書き抜きエッセイ



書き抜きエッセイとは?

自分が読んだ本の中で、心に引っかかった箇所を書き抜きます。この箇所とは、

などです。

そして、その書き抜いた文章と「きっかけのことば」を使ってエッセイを書く課題のことを指します。きっかけのことばは次のものです。

書き抜く分量は、B5の用紙で1枚。エッセイもB5の用紙で1枚で、B4の用紙に印刷したプリントに記入します。月に一回提出の連載宿題にすることが多いです。

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書き抜きエッセイで目指すもの

 

『池田、聞いたことを書くってのはちょっと違うなあ。読んだら書くだよ』

恩師竹内常一先生は、いつもこのようにちょっと聞いただけでは何のことだか分からないことを言う。私がディベートの指導をし始めた頃、「ディベートをすることで話を書き留める、話を元に文章を書くことができるが、これがいいのではないか」と話したときの言葉である。その時には思いつかなかったのだが、この、先生が仰った「書く」とは、おそらく学生時代に話されていた以下のこととリンクしているのだろうと後から思った。。下線は池田。

 

学習権宣言(1985年 UNESCO 国連教育科学文化機関)

学習権とは、
読み書きの能力であり

質問し、分析する権利であり、
想像し、創造する権利であり、
自分自身の権利を読み取り、歴史をつづる権利であり
あらゆる教育の手立てを得る権利であり、
個人および集団の力量を発達させる権利である。

学習権は、経済的発展の手段ではない。それは基本的権利の一つとして認められなければならない。学習行為は、あらゆる教育活動の中心に位置づけられ、人びとを出来事のなすがままにされる客体から、自分自身の歴史を創造する主体に変えていくものである。

 

私は、生徒の読書指導に関しては読者論的な立場の読書を行っている。そして感想文指導はしていない。本を読んでの感想というのが、何を指すのか今ひとつ私に理解できないということもあるのだが、課題として出してもおそらく生徒は解説文を書き写すことに走るだろうし、それで何の力が付くのか? と疑問に思っていた。

それなら、書き写すことを肯定し、なぜあなたの心に引っかかったのかを書き表すことで自分を綴ること、自己表現の力を付けることができるのではないかと考えるようになった。実際、子どもたちは少しずつ自己開示を行い、自己を表現するようになっていった。

また、

『私が第一読者です。私が面白いと思える作品を書いてください。面白い作品は掲示します』

と指示を出したことから、読者を意識して書くという意識も持たせることができたのではないかと考えている。

書くことの苦しみから、書くことの喜びを見つけ、自らの歴史を綴れる人間に成長するきっかけを与えられれば、と思う。

 

更に付け足しをすれば、自分の意見というものは、宇都宮大学の香西氏の指摘するように、全て反論になっているということではあるが、作文は苦手な生徒は、自分の意見を主張するときに、世の中にある意見の、または読んでる本のどこに反論すればいいのかがわからないでいるのではないかとも思う。

そうだとすれば、引用する箇所を短く示し、その引用した部分にのみ自分の反論を付け加えることで成立する「書き抜きエッセイ」は、生徒に作文を書きやすくするシステムを提供していると考えることは出来ないだろうか。

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書き抜きエッセイの作品例

その1

【書き抜き】

雨のはげしい朝のことだ。私の経営する英語学校に、一人の生徒がズブぬれになって駆け込んだ。ジョーク好きの外人教師がすかさず、" Did you swim here? " 生徒の方も極めて自然に、" Oh,say. I like swimming." ここで二人は大笑いになった。

極めてスムーズなやりとりだったが、この生徒は実は勘違いをしている。教師が「こんな雨の中を泳いで来たんだね」と聞いたのを、生徒は「泳ぎが好きかね」と取り違えて「ハイ好きです」と答えたのだ。

【エッセイ】

「取り違えて「ハイ好きです」と答えたのだ」とある。実は私も勘違いをしたことがある。

ある日、一人で留守番していた時のことだ。まだ小学3年生だった。ピンポーンとインターホンがなり、勝手に出た。荷物を持ったお兄さんが立っていた。「お届けものです。ここにはんこを押して下さい」と言われた。しかし、はんこがどこにあるか分からなかったので、「はんこは、どこにあるか知りません」と言ったら、お兄さんは「じゃあ、ここにサインしてくれる?」と言ってきた。

私は、驚いた。この見たことのない人は私のサインがほしいらしい。困ったなあ。私の頭の中では、こんなことしか考えてなかった。そして、私はサインをしたのだ。どんなサインをしたのだろうか。とても恥ずかしくて言えません。今思うと、小3でサインして下さいって言われてドキドキしている奴はテレビの見過ぎだと思う。

中学三年女子

その2

【書き抜き】

出典 ネコの住所録 / タイトル 追いかけられて / 作者 群ようこ

先生にうながされて、鹿の集まっている場所を立ち去ろうとすると、背後から「わあーっ」という声が聞こえてくる。振り返ると同じクラスのお調子者で有名な男の子が、左手にせんべいの袋を掲げたまま、血相を替えて逃げてくるではないか。そして彼をものすごい勢いで追いかけてきたのが、お辞儀をしながら走ってくる鹿の集団だったのである。彼が鹿をからかってせんべいをやらなかったらしいのだが、心からせんべいが欲しかった鹿は、彼を狙って追いかけてきた。ところが「せんべいが欲しい」と「お辞儀」がひとくくりになってしまている鹿は、彼を必死に追いかけながらも、悲しいかなお辞儀をし続けていたのだ。

中略

彼はいつも門扉の内側で子猫や妻と一緒にいる。エネルギーがあり余っている子猫に、背後から飛び蹴りをされても、怒ることなくじっと耐えている。尻尾をうまく動かして、じゃれつかせたりもしている。そして美人の妻は一歩下がってその姿を眺めている。「ブタ夫も幸せになってよかった」と思いつつ、私はブタ夫がどうやってあの美人妻をものにしたのか、知りたくてしょうがないのである。

【エッセイ】

私は、奈良に行って鹿せんべいを買ってスグに、おそわれました。いきなりベストをかまれ、スカートをひっぱられ、腕を噛まれました。私は班員に助けを求めましたが、男子は(Nくん、Hくん、Cくん)は笑っているだけで、女子は(Uさん、Yさん)「キャーッ!」「い”や”ー」「こっちくんなー!!」とか言われました。ヒドイ(泣)。

私が「ひ◯こ〜!、か◯り〜!、助けてー(どらえもーん)」と言って近づくと、ダッシュで逃げられました。ところが、なんで鹿せんべいを売ってるおばちゃんは、襲われないのか…。う〜ん。深まる謎!?

中略

池◯先生はいつも、どこかで生徒と妻と一緒にいる。エネルギーがあり余っている生徒に、たとえ背後から飛び蹴りをくらおうと怒ることなく、じっと耐えている。もじゃもじゃの頭をうまく動かしてじゃれつかせたりもしている。そして、美人の妻は一歩下がってその姿を眺めている。「池◯先生も幸せになってよかった。」と思いつつ、生徒は池◯先生がどうやってあの美人妻をものにしたのか、知りたくて、しょうがないのであった…。おわり。

中学三年女子

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