兩人對酌山花開
一杯一杯復一杯
我醉欲眠卿且去
明朝有意抱琴來
兩人 對酌して山花開く
一杯一杯 復た一杯
我醉うて眠らんと欲す 卿(きみ)且らく去れ
明朝意有らば琴を抱きて來たれ
「李太白文集」巻23
◆ 中国を旅したとき、酒場にいる中国人と仲良くなるにはこの詩が一番であった。
「一杯一杯復一杯」を中国語で「イーペイ イーペイ ウー イーペイ」と発音すれば、すぐに飲み友達であった。
これから日本と中国はどのような関係を作っていくのか。なかなか難しい面も確かにある。時代を背負う中学生に期待したい。
そのきっかけとして、先ずはこんなところから始めるのがいいのではないだろうか?
酒が飲める年齢になったとき、中国を旅しながら交流を深めてくれればなあと思う。
020517
室生犀星
雨は愛のやうなものだ
それがひもすがら降り注いでゐた
人はこの雨を悲しさうに
すこしばかりの青もの畑を
次第に濡らしてゆくのを眺めてゐた
雨はいつもありのままの姿と
あれらの寂しいふりやうを
そのまま人の心にうつしてゐた
人人の優秀なたましひ等は
悲しさうに少しつかれて
いつまでも永い間うち沈んでゐた
永い間雨をしみじみと眺めてゐた
◆ 梅雨が始まったのかと思うほどの雨である。今、一日中雨を眺めているなんて贅沢な時間は、なかなか取れそうもない。だけど、かつて雨をじっと眺めている時間は持てた。「大海の磯もとどろに寄する波 割れて砕けて割けて散るかも」の景色を見たくて、高校時代に大雨の湘南海岸を歩いたこともあった。それが贅沢な時間だと気が付いたのはずいぶん後になってからのことだ。
太陽が昇る瞬間だけではなく、沈み始める前から終わってしばらくと、夕陽の全部を見る。簡単なようで実はなかなかできない経験である。が、こういうのを中高生の時代にやらせておきたいなあと思う。
020516
大和には 群山あれど とりよろふ 天の香具山
登り立ち 国見をすれば 国原は 煙立ち立つ
海原は 鴎立ち立つ うまし国ぞ あきつ島 大和の国は
万葉集 巻1ー2 叙明天皇
◆ 奈良公園に隣接する若草山は、修学旅行で関西に行く生徒に必ず勧める場所である。
『騙されたと思って、10分間一度も振り返ることなく斜面を登ってご覧。そして、振り返ってご覧』
期待しながら上った生徒の期待を裏切ったことはない。兎に角凄い景色が目の前に広がる。運が良ければ、左手奥に大和三山を目に収めることができる。そうなのだ、ここにある天の香具山も見ることができる。
1500年前の作品を鑑賞し、同じ風景を目に収めることができるなんて凄いなあと思う。
020508
ふらんすへ行きたしと思へども
ふらんすはあまりに遠し
せめてはあたらしき背広をきて
きままなる旅にいでてみん。
汽車が山道をゆくとき
みづいろの窓によりかかりて
われひとりうれしきことをおもはむ
五月の朝のしののめ
うら若草のもえいづる心まかせに。
萩原朔太郎『純情小曲集』
◆ 十九歳の春だった。駿台予備校で扱っていた現代国語のテキストにこの詩が載っていた。衝撃を受けた。やりたいことは押さえてただ勉強をしなければならないという当時の私の状況にぴったりだったのかも知れない。私の朔太郎はここから始まった。一般的には「竹」などから入るのだろうが、私はこれだった。ここから始まって、結局大学の卒業論文も萩原朔太郎であった。私にとっては決定的な詩となった。020501
心構えというよい種をまきなさい
そうすれば態度という収穫物が手に入る
今度は態度というよい種をまきなさい
そうすれば行動という収穫物が手に入る
さらに行動というよい種をまきなさい
そうすれば習慣という収穫物が手に入る
次は習慣というよい種をまきなさい
そうすれば人格という収穫物が手に入る
実りが近づいた、人格というよい種をまきなさい
そうすれば運命という収穫物が手に入る
最後によい運命の種をまきなさい
そうすれば素晴らしい人生が手に入る
◆ この作品は作者もタイトルも分からない。ご存じの方は是非教えて頂きたい。この詩を紹介するとき、「習慣」「人格」「人生」を空欄にして板書するようにしている。そして、子どもたちに考えさせるのだ。難易度は、人生、習慣、人格の順番で難しくなる。
また、運命が最後に出てくることにも注意させたい。最初から運命に身を委ねている子どもたちが増えている。そうではなくて、最後の最後に運命なのだ。人事を尽くして天命を待つという話をしても良い。努力した人が成功するとは限らないが、成功した人は必ず努力しているという話もしている。
0204××