J1とは、もちろんJリーグの一部リーグのことを指している。この考え方を百人一首に導入するということである。つまり、勝敗の結果でリーグの入れ替えを行うのである。
私が担当しているクラスは、各クラス6班ある。人数は38人である。これを入れ替えが可能になる授業を行うのだ。基本的には6試合行えばよい。
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クラスを生活班の6班に分けて試合を行う。一斉に6試合行うことになる。試合後、各班の中で1位から6位(場合によっては7位)を決める。 |
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前回の試合で1位だった生徒6人で、J1を作り試合を行う。同様に2位はJ2、3位はJ3とする。J6には、6位と7位の生徒が入る。 試合後、各リーグの上位二人は次の試合に上のリーグに上がり、下位二人は次の試合下のリーグに下がる。 |
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こうすることで、たまたま一試合目にJ1に入った生徒も努力をしないと次からは下がるし、最初にJ6になってしまっった生徒も、努力次第でJ1にあがれると言うわけである。
試合は二学期の最後に4試合行い、三学期の始めに2試合行うのがよい。冬休みを挟むことで、子どもたちに集中して学ぶ時間を作り出すことができる。正月、親族と一緒に百人一首をやる機会もある。ここでグッと力を付ける生徒が出てくる。
これは、言ってみれば能力別クラスを学級内に6つ作ることともいえる。これに関して「子どもの中に差別を生み出す」などの考え方から否定する考え方もある。しかし、私が行った中ではそのような様子は見られなかった。それは私が、これを「努力によって自分を向上させるシステム」であるということを理解させようとしたからではないかと思う。実際どのクラスでもJ1に居続けよう、または這い上がろうとするにはかなりの努力が必要になる。この努力の価値を子どもたちが認めているから差別には繋がりにくいのである。
また、子どもたちはどのリーグにいても一位を取ることは大変だと言うことを理解している。J1だけが偉いのではなく、J4にいても1位になるのは大変であり、偉いのだということを子どもたちが理解しているのである。つまり上のリーグに上がるのも偉いのだが、そのリーグの中でトップを取るのも偉いのである。子どもたちは二つの価値基準を認めることになる。これは「先生、どんな高校に行っても一番になるのは大変なんだろうねえ」という子どもの感想からも分かる。
さらに、特にJ5,J6の生徒達からの声としては、「同じレベルの人たちが多いと自分も多くの枚数を取れて楽しい」というものもある。6人の中に一人だけずば抜けて上手い生徒がいると、他の5人は全く取ることができない。ただ、見ているだけになってしまう。そこで(なにくそ!)と奮起して勉強を進めることができる生徒ばかりならいいが、残念ながらそうではなく萎んでしまって(ま、やっても無駄だな)となってしまう事が多い。これでは、学習にならない。参加しないのだから。それならば、同じ程度の力を持った仲間達の中で磨きあい、リーグを上っていく方が力が付くのではないだろうか。
勿論、J1にはJ1の誇りを持たせ、J5,6にははい上がれるような援助をすることも大切である。それにいては、以下に述べる。
3試合目の頃、あることに気が付いた。上の句が読み終わるときに札を取れる生徒は極わずかということだ。折角上の句を読んでいるのに、下の句が取れない。ただ、じっと上の句が読み終わるのを待っている。そう、待っているだけである。上の句を覚えるということにもなっていない。そこで『資料集に百人一首が載っているから、それを見ながら取って良いよ』と指示を出した。子どもたちは「えー、いいの?!」と言いながら慌ててロッカーにある資料集を持ってきて見ながら取り出した。
しかし、これでも子どもたちは上の句の段階で取れなかった。なぜだろうと見てみると、資料集は小倉百人一首の歌の順番で掲載されていて、五十音順になっていなかったのである。つまり、「あきかぜに たなびく雲の たえまより 」と 読まれても、1番歌から順番に見ていると79番目まで見ないと、下の句が分からないのである。これでは取れない。
そこで工夫したのが下記のあんちょこペーパーである。何のことはない。百人一首の上の句の3文字程度を平仮名にしてエクセルに入力し、五十音順にしてソートしたのだ。これを表五十首、裏五十首で一枚の紙に印刷して渡した。こうすることで、子どもたちは上の句を聞いただけで下の句を捜すことができる。時には、J1の子どもたちよりもJ6の子どもたちの方が早く下の句を取ることができることもあった。
彼らは更にマーカーで色分けするなどの工夫をして見やすくしていた。上の句が読まれる間ぼーっと過ごすよりも、上の句を聞いた瞬間にプリントを捲り下の句を捜す子どもたちの方が、学習効果が高いのは言うまでもないだろう。
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番 |
歌 |
番 |
下の句 |
作者 |
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79 |
あきかぜに たなびく雲の たえまより もれいづる月の かげのさやけさ |
79 |
もれいづる月の かげのさやけさ |
左京大夫顕輔 |
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1 |
あきの田の かりほの庵の とまをあらみ わがころもでは 露にぬれつゝ |
1 |
わがころもでは 露にぬれつゝ |
天智天皇 |
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52 |
あけぬれば くるゝものとは しりながら なをうらめしき あさぼらけかな |
52 |
なをうらめしき あさぼらけかな |
藤原道信朝臣 |
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39 |
あさぢうの をのゝしのはら 忍ぶれど あまりてなどか 人のこひしき |
39 |
あまりてなどか 人のこひしき |
参議等 |
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64 |
あさぼらけ 宇治のかはぎり たえだえに あらはれわたる 瀬々の網代木 |
64 |
あらはれわたる 瀬々の網代木 |
権中納言定頼 |
あんちょこペーパーを作ってみたが、今度はそうするとこれに頼りすぎる子どもたちが出てきた。誰も彼もが勝つためにあんちょこペーパーを見ながら勝負をするのである。しかし、これはあくまでも補助教材であって、主たる教材にするつもりはない。そこでバランスを取ることにした。
こうすると、J2とJ3との間に大きな壁ができる。J2に居続けることはとても大変な努力が必要になる。その努力がJ1に上がるための力となり、J1,J2の誇りになるように指導した。『世の中は、力がある人ほど大変な状況におかれるんだよ。ま、頑張ることだ』なんていいながら。