屋那雄の原稿一覧

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無料メルマガ1 : 「原因が結果を生じさせる」は間違っている

 2006年4月から配信している無料メール・マガジン。現在は、毎週金曜日に配信している (ただし第五週目と年末年始は休刊)。この内容は、僕が書いているものの中で最新。読者登録 (全て無料) と解除は下のフォームでできる。それは、LinkIconまぐまぐの頁でも可。

 第1シリーズ (1年目) は「西洋的発想終焉宣言」というタイトルで以下のことを説明した。「原因が結果を生じさせる」という発想が間違っていること。どう間違っているか。「原因」の特定法には不備があること。

 第2シリーズは「目的論」と題打った。元病理学者である藤田晢也氏 (元・京都府立医科大学学長) が書いた『心を生んだ脳の38億年』(岩波書店) 、免疫学者の小安重夫『T細胞のイムノバイオロジー』(羊土社)、世界的な脳科学の権威である伊藤正男『脳の不思議』(岩波書店) を採り挙げている。

「原因が結果を生じさせる」。そう間違って信じていると、〈正常〉なるものを捏造することになる。それは、本来的な〈予定〉を勝手に学者がこしらえあげることだ。そのように、彼らは、本来、このものnは、この〈正常〉なありようになるよう、〈予定〉されているとする。そして、「原因」という極小部分が、この本来的な〈予定〉を持っているとする。それを実現しようとして「原因」部分は実現すると解釈する。つまり、「原因」部分を擬人化する。これこそ、目的論という過ちなのである。それを遺伝学 ( 分子生物学 )、免疫学、脳科学を参考の元に、この第2シリーズで僕たちは見た。人間機械論を具体的に批判したのである。

 現在は、第3シリーズ「問題論」を連載中。問題は具合悪いこと、である。具合良くなること、が問題解決であるはず。ところが、医科学は、問題をそのようにしっかりとは把握していない。また問題解決法として「原因」部分を取り除くために臓器を丸ごと摘出するようなことまでしてしまっている。ガン細胞論、精神医学論などを取り上げる予定でいる。

 第4シリーズを今、準備中。ガン細胞論になるだろう。近藤誠を中心に採り挙げる。問題、問題解決、問題解決法について熟考する。国立がんセンター名誉院長市川平三郎氏についてじっくり触れることにもなるだろう。彼の著書、『がん顧録』や『百歳まで生き、ガンで死のう。』(両書とも講談社) を読んでおいてもらえれば幸いかも。

  • 2006年4月17日〜 (001〜058号) 第1シリーズ「西洋的発想終焉宣言」
  • 2007年3月18日〜 (059〜128号) 第2シリーズ「目的論」
  • 2008年9月05日〜 (129〜 現在) 第3シリーズ「問題論」

無料メルマガ2 : 舌を出したアインシュタインの写真についての試論

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 ものごとは『一連続』なありようである。僕の体験は、次元的にも時間順序的にも『一連続』である。この場合、時間順序的『一連続』についてしっかり把握しておこう。すると速度はこう言える。目的地に近付く或いは遠ざかる割合である、と。それさえわかれば、古典物理学のガリレイ変換も、アインシュタインの特殊相対性理論も間違いだとわかる。

 物理学は難しい。アインシュタインは特にそう。それは速度観が間違っているから。単にそういうこと。相対性理論? 嘘でしょ? いつまで、そんなもの信じているの? その気持ちを記事にした。アインシュタイン自身も、彼を信じている人間を信じていなかったんじゃないか。軽い気持ちで読んでもらえればいいんです。
 
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有料メルマガ1 : 「原因」を特定する3つの方法 〜「原因」について〜

 まぐまぐプレミアムから、或る有料メルマガを配信していた。50回に渡って。2008年の初頭から、2009年2月までなのだ。

 無料メルマガ1 ( 「原因が結果を生じさせる」という発想は間違っている ) で書いた内容は、再度、きっちりした、構成と文章で書き直されなければならない。そこで、試しに、この無料メルマガの、冒頭部分から「原因」特定法の不備を指摘したところまで、書き直してみた。それを、この有料メルマガ1としたのである。

 特に、この有料メルマガでは、「原因」の特定法の不備を詳しく説明した。

 僕が思うに、「原因」の特定法には3つある。ところで、これら特定法には全て不備がある。「原因」部分が特定できない。何からの誤魔化しをしない限りは。仮に「原因」なるものがこの世にあるとしてもなのである ( 本当は無いのだけれど )。

 ものごとは『一連続』なありようである。その全体が《共同連帯》である。その中に、〈 他の部分のありようを決める部分 = 原因 〉と〈 他の部分にありようを決められる部分 = 結果 〉の間の境界を見出すことなどできない。だから、どんなやり方をしたところで、「原因」部分を特定することはできないのである。

 「原因」の特定法をここで僕は3つの分けた。そして、それぞれ、従来の「原因」特定法、医科学的「原因」特定法、法律的「原因」特定法と呼んでいる。

 この原稿の一部は、無料で読むことができる。ブログのLinkIconこちらの方に載っている。

有料メルマガ2 : 間違った努力は報われるか?! 〜「結果」について〜

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 無料メルマガ1 ( 「原因が結果を生じさせる」という発想は間違っている ) は、改めて書き直されないといけない。きっちりした、構成と文章で。そこで、その通り、書き改めた。その第一弾が、有料メルマガ1だった。その続きがこれ、有料メルマガ2である。

 有料メルマガ1では、「原因」の特定法の不備について書いた。「原因」について書いたのである。そういうわけで、有料メルマガ2では「結果」について書くことにした次第。ソクラテス、プラトンと共に、「原因」が生じさせるものについて考察していく。そうすれば、医科学まで自然な流れで解説できる。

 このメルマガでは、問いについての考察から始めている。間違った問いを発する。そんなことをすると、まともに答え得ないだろう? 学問はこのように間違った問いを発するところから始まった。発端は哲学だ。

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 タイトルは「欧米神話戯画」。時々、何か書いています。主に、Web上のニュース記事を引用して考察しています。僕の練習帳です。メルマガも練習帳なんだけど…。だから、ブログは練習帳の練習帳になるのか!

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Profile

 1970年代に大阪府で生まれる。無所属。ドストエフスキー、埴谷雄高、武田泰淳、椎名麟三、中村真一郎などは人間を捉え得ていると思ってきた。また、メルロ=ポンティをまともに後継することになっている。現象学、それをも体現していると断言しておこう。方や、医科学はなんだ。あれでは人間を誤解しているとしか言えない。にも拘わらず、今や、猫も杓子も、医科学、医科学、医科学。大事なことを見落としている始末だ。哲学者ですら、医科学批判がまともにできない。西洋ではそんなことはないのだろうけれど。現在、医科学批判をする、誠実な少数者を見付けようとしている (実は日本でも少数見付かっている)。

 医学部4年生終了時、人生の危険を感じて、単位取得中途自主退学。あんなものを真に受けていると、人間が捉えられなくなるだけである。想像力を失うのだ。医科学が人間を捉えていないことは当初から或る程度、わかっていた。しかし、その程度の酷さたるや、想像以上だった。何があって医科学がそうなるのか、当時はわかっていなかった。医学部を辞めて更に5年程考え続けていた頃。もう30歳のこえを聞こうという、その時だ。医科学が何があって、そのように間違っているか、わかるようになってきたのは。

 そして、今現在、医科学批判をやっている(無料メルマガが、恥ずかしながら、私の活動の最先端)。私の主たる理論は、ものごとの理論と、人の理論と私が呼ぶものだろう。ものごとは『一連続』なありようである。人を、『今どうしようとするか』どのようにどれだけはっきりしているか、と捉える。これらが、それら理論に当たるのだ。

『事実を捉える方法と
事実を歪曲する発想』

41460S5QPXL._SL500_AA240_.jpg2005年4月、『事実を捉える方法と事実を歪曲する発想』を出版。そこで、次のことを試みた。先ず、「原因が結果を生じさせる」という間違った、医科学の発想から始める。それがどう間違っているか確認する。そして、それら過っている点を一つ一つ修正していく。すると、その致命的に誤った、医科学の発想から、こう捉えられるようになる。ものごとは《それぞれ別々》であり『一連続』なありようである、と。

 因果関係的解説からどう脱却するか。これこそ、世界 (といっても、西洋の、というだけのことだが) の思索者が負う課題の最前線である。メルロ=ポンティ ( 1908〜1961 ) などがそれを解こうとしていた。彼の最終結論は、『見えるものと見えないもの』(1961) の最終章で出ている。そこで、彼は、Reversibilityという言葉を挙げている。因果関係にとって代わる発想として。一方、僕は『一連続』を挙げる。僕は、メルロ=ポンティが到達したがった所から始めているのである。そして、人の理論まで行く。その理論は僕は、生きるとはどういうことか、明確にしている。