
誰もが望郷の念とともに石川さゆりの歌を思い浮かべてしまうお約束の海峡連絡船。日本ほど演歌調はないですが、1994年に北欧を旅行した際に撮影した写真を中心に興味深い鉄道車両航送の様子を紹介します。
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Part1 Denmark StoreBaelt編 |
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注 StoreBaeltの「ae」は |
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ハンブルク-アルトナを出発した列車はユトランド半島を北上、約2時間半で国境の駅Flensburgに到着します。車窓は比較的単調ながら途中にはキール運河を渡るため両側に大ループを設けた橋梁を渡るなど(これは必見!寝てはいけません)、それなりに見所はあるので気は抜けません。Flensburgでハンブルクから牽いてきたDBのDL標準機218形からDSBのMZ1400形にバトンタッチ。この線は大幹線ながら94年当時非電化でしたが、すでに各所で電化工事が開始されており、現在ではすべて電化完成しています。
さらにユトランド半島を北上する列車を降りて、Fredericiaで水中メガネ気動車、IC3に乗り換え。ユーレイルパスなので迷わず1等に座ります。このあたりはまだ予約の必要とか特別料金を取る列車が少なかった当時から予約が必要で、アルトナの窓口でさんざん苦労させられましたが、その甲斐あってすんばらしい列車の旅を満喫できました。1等はコーヒー紅茶飲み放題、確かお菓子もあった。ラックは車端仕切部にあるので取りやすく、何度もお代わりしてしまいました(半室1等のためスペースはコンパクト)。IC3のアコモデーションは私が体験した列車の中で文句なしの1番だと思っております(あれで食堂車とかがついていたら・・・)。座席は何と自由に動かせるようになっていましたが、後の製造分は固定されてしまったとのことです。
あっれ!もう入っちゃいました。ここで謎なのですが、地図を見ていただくとお分かりの通り、ユトランド半島からコペンハーゲンのあるシェラン島に行くには一度フュン島をを通らなければいけません。つまり列車は2度海を渡る必要があり当時はそう記憶していたのですが、2001年夏に同区間を通ったときはフュン島には鉄橋で渡ってしまったのです。しかも橋はあまり近年出来たという感じではありませんでした。その列車はFredericiaを経由しませんので、Fredericiaを経由すると行き過ぎで橋を渡らないのか・・・でも数キロなら戻って橋を渡った方が早いと思うのですが。どなたかご存じの方ご教示下さい。
何でこんな珍妙な顔をしているのか?その理由がフェリー航送にあるのです。実はこの水中メガネの縁取りはまさにゴム製の幌で、日本の列車の幌のようにいちいち連結したときに脱着作業をしなくても良いように連結するとビッタン!とくっついて連結面をシールしてしまうのです。ゴムの縁取りの中にある顔は何と全面がドアで、つまり顔ごとパカッと開けることができるという、常識とは何なのかを考えさせてくれる恐ろしい構成です。それほど頻繁に連結・解結を行うのはなぜか?それがこのフェリー航送で、フェリーの長さがに合わせて載せるときにブツ切りにしてしまうからなんですね〜。IC3はすべて3両ユニットになっており、例えば9両で走ってきたら港で3本に分割し、複数ある車両甲板の線路に入っていきます。写真にも左隣にIC3が入っています。デンマークに非電化路線が多い(多かった)のもこれが原因で、当然航送桟橋やフェリーの中に架線は張れないのでディーゼルの入換機が押し込むことになりますが、DCならスルスルと自分で入ってスルスルと自分で出ていき世話がかかりません。
ゲート部を見る。IC3なる気動車は切妻前面でゴム縁もあるし、鈍重でつぶしがきかないような印象を受けますが最高速度180km/hと意外に高速で、お隣のスウェーデンがY2形「クストピレン」として採用しているほかイスラエル、電車版のAM96形(顔が同じだけでシステムは全く違う―当たり前だ、電車だもん)ベルギーでも採用しており、外見だけではわからないもんだなと思わせてくれます。特徴的なゴム幌ですが、日本でも見ることができます。JR東日本の「成田エクスプレス」253系で、東京駅で大宮方面と横浜方面の分割併合の際「ビッタン」を見せてくれるのです。ただ、なぜかIC3も253系も連結部の通り抜けは非常時に限られており(253系は誤乗防止のためだと思いますが)、特徴的な連結面を通り抜けることはできません。IC3は出た所でまた元の編成に連結し快調に180km/hで走り出します。そのギャップがまたおかしいのです。
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| 外開きのプラグドアの上部にあるのがLED式の号車表示。車内鴨居上には座席番号案内などのLEDがあり、自分の座席がわかります。左側の壁面には現在位置表示入りのデンマーク路線図があります。 | |||||
| 船内に入ってしまえば列車から降りることもできます。ずっと車両甲板の壁を見ていても仕方がないので、大概の人は降りてしまいます。フェリー側には列車のドアの位置に合わせて複数出入口が設けられており、甲板を歩き回る人はいませんが・・・このフェリー側のドアが重くて重くて!渾身の力を込めないと開けることができないのですが、「いやまさか、いくらなんでもこんな筈はないな・・・」としばらく考え、ドアの脇に開閉ボタンを見つけたのは一汗かいてから。わかりにくいちゅーの! | |||||

車両甲板には貨車も入っていました。中央部の仕切壁をはさんで片側にIC3が分割して2本、反対側にこの無蓋車(長物車?)がいたのです。

フェリー側の入口から階段を上がった所にあるLEDの表示。車両甲板の番線と行き先、ここから降りると近い号車が表記されています。鉄道専用連絡船ではないので、車での利用者も多く、船内は売店やレストランなど設備も充実。快適な船旅が楽しめます。但し入港時刻までに戻らないと列車はさっさと出ていってしまいます!
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| ねじ式の車両を固定する際はこんな感じ。アームが降りているのがわかります。 | ||||||
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| 船の車両甲板は全通式ではなく、奥には車止めがあります。これが写真にはうまく撮れなかったのですが、連結器で止めて固定するようになっています。跳ね上がっているのはねじ式連結器を固定する器具です(IC3は突起部が丸い―日本では新幹線やモノレールがつけているタイプ―密着連結器を装備)。 | ||||||
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| デッキに出てみました。この航路はデンマークの東海道とも言える大幹線で船の便数も多いです。反航する黒い船は同航路のフェリー。舷側に「Dronning Margrethe」と読めます。北欧の海の上ですから外に出ると寒く、乗客はあまり出てきません。これはフュン島とシェラン島の間を航行中の写真で、こちらは大体1時間位かかりますがユトランド半島とフュン島の間は20分足らずで着いてしまうので船でゆっくりはしていらせません。 | ||||
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| 前にも述べたように、デンマークは首都コペンハーゲンのあるシェラン島、アンデルセンの生まれ故郷オーデンセのあるフュン島、ユトランド半島などからなる群島国家です。長いこと各島の間の連絡をフェリーに頼ってきましたが、これではあまりに不便なので、一番の大動脈であるのあるシェラン島とフュン島の間にあるストアベルト(Store Baelt "Store"はデンマーク語で「大」の意味)海峡にトンネルと橋梁で成る連絡ルートを建設することを決定、1988年から工事に取りかかり1997年6月に鉄道部分が開通、翌年6月には道路も完成しました。写真は94年ですから工事たけなわの頃の撮影で、わかりにくいですが上の写真2点には橋脚が、左下の写真にはすでに完成している部分の橋梁が見えます。 | |||||
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| ストアベルト横断ルートは中間の人工島、スプロゴ島(若干中央より東寄り)を境に道路・線路とも橋梁で横断する西部分(6.6km)と、道路は吊り橋、線路はトンネルで横断する東部分(7.4km)から成ります。上の写真は良く覚えていませんが左下が通常の橋梁ですので西部分、上の2点が吊り橋の橋脚を建設しているように見えますので東部分を撮影したものでしょう。東京湾アクアラインに似た構成・規模ですが、通ってみるとこちらの方がスケールが大きいように感じます。日本にいるとあまり報道されませんが、北欧では後述のオアスン海峡連絡ルートなどビッグプロジェクトが最近連続しており、実際に見てみるとその壮大さに圧倒されるだけでなく、いったいこの金どこから出てくるのだろうと心配にもなります。もっともデンマークは今経済が好調のようでよそ者が心配には及ばないとの意見もありますが。船を下りてシェラン島のKorsor(後のoはBOOWYのように斜め線が入ります)に着けば大人の街、コペンハーゲンまでは1時間弱、妖しい期待を乗せてIC3は再び180km/hで走り出したのでした。 | |||||