2005/3/18 NO. 63
二、三日前には雨の予報があったが、綺麗な朝日とともに卒業式の日を迎えることができた。
なんとも目出度い。
おとといの帰りの学活で自分の中学校のときの卒業式の事を思い出しながら話した。私は、文化祭だったか、卒業式だったかで学年合唱の指揮をしたということを話した。そう、文化祭だったか、卒業式だったかも忘れてしまうぐらいの記憶になってしまっている。卒業式をしながら、
(本当に、卒業? もう一度中学校時代が送れるんじゃないか?)
なんてことを心のどこかで思っていたことも話した。しかし、当たり前だが時は戻らない。
昨日の掃除の後の学活では、卒業後のことを話した。
「卒業したら、一度だけは中学校に来ても良い。新しい制服を見せに来る、都立高校の入試結果を知りに来る、後輩の練習ぶりを見るなどである。だが、あとは先生にクラブの指導をお願いされる、高校の様子を話してくれなどと頼まれて学校に来る以外は来てはならない」
と
今まで過ごした環境と新しい環境では、明らかに今までいた環境の方が居心地が良い。先生たちは構ってくれるし、後輩には偉そうな態度をしても後輩もチヤホヤしてくれる。だから、楢原中学校に戻りたくなる。だけど、それは駄目だ。新しい環境に自分の居場所を作らなければならない。居場所のない人たちほど、昔の場所に戻る。それでは駄目だ。過去に生きてはだめだ。
さらに、学校に来るときも名札を付けなければならない。携帯電話を持っても良いが、中学校で勝手に使うのはマナー違反だし、飴やガムを食べながら中学校に来て先生と話をするなんてのは、中学校の校則で駄目なのではなく、一般常識として許されず、中学校を卒業してまでもそんなことが守れないのであれば、今まで以上に厳しく指導されることになる。「帰りなさい」という指導も受けるだろう。
君たちは卒業するのだ。
それが、卒業すると言うことなのだ。
最後まで、説教だらけの担任だが、そういう担任に出会ってしまったと思って諦めてくれ。
まだまだ説教を続けたいといいう思いもあるが、中学校での時間はもうない。
ただ、君たちには沢山のことを教えてきたし、沢山のことを学んでくれたという思いもある。もし、それらのことを君の人生の土台に加えてくれれば嬉しい。
この一年、大きな病気をすることもなく、君たちの伴奏者をすることができたのは幸せであった。偉そうなことを言う割に、頼り無い所だらけの担任に、たくさんの感動もプレゼントしてもらった。ありがとう。
お酒が飲める年齢になったら、「一杯一杯復一杯」とやろうじゃないか。君たちがさらなる成長をした姿を見せてくれるその日を楽しみにして、筆を置こうと思う。
良い人生を作り出してほしい。
心から、卒業おめでとう。
今年は例年よりも雪が多いと感じている。 実際はどうか調べていないが、特に週末の雪が多い。
この雪が降ったときにしか撮れない写真がある。それがこの写真。外に雪が降り積もり、太陽の光を反射して眩しく輝いている。
いわゆる後光が差している状態なのだ。君たちの将来が輝いているようでなんか、良いと思っている。
下の歌詞は、まだ高音の延びが良かった時の松松田聖子さんの曲だ。
卒業を歌った歌はいくつかあるが、この曲も名曲だと思う。
親御さんのCDにあるんじゃないかな。
私はこの曲を聞きながら、君たちの「まぶしかった時」が今なんだろうなあと思うのだよ。
制服
松田聖子
卒業証書抱いた 傘の波にまぎれながら
自然にあなたの横 並ぶように歩いていたの
四月からは都会に 行ってしまうあなたに打ち明けたい気持が・・・
でもこのままでいいの ただのクラスメイトだから
失うときはじめてまぶしかった時を知るの
真っ赤な定期入れと隠していた小さなフォト
セーラー服着るのもそうね今日が最後ね
テスト前にノートを貸してくれと言われて抜け駆けだとみんなに
責められた日もあるわただのクラスメイトなのに
失うとき初めて まぶしかった時を知るの
桜が枝に咲くころには
違う世界でひとりぼっちひとりぼっち
生きてる
雨に濡れたメモには東京での住所が握りしめて泣いたの
そうこのままでいいのただのクラスメイトだけで
失うとき初めてまぶしかった時を知るの
担任にとって都立高校の受験日というのはなんとも居場所のない日である。朝起きてお天道様に合格を祈念し、テレビを付けて電車が止まっていないか確認し、すでに進学先が決まっている諸君と一時間学級の片づけなどをしたら、あとは誰もいない教室を相手にしなければならない。
私は通信簿を書くのも教室でやるのが好きだ。教室で書いていると一人一人の顔が割と鮮明に思い出され、(ああ、あんな事もあったな)と筆が進む。だから、今日も職員室と教室行き来しながら仕事をしていた。
だが、今日はなんとも言えない感じだった。春一番の吹いた今日、ガラス越しに教室に降り注ぐ日差しはとても暖かく、つい、口からこんな歌が零(こぼ)れてきた。
最後の春休み
作詞 : 松任谷由実
作曲 : 松任谷由実
春休みのロッカー室に
忘れたものをとりに行った
ひっそりとした長い廊下を
歩いていたら泣きたくなった
目立たなかった私となんて
交した言葉数えるほど
アルファベットの名前順さえ
あなたはひどくはなれてた
もしもできることなら
この場所に同じ時間に
ずっとずっとうずくまっていたい
もうすぐ別の道を歩き
思い出してもくれないの
たまに電車で目と目があっても
もう制服じゃない
窓の近くのあなたの机
ひとりほおづえついてみる
ふたをあけると紺のボタンが
隅のほこりにまぎれてた
もしもできるとなら
この場所に同じ時間に
ずっとずっとうずくまっていたい
もうすぐ別の道を歩き
思い出してもくれないの
そよ風運ぶ過ぎたざわめき
今は春休み 今は春休み 最後の春休み
私は、松任谷さんの「卒業写真」も好きだが、この歌も同じぐらいに好きである。なんかとても切なくなる。そして、
(今頃は三時間目かなあ。大丈夫かなあ)
とか思いながら、職員室や教室で仕事をする一日であった。
花粉が飛び交い始めました。春は本当にそこまでやってきました。
明日は都立高校の受検です。
三年の教室で授業をしていると、欠席が多くなっているのが分かります。必死に頑張って勉強していて、体調を壊してしまった人もいるのでしょう。そういう人は十分に体を休めるべきです。ですが、中には中学校で学ぶよりも違うところでやろうとして学校を休んでいる人もいると言う噂も聞きます。もしそうだとしたら、(なんだかなー)と思います。
君たちが明日の都立高校の受検で、これから君が三年間通う学校が決まるということは、分かります。だけど、都立高校の受検が二月にあるということは三年前から分かっていることです。少なくとも、東京都教育委員会が発表した半年前からは、分かっていることです。段階を経て準備をするということができていないと言わざるを得ません。
一日でも、一時間でも必死に頑張りたいという気持ちは分かります。だけど、学校に来ないで勉強をするというのは、おかしなことです。なぜかと言えば、やらなければならないことをやらないで、自分のやりたいことをやるということは、基本的には学校に来ないで遊んでいるということと変わりのないことなのです。「やりたいことだけやって、やらなければならないことをやらない」ということと変わりがないと思うのです。
で、先生という仕事をしてきて一つ感じるのは、目の前の大変なことから逃げない方が良いということですね。大人になっていくということは、自分のやりたいことだけでなく、やらなければならないことが増えていくことでもあります。一度、やらなければならないことから逃げるということを覚えてしまうと、これを直すのはとても難しいものです。
だから、長い目で人生を見ると自分を甘やかすような姿勢を身につけてしまうことは、大きなマイナスだと思っています。
嘘なんて簡単につけるし、親や先生なんて簡単にだませます。なぜなら、君たちのことを信用しようとしているからです。だけどね、大事なものはだませないものです。それは、君自身です。君自身が嘘をついているかどうかは、君は分かります。他人をだませても、嘘をついている自分は君が知っています。
だから、君が正直に生きれば、君は自分が正直に生きてきたことを理解します。それは、君自身に大きな自信を育てるし、仲間からの信頼も得られるようになります。
正直に生きている君たちに、大きな喜びがありますように。
この一年間、君たちに送りつづけている学級通信のタイトルは、『扉』である。
教員の春休みというのは、一年間で一番忙しい。三学期で終わる生徒の一年間の記録を学校の諸帳簿に記し、新しい生徒のクラス案を考え、一年間の指導計画を授業だけではなく色々なものを作り、新学期から使う教科書の教材研究をしと沢山あるのだ。
が、私の春休みの一番大きな仕事は学級通信の名前を考えることであり、これは結構頭を使っている。
教科通信は『志学』で、進路通信は『The Seven Seas』と固定して使っている。だから、悩む必要も考える必要もない。だけど、学級通信だけは毎年考えている。
君たちのクラス名簿を手にしたとき、
(さて、どうやってこの一年間を過ごしていこうか)
と考えた。
いろいろなことを思ったが、
(どうやって進路を乗り越えていかせようかなあ)
というのが最大のポイントであった。
自分に厳しく取り組む諸君もいれば、甘えてしまう諸君もいるように見えた。また、自信のなさを他人の所為にしてしまう諸君もいるかもしれないし、仲間を支えて支えて自分がつぶれてしまうのではないだろうかと心配するような諸君もいた。そんな風に見えた。
その一人一人が自分というものを見つめ、避けては通れない自分を受け止め、成長していく諸君に成長してほしいと四月に考えていた。
そして、つけた学級通信のタイトルが『扉』である。
自分でその「扉」をあけてほしいという意味でつけた。自分たちでその「扉」をあけてほしいという意味でつけた。
そう、それもある。だけど、まだある。
青年時代には自分で自分の限界を作り、
(もうダメだ。目の前に大きな壁がある)
としてしまうことがある。
君がもしそんな風に思ったら、そんなことはないと自分に言い聞かせてほしいと思ってこのタイトルを付けた。
「君が壁と思っているのは、実は重い大きな扉なんだ。押してみろ、引いてみろ、横にずらしてみろ、回転させてみろ。努力と言う工夫をして、その扉を開いてほしい」
これは有名な言葉である。誰の言葉かと言えば、君の担任の作った有名な言葉である。実に私はそう思っている。
君の目の前にある扉は、都立受検か、期末考査か、中学校生活の仕上げか。
体調に十分気をつけて、後少し君のその「扉」に挑戦していってほしい。
学校が安全であったのは、実は地域社会が安全であったからという意見がある。地域社会が安全とは言い切れなくなってしまった現在、学校はその影響をかぶることになる。
3の1は避難訓練の時には便利で、目の前に階段がある。しかし、西門に一番近く不審者が学校に入ってきたら最初にやってくるのは、我がクラスである。私はこの教室を自分のクラスとして使うことになるたびに気になっている。
東京学芸大学の山田雅彦助教授によると「殺意があって凶器を持っている人間と戦うのは無謀である」ということである。大事なのは、自分の身を守ることである。一番良いことは、クラスの大人数で大声を出して威嚇(いかく)すると言うことだそうだ。決して相手から目をそらすことなく、大声で威嚇する。こんな教えが役に立って欲しくはないけど、知らせておく。
放課後、マクドナルドから連絡があった。「制服を着たまま注文もしないで勉強している生徒がいる」ということである。三年の数人の先生が学校から出ていった。総合の時間の準備を三学年でしている最中、しかも、休憩時間を使って準備をしている最中である。そこにいる生徒六人のうち、五人が一組の生徒であった。
色々な問題があるが、まず考えなければならないのは、制服で学校の帰りに寄っているということは、@持ってきてはいけないお金を学校に持ってきている。A買い食いをしている。B営業妨害をしているという三つの問題がある。
学校としては、このうち@とAに対して指導することになる。もちろん、家に帰ってから来ている生徒もいるとのことなので、全員に@Aということではないだろうが、世の中は君たちのことをそんなに詳しく見てはくれない。まとめて「ほら、楢中生が・・・」となるのだよ。
細かいことを言っているようだが、細かくてもルールというものがある。細かいところを(大丈夫だよ)なんて見逃していると、大きな問題も見逃してしまう人間になり、大きな失敗をするようになってしまう。中学校が厳しいのは、そんな大人がしてきた失敗を、これから大人になる君たちにして欲しくはないからである。
ただ、君たちが反省しなければならないと指摘した上で、君たちにも同情する面もある。(なんで、みんなで集まって勉強することが怒られなければならないのだ?)と。
話によると、八王子の図書館は自分が勉強する道具を持ち込んではいけないと言う。こんな状態であるから、教えあいながら勉強する場所なんてない。君たちは、自分でお金を払って(ま、今回は払っていなかった人もいるが)勉強場所を確保しているのだ。本来なら税金でそういう場所を用意する必要があるのではないかと思う。
ドイツには若者が運営の権利と責任を持つ公民館があるという話を聞いたことがある。みんなでわいわいがやがややりながら、勉強をし、地域社会のことを考え、交流し、親睦するという場所があるというのだ。
日本にだって昔は若者宿、娘宿という若者が集まる場所があって、地域の歴史や社会で生きていくためのルールや技術を教えあう場所があったのだ。
私は多摩市の住民なので、まずは多摩市の図書館に「子どもたちが話し合いながら集団で学習する場所を図書館に設けることはできないか?」と提案している。君たちは「私たちが仲間と学び合う場所を用意して欲しい」と提案しても良いのではないかと思う。
いかがであろうか?
進路決定の動きがあるなかで、学級は学級でいろいろな出来事が起きている。入試の前に、卒業を前に、まだこんなことをしているのかということも起きている。そのうちの一つ、ゴミ問題である。
八王子市のゴミ収集有料化を受けて、学校では個人で出すゴミは基本的に持ち帰りとなった。学級で出せるゴミは、それこそ消しゴムのかすぐらいである。しかし、そうは言っても花粉症で困っている諸君には、鼻をかんだ後のティッシュぐらい捨てさせてあげたい。
で、それを認めていたら教室内にかんだ後のティッシュが投げ出されていることが多くなった。ゴミ箱ではなく、棚や床に投げ捨ててあるのである。なんだこりゃと思って、本人に注意をした。
その後、ゴミ場を見てみると有料のゴミ袋ではなく直接ゴミ箱に捨ててあるのを確認。これもひどいなと思っていたところ、ある朝、突然ゴミがなくなっているのに気がついた。
(ははあ、誰かが気がついて片づけてくれたんだな。ありがたいありがたい)
と思っていたら、ちょっと違っていた。そのゴミを一階の清掃用具入れの中にぶちまけてしまった生徒が居たのだ。
その場所の清掃担当の先生が、どこのクラスのものか?と確認したところ、3の1のクラスの保健室利用のカードや大量のティッシュが出てきたことから、明らかに3の1のゴミだと言うことが分かった。
ゴミを所定の場所に捨てに行くのが面倒くさくて投げ捨てたのだ。信じられない。
◆
この事実をクラスのみんなに話し、やった人は名乗り出るように求めた。しかし、出てこない。受験もあったので、しばらく教室においておいたのだが、昨日、そのゴミ袋がなくなっているのを発見した。
嬉しかった。クラスの中に、マイナスの事実が残り続けるというのは、クラスの空気を悪くする。この空気が悪いというのは、嫌なものだ。この空気を感じて、
(ははあ、誰かが気がついて片づけてくれたんだな。ありがたいありがたい)
と、今度は本当に思った。ちょっとした行動だが、とても意味のある行動だ。誰がやってくれたのか分からないけど、ありがとう。
朝の学活に行ってみると教室はずいぶんゆったりしている。昨日は都立高校の推薦入試であった。
(もう高校には到着したかなあ)
と思いながら、朝の学活を行う。そして、教室をぐるっと見回すと、掲示物が三カ所剥がれかかっているところを発見した。
帰りの学活でもう一度教室を見回すと、剥がれかかっている掲示物は四カ所に増えていた。ちょっと残念だったので話をした。
『今日は人数が少ないので、みんなでサッと教室を綺麗にしよう。君の近くの掲示物を見てご覧。剥がれているところがないか? あったらサッと直して。それから足下にゴミが落ちていたら拾って』
簡単な話をして作業に入った。ものの二、三分で完了する。そして、話を続けた。
『私は思うんだけどね、こうして君たちがサッと自分から動くと良いなあとね。
クラスには美化係とか掲示係とかいろいろな係があるよね。これは、誰かがやらなければならない学級の仕事を、みんなで分担しあって、みんなが過ごすための良い空間を作ろうとしているわけだ。少しずつ分担して負担を減らしているわけね。
だけどね、そうだからと言って「これは、俺の仕事じゃないからやらない」「あの班の仕事」なんて、ちょっとした、ほんのちょっとした事を人に押しつけているってな状態は良くないと思うんだな。
ほんの二、三分君たちが動くだけで、こんなに簡単に教室は綺麗になり、気持ちよくなる。気がついた人がサッと直す。それだけなんだ。
君たちはやがて君の住む地域を中心として生活することになる。そこには、美化係も掲示係も居ない。だけど、掲示板もあれば、ゴミも落ちている。もし、掲示物が剥がれかかっていたら、ちょっと直すと良い。ゴミが落ちていたらちょっと拾っておくと良い。そうしたら、君の住む街は綺麗になり、色々な人が気持ちよくなるさ。
学級ってのは、社会に君たちが育っていく前にその力を育てる場だと思っている。ちょっとだけ、君の足を止め、手を動かして見て欲しい。そうしたら、ずいぶん気持ちの良い空間が生まれてくると思うんだ』
本当にそう思っている。
数年前、「今頃、学生は箱根あたりかなあ〜」というビールのコマーシャルがあった。正月の箱ね駅伝を思いながら、温泉に浸かっている橋爪さんがつぶやいていた。
私は、紅茶を飲みながら、
(今頃午前中の試験は終わったかなあ)
と私立の推薦入試を受けている諸君のことを思っている。
(寒冷注意報がでていたけど、思ったよりも寒くなく、雪も降らなかったから、ま、特に大きな問題はないだろう)
とも思っている。
木曜の学活前に、数人の女子から
「先生、明日の学活の最初の五分間、使って良いですか?」
という申し出があった。
私は、今ちょっと問題があるクラスの授業の受け方について何か話し合いでもするのかと思って、
「はい、どうぞ。私はいない方が良いね」
と許可をしていたのだが、実は違っていた。
金曜日の六時間目が始まる前に、私はその女子たちから呼び出されて、廊下に行った。
「はい、先生にプレゼントです」
と言われたのだが、私は????であった。早いバレンタインデーでもないし、遅い年賀状でもないし、まして半年後の誕生日でもないし、なんだ? 何か私がもらうものなんかあったか?
手渡されたものは、手作りのお守りであった。なんと選択の家庭科の時間にみんなで作ったという。そして、クラス全員分のものがあるという。
すごい。
これは、すごい。本当にすごい。
何がすごいと言って、自分が身につけた技術を、他の仲間のために使う。それも、自分の大事な時間を割いて使う。三十八人と担任分という大人数の分を作るってのがすごい。
一人一人に通信簿を書き、調査書を書いている私は、この大変さが、よーーーーーーーーく分かる。
私はこれですごく元気をもらった。君たちも、同じだろう。こういう優しさを持つ諸君が三の一に何人かいることを担任としては非常に誇りに思う。
もう一踏ん張りできそうな気がしてこないか? 作ってくれたみんなに感謝しつつ、やっていこう。
今の気持ち一覧です。みなさんは何を思っているかな。
1 都立入試で私の行きたい高校の倍率がすごく高くて、心配。でもだからこそ自分がその高校に受かるように頑張りたいと思う。
2 やるだけのことはやったので、本番に良い結果がでると良いなと思います。
3 高校に受かるかすごく不安だけど、頑張ってみせる!
4 卒業早いなあーって思う。高校生にちゃんとなれるかとか。3年間あっという間、1番3年生が早く感じた。
5 冬休みはほとんど塾で、まわりもすごい勉強していて、自分もやらなくあいけないなと思った。3学期はすぐ入試が始まるから気を抜かずに頑張りたい。
6 うわー・・・試験今月だよー・・・なんか、あーとしか言いようがないなあー。しかも終わったら卒業式・・・さみしーし、早!!!
7 自分の行きたい高校に行けるようにもっと勉強をする。
8 今高校の合格したらな〜と思った。
9 高校受かりたい。残りの時間を友達と一緒に仲良く楽しく過ごしたい。
10 きんにくつうがいたい
11 高校の倍率が高いから、入れるかどうかとても不安。
12 あと一週間後に推薦受検ですごく不安だけど必ず合格してみんなと一緒に卒業したいと思います。
13 もう少しでみんなバラバラになってしまうのは、さみしい。
14 受験を楽しむ!&&&&&&&&&日テレ
15 もうちょっとで中学校生活も終わりなので楽しみたい。
16 はやくかいほうされたい! & 笑顔で卒業したい!!
17 倍率が高くなっていたのでこれからは気合いを入れて頑張ろうと思う。
18 フットサルで優勝してフットサルのプロになる。サッカーの達人になる!!
19 絶対合格する!
20 もうすぐ入試にだから公開しないように頑張る。
21 スキーの怪我がまだ痛い。お年玉を使いすぎた。ほんとにこんなんでいいのか?
22 推薦受験頑張る。
23 あとそつぎょうまで3ヶ月なんて早いなあと思う。あと1ヶ月しかないけど悔いのないように勉強頑張りたい。
24 冬休みがおわったのに、前と変わらないぐらいで不安です。友達がどんどん高校が決まっていくとどんどんあせりそうな気がする。でも、やるだけのことはやって、志望校に合格したいです。
25 高校合格する!
26 受験終わったら遊びたい。
27 気を抜かずに最後まで勉強する!!受験が終わったら思いっきり遊ぶ♪
28 やっと3学期が始まった。
29 試験まで2週間切ってまだなにも面接の練習をしていないから心配だ。
30 最後まで諦めずに頑張ろうと思う。
31 私が今思っていることは、卒業までに良い思い出を作ること。たとえば、みんなで遊んだり入試が終わったらやりたい。進路が不安。
32 もうすぐ受験だから不安。
33 もうすぐ受験だー!! まだ全然勉強終わってない。やばい!!
34 高校に受かりたい。
35 後2ヶ月ぐらいで卒業。少しでも多くの思い出ができればいいなあ。合格すれば良いなあ。高校。
36 卒業が近くなってきて、フクザツな気持ちです。
37 心機一転ここからが勝負
2005/1/11 NO. 52
あけましておめでとう。たっぷりと勉強したかい? 少しは正月らしいこともしたかい?
さて、いよいよ中学校生活も大詰めである。健康に気を付けて一日一日を大切にして学んでいこう。
私の今年の年末年始は、いつもより忙しかった。もちろん、君たちの進路の資料を作るというのもあるが、親族の集まりの他にいろいろな会があって、それに参加するのに忙しかったのだよ。その中で楽しかったし、考え込んだのは、卒業生の会である。
毎年一月三日は、我が家にお酒が飲める年齢以上なった教え子たちが集まってきてくれて近況報告をしていく。一番上は塾の時代の教え子で、もう三十代半ば。十五人ぐらい集まって、年齢と学校を越えて話をし、仲間を作っている。
私はその話を聞きながら、お酒を飲み、料理を作り、ときには進路の相談を受け、恋人の話を聞き、仕事の愚痴につきあい、生まれてくる子供の名前を考えたりと楽しい時間を過ごした。もちろん、卒業生は私に話した以上の人生を抱えて生きていて、簡単にこうだああだとアドヴァイスを言えることではないのだが、ま、ついつい話してしまっていた。
彼ら彼女らは、中学校のときに担任していたり授業を持っていた元生徒たちなのだが、見ていると中学校時代と変わらない生徒と、成長したなあと思う生徒に分かれる。ざっくり言ってしまえば、伸びている生徒は、やはり素直なメンバーだ。素直というのはどういうことかというと、アドヴァイスを受けたことを、とにかく自分なりにやっていくというということだ。
私のことだから、冗談半分にからかうこともたくさんあるわけだが、その冗談の中には、ストレートに指摘してしまうと厳しすぎることを冗談に織り込めて言うことがある。素直な彼らは、その冗談すらも受け止めて自分を伸ばそうとしてきたようだった。
もちろん、私がすべてを考えて子供たちに何かを話してきたからうまくいった、ということをここで言いたいのではない。言葉は、話された瞬間に別の命を持ち、話した人の思いのままに伝わることもあれば、全く別のこととして伝わることもあることを実感したと言うことを言いたいのである。
私が(そんなこと話したっけかなあ)という言葉を大事にして生きてきている彼らを見ていると、生きるってのは楽しいなあ、大変だなあ、面白いなあと思うのであったよ。で、言葉っていいなあ、正月って良いなあと思ったのだよ。
一ヶ月も学級通信を出せないでいた。我ながら驚く。この一ヶ月はとにかく忙しかったからなあ。しかし、なんとかその一ヶ月間も乗り越えて、二学期の終業式を迎えることになる。
筑波大学の心理学の教授で、海保(かいほ)博之さんという方がいる。彼が言うには、人間は三つの時間に囲まれて生活しているという。すなわち、
である。
生物時間というのは、夜になれば眠くなり、朝になれば起きるというような生物そのものが持っている時間である。有名なものではサーカディアン・リズムがある。生物時間であるから、人間以外の動物にもある。
しかし、次の二つは動物にはなく、人間だけである。時計時間は、それこそ時計の上を進んでいく時間である。一日は二十四時間、一時間は六十分。これは、地球上に生活する人間には客観的に同じ長さの時間である。
そして、心理時間である。
二学期を振り返って、「長かった人、こんなもんだろう、短かった人」と手を挙げてもらったところ、圧倒的に「短かった人」が多かった。ところが、同じ質問を二年生でしたところ、これまた圧倒的に「長かった人」が多かった。楢原中学校で同じ時計時間を過ごしていながら、感じ方は逆になっている。この心で感じる時間のことを心理時間という。
一般的に、心理時間で短いと感じるときは、その人の活動が満たされている場合が多い。つまらないと感じている授業の時間がなかなか過ぎていかないのに、面白いテレビゲームは気がつけば二時間もやっていることがあるという、あの感覚である。
もし、この説が正しいとすれば、諸君の二学期は充実していたことになる。良かった良かった。
冬休み、家族の時間を大事にしつつ、もう一踏ん張り、自分の進路の実現に向けて努力を重ねよう。私も君たちの調査書を書きながら応援している。
良い年をお迎え下さい。
三日前に、ゆき虫を見た。
正式名称は何というのか分からないが、この虫を見ると冬は本格的になり、雪が降ってもおかしくない気がする。
中国の古典『漢書』に「蘇武伝」という章がある。
前漢の時代、蘇武(そぶ)という武将がが匈奴に囚われたとき、雁の足に手紙を付けて都に届け、自分の生存を照明した結果、十六年後に故郷に帰ることができたという話である。そのことから、手紙のことを「雁書」とも言う。
今の日本、三日前に届いたのは三枚の写真であった。
その写真を見た母親は、もう40歳になるであろう娘に対して「ちゃん」づけで読んでいる。母にとっては二十五年前で時間は止まっているのかもしれない。しかし、一方で娘の生存を確信して訴え続ける母の時間は、ひとときとして止まることはないのだろう。きちんとした対応を求め、娘、子供の命をなんとかして守ろうとしている母親の姿を見る。
私の母親は、かなり厳しい親である。
私は、自分が小学生の頃は、
(この親は絶対に、自分の本当の親ではない)
と思ったことが何度かあった。
(本当の親なら、こんなに厳しくするわけがない)
と思っていた。
小学校一年生の時、嘘をついた私を玄関の柘植の木に縛り付けたことがあった。五年生の時、暴言を吐いたら、一週間食事を私の分だけ作ってくれなかったこともあった。
(絶対、違う)
と思っていた。
「おまえのことを思って、厳しく育てているんだ。怒られなくなったら、人間お仕舞いなんだよ」
と言われても、
(私のこと思わなくても良いから、人間お仕舞いになってもいいから、厳しくしないでほしい)
と思っていた。
だけど、今はありがたいと思う。あれだけ厳しく育ててもらっても、このだらしのなさの私である。甘やかして
「あ、修。いーよ、いーよ」
なんて育てられたら、いったいどんな人間になっていたかと思う。ま、今よりは辛い毎日を送っていたことは確実だろう。
親の愛ってのは、深いものだ。
楢原中学校には、おめでたい話が訪れ、嬉しい限りである。
君たちがまだ君の母親の体内に抱かれているときも、
「おめでとう」
「大丈夫?」
と君の母は多くの人に祝福され、心配をされていた。それは君の記憶にはない幸せな過去の出来事だ。そうした目に見えない、記憶にないところの幸せから、君の人生は始まっているのだ。
君たちも、祝福して下さい。
たぶん、君たちが必死に自分のことに取り組むとき、それは祝福になるはずだ。
昨日の帰りの学活で、
『面接試験の身の振る舞い方として、一つだけヒントを言う。それは、動きと動きの間に、止まるという動きを入れることだ』
と言って、教室の扉を開けて部屋に入る動きを実際にやってみた。悪い例と良い例をやってみたので、君たちもその違いが分かったのではないかと思う。
その後、帰りの挨拶をしたら、
「気を付け!」
の号令の時、今までにないほど体の動きが止まっていた。
いいなあ。そういう素直さが君の成長を促すのだよ。体に良い癖をつけていこう。その体についた良い癖が「立ち居振る舞いが美しい」と呼ばれるようになるはじめなのだと思う。
昨日、帰りの車でラジオを聞いていたら「体内時計」に関して面白いことを話していた。睡眠時間とも関わりのあることで、受験生には必要な情報だと思って、今朝の学活で話した。まとめてみよう。
体内時計とは、サーカディアン・リズムとも言い、人間が生まれながらにして持っているものである。地球の自転は24時間で動くが、体内時計は25時間で一日を過ごす。そのことから体のリズムの乱れが生まれるのだが、それをリセットする機能も体には備わっているというのだ。
そのリセットのスイッチは何かというと、「朝日」だというのだ。それも太陽が地平線から昇る前の、青い光がスイッチになると言う。今の時期なら6時前なら見ることができる。
私は楢原中学校に来る6年前に今の場所に居を構えたが、それまでは夜更かしの遅起きであった。が、インターネットを朝やると回線スピードが速いので早起きしてやるようになったら、体調が良くなった。(早起きは健康に良いというのは本当だなあ)と思っていたのだが、どうやらこの「青い光」が理由の一つでもあったらしい。
では、人間はどのぐらい眠ればいいのかというと、それは遺伝子レベルで決まっているので人それぞれだと言っていた。5時間で大丈夫な人もいれば、9時間でない人もいるとのこと。ただ、すっきりとした寝覚めには、コツがあるとのこと。
人間の眠りは90分周期で、浅い眠りと深い眠りを繰り返しているので、起きる時間から換算して寝る時間を決めると良いとのことであった。たとえば、朝の5時に起きようとする人は、10時に寝るよりは、11時に寝た方が良いとのことであった。(もちろん、寝付きが良い悪いの問題はあるが)
また、眠りは12時間周期でやってくるので、夜の1時に寝た人は、昼の1時に眠くなるとのこと。だから、午後の授業が眠くなる人は、寝る時間を12時前にすると良いとのことであった。
一日崩したリズムは直るのに四日かかり、一週間では四週間、一ヶ月では四ヶ月かかるとのことであった。君たちは若いから無理がきくが、受験勉強は長丁場である。安定したリズム、つまり生活の習慣であり、睡眠時間の一定化も、大事な進路の学習なのである。
2004/11/05 NO. 47
合唱コンクールが終わり、学校は行事の熱も引き、勉強の充実を図る時期となっている。一日一日を大事にすることは、分かっているが忙しさに流されてしまい、
(今日は大丈夫だったか?)
と確認すると、
(うーん、やりきれないことが多かったなあ)
と悲しくなったりもする。
だけど、少しずつでも前に進まなければならないのが、この時期だ。
今週の月曜日に、嬉しい表彰があった。整美委員会の美化点検で、三年生の部の最優秀賞を一組が得ることができたのだ。担任としては、合唱コンクールの優勝と同等、いやそれ以上に嬉しいものもある。
三年一組は荷物が多い。というか、掲示物が多い。学級通信をずーっと張り続けていることもあるが、とにかく多いのである。ものが多いと言うことは、崩れる可能性も高いと言うことである。
その危ういラインを何とかしのぎつつの最優秀賞である。
これは、嬉しい。
放課後、君たちが帰った教室を見回りに行く。窓が開いていないか、物は荒らされていないか、掲示物は風で飛んでいないか、そんなことを思いながら見回りに行く。
すると、
(あれ? この子は教室掃除だったかな)
(あれ? この子は掲示係だったかな)
と思う生徒が教室で、黙々と教室を美しく仕上げてくれている姿に出会うことがあった。
私は
(ああ、こうして教室を美しくしてくれる人がいるんだなあ)
と感動し感謝し、教室には入らずに職員室に戻っていました。
自慢じゃないが私は、片づけが苦手である。ただ、いろいろな人が使う場所は綺麗にしておきたいと思う。そして、教室はなんと言っても勉強する空間である。気持ちよく学べる環境を保ちたいと思う。
そんな担任の気持ちを知ってか知らずか、美しい教室を保とうと思ってくれる何人かの諸君が土台となって、この賞状を獲ることができたのだと思う。
美化に協力してくれる諸君、ありがとうね。学びやすい教室環境が続きますように。
2004/10/26 NO. 46
君たちの大きな挑戦の一つが終わりました。良く挑みかかったと思います。
今だから言いますが、私は、君たちが選んだ「未来」という曲は、実はあまり好きではありませんでした。谷川俊太郎さんの詩は素晴らしいのですが、メロディーの展開がどうも好きになれずにいました。
ですが、君たちの当日の歌声で、初めて
(ああ、そういうことを言いたくてこのメロディーなのね)
と納得しました。
未来に向かって成長しようとするとき、さまざまな混乱が起こり、その混乱を乗り越えない限りは未来に向かっての成長を得ることはできないと言うことを表しているのだと感じました。
混乱の後、最後のフレーズ「あ〜お〜ぞらにむか〜って」が練習の時には、揃わなかったのですが、本番では見事に決まっていました。私はこの瞬間に
(とった!)
と思いました。
結果は残念なことになりましたが、この合唱コンクールがなければ手に入れられなかったものがたくさんあったのではないかと思います。
君たちは、努力をしたのかしなかったのか?と考えると、確実に努力はしたでしょう。この合唱コンクールがなければ手に入れることのできなかったものを手に入れたでしょう。しかし、努力をすれば、君が望めるものを手に入れることができるかと言えば、それはまた別の話です。
努力をすれば、うまく行くとは限らない。しかし、うまく行った人たちは必ず努力をしている。
これは一つの真実だと思います。
この努力ってやつは、今回結果を出さなかったかもしれませんが、努力をした分だけ体の中に、またはクラスの中にきちんと残ります。それがある程度蓄積されると、合唱コンクールで努力したのに、合唱とは関係のないことで結果を出すようになります。不思議なんだけど、そうだから人生は面白い。きちんと努力した人たちは、それを楽しみにすれば良い。
だが、一方で
(悔しい)
(ああ、できなかった)
と思っている人もいるでしょう。
悔しいと思えると言うことは、努力しているから思えるのであって、何も感じないよりは何倍も良い。
ただもし、そういう人がいたら、その原因を人のせいにするのではなく、自分の何が悪かったのか、自分のどこができなかったのかと自分に求めることです。自分に足りなかったところを探せば、自分の成長につながる。人の所為にしていても人は簡単に変わらないので問題の解決にはなりにくい。人の所為にしたかったら、その人を変えることができなかった自分はどうしたら良かったのかと、次のために考えることです。
合唱コンクールの経験を活かした、今後の君たちの成長に、期待します。
2004/10/24 NO. 45
おはよう。
今朝の目覚めはどうだったかな。
私は、四時半に起きて、君たちの写真を見ながらこの通信を書いている。
なんかすごく言い表情をしているなあ。
別に昨日の夜の地震が心配で早起きしたわけでもない。
今日の一日のことを思っていたら、目が覚めてしまったのだ。
まるで遠足を迎えた小学生のようである。
いま、窓の向こうは朝焼けが訪れようとしている。今日は綺麗な青空が広がりそうだ。
青空にむかって
僕はまっすぐ竹竿をたてた
それは未来のようだった
1950年に谷川俊太郎さんは、この詩を作った。彼が十代の時、もう50年も前だ。この歌は、だから十代の君たちが歌うことに意味がある。
きまっている長さをこえて
どこまでもどこまでも
青空にとけこむようだった
君たちの可能性には限りがない。まだ、まだ伸びる。今朝の練習でも、お昼の食事の後でも、いや、本番のステージでも伸びることはできる。君たちにだけ、許されているの今年度の合唱コンクール最後のステージに立つまで、成長の可能性は許されている。
青空の底には
無限の歴史が昇華している
僕もまたそれに加わろうと
この歌を歌いながら、楢原の先輩たちは自分と仲間を成長させてきた。それが、「無限の歴史」であり、この歌を歌うことで私たちも「昇華」することができる。「加わ」ることができる。
青空の底には
とこしえの勝利がある
僕もまたそれを目指して
「とこしえ(永遠)の勝利」ってのは、なんだろうかと考える。私はぎりぎりまで努力することでしか得られないと考えている。「青空の底」はどこにあるのだろうか。それは、ホールの天井と壁がぶつかる二階席の奥の、そのさらに向こう。そこに声を届けてほしいなあ。
青空にむかって
僕はまっすぐ竹竿をたてた
それは未来のようだった
やっぱり、良い詩だなあ。君たちの未来の可能性が広がるように、楢原の歴史、人類の歴史につながるように、今までのすべてをこの歌に載せて歌ってほしい。二回の「あー」を丁寧に、はっきりと口を開けて、思いをホールに響かせてほしい。
大丈夫。
君たちは、ここまで
君たちだけでやってこれた。
期待している。
昨日の体育館での練習はちょっと、ちょっとだけ鼻の奥がジンと来た。
(あー、こいつらはいろいろなことを乗り越えて、ここまできているんだなあ)
と思った。
担任なんて見てるだけで、まあ、せいぜい学級通信を書くぐらいしかできない。君たちの成長を見守るしかできない。であるが、君たちがいろいろなものと戦いながら、合唱コンクールに向かっているだろうことは、担任も多少は分かっている。
40人近くの諸君が、一つの歌を作り上げていく。歌える人、体が動いてしまう人、じっと立っていられない人、音痴な人、せっかちな人、おっとりな人、勉強が分からなくて困っている人、友人との関係がうまくいっていない人、風邪で声が出ない人、合唱なんて興味のない人、その他諸々の諸君が、自分の我慢すべきところを我慢しようとし、自分ができる部分を伸ばそうとしている姿があった。
(を、あいつは、ふむふむ。前回よりも体の動きを止めるのに時間がかからなくなったな)
(ん、あの子は口の開き具合が良くなったなあ)
(そーかい、そんな風に曲想を奏でるかい、ピアノさん)
(でー、声が降ってくるぞ)
(うほほい、ハーモニーが、ハーモニーになっているぞ)
(指揮者が、きちんと指示を出してる!!)
なんてことを思いながら、君たちの歌を見て、また目を閉じて聞いていた。
また、
(あれ〜、これは本番までに間に合うかもしれないぞ)
とも思った。
声が出てきたと言うことは、その次に曲想を考えることができる。
どうやったら、君たちが歌う歌を、一番気持ちよく観客に届けることができるのだろうか? 楽譜にはどうやって歌ったらいいと書いてあるだろうか。
曲を覚えたら、その次はそこを考えて、パートで一致させて、学級で一致させるのだ。
君たちは、この二つの歌で、楢原中学校のすべてのみんなに、何を届けたいと考えているのだろうか。
考えてごらん、意見を一致させてごらん、そして、その答えを歌声に載せてごらん。
そしたら、凄いことになると思うよ。うほ、うほ、うほ!である。
君たちの歌声を、リハーサルのビデオと練習とで見た。
正直な感想を言えば、もったいないなあと言うものである。もっと良く歌えるのに、まだたどり着いていないという感じだ。いくつか理由を書こう。
私が倒れている間に、クラスでは合唱について、男子と女子の間でいろいろとあったらしい。そして、それを君たちで乗り越えてきたという。そうだとすれば、それはすばらしい。自分たちで問題を解決してきたわけだから。
中学校一年の時の合唱コンクールを思い出してほしい。先生が、手取り足取り君たちに合唱の仕方を教えていただろう。しかし、中学校三年にもなれば、君たちが自分たちで作り上げていくものである。トラブルの解決もその一つである。
しかし、厳しく見ればまだまだだろう。君たちの持っている力すれば、こんなところで終わっているものではない。声の大きさ、響き、合わせ方、集中など数段上のレベルがある。そこにたどり着けるはずなのになあと思っている。
どうしたらいいのか。
まずは、自分ができないことを認めるところから始まるのだ。自分ができないことを認めるのは、辛い。しかし、ここをしっかりと受け止めなければ、始まらないのだ。
自分ができない、自分が弱いということを他でもないあなた自身が受け入れたとき、はじめて
「教えてくれませんか?」
「助けてくれませんか?」
という声が出る。そのときである。君が成長するのは。
現実と理想、事実と願望をごっちゃにして、(自分はできるはずなのになあ)とか、(俺はやればできるんだ)と思ったまま、できない自分を誤魔化してふざけたり、現実から逃げていては成長はない。
残念なことを合わせて言えば、授業中に望む君たちの姿勢についても、このところ職員室でいろいろな先生たちから私のところに話がある。とても三年の二学期の授業ではないという感想を持つ先生もいる。私の授業は静かに受けているが、それでも学活などのときの雰囲気からそう察することができる。
授業を放棄してしまい、他の人に話しかけている。邪魔をしている。それを止めることができずに流されている。そんな空気があるというのだ。具体的に個人名が何回も出ている人も数人いる。中三の二学期だと言うのにだ。
いますべきことはなにか。
それを考えて行動に移すことだ。
時には、仲間を厳しく注意しなければならないだろう。
私には数段上のレベルにたどり着ける可能性を秘めている君たちの姿が見える。
そして、そこにたどり着くための努力ができるのは、君たち自身でしかない。
期待している。
すまんすまん。体調不良が続いていたところに、もう一つ無理をしたら、体がパンクしてしまった。
咳、発熱、下痢と風邪の症状が一気に出て、こじらせてしまった。まだ、体調は戻っていないので、ぼーっとしていると思うが、よろしく頼む。
今週末に合唱コンクールがある。
リハーサルも見ることができなかったので、今の君たちがどのような成長をしているかわからないが、先週の練習を見た感想を書いてみる。
君たちの声と、他のクラスを聴いて思ったのは、君たちの声の質は良いということである。響き、大きさ、艶など。ただ、その良い質の声が出ている時間が、短いということだ。
何が短くしているのかを考えながら聴いていた。
私の答えは、
「自信のあるときの、声の質は良い」
ということである。
ということは、自信を持って歌える 部分が少ないということでもある。
んじゃあ、自信がないとき、どうしているのか?と聴いていると、小さく歌い、ときにわざと大きくしてみたり、また、がなったりして誤魔化しているのがわかった。
さて、今の君たちはどのようになっているのだろうか。この通信を書いている日曜日の夜、心配であり楽しみでもある。自信を持って歌える部分が増えていることを期待している。
なんと言っても、みんなでやる中学校生活の大きな行事は、これが最後である。そこに向かう君たちに期待したい。
体育大会、合唱コンクールの連覇が許されているのは、一組だけある。今年の合唱コンクールの最後のステージを許されているのは、三年一組だけである。
努力をしないと手に入らないものがある。一人の努力ではなく、仲間たちの努力がないと手に入れられないものがある。
私は、その向こうのステージに向かう君たちを見守りたい。
2004/10/5 NO. 41
昨日は、車で学校に来るときに窓が曇ったのでエアコンを入れたら、暖房が入ってしまった。オートで二十五度に設定しておいたのだが、クーラーではなく、ヒーターが動いてしまった。季節は秋から冬へと動いているのかもしれない。体調が崩れている人が増えているが、調子をしっかり整えるのだぞ。
明後日から中間考査である。また、三週間後には合唱コンクールがあり、十月十五日には第三回進路希望調査、十一月には第一回目の三者面談で、そのときには受験校を具体的に決める。これが三年生の二学期である。
あとでやろうと思っていると、その「あと」の時には次のことがやってきて、とてもじゃないがやってられなくなる。今を大事にするしかない。その今を乗り越えられるように中学一年生の時から君たちにはいろいろと注意をしてきたはずだ。
が、つまらないことで私に注意を受けている人がいないか。
四月には「新しい出会いを迎えるときには、気持ちよく相手に一歩近づこう」のような話をし、弁当を食べるときも机を離すことのないようにと指示してきた。机を離すというのは、相手を拒否しているサインになる。だから出会いとしては良くない。
九月の末に新しい班を作り、弁当を食べ始めた。私は君たちを見ていた。残念なことに机はどーんと離れていた。二三日見ていたが直らなかったので、昨日は注意をした。
また、食事の最中に毎回のように手を洗いに行く、机を勝手に移動するという諸君も決まってきている。食事の仕方ぐらい自由にさせてほしいという思いがあるかもしれない。が、それは君が自分の家で一人で食べるときなら構わない。
弁当を食べるときは、学級で多くの人たちと一緒に食べる。ゆっくり食べる人たちも安心して食べられる環境を作る責任が君たちにはある。これは、ルールではない。マナーである。チャイムが鳴ったら食事の時間は終わり、ごちそうさまをするのだから、そのぐらいはしっかりと守るものだ。
大人になると、マナー違反を犯す人は注意を受けることなく、陰で笑われることになる。なぜか?注意をすれば、気まずい空気が生まれ仕事や近所づきあいの上で、注意をした人が不利になることが生まれるからである。
そして、もう一つ。マナーを身につけるには相手の立場に立って
(自分がこういうことをしたら、相手はどういう思いをするだろうか?)
という想像力が必要になる。ということは、マナーが身に付いていない人は、この想像力がない「お馬鹿さん」ということになる。
誰でも気持ちよく生活したいと思っている。だから、そういう「お馬鹿さん」とはつきあいたくないと思うようになる。そして、陰で笑われるのである。
私は、君たちが陰で笑われるような人間に育ってほしくはない。
2004/10/2 NO. 40
学習発表会の係りです。今年は、全員参加で準備をするのではなく、有志で準備を行うことになりました。この係りに載っている人たちは、自分でやる気になってくれた人たちです。
「誰かがやってくれるよ」
「俺じゃなくてもいいや」
「あたしは嫌よ」
そうして学活の時間に関係ない話をしている人たちがいたことを私は悲しく思います。
確かに誰かがやるのです。が、私が見ている感じでは、その誰かはずいぶん固定化されてきているように思います。やらない人はいつまでたってもやらないわけです。
何かを行う場合、そうですね、ステージで演奏するとでもしておきましょうか。そのときに、ステージで演奏する人が演奏しやすいようにステージを作り上げる人がいます。一般的には裏方さんと呼ばれています。
その裏方さんは、たくさんの雑用をしなければなりません。なぜなら、細かいことの積み重ねによってでしか、ステージは作れないからです。裏方の仕事が分からないと、ステージは成功しません。裏方の協力がないと失敗します。
やがてステージで活躍することを期待しています。そのためには、しっかりと裏方を体験してください。

最終日の三日目はクラス行動である。
二条城に三十三間堂。お昼ご飯を食べた後は、清水寺と買い物だ。
奈良・京都の修学旅行は、当たり前であるが神社仏閣が多くなる。そして、参拝とかお神籤とかを繰り返し行ったのではないかと思う。私もいくつかのお寺で祈った。
私がディベートを本格的に学び始めた頃、出会った仲間がいる。田畑寿一先生という。私より二つほど年上で、神奈川県の中学校の社会科の先生であった。私が岡山で行われたディベートの研究会に参加したとき、車の鍵をなくしてしまい、さんざん探していたら、一緒になって懸命に探してくれる本当に心優しい先生だった。
そんな田畑先生は、中学三年生を担任している冬に心臓発作で突然亡くなられた。私は呆然としたままお葬式に伺った。クリスチャンだった彼のお葬式では担任していた生徒が合唱を行い、司祭がお別れの言葉を述べていた。
そのお別れの言葉の中で、彼の祈りの言葉が紹介されていた。
「神に祈るとき、彼は常に、家族の健康と生徒のみなさんの人間的な成長を願っていました」
と言うことであった。
私は、
(やっぱり、田畑さんには適わなかったな)
と思った。私が祈るのは、「世界の平和と奥さんの願いが適いますようにと家族の健康」だけであった。
祈れば適うのか?という根本的な疑問はある。祈るだけでは駄目で、行動しなければならないということも分かっている。だけど、「生徒の人間的な成長」を常に願って祈っている先生がここにいたんだと思うと、なんともやりきれない思いでいっぱいになった。
(私にできることは何だろう)
田畑さんのお葬式で考えていた。
私は、ディベートの研究と、生徒の人間的な成長を願うことを引き継ごうと思った。
三十三間堂では、毎月十七日の午前十時からしか行わない法要が行われていた。祈れば適うなら努力なんていらない。
だけど努力している君には、私も
(この子に人間的な成長がありますように)
と静かに願いたいと思う。
二日目はシルバーガイドの方に案内されて京都市内での「総合的な学習の時間」の学習。君たちの出発を見守り、先生たちは君たちの昨晩のルール違反について会議を始める。ルール違反があったために、二日目の学習のスタートは遅れるし、食事は遅れるし、何も悪いことをしていなくて、がんばろうとしている中馬達は、大きな被害を受けた。ルール違反をした諸君よ、自分だけの問題ではないのだぞ。いろいろなところに迷惑がかかっているのだぞ。それが分かるか?
私はあまりに頭に来たので、遅い朝食を取った後、頭を冷やすために近くを歩いた。宿の近くには平安神宮があるだけではなく、琵琶湖の水を京都市内に導くための琵琶湖疎水という大正時代に作られたパイプラインがあり、日本最古の水力発電所もあったのだ。
「琵琶湖から京都までトンネルを掘り水を引く」。今なら自動的にトンネルを掘る機械もあり、琵琶湖から京都までの距離ならそんなに大きな工事ではないのかもしれない。しかし、大正時代である。すごい。
何がここまで人を動かすのであろうか? 考えながら見学していた。「信念」であろうと思った。
(琵琶湖の水を京都に持ってくれば、東京に都が移ってしまい衰退してしまった京都を、もう一度繁栄させることができる。人が増えて活気が出る)
という信念である。
盲信や頑固さ、また、思いこみと勘違いとは違い、「信念」であろう。
まだ、怒りが収まらなかったので引き続き、疎水の隣にある「東山動物園」にも出向いた。班のチェックを兼ね、動物の顔を見ていれば落ち着くかと思ったのだ。
久しぶりに見る動物たちはなかなか面白かった。東山動物園は蛇のコレクションでは日本一だそうで、標本もたっぷりあった。もちろん、猿、象、熊、ペンギン、キリンとたくさんの動物もいた。
発見したことがあった。ゾウは、三ヶ月もかかって「糞」を作るのだそうである。その糞は乾燥していてまるでプラスチックのようであった。そう、この東山動物園では、象の糞が触れるのだ。ちょっと感動。
相変わらず分からないこともあった。大きなヒグマがいたのだが、ほとんどの子どもたちは「あ、クマさんだ!」と喜んで熊の檻に向かって走っていく。
(おい、熊は怖いんだぞ。なんでちっちゃな虫はいやがるのに、そんなに大きな熊に向かっていくんだ?)
疑問に思うと共に教育の凄さを感じた。
(そうだ。教育なんだなあ。今晩の学活はそれでいこう)
散策でちょっと落ち着き、考えがまとまった私であった。
ただ、シルバーガイドのみなさんとの交流、学習は非常にうまくいったようだ。君たちの笑顔と、ガイドさんたちからのお褒めの言葉から、よく分かった。
そういう君たちであるだけに、適当にルールを破るなどのだらしのなさが、非常にもったいないと思う私でもあった。
2004/9/21 NO. 37
中央線をなめてはいけない。
人身事故などで中央線が動かなくなってしまった場合、京王線に振り替えて東京駅まで運ばなければならないかと思っていたが、残念ながら予想はちょっと当たってしまった。トラブル発生で中央線が遅れてしまったのだ。東京駅でチェックをしていた私は、君たちがあまりにもこないのでちょっと慌てていた。が、そろって良かった。
団体集合場所にはいくつかの学校が来ていた。出発式で拍手があるとあちこちの学校から拍手が送られていた。いいもんだ。
が、気になったことがある。地べたに座る姿である。君たちが自分の服で汚いところに座り、君の服が汚れるのは、(親は悲しむだろうが)構わない。が、その汚い服のまま、多くの人が座る電車の座席などには座るのは勘弁してもらいたい。公衆道徳ってのはそういうことでもあるはずだ。
もう一つ。いきなりのルール違反だ。飴ガムは禁止というのに、八王子の集合の時点でガムを食べていた生徒がいる。名乗り出てくるようにと言ったが、出てこなかったのは残念。誰だかは分かっているのになあ。結果的に新幹線の中でのおやつは禁止となってしまった。
さらにそれにも関わらず飴を食べようとしている生徒もいた。怒りというよりも、悲しさが沸いてきた。そんなに私たち教師の言葉は軽く取られているのかと。これでは、進路の指導もできないんじゃないかと思ってしまう。君たちが伸びようとしている姿を支えるのが進路の仕事だが、そんなに簡単に裏切られるのでは、支えようとする気力が失せていくよ。
(しっかりやっている生徒のために働こう。後は、まあ、頑張れ)
と思われないように自分の行動を見つめ直すんだぞ。
新幹線の中と言えば、一昨年まで楢原中学校の養護の先生をしていらっしゃった清沢先生が忠生中学校の修学旅行の引率で同じ列車に乗っていた。
「楢原の子どもたちはかわいいねえ」
と言ってくれたぞ。良かったなあ。
京都に着く。いやあ、暑い。
と感動している間もなく近鉄で奈良に向かう。
特急電車を待っている間に、電車とホームの間にカメラを落とすアクシデントが発生。拾えないなあということで駅員さんに依頼して、奈良に向かう。
電車では、のんびりするのがいつもの私だが、ちょっとゲームをしてみた。その間、
「を、奈良の大仏だ!」
と窓の向こうを示してみたところ、四回も引っかかってしまったお嬢さんがいた。うーむ、しっかりと勉強しておくように。大仏は、奈良公園にあります。電車からは見ることができません。
奈良について*1、さあ班行動。
ところが、いきなりバラバラになってしまう班や、迷子になってしまう班が続出。大丈夫か? 人任せで計画をやってきた人が多いのではないか?
私は書写の授業に使う筆と墨を買い求めに奈良の名店をちょっと見て歩き、大仏殿、二月堂、手向山神社、若草山、飛火野あたりを巡回。秋とは思えない暑さのため、紅葉は無理かと思ったが、なんのなんの、しっかりと紅葉しているところがあった。
諸君は、国語の課題を行うためにあちこち、うろうろしたことであろう。美しい光景に出会えたことを期待する。綺麗にまとめてほしい。
*1は、掛詞になっている。なもんで平仮名なのだ。二つの漢字は書けるかい?
2004/9/21 NO. 36
いかん。
ちょっとウルッと来てしまった。
修学旅行の最終確認として体育館で新幹線の座席を確認した。私が座席を読み上げ、確認できた人から並んで座るという簡単な作業ではれあったが、一組は難なく並び、私が読み終えた瞬間には並び終わっていた。
「一組出発!」
なんて雄叫びを挙げていたが、そのときの君たちの笑顔がなんとも良かったのだ。
たまたま前の席には女子がいたのだが、そのときの笑顔が少女の笑顔から、娘たちの笑顔になっているのに気がついたのだよ。落ち着いたいい笑顔だった。場合によっては卒業間際にならないと見ることができないその笑顔に、担任はちょっとウルッときてしまったのだよ。
いかん。まだまだ乗り越えなければならないことが多いのに、注意しなければならないことが多いのに、まだ、感慨にふけるのは早い。
ただ今京王線の電車の中である。
私は聖蹟桜ヶ丘駅六時八分の通勤快速に乗り込んだ。幸いにして座ることができたので打ち込みをしているのだが、小学生が多いことに気がついた。
毎日この時間に電車に乗って都心の学校まで通うというのは、大変だろうなあと思う。通う子どもも大変だが、朝ご飯を作る親も大変だ。
座ることのできた小学生は口を開けて寝ている。私なんか小学生の頃には、8時に寝て7時に(しぶしぶ)起きていたから、この光景はちょっと理解しがたい。
私立の小中学校に行くというのは、都市部では人気である。私が公立学校の教員をしているからというわけでもないが、何が何でも私立が良いとは思えないのだがどうであろうか。
公立中学校の最大の良さは、その雑多さにある。それこそ、いろいろな生徒がいる。学級通信に載せることができないほど複雑で、豊かな才能や環境を背負って学校に来ている生徒がいるのである。
私立であってもそれはそうなのであろうが、「去る者は追わず、来るものは拒まずの」公立中学校とは比べものにならない。
勉強ができること、学びを深めることは大事だ。だけど、勉強だけで生きていけるほど世の中は簡単ではない。
いろいろな人たちと関わり合いながら生きていくのである。その経験を若いときに積むことは大事だと考えている。その経験の積み重ねの結果が、あの笑顔にでてきていると感じた。
あ、いかんいかん。まだまだ、ゴールは先である。
を、そうこうしているうちに新宿駅に到着である。さあ、いよいよだ。
何気なく君たちの格好を見ていて、思うことがある。大変だろうなあと。流行を追い続けることだ。
もちろん、君たちの中には、流行を追うことが楽しくて、大変だなんて思っていない人もいるだろうし、面倒くさいとも思わない人もいるだろう。だけど、私なんかそう思う。
そんな私でも中学時代は多少流行を追った。ジーンズの裾がストレートであるのや広がっているのやらがあり、自分ではほしいものがあるのだが、母親が買ってくるものは常に流行遅れのもの。母には流行がわからない。母の基準は、やすくて丈夫なもの。これを買ってくれば流行遅れになるのは当然のことだった。私は仕方なしに履いていた。
だが、だんだん面倒くさくなった。人は人。自分は自分で良いと思うようになった。するとずいぶん楽になった。無理矢理自分に似合わない服を着ていても疲れるだけになった。確かに、流行を追っていないと周りから奇異な目で見られることもあったが、そんなのより自分の好きなカッコウをしている方が楽であった。
高校時代の漢文(中国の文学で漢字ばかりで書かれているもの)の先生は、中国の女性を妻西、いつも人民服(当時の中国人が日常に着る服装)を着ていた。当時のほとんどの高校生から見れば、
(だっせー、中国の服だぜ)
というものであった。
が、イエローマジックオーケストラという当時流行の最先端を走るバンドが、その人民服を着ながら演奏をしたのだ。
漢文の先生は、だっさい服を着ていたのに、いきなり流行の最先端の服装を着て、授業をしている先生になってしまったのだ。もちろん、その先生は何が先生の周りで起こったのかなど全く関心なく、淡々と授業をされていたが。
「時計の流れを追いかけて、その流れに遅れまいと進むことよりも、止まった時計でも良い。そのままにしておけば、一日二回は確実に時間が合う」
そんなことを思うようになったのだ。
自分を大切にして生き続けていると、その大切にしていた自分が重宝される時が来る。
自分を大事にして磨けよ。
ロシアの事件を見て、考えていた。正しさってなんなんだろうと。
もちろん、悪さをしても良いということを言いたいのではない。ロシアとチェチェンはそれぞれが自分の正しいと思うことをしている。その結果、ロシアはチェチェンをテロと呼び、チェチェンはロシアが自分たちの生命を弾圧していると言っている。そして、そのために罪のない人たちの命が奪われるというとんでもないことが起きている。
そこで考える。
正しいことは、一つなのだろうか。正しいことを貫こうとして、命を落とすということは、正しいのだろうか。
日本の文学には、芥川龍之介の『藪の中』という作品がある。これを映画にして国際的な評価を得た黒澤明監督の『羅生門』という作品がある。これは、登場人物によって視点を変えると、目の前に起きる出来事が別の出来事に見えて来るということを描き出した作品である。
教育の世界でも、この視点によって見えることが変わるということを説明するときに「羅生門的アプローチ」と呼んでいる。(佐藤学『教育の方法』放送大学教育振興会 1024 pp97-8)
たとえば私の場合で言えば、「3年B組金八先生」を学生の時に見た時には、ストーリーにしか目が向かなかったが、教師になってからは教室の掲示物や時間割の組み方なんかに目がいくわけで、自分でも驚いたことを覚えている。
同じ出来事が視点を変えることで違ったものに見えると言うことは、世界を豊かにすると考える事ができるのではないだろうか。
「そうか、君からはそんな感じで見えるのか」
「へー、君からはそんなの」
とお互いが自分の見え方を明らかにしつつ、その差を埋める会話をすることが大事なのだと思う。それが社会で生きることだと思う。
二学期は、君たちの本音同士がぶつかり合う学期だと考えている。何が正しくて何が間違っているのか。これを考えて、お互いの正しさを認め合い、譲り合い、間違いをただし、高まりあう学期を作ってほしい。
2004/9/03 NO. 30
夏期短縮授業の午後、君たちの夏休みの栞や宿題を見ている。第一印象としては、
(を、良くやっているな)
というものである。
提出物の提出率や、宿題の充実度を見ても今までの君たちのものとはちょっと違うなと言う感じが全体から溢れている。
しかし、一方で二割ぐらいの諸君は、この(を、良くやっているな)という波に乗り遅れているとも感じている。未だに、提出しなかったり、適当にやったりしている諸君もいる。
(だ、大丈夫か?)
と思ってしまう。
だけど、
(今まで以上にやったぞ!)
と思っている諸君も、そのがんばった気持ちはわかるが、基準まで達していなかったら、結果はでていないと同じであるということも理解しておかなければならない。
つまり、
(今まで以上にやったぞ!)ということは、今まではやっていなかったことであり、マイナスからゼロになっただけということもあるかもしれないからである。厳しいことを言うようだが、そういうこともあるのは、事実だ。
じゃあ、この夏の努力は無駄だったのか?というと、それは違う。はっきりと違うと言える。
課題の提出は、短期間の集中した努力の結果であり、実力が付いたかどうかは、はっきりとはわからない。
女子マラソンで優勝した野口みずきさんは、
「こんな嬉しい気持ちを味わってしまったので、また走りたいです」
と言っていた。
たぶん、ここだろうと思う。
一つの夏に、やりきったという思いは、次の学習に大きな力となるはずだ。自分にはできるのだという思い、つまり自信は、二学期の学習を支えてくれるはずだ。
それが、夏休みの課題だったのだよ。 アンダスタン?
2004/9/01 NO. 28
元気だったか。
いろいろなことがあったか。
勉強は進んだか。
充実していたか。
どっかに出かけたか。
おいしいものを食べたか。
思い出はできたか。
睡眠不足ではないか。
賞は取れたか。
虫歯は治したか。
日焼けしすぎて痛くないか。
本は読んだか。
友達と喧嘩しなかったか。
家の手伝いはしたか。
映画は見たか。
平和について考えたか。
オリンピックは見たか。
志望校には行ってみたか。
塾は大変だったか。
暑かったか。
蚊に食われたか。
クーラー病にならなかったか。
親と喧嘩しなかったか。
初恋は終わったか。
事故には遭わなかったか。
クラブには参加したか。
部屋の片づけはしたか。
床屋に行ったか。
新しい洋服は買ってもらったか。
ゲームにはまっていなかったか。
感動はあったか。
美しい夕日は見たか。
花火は見たか。
朝焼けは見たか。
お気に入りの音楽に出会ったか。
志望校は決まったか。
合唱コンのテープは聴いたか。
西瓜は食べたか。
宿題は終わったろうな。
海は見たか。
山に登ったか。
祭りには行ったか。
浴衣は着たか。
墓参りはしたか。
平和について考えたか。
コンサートに行ったか。
身長は伸びたか。
自分の夢について考えたか。
楽器の練習はしたか。
仲間と遊んだか。
倒れるぐらいに勉強したか。
たっぷり昼寝をしたか。
ペンだこはできたか。
暑中お見舞いは書いたか。
あきらめなかったか。
秋の始まりを感じたか。
わくわく授業は見たか。
謝るときは謝ったか。
感動したか。
別れはあったか。
出会いはあったか。
気持ちを二学期に変えたか。
ぢゃあ、大事な二学期をじっくりと始めような。
ここから下が、一学期です。
2004/7/20 NO. 27
一年ぶりに楢原中に戻り、嵐のような一学期を過ごした。
今の日本の中学校で暇な学校は基本的にはどこにもないのだろうが、まあ、それにしても忙しかった。
途中で手足にしびれが来たり、目眩がしたりとか、他にも今でも体からの危険信号があるが、なんとか終業式を迎えられた。
これは、支えてくれる多くの人たちがいたからだと、心から感謝をしたい。
学校というところは、実にいろいろな人が関わっているところだ。
自分でなんとかしようと思ってなんとかできないことでも、志を同じにして助け合う仲間がいるときには、大きな力が出てくるものだと、楢原中学校で仕事をしていて、つくづく思う。
私など、新しい物好きで暴走しやすい性格なので、謙虚に控えめになんて思うこともあるのだが、今の時代は教育の改革も必要で、そうなってくると、逆に「暴走」が必要になってくることもある。
しかし、これを続けると細かいところを見逃すことになる。
そんな中で、副担任の田所先生は、君たちの見えない部分で私を支えてくださり、君たちの活動を支えてくださっていたんだな。
なんだか分からないかもしれないが、感謝するように。担任が感謝するようにといっているのだから、感謝するように。
そして、夏休みに入る前に、君を支えてくれた親に感謝し、仲間に感謝し、君の知らないところで君を支えてくれていた、君の知らない誰かに感謝するように。
さて、四十日の夏休みは、長いのか短いのか、私にはよくわからないが、健康に気をつけて充実させてください。
私も仕事は程々にして、体調を整えたいと思います。
気持ちの良い笑顔で新学期に会いましょう。
ぢゃね。
2004/7/16
NO. 26
写真は、大掃除を控えた教室である。
何にもないように見えて、いろいろなものが見える。
綺麗にワックスの拭き取られた床。水拭きで仕上げられた黒板。そのときに使ったぞうきんの洗って干されている様子。体育大会、学年レクで取ることのできた賞状たち。体育大会の優勝カップ。綺麗に整頓された棚。成長を続ける君子蘭。窓の向こうにはなんとか成長を続けるスイカもある。
そして、一学期中咲き続けてきた花がある。その花に水をあげる如雨露がある。
昨年度の卒業式で使い、今年度の入学式で使われたその花は、新学期なると各クラスを彩る為に、教室に二つずつ配られる。
放課後学校を回って、窓の閉め忘れを確認して歩くと、
(え、まだ咲いているの?)
と思う頃まで咲いている花を見つけることがあり、なんとか自分のクラスでもできないかなあと思っていた。
この花は間接的な光が好きで、たっぷりの水を好むということを知った。そんなことを四月に、ある生徒たちに話をしたら、
「先生、一学期中は咲かせ続けたいですね」
と、自主的にこの花の管理をし始めてくれたのだ。火曜日には一学期の終業式を向かえるが、この目標は見事に達成できるだろう。
何かを達成したいと思いながら私たちは生きている。何かが分からない人は、その何かを探し、何かが見つかった人は、達成に向けて動き出すのではないだろうか。
いや、待て。
動き出さない人もいる。
本人はやらなければならないとは思っているのに、なんだかんだ理由をつけて大事な行動に移らない人もいる。次の三つを大事にしよう。
目標を立てること。
計画を立てること。
実施すること。
君たちの夏が、咲き続ける花でありますように。
2004/7/15
NO. 25
今の時期は、通信簿を書く為に、君たち一人一人の一学期を振り返っている。改めて一人一人は違う生活を送っているのだと思う。
私は、教師は、君たちの個人の情報をある程度知った上で、君たちが学校で学ぼうとするときに、大きく不利にならないように環境を整えていかなければならないと思っている。
私が今まで出会った生徒たちには、
(この生活環境で、良く毎日笑顔で学校に来ることができるな)
と思ってしまう生徒もいた。
「がんばれよ」
と毎日声をかけるのも変だが、声をかけないのも変だしということで、かけたりかけなかったりしていたのだが、そういう生徒と授業をしていると、
(折角学校に来たのだから、楽しかったな、力がついたなと思わせて一日を終わらせてあげたいな)
と思ったもんだ。
が、三年一組にもいろいろな仲間がいるんだな。
自己開示と言って、自分のやっていること、考えていることをさりげなく他の人に公にできる人ならいいんだが、中学生ぐらいだとなかなか難しいだろう。
いろいろな悩みを抱えて、日々生きているんだなあと思うよ。中学生が抱えるのはしんどいだろうなと思うものや、今さえ乗り越えれば大丈夫だぞと言うものや、青春には当たり前のようにあることだ、まあがんばれと言うものもある。
中にはそれは君の単なるわがままというものもあるが、いろいろと考えながら、一学期を振り返り、所見に取り組んでいるのであるよ。
暑いなあ。実に暑い。しかし、暑くても、授業はある。有るんだから暑い暑いと言っていても仕方がない。暑い中でなんとか工夫をせねばならぬ。
人間は暑くなると体温を調整するために汗をかく。汗が出る穴のことを汗腺という。犬にはこの汗腺が体にないために、口から体の熱をはき出す。だから、ハアハア言っているんだな。可哀想な犬だ。汗腺がないのだから。
しかし、人間も汗腺の少ない人がいる。それは生まれ育った地方が北国なのか、南国なのかと言うこともあるが、一歳から三歳までの生活環境も大きく影響している。
人間の汗腺の数は、この一歳から三歳までの三年間で決まり、その後は変化しないと言うのだ。君たちが生まれたときには、もうすでにクーラーが家にあり、クーラーに適応した汗腺の数が体に刻まれている。
そうだとすれば、クーラーのない学校の生活では、汗をかくことが出来ない体に熱さと言うことなのだから、熱中症になってしまう可能性がある。
体温を下げるため汗をかきたいのだが、汗腺が少ないとなれば、無理矢理汗を流すしかない。
北欧のフィンランドなどでは、冬に無理矢理汗をかかせる方法としてサウナ風呂を開発した。夏の八王子を過ごす君たちはどうしたらいいのだろうか。
君たちの食事を見ていると、水筒に詰めたいお茶、水、ジュースという人が多い。しかし、これは実はあんまりオススメではない。
体に入った水分は、体に吸収するために、体温で温める必要がある。そのときには多くのエネルギーを必要とする。冷たい水は、どんどん飲めてしまうので、どんどん体に入ってしまう。
しかし、大量の水を吸収するためには、大量のエネルギーを必要とする。これが体力を奪ってしまうのだ。続くと夏ばてになるのだ。
夏は汗をかくことが大事である。
そのためには、冷たい水ではなく、暑いお茶なのだ。気持ちよく汗をかいて体温を下げるのだ。
健康管理は君の学習にも直結する。クーラーがあれば、そりゃあ学校はラクだが今の八王子の財政では厳しいだろう。なら、自衛するしかないと考えている。
あたたかい水分を少しずつ取ろう。
修学旅行の部屋割りが終わりました。考えてみれば夏休み明けは、すぐに修学旅行なのだから、いまから必死に準備しなければならないと思うのだが、それでもどこかに
(まだまだ先だ)
という思いがあるのか、なんとなく実感が湧かないかも知れない。
しかし、君たちの成長を見ることができたとも思った。修学旅行の班編制を君たちの代表に任せたあたりから、今までの君たちとは違う、集団は自分たちで作るのだという気持ちが前面に出てきたのではないかと思う。
「誰かに何かをして貰う」ではなくて、「自分と仲間でこれをする」という思いが出てきたのではないかと思う。良いことだよ。
しかし、まだ子どもの内には任せきれないものもある。それはお金の貸し借りだ。
「信頼できる友だちなら貸しても良いのではないか?」
という質問がありましたが、それは違います。信頼する友だちだからこそ、お金を貸してはいけないのです。「友だちを失いたいのなら、簡単である。友だちに金を貸せばよいのだ」という名言があるぐらいです。
お金というものは、借りた方は簡単に忘れ、貸した方は覚えているという性質のものです。それは十円、二十円という少額であっても同じです。貸した方は、返して欲しいが、
(これぐらいの金額を返してって言うなんて、ケチって思われないかしら?)
と変な気遣いをして、「信頼している友人」から離れていくことになるのです。
あなたが友人を失いたいのなら、お金を貸す事です。
しかし、もう一つ君たちがお金を貸してはいけない理由があります。それは、君たちは自分でお金を稼いでいないと言うことです。自分でお金を稼いでいない人は、人にお金を貸すこともできませんし、おごることも出来ません。
お金を稼ぐことの大変さを知るもののみが、他人にお金を貸すことと、他人にお金をおごることが出来るのです。
友人が「お金を貸して?」と言ってきたとき、(困っているんだな)と貸してあげたくなる気持ちは分からないではありません。しかし、君は貸してはなりません。
困っている友人を助けるのは、友人の親であり、親が困っているのならば、国や市が助けるのです。日本にはそのための社会保障制度があります。
本当に君の友人を助けたいのならば、君の親や先生など、身近な大人に相談してみてください。
いやまあ、この三週間は忙しかった。特に上級学校説明会を控えたこの一週間は、担任としての仕事をほとんどすることができなかったなあ。すまんすまん。副担任の田所先生にたくさん助けてもらって、なんとか乗り越えることができた次第だ。
体重は五キロ減り、手足がしびれるようになってしまったからなあ。しかし、成功裡に上級学校説明会が終わって良かった、良かった。
今年は担任の他に、進路指導主任と言う仕事もしているのだが、この仕事は実にいろいろなことを考えさせられると改めて実感している。
進路というのは、突き詰めてみると「生き方」であり、もっと言ってしまえば「人生」なのではないかと思う。「人生指導」。そんなことが私にできる訳がないが、それに近いことを要求されるのがこの仕事なのかもしれないと思っている。
中学生の頃の私は、今から思うと実にどうでも良いことを真剣に考えていた。
(人類の誰もが感動する音楽ってのは何だ?)(この世で一番おいしい食べ物は何だ?)(どうやったら上手にギターが弾けるようになるんだ?)
などであり、おおよそ勉強や世界の平和や地球の環境など頭にはなかった。
しかし、くだらないことだからといって適当に考えていた訳ではない。それなりに自分の答えを出して、練習していた。毎日包丁を研いだり、ギターの運指の練習もしていたのである。
だから、君たちが考えていることが、私から見て、実にくだらないことであっても、間違えていることであっても、君たちが「真剣に考えている限りにおいて」大事にしたいと思う。大事にした上で、
「違うよ、直しなさい」
と、これからも言うつもりだ。
あと半年で今年も終わり、そこに三ヶ月足せば、卒業である。君たちは社会に出て行く。
江戸時代の武士で言えば、元服。大人だ。江戸時代であれば、大人の仕事は大きくは四つしかなかったが、君たちは数百もある仕事に向かって自分を育てていかなければならない。場合によっては、自分で会社を創る君になるかもしれない。
十年前には全くなかった仕事が今の時代には主役になっていたり、十年前には誰が見てもうらやましがる会社であったのが、今では倒産していたりなんてのが平気で起るのが今の時代。
そんな時代に中学時代を過ごし、社会に出て行く諸君に、どんな力をつけてあげればいいのか。辛いことがあっても
(ま、時間をかけてやれば大丈夫さ)
と自分を元気づけるエネルギーはどうやって身につけさせればいいのかと考えて、担任をしたり進路指導を考えている。
そして、おそらく答えは一つしかないこともわかっている。それは、なかなか難しいが、日々を少しずつ、仲間と一緒に充実させることなのだろうと。さあ、次に進もう。
今日の東京の気温と湿度は、沖縄のそれと同じだそうで。
東京にいて沖縄を味わえるというお得な思いを感じるか、何故沖縄の心地よい日差しの中にもかかわらず、授業をしなければならないのかと嘆くのかはその人の感性の問題でありまして、私は
(うしゃあ、夕方にはラリーカールトンの「ルーム335」を聴くぞ!)
と楽しんじゃうのでした。
三年生になると、当たり前ですが、進路の事を話す機会が多くなるわけで。この時期の進路のことになると理想ばかり言っているわけにも行かず、事実は事実として話すしかないのです。
でもって、君たちからも進路以外にもいろいろな質問を受けることにもなります。このところ、この質問のレベルが上がってきており、これを非常に嬉しく感じています。
君たちは去年インタビューの授業を受けたと思います。インタービューは簡単に言えば質問です。ディベートで言えば質疑です。分からないことを聞けばいいということも質問にはありますが、君たちの質問からはその次のレベルに達してきているなと感じられる質問が出てきています。
(を、こいつは勉強を始めたな。深く考え始めたな)
と分かる質問が増えてきています。これが嬉しいのです。
今日の質問は
「先生、戦争の反対語は何ですか?」
というものでした。
聞いてみると小学校五年生の問題で「戦争の反対語は平和」という答えがあったそうです。ところが、質問した諸君はこの答えに納得しないので質問してきたとの事でした。
この問いは非常に良い問いです。
小学校五年生であれば、戦争の反対は平和で良いでしょう。しかし、中学三年生の答えとしてはちょっと考えてしまいます。
日本は今戦争状態でしょうか? 戦争状態とは言えませんよね。では、戦争でないとすれば平和でしょうか?平和と言い切れる人はいないでしょう。
(じゃあ、戦争って何だ、平和ってなんだ、今の日本はどんな様子なのだ?)
そうです。ここから自分の頭で深く考える学びが始まるのです。これまでは、先生の教える内容は、科学の歴史、人類の歴史、日本の文化などから一定の水準で正しいと認められたものを義務教育を通して、社会に出ていくための基礎知識として提示し、君たちに獲得を求めてきました。
しかし、これらの疑問を君たちが持つようになると、先生の意見は君の考えを深めるための一つの意見に変わります。君たちは自らの疑問に、自ら答えるという本質的な学びのスタートに立ったと言えます。
これは、簡単に答えの出る質問ではありません。ひょっとしたら君が人生を続ける間、ずっと抱き続ける問いかもしれません。ただ、そんな問いを見付けられた諸君は実はとても幸せなんだということは伝えておきます。
じっくり考えてご覧なさい。そして、できれば夏休みぐらいに兎に角中三の頭で「戦争とは」「平和とは」という文章を書いてご覧なさい。諸君は大きく成長すると思いますよ。
ああ、夕焼けが綺麗だ。
6/13 NO. 19
一週間に亘る収録が、ほぼ終わりました。ほとんどの皆さんにとっては、テレビ番組に関わることは最初の体験でしょう。
私の最初のテレビ体験は、小学校五年生の時に、偶然NHKモーニングワイドの特集コーナーに出演したことでしたが、テレビに映った自分の顔を見て
(げ、こんなに唇が厚かったのか)
とショックを受けたのを覚えています。幸いにしてビデオデッキが無かった時代なので、証拠ビデオは残っていませんが。
さて、君たちはどのように映っているでしょうか(笑)。
今回の話は、調べてみたら半年も前に最初の連絡を貰っていました。突然ディレクターの坂口さんからメールが来て、番組を作らせてもらえないかとのことでした。
その時の私は修士論文執筆の真っ最中であり、授業をする環境もなかったので、お断りしました。
それから楢原中に戻り授業を始めることになったら、又連絡があり、
(そこまで言ってくれるのなら)
と引き受ける方向で考えました。
撮影スタッフが全員揃って撮影を開始したのは先週の月曜日からでした。授業そのものは十時間撮影がありました。
君たちはこの撮影時間をどの様に思うでしょうか。長いという人が殆どでしょう。
ですが、私はこのほかにも坂口さんと毎日、昼休み放課後と打ち合わせを行い、坂口さんは収録してはその収録したビデオを毎日見直し、スタッフと打ち合わせを行い、メールや電話で連絡を取るということをくり返していました。
出来上がる作品は、二十五分の予定です。その二十五分のために全精力を注ぐわけです。
番組を作るということは、漢字の練習をするように「十回書いたら終わり。ここまでやればできあがり」というものではありません。なぜなら、「これが正解」というものがないからです。
正解と思われる方向に、時間の許す限り、条件の許す限り作品の質を高める努力を積み重ね続けることが、番組作りなのだと私は理解しています。
これは半年前にうんうん唸りながら修士論文と格闘していた私にはよく分かります。少しでも誤解無く自分の考えを分かりやすく伝えるためにはどうしたらいいのかと目次を十八回書き直し、プリントアウトしては声に出して読み直しと体力と時間の続く限り行っていました。面倒でしんどくて、大変な方法ですが、正解に近付ける作品作りというのは、これしかないんです。
君たちは、プロが真剣に作品を作る姿を間近に見ることができたと思います。君たちがこの経験を得られることが、私が番組を引き受けた理由の一つです。
正解のない修学旅行の学習、君たちの人生に、何かのヒントになればと願います。
例えば、閉会式の「讃歌」である。
あれは、君たちこそが堂々と歌い上げなければならない。勝ち残ったものには、その権利があり責任がある。そうすることで、後輩たちに
(ああ、三年で優勝するっていいなあ。俺たちも、私たちもがんばろう)
と思わせることができる。これが伝統を作るということなのだ。
例えば、綱引きである。
練習では勝っていたが、本番では厳しかった。君たちは、本番に潜(ひそ)む魔物を甘く考えていたのかもしれない。私は何回もその魔物を見てきた。だもんで、君たちにいくつかのアドバイスをしてきた。曰く、
「声を揃えたら?」
「前に寄ったら?」
「重心を低くしたら?」
などである。
特に気になったのが、声である。声は、力を合わせるとともに、声を出すことによって持っている以上の力を出すことができる。オリンピックハンマー投げの室伏選手は、ハンマーを投げるとき、さらに投げ終わったときも声を出し続けている。これは、力を出すためだ。
おそらく、綱を引いている最中に
(あ、声を出して力を合わせた方がいいな)
と思った人もいるだろう。しかし、練習をしていないことは本番でできないのだ。ここが一番大事なことなんだ。
本番では何がおこるかわからない。だから、本番に向けて、こうしたらいいかな、この場合はどうかな、こんなことはないと思うが一応やっておくかと準備をするのだ。なんたって、本番は一回しかないのだから。
「いーよ、いーよ」
「問題ないよ」
と目の前にある問題を片付けてしまうのは、実に簡単である。目の前にある問題に目をつぶるのであるから。
もっと言えば、私たち大人には見えている事柄にも関わらず、君たちには見えていない事柄もある。大人はその部分について説明するが、君たちには見えないだけに
「いーよ、いーよ」
「問題ない」
と集団の勢いでだけで流してしまうこともあったのではないかと思う。
けど、これは後で大きな過ちを導くことになりやすいんだな。気がついたときには簡単に回復できないほどのダメージを受けていることが多いのだよ。
もう一度、体育大会優勝おめでとう。
勝ったのになんで説教されるのかと思うかもしれないが、優勝が嬉しいだけに、一組の次の一歩のヒントになればと思って書いてみた。
新幹線の中で考え、山形のホテルでも考えていたのであった。
そろそろ小山駅を通過しようとしている。沈んだ夕陽が南東北の山々を背面から照らし出し、一日の終わりを映し出している。私は、山形に向かう新幹線に揺られながら長いようで短かった今日を思い出している。
いやあ、おめでとう。接戦をものにして四点差での優勝。その上、クラス旗コンテストでも賞を取るという、いわゆるパーフェクトでの優勝は私も楢原中で初めてだ。
綱引きの前には、誰が声をかけたのか、全員で、そう男子と女子の二つの輪になるのではなく、一つの輪になって声を掛け合っている姿を見ることができた。
結果発表のときには、これまた誰が声をかけたのかわからないが、全員でハチマキを空に投げてその喜びを表していた。(そういうことなら担任にも声をかけてほしいなあ。オイラも参加したいじゃん)と思いながらも、(うむうむ、よしよし)と見ていたよ。
この体育大会を通して改めて思ったことは、担任は君たちを信じて、任せればいいということだ。多少の失敗はあっても、君たちでほとんどのことはやりきってしまうということだ。
だいたいからして、本番の前日に風邪で倒れている担任なんて、本来ならみっともなくてどうしょうもないが、諸君はそんなことは
(まあ、しかたないじゃん)
ということで難なく乗り越えていった訳だ。これは嬉しい。
担任の喜びにはいくつか喜びのグレードがあるが、私は担任を乗り越えていく諸君の姿を見ることを大きな喜びとしている。
(を、こいつらに任せて大丈夫だな)
(うむ、この国の未来、この地球の未来は明るいぞ)
と思える喜びを感じられるのだ。
小さいけれど意外と大きな喜びもある。それは、全員が体育大会に参加できたということだ。三十八人もいると、今の時代、一人一人の抱えるいろいろな事情や体調やらで、全員が揃(そろ)うことがなかなか難しい訳だ。本当に全員で勝ち取った勝利ということがいえる。
さらに、クラスのまとめに関わって実行委員が活躍してくれたことも嬉しいが、放送担当、得点板掲示、得点集計、会場設営、監察、計時、用具などなど体育大会の進行に関わって支える側で力を出してくれていた諸君が目立ったことも嬉しい。
「力のあるものは、力を出し、知恵のあるものは知恵を出す。どちらもないものは、笑顔を出し、応援の声を出せば良い」
という名言がある。ちなみに作者は私である。今回は、これが見事にクラスの中にあったのではないかと思う。
しかし、担任はどうしても次を考えてしまう。
(上り詰めたら後は下るしかないね)
なんてことにならないように、やはり「勝って兜の緒を締めよ」なわけである。
体育大会の準備練習と同時進行で、二学期の修学旅行の準備も始めています。
一学期最大の課題は、どのように班を編制するかでした。学級委員と修学旅行実行委員と会議を重ね、結果的に学級委員と修学旅行実行委員とで班編制の原案を作ることになりました。
日常の生活で、くじ引きで班を作るのはよく知らない人とも仲良くやっていくための練習も兼ねてると話していますが、修学旅行は班で行動することもあり、トラブル発生に対応するにはお互いのことを良く知ってるメンバーで編成した方が良いのではないかと考えました。
しかし、その一方でお互いが良く知っているということで、お互いに甘くなりルールを破りやすくなると言うことも考えられます。
この問題をどうするかを考え、話し合い、また、学級のメンバーが不平等館を持たない班編制をするのは、とても大変なことだと思います。
以下の感想は、第一次の原案を提示したときの、君たちのものです。
これを見ると、とても良い編成が出来たのではないかと思います。
これだけ良い班編制を行えるリーダーに感謝してほしいと思います。そして、その努力に報いるためには、きちんとした学習を行うことであり、つまらないリール破りなどをしないことでしょう。
学校という場所は、君たちにさまざまな力を付ける場所であり、少しずつであっても君たちが期待に応えて力を付けていけば、教師というものは、
(を、ここまでできるようになったか)
と思い、
(じゃあ、次はこれを任せても大丈夫だろう)
と君たちが自分で判断して行動できる範囲を広げて上げたいと思うものです。
この班を土台にして、テーマの確定にも力を注ぎ、良い修学旅行を作り上げていってください。
NO.15 5/25
昨日は凄い夕焼けだったね。雨の向こう側に沈む夕陽なのでしょう。そんな中で、体育大会の練習が始まりました。
三年の体育大会は、実に気持ちよく始まりました。それは学年種目の綱引きが一発目に勝った言うことではありません。いえ、それも嬉しいのですが、もっと嬉しいことは別にあります。体育大会の準備が諸君たちだけでどんどん進むと言うことなが嬉しいのです。
選手種目の決定、全員リレーの順番、綱引きのチーム決め、綱引きの作戦、スローガン決め、クラス応援旗のデザイン決定、クラスカラーの決定・・・。こんなに沢山の準備を、実行委員と担当者が中心になってテキパキと進めている姿に感動しています。
◆
中学一年の時は、楢原中学校の行事を体験するだけで終わってしまいます。中学二年生になると、体育大会を楽しむ事が出来るようになります。そして、中学三年です。
「中学二年生は体育大会を楽しむ事が出来る」と書きましたが、実は本当はちょっと違います。「楽しむ」ではなくて、「楽しませてもらう事ができる」ということなのです。
どういうことかと言うと、楽しむというのは、なかなか複雑で、楽しむ土台を作って楽しむ場合と、楽しむ土台を用意して貰って楽しむ場合とに別れるのです。
で、どちらの方が難しいかと言えば、「楽しむ土台を作って楽しむ場合」であり、どちらの方が充実感があるかと言えば、「楽しむ土台を作って楽しむ場合」なのであります。
担任としては、クラスに優勝して貰いたいと思います。ただ、勝ち負けは努力だけではなく、時の運が絡んでくるので、やったから必ず勝てるということでもないんですね。
しかし、充実感というものは、運は関係ないんですね。自分たちが目標を持って取り組むときに、ほぼ間違いなく手に入れることが出来るのです。
私が担任として君たちに智恵に入れて欲しいものは、この充実感です。一日一日の積み重ねが、充実感を手に入れる事に繋がります。また、もっと言えば、一日一日が充実感そのものになるような毎日を生み出して欲しいなあと思います。
リーダーを中心として、仲間たちと話し合って、「充実感」を作り出していってくださいね。
楽しみ楽しみ。
中間考査が終わりました。恐らく今まで以上には勉強して臨んだのではないかと思います。
人間は厳しい状態から楽な状態に移るのは簡単ですが、この逆の、楽な状態から厳しい状態に変わるのはなかなか出来ません。そうだとすれば、頑張った君たちはエライというべきでしょう。
しかし、それは君の中でのこと、ちょっと流行って言葉で言えば、「ボク的には頑張った」「私的にはやりきった」「自分で自分を誉めてあげたい」というところでしょうか。
何が言いたいかと言えば、君が過去の自分と比べて頑張ったことは立派だと言えると思いますが、それは相対的な(そうたいてき・他との関係・比較の上で成り立つさま)であります。厳しいことを言えば、相対的な君の学力ではなく、絶対的な学力はどうなのかということなのです。
例を出せば、今まで正直に言ってかけ算の九九が言えなかったとします。その君が、かけ算の九九が言えるようになったとすれば、それはあなたの中では大きな進歩です。そのための努力は相当なものだったと思います。
しかし、中学校三年生が、かけ算の九九を出来たとして、それは当たり前のことでして、中学校三年生として身につけておかなければならない学力や、それ以上の学力が身に付いたときに、君に学力が付いたといえるわけです。
これは、生活態度についても言えます。
中学時代というのは、分かっていても、怒られたり注意されたりすると逆のことをしたくなると言う非常にやっかいな年代です。なかなか素直になれない年代です。
ですが、中学三年になると
(そろそろキチンとしなくちゃなぁ)
と思う時期でもあります。そして、君は、君にとっては大きな決心をし、大きく変えてみたりもします。
しかし、これが大人から見ると「じぇんじぇん」変わっていないと見えるわけです。そして、注意されると
「私は頑張って変えたのに!」
と憤る(いきどおる・腹を立てる。怒る。憤慨する)わけです。
努力することは大事です。
しかし、ある基準まで辿り着かなければ、努力そのものが意味を為さないということがあることも、理解できる君たちに、そろそろ育ってきて欲しいなあと思う私です。
NO13. 5/8
いえね、三年前にも三年生を担任していたんですよ。その時も一組でしてね、四月に教室を見たときに、
(狭いなあ)
と思ったんですよ。
ところが、よく見てみると教室が狭いんじゃなくて、教室は横に広いんですね。なんでかなと思って調べてみたら、一組の教室の下は昇降口でして、それでその昇降口の大きさに合わせて教室が作られてるんですね。
ま、三年生の大きな体からすると、横に広いのが良いのかも知れませんが、授業をする場合、横に視線が届きにくいので縦に長い方が良いんですけどね。
昇降口に入る生徒のために庇があります。ああいうのを見ると出てみたくなるわけで、今までも
「庇の掃除を頼む」
なんて言うと喜んでやってくれる生徒がいたわけですよ。ただね、あのスペースがなんとも勿体ないなあと思っていました。
でね、前の三年一組を担任していた九月に気がついたんですよ。
(ああ、ここに草花を育てれば良いんだ)
とね。だけど、その時には思いつかなかったんだなあ。で、今回はやってみようと思って地元のホームセンターに行ってきました。
ホームセンターでは、
『えっと、私、中学校の教師をしているのですが、ベランダで子どもたちと一緒に育てたいと思っています。どうしたら、うまく育ちますか?』
と聞いてみました。そうしたら担当のおばさんは、
「え、そうなんですか。嬉しいですねえ。えっとね、これはね、沢山の土と水と光が必要なんですよ。先生、うまくできたら教えてくださいね。私も楽しみににしていますよ」
と教えてくれました。
私も自分が土いじりを始めるとは思わなかったのだが、少しずつ成長する草花を愛でるのは、それはそれで良いものだ。
うまく行けば一学期修了までには収穫できるとのこと。
楽しみ。楽しみ。
鯉のぼりの泳ぐ良い季節となりました。学活で
「家で使っていない鯉のぼりがあったら、ちょっとクラスに貸してくれないか?」
とお願いしたところ、早速貸してくださいました。ありがとうございます。ああ、嬉しい。クラスに季節感が出る。
◆
学級では体育大会の選手決めがありました。実行委員と学級委員を中心に意見を調整して決めていきます。
体育は得意な人とそうではない人がはっきりと出るわけで、中には得意ではない種目に出る人もいるでしょう。だけど、チャンスと思って自分に挑んでみてください。ひょっとしたら、一生の自信を得ることが出来るかも知れません。
最初の学校で、最初に中学三年生を担任をしていたときのことを思い出します。智恵という生徒のことです。
彼女は決して体育が得意な生徒ではありませんでした。いや、どちらかと言えば苦手な生徒でした。
そのクラスでは、1000メートルの選手が決まらないで、学活をもう一度することになってしまいました。私は、
『挑戦して欲しいなあ。二学期の体育大会は、クラブを引退している人が多いから、これから練習を始めれば、意外と良い結果が出せるかも知れないぞ』
と話して次の学活に期待していました。そんなところに、智恵が相談に来ました。
「先生、私でも良いんでしょうか?」
私はびっくりしました。一番大変そうな彼女が挑もうとしているのです。良いも悪いもありません。挑戦するために行事はあるのです。『頼むね』とお願いしたところ、帰りの学活で、「私やります」と引き受けてくれました。
それから、彼女は毎日朝、晩と家の周りを走り始めました。体育大会の二週間前のことです。もちろん、授業にもしっかりでて、学年種目のムカデリレーでも大きな声を出しながら朝練習に参加していました。
大会当日結果がました。彼女は引退したバスケ部を押さえて、堂々二位でゴールしました。クラスは大拍手。大騒ぎでした。彼女は涙涙・・・・・・。
勿論、この話はできすぎかも知れません。ですが、本当の話です。彼女はそこから「努力すれば成功するかも知れない」と言うことを学んでくれたのだと思います。
その後の彼女の色々な部分への努力は素晴らしいものがありました。彼女は、必死に勉強も重ね、いまでは立派な看護士になっています。
忙しい学校ですが、学校には自分を活かすチャンスが今でも沢山転がっていると思います。掴むのはあなたです。
鯉のぼりの泳ぐ良い季節となりました。学活で
「家で使っていない鯉のぼりがあったら、ちょっとクラスに貸してくれないか?」
とお願いしたところ、早速貸してくださいました。ありがとうございます。ああ、嬉しい。クラスに季節感が出る。
学級では体育大会の選手決めがありました。実行委員と学級委員を中心に意見を調整して決めていきます。
体育は得意な人とそうではない人がはっきりと出るわけで、中には得意ではない種目に出る人もいるでしょう。だけど、チャンスと思って自分に挑んでみてください。ひょっとしたら、一生の自信を得ることが出来るかも知れません。
最初の学校で、最初に中学三年生を担任をしていたときのことを思い出します。智恵という生徒のことです。
彼女は決して体育が得意な生徒ではありませんでした。いや、どちらかと言えば苦手な生徒でした。
そのクラスでは、1000メートルの選手が決まらないで、学活をもう一度することになってしまいました。私は、
『挑戦して欲しいなあ。二学期の体育大会は、クラブを引退している人が多いから、これから練習を始めれば、意外と良い結果が出せるかも知れないぞ』
と話して次の学活に期待していました。そんなところに、智恵が相談に来ました。
「先生、私でも良いんでしょうか?」
私はびっくりしました。一番大変そうな彼女が挑もうとしているのです。良いも悪いもありません。挑戦するために行事はあるのです。『頼むね』とお願いしたところ、帰りの学活で、「私やります」と引き受けてくれました。
それから、彼女は毎日朝、晩と家の周りを走り始めました。体育大会の二週間前のことです。もちろん、授業にもしっかりでて、学年種目のムカデリレーでも大きな声を出しながら朝練習に参加していました。
大会当日結果がました。彼女は引退したバスケ部を押さえて、堂々二位でゴールしました。クラスは大拍手。大騒ぎでした。彼女は涙涙・・・・・・。
勿論、この話はできすぎかも知れません。ですが、本当の話です。彼女はそこから「努力すれば成功するかも知れない」と言うことを学んでくれたのだと思います。
その後の彼女の色々な部分への努力は素晴らしいものがありました。彼女は、必死に勉強も重ね、いまでは立派な看護士になっています。
忙しい学校ですが、学校には自分を活かすチャンスが今でも沢山転がっていると思います。掴むのはあなたです。
学級作りアンケート「担任に望むこと」の項目でもう一つ多かったのが、「差別をしないで欲しい」というものである。もっともだ。が、何が差別で何が差別でないのかと考えると、これが結構難しい。
分からないときは、辞書を引く。『大辞林』には以下の記述がある。
さ べつ【差別】
(名)スル (1)ある基準に基づいて、差をつけて区別すること。扱いに違いをつけること。また、その違い。「いづれを択ぶとも、さしたる―なし/十和田湖{桂月}」
(2)偏見や先入観などをもとに、特定の人々に対して不利益・不平等な扱いをすること。また、その扱い。「人種―」「―待遇」
くべつ【区別】
(名)スル あるものと他のものとの違いを認めて、それにより両者をはっきり分けること。「―をつける」「公私を―する」
辞書を手がかりに私の実感で定義すると、差別とは「個人的な理由に基づきグループに分け、その分けた理由を公に示すことなく、片方に利益を与えること」と定義することが出来るのではないかと思う。
また、区別は「納得する根拠を示して、分ける」というものであろう。そうだとしても、差別と区別は、区別が難しいと思っている。
私は教師になるときに母親から厳しく言われたことがある。
「いいか、修。親が一人の子を差別するんじゃないよ」
というものである。私の母親は一歳の時に父親を亡くし、母親だけの子どもと言うことでさまざまなの差別をされてきたのだ。
子供の頃からその話を聞いている私は、言われるまでもなく、差別はしないように注意しようと思っていた。ところが、である。私は差別されたのだ。その痛みは、今でもはっきりと覚えている。
その学校の職員室で仕事をしていたら、
「あの子は○○団地に住んでいるから」
という差別の発言が聞こえたのである。
私は、○○の●●団地に育った。●●団地としては東京都で一番大きな団地で、確かに色々な人達がいたが、自分が団地に住んでいるということだけで、このように差別を受けるとは思いも寄らなかった。
日本国憲法第一四条には、以下のようにある。
すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。
「門地」というのは、家柄などのことを指す。当然団地であろうが一軒家であろうが、マンションだろうがなんだろうが良いわけである。それなのに、そんな発言が職員室であったわけで、しかもそれを言ったのが教頭な訳で、今よりもすぐにカッと頭に来る私だったことから、職員室で喧嘩になってしまったわけで。
(差別することのないように)
と心がけていたら、実は差別されることになったのだ。言った側は差別の意識は無かったと思う。が、私にとっては明らかに差別だった。そのとき初めて差別されることの辛さを体の芯から感じた。
私が差別された経験は、他にもある。世界を旅するとよく分かる。世界には色々な差別がある。例えば、成人の男とそれ以外。白人とそれ以外。アメリカ人とそれ以外。英語を話せる人とそれ以外などだ。信じられないかも知れないが、これが現実である。
君のことを当てはめて考えてみると分かると思うが、君は右記の差別の基準から見ると、恐らく一番差別される部類に入ることが分かると思う。
もちろん、「こういう差別があるから慣れるために差別を行う」ということを言っているわけではない。差別のない学校生活を送りたいし、送ってもらいたい。
ところが、昔は簡単なことだと思っていた「差別をしない」ということが、教員の経験年数が増えるんしたがって、これが難しいと思っているのだ。なぜであろうか?
それは、一人一人を伸ばしてあげたいと考えているが、一人一人は違うという事実があるからである。例えば、私がかつて担任した子どもには、中三の春にペルーからいきなり日本にやってきた生徒がいる。全く日本語が話せなかった。だから、私がスペイン語を勉強して、通訳のようなことをするしかなかった。そうしないと、日本の学校に馴染むことが出来ないだろうと思ったし、力を付けて上げられないだろうと思ったからだ。
これは差別であろうか?おそらく差別とは思われないだろう。勉強のスタートラインにも立てない生徒に、立てるように援助して上げることは、差別ではないだろう。
なぜこれが問題ないのかと言えば、「日本語が全く話せない」という問題がはっきりと分かっているからだ。私が行ったことは区別した指導と思えるからだろう。
では、次の場合はどうだろう?
体育を見学する生徒Aがいた。見学の割には元気にはしゃいでいる。その生徒に「大丈夫か?」と声を掛ける一方で、同じように見学している別の生徒Bに「こら、さぼっているな」と注意をする。
一見、明らかに差別だと思うだろう。ところがそう簡単にはいかない。生徒Aは、心臓に病気を持っていて、過激な運動は出来ない。そして、そのことを仲間には言いたくない。ばれないように見学の最中も空元気で騒いでいる。もちろん、教師も個人の情報だから言わない。しかし、生徒Bは明らかに怠けて体育を見学している。どうだろうか? 表面は差別に見えるが実際は?
私たち教師は君たちの健康や生活に関して、安全な生活を送らせるために、君たちには話せない情報を得ることがある。その情報に基づいて行動しなければならないことがある。だから、君たちから見ると「なんで○○だけ?」ということがあるのだ。
また、クラスの委員や係りなどを引き受けてくれている生徒の場合、そうではない生徒とに違いのある指導が生まれる。一般生徒には分からない話も出てくるわけである。それを「私には分からない。差別だ」と言われたこともあるが、これも違うことは理解しなければならない。
さらに難しいのが、本人は差別しているつもりはないのに、してしまっているという場合があると言うことだ。差別は、自分の中にある「劣等感と優越感」が形を変えて出てくるとも思っている。私の中にもうっかりすると出てくる。これは本人が気がつかないだけに、どうしようもない。
もし、そんなことがあったら、「先生、差別だからやめて下さい」と私に言って来て欲しい。よく考えて、なるほど差別だと分かれば、直ちに止める。ただ、君たちが理解できない違いがあっても、差別ではないこともあることは理解して欲しい。
差別については、こんなことを考えている。その上で、君たちの成長を期待して、一人一人に応じた指導をしたい。
悲しいけど、嬉しい。
三年一組には大きな黒板消しがある。大学などにおいてある黒板消しである。普通の黒板消しの二倍の大きさなので、黒板を消す労力は二分の一で済む。
残念ながら、学校の規格品に入っていないので学校では買えないらしく、新しい物好きの私が買ってきたものだ。
四月に三年一組の担任が決まり、
(またこの黒板消しを使う生活が始まるな)
と思ったときには、何も問題はなかった。ところがである、放課後何気なく教室点検をしていたら、カッターで切り裂かれたような切り口の、この黒板消しを発見したのである。
こういうのは、本当に悲しい。自分のフラストレーションを発散させるためなのか、嫌がらせなのか、単なる悪戯なのかわからないが、心の底に小さいが深い傷を作る。
これから一年間の学級の基礎を作ろうとクラスで頑張っているときに、こういうのは、非常に悲しい。いわゆる犯人探しをするのも虚しい。
だけど、三十八人もいるクラスである。だれか直してくれないかなと思って、学活で
「直せる人直してくれないか?」
とお願いしてみた。
金曜日の朝の学活で、それは発見された。見事に直っていた。
本当に嬉しい。
きれいに直っているのが嬉しい。
誰かやってくれないか?と言ったのに、誰かがやってくれたのが嬉しい。名乗りでないのが嬉しい。(いや、名乗り出ても嬉しいが)生活を豊かにする技術を身につけてる人が三年一組にいるのが嬉しい。悲しい気持ちを嬉しい気持ちに変える事の出来る人がいるのが嬉しい。
力のある人は、力を出して欲しい。私は、その君の力が、誰かのために役に立ったとき初めて、
「君の力は本物だ」
と言えると思っている。自分を活かすためだけに使う力は、実はそんなに大きな力ではないし、意味のある力でもないのではないかと思い始めている。
十四年も生きてきている。力は、必ず君にもある。誰かのために遠慮無く試して欲しい。
ああ、嬉しい週末だ。
新学期が始まって、嵐のような三週間が過ぎました。私の方は、久しぶりの授業と言うことで多少の不安はあったものの、君たちの協力もあり、学校モードに順調に戻ることが出来ました。
が、事務量の多さに、風邪を引いてしまい、咳のしすぎで背中の筋肉が痛くなると言う非常事態が発生してしまいました。声もがらがらで、すまんかったねえ。もう少しで倒れるところでした。ふう。
新しい時間割を眺めて、君たちは何を思うのかねえ。授業が多いと思うのか、少ないと思うのか、また、自分の好きな教科がどこにあるのかと捜すのであろうか?
私が中学生の頃は、当然土曜日は授業があり、しかも4時間あった。そのうえ、水曜日以外は6時間な訳で、君たちよりも授業時数は多かったわけだ。
現在、基礎基本の徹底が重視されて、いまの授業時数が作られているのだが、これもなかなか難しいものだと思う。
私が中学生の頃は、世の中も先生も「良い学校に行くことが、良い人生を作り出す」ことを信じる空気が、ある種当然のようにあった。そして、それは殆ど事実であったかのように思う。取りあえず、大学を卒業していれば、社会のどこかには「就職の指定席」があった。また、どこかに就職して、そのあとに会社のお金で実力を身につける研修が出来た。
しかし、今は違う。力のあるものだけが仕事に就くことが出来る時代になってしまった。就職が出来なくて大学院に行く卒業生も珍しくなくなった。ある意味当然だが、辛い時代でもある。
かつて日本の若者が世界の若者から羨ましがられ、驚かれたことが二つある。一つは、徴兵制度がないことである。
世界の多くの若者は、十八歳になれば、一定期間軍隊に入り訓練を受けることが多い。お隣の国、韓国もそうである。また、タイでは一定期間お坊さんになる。しかし、日本はない。もちろん、これからも徴兵制度はあってほしくはないが、日本の若者は案外理解していない。
もう一つは、あったものである。それは年功序列の賃金体系である。簡単に言えば、年齢が上がれば給料が上がるという制度である。これは
「え〜〜〜。日本では、努力もしなくても、結果を出さなくても、一年ごとに給料が上がるの?!」
と驚かれていたのである。しかし、今はない。能力給、成果に応じた給料である。
働こうが働くまいが給料に差が出ないのであれば、多くの人は働かないであろう。だからある程度、仕事の結果に応じて違いがあるのは当然のような気がする。しかし、今の日本を見ると、行き過ぎのような気がする。
さて、そんなことを思いながらこの時間割を見て、君たちの学びと生活を重ね併せていくと、なんとか力を付けてやらなければなぁという思いと、しっかり頑張れよという思いとが浮かんでくるのだよ。
先日の道徳では、学級作りアンケートの分析を行った。君たちが「担任に望むこと」の項目を分析した。この項目で多かったのが、「帰りの学活を早く終わらせて欲しい」というものである。
実は、私も早く終わらせたいのである。私と君たちの意見は一致しているのに、なせ早く終わらないのであろうか? 分析してみた。
分析の結果分かったことは、学活が早く終わらないのには、二つの理由があることが分かった。
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である。
一、の理由は、着席していないので始められないというものである。
一日の最終の授業終了後、五分後に帰りの学活は始まるが、その時間帯に教室で着席していなくて、学級委員が「席について下さい」と廊下にいる人達に向かって声を掛ける。なかなか入らずに、始められないというものである。
本来なら、時間に自分から来ない人達なのだから、無視して始めればよいのかもしれない。団体旅行のバスツアーでは、集合時間に遅れれば置いて行かれる。それと同じである。
だが、直して欲しいし、連絡を聞かないで失敗することがあると困るとうことで、全員が揃うのを学活では行っているのである。社会に出れば、当然見捨てられる部分だと理解しなければならない。
五分以内で着席していれば大丈夫だ。
二、の理由は大きく二つあった。明日の連絡黒板に教科の連絡が書かれていなくて、連絡の途中で確認をしていると遅れるというものと、担任の話が長いというものである。
連絡は昼休みまでに黒板に書いておくことで解決して欲しい。
では、担任の話はどうか?
担任は、最終授業終了後に、職員室に戻り、手を洗って、うがいをして、諸君に伝えなければならない事項がないか確認する。これだけで、最低五分は掛かる。
しかし、電話の応対、生徒指導の打ち合わせ、来客への対応などがある場合は、五分ではすまない。だから、最初の部分は学級委員の司会で進めて置いて欲しいと言ってある。
担任の話を分析すると、「連絡」「余談」「説教・誉める」などがある。連絡はしないわけにはいかない。「説教」も、しなければならない事柄がある場合は、しなければならない。
余談は悩ましい。余談でありながら、ある特定の人にそれとなく注意をしたり、誉めたりしていることもあるからだ。
と考えると、「説教」されなくても言い生活を送っていればよいことになる。
ただ私としては、「誉める」ことがいっぱいで、帰りの学活が伸びるクラスに育ってほしいなあと思うわけです。ぬはは。
金曜日に君たちの授業の様子を見にお客さんがやってきました。授業の後に話をしていたら、職員室前で君たちに「こんにちは!」と挨拶されたと言って喜んでいましたよ。
ね、たった一つの挨拶だけど、印象が全然違うんだよ。私の母親がよく言っていたな、
「若いうちは、知らない人に会ったら兎に角頭を下げて挨拶することだよ。挨拶されて嫌な気持ちになる人はいないから」
と。そもそも、挨拶とはどういうことかといえば、「挨」は、相手に迫るという意味で、「拶」は心を開くと言う意味だ。
だから、そもそも挨拶とは自分からするものであり、言われてするものではない。早い者勝ち、遅い者負けが挨拶なのだ。
文学作品に出てくる挨拶で、印象に残っているのは、向田邦子さんの『父の詫び状』に出てくる「最敬礼」である。
入院した母親を兄弟で見舞いに行くと、嬉しそうにあれこれと子どもに文句を言う母親が、見舞いを終えて帰ろうとする子どもたちが乗り込むエレベーターに向かって、「最敬礼」をするというのだ。そして、その姿を見て子どもたちは「堪らないな」と呟くのである。
親からは「挨拶しなさい」と怒られることはあるが、親から挨拶されるなんてのは、正月の「あけましておめでとう」と「おはよう」ぐらいしかない生活が、子どもの時である。それが、大人になると丁寧に親から挨拶されるときがくる。これは結構複雑な思いだが、自分も大人として親に認められたのだと分かる。
私が忘れられない挨拶と言えば、最初の学校で警備をしていた渡邉さんの挨拶だ。
その学校は坂の上にあり、当時七十歳に届こうとしていた渡邉さんは、毎日放課後になると、その坂を自転車を押しながら登ってきた。
帰宅しようと坂を下りていく私は、渡邉さんを見付けると
「こんにちは。さようなら」
と声を掛けるのだが、渡邉さんは、必ず、自転車を止め、汗を拭き、頭を下げてから
「先生、お勤めご苦労様です。失礼いたします」
と五十歳近く年下の私に挨拶をするのであった。
その美しさに私は見とれた。
たった一つの挨拶を蔑(ないがし)ろにせず、それまでしていた動きを止め、きちんと汗を拭いて挨拶用の顔になり、挨拶をされるのであった。もう二十年も前になる挨拶だけど、私は忘れることは出来ない。
相手が誰であっても、自分から挨拶する習慣を自分に身につけておくことは、あなたの人生の可能性を広げます。そして、挨拶はあなたの人間性を、確実に表してしまうのです。
4/15 NO.6
朝の読書を再開した。
静謐(せいひつ・しずかでおだやかなこと。世の中が治まっているさま。静穏)な良い時間だ。
読書は、基本的には一人の楽しみである。自分一人で作者の描く世界に入り込み、その世界を堪能(十分満足すること)する訳である。
受験生が自宅ではなく、図書館に集まって勉強するように、集団で作り出す学ぼうとする空気が、一人で行うより良い効果を出す場合がある。朝の読書にもあるだろう。
読書には、学習として知識を増やすためのものと、仕事として資料を集めるためのものと、娯楽として楽しむためのものがある。私など、職業として国語の教師をしているとちょっと悲しく、いろいろな本を読んでいても、
(を、これは教材に使えるな)
と思い、つい、楽しみの本であっても、仕事に結びつけてしまう傾向がある。しかし、本の喜びはその悲しさを悠に越える。
朝の読書は、文字がいっぱいの本であれば何を読んでも良いとしている。だけど、できれば、折角読むのであるから、まずは楽しみとしての読書を始めると良いだろう。
私が最初に担任した生徒に健太郎という生徒がいる。この生徒は、小学校の時には漫画すら読んだことがないということだった。
中学校に来て、私が学活で
「本はいいぞ。中学校時代には『ムツゴロウの青春期(文春文庫)』を読んでおかなければ勿体(もったい)ないぞ」
と話したところ、家に帰り
「おかあ。本ってどこに売っているの?」
と聞いて、親を二重に驚かせたという。もちろん、本を読みたいと言ったことと、本がどこに売っているか分からないということである。
その後、健太郎は目出度く『ムツゴロウの青春期』を手に入れるのだが、一頁を読むのに一時間かかったという。なにせ、分からない文字だらけだったので、その度に
「おかあ、なんて読むの?」
「辞書に載っていない?」
なんてことをやりながら読み切った。それから本の世界に填り始めた彼は、中学三年の時には私に、
「先生、これ面白いよ」
と私に『僕らの七日間戦争』(宗田理・角川文庫)を勧めるまでになった。
すがすがしい朝に、静謐な空気を作り出し、豊かな読書を楽しみたいと思う。
サッカー勝利おめでとう。バスケットの活躍も大したもんでした。体育大意会が楽しみだねえ。
さて、三年の時間割が暫定的(ざんていてき・臨時の措置であるさま)に決まりました。実際に授業をしてみて不都合がある場合、変更することもあります。だから、暫定的ということです。
大きく変わることはないと思いますが、生徒手帳に書くのは暫く待ってください。
私の時間割も載せておきます。
薄く編み目が掛かっているところの週に五時間が、主に職員室で事務をしている時間です。
具体的には、授業の計画を立てたり、通信を書いたり、生活指導の話し合いをしたり、欠席した人の確認の電話をしたり、教室から抜け出している人を探しに行ったり、不審者がいないか校内をパトロールしたり修学旅行の打ち合わせをしたり、進路の書類を書いたり、高校の先生にあったり、電話に対応したり、課題のチェックをしたり・・・。まあ、ありとあらゆる事をしています。(しかし、他に、午前中十五分、午後十五分、昼の休息時間が四十五分あるのだけど、取れるのかな?)
忙しくしていることが殆どですが、あらかじめ予約をしていただければ、面談とか電話での相談を受けることが出来ます。父さん母さんに伝えて置いてください。よろしくお願い致します。
それから、学級の基礎も載せておきます。それぞれの担当をしっかりね。
回転式遊具の撤去が続いている。
「危険なものを無くそう、子どもたちが遊ぶ遊具が危険なのはとんでもない。それも公共の施設の公園にあるのだから。子どもたちは、安全に遊ばせてあげなければならない」
という考えからの撤去なのだろう。この考えはある意味非常に正しい。しかし、これは難しい問題だなあとも思っている。
危険な物を撤去するのは正しいと思う。子どもには危険な物に対して危ないという判断力が育っていないことがある。少ない経験では、大人が危険だと思っても子どもには危険に感じない物があるからだ。だから大人の責任で取り除いてあげるというのである。
しかし、本当にこの方法で良いのだろうかとも思う。
この世の中にある全ての「危険な物」を撤去出来るのであろうか。これは殆ど無理だと思う。社会には新しい物がどんどん生み出されては登場してくる。また、今まで安全と思われていた物も、科学の進歩により急に危険な物になることもある。
また、判断する子どもの判断力が育つのを阻害しているのではないかとも思う。目の前にある物事に対して、自分で判断する機会を奪っているのではないか? 子どもを教育する親の教育力を育んでいないのではないか?とも思うのである。
回転ドアで挟まれた子どもがいる。不幸なことだ。だけど、
「回転ドアは、あなたにはあぶないからダメよ」
と子どもに教える親はいなかったのか? その教えに従う子どもはいなかったのか?
誰もが簡単に安全に使えるというのは、とても大事である。が、開発する側が危険な部分を安全にするために考えて改良を重ねると、使う側の考える力を奪い去ってしまうのではないかと感じている。
小学生の判断が足りないのなら、親の判断で行動させる必要があるし、中学生であっても同じではないかと考えている。
やがて君らも大人になる。その時には、子どもから判断を頼られ、やがて子どもが自分で判断できるように育てる側に回る。
撤去は必要だけど、何か引っかかる。
クラス全員集合で進級写真を撮ることが出来ました。良かった良かった。
クラスが全員集まるというのは、当たり前のことのように思えるかも知れないが、全員元気で何も問題が無くても、この一年は、進路決定のためにクラスから一人、二人と離れることがあるんだな。
担任としては、全員がニコニコしながらクラスの中にいて、懸命に自分と自分の仲間たちを成長させようとしている姿を見続けながら一年を過ごしたいと思っているが、そうならないこともあるだろう。
そんなとき、みんなの写っている写真があるっていうのは良いもんだ。
昨日の朝教室にはいると、机の上にクラスに配るプリントが置かれていた。クラスの誰かが、集配棚から持ってきてくれたのだろう。
こういうことが積み重なってくるとクラスは気持ちよい空気が流れだし、居心地の良い空間になる。
自分が必要なことで、誰かのためにも役に立ちそうなことがあったら一緒にやってしまうのだ。
一年生の教科書運び、とても良くやってくれていたと田所先生、佐々木先生が誉めてくれました。嬉しいねえ。
教室に残ったメンバーでもカーテン取り付け、プリント配布、学級通信掲示など、指示したとおりにタッタカタッタカ仕事を行っていました。これも又嬉しい。
学校は、当たり前のことだが集団で生活している。自分が過ごしやすい環境を作ろうと思ったら、仲間が過ごしやすい環境を作ることが、遠回りのようで確実なんだな。
入学式の歌は、うーむ、残念であった。次の機会を期待したい。しかし、もう一度言っておく。「次頑張るから」というのは、もう無いと考えた方が良いということを。
焦ることはないが、一日一日、自分の自分にきちんと挑戦することだ。そうすれば、あるとき突然自分自身が成長するのを感じると思う。
学級作りアンケートは、一日でほぼ集まった。クラスへの熱い思いが沢山あった。嬉しい。質問や依頼については、時間を見付けて担任の考えを答えてみたいと思う。
少しずつ学級が動き出したな。
四月。机の数を揃え、故障箇所を点検し、君たちの春休み中に教室を整えていた。
これからはじまる三年一組での生活を思い、誰もいない教室でいろいろと思いを巡らしていた。
ではあるが、やはり君たちの顔を見ると見ないとでは違うなあ。
始業式の君たちを見て悲しかったことと言えば、やっぱ校歌の合唱だ。なんというのか、あれじゃあやっぱりいかん。
君たちは楢原中学校しか知らないから、これが当然だと思うが、吹奏楽部の演奏で校歌を歌える学校なんてそんなに多くはないんだぞ。
吹奏楽部は、朝早くから来て重たい楽器を四階から運び、楽器を温め、君たちの演奏に備える。そして、歌い終わったら、また楽器を四階まで運ぶ。
演奏してくれる人達がいることの幸せを感じないかなあ。感じられたら声を出して、これに答えて欲しいなあ。
教室から見えるのは、美しい桜。時々風に拭き流されていく花びらを見ると、切なくなる。
(ああ、終わってしまう)
と。
古人は、このなんとも言えない胸の騒ぎを歌にした。『古今和歌集』の巻1春ー53にある在原業平の有名な歌だ。
世の中に
絶えて桜の
なかりせば
春の心は
のどけからまし
この世の中に全く桜という花がなければ、春を過ごす私の心は、落ち着いていられるのになあ。
正直言って、春になれば桜の花は咲き、秋になれば紅葉するだけのことだと、二十歳になるまでの私は思っていた。
だけど、今は切ない。私の人生に後何回この美しい瞬間を迎えることが出来るのかと思うと、切ない。
君たちが、楢原中学校で仲間と校歌を歌えるチャンスは、あと十回もないだろう。
三年生であると言うことは、全ての儀式、行事を一つ一つ終わりにしていくことでもある。確かに、君たちにはもう一学期の始業式はないのだ。
「明日へ」の練習でも声が出ていなかった。歌い出しは結構良いのだが、途中からヘニャヘニャになってしまう。
私はこの歌を良く知っていないので、体育館に残って伴奏者の練習につき合いながら歌ってみた。
分かったことは、確かに音程は取りにくいし、高音は出にくい歌だなと言うこと。
だけど、出にくいけど、出ない歌ではない。そこを出すのが最上級生として楢原中学校にいる理由の一つだと思う。
体育大会、合唱コンクールと大きな行事がある。君たちはこれは最後の行事であり、頑張ろうと思うであろう。そうであれば、それは嬉しい。
だけど、人間、簡単にいかないんだなあ。日頃の生活の積み重ねが、大きな取り組みの時に出るんだよ。きちんとやっていれば、きちんとでるし、そうでないときは相でないように出る。
人間、急には変わらないし、変わったときには大体失敗する方向に向かうものなんだな。だから、大人は日頃から細かく注意をするんだな。
入学式の君たちの歌声から期待したいと思うよ。
NO1 4/6
進級おめでとう。
一年間、君たちを担任をすることになりました池田修です。
昨年度は、突然君たちの前から姿を消して、東京学芸大学の大学院に通っていました。中学校の現場を離れ、学び直すことに集中して一年を過ごしていました。
通常は二年から四年間かけて大学院を修了するのですが、時間のあるときに集中してやってしまおうと思って、一年間で大学院を終わらせてきました。
大学院では何をしていたのかということは追々話すことにしますが、簡単に言えば、教育学(教育とは何か)、教育方法学(どうやって教育をするのか)、教育工学(授業委の作り方)、教育社会学(教育を取り巻く世の中の流れ)、作文指導法なんかを学んでいました。また、なぜか授業料を払っているのに、大学生にディベートを教えたりもしていました。
今年度からまた普通の(?)中学校の先生に戻ります。よろしくね。
さて、君たちはこの一年で楢原での学びを最後にして、巣立っていくことになります。
君たちの去年の成長の具合はよく分かりませんが、グンと成長した人と、まだまだの人がいるでしょう、中には逆の方向に成長してしまった人もいるかも知れません。十三歳、十四歳であってもそれなりに色々な事情あったと思います。
うまく行ったという人は、更に工夫を加えながら続けてください。
でも、ダメだったという人も、大丈夫。スタートを切り直せばいいのです。悪かった部分を切り捨て、新しく始めればいいのです。一年間あれば、本気で取り組めばかなりのことができます。
それが、新学期です。
大学院に行って、改めて分かったことがいくつかあります。
・本当の喜びは、努力の向こう側にしかない。結果を出す過程で人は楽しみ、力を付ける
・努力すれば必ずできるものではない。しかし、努力しなければ絶対に出来ない。
・勉強は自分でやらなければ始まらないし、終わらない。だけど、支えてくれる仲間がいると、不安は和らぎ、力が出る。
君たちが、三年一組の仲間たちと支え合いながら、自らの学びを手に入れ、充実した一年を作り出して行くことを期待します。
私は、君たちの周りにいて、その成長する姿を見守りたいと考えています。
楽しみ楽しみ。