武井武と独創の群像 / 松尾博志 (工業調査会)

フェライトの発明者,武井武博士の伝記です.

フェライトの発明は東工大が世界に誇る物の一つであり,TDKという会社の元の社名(東京電気化学工業)は加藤與五郎・武井武研究室のあった電気化学科に由来するものであるということは学生時代に聞いていたものの,それ以上の興味を持っていませんでした.
同じく松尾博志著による,八木アンテナの発明者の一人である八木秀次博士(東工大の学長も歴任)の伝記「電子立国日本を育てた男(文藝春秋)」が面白かったので,フェライトに関する本書も購入してありました.しかし尻込みするボリューム(2段組 約650ページ)のため,積読状態でした.で,読み始めてみたらやっぱり面白かったです.

武井武博士の伝記なのですが,加藤與五郎博士,東京電気化学工業の創設者である斎藤憲三氏(後に衆議院議員となり,松前重義博士らと原子力研究や科学技術庁の設立を実現した)を加えた3人を中心に語られます.当時にして「創造」ということを訴えていた加藤教授と,政治家の息子で数々の事業を失敗しながらも加藤と出会うことで東京電気化学工業なる会社をつくった斎藤氏の2人のほうが人物的には特異なキャラクターでエピソードも豊富です.それに対し主人公の武井武博士はその発言に私情をほとんど表さなかったようで,著者が当時の周辺事情や現存者へのインタビューから推察し埋め合わせていきます.

戦前に世界に先駆けてフェライトを発明し工業化したにもかかわらず,理論的解明は国内の物理学者の協力が得られない状況だったり,不運としか言いようがない理由で戦後教職追放され東工大を追われたこと.フィリップス社が日本で申請したフェライトの特許が認可されてしまい,それの無効審判請求が通る直前になって東京電気化学工業の経営上の判断から和解してしまったこと.さらには,フェライトの磁性に関する理論でネールが単独でノーベル賞を受賞したことなど.不遇とも言える現役時代を過ごすのですが,武井武博士はそれらを悔やむような発言を身内にさえほとんど漏らしていないとか.しかし,ただ黙っていたのではなく,フェライトに関する国際会議の開催に尽力することで世界中の研究者から「フェライトの父」として敬意を向けられる存在になる,慶応大学定年後から最期までを描く最終章が個人的には本書のハイライトです.

比較するべくもないですが,つい最近,サラリーマン時代の発明の対価をめぐる訴訟に和解したことで(和解なのに?)司法を口汚くののしった人(教授)をTVでみて強い違和感を持ちました.

Posted: Sun - January 16, 2005 at 10:15 PM              


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