2005年3月25日〜31日、スウェーデン海軍の機雷敷設艦・カールスクローナ HSwMS Carlskrona M04が晴海埠頭に寄港しました。来航時のお台場・離日時レインボーブリッジより撮影した艦影と、27日(日)の一般公開時に撮影した艦内外の各装備を紹介します。




25日0919、大井埠頭コンテナターミナルを背に東京港に入港するカールスクローナ。沿岸海軍として小排水量のコルベットを多数整備する方針に転換したスウェーデン海軍が保有する最大かつ航洋性を持つ唯一の戦闘艦艇で、本来の艦種は機雷敷設艦であるが、平時は練習艦として運用されようにも配慮して設計されており、毎年士官候補生の実習生徒を乗せて遠洋航海を行っている。早くから女性の社会進出が進んだスウェーデンにあって、世界で最も早くに女性士官候補生が乗り組んだ艦艇でもある。1979年2月8日、カールスクローナ工廠Karlskronavarvet ABにて起工、1980年6月28日進水、1982年1月11日就役。基準排水量3,300トン、満載排水量3,550トン、主機ノーハブ・ポーラーNohab Polar F212 D285・2サイクルV12気筒ディーゼル4基、出力10,560馬力、可変ピッチプロペラ2軸、最大速力20ノット。兵装はボフォース57mm単装砲×1、同40mm単装機銃×2、機雷100個以上搭載



今回のツアーは総乗組員175名、うち士官・士官候補生70名で2005年1月21日に母港カールスクローナを出港、地中海に入り2月2日アレキサンドリア、17日ラッカジベルナ、19日コーチン、3月1日シンガポール、7日バンコク、19日釜山の各港に寄港、晴海を出港後は4月10日ホノルル、21日サンフランシスコ、5月8日カルタヘナ、14日バージン諸島、23日プンタ・デルガダ、28日コークと寄港し、6月6日カールスクローナに帰還予定である後部マストに上がった国際信号旗は上からS・K・F・Qと読める。
晴海埠頭前の水域にて出船係船とすべく回頭を行うカールスクローナ。同艦はバウ・スラスターを持つが、今回の接舷に当たっては使用せず、タグボートによる作業となったようである。同艦の来日は1983年の神戸、1986年12月・1994年3月の晴海に続いて4度目となが、近年は大西洋一周コースが多かっただけに、世界一周コースで日本に寄港するのは久しぶりのこととなった。釜山寄港中は福岡県を襲った地震に遭遇するハプニングがあり、23日に出港後、対馬海峡―関門海峡より瀬戸内海を通り、紀伊水道経由で24日夕刻に東京湾に到着、観音崎沖にて礼砲交換を行った後、東京湾内の錨地で一夜を明かし、1000晴海入港となった。
回頭を終了したカールスクローナ。スウェーデン海軍は戦略上世界でももっとも機雷戦を重視する海軍のひとつで、小型ながら敷設艦を二十数隻保有するほか、多数の舟艇を持っている。大型の敷設艦はカールスクローナのプロトタイプとも言うべき若干小型のエルヴスボリ級2隻(エルヴスボリAlvsborg M02、ヴィスボリVisborg M03)を保有していたが、エルヴスボリは1997年チリ海軍に売却され潜水艦母艦ホセ トリビオ・メリノJose Toribio Merino 艦番号42となり、ヴィスボリは現役だが現在は指揮艦・パトロール艇母艦として運用されている。
カールスクローナの後から入港してきた今回のホストシップ、護衛艦「さわゆき」DD125(横須賀地方隊第21護衛隊・横須賀)。別コーナーで紹介しているとおり、2004年の韓国艦隊訪日の際には掃海母艦「うらが」MST463がホストシップを務めており、機雷戦艦艇であるカールスクローナのホストシップにもカウンターパートとして「うらが」辺りが適任かと思われるが、通常の護衛艦であった。なお、「はつゆき」型では「しらゆき」DD123がホストシップを務めることが多く、「さわゆき」がこの任に当たるのは比較的珍しい。
25日の晴海埠頭は客船「ふじ丸」、国交省航海訓練所の練習船「青雲丸」も入港するため、2艦は縦列で接岸ができずHKバースにメザシで係留されることになった。こうして並んでみると、カールスクローナの方が「さわゆき」より乾舷は高いが全体的な大きさはほぼ同じことがわかる。今となってはDDクラスの護衛艦では最も小さい「はつゆき」型であるが、こうして見るとなかなか堂々とした艦容である。そして片やカールスクローナはスウェーデン海軍最大の軍艦である。
HLバースに接岸した「青雲丸」。後方には築地市場の移転に伴い晴海通りを延長して豊洲埠頭とを結ぶ橋が建設され、かつては建造中・修理中の護衛艦の姿も見られたIHI東京工場も移転後更地となって再開発を待つだけとなっている。
3月27日・日曜日。カールスクローナ一般公開のため晴海埠頭を再訪。9.11以降ほとんど行われなくなってしまった来航艦船の一般公開だが、今回はスウェーデン大使館により事前申し込みを行った者に限りという方式で久々に現役戦闘艦艇の公開が行われた。なお、「ふじ丸」は26日に出港しており、「さわゆき」はHJバースに移動、2艦は縦並びとなったが、「さわゆき」がじかに横付けする形となった船客ターミナルの展望デッキは警備上の理由で立入禁止とのこと。1階ロビーの「本日の停泊船舶」のボードにも2艦のことはまったく触れられていない。そこまでやりますか・・・
当日は身分証明書持参とのことで、普通は免許証で済むので特段意識することでもないが、免許を持たない同居人はパスポートを持参することに・・・2002年のSOLAS条約改正以来港湾への立ち入りが厳しく規制されたことで、晴海の岸壁に立ち入るのも久しぶりのことである。しかし、結局身分証明書の提示は求められず、ゲート前で待っていた約50名ほどは1300の開始時刻とともにゾロゾロと入って行った。
ヘリ甲板前端部、凸型になっている引っ込んだ部分に搭載されている内火艇
前甲板壁面に取り付けられていた「CARLSKRONA」の木製ボード。カールスクローナはスウェーデン南部、ブレーキンゲ州の州都で、1680年開祖カール11世により海軍基地と造船所が建設され、彼の名を記念し命名された。世界遺産にも登録されているほど街並みが美しく、歴史のある軍港都市である。また、町の名前は現在は"Karlskrona"とKで始まっているが、艦名は昔のままのCが頭文字となっている。
前甲板のたたずまいを見る。同艦の兵装は前述の通り、前甲板にボフォース57ミリ単装砲1問、前後に同40ミリ単装機銃を各1問ずつ装備するのみで、ミサイル類は一切装備していないが、練習艦として航法機器は同じものを2組装備するほか、CICも2カ所設置されており、同時に2組の訓練を行うことができる。
ボフォース57ミリ単装砲。後に掲げる40ミリ機銃の口径をアップして開発されたもので、当初60口径だったが1966年より砲身長を延長し70口径になった。カールスクローナが搭載するのはこの70口径モデル、Mk1で、東南アジア諸国海軍にも採用例が多い。射程17,000m、発射速度毎分200発、操作人員は5名。現在もシールドをステルスタイプとし発射速度も若干向上したMk2の生産が続けられている。
57ミリ砲の後方から砲塔内に入ってみた。艦令23年を数えるすでに老齢艦の領域に入りつつある同艦だが、スイッチ類が若干時代を感じさせるものの、各部とも手入れが行き届いている様子が写真からもおわかり頂けると思う。右側は砲手席の背後、予備弾や訓練用の弾を収納しておくラック。
艦橋レベル(03レベル)の甲板はご覧のように思ったより広い。煙突の上には対空/対水上兼用のエリクソン製シージラフ50HCレーダー(G/H/Iバンド)を装備するが、かつてはレーダーは煙突後ろの独立したマウントに設置されていた。
就役当初のカールスクローナは57ミリ砲と40ミリ機銃を前後に各1門ずつ装備したいわゆるダブルエンダースタイルであったが、時期は不明ながら後に後部の57ミリ砲は撤去された。下のヘリ甲板の一番手前、若干色の変わっている辺りがもと57ミリ砲が設置されていた場所。
後部ヘリコプター甲板には格納庫は設けられていないため、恒久的な搭載機は持たない。当然世界一周航海に際しても連れては来ていなかった。むしろ寄港先でセレモニーなどが多い練習艦としてはイベントスペース的用法の方が重要と見え、公開日の夕方には結婚式があるとかで譜面台が置かれて乗組員有志のバンドが数人、皆これを楽しみにしている様子であった。空中に張られているのは電灯艦飾用の電球とワイヤー。
ボフォース40ミリL/70単装機銃。第2次大戦中各国の陸海軍に採用されたベストセラー中のベストセラー、L/60の後継モデルで、57ミリ砲と同じく現在でも生産が続いている。こちらは無人砲となっている。
左は前部マストで、こちらには航海レーダー類を装備する。右は前後に各1基ずつ設置されているI/Jバンドのフィリップス製PEAB 9LV200Mk2射撃指揮レーダー。


伝統の時鐘は上甲板煙突の前に設置されている。右は艦橋下正面に取り付けられたカールスクローナのエンブレム。


艦橋は練習艦としての任務を考慮してか、下に見るようにウイングにも充分な幅を確保しているにもかかわらず、なおご覧のように広々としている。黒を基調とした壁面やRのついた窓などが日本の艦船とは全く違う、ヨーロッパの香りを醸し出す。

中央の機関操作コンソールとレーダースコープを見る。右手前、机に面していない座席がデューティ・オフィサー(当直士官)席で、艦橋にはこの座席と艦長席、操舵員席の3つしか座席が設置されていない。
中央部の下がったところにある操舵員用コンソール。後方に扉があり、艦内に続いている。木製の調度品などは自衛隊の艦船では考えられないが、これもヨーロッパの艦船では普通に用いられている。ダメコンや火災に対しての考え方が根本的に違う。
機関操作コンソールのアップ。見えにくいが、右寄り上にある木製の札に「SKFQ」と彫ってあるのだが、この文字入港時の信号旗と同じ。同艦のコールサインか何かなのかなあ。
機関操作コンソールの中央右側にあるスロットルとエンジンコントロールパネル。
操舵員用コンソールを見る。舵輪がまた木製でいい味出している。コンソールはロールスロイスの傘下にあるノルウェーの船舶用電子制御油圧操舵機器メーカー、TENFJORD社製。
艦橋右後部の海図台?にはなぜかm&mのダンボール箱があり、中に実際にチョコが入っていた。左側に見えるのもお菓子かと思いきや、こちらは耳栓。この机の隣には乗組員のマグカップを吊すラックが。右下の柄がオシャレで、同居人も撮っていた。
艦長席は海自の艦船と同じく右側にある。
艦長席の左側に並んでる2つのモニタのうち、左側のものは別項でも紹介しているAISのモニタ。もちろん、これを装着して電源を入れてしまうと全世界にむけて軍艦の現在位置を発信してしまうため、民間船では義務となっている同装置の取り付けは本来軍艦では適用除外となっている。同艦ももちろん戦時にはスイッチを切ってしまうと思われるが・・・説明によれば、装置一式が「非常に高価」とのこと。写真は母港カールスクローナの一帯を表示しているところであ、天然の良港である、数多くの島と入り江を持つ周辺の状況がよくわかる。
デンマーク、コペンハーゲンと対岸のスウェーデン、マルメの間の5km程の細い海峡、オアスンOresund海峡を表示してみた。左端の濃い茶の部分がコペンハーゲン市街、その右下の部分がカストロップ国際空港になる。モアレで見にくいが、海峡の中央にサルトホルム島があり、その南からマルメにかけて国際海峡を結ぶオアスン海峡大橋が架かっている。バルト海から北海に出るためにはこの細い海峡を通らなければならず、日露戦争時にはロシアのバルチック艦隊が、そして今回のカールスクローナもここを通って外海に出てきたのである。
友達のスウェーデン人のおじさんが住んでおり、遊びに行ったこともあるヘルシンボリの北隣の小さな町、エンイェルホルムAngelholmを最大ズームにして表示。 ここは市街の北側にかつて最大のドラケン航空団であったF10航空団のホームベースである空軍基地を持つ基地の町であったが、同航空団は新鋭JAS39グリペンに改編される最初の航空団となる予定だったところ、急速な軍の削減により急遽解散となってしまい、基地としては閉鎖されてしまった。現在ではコミューターが発着する地方空港として運用が続けられているようである。
旋回窓越しに見た前方の「さわゆき」とレインボーブリッジ。
ブリッジウイングはご覧のように大人数で航法訓練実習を行うためか、やたらと広い。
スターンは左右1枚ずつ・2枚に分割された大きなドアとなっており、機雷はここを開けて敷設される。
1500、公開終了。退艦して改めて岸壁から見上げると、改めて乾舷の高さと、現代の軍艦には珍しい舷窓が目につく。岸壁レベルに2つ見えるドアのようなものは機雷の搭載口。
31日1000、予定通り晴海を出港して次寄港地、ホノルルへ向かう。「さわゆき」は早朝に先に出港していた。
今回のオマケ映像。左は艦橋前、40ミリ機銃設置部の一段高くなったところから 降りる同居人。右はストックホルムのユールゴーデン島にある遊園地、グローナルンド・チボリにある「ファンハウス」というアトラクションで、入口の互い違いに動く階段を登って行く同居人。これ、呼吸を覚えてしまえば簡単に登れるのだが、運動神経の鈍い同居人はどうしても足が出ず、緊急停止させてしまった。なんか絵が似ていたので・・・


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