかし、日付をよく見ると、今日と1日しか違わない・・・なんたる因縁だろうか。 | |||
1630過ぎ、かなり薄暗くなった南の空から空中給油機、KC-10が姿を見せる。スーパーホーネットをエスコートしてきたのだろう、こちらは横田に降りるので西の空を通り過ぎてゆく。さあ、来るぞ!ふうこをバッグに入れてカメラを構えた。しかし条件は既に最悪で、2段プラでもスピードは1/60、場合によっては1/30。これはいくら最新デバイスつきの機材とはいえ写んないだろうなあ・・・と、4機のエシュロンが轟音とともにオーバーヘッド、短い間隔で着陸していった。姿を見せてから5分足らず、長距離フェリーの後なのでタッチアンドゴーも当然行わず、あっという間に静寂が戻った。もう終わりかよ、13機全機が来るのかと思ったら・・・
4時間半待った割には余韻がないというか、こうしてあと何十年付き合うかわからないスーパーホーネット初来日は終わった。これからいやというほど、いやまさに本当にイヤ!という位こいつと付き合わされるのに、わざわざ迎えに行ってやることもないとは思うが、一応記録ということで出張った次第です。
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12/11/2003 |
金曜(7日)の夜から同居人の妹の結婚式で札幌に行って来た。
私の仕事は月末から月頭にかけてが忙しく、7日というのはいわゆるひとつのピークなのだが、こればっかりは仕方がないので金曜早退して一度帰宅、ふうこを散歩に連れて行ってからペットホテル経由で羽田に向かう。行きは1755発JAL533便、機材は元JASの777だ。お〜っ、初めてテレビがついてるヒコーキに乗った。子供みたいに夢中になって機外カメラを見たりテトリスなどをやっておったら、あっという間に千歳に着いた。これ、いいなあ!ヨーロッパ行くときもこんなのがあったら・・・ヴァージンはやってるんだっけ。しかし、JAL側は今もってこんな設備ついてないし、どうせこれから両社の仕様を統一することを考えたら、とてもアリエネ〜けど全部外しちゃうんだろうな・・・それは勘弁してよ〜!
着陸が1923で、アナウンスで次の札幌行きは1936発ですなんて言ってるけど、そんなの間に合うわけねえだろうボケ!と思っていたら、機を降りて5分弱で券売機の前に立っていた。いや〜早い!国際線もこうだったらいいのだが・・・20時過ぎには札幌着、今夜の宿であるホテルモントレ・エーデルホフ近くのつぼ八に。先に親戚連中が集まって飲んでいるという。
我々の年代は結構そうだと思うが、いい年をして子供がいないため親戚付き合いの求心力が弱く、また下の世代が育たないため中年に足を踏み入れつつあるのに、いつまで経っても子供扱いで、自分の方の親戚だとなかなか振る舞い方も難しい(ナンダカナ〜と思うこと、結構あるでしょ?)のだが、嫁の方だとそうボーッとしてもいられない。自分が十代だった頃によく今の私の立場の人を見ていた時の目で、年下の同居人のいとこから見られているのかと思うと、ハァー今俺はあんな感じなのだな・・・と客観的に観察してしまって、なんか面白い。なぜか明日結婚する当人が真ん中で飲んでおり驚く。こんな所にいる場合じゃないんじゃないのか!?
翌日は姉貴のムコさんとしていろいろ裏方仕事をいいつかって、礼服で汗をかきかき右往左往してきたが、勝手の違う北海道の結婚式に「????」となることも度々。北海道出身の方には笑われそうだが、まず会費制だということは知っていても、言付かって新婦方親族一同の会費を発起人に渡す時に、立派なホテルの造りにすっかり勘違いしてしまい「あれ?これは披露宴なのに俺らはご祝儀をどこで渡せばいいの??」と混乱。自分が持っている親族の会費がなんなのかわからなくなるも、ここで渡すのは会費で、ご祝儀は渡したい人がいればここで渡すものだと言われ、やっと納得。そもそもこちらでは会場への払いは結婚する当事者または親がフロントへ払いに行くので、そこで既に勘違いが・・・また、複数いる発起人のなかでこの人に渡すべしというのがあって、当然知らない人なのに受付の誰が金渡すべき人なのかわからん!
また、我々は結局受付でご祝儀を渡さず(姉貴夫婦らしくここは初の「5」で!)、2次会で渡せばいいというのだが、親戚が2次会行くもんじゃないでしょうと言うと、親族の2次会だという。親族の方に来たら友人関係のはどーするのよ!とまた軽い目眩を覚えながら聞き返したら、こちらでは新郎新婦が複数開催されている2次会を巡回するのだという。それは知らなかった!道理で話がかみ合わないはずだよ・・・そもそも、今にして思えば、会費制の結婚式というのは、こちらで言うところの2次会のような、友人が企画するパーティーなのだと誤解していたのだ。結婚式場でやる披露宴と会費制が頭の中で結びつかなかった。やっと納得!大人の階段をまた一つ登ったのである。
親族2次会は母方の親戚がホテル上のレストラン個室でやっているのに顔を出し、「飲んでけ!」と杯を重ねられるも、丁重にお断りして父方の親戚が集まる飲み屋へ。こちらも個室でカラオケ大会と相成ったが、私も同居人の父親の兄弟5人衆と最近レパートリーに加わった「私鉄沿線」と「夢芝居」で応戦。早くから始めただけあって、3時間以上飲んでいたにもかかわらず2200には部屋に帰ってきた。
翌日は丸山公園近くのブライダルサロンへ。その手のセレモニーはとっくに終わっているはずなのに、なぜにそのような所に用があるかといえば、結婚したときに和装で写真を撮っておらず、同居人は常日頃から着物を着てみたいと言っていたため、この機会に撮ることにしたのである。当方はオマケのため、言われるままに結婚式以来の紋付き袴に着替える。階段の上り下りもままならないが、館内ですれちがう度に皆に「おめでとうございます」などと声をかけられて、いや、違うんですけどとも言えず・・・
小1時間程度だろうと思っていたのだが、1000に入ってから終わったのが1430近く。ここで親族一同とは解散して、時間もないし今回は観光に来たわけでもないので、札幌駅に早めに戻って回転寿司を食う。JRタワー、ステラプレイスができてから初めて来たのだが、飲食店などなかなかおしゃれな店がたくさんあって驚く。後は新幹線が来るのを待つだけダネ!タワーにも登ろうかと思って入口まで行ったのだが、900円と聞いて即座に諦める。名古屋の1,200円といううわ手がいるも、それは高いのではないでしょうか。
さて千歳までだが、せっかくなので1人300円を払って「uシート」に乗ってみた。「スーパーホワイトアロー」くずれの785系を期待したのだが、来たのは当然のごとく721系。でも、思ったよりいい感じで、これなら300円払ってもいいかなと思わせるサービスである。千歳では定番、マルセイバターサンドを買って、1855発、747のJAL530便で帰ってきた。
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2/11/2003 |
HP制作なんて、1円にもならんのにどれだけコストをかけることができるのか。いつもこの命題を自問自答しながらサイトを作っている。
弊サイトの写真はポジを写真屋にスキャニングに出してデータ化したものが多いが、これはJPEG、72dpi・150万画素相当という条件で1枚あたり80円、200枚を収容できるCD1枚につき700円がかかる。開設当初は併せて導入したエプソンのGT-9700Fでシコシコと取り込んでいたのだが、これだと12枚まで連続取り込みが可能とはいえ1枚あたり2分位の時間がかかり、おまけに取り込み後も色調調整やシャープネス処理などの工程も必要。他のことをやりながらできるとは言っても、結局2分ごとに机に戻ってあれこれいじらなくてはいけないので、膨大な時間がかかってしまう。
サイトを作り始めた当初は会社に一応一通りのセットがあって、なまじかじっていたこともありマニュアルも読まずどんどん取り込み始めてしまったので、シャープネス処理というものを一切行っておらず、開設当初のコンテンツと最近の物ではクオリティに格段の差があるのはご覧の通りである。どうも当時から気になってはいたのだが、解決法もわからず所詮ホームスキャナなんてこんなものかと諦めてしまった。
| 同居人用のFine Pix4500で撮影したDDG174きりしま。広角寄りの単焦点カメラでここまでアップが撮れるのですから、どれだけ近いかわかります!? | |||
旅行や今回の観艦式など、なにかイベントがある度に、今回こそデジタル移行のチャンス!と思ってカメラ屋に走るのだが、ついこの間まではキャノンのD60が30万という価格で、私的には清水の舞台というよりノルウェーのプレーケストーレンから飛び降りるようなもの。メディアもハイエンドデジカメに見合う容量・読み込み速度のものとなると4万5万、8万位はしてしまう。確かにイニシアルはかかってもその後のランニングコストはほとんどかからないので、どこかでバランスしてあとは安くなっていくことは確かだが、1回の取材で千本も撮るプロじゃあるまいし、どうもそれはかなり遠い未来のような気がしてならない。そしてその時には、現在のスペックのデジカメはゴミになってしまっているだろう。
実は今年5月、空母カールビンソンの取材で撮影した写真はちょくちょく掲示板に登場するプロCマンから借りたD60で撮ったもの。ここでデジカメのメリットを延々述べても今さらなのだが、確かにこれは一回使ってしまうと手放せない。630万画素もあれば確かにプロユースにも耐えるし(私はあの砂っぽい質感が正直好きではないのだが)、サイトが主な用途であることを考えると、撮影してその晩にはアップできるのは大変魅力的ではあるが、RAW画像だとあっという間にCD1枚位になってしまうし、いくらスペースを取らないと言ってもこのペースでCDが増えていくのもちょっと考えてしまう。多くなってくれば収納・整理や必要になったときのブラウジングも大変だ。そんな逡巡を続けているうち、トムキャット騒動と観艦式と続くイベントにぶつけるように、EOS-kissデジタルが新発売されたのである。
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| なんの変哲もない入港作業ですが・・・ | ||||
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| 艦橋にタモさん!? しかも「やまぎり」は第2護衛隊司令が座乗のはずなのに、司令席に座ってるんですけど・・・!?(司令はウイングで入港作業を陣頭指揮) | ||||
今回の観艦式が気分的には乗り換えの最大のチャンスであったが、(死ぬほど迷いはしたが)これを見送った今、近来無かったすがすがしい気分というか、しばらくは銀塩でと割り切って大分楽になった。昔から金には糸目をつけないでやってきたので、フィルムを写真屋でスキャンしてフィルム代・現像代・スキャン代と合わせて1イベントあたり3万円位の負担も当面はやむなしと割り切って(ここ、同居人には見せられません!)、皆様に喜んで頂けるよう自己満Blueforceワールドを展開させて行くつもりである。
さて、そういうわけで銀塩の最大のデメリットがもろに響いて、観艦式のレポートはまったく取りかかれずにいるのだが、先行してちょっとイイ話をひとつ。今回10月24日の予行、26日の本番と2回参加したのだが、本番の朝、ブリッジで階段が狭くて急なので無線で昇降の整理をしている兄ちゃんが、階段の下と「今日(メザシで隣に係留されている)やまぎりにエガちゃん乗ってるらしいぞ」「やまぎりはVIPがいっぱい乗ってていいな〜」と話しているのが聞こえた。
近日公開のめくるめく海上絵巻を堪能した後、横浜まで帰ってくると、なぜか今朝までは岸壁側につけていた「やまぎり」の姿が見えず、我々の乗った「あさゆき」が先に接岸してしまった。あれれ、やまぎりどこ行った?と思っていると、後からベイブリッジをくぐって帰ってきた。
入港作業を見ようと右舷のウイングに出たところ、同じくウイングで僚艦の入港を見守っている艦長が「またウイングにタモリいるかな〜」。エガちゃんだけじゃなくタモさんも乗ってるのか!う〜ん、でもそれって、そっくりさんなんじゃないの?確かにブリッジにはそれらしき人がいるが、いやーあれはどう見てもそっくりさん・・・といいつつ、タモさんを、というのではなくあくまで「やまぎり」をということで1枚は撮っておいた。
さて、ギリギリまで艦内で粘って余韻をかみしめながら降りてきたところ、交通整理の係の自衛官の方に「タモリ見ました?」。えっ!!あれやっぱりタモさんだったんだ〜! 聞く所によると、「やまぎり」は佐世保を母港とする第2護衛隊群の艦なので、福岡出身のタモさんの知り合いか何かの関係の人が乗り組んでいるらしく、その招待なのだろうという。しかし、さすがタモさんと感心したのは、入港時までブリッジで粘っていたことだ。普通の人ならとっくに飽きて食堂か何かで寝ているし、タモさん位の人なら士官室あたりで「こちらでごゆっくり」とか言われてふんぞり返っている所だ。私と同じように、入港の最後の瞬間までブリッジで一心不乱に・・・昔から鉄疑惑の方は事ある毎に囁かれているが(最近は隠してもいないようだが)、フネもお好きなのですか・・・後でファンサイトを覗いたら、船舶一級免許もお持ちだそうで、恐れ入りました!森田艦長の操艦で相模湾沖クルージング・・・「やまぎり」の方々がうらやましい!
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5/10/2003 |
このたび、弊サイト一番の人気コンテンツ「共和国への道」使用の写真が英知出版「裏デラべっぴん」2003年11月号に掲載された。
本年5月のニュースステーション出演以来の媒体露出だが、お話しを頂いたのは8月末。メールで企画ページにおいて共和国を特集したいので写真を使用させて欲しいとのこと。かつてお世話になったこともあるし(?)、エロ媒体に偏見はないので提供自体はよろしいかと判断、許諾のメールを送った。本社は神楽坂にあり、通勤途上なので帰りがけに寄ってデータ化してある写真をコピーして渡す。寄ったのは22時近くだったが当然のごとく会議室のような小部屋ではミーディングがたけなわであった。さすがエロ本業界の雄、本社ビルもオシャレで立派!
その辺に修正前のポジが転がってるのでは・・・などと気になりちょっとソワソワするも、あまり舞い上がってるのも恥ずかしいので一応堂々としたフリで打ち合わせ。といっても、データを向こうのパソコンにコピーしたらはいどうぞお帰り下さいみたいな感じで、特に話を聞くでもない。こんなんで雑誌できるのか?9月頭に素材を提供して、発売は26日だという。月刊誌なのになんという早業!どういう進行になっとんねん?
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| なぜこんな画像が私の日記に・・・ | |||
で、「デラ」もテコ入れを図るべく、「裏」の名を冠してゴシップなど読み物主体の雑誌に生まれ変わるのだそうだ。前から猟奇殺人鬼列伝とか裏社会潜入ルポとか読み物ページは充実(?)してはいたが、こちらも話をしながら昔の誌面を思い出してそんなものかな〜と想定していた。
さて26日、会社の前にある書店に行ってみたところ、最近はめったに足を運ばないエロ本棚にえげつない表紙が並んでいた。早速手に取ってみたが、P99、お〜載ってる載ってる。だがしかし、読み物という構成ではないな〜、これでは取材もインタビューも必要ないわなと納得。おうおう、自分で言うのもなんだが、首領様の銅像とか結構見栄えするでないの・・・錦繍山の路面電車とか、総連の人間が見たら目を剥くだろうな・・・まさかこんな雑誌に載ってるとは夢にも思わない・・・そして、次の瞬間我が目を疑った。同居人が写っているではないか!
何も考えずに一括でデータを渡してしまったので、NGカットと言うほどではないが(前にも書いたようにエロ媒体をバカにするわけではないが、正直)デラ「ごとき」には惜しい貴重なカットや同居人の記念撮影もそのまま掲載されてしまったのだ! あ〜あ、これは怒られる・・・しかも、ゴシップ読み物誌と聞いていたのに、実態はハメ撮りマガジンである。あなた自分のかみさんがハメ撮り雑誌に出ているのを見た瞬間を想像できます?なんにも考えてないな俺は・・・
その他、素材提供のサイトアドレスは間違ってるわ(旧アドレスの上に誤植)、キャプションは違っているわ(平壌のレストランと書いてあるがそこは板門店にいく途中の水穀休憩所)結構突っ込みどころはあるのだが、あまり高い志の企画ではないというのを双方納得ずくということで、不問。データ渡しなのであとで素材が一人歩きしてしまうリスクも心配である。一応誓約書を出させたが、これはあくまで気休めに過ぎない。これから英知の刊行物で妙に共和国のクリアかつマニアックな場所の写真が掲載されているのをいるのを見たら、管理人までご一報下さい。薄謝進呈します。
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24/9/2003 |
今日、トムキャットが旅立って行った。
23日は遊びだけになんの苦もなくもなく早起きすることができ、天気もいいしこりゃええわいと246を西に向かった。道もほどほどに空いており、予想よりもかなり早く現地到着。とりあえずR/W19エンドの小山に陣取ってみるが、まだいたいた。とりあえず4機見える。祝日だけに同好の士も50人ほどいる。
さて受信機のスイッチを入れて、あとは耐久戦なのでボーッと突っ立って時々レンズでエプロンを覗いてみるが、1時間・・・2時間・・・と予想通り全く動きなし。トムキャは最初キャノピーを開けていたのだが、しばらくして閉めてしまった。HS-14のSH-60Fは割とバタバタやっているのだが、固定翼機はさっぱりで秋の一日が過ぎていく。昼頃にはVRC-50とVS-21のS-3が飛び立っていったが、ホーネットがグアムに行っているし、今日もやられたかなあ・・・大体トムキャはいつ帰るのだろう。
1500過ぎ、天気も悪くなりベタ曇り、もはやこれまでと一度り支度をはじめ、せっかくだから01エンドに寄る。しかしここから桜ヶ丘へ抜ける道はいつも混んでいるので、最終的に帰るのは来た道を引き返して19エンドを通ることになる。そうすると、半ばわかっていたことだが、未練たらたらでもう一度小山に。マニアの人数も15人ほどに減ったが、なんとトムキャはキャノピーを開けてゴソゴソやっている!これは期待が持てそうだが、既に時刻は1630、今から始動しても離陸は恐らく1700過ぎで帰投(するならば)は1800以降になってしまう。もうたいがい着陸は諦めたが、これでは離陸だって怪しい。![]() |
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| 1991年9月11日、遂に厚木に配備されたトムキャットを迎え撃つも、折からの悪天候でアプローチはメロメロ・・・来るときも、去るときも悪天候の中だった。お〜い、その角度じゃ回り込めないよ! | |||
今日夕方、いろいろなファンサイトを覗いたところ、11機全機が本土に向けて帰っていったそうだ。ファンの都合に合わせて動いてくれるわけはないが、なにも祝日の翌日に帰らなくてもなあ・・・通常の週ならば仮病でも何でも使ってやるが、連続で祝日が立て込むとさすがにきつい。今日も悪天候で昼からは雨も降り始めたが、なんとか離陸までは持ったようだ。
思えば1991年9月11日、空母インディペンデンスとともに来日した新生第5空母航空団がはじめて厚木に姿を見せたとき、今日と同じような悪天候で第一陣が姿を現した頃には雨粒がぽつぽつと落ち始めていた。それはやがて大雨になり、厚木が初めてのエビエータも多い各部隊はもうメロメロ、ダイレクトのアプローチに切り替えても滑走路を視認できず、挙げ句の果てに誰かが滑走路で脚を折ってクローズさせてしまい、半分は横田へダイバートになるという即応部隊にあるまじき惨状を呈した。何度やっても軸線に乗れず狂ったように周回するバイキングと、まるで戦争でも始まったかのようにその上を飛び回るトムキャやホーネットを呆気にとられて眺めていたのを思い出す。あれからちょうど12年、長かったような短かったような・・・
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19/9/2003 |
私もたいがいいろいろな乗り物を嗜むが、いわゆる特定の「マニア」というのではなく、その時その時で対象が移ろってゆく、かなりいい加減なつきあい方である。
どれが一番好きか・・・と時々自問自答してみるが、その時に盛り上がっている種類のものが一番に思えて、はっきりは決められない。つきあいの長さでいうと、物心ついたときからの鉄道が一番であるが、近年はつまらん電車ばっかりで順位は低い。だって701系みたいなクソ電車が日がな一日2両で行ったり来たりしてる路線、撮っても乗ってもしょうがないでしょ。で、後に海外鉄となったが、こちらも日本国内と同じ状況で没個性の車両が、しかも電車が多くなってきた。正直趣味としての前途は暗いと思う。
で、キャリアで言うと鉄に次ぐ長さを持つのがヒコーキ。これは正直に白状してしまうと、忘れもしない1980年夏、映画「ファイナル・カウントダウン」を見て以来のお付き合いである(ちょっと恥ずかしい)。それ以前、小学生の時にはスーパーウェポンブームなどがありクラス中でビーワンビーワンと大さわぎしたものだが、我ながらそういうのには全く流されないという自信があり、その時は何が面白いのかさっぱり判らず端から見ていた記憶がある。なのに、なぜか友達と見に行ったこの映画にはもう大興奮。体中が感動に震えたのを昨日のことのように思い出す。
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| 初めてトムキャットを見たのは1985年10月12日、横田のオープンハウス。あれほど待ちこがれたトムキャが反対側のエプロンから姿を現したのを見て、人目もはばからず友人と奇声を発して喜び合ったのを覚えている。当時USSキティホーク Kitty Hawk CV-63搭載、VF-211の機体(Bu.No159602)。 | |||
スーパーウェポンブームなんて、それが元で軍オタになった奴なんて一人もいないから、空母艦載機は空軍のものだとみんな思っていた(今もそうだけど)。そんな程度だったが、空モノの主役はなんといってもB-1で、戦闘機だと当時いかにも子供受けするF-16が、正式名称がまだなかったので「ゼネラルダイナミクス」とか「コンドル」とか呼ばれもてはやされていた。海軍機というのはプロデュースする大人の目には留まらなかったのか(多分良くわかっていなかったのだろう)、トムキャットが脚光を浴びることはなかったし、傍観者としてクラスの連中を見ていたときも「F-14って羽根が動くんだぜ〜」とか言うのを聞いた記憶はない。
しかし、この映画がどれほど日本中のメカ好き(軍オタ)少年の心を動かしたかはわからないが、私はトムキャットと、それを母のように包み込む空母という巨大かつ精緻なメカにすっかりイカレてしまい、人生を踏み外したというかヒコーキファンへの道をまっしぐらに歩み始めてしまった。ちょうど趣味のキャリアを始めた頃、米海軍機はいわゆるロービジと呼ばれる低視認性塗装が採用され始めた時期で、海軍機の最大の魅力であるかつてのような派手な塗装は見られなくなりつつあったが、私はその残り火を目にすることができた最後の世代である。
ただ、肝心のトムキャットは、当時横須賀を(事実上の)母港としていた空母USSミッドウェイ Midway CV-41がサイズ上の問題で運用できず、長らくF-4ファントムを使用し続けたために日本では見ることはできなかった(それはそれで今となってはファントムを長く見続けられて幸運でもあったのだろうが・・・)。この頃からブームに火がついたというか、ロボットに変形してみたりトム・クルーズが乗ってみたりミッキー・サイモンが乗ってみたりと、いろいろなところに主役メカとして登場し始めたが、依然として日本のファンの多くは雑誌の中でしか見たことのない「主力戦闘機」であり続けたのであった。
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| 紹介するのは1987年5月16日、厚木のオープンハウスに展示すべく日本近海を遊弋中のUSSコンステレーション Constellation CV-64から飛来したVF-21(Bu.No.161601)とVF-154(Bu.No.161618)のトムキャ。これが2回目の出会いで、ハデハデなマーキングに興奮したせいか上の写真は結構ピンアマなのが残念。この時はまさか後に両飛行隊がインディ搭載で日本に配備されるとは誰もが夢にも思っていなかったでしょう。 | |||
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その後私としても興味の重心がフネに移ったこともあり、厚木やオープンハウスに行くことも少なくなった。すっかり日本の風土に定着したといえばそれまでだが、雑誌でも割と淡々と紹介されているようで、私個人としては正直思い入れのある飛行隊ではなかったこともあり、動向にも注目がいかなくなりあっという間に12年が過ぎた。
そんなニュースを小耳には挟んでいたのだが、2003年中にVF-154は第5空母航空団を離れ、トムキャットは厚木から去るという流れになったようで、趣味誌やネットでも早くて8月、遅くても秋までとの情報が飛び交うようになった。あれほどの人気を誇った機種にもかかわらず、また戦闘飛行隊の機種改編という重大事項ながら海軍からのインフォメーションもいまひとつ伝わってこないのが不思議で、このまま行くとさよならイベントもなしでひっそり帰りそうだ。最終のトムキャット飛行隊は爆弾抱えたフェリックスのマークで人気の高いVF-31 Tomcattersで、同部隊がF/A-18E/Fスーパーホーネットに機種転換を完了するのは2007年の予定。こうして、アメリカ海軍の伝統、「VF」の歴史は今閉じようとしている。
下の観艦式へ「熱い思い入れ」を書いておいてずいぶん安売りのようだが、23年前に初めてその姿を目の当たりにして以来、いつもトムキャットは私にとって特別な存在であった。いや、皆がそうであったろう、その重厚なスタイル、ともすれば醜悪なほどに力強い曲線、数々の映画や小説に主役として登場する、華のある戦闘機であった。
夕暮れ迫る晩秋のランウェイエンド、空の彼方に見える小さい点が見る見る大きくなってゆき、まるで矢じりのような鋭いデルタ翼と化した最大後退角でオーバーヘッドをかけたと思うと見事なブレーク、夕陽にシルエットになった丹沢の山並みをバックにみるみるうちに「七面鳥」とあだ名されるほど鈍重な姿に変身してゆき、深いバンクで回り込み目の前を過ぎ去ってゆく・・・大空を自由に駈ける彼らの、ほんの一面を地上で見たことがあるだけだが、心と鼓膜を震わせたあの甘美な瞬間を今かみしめる。あっという間の12年。もう恐らく彼らと逢うことはないだろう。もう今日帰ってしまったのかも知れない。が、最後にもう一度だけドラ猫たちに逢いに、私は23日厚木に行くつもりだ。
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5/9/2003 |
今年は3年に一度開催される海上自衛隊観艦式の年である。最初に参加したのが1987年、大学のサークルで乗艦券を手配してもらい横浜の瑞穂埠頭から今はなき「あまつかぜ」に乗った。当時まだベイブリッジは建設中で、一緒に出た艦は「たかつき」。懐かしいなあ、事前訓練だったが帰路第三戦速を出して息もできない風の強さにフネってこんなに速いのか!と驚き、また速度を出すと下の方から変な振動が伝わってくるのにも驚いた(最古参だけに調子悪かったのか。その後7年も現役だったけど、これって防衛秘?まあもう時効だろうけど・・・)
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| 1987年の観艦式、私の乗ったDDG163「あまつかぜ」が出航!メザシのとなりはDD164「たかつき」、後方に見えるのはDD165「きくづき」。 | |||
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| ベイブリッジはまだ建設中でした。 | |||
ファンサイトなどではこの多数応募を批判される向きもあるようだが、100枚出したって5,000円だし、情熱があれば出せないということはないはず。過熱をあおるといっても相手は官庁の最右翼、これしきのことでイベントが取りやめになったり一般参加枠がなくなったりするわけではない。他に方法がないのだから仕方がないのではなかろうか。
しかし、確かに過熱ともいえる状況にちと考えたのか、前回まで往復はがきでの応募だったのが今回から普通のはがきになった。これで何が変わるかと言えば、まあ単純に応募側の費用が半額になっただけだが、もしかして名前をすべて登録して複数応募をはねるつもりなのでは・・・但し、往復はがき時代の応募でも住所氏名くらいはどこかで登録したはずだから、その時に複数応募をはねることはできたはず・・・今回の変更は歓迎ながら、今ひとつ謎。
3年間この日のために生きてきた、というのは大げさだけど、あの瑞穂の「祝 平成○○年度海上自衛隊観艦式」のアーチをくぐるとき、そして岸壁につながれたフネが見えてきて、高らかに鳴る生オケの軍艦マーチ、サイドパイプの響き、小さいと思っていたはつゆきクラスの、なんと大きかったこと!そしてその高いマストに翻る一つ桜・・・あの瞬間のときめきを胸に抱いて(時としてすっかり忘れていることもあるが)、日々を過ごしている。
こんな思い入れたっぷりでキモいと思われるでしょうが、日々会社と家の往復でただ飯食って寝るだけの毎日、というわけでもなく、それなりに楽しいことも少なくない日々を過ごしているお気楽オヤジが、さらに楽しいというのだから間違いない。今年はすでに9月8日月曜日が締切なのでこれを読んでからの応募は無理かも知れないが、2006年の夏になったらこの日記を思い出してぜひ応募してみて頂きたい。
閑話休題
| 「冬のソナタ」の一番有名なロケ地、春川郊外の加平にある北漢江の中州、南恰島(ナミソム)。 | |||
私は惰性で第1回をたまたま見たのだが、同居人はその時はまだハマッておらず、初めて見たのは第2回。しかしそれ以来は欠かさず見てその度に涙を流している。この夏の韓国旅行も、まあ半分はロケ地めぐりが動機である。正直大映ドラマみたいなもんで、男にはそれほど面白いわけではない。今職安通りのコリアプラザとかでこんなこと言ったら殺されるかも知れないが・・・ただ、これは今自分が朝鮮半島(南北問わず)にハマッているからなのだろうが、作品というか作品世界にはドップリ浸かって楽しませてもらった。
もともと芸能人とか興味ないし、日本のドラマで奈々子がどうしたキムタクがどうしたなんて知ったことではないが、「冬ソナ」では俳優の人となりや動向までが気になったりして、涙でぐしょぐしょになったティッシュを握りしめて食い入るように観ている同居人の横で「ヲヲ〜!やっぱりチェリンはエロいの〜」とか「ユジンのお母さん、火曜のロマンスと2タテで大変ですね〜」とかすっかりいっぱしの韓国芸能界通になったつもり。ドラマの役柄を超えて皆が愛おしいのである。今までに味わったことのない不思議な感覚だな、コレは。
ユジン役のチェ・ジウ女史、メイクのせいもあるのだろうがかなり半島の人離れした顔立ちで、日本人が見てもすんなり感情移入ができる。ドラマのバイヤーもそこに目を付けたのか? 私的には特に大ファンになったというわけではないし、何度も言うがストーリーそのものに夢中になったわけでもないのだが、彼女のオフィシャルサイトをブックマークもしているし、なんというか・・・うまく言えないが気になる存在なのである。それをファンて言うのでは!?
そして明日、なぜか職安通りで開催される冬ソナオフ会に参加してきます。いや、これは同居人が行きたいと言い張るので、私はついていくだけなんですけどね・・・
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28/8/2003 |
いや〜まいった。現在平日にもかかわらず午前3時。2日前つい出来心でOSのアップデートをしようと思い立ち、ダウンロードをかけたらトラブってしまったのだ。前からこのパソちょっとおかしくて、もう長いことディスク修復不可能なトラブルがあると警告が出ているのだ。それで強行した結果、この下の24日の日記を書き終えたところでアップロードしてみたら本文もPhotoもキャプションもめちゃくちゃになっており、挙げ句に凍って再起動したらOSが立ち上がらなくなってしまった。大事な写真をバックアップもとらず入れっぱなしにしていたのでさっさと入れなおすわけにもいかない。27日は一日「美人姉妹は〜?」とか書いてある変なタグがこの上に出ていて大変お見苦しいところを見せてしまった。修復もかなわず一日地団駄を踏んでいたわけである。
今日は仕事もさっさと切り上げヨドバシで外付けハードディスクを購入、OSリストアをかけてとりあえず大事なデータ類は吸い上げた。最初っからこれをやっていれば慌てなくて済んだものを・・・皆さんもバックアップは本当にこまめに取って下さいね!(オレに説教されるまでもない!?)
ちなみに、もう長い間このパソに巣食っているトラブルというのは、検索をかけると「エクステントBtreeを検査中→エクステントファイルを検査中→カタログBtreeを検査中→問題:規定外キー,4,298」と出るものだが、どなたかMacに詳しい方、この解決法について御教示いただけないだろうか。本当に困ってます。なるべくなら再インストールはしたくないので・・・
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24/8/2003 |
以前より同居人から要望の出ていたTackTackサイトとBluefoceの分離だが、なまじめたりっくのサーバ容量がデカかっただけにレンタルサーバを借りる必要もなく、プロバイダのWebスペースを使い続けたためにホームページを2つ設けることができず懸案のままほったらかしになっていた。今回サーバに移行することによって本来のプロバイダのWebスペースと1パソ1回線で共存が可能となったため、半日かけて分離手術を実施(リンクの直しとかが大変!)、なんとか実現することができた。
TackTackの意向として、なるべく人の目には触れたくないとか訳の分からないことを言って告知もほとんどしていないので、今回も分離後の当サイトからはリンクは貼らない(こんな変則的な運営しているサイト世界中にあるか!?)のであしからず。現状では掲示板に告知がありますのでそちらを参照ください。
| スウェーデンの出店では郷土料理のミートボールジャム和えを販売中。これ、実はうまいんですけど日本じゃ誰も買わないだろうな〜 | ||||
| 祭りだ祭りだ〜!ふうこも夏の装い。 | ||||
夏祭りは暑くなければ気分が出ないなどと皆無責任に言うが、なんのかんの言っても快適に過ごせればそれにこしたことはない。今年の東京は完全に夏不発で、例年人混みに揉まれて汗まみれだが今回はそんな不快さとも無縁かと期待していたら、なぜか開催当日は遅れてきた夏本番の33度。8月3日の横須賀以来の酷暑になってしまった。麻布十番駅は改札から出場制限してるし、どこに行っても人人人・・・
まずいつも時間がなくてゆっくり見られない、界隈の大使館や外国施設の人々による各国のお国自慢料理屋台に行き食えるだけ食う。スウェーデンのミートボールジャム和え、北京ダック、トルコのローストビーフサンド(のようなもの)、ビールも進み本当はナン付きのおいしそうなカレーが食べたかったのっだが、この人混み&犬連れで手が塞がっている身では若干危険であきらめる。これ、結構人の浴衣とかにこぼしちゃったりする人いるんじゃないの?
毎回楽しみにしているのがFM東京で土曜夕方1700からやっている不思議な番組「サタデーウエイティングバー AVANTI」の出店。これ、仙台坂上に実在すると言われているイタリア料理のレストランを舞台にしたトーク&コメディの番組なのだが、いつもペンネやパスタ、軽いアルコールを用意したおしゃれな出店を出している。前の週にOAで合い言葉を教えてくれるが、これを店で言うと「ちょっとした」プレゼントをくれる。
| 「おや、ひょっとしてアヴァンティをお探しですか?良かったら御一緒しましょう。いえね、私も・・・」のフレーズで始まる土曜午後のひととき、イタリアンレストラン"AVANTI"。 | ||||
しかしとにかく人出が多い。暑さもゲンナリしてきたこともあり、六本木ヒルズへ抜けて帰ろうと歩き始めたが、十番通りはどうにもこうにも身動き取れないのでなぜか当の仙台坂を上がって大回りし、全く人通りない真っ暗な道を通ってヒルズにたどり着いた。もう2100を回っているのにこちらもすっかり不夜城の様相を呈している。角のスタバで一服しようと思ったが屋外のテーブルなど1席も空いておらず、そのまま六本木まで歩いて帰ってきた。
今トップページに入っている残暑お見舞いの写真はこの時に六本木ヒルズで撮影したものです。
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18/8/2003 |
ふうこは今日抜糸なので、月曜休みの同居人が病院に朝一で連れて行くとのことだったが、昼過ぎに電話したらまだ行っていないという。
どうもまた何か飲み込んだらしく、私が家を出てから何回も吐いているのだそうだ。う〜ん、しょうがないなあ・・・抜糸自体はどうしても今日でなくてもというものではなく、今週末でも良いらしいのだが、いつまでも着けているのもなんか痛々しいし早くすっきりさせたいのでなんとか今日中に行くように頼むものの、同居人は免許がないので病院までは電車を乗り継いで行かねばならず、途中で吐かれても困ると渋る。まあそれはその通りで。
その後どうやら落ち着いたようで午後に行ってきたらしいが、抜糸は無事終了で吐き気については注射と飲み薬の処方が出たそうな。抜糸は全く痛くないので今日は怖い思いをしなくて済んだはずなのだが、自業自得で結局痛い思いをすることに。吐いたものの中には朝食のフードに混じって、居間の床に置いてあった先日買ったボイスレコーダーのチラシらしき紙片が見つかったとのこと。そうすると家中散らかしてある我々が悪くて、ふうこは被害者ということになるのだけれど・・・もういい加減食うなや〜!紙なんてうまくないでしょ!
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| 竹本クンが表紙の第5巻は8月19日発売。同居人が早速買ってきました。 | |||
羽海野さん、あんた天才だよ! コメディとして出色のギャグのキレ、全員が主役を張れるほどのキャラ立ちまくり、これが全員魅力的かつパワフルに動いて、とても女性向けコミックに止めておくには惜しいほど楽しい&切ない作品で一気に4巻を読み切ってしまった。あ〜5巻!早く!ところがまるでマイブームを待っていたかのように、5巻は8月19日発売、おまけにこのたび講談社漫画賞受賞で現在首都圏JR路線で吊り広告の展開と9月8日には「ダ・ヴィンチ」で作品特集と嬉しい展開になってきた。
この手のコメディって、少人数がいつも同じ所をグルグルグルグル・・・と回って、無理矢理一緒に旅行に行ったりするので、お前ら他に友達いないんかい!と突っ込みたくなってそれで萎える所があるんだけれど、この作品にはあまりそのインナーサークル感が感じられない。実際インナーサークルなんだけど、作者の力量か主要キャラが6人と若干多めなのがいいのか、無理ない設定に思えて物語に没頭できるのだ。男としてはちょっと「ツルモク独身寮」を思い出すテイストで、懐かしさも入っているかなあ。絵も今風だしスピリッツとかに載っていても違和感がないので、漫画賞受賞でもっと男の読者も増えたらいいなあと思ってます。でも、この作品、最初宝島社のなんとかいうレディース系コミックで連載していたのだが、名前を知らないだけあって休刊の憂き目にあいヤングユーで引き取られたという経緯らしく、なにげにストーリー外でも波瀾万丈なのである。そこで埋もれなくて本当に良かった。目利きの編集者に感謝! 末永く連載を希望!
ちなみに、聞きたくもないでしょうが私的に一番好きなキャラは当然山田あゆです。
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17/8/2003 |
ふうこは当初極小とのふれこみだったが、現在体重は2.2kg、現代のチワワとしては標準的な大きさになった。何より健康が一番だし、今の体格には全く不満はないが、これでも生き物としては不自然な大きさなのか結局乳歯が抜けなかった。また、仔をとる予定がなく、生理が不順だったり歳を取ってからの乳腺腫瘍などの婦人病が心配なため、以前から不妊手術を検討していたのだが、ボーナスでやっと資金が確保できたので卵巣摘出&抜歯を同時にやることになった。
ふうこを買ったペットショップがワクチン注射などでいきつけにしている病院は自宅からはかなり遠いのだが、車で行けば20分位だししっかりしている所のようなので結局そのままかかりつけになっている(一回でかい木片を吐いた時だけ急患なので近所の病院に連れて行った)。ここは偶然にもプリンセステンンコーこと引田天功女史もかかりつけにしている病院で、ふうこは光栄なことに将軍様から贈られた共和国の天然記念物に指定されている豊山犬(プンサンゲ)の「ラルナピエナ」(スペイン語で満月の意味)と同じ医者に診察してもらっている。なお彼女の自宅には虎もいるようだが、これら猛獣をどこで診察するのかは知らない。
話が脱線したが、不妊手術は1泊2日、オペは午後イチで始めますとのことで先週土曜日(8月9日)、朝9時過ぎに病院入り。まず血液検査をして肝臓、腎臓などの機能をチェック。全身麻酔に耐えられる状態であることを確認してから我々の手を離れ奥に連れて行かれてしまった。そのまま鎮静剤を3時間くらいに渡って点滴するとのこと。その間病院にいても仕方がないので、一度外出し買い物などをし、13時前に再び病院に戻る。
2回のオペ室に案内されて、麻酔がかけられるのを見守るが、もう鎮静剤が全身に回って目つきはトロンとしている。すでに意識はないとのこと。我々を見ても誰だかはわからないという。その後気管にチューブを入れて人工呼吸器につなぐのだが、普段絶対に歯の掃除などでも口を開けさせてくれないだけあって、麻酔の効いてくる中で頑強に口を閉ざして抵抗していた。我々も医者も苦笑い。恐ろしい女だ・・・ここで我々は退出、1階のロビーからオペ室カメラによる映像で見守ることになる。
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| 田舎の家で私のおかんに、「へいらっしゃい! 何に握りやしょう!」とでも言わんばかりのふうこ。 | |||
翌日は昼前に検査をして、異常がなかったら帰って良いとのことで、昼過ぎに迎えに行ったら腹の縫い目が痛々しいながら元気そうな様子で奥から出てきた。最近は人間も必要以上の安静は良くないとのことですぐに歩かされたりするようだが、犬はさらに丈夫で翌日から普通に散歩に行ってもいいのだそうだ。抜糸は10日後。傷口を気にして舐めるようだと首にエリザベスカラーという大きなシャンプーハットのような円板をつけなければいけないのだが、全く気にしていないようでケロッとしている。痛くもないのだろうか・・・さすがに翌日は散歩には連れて行かなかったが、週半ばからは通常のペースで夕方の散歩にも行くようになった。
翌週末は親に付き合って田舎の各親戚を訪問してきたが、せっかくの休日に家で留守番もかわいそうなので連れて行った(そのほうが家でゆっくりしたい当人にとっては迷惑!?)。初の訪問だけあってどの家でも大人気であったが、まだ腹を見るとブラックジャックの顔みたいになってるのに我が物顔で大暴れ。こんなに小さくても犬の生命力は変わらないらしい。さてこれだけやって、費用はいかほど?
血液検査が3,000円、避妊手術が50,000円、抜歯が1本2,000円・5本で10,000円、しめて63,000円でありました。
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4/8/2003 |
いや〜暑いですね。でもまあ例年に比べたらまだましな方、というかなんだかんだで20日位は得をした勘定だ。遂に7月中はクーラーをつけなかった。電気代も助かったし、何より首都圏の電力危機が回避されて一安心である。
先週末に認可待ちでストップがかかっていた24メガADSLだが、NTTからモデムが送られてきてやっと開通の運びとなった。2つ下に書いたように今回もダメだろうなあ・・・ととりあえず期待はせずに接続してみたが、これがいい案配にスピードが出ているようである。一安心しつつ、メールの設定に取りかかる。だが、パスワードを何度入力しても認証ではねられてしまう。また始まったよ〜。
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| 栄光のロイヤルエンジンとのツーショットが実現!なんと誇らしげな表情でしょうか(親バカ) | |||
今年はペリーさんが浦賀に来航して150年とのことで、8月2・3日に横須賀市で「よこすか開国祭」なるイベントが開催された。パレードや各種催しに混じって本年の横須賀米海軍基地オープンハウスと、なぜか鉄関係もEF58 61にDD51 842+旧型客車展示公開という訳の分からないラインナップになっている。3日の夜には花火大会もあるとのことで、うちの一家+同居人の友人であるA女史で新宿から215系の湘南新宿ラインで横須賀に向かった。
さて横須賀に降り立ってみると、内心パスしてもいいかなと思っていたゴハチだがそこは鉄心がムラムラと湧いてきて、呆れる一行を引き連れてとりあえず撮影。こんな調子じゃ基地にたどり着くのはいつになることやら・・・来年の年賀状用に常々いいネタを探しているので、ふうこを旧客の窓から出してみたりいろいろとやってみる。ゴハチは先日(といってもかれこれ1年ほど前)ちょっとした用事で旧品川運転所にて間近に見ているが、今回も各部恐ろしいほどに磨き出されていて感心。東ももう廃車にするのはあきらめたみたいなので、いつまでもこのコンディションを保って欲しいものである。さて、後ろ髪を引かれる思いで駅前に戻り今度は海に目を転じてみると、ヴェルニー公園前にはそこそこの顔ぶれに加えて米沿岸警備隊のハミルトン級カッター、HEC725ジャービスJ A R V I Sが停泊していた。
| ふうこの一人旅♪ 客車はJR東日本高崎運転所所属、貴重な戦前製旧型客車のスハフ32 2357。 | |||
お前らねえ・・・ふざけんな! ああいいですよ、そんなにまでして軍艦なぞ見たくありません! もうとっと引き返して、しょうがないから三笠の前にたくさん出てる出店でとりあえず腹が減っているので焼きそばを食った。中に入ってアメリカンな食事を楽しみにして何も食わなかったのだ。
世の中どんどん悪くなってく、なんて通り一遍のことは言いたくない。共和国では犬爆弾というのもあるらしいし(子供に爆弾を埋め込んで特攻させるのもあるらしい)、余計な物を持ち込ませたくないのもわかる。こんなご時世だ。でも、さすがにそこまでギスギスした所に遊びで行く気持ちにはなれない。途端に醒めたというか、戦争が向こうからぐんぐん近づいてくるのにこっちから迎えに行くこともあるまい、と思ってしまう。昔はこんなことなかった、なんて言うまでもない、つい2年前まではそんなことは夢にも思わなかったのだ。向こうもそうだろうけど。好きでやっているのではない。でも、軍隊って単なる人殺しの集団じゃないんです、基地の中にも人々の営みがあって、喜怒哀楽があって、我々と変わらない種類の人間が暮らしているんです、と皆に知って欲しくて、オープンハウスに友人を連れて行ったのに、金属探知器くぐらされて最低限の持ち物にまで制限されて、なにが相互理解だ温かい目だと言いたい。
A女史には大変悪いことをしたが、入れないものは仕方がないので祭り期間中は入場料無料という三笠を見学。その後横須賀中央駅前通に移動してパレードを見た後、本来メーンの後に控える第2イベントのはずであった花火大会をベストポジションで見物、終了後は激込みが予想されるため早めに会場をあとにして帰りは京急で帰ってきた。
犬連れ禁止についてその後考えてみたが、横須賀だけの特例ではなく横田や厚木などにも拡大されるのではないか。そうするともう我々はオープンハウスというものには縁が無くなってしまった。何度も言うが今さらそこまでして見たくもないが、自衛隊と来航艦船はこんな措置はとらないで! まあ「愛される」自衛隊はやらないだろうけど・・・来航艦船は厳密に言うと検疫とかの問題はあるんですよね。そう思うと、確かにうちのふうこは鞄に入れて蓋をしてしまえばわからないが、昨年の韓国海軍は良い対応をしてくれたと思う。
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18/6/2003 |
6月11日。午前中外で仕事をしていた私が会社に帰ると、後輩が「なんか朝日に北朝鮮の掲示板に海上保安庁の人間が書き込んでどうとかで騒ぎになってるみたいですけど、Blueforceさんの所じゃないんですか?」。なんじゃそりゃ? とりあえず立ち上げて私がサポーターズサイトとしてリンクさせていただいている「自由に語ろう北朝鮮」の「Salon De 北朝鮮」へ。ところがどうも様子が変で、な〜んとなくわかってきたような・・・ん!? その騒ぎになってる掲示板って、ここじゃ?
自分の掲示板に飛んでみて、同居人の書き込みを確認。やっぱりただごとではない。もう一回後輩に確認。朝日っていっても朝そんな記事見なかったぞ? ナニ、ネット版?先にそれを言え! それならすぐに見られるではないか。ん〜ん、なになに・・・掲示板に海上保安庁の職員が職場から書き込みをして厳重注意? どうやら書き込みを見た管理人がIPアドレスから海保からの書き込みと判断、それを新聞社に伝えて記事にしてしまったらしい。最初に出たのは朝日ではなくて毎日の朝刊で、社会面にかなりデカデカと載っているらしいこともわかってきた。
これを受け、2ch方面で管理人が秘匿すべき書き込みの個人情報をマスコミに提供したということで、いわゆる「祭り」が勃発、総攻撃の様相を呈しているらしいこともわかってきた。同時に当サイトもアクセス数が急増、平常時の3〜5倍くらいのカウンタ数を記録しはじめた。そういえば、なんとなくその書き込み記憶がある・・・荒らしとも言えない、ましてや削除対象になどなるはずもないどうでもいいような書き込みだったような気がするが・・・
さて、ちょっと状況が飲み込めてから、考えてみるとあまりに不可解なことが多すぎる。あまりに書き込みの内容がハイブロウ過ぎ私も書き込むことはめったにないのだが、一応管理人諸氏は存じ上げているので、なぜ進んでリークなどしたのかまったく思い当たるふし無し。彼らの人脈からすればブンヤにつてがあっても不思議ではないが、なんであの程度の書き込みをあげつらう必要があるのかがわからない。職場のリモホをさらした奴なんて今までに山ほどいるだろうし、またそれを大新聞がわざわざ大きな記事にしなければならないのかも全く不思議。
その後当の掲示板は書き込みが規制され、2chでは祭りでスレが乱立する中、12日夜には管理人により今回の騒動の顛末と今後の方針が明らかにされた。これが素っ気ない&(かいつまんでいうと)うちの掲示板(の方針)が気に入らなければ来てくれなくて結構、というような文面だったため、さらに火に油を注ぐことになった模様。翌13日は大阪に出張で、帰りの新幹線でビールを飲みながらさ〜て寝るか・・・と同居人にメールを打ったら、「閉鎖が決まった」とのさすがに予期していなかった報せが来た。
その後土曜朝にかけて、徹夜で管理人が質問の一つ一つに答えるというチャットのような問答が延々と続くが、どうも私が知っている(ネット上での)彼とはかけ離れた弱気ぶりに、ひょっとして手が回ったんでは・・・と勘ぐってもみたくなる。しかし、手が回ったってどっちから!? どちらサイドからでもあの掲示板を閉鎖する必然も、メリットもない。2chでは管理人氏の名前や住所までさらされてしまったようだ。今のご時世、ちょっとでも「北朝鮮」の文字が出ていようものなら、よっぽど面白いらしく(私には何が面白いのかさっぱりわからないが)「○○は在日」とか「チョンは日本から出て行け」とそんなのばっかりである。
連絡を取って真相を聞き出したいとも思うが、私生活まで時間をとられた上に危険にさらされているだろうに、私がお手を煩わせるわけにいかない。閉鎖の意志は固いらしく、悪意ある書き込みに混じって常連のメンバーが翻意を促すが、明朝6時に閉鎖します!という前提で話が進んでおり、もはやこれまでと電源を落とした。朝はふうこが鳴くので5時半頃に一回目を覚ましたが、さすがに眠くてそのまま布団に連れ帰って二度寝、サポーターズサイトの力およばす掲示板「Salon De 北朝鮮」はその歴史を閉じたのであった。
以上が今回の騒動のアウトラインで、私もすべての動きを把握しているわけではまったくない。多くの謎もそのままであるが、その後私なりに情報を入手したところによると、やはり公式の発表通り、複数いる(私の知らない)管理人がこの件を問題視し、毎日に連絡を取ったこと、他の管理人は連絡を受けて特に反対意見が出なかったこと、当初強気ではいたものの、「色がついて」しまったことにより今後良質の活発な書き込みが期待できないことを認識し、掲示板としての寿命は終わったと判断、話し合いの末閉鎖を決めたことなど、謀略もなにもない至極まっとうな経緯であった。こんなもの10日もたてばみんな忘れちまうだろうにしばらく待ってれば・・・とも思うが、後味も悪いしその後にズバッと切り込むような議論はできないという結論に達したのだろう。また、あまりにも大人げない、なぜこのような些末な事柄が大新聞に載ったのかという疑問については、「海保」と聞けば事の性質はともかく新聞としては黙っているわけにはいかない、ということらしい。
問題はもう一つ。管理人氏の本名や住所までが2chで流出してしまっったことである。名前はリンク先に掲載されていたようなので粘着でなくても簡単に知ることはできただろうが、住所を知る人間はさすがに狭い範囲に限られてくる。調子に乗ってはしゃいだ奴が私の知る範囲にいるのか・・・まったくネットで人もたやすく殺せるものだ。結局、管理人氏が一番こたえたのはこの流出なのだろう。突然、憑き物が落ちたように、何もかもアホらしくなったんだろうと思う。
今回の件は軽い気持ちでサイトを運営している輩としても他人事ではない、プライバシーの秘匿という問題に重大な落ち度があったことは否めないが、何度も経緯の説明の中で述べたように「今となってはどうしてそう思ったのかわからないが、魔がさしたというかその時はさして深くは考えなかった」と言われてしまえば、人間いかなる時も細心の注意と明晰な判断力で事に当たっているわけではないのだし、誰にでもあることではないかと同情してしまう。そこを責める人もいるわけで、仮にもこれほどデリケートな題材を扱うサイトでうっかりでは済まないではないか、海保の人間の人生狂わせたんだぞ! という指摘もある。売国奴というのは言い過ぎにしても、うっかりでごめんなさいでは警察は要らんわな。ただ管理人氏としては、勤務時間中に書き込んだことに対しては同情の余地はない、それについての責任はないとの主張で、これがまた荒らしを刺激して堂々めぐり。
昨年の訪朝以来共和国とかかわりあうようになって、オフ会に参加し、共同管理人(後にサポーターズサイト)としてお声をかけていただいたのが「自由に語ろう〜」。当初リンクのお誘いがあったとき、私は今回のことを予言するような質問を彼にぶつけていた。ハワイだバリ島だといったお気楽な旅行サイトの掲示板と違って、こちらも受けるからには責任がある。もし紛糾するような事態が起こる、または裁判沙汰などにでもなったら私はどこまで責任を負うのですか?と。彼はそれほど心配したものでもありませんよ、それになんだかんだ言っても所詮趣味、最後は閉鎖するだけです、と答えた。お互い今日の日がくるなど夢にも思わなかったが、Nifty時代からこの分野に足を突っ込んでいろいろありました、多少のトラブル位ではめげませんから・・・という彼でも乗り越えられなかった大波だったのだ。件の海保職員は結局厳重注意で済んで処分等はなしとのこと、祭りが終わってみたらさて一体誰が得をしたのやら・・・2chに消費されて、食い尽くされて終わりという虚しさのみが残った。もうちょっと上のレベルか、やたらグッズや旅行情報にマニアックなサイトが多い中で、敷居も低く、思想的なバランスも中立でかつ実の詰まった議論ができる掲示板としては恐らく日本で1,2を争う共和国サイトだったのではないだろうか。今これを失うということの意味を、尻馬に乗って騒ぎに来ただけの連中はわかっているのだろうか。
当分は管理人諸氏とサイトに集った叡智ある人々に敬意を表し、トップページのバナーは残しておくつもりである。皆さん、またどこかで。
土曜日。珍しく車で出かけもせず、早稲田の古本屋街をふうこと散歩して店をひやかして歩いていたら、妙に共和国関連の書籍が充実している棚を発見。ちょうど探していた李韓永著「平壌十五号官邸の抜け穴」、呉吉男著「恨・金日成」、金恵英著「北朝鮮女優日記」(3冊ともザ・マサダ刊)を各100円で購入した。その他あと4〜5冊あったと思うが、レジに持っていくとオヤジが「たくさんあるでしょう」。うん、今流行りだから持ってくる人も多いんでしょ?と何気なく答えたら、「実はね〜、大量に引き取って欲しいっていう人がいてね、家まで引き取りに行ったんですよ。何百冊もあったんだけど、これから姿を隠さなきゃいけないんで急いで処分したいっていうんだよね〜。なんか追われてるようなこと言ってたよ。大変だね〜ハッハッ」。これとて真相はわからない。冗談のつもりを真に受けたと言ってしまえばそれまでであるが、何か背筋の寒くなる話ではないか・・・路傍の見物人のつもりが、気がついたら交差点のど真ん中という事態にならないよう気をつけたいが、どうも他業界と違ってそうなるまでにあまり苦労はいらないようなので恐ろしい。因縁の3冊だが、「女優日記」は床に置いておいたらふうこが表紙の角をかじってしまった。前持ち主の方、まだ生きていたら(あの世にいらしても)ごめんなさい。
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12/6/2003 |
どうも私はネット運が悪い。まだ実家にいた頃、どうしてもネットがやりたくなったが家の電話に細工ができず、まだ32KのPHSとノートで始めてはみたものの、電波の入りが非常に悪く部屋の中で柔軟体操(部屋中無理な体勢でノートをかざし続け、それでもブチブチ切れた。隠しカメラかなんかで見てたら相当面白かったと思う)をする羽目になり、それでも一晩に何度も切れるので電話代が1万4,000円位になったこともあった。どうもNTT(当時はまだパーソナル)の陰謀じゃないかと疑った。さらにそのうえ、安くていいかなと思ったプロバイダが半年位で撤退とか言って、経営が変わってセッティングを変えたり要らぬ苦労。このプロバイダも、どれもあえて名前は挙げぬがもう一回変わって最終的に最初とは全く関係のない業者になった。後半になってだいぶ安定してきたが、それでも時々わけのわからないトラブルでつながらなくなって一晩中イライラし続けたりと、苦労も多かった。
| 本文とは全く関係ないが、いよいよフィナーレを迎えるJR東の165系が尾久客車区に大集結!この後各方面にさよなら列車が続々運転予定だけど、どうですかね〜 | |||
名前と個人のIDを伝えたら、「ちょっと待ってくださいね・・・」電話の向こうで何かをいじっている様子。しばらくするとそれまでは全く点滅しなかったパイロットランプがチカチカと点きだした! 一体何をやってるんだろう。まるで魔法を見ているみたい。多分、というか確実に机上のパソコンで設定をいじっているのだろうが、深夜に電話の向こう側で話している人間としては、天井の高い、薄暗い交換機室のようなところでツナギを着た人間が脚立に乗ってトグルスイッチをグリグリ・・・という様子を想像してしまう。「どうもISDN干渉みたいですね」とのことで、若干速度を落として干渉を避ける対策を取り、なんとかADSLの恩恵に与ることができた。まだADSL黎明期の話である。プロバイダ選びも何もあったものではなく、日本初のADSLユーザの一人として人にもしたり顔で説明したりして、やっと自分もネット勝ち組になれたかと感慨深いものがあった。
| まあおいしそう! でも人間が食べてもうまくないそうです | |||
新聞に「日本初のADSL事業者東京めたりっく通信、資金繰りに行き詰まり」との文字が踊り、当初会社から大丈夫ですとメールが来たが、それからあれよあれよという間に事態は進行し、ご存じの通りあえなくヤフーの軍門に下ったのであった。当初はサーバも別立てでアドレスその他設定は今までと変わりません、とのことだったが、各種掲示板でもいつ統合されて消滅するのか、乗り換えのタイミングはなどという議論で盛り上がっており、もう本当に引っ越しは嫌なので1.5メガのままでいいからそっとして置いて欲しいとの願いが通じたか、しばらくはヤフーからは何も言ってこなかったのだが・・・
本年2月頃だったか、突如乗り換えキャンペーン!というメールが来て、今なら無料でヤフーに乗り換えられますという。上記の通りとにかく動かしたくないので無視していたら、その2カ月後に結局(まるで残ったゴミを掃除でもするかのように)全面閉鎖、ヤフーへの強制乗り換えという事態になった。アカウントの撤去は本年8月末、こうして日本最初のADSL事業者、東京めたりっく通信はその使命を終えたのであった(合掌。まだ終わってないけど)。
他の業者を捜すよりある程度勝手にやってくれるし、なんだか言いくるめられたような気もするが特にデメリットもないのでヤフーに継続とし、さてまたモデムが送られてきた。早速つないでみると・・・またですわ。更新に1分位かかって、これではダイヤルアップより遅いではないか!サポートの電話もまずつながらないし・・・やっとつながって症状を説明、直しますので4営業日しても遅かったらまた連絡してくださいと言われたが、5日を過ぎても症状は全っ然変わりましぇ〜ん!
| 右側の顔、おっかないけどなんか赤ん坊の頃の面影が残っててちょっとしんみりしてしまいました。 | ||||
そうそう、めたりっくにはもう一つ素晴らしい点があったのだ。ウェブ容量がなんと100メガあったのである。とにかく大サイズの写真の多い当サイト、今までは追加投資無しに収まっていたが、ヤフーではそんな豪気な話がかなうはずもなく、有料サーバを借りることになった。だから、近日中にこのサイトが引っ越したら、その後プロバイダが変わってもまたアドレス変更などという事態は回避できるのだが、それはまあいいのだが・・・なんでこんなにネット運悪いんだろう。
日曜日、A女史に買ってもらったふうこの誕生日ケーキをプレゼントした。なにせちびっ子なもんなんで、一番小さいケーキなのに頭と同じくらいの大きさで食べられるのかと心配したのだが、10分位でペロリと完食した。しかし今、彼女の体はまるで森駅名物イカめしのようにパンパンの樽形になっている。
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8/6/2003 |
土曜(7日)は前夜0時半まで会社にいたこともあって激疲れにより9時頃起床。大体4〜6時頃に居間で寝ているふうこが鳴いて起こすので、その後我々の寝床に移動して一緒に寝るのだが(本当はあまりやってはいけません)、7時頃を過ぎると起きて遊んで欲しいのか顔をペロペロ舐められたり首に巻き付いて亀の子になってみたり、なかなかうっとうしい。はいはいわかりました、わかりましたよ・・・ 同居人は最近土曜朝はBSの「十二国記」とベルバラを見るのでどんなに疲れていても8時前には起きている。今日も先に餌はやってくれたらしいが、最近いよいよ食いつきが悪くなってきた。ヨーグルトをかけてもほとんど手を付けていない。
| "Skip Dog"のお犬様用プレイルームにて。今日はお客がぜんぜんいなくてふれあいがなく残念。 | |||
その後、井の頭公園で散歩をして駅の方に抜ける。RUSHでプレゼント用の入浴剤球を購入、安売りの食料品店野菜を大量に仕入れ公園に戻る。小腹が空いたので鳥良の並びにあるカレー屋でチキンカレー弁当とナンを買い、公園で食べる。なんか子供連れで休日を楽しむ家族3人連れみたいだ。いやそうなんだけど・・・もう15時になろうとするのに、1830より飲み会のため、若干中途半端な昼食になってしまった。大急ぎで帰宅、ふうこは留守番で再び家を出る。
先日のNステ出演後、熱心な制作会社の担当者氏が幹事となって出演者・写真提供者で飲み会を催すことになった。んで先日新宿にて餃子を食しながら共和国談義に花を咲かせたのだが、その中に私が昨年共和国に行くに当たって大いに参考にさせていただいたサイトの主宰者の方がいてびっくり。お顔も前からサイト上で存じ上げていたので、まるで初めてお会いするような気がせず、楽しいひとときを過ごしたのであった。
で、彼のサイトにちょっとしたことを書き込んだことが縁で、今度はまた別の人脈、1月の「自由に語ろう北朝鮮」オフ会で知り合った方を交えて会うことになり、土曜の夜東京駅に集まる。とにかくこの人達、どちらもそのまま本が書けるんではないかと言うくらいの博識。なんにも知らんで物見遊山の当方はハアハアと拝聴するしかない。やっぱり日頃からの勉強ですよ!
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| 英国海軍タイプ42級駆逐艦、HMSリバプール。すでに中堅通り越してロートルですが・・・それでも一般公開はして欲しい! | |||||||||
| ホストシップはなんと第1護衛隊群旗艦、DDH143しらね。大将直々のお出ましですか! | |||||||||
| 英国海軍の補給艦、HMS Grey Rover(!)と記念写真。うちのレンジとのツーショットも撮りたかったのだが・・・ | |||||||||
| あんたはたべちゃダメ! | |||
同居人の同級生であるA女史がこのたびめでたく再就職とのことで、そのささやかな祝賀会を代官山で催すことに。ふうこの誕生会という名目もあるので、ペット可のカフェでランチをいただいたのだが、1400前に入って店を出たのは1800を過ぎていた。まあランチで4時間も粘ったのかと驚く。その後A女史にふうこの誕生日プレゼントということで、「Three Dog Bakary」でケーキとクッキーを買ってもらう。どうもありがとうございます&就職おめでとう!
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29/5/2003 |
ふうこが今日で満1才になった。
| 本日のふうこ。最近気が向くと勝手に寝室の方に行って、真っ暗な中畳んだ布団の上で寝ている。これはリビングでくつろいでいる表情。 | |||
人の言うことは割と素直に聞くのでアルファというわけではないが、もともとリーダーの素質があるのかその物怖じしない行動に感心したりはらはらしたり。マテは4日目で覚え、お座りは1週間でほぼ完成。フセも始めるのが遅かった割には2カ月位でマスターした。散歩をしても他の犬に吠えつくこともなく、しっぽを振って挨拶。人は大好きで公園などで座っている人の膝の上に勝手に飛び乗ったりしたものである(最近やらない)。しかしトイレの覚えは悪く、間違いなくシートの上でするようになったのは家に来て7カ月を迎えようとするあたりだった。また、階段を下りることが長い間できず、スパルタで教えようとしたら逆走して逃走したこともあった。
そして忘れもしない家に来て6日目、テレビを見ていたら「わっ!チワワ出てる!」。それからは皆さんご存じ、あれよあれよという間にブーム到来で価格は高騰、街を歩いていても誰もが放っておかない。今でもそうだけど、まだ注射が終わって外に出始めた頃、人々の反応といえばそりゃすごかった。当時500g、今は成長して2.3kgにもなった。顔も子供の頃とは全然違う、精悍な成犬の表情である。たかだか9カ月でこんなに変わるとは思わなかった。それで、実は本当に小さい頃の写真をあまり撮っていなくて今後悔しているのである。
2月には初めて生理が来て、家中血だらけになってしまったが、それに合わせてそれまでバクバクとフードを食っていたのにぴたりと食わないようになった。その後現在までなんとか食べさせようと四苦八苦。そのくせ散歩に出ると落ちているものを拾い食い、今月始めには朝から嘔吐を繰り返し、急いで病院に連れて行ったら大きな木のチップやらスポンジやらどうやって収まっていたのかという位のものがどんどん出てきたそうである(木はこの小型犬がこれほどの物を!ということで標本にするのか返してもらえなかった)。
メスなのに男勝りのスケ番らしく、外でおしっこは片足上げてするし、見よう見まねで覚えたのかした後は後ろ足で「ザッザッ」と砂をかけるのである。でもおかげで健康で病気ひとつせず、絶対手を上げないという教育法に共感してくれたのか鳴き声一つあげず覚えも素早い。本当に頭がいいのだ。親バカと笑いたい向きは笑えばよい、ただ今は初めて店で会ったとき、一生懸命ケージの隙間から手を伸ばしてこちらにアピールしてきた彼女との不思議な縁を思うのである。最初っからうちに来ることが運命だったのかなあ・・・それで良かったのかね、君。
ともあれ、犬の一生は短い。ふうこが旅立つときに、この家の家族で良かった、と思ってくれるだろうかと日々迷いつつ、フードの上にカスピ海ヨーグルトをかけてやるのである。
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15/5/2003 |
実はこの3月から5月にかけて、車が2度にわたってダウン。詳細は省くが修理費が結構行ってしまった。
| 哀れ、トランポに載せられ東名を行く我がレンジ | ||||||
| フカキョン似でむちゃくちゃ可愛かった坂本美雨女史 | ||||||
そのなかで、どうも一般店(番組関係だけでなく一般の出店者もいる)と思わしき店にいた女性、何〜んとなく一般人離れしたオーラを放っているんだけど、誰なのか思い出せない。でもこの女性、しっぽを振って寄っていった特攻隊長ことふうこを発見、抱き上げて大喜び。今は大概の女性がふうこを見れば大喜びなんだが、この方特に気に入ったようでずっと抱いて可愛がっていた。
あとで同居人に聞いたら、坂本美雨だという。えっ教授の娘!? こりゃえらいこっちゃ!
そして今日、何気なく会社で仕事もせずにJ-WAVEのサイトを開いたところ、坂本女史の担当する番組「Life@safari」のコーナーにふうこの姿が!!!ニューヨークで猫を4匹飼っているという彼女、ふうこのことも気に入っていただけたようである。小さくてわかりにくが、皆さんもちょっと覗いてみてください。秀島女史も番組コーナー中の週間日記でフリマについて触れており、「かわいいワンちゃんとのふれあいもあって大満足。」と書いておられるが、これってふうこのことでしょ? とにかく出会った誰もを虜にしてしまうふうこ、快進撃すぎてちょっと怖い・・・
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8/5/2003 |
お久しぶりでございます。
いやまったく、一つ下の日付を見ると中断して9カ月になろうとしているではないか。悪い癖が出たというか、一度関心が失せると何でも全てやる気をなくしてほっぽってしまうのである。いくら酔狂でやってるにしても責任があるというか、今回も掲示板にいろいろと書き込んで頂いているのに、全くレスも返さずに、しばらくするとそれがバツが悪くてさらに遠ざかってしまうという悪循環・・・今回のテレビ出演については、ここで何とかせにゃ!といういいきっかけにはなってくれたので、そう言う意味でも感謝である(ギャラも多謝!)。
ことの起こりは昨年末、当サイトを見たという番組制作会社の人からの電話に始まる。柳京ホテルについて取り上げる企画があるので、サイトの「平壌空中散歩」にある全景写真を貸して欲しいというのだ。して媒体は?Nステだという。おいいきなりメジャーどころが来たな〜!
しかしこの話、妙に急ぎで、担当の人は週末には写真を持ってソウルに行き、亡命した柳京ホテルの設計者に見せて話を聞くというのだ。そうは言ってもこれポジだし、四切位に伸ばすとコンビニに出して翌日というわけにもいかない。もっと早く言ってくれれば・・・担当と落ち合って挨拶もそこそこに、会社最寄りのクリエイトに持っていったが、すでに閉店直後で万事窮す! と、バイトの兄ちゃんが店内から出てきたので事情を話してなんとか潜り込んだ。かけあったところうちの店ではもう無理だが、新橋なら明日持ち込みで中1日、何とか金曜の閉店までには間に合わせますと携帯で話をつけた。本当のギリギリセーフである。あと数分遅れたらこの話すべてパー。
その週末、偶然にも私は彼と数時間違いで成田に行き、2泊3日の台湾旧客乗り鉄旅行を堪能してきたのだが、1月中旬にはOAの予定ですと言っていたにもかかわらずまったく音沙汰なし。しばらくしたら連絡が来て、核問題が露見してそっちの方の企画が先になってしまったのだという。そうこうする内に今度はイラクが「来て」しまい、どうもお蔵入り臭くなってきた。
もう完全に諦めかけていた3月末、突然電話があってイラクも一段落したみたいだし(戦闘はたけなわ)、そろそろやります、つきましてはインタビューを撮りたいので週末伺いますとのこと。これまたえらいこっちゃ!肝心の旅行記は完成してないし家の中は散らかり放題、まず何から手を付けたらいいのやら・・・そうは言っても仕事もあり、結局ブルドーザーのように散乱していたものを別室に追いやり掃除機をかけたのは来訪30分前。
結局パソコンを前にしてあーだこうだと1時間半ほど、前にも書いたようにNHK「真夜中の王国」にちらっと出たこともあるんだが今回もコチコチとなってしまい皇族のようなしゃべりである。クランクアップ(?)の後、言いたいことの10分の1も言ってないし自分のしゃべりはできてないしガクー。その後サイトの柳京ホテルの絵と私がパソコンを操作しているところを舐め回すようなシーン、あとわざとらしくカメラを並べた静止ショット(一休のハッセルと現役のEOS5を並びで。本当は二休のF2を出したかったんだけど、レンズが離れた所の実家にあることに気がついて断念)などを撮り、Nステってこんな絵が出てくる企画コーナーあるっけ?ずいぶん親切にしてくれるな〜などとちょっといぶかしく思えるほどの扱いであった。
片付けも一段落して担当氏、カメラマン氏と買ってきたケーキでお茶しながら話し込んでいると、イラクイラクって言っても、実は数字そんなに良くないんです。ところがこんな時期でも、いやこんな時期だからこそ、共和国やるとなかなかいいんですよ。やっぱり日本人は共和国が(担当氏の名誉のために念のため言っときますと彼は「北朝鮮」と言ってます)大好きなんですよね〜、なんてマスコミ界の実状を明かしてくれた。なんて話してくれるお客様を歓待すべく、ふうこがあっち行ったりこっち行ったり、座ってる膝の上に飛び乗ったり。お客が来ると大喜びで部屋中を走り回るのである。カメラが回っている時はCマンの後ろで同居人が抱いていて、本当は一緒に出演させてやりたかったのだが、諸事情により断念。
さてGWも後半、当欄にもちょくちょく登場するレインボー宮川氏と同姓のM氏(バレバレやん!)と渋谷HMV、"Gloove Line"公開放送会場に向かうべく明治通りを走っていると、担当者氏から電話があって「明日やります」。また突然ですね〜。ただし、6日はナイターがあって恐らく2230始まりなので、コーナーは2300過ぎになるでしょう。実はテレビというのは2300を過ぎると数字がガクッと下がるのです!と告げられる。いやいやお蔵入りにならなかっただけで結構です。また、私が持っているガイドブック「朝鮮 魅力の旅」もスタジオで久米氏が手に持って説明したいのだが、現物が入手できなかったので貸して欲しいとのこと。そこまでやりますか・・・
というわけでOA当日、昼に担当氏が会社までやって来てガイドブックを持っていったのだが、その時点では本日決行とのこと。ビデオも予約しておいたし安心だ、うんうん〜なんて言っていたら夕方になって急遽中止との連絡が。まあ今日は変則だし条件が悪いしなんてガックリしつつもホッとしてコンビニに行って帰ってきたら再度やりますとの連絡。どっちやねん! 担当氏によるとこんな風にドタバタするのは珍しいんだそうだ。通常は金曜日に翌週1週間の予定が出て、よほどの突発事態が起こらない限り(実はこれが結構起こるんだけども)そのままいくらしい。祝日とはいえ月曜に決まって翌日OAなどというのは異例中の異例らしい。GWで局もシッチャカメッチャカなんです、とも。
| シャネルのような幾何学模様を見せる本日のふうこ。 | ||||
休刊日の翌日で朝刊がないので告知が徹底できない、すでに深夜番組の領域である2330始まりなど悪条件が重なってしまったが、一番無念なのは苦労して作って局の都合で消化試合みたいなところにはめ込まれる制作会社の人だよな〜。それでもすぐに2ちゃんのテレ朝実況板に当サイトのリンクが張られ、直後30アクセス、翌日にはサイトはじまって以来の記録である50アクセスを記録した。トップにアクセスしていない人も結構いるだろうし、共和国ページにもカウンタを設置しようと思って忘れていたので実数は全くわからないが、結構なアクセスがあったものと思われる。翌日職場の人間はまったく見ていなかったが、取引先などで見ていた人がいてそこそこ噂にはなっていた。ただし、みんな「テレビに出た」ということを話題にして「あの国に行った」という事実には関心がないようだったのが意外だったが・・・
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27/8/2002 |
・・・ふう、やっと一息ついた。一時はどうなることかと思ったが、まだ気は抜けないものの仕事も何とか先が見えてきたようで、ふうこの世話も一通りやって自信もついてきた。あと先が見えないのは私生活上のトラブルだけ・・・(それがでっかいのだ)。
18日の深夜、フェリーで本州に上陸し八戸から東北道をひた走り家に着いた我々であったが、翌日からそのまま出勤という詰め込みすぎのスケジュール。ふうこを引き取りに行かなければならないのに、私はちょっと休めず同居人が一人で学芸大学へ向かう。折しも台風接近で、名前が悪かったんじゃないか!? まさに嵐を呼ぶ女。そういえば、ドラえもんに台風の「ふー子」って話があったっけ・・・
仕事をしつつもそっちのことばかりが気になって、何度も電話を入れてみるが、どうやら無事電車を乗り継いで家に連れ帰ってきたようだ。今日は仕事も適当に切り上げて早く帰らねば・・・家に帰ってみたら、今まで空っぽだったサークルの中に小さいのがちょこんと座っていた。昼間は随分鳴いていたらしい。夕食を食べさせて、就寝前にちょっと遊んでやる。
さてそれからというもの、毎日が犬中心で回る生活に否が応でもならざるを得ない。1日のスケジュールは以下のように決めた。起床は0730。30分サークルから出して遊んでやる。0800朝食。これが済んだらもう構わずに、私は0908家をそっと出る。バタバタと動いている間に着替えや荷物はそっと玄関に持って行っておく。同居人が昼過ぎ仕事から一旦帰宅。自分の昼食を済ませてから1300昼ご飯。しばらく様子を見て1400に家を出る。夜は同居人が1830頃帰宅し、2000に夕食。2200頃に寝かしつけるが、当然のごとく人間はそれより遅くまで起きているため、ケージにタオルケットをかけることにした。いくらも暗くなるわけではないが、一応疑似夜状態を作り出すわけである。実践している人はあまりいなようだが、余計な物が見えなくなり気が散らずに寝られるような気がする。
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3/8/2002 |
この一週間、仕事も手につかず犬の事を考えつつニタニタと勝手に桃源郷に逝ってしまっていた私であったが、先週は実は肝心なことをしてこなかったのである。そう、支払い。気が変わったらどうしようという不安があって、正直400万のレンジを買うときより慎重になった。内金を1万円振り込んでおいたので一応取り置きにはなっているが・・・今日はあいにく会社に行かなければならなかったが、昼前に出て1600過ぎに帰ってきたので大急ぎで車を走らせ学芸大学前のChoco Dogへ。またもや店のドアをギィ〜ッと開けると・・・
| 初公開!アタシが「ふうこ」で〜す! | |||
まだ連れて帰れないのがなんとももどかしく、今日は早くおいとましようと思いつつ、また1時間半ほど居座ってしまった。山手通り、わんぱくチワワの隣のペットのコジマにケージを頼んであったんだった。今日持って帰らないともう連れて帰るまでに組み立てる暇がない! 慌てて店を出てコジマに着いた時には蛍の光がかかりはじめていた。
さあこっからが大変で、家に帰って0時前から大掃除とレイアウトの変更。テレビの載っているラックを端に寄せ、ケージのスペースを捻出した。問題は電気コードの処理で、ちょうどケージの所にパソコン・周辺機器、テレビ・ビデオ、コンポとすべての電源となっているコンセントがあったために、取り回しを全面的に変更するが、机の下に潜り込んで手探りでプラグをあっちこっちやったり、限られたタップの組み合わせを考えるのも大変だ。これも可愛い娘のため・・・なんとか狭いながらも快適(と思われる)な家ができあがった。
身の回りの品は金出せば買えるんだけど、一番大事なのは名前! 店の人にも考えたらすぐに電話してください、その名前で呼びますから、と言われていたのだ。早く自分がそういう名前(犬にしてみれば「音」でしかないが)なんだと認識できるようにするらしい。いろいろ考えてはみたのだが(「綾波」?ダメダメ!、「ジョンスク」?ダメダメ!!、「ユーラ」?それは男の名前!)・・・
今はみんな店の人がびっくりするほどフランス語なんかで気取った名前をつけてくるのだそうだ。私もスウェーデン語か朝鮮語で何かいい意味の単語を・・・と探して見るも、両言語ともご存じの通りあまりに名前として呼ぶには不適当な発音の単語ばかりである。結局、単純な名前を好む同居人の案により、「ふうこ」と決定。みんな一生懸命辞書見ておしゃれな名前つけてるのに、何ともかんともなあ・・・まあそれでもいいか、今日からお前はふうこに決定!
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27/7/2002 |
今回はお食事中の方は終わってからお読み下さい。
ことの起こりは一冊の本である。
和室の本棚に入れてあった、知り合いのスウェーデンのおじさんからもらった鉄道工学書の布表紙の背がぼろぼろになっているのに気がついた。確かもらったときはこんな風にはなっていなかったはずだが・・・手に取ってみると中は何ともないが、すでにページがばらけてしまうのではないかと思うほど背が薄くなっている。
よく見ると、周囲の棚の上面に黒いごまのようなものが散らばっており、「何だこりゃ?」と不思議に思っていたのだが、ある時その謎が一気に解けてしまった。ゴキである。たまたま部屋に入って本棚を覗いてみたら、「!!!!」2匹の、しかもでかくて茶色いのがその本の背にうごめいている! まるで吐き気を催すような光景であった。慌てて古新聞を取りに玄関に戻り、叩いて見たのだが手元が狂って逃げられてしまった。
和室は寝る部屋なので、その日以来恐怖で夜ゆっくりと寝ることもできない。あれが顔の上でも這い回っていたら・・・恐怖はピークに達した。とりあえず寝るときは冷房をフルにかけ、部屋内部を寒冷な状況におけば表には出て来るまい。しかし結局3〜4日、突然臨検をかけてみると必ず1匹はお食事中に出くわす。洋ピンってーのはそんなにうまいんか。和室に行くときは必ず新聞紙を持っていくようにしたのだが、恐怖が先に立っているためかつぶしたら大事な本に体液がぐわしゃっ!と行くのを恐れているためか一度も命中した試しがない.週末にゴキジェット(登録商標)を買ってくるとして、根本的な対策は・・・なんか異常にデカイし、何より背に筋の入ったほぼ茶色のクリーチャーが、あれは熱帯とかに生息する奴ではないのか!? 我ながら気の小ささに嫌気がさすが、奴を見なかった人に私を嗤う資格はないだろう。とにかく根本的な駆除策! バルサンか?しかしあれは家電などを厳重にシーリングしなければならないらしく、家財道具すべてに施すとなると現実的ではない。う〜ん・・・
そうだ、猫だ! 猫は良くゴキとかを取って飼い主に見せびらかしに来るというではないか。これは名案。生まれて30ン年、生き物といえば鈴虫位しか飼ったことないが(あとゴキちゃんも)、ペットは念願ではあったのだ。もちろん、住んでいるマンションはペット禁止であるが、猫なら内緒で飼っている人は多数、てゆーか内緒の方が多いと思う。大体これは駆除マシンとしては理想的であろう。ヤッタ、ヤッタ! 同居人に早速提案。
これまた(可愛い)生き物が好きな同居人は喜んで乗ると思いきや、犬が欲しいとのたまう。私だって犬も好きだが、今回はゴキ駆除という大義名分がある。じゃあ犬というわけにも行かない。大体同居人は柴が大好き。それはなあ・・・ちょっとうちで飼うには大きいぞ。もともとハムスター飼うのがせいぜいの広さだ。辛うじて猫。犬だったら私はラブラドールレトリバーが欲しい。しかしこれでは本題とは全く関係がなくなってしまう。喜んで飛びつくと思ったのだが・・・
とにかく、その気になったらすぐに調べてみないと気が済まない私は早速土曜日にペットショップに。テレビでも有名なZOO、環七立正佼成会前のコジマなどで相場などをチェック。しかし、私が欲しいのはミケなのにペットショップには気取った洋猫しかいないではないか! そうか、猫はもらうものなんだな。ついでに(この時点ではまだ「ついで」)犬も見てみるが、柴も大体16万と目ん玉飛び出るような値段。ペットってそんなに高いの〜!? ラブは最初のZOOに血筋の近いゴールデンが25万というのがいたが、コジマでは両種5万弱で檻の中で可愛い顔して寝ていた。ZOOのはテレビに出たりしたタレント犬くずれみたいなので、ブランド料も入っているのだろう。結局値は手頃でも大きさから犬は断念せざるを得ないが、さりとて猫は売ってないし・・・と、手頃な住宅サイズの犬がコロコロと寝返りを打っているのを見つけた。そう、皆さんご存じのチワワである。帰ってからネットでいろいろと検索した結果、結構チワワ専門店があることが判明。なんでもマーケットがあるもんだ。てゆーか自分が知らなかっただけで、ペット市場というのは現代日本経済を支える太い柱の一つなんだろうな。それにしてもこうまで細分化しているとは・・・他にも店を回ってみたのだが、柴は吠えるし暴れるし結構大変だと言われて、同居人は結構チワワに傾いてきたようであった。
日曜日。今日も精力的にペットショップ巡りをするべく出発。まず1軒目、中目黒の山手通り沿いにあるその名もずばり「わんぱくチワワ」。こぢんまりとした店内ながら、売り物の犬も5・6匹いていろいろ比較検討することができる。見ているそばから客が来てどんどんクレジットの支払書にサインしてゆく。一体全国で1日に何軒チワワオーナーは増えて行くのだろうか。
話を聞いたところ今いるのはほとんど売約済みで次の入荷は8月中旬になるとのこと。特にスムースタイプの数が少なく、次の入荷の予定は現状では分からないという。人気でいえばロン毛の方があるらしいのだが、スムースは絶対数が少ないこともあり希少なのだそうな。まあその場で即決するわけにもいかないので一通り話を聞いた後礼を言って店を出る。
次は学芸大学前(駅名の方ね)の「Choco Dog」。ここはチワワに限らず小型犬を扱う店とのことだが、目黒区鷹番一帯は道が細く路駐できる場所もないので駐車場探しに手間取り、やっとのことで店を探し当てた。ああ、あったあった・・・ん?違う?あれ?
見たところ、店が2軒並んでいて、2人ともどう見ても奥の方がペットショップの造作だろうと思ってそちらに入ろうとしたのだが、よく見たらそちらが美容室で、美容室だろうと思っていた重厚な木製のドアのある方がペットショップだった。また凝ってるな〜。これじゃ流しの客は気がつかないしおっかなくて入れないのでは・・・ギー(ドアを開ける音)。