2000年度 2年1組 学級通信

砥 礪


学校にも慣れて、本格的に少年期から青年期へと突入する中学2年の一年間です。

  1. 一学期
  2. 二学期
  3. 三学期


一学期

砥礪1

 

進級おめでとう。

新しい一年が始まります。

この仲間たちと生活をし、

ドラマを創り出していきます。

 

担任は、

笑いと努力と感動を

君たちに求めたいと思うぞ。

 

 

学級通信『砥礪』の

第一号を届けます。

 

なんと読むのでしょう。

どういう意味でしょう。

 

ここにも担任の思いを込めて

みました。

 

さあ、はじまりはじまり。

 

砥礪2

 

大きな声の挨拶から始まりました。

一人一人の顔を見ると、新しい一年を創り出していこうとの思いがありました。

いいなあ。

 

たった二週間ですが、春休みを過ごした君たちの顔は確実に成長したことを示していました。

少年時代から青年時代へと移り変わっていくのだなと、ちょっと感慨に浸ってしまいました。

 

 

クラスの始まりは、班、係り、委員会が決まっていません。しかし、細かい仕事は結構あります。

 

 

などです。

私はこれらの仕事をクラスのメンバーに次から次へと頼みました。

君たちは、

「はい」

と返事をして仕事をこなしていました。

 

素晴らしいです。

こういうとき

(なんで私がやらなければならないの?)

という顔をしたり、実際に言葉に出したりするとクラスのムードは、悪くなります。しかし、諸君は違います。

 

年上の人はこういう仕事を頼むとき、

(この人なら十分に仕事を果たすことができるな)

と判断して頼んでいます。そして、

(この仕事をすることがこの人の力を伸ばすな)

との判断もしています。

細かい仕事が君を成長させてくれることを私は知っているからです。

それに諸君は一日のうちに何回も答えてくれています。

素晴らしいです。

 

さらに、

 

 

など、指示をしなくとも自分から進んでこれらのことをやってくれる人たちもいました。こういう小さな積み重ねが、君の成長につながり、クラスの成長につながることを私は知っています。

 

これからの諸君に大いに期待しよう。

 

砥礪3

 

班が確定しました。学級の生活の基礎になります。これから班長を決めて、係を決めて、委員会を決めてと動いていきます。

 

学ぶということは、自分だけで立ち向かわなければならない勉強もありますが、仲間と一緒でなければ付けられない力もあります。

 

自分が持っている力をキチンと出して、仲間の力を借りつつ、毎日の生活、毎日の学習を創りだしていきましょう。

 

砥礪4

 

君たちに書いて貰った「担任にしてほしいこと」「担任にして欲しくないこと」「担任にしてあげたいこと」の三つはじっくり読ませて貰います。それで、答える必要があるものについては、後ほど学級通信『砥礪』を使って、答えますね。

 

そうそう、櫻井君が『砥礪』の読み方を早速探し出しました。すごい。意味はまだ分からないそうですので、是非みなさん、意味にも挑戦して下さい。

 

 

楽しいクラスを創りたいという思いは、私も君たちと同じです。そのためにいろいろなことをやります。

 

それを創るために守って欲しいことが三つあります。

 

 

本人が努力しても直らないこと(体型など)をからかう人を、日本語では卑怯な奴といいます。

また、本人が努力すれば直ること(遅刻など)を直接本人に言ってあげることを友情のメッセージと言い、本人のいないところで言うことを、陰口と言います。

 

学校の作りは、個人住宅の作りとは比べものにならないくらい頑丈です。床は木でできていますが、その下はコンクリートです。限度を超えて走り回るのはまずいなあ。

どのぐらいが限度かって?走り回る音が出たら限度オーバーだな。

また、人間の心は、ある人にとっては傷つかないことがある人にとっては駄目と言うこともある。初めのうちは少し慎重になる必要があるな。

 

君たちには見えないのかも知れないが、大人の私たち教員から見ると実によく見えるのが、君たちが立ち向かっている壁だ。

あと少しで越えられそうだなあと思い見守っていると、逃げてしまう人も見かける。君と君たちの壁が

「後少しで乗り越えられる!」

と見えたときは、

「やれ!」

と言う思いで君たちを見つめたいと思う。

 

砥礪5

砥礪6

砥礪7

 

二年一組の清掃分担箇所が決まりました。大きく四つです。

 

  1. 教室・流し台
  2. 3F西トイレ
  3. 第二、第三多目的室
  4. 技術室

 

ということになります。

 

 

美化班のみなさんに協力を得て、それぞれの場所の清掃除分担を細かく決めました。一覧表にしたのが左のものです。毎週月曜日の朝に班長さんに次のことを記入して貰います。

 

 

みなさんはこの表を基本にして掃除を分担して行います。

 

ただ、間違えないで欲しいのは、これはあくまでも目安であると言うことです。

 

自分の分担した場所だけ終われば、掃除はお仕舞いということではありません。終わっていない所を協力してやりましょう。

 

また、分担してある清掃内容以外にも清掃しなければならないところも時にはあるでしょう。臨機応変にやりましょう。

 

綺麗な環境で気持ちよく生活したいものです。

 

砥礪8

 

イヤー、第一回学級対抗レク「大縄跳び」優勝おめでとう。一発目を手に入れるというのは結構嬉しいものだなあ。

 

前半の7分で19回。後半の5分で35回。合計54回のジャンプができました。途中では11回連続跳びもできましたね。

 

 

私は君たちの様子を見ていました。

 

前半の7分の前の練習時間は、整列するのが精一杯。

誰が何をしようとしているのかさほど考えることなく、うろうろする人も割といた。

大丈夫かなあと思ってみていたら、本番の試合が始まってしまった。

 

途中の作戦タイムでは、ステージに集まって話し合いをしていました。んでもって、後半戦ではたくさん跳ぶことができましたね。

 

 

一つのレクだけで君たちのことを「○○だ!」と決めつけることはできませんが、この一週間の君たちの様子も含めて考えてみるといえるのは、

 

力はありそうだが、エンジンがかかるのに時間のかかるクラス

 

ではないかということです。

もしそうだとすれば、エンジンを掛けるべきタイミングですぐに掛けられるように育っていって欲しいなあと思います。

 

今回はたまたま時間に間に合いましたが、全てが間に合うわけがありません。

 

(あと少し早く始めていれば間に合ったのに)

 

ということが実際は多いのではないかと思います。そこを意識して下さい。

 

疲れたけど、優勝できて、クラスの当面の問題点も見えたので、いい一週間だったなあ。

 

砥礪8

 

イヤー、第一回学級対抗レク「大縄跳び」優勝おめでとう。一発目を手に入れるというのは結構嬉しいものだ。

 

前半の7分で19回。後半の5分で35回。合計54回のジャンプ。途中では11回連続跳びもできました。

 

 

私は君たちの様子を見てた。

 

前半の7分の前の練習時間は、整列するのが精一杯。

誰が何をしようとしているのかさほど考えることなく、うろうろする人も割といた。

大丈夫かなあと思ってみていたら、本番の試合が始まってしまった。

 

途中の作戦タイムでは、ステージに集まって話し合いをしていました。んでもって、後半戦ではたくさん跳ぶことができましたね。

 

 

一つのレクだけで君たちのことを「○○だ!」と決めつけることはできませんが、この一週間の君たちの様子も含めて考えてみるといえるのは、

 

力はあるが、エンジンが掛かるのに時間のかかるクラス

ではないかということです。

もしそうだとすれば、エンジンを掛けるべきタイミングですぐに掛けられるように育っていって欲しいなあと思います。

 

今回はたまたま時間に間に合いましたが、全てが間に合うわけがありません。

(あと少し早く始めていれば間に合ったのに)

ということが実際は多いのではないかと思います。そこを意識して下さい。

 

疲れたけど、優勝できて、クラスの当面の問題点も見えたので、いい一週間だったなあ。

 

砥礪9

砥礪10

 

離任式が終わりました。

 

荒川先生、富沢先生も元気そうでなによりでした。昔の先生達は一つの学校に十年とか二十年とかいられましたが、いまでは通常八年までと言うことになっています。

 

私も六年いた学校を去年移ってきました。学校は移動するたびに違うことが多くて、驚きの連続の一年を送るわけです。地域によって子どもたちの様子や教育の目標が違うので、違うわけですが、これに慣れるのが結構大変なのです。

 

ま、仕事ですから当たり前の大変さですが。

 

 

翻って君たちのことを考えると、中学校生活は一回だけで、楢原中学校のみです。

 

クラブの試合で他の学校に行くことや塾に通うことで交流する事もあると思いますが、ごく一部ですよね。

 

なかなか他の中学校と比較することはできないわけです。先生達は異動を重ねながら、いろいろな学校のいいところを楢原中学校に、君たちの生活に移植したいなあと思っているわけです。

 

 

 

荒川先生も、富沢先生も

「異動してみて君たちの良さが一層分かった」

のようなことを話してくれました。

たぶんそうなのだと思います。変わらないと分からないこともあるのは事実です。

 

しかし、自分が異動しなくとも変わらなくとも、移っていった先生達の話を聞くことで私たちは自分の姿を客観的に見ることができます。自分では見えない自分の姿を話してくれた先生達の期待に応えるためにも、しっかりとした生活と学びを重ねたいと思います。

 

 

砥礪11

 

忘れ物をなくしたい

 

忘れ物は、学習の機会と信用をなくします。また、いろいろな人に迷惑もかけます。そこで、道徳の時間に学年で忘れ物について考えてみました。

 

そもそも忘れ物をするとはどいういうことでしょうか。定義をしてみましょう。櫻井君は「その日に必要なものを持ってこないこと」と定義してくれました。

 

では、「その日に必要なもの」にはどんなものがあるのでしょうか?考えてみました。

 

 

【身だしなみ関係】

ブレザー、ジャージ、体育館履き、上履き、ネクタイ、リボン、校章、体育着、ハンカチ、ちり紙など。

【学習関係】

教科書、ノート、資料集、辞書、宿題、プリント、材料、先生が持ってこいと言ったもの。

【提出物、プリント関係】

保護者会の出欠、遠足の出欠、健康の記録。

【生活関係】

弁当、箸、コップ、生徒手帳、手帳、クラブ関係の持ち物。

 

こう考えてみると結構な品目を持ち歩いていることに気が付きます。大変だなあと思うのですが、しかしやっぱり持ってこなければなりません。

 

そこで、忘れ物ができるまでを考え、自分がどこでつまずいているのかを発見することにしました。

忘れ物のできるまで

 

忘れ物が完成するには、さまざまな段階に複雑な原因が潜んでいる。君の忘れ物はどの段階で発生してるのか、対応策はなにか研究してみよう。

 

1)【情報入手】

Q あなたは、どうやって学校の持ち物、宿題、提出物の情報を得ますか?

 

  1. 授業中の先生の話
  2. 掲示物を見る
  3. プリントで指示される
  4. 学校で友だちに聞く
  5. その他               

 

Q 上の例のうち、頻度の高いものはなんですか?             番

 

2)【情報の持ち帰り】

Q あなたは、学校で得た提出物の情報をどのような方法で持ち帰りますか?

 

  1. 話をメモ帳にメモする
  2. 話を手にメモする
  3. ブツブツ言いながら帰る
  4. 持ち帰らずに電話で友だちに聞く
  5. 通信を持ち帰る
  6. その他               

 

Q あなたにとって、どの方法が一番優れていると考えられますか?またその理由は?

 

  番                       

 

 

4)【準備】

 Q あなたは、明日の学校の準備をいつ行いますか?

 

  1. 出来るものは、学校から帰ってすぐ。
  2. 夕御飯前。
  3. 寝る前。
  4. 朝起きてから。
  5. 一週間に一回ぐらい気が向いたら。

 

 Q あなたは、明日の学校の準備をどのようにしますか?

 

  1. 鞄の中味をとにかく一回全て出す。
  2. 鞄の中味で明日必要のないものを出し、必要なものは残す。
  3. 提出物に関連しているもののみを出す。
  4. 親が用意してくれる。
  5. 学校にあるからする必要はない。

 

5)【提出】

 Q あなたは、提出物をいつ、どのように出しますか?

 

  1.  登校したら提出物を集める班に自分で出す。
  2.  朝の学活で、先生に言われて出す。
  3.  帰りの学活までに仕上げて、掃除の時間あたりに教卓に置いておく。
  4.  帰りの学活までに仕上げて、帰りの学活で出す。
  5.  再登校で直接担任に出す。
  6.  再登校で、担任の机の上に置いておく。
  7.  再登校のつもりが、駄目だったので、学校に電話する。
  8.  再登校は不可能なので、翌日提出する。
  9.  翌日何食わぬ顔をして出す。
  10.  出していなくとも、出したと言い張る。
  11.  担任が諦めるのを辛抱強く待つ。

 

6)【検証】

 Q あなたの忘れ物ができるポイントを確認し、対策を立てましょう。

 

 

大事なことは、

 

今の自分をありのまま見つめて、

自分のなりたい姿を心に抱き、

その差を埋めるにはどうしたらいいのかと考えて、

答えが出たら行動することです。

 

少しでも忘れ物が減りますように。

 

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時の移り変わりは早いなあ。

 

桜の花の美しさに見とれていたのがついこないだだと思ったのだが、今はもう藤、躑躅、ニセアカシアなどのいい香りに包まれているのだから。

 

雲は夏雲になり始めた。

本当に夏はそこまで来ている。

 

 

学年集会では前期役員の紹介と係りの仕事内容の紹介を行いました。堂々と発表していてよかったなあ。前期よろしく頼むよ。

 

学年集会の後には必ず学年レクを行うのが、私たちの学年の特徴。大縄跳びに続いて今回は「靴下リレー」であった。

 

靴下をリレーのバトンに使うのではなく、靴下でリレーを行うのだ。体育館は掃除してあり、よく滑る。それが面白いのだと言う。

 

学級委員の指示でリレーの順番を整列し、スタートを待つ。待つ、待つ、待つ、待つ…。今回はずいぶん待ったなあ。

 

当日欠席したメンバーの調整のために時間がかかったのは事実だが、それにしてもかかりすぎたとも思っている。

 

確かに、一組は一番最初に整列していたな。それは良い。しかし、担任はそれでは不満だ。

 

学年レクは一組だけでやるのではなく、学年でやるのだ。だから、自分たちだけでさっさと並んでぼーっと待っているだけではなく、他のクラスまでも

 

「おーい、並ぼうぜ」

 

と声をかけられる諸君であってほしかった。

 

 

レクの結果は準優勝。

全て優勝に絡むという目的は達成できたと言えよう(笑)。

 

次は中間考査だ。

勉学に励まれよ。

 

 

砥礪15

連休はいかがお過ごしでしたか?中間テストの勉強に励みましたか?二年生になったらがんばると誓ったのは、私ではなくあなたでしたよね。自分との約束を果たすことは、あなたの成長のためにとても大切なことですよ。

 

私は二日間、上野で行われた「国際読書教育シンポジュウム 『生きる力』をはぐくむための、読書教育のあり方」というのに参加してきました。去年の学年集会でやった「物語ばらばら事件」の開発者がスペインから来ることになったので、お話を聞きに言ったのでした。84歳のモンセさんは、なんともいえないエネルギーを発していました。また違うパターンでやりましょうね。

 

かつてペルーからやってきた生徒を担任したことがあり、三ヶ月だけスペイン語を勉強したことがありました。んで、この日のために四月から久しぶりにラジオ講座をやって思い出していたのですが、さすがにふつうに話すスペイン語は、所々に単語が理解できるだけでした(笑)ま、それでも久しぶりに他の国の言語を頭に流すのはいい刺激になりました。

 

 

さて、体育大会が6月11日(日)にあります。昨日の六時間目に大会の選手を決めました。櫻井君、中野さんの体育大会実行委員の二人が、六時間目の学活開始と同時にタッタカと決め始めてくれました。偉い。

 

どういう風に決めていくのかなあと思っていると、黒板に選手種目を書いてだいたいの傾向を確認して、男女に分かれてタッタカと決めていました。そうして、時間のなかで全員リレーを除いて決めることができました。偉い。

 

体育大会はしんどい種目も沢山あり、得意な人ばかりではないのですんなりと決めるには大変な場合もあります。

 

私が君たちに話したのは、

 

できれば、得意な人がさっと立候補して欲しい。

立候補が無い場合には、できる人を推薦してほしい。そして、できるので推薦された人は気持ちよく引き受けて欲しい。

 

ということでした。

見ているとそんなことも言わなくても良かったくらいに、タッタカ決まっていました。全員リレーは、100m走のタイムを参考にして原案を実行委員が決めるとのこと。予行のあとまで調整ができるのでじっくりとやろうね。オリンピックの400Mリレーの話を参考にするといいね。

 

私は、君たちの全員リレーの歓声の渦の中に巻き込まれていると、とても幸せを感じます。それは、歓声のエネルギーに包まれることもそうなのですが、君たちがこのリレーに至るまでの取り組みを思い出すこともあって、幸せを感じるのです。

 

そんな体育大会になりそうな予感が、もうあります。

楽しみです。

 

 

砥礪16

 

その「読書のアニマシオン」の会場に向かうために上野公園の中を歩いて通っていった。上野公園は新緑に包まれ、恋人同士や修学旅行の生徒たちでいっぱいで、噴水も命の輝きをたたえるように勢い良く吹き上げていた。

 

そんな公園の一角に青いビニールシートを家にしたところがあった。いわゆるホームレスと呼ばれる人たちが住んでいる場所だ。私がそこの場所を通るときになぜか一斉に一カ所に向かって荷物をもって走り出していた。

 

(何だろう)

と思ってみてみると、体育の授業の最初のように整列している。

その場の様子から察すると、日雇いの仕事をもらうために整列しているかのようであった。

 

彼ら彼女らの一日の仕事の収入は、数千円である。その数千円から、食事代、現場までの交通費、保険代ということで収入が減らされ、実際に手に入る金額は減ってしまう。その上、収入の一割は国民の義務として「所得税」ということで国に納めなければならない仕組みになっているのである。実際に彼らのの手に残るのは5000円を下回った金額であろう。

 

その上野公園のすぐ近くに最近できたのが「国際こども図書館」である。国立国会図書館の別館を改築してできた、子供向けの本をそろえた図書館である。見学してきたが非常に見事なものであった。一階がカフェテリア、二階が資料室、三階が展示室である。まだ1/3しか完成していないとのことだが、すごく立派であった。

 

この図書館の建築費用はどこからきているのかと考える。

言うまでもなく税金である。

ここで私は思うのだ。

公園で整列していた彼らは日雇いの仕事をしながら、少ない収入の中から税金を納めている。しかし、おそらく彼らはこんなに近くに立派な図書館があるにも関わらず、その建築の費用を納めているにも関わらず使うことはないだろう。

何かおかしくないか。

 

ホームレスになるにはいろいろな事情が合ってのことだろう。なかにはその生活を気に入っている人もいるかもしれない。しかし、はじめから好んでなる人はいないだろう。懸命に働いて図書館に通うこともできない人がいて、休日を謳歌して図書館を楽しむ人がいて。確かに、これが社会の現実だということもできる。しかし、何かおかしい。

 

もし、君たちがおかしいと感じるのであれば、図書館に行って本を読んで頭を鍛え、CDを借りて音楽を楽しみ、ビデオを借りて感動することがあれば、お金は払っているがそれを楽しめない人たちがいることを分かっていることは必要だろう。

 

そして、そういうお金も使って君たちが賢くなるとすれば、賢くなった結果自分だけが得をするというような人生を送るのではなく、うまくいかなかった人たちが少しでも暮らしやすい社会になるように、君のその力を貸すことができるように育ってほしいなあと思ったのだよ。

 

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定期前の池田クラス恒例の、お帰りテストをやった。

お帰りテストとは、班対抗の勝ち抜けテストのことだ。出題内容は、教科書の太字レベルでそれを答え、3人が勝ち抜いた班から先に帰れるというもの。非常に盛り上がった。

 

教卓の上にベルチャイムを用意し、それを押してから答える。不正解の場合は一回抜かしとなる。

 

私のクラスは笑いを大事にしたい。そこで、このお帰りテストでも間違えた答えを出したとしても、大きな笑いをとったときは、「班員さんが、本当の答えをきちんと教える」ということを条件にしてせいかいにしてしまうこともある。

 

 

今までで私が記憶に残している愛すべき「迷解答」にはこんなのがある。

 

『英語で、弱いはweakですが、それでは強いは?』

「はい!! フォルテ!!」

 

『英語で、投げるのことを何という?』

「ピッチング!!」

 

『英語で、手紙のことを何という?』

「ラブレター!」

 

『英語で、川のことを何という?』

「多摩リバー!」

 

教室は大爆笑であった。

今回は私の方から仕掛けてみた。

 

『理科の問題です。電流を流す実験の時、クリップを指に挟むとどうなるでしょう?』

「はい!痛い」

と石川君

『ピンポーン』

『では、クリップを2個挟むとどうなるでしょう?』

「はい、もっと痛い」

と田中友里さん

『ピンポンピンポン』

 

笑いの勘所を押さえている。非常に良い。

しかし、

 

『では、十分に熱した鉄の棒を握るとどうなるでしょう?』

「はい、熱い」

『ブブー。やけどをするです』

「えーっっっっっっ」

『そりゃあ、そうでしょう(笑)』

 

ということもある。三つ目は笑いの構えを少し変化させて大きな笑いをとる必要がある。結構大変なのだ(笑)。

 

さらに、班全員で正解数の合計を競うということもした。漢字の問題である。正解数が合計で30を越えたら帰ってもよしとしたところ、微妙な差で班ごとの競い合いがあり、非常に白熱した。

 

中には欠席者がいて数にハンディがあったところもあった。しかし、教えあいをしながら何とかしようとしていた。また、昼休みに黒板を使って問題を出し合っている班もあった。いいな。

 

 

学校ってのは、一人で学ぶ場所ではない。分かる奴が分からない奴に教える。分からない奴は「分からないと」言うことで、分かる奴がもっと勉強することになる。んでもって、わかなかったのが分かるようになったら、「ありがとう」というが、ありがというを言われた側は、「もっと力を付けられたのはおまえのおかげだよ」とありがとうを言う。そんな場なんだな。

 

自分だけではなく、他の人も助けることができて初めて、力を持っているといえるのだと思う。他の人を助けられるから、力がある人は尊敬されるのである。

 

なにも勉強だけの話ではない。スポーツでも掲示物の張り替えでも重い物を運ぶときでも力のある物がちからの弱気物を助ける。これが普通に行われるようになると、居心地の良いクラスに育つはずだ。

 

 

砥礪20

沖縄では梅雨入りしたとか。

確かに二月に桜が咲くのですからそれも分かりますけど、すごいなあ。

 

 

今日の朝の学活での会話。

『というわけで、今日の学活はあれをやってないのであれをやって、それが終わったらあれを各班でやろう』

「先生、あれじゃあわかりません(笑)」

『そうだなあ(笑)』

 

私の父親は普段無口で、酒が入ると一言二言話すという人間であった。(今ではずいぶん話すようになったが)その父がちょっと話すとき良く出てくる言葉が

「あのなあ、あれはどうした?」

「で、あれはなあ…」

「で、やっぱそ(本人はやっぱりといっているつもり)」

などであった。

 

中学生ぐらいだった私は、

『自分は分かっていても、「あれ」じゃみんなに分からない!』

と言い返していたが、実に同じことをみんなにやっているのだから笑ってしまう。

 

 

親に似たくないなあと思うのも中学生ぐらいだ。

似ることができる親がいるだけ幸せだという考え方もあるが、まあ、中学生ぐらいだと親のイヤなところばかり目に入って「ああいう大人にはならない」と固く誓うわけだ。しかし、似ちゃうんだな、これが。

 

私がイヤだったのは、父親が暇があるとテーブルの上に置いてあった魔法瓶を磨いている姿だった。普通の魔法瓶なのだが、テーブル布巾で磨くのだ。なんか貧乏性が現れているようで

(俺はああはならない)

と心に誓った。だが、実際、一人暮らしを始めた大学時代に下宿していたアパートの部屋で、テレビを見ながら魔法瓶を磨いている自分を発見して、参ったことがある。

子供は親の似たくないところを身につけ、親は自分の似てほしくない姿を子供の中に発見すると言うが、本当かもしれない。

 

 

ソニーの会長に盛田さんという人がいた。この人の部下に井深さんという人がいた。

盛田さんは、井深さんにいつもこう聞いたそうだ。

「で、あれはどうなっている?」

会社で決定しなければならない重要な案件はいつも10ぐらいある。そのなかで一番大事な案件を「あれ」と聞いてくるのだ。井深さんは最初のうちはなにがあれなのかが分からなかった。しかし、間違えると思い切り怒られる。

 

しばらくするとほとんど「あれ」間違えることはなくなったそうだ。しかし、問題はその次の質問であった。

「そうか、あれはそうだな。じゃあ、あのあれはどうなった?」

二番目に大事なことがなんなのかを判断するのがとても難しかったということだ。

 

この、ものごとの「大事な順」のことをプライオリティ・優先順位という。人生は時間が限られており、その中でやらなければならないこと、やりたいこと、やってはいけないことがある。なにが大事なことなのかをきちんと見定め、それに全精力を注ぐってのが大事なわけだ。

 

二番目の優先順位を間違えなくなったとき、井深さんはソニーの社長に抜擢されたそうだ。

 

 

ちなみに私の現在の優先順位の一位は、中間テストの採点である。学級通信など書いている場合ではない(笑)。

 

 

砥礪21

 

八王子地方裁判所に行って来た。

今年のディベート甲子園の中学生論題が『日本は、死刑制度を廃止するべきである。是か非か』であり、本物の裁判というものを実際に理解しようと言うことからである。

 

私たちが見た裁判は、業務上過失傷害事件であった。交通事故に関するものである。事故を犯した容疑者が、車検と強制保険の期限が過ぎているダンプカーを運転していて事故を起こしたというのだ。

 

開廷戸同時に、手錠に腰紐をつけられた被告人が入ってきた。両脇は刑務官が支えている。いきなり緊張感が走った。これから始まるのはドラマではなくて、現実なのである。

 

はじめに検察官から事件の背景と事実の報告がある。それに続いて裁判長から黙秘権の行使についての説明があり、被告人の罪状認否があった。さらに、証拠資料の確認、弁護士からの情状酌量のための質疑、検事からの質疑があった。そして、検事から求刑があり、弁護士が情状酌量を裁判長に訴え、次回の判決の日にちを決めて終わった。

 

この間40分。

ディベートの試合の時間ぐらいなのだが、とても早く感じた。

早く感じたが、法廷を出ると疲れがどっと出た。

 

ディベートはあくまでも議論の技術を鍛えるためのゲームであるが、裁判は違う。本当のことである。判決が出れば法的拘束力を持って刑の執行が行われるわけである。今回は懲役五ヶ月が求刑されていたが、判決が出ればそういうことになる。

 

 

ま、それはそれでいろいろと感じるところがあったのだが、驚いたことがある。

裁判で扱われる刑事事件の半分が同じ罪状であった。なんだと思う?それは覚醒剤取締法違反である。

 

春と秋のテレビ番組改変期に良く放映される『警視庁24時』のような番組では、覚醒剤取り締まり違反と暴走族の取り締まりが良く行われているが、暴走族の方はその多さを実感しても、覚醒剤の方は実感することはなかった。が、はやり実数は多いのだ。

 

海岸にたどり着いた覚醒剤、空港で発見される大麻などはこの数年かなりの量に上る。ある麻薬取締官はこの事態を

「これはアヘン戦争なのです」

と言っていた。

 

アヘン戦争はイギリスが中国を乗っ取ろうとしてアヘン(覚醒剤の一種)を中国にばらまき、中国を骨抜きにしてしました。それに怒った中国がイギリスと一戦を交えたわけです。

 

現在の日本もこの覚醒剤による骨抜き状態になりつつあるというのです。そのぐらいのレベルで進行していると言う話を聞いたのですが、確かにそうかもしれません。

 

覚醒剤がなぜ恐ろしいのでしょうか?

私たち人間はいろいろは失敗をします。しかし、大概の物事は失敗があってもそのあとの努力により取り戻すことができます。しかし、シンナーや覚醒剤などの薬物による過ちは、後から取り戻そうとしても元には戻らないのです。こういうのを不可逆性(ふかぎゃくせい)といいます。

 

人間の脳味噌は、三つの物を受け入れます。それはエネルギーとなるブドウ糖、お酒のアルコール、そして薬です。ブドウ糖はなくてはならぬ物。アルコールは適度な接種ならばいいもの。薬は適量を適した方法で取り扱えば体のためになります。が、覚醒剤などは使用後にも脳にダメージを与え続け、そしてそのダメージはほとんど取り除きにくいのです。

 

「覚醒剤やめますか?人間やめますか?」

 

というのは、そういうことなのです。

 

 

砥礪22

体体育大会の学年練習が始まった。

今年の種目は昨年に引き続き、大縄跳びである。

 

我らが一組は、学年レクでこの種目で優勝しているので得意種目といえよう。しかし、油断は禁物である。

 

 

今日は今年の最高気温になるという。お肌の敏感で繊細な私は、君たちの練習姿を傘を差しながら見ていた。

 

一回目の五分間では五十三回跳べた。まあまあかな。でも、前回のレク大会よりも多いよな。そのあと休憩時間をとった。

 

休憩時間の後半に、誰となく縄を回し始めて一人一人がその縄の輪の中に入っていった。

 

なんかそういう姿だめなんだなあ。ジンときてしまうんだ。青春っていいなあと思うのだよ。全員が入ったらいいなぁと思っていたら時間が来てしまった。あのまま休憩時間を伸ばしてみんなが入っても良かったかなあ。

 

休憩の後はミーティング。ミーティングでマサイ族のジャンプをしている姿もあった。なんだあ?後で分かったが、跳ぶタイミングを計っていたわけだね。

 

後半の練習が始まる。

私は宣言する。

『五分間で百回跳べたら、ラーメン』

「ラーメン!!!!!??? やったー!!」

『そう、ラーメンの匂いを嗅いでよろしい』

校庭の隅に立っているとラーメンのスープの匂いがしてくる。

「よーし、百回跳んで匂いを嗅ぎにいくぞ」

という声が上がる。

妙にノリがいいなあ(笑)。

 

 

練習開始と同時に、

「蛙の歌が聞こえてくるよ」

と歌声が聞こえる。なんのこっちゃと思っていたら、跳ぶタイミングを歌で計っているのである。私も計算してみた。蛙の歌は一番を歌いきると十六回跳べる。

こういう試行錯誤はとってもいい。自分達のやりやすい方法を探して、あーだこーだとやることはクラスの行事を豊かにする。色々やって見よ。

 

こんな感じで、やろうとしていることはいいと思う。が、びしっと時間で動くことがまだ弱いかな。暑いときだからこそ、取りかかるまでの時間を短くしてさっと本題に入り、終わったら休憩とすればいいのである。

 

今日の帰りの学活で行ったミーティングも、練習時間内で、できないこともなかったはずだ。

 

 

私の好きな言葉に次の言葉がある。

 

 

 

 山中の賊を破るは易く、

 心中の賊を破るは難し。

 

 

である。

意味は、

「山の中に潜んでいる盗賊を退治するのは簡単だが、心の中に潜んでいる魔物を退治するのは難しい」

というものである。怠け者の私には、実によく分かる言葉である。

 

(うちのクラスは、大縄跳びは大丈夫だ)

 

という心の賊と一人一人がきちんと戦いを続けること。これが一組には大事なのではないかと思う。

 

 

んじゃあ、修学旅行の下見に行ってきます。いい子でいるんだよ。

 

さて、今回のお土産は何でしょうか(笑)。

 

 

砥礪23

 

00/05/25 18:53 中央線立川行きが東京駅を発車した。丸の内のビルの向こう側、皇居のお堀の上の空は、オレンジ色と言うよりは紫色に変わりつつある。

 

というわけで、下見記録の方は書き終わったのだが、下見記録補遺として思い出に残ったワンシーンを書いておきたい。

 

 

初日の下見が終わり、ホテルにたどり着いたのが午後七時前であった、荷物を部屋に置き、私は風呂に直行した。私が直行したのは君たちが使う方ではなく、狭い方の風呂である。こちらにはちょっとした露天風呂があるというのでそっちにしたのだ。露天風呂ならひょっとしたら星空が見えるかもしれないと思ったからだ。

 

実際は、雷雲の名残があったりして星空を見ることはできなかった。んが、ここでちょっとした出会いがあった。

 

露天風呂には先客がいた。

『こんばんは』

と言いながら湯船に浸かった。

「こんばんは」

と答えてくれたのは、白髪混じりの紳士だった。

お湯は湯ノ花で濁り底が全く見えない。足の長い私の足が彼にぶつかってしまい、

『失礼』

と声をかけたことから、

『どちらからですか?』

と聞くと

「東京からです」

との答え。

『私もです』

なんて話が始まったのだ。

 

 

紳士は、東京の大手建築会社に勤めているとのこと。役人相手にいろいろな交渉を重ね、やっと一つのプロジェクトが動き出したので骨休みにやってきたとのことであった。

 

近くには乳頭温泉という有名な温泉があるのだが、そこは団体が多くくるのでのんびりするには部屋で食事のできるこちらを選んだのだという。二泊三日の予定で、外出することもなく、ただ部屋で本を読み、気が向いたら温泉に浸かる。そして疲れをとるのだという。

 

いわゆる「戦士の休息」というものだ。

確かに、この不景気の時代に建築業は大変だろう。素直に同情できる。

 

私も、修学旅行の下見にきていることを話すと、これまた素直に、

「今の学校教育の困難でしょ。むちゃくちゃな要求をする親御さんがいるし。学校教育は柔らかい頭を育ててくれるだけでいいのになあ」

などの話をしてくれた。

 

 

旅をしているなあと実感するのは、こう言うときである。

お互いに利害関係がないので、そこそこのお互いの事実を語っても大丈夫。そしてお互いの境遇の大変さを理解し合う。

 

私よりも、一回り以上も年上の紳士とのほんのちょっとの会話。

『良い息抜きの旅になりますように』

「良い下見になりますように」

そう言って風呂から出ました。

 

もう二度と会うことのない人だと思いますが、なかなか忘れられない人だとも思います。

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二学期

砥礪36

 

二学期が始まります。終わってみればいつも短いのが夏休みです。

昨日のテレビニュースでは、

「今日は、夏休みの最後なので、お父さんお母さんは大変でしょう:」

というコメントが多かった。が、一回も夏休みの宿題を手伝って貰ったことのない私は不思議でしょうがない。

(子供の宿題を親が手伝ったって、子供に何の力も付かないのに)

と思うわけである。

 

 

今年の夏は、久しぶりに夏らしい夏であった。

 

暑い熱い夏であった。

 

私はディベート部を指導するために夏休みの前半1/3は学校にずっと来ていたが、音楽室からはその間ずっとブラスバンドの響きがあったし(金賞おめでとう)、校庭では何かしらのクラブの活動の姿があった。まさに、中学校二年生の夏らしい夏だったね。

 

 

私の夏は、ある意味でとても充実していた。

この夏に改めて理解したことを書いてみると、

 

 

である。

何があったのかは追ってはなすことにしよう。

 

 

さて、二学期である。

 

遠足に、学習発表会、合唱コンクールと行事がてんこもりである。そして、学習の方もいっそうの充実が期待される学期である。クラブは新人戦が始まる時期でもある。

 

まだ暑い日が続くが、水泳大会も優勝したことだし、

この勢いで体の調子を確認しつつ歩みを進めようではないか。

 

 

なお、提出物が未完のものはキチンと対応すること。

 

砥礪37

 

今年の夏は、二十世紀最後の夏。

「二十一世紀へのステップとしてたくさん学びたくさん遊ぶぞ!」

と思っていたのだが、実に遊べなかった。唯一遊べたのが、市民プールでの水泳である。

 

私の住んでいる多摩市では、夏休みの間、野外の市民プールが開催される。市民は二時間で二百円である。いろいろな制約があるものの、泳ぐことに専念するには良いプールである。

 

私の場合、準備運動を済ませた後流れるプールに行く。一周百メートルほどの流れるプールに身を委ねながら、平泳ぎ、クロール、平泳ぎ、クロールと繰り返して5周ほど泳ぐ。そして、競泳用のプールで時間いっぱい泳ぎ続ける。これが一般的な私の夏の遊びであった。

 

 

小学校の一年生の時には、私は背泳ぎができていたと思う。何となく手足を動かしていたら泳げていたのだ。さらに小学校5年生の時には25mクロールで小学校記録を塗り替えていたので、特に水泳を真剣に学ぶことはしなかった。

 

そのときの私にとって、学ぶこととは、「できないことをできるようにすること」であり、「できることをさらにできるようにすること」ではなかったのである。(その後、できることをもっと出来るようにすることの重要性も学ぶのだが)

 

しかし、できると思っていることも実は我流であり、きちんと理論に基づいて習っていないことがたくさんあるのも私であった。

 

 

今回、市民プールの水泳教室というのがあったので、参加してみた。時間が来たら専用のプールで教えてくれると言うので並んでいたら、生徒は私しかいなかった。

 

『あのー、教えていただきたいのですが』

と声をかけると、指導員の方が驚いていた。

「どんなことをお望みで?」

50代の指導員の先生は質問してきた。

『いやー、実は泳げるには泳げるのですが、きちんと泳ぎというものを習っていないのでフォームを見ていただきたいのですが』

というと安心したように

「分かりました」

と引き受けてくれました。

 

 

「じゃあ、ちょっと泳いでみてください」

私の泳ぎの姿を見て、指導のプランを作るのだろう。たった、15mの泳ぎであったが、しっかりウイークポイントを見られていた。

 

平泳ぎとクロールを見て貰ったのだが実に的確なアドバイスを貰った。

『平泳ぎの足が左右バラバラにキックしてしまうのですがどうしたらいいでしょうか?』

「それは、引き寄せるときに踵(かかと)をくっつけてから引き寄せると曲がりませんよ」

『なるほど。それから、クロールでなかなか前に進んでいる感じがしないのですけど』

「水中に入れた腕が身体の近くを通るときに、九十度から百十度の角度に曲げてきて漕ぎます。腕が脇を通るときにたくさんの水を後ろに掻き出すんです」

『クロールで泳いでいて疲れやすいのは?』

「それは、空中を腕が通るときに力が入っているからです。空気を漕いでも早く進みませんよ」

『なるほど』

 

確かに指摘されたことを意識して泳ぐとその通りになる。

 

 

私のことだから、先生が教えてくれていても話を聞いていなかったのかも知れないが、小学校の頃これをきちんと習っていたら、オリンピックの水泳、日本代表を目指したかも知れない(笑)。

 

もちろん、頭の中で分かることと実際にからだが動くこととは別問題だと言うことは分かっている。が、理論をきちんと教わるってのは大事だなあと思った次第だ。これで自習が確実になるからね。

 

三十年も泳いできて、こんなにショックを受けるとは思いもしなかった。

 

人生は学習の連続だなあとやはり思う。。とても良いショックを貰った二十世紀最後の夏でした。

 

砥礪38

 

「お家騒動」でこの夏の私はどたばたしています。マンション管理会社の仕事に関して、おかしな所があったのでこれを監査しているのです。それでしみじみと思ったことがあります。

 

 

いろいろな書類を点検していたのですが、おかしな点が出てくるわけです。そこで、

『これはおかしいのでは?』

と確認すると

「大丈夫です」

との返事がいつもありました。

(大丈夫なわけないのにな)

と思うのですが、マンションを初めて買った私は、おかしいと思いながらも良く分からないのでいくつかをスルーしてきました。

 

それでもあまりにもおかしいことが多すぎるので、一つ一つ問い質(ただ)していったところ、結果として全然大丈夫ではなく、隠していたウソが判明してしまったのです。

 

 

私はしみじみ思いました、

 

(この人は、いままでいろいろなことを誤魔化して誤魔化して、それがなんとなく上手く誤魔化せてきたんだろうなあ)

 

と。

確かに、誤魔化そうとしている人と、信じようとしている人とが話をすれば、誤魔化そうとする人は簡単に誤魔化すことは出来るでしょう。五十才ぐらいに見えるその人は、

 

(その年になるまでそうやって生きてきたのかなあ。何を学んできたのかなあ)

 

と思ったらなんかとても空しくなりました。

 

 

学校で上履き、下履きといたずらされる事件が一学期から続いており、二年生では下駄箱を使わないという自衛策を採っていました。

 

状況から考えるとこれらの悪質ないたずらを行っているのは、二年生だと考えられます。

 

下駄箱でのいたずらなんて、人目も少ないしやろうと思えば出来ますし、やったことを誤魔化そうと思えば誤魔化せるのでしょう。

 

しかし、中学時代に

「なんだ誤魔化せるじゃん」

と間違って覚えてしまうと、その後、とんでもない人生を送ってしまうのではないかと思うのです。

 

 

雪印乳業、三菱自動車などなど自分達の過ちを隠そうとして隠しきれずに、致命的な打撃を受けている例が最近たくさんあります。

 

人間は、間違えないということはありません。誰でも間違えるわけです。だからこそ、最初の段階で、きちんと自分の過ちを認め、どうやったらその過ちを最小限にとどめて、被害を受けた人を救えるかと考えることが必要だったのに、これをしなかったのがあれらの姿なのでしょう。

 

君たちが出ていく社会は今以上に情報社会になります。情報があちこちから入ります。ウソは、隠そうとしても隠し切れません。

 

私が心配するのは、中学時代に誤魔化すことを覚えてしまうと、あとでとんでもないしっぺ返しを受けると言うことです。

 

そういう気持ちのある君、

しっかり直すのだぞ。

 

砥礪39

 

奥村先生に借りて、やっとのことで『耳をすませば』を見た。良かった。

 

このアニメの舞台が私の住んでいる聖蹟桜ヶ丘ということは引っ越す前から噂では知っていたのだが、あんなにはっきりと描かれているとは思わなかった。

 

私は、敬老の日の午前十時から見ていたのだが、見終わってすぐにその舞台となった場所を見て回ってきた。実にミーハーである。

 

 

主人公は、雫(しずく)十五才だ。進路決定を控えて落ち着かない日々を送る。そんな中で、友人の恋や自分の恋、人生の先輩との出会いなどを通して成長していく話だ。

 

朝の学活で

『見たことある人?』

と聞いてみたところ、4/5の諸君が既に見ていたね。中学三年になってみてみるとまた違った思い出見ることが出来るのではないかと思うよ。

 

んで、私が印象に残った場面をまだ見たことない人考慮しながらちょっとだけ書いてみたいと思う。

 

 

【図書カードに同じ人の名前】

 

今では、バーコードになってしまっているのでなかなかあり得ないが、自分の借りた本のカードに同じ人の名前があるというのは、私も経験した。会ってみたいなあとも思ったが、私は会えないままだった。

 

【自転車の二人乗りで坂を上る】

 

雫を乗せて誠司は秘密の場所につながる坂道を自転車で漕ぎます。誠司は雫を乗せてこの坂道を上りきることが夢だったのです。

が、雫は

「お荷物になっているだけなんてイヤ!」

と自転車を飛び降りて、誠司の自転車を後ろから押します。

 

女の子の為に何かをしたいという男の子と、重荷ではなく一緒になにかをしたい、自分も自分の夢を追いかけたいという女の子。自分の夢を追い、好きな人の夢の応援も出来る。いいなあ。

「自分より頑張っている人にがんばれなんて言えない。なら、自分が頑張るしかない」

という雫の台詞も良いなあ。

 

【あなたは原石なのです】

 

これには参ったなあ。

私も全く同じ事を思っています。

この台詞に導かれて、今頃になって学級通信の名前の由来を書きます。

 

今年の「砥礪」は、みんなが知っているように「といし」という意味です。西老人が「あなたは原石なのです」と雫に言う台詞、私はそのまま君たちにも伝えたいと思っています。

 

原石は、磨かなければ光りません。しかし、磨き方を間違えると、原石の持つ価値を損なってしまいます。

 

中学校には原石がごろごろしています。その原石がクラスに集まっています。時には、原石同士がぶつかって欠けてしまうこともあるでしょう。

 

ですが、お互いがお互いの砥石になって磨きあえればいいなあとも思うのです。また、時に担任も砥石になれたらとも思って、「砥礪」としました。

 

二学期は磨き会う場面がたくさんあります。君が、クラスが輝き出すのを楽しみにしています。

 

砥礪40

 

調理実習って楽しいよね。

 

私が中学の時には、調理実習は女子の授業で、男子は工作ばかりやっていました。女子は、作ったものを食べられるのに、男子の方は食べられない。実に悔しかったのを覚えています。

 

女子は料理で男子は大工仕事。力仕事は男子に向いているのでしょうが、一人の人間として生きて行くには、男子でも女子でも関係なく大工仕事も調理も出来なければならないわけで、これはとても良いことだなあと思うわけです。

 

そういう意味では楽しいだけはなく、大切な授業ですよね。

 

みなさんに作っていただいた作品を私も頂きました。麺の腰といい、塩加減といい非常に優れたものでした。

 

これを食べるとき、私は教師になって良かったなあとしみじみ思います(笑)。

 

砥礪41

 

サッカーが終わってしまってなんとなくオリンピックも終わってしまった感じがするなあ。彼岸花も咲いたし、秋だ。

 

 

学活で対照的な出来事があった。

 

一つは、火曜日の六時間目の出来事である。私が、進路指導用のプリントの印刷で教室に行くのが遅くなり、慌てて教室に行くと教室が静かである。

(なんだ?)

と思い、教室を覗いてみると教室の前には学級委員と遠足実行委員が立っている。そうである、遠足のルールについてみんなに説明してくれているのである。

(すごいなあ)

と素直に思う。

やるべきことをやるべきときにさっさかやる。当たり前のことであるが、これがなかなか出来ないのである。

 

もう一つは、昨日の帰りの学活である。これもちょっと遅れて教室に行ったのだが、司会の学級委員が前に立っているにもかかわらずなんか雑然としている。

(なんだ?)

と思うと、明日の調理実習の持ち物についてわいわいがやがややっているのである。

 

 

同じクラスでありながらこのように差が出るのは何だろうかと考える。たぶん、これは段取りの違いではないかと思う。

最初の方は、朝の学活で六時間目にやることを話しておいたことを思い出してさっと動いてくれたのだろう。

実を言えば帰りの学活でも段取りは組み込んである。

 

例えば、プリントを配るTiming。

なぜ、私が話を始めるときにプリントを配ることになっているのかというと、学活のはじめに配ってしまうと君たちは配られたプリントに目がいってしまい、班長の反省や係からの説明を聞かなくなってしまうからである。

 

本当は、私の話の後に配りたいのだが、それだと学活の時間が延びてしまうので、私が話を始める時間で配っているのだ。

 

 

例えば、質問をするTiming。

説明をする前から質問をする人がいる。聞いていれば分かることをはじめに質問するのでは、説明する側もやる気をなくすし、一緒に聞いている人もうんざりする。だから、質問は説明が全て終わってからまとめて行うようにしている。

 

が、教科連絡が学活前のギリギリに黒板に書かれていたり、説明の前に質問が飛び交ったりしているのでなかなか学活が始められなかったのだと思う。

 

ちと考えて行動しましょう。

 

砥礪42

 

遠足が終わりました。雨の心配もあったのですが、まあまあの天気で良かったです。

 

私は久しぶりに鎌倉文学館に行き、高校時代を思い出したりしていました。君たちのレポートを楽しみにしてます。

 

 

さて、二学期も1/4が終わりました。今月は中間考査があり、学習発表会に向けて合唱の練習やら忙しくなります。

 

その中で後期の委員会を決めることになったのですが、三十分しか決める時間がなかったにもかかわらずどんどん決まりました。

 

私は

(まあ、決まらんだろう)

と思いこんでいたのですが、大変失礼いたしました、決まりました。

 

こうやってみてみると君たちは力を付けているのだと言うことが良く分かります。

 

さらにそれぞれの委員、係で自分の仕事を、責任を持って果たしていってくれることを期待しています。

 

 

最近見たホームページで笑えたものを載せます。

 

国語の時間「『あたかもなになにのようだ』という文章を作れ」という問題があったのですが、当時のクラスメイトの ひとりが、なぜ自分の答えが間違っているのか納得していないようでした。私が「なんてかいたの?」と答案を見てみると「机の上に消しゴムが あたかもしれない」と書いてありました。

 

小学校三年の国語のテストで「次の漢字を読みなさい」という問題がでました。一問もわからなかったのですが、何も書かないの はくやしいので、「読みました」と、書きました。返ってきたテストを見ると、「聞こえません」と書いてありました。

 

こういう笑い、大好きです。

 

砥礪43

 

今週は出張が続いていて諸君のケラケラ笑っている姿を見る機会が少なかったなあ。体調の悪いときに側で騒がれると五月蠅いもんだがいないと面白くないとは、実にわがままなものだ(笑)。

 

 

君たちがどんどん成長していくので私は基本的には見ているだけで良くなる。これは頼もしいことだ。ただ、大人から見ていると、おや?と思うこともあり口を挟むこともある。昨日の班替えがそうだった。

 

私が事情でちょっと遅れて教室に行かねばならなくなったとき、学級委員を先頭にして空白の時間を使って班替えについて話し合い始めていた。これは素晴らしいことである。今なにをするべきかを考えての行動だ。

 

方法は、くじ引きである。学級委員がくじを作りみんなドキドキしながら引いていた。一斉に中身を見て、自分がどの位置かを確認していた。しかし、同じ場所の人が五人いたのでもう一度やり直しということになった。私は、

(ふーん、そういう風に決めてあったんだ)

と思ってい見ていた。

ところが、二回目のくじ引きでまた同じ場所の人が何人かいたのだが、二回目はそのまま決定してしまったように私には見えた。

(あれ? これはまずいんでねえの?)

と思ったわけである。

 

 

ロシア皇帝ニコライ二世、スロバキアのミロシェビッチ大統領、ユーゴのチャウシェスク大統領、フィリピンのマルコス大統領‥。この各国を代表していた人たちに共通するものはなんだか分かるかな? 

 

彼らは彼らが統治している人たちの利益に関するものごとについて、その人たちがどういう方法でやっていったらいいのかと自分達で考えることを許さず、自分で勝手に決めて得しようとしていた人たちなのだよ。これを「独裁者」という。決め方と決定の基準を自分で持っている人のことだ。

 

今回の学級の出来事は、時間が無くなっていく中で、

「これでいいよね?」

と学級委員が確認を取っているし、誰かが得するためにやったことではないので例えが違うかも知れない。が、私が君たちに学んでほしいことは、「決め方を」決めるということはとても大事なことなんだということなのだ。

 

どういう方法でやっていったらいいのか?実はそんなに簡単ではない。先ほどは外国の例を出したが、今、日本の国会だって選挙の方式を変えることで非常に揉めているだろ?

 

ただ、一つ言えるのは、意見を言いたい人がいれば、その人が意見をキチンと言えるような環境を作ることではないかと思う。もちろん、時間の制限があることだから100%は無理かも知れない。しかし、意見を言いたい人が言えるような環境を作ろうとすることは、大切なことなんだ。

 

また、おかしいと思った人は、黙っているのはやっぱり駄目だ。まして、決まった後に、

「やっぱり変だよな」

と愚痴を言うのも駄目だ。

私が見たところでは、二回目の決定で

(おかしいなあ)

と思った人が何人かいた。でも黙ったままだったよな。決めた後に愚痴を言ってもだめなんだなあ。

 

 

「民主主義は多数決を原則とする」

というのは正しいのだが、どうも正しくないこともあるような気がする。100人がいて、賛成が51人で反対が49人。多数決なら賛成になるのだが、これは本当なのだろうか?

 

行動に移さなければならないから賛成と見なすのだが、このときに賛成側にいる51人は、反対であった49人の人が考えていたことを考えて、49人の人の意見を条件として入れることは出来ないかを考えることが、本当の意味での多数決ではないかと思うのだ。

 

49人でなくてこれが、1人であっても同じだ。なぜならば、民主主義は一人一人を大切にするからだ。

 

学級委員にはもう一度くじを作り直すなど面倒くさいことをさせてしまったが、ここはどうしても大事なことだと思って、口を挟んでしまった。

 

よろしく頼む。

 

 

『私をスキーに連れてって』をスキー教室の事前学習で見た。

 

88年の映画ということは、私が教師になって二年目の公開となる。実に懐かしいなあ。私の青春がところどころに散らばっている。笑うなよ、私にも青春はあったのだ。あのころ流行っていたものがたくさん出てくるので懐かしい。

 

・ 「とりあえず」の言葉と出たての防水カメラ

・ セリカ4WD

・ ユーミンのヒットソング

・ 電話級の無線機

・ まだまだ大きな携帯電話

・ 悪役をやっていた竹中尚人

・ 元気な沖田浩之

・ かわいさばっちりの原田知世

 

そういえば、あのころのスキー場は真っ白なスキーウエアーで転がっている女の子が多かったなあ。

 

この映画は、ホイチョイプロダクションという成蹊大学の遊び集団がプロになって作った映画である。今でも連載されているビックコミックスピリッツの「気まぐれコンセプト」を作り出している集団だ。

 

この映画の主人公たちの遊びグループは、改めてみて思ったのだが、中学校の同級生である。

 

私にも経験があるのだが、就職をして結婚するまでの数年間のある一瞬に、あの映画のように仲間で遊びまくる時がある。

 

学生時代の遊びとは違って仕事に追われる中に無理矢理時間を作って無理矢理遊ぶ時間ってのがとても大切だった気がする。本格的に仕事を始めたものの学生気分がまだ抜けていないあのときは、遊びを入れることで仕事に力を取り戻していたんだなと今は思う。

 

学生時代の遊びと違って、就職してからの遊びというのは、使えるお金の量が違うということも重要なポイントだ。学生時代は千円単位で遊んでいたが、就職すると単位が一個あがる。同じ職場や同期の仲間などと一緒にスキーに行ったりするわけだが、昼御飯などもちょっと豪華になる。

 

今、君たちは親にお金を出してもらってお小遣いを手にしている。それでゲームを買って遊んでいると思う。ま、誰のお金で買ったゲームであっても、コンピュータゲームは馬鹿正直に正しく動く。しかし、やはり自分で稼いだお金で遊ぶってのは、遊びの充実感が違うんだな。

 

急ぐことはない。やがて君たちも働かざるを得なくなるときが必ずやってくる。それはそれで辛いことでもあるのだが、辛いことばかりではないってことよ。映画を見ながらそんなことも考えていました。

 

うーん、やっぱりあのころの原田知世はかわいいなあ。シミジミ(笑)。no.44

 

 

合唱祭の予行演習が終わった。

ここから一週間の磨き合いが大事なんだなあ。風邪を引いている人や体調を崩している人が多いが、体調を整えることも大事だからいつまでも意味もなく学校に残っているんじゃないぞ。

 

 

なだいなだ(スペイン語で、nada y nada ・なんにもないなんにもない)さんという文筆家がいる。アルコール中毒を専門とする精神科医でもある。彼の本の中にこんなことが書いてあった。

 

「アルコール中毒患者がお酒をやめるのは、医者が止めさせるのではなく、本人が止めるのです」

 

(医者が止めさせるのではなく、本人?)

と思ったものの、考えてみれば実に当たり前のことなのであった。どんなに命令を出したとしても、結局は自分自身なのである。

 

んでもって、お酒を飲むと飲まないは大きな違いがあるかといえば、なだいなださんによれば大きな違いは無いという。飲むと飲まないは、100%と0%のように見えるが実際は違うという。

 

飲むと飲まないは、51%と49%だという。ほんのちょっとの違いで結果が違うというのだ。そのほんのちょっとの違いというのは、気持ちの問題だという。1〜2%の違いがその人の行動を決める。

 

 

「合唱祭なんだから大きな声で歌え!」

 

確かに正しいな。ここ一番で、歌うべき時に歌うのは正しい。しかし、実際はなかなか難しい。例えば、

 

「合唱祭なんだから、小さな声にしろ」

 

といわれたら、普段大きな声で騒いでいる人は辛いだろう。

 

普段ぎゃーぎゃー騒いでいるのに、歌い始めたら静かになるってのは許し難いが、普段大きな声を出していない生活をしている人に、歌うときだけ大きな声になれ!ってのは辛いってなことだ。

 

 

しかし、声がなかなか出ない人たちよ。合唱祭には声が必要なのだ。そして、この声は、100%と0%の違いではないのだ。1〜2%のちょっとした思いが入るだけなのだ。

 

その1〜2%の違いが、いろいろなことを決めるんだよ。うむ。NO.45

 

 

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三学期

 

砥礪49

スキー教室前に君たちにアンケートをとった。「学校は楽しいか?」と言う質問に対して、NOと答えた人たちの理由について、私なりに考えてみた。

 

 

【理由】

 

がっこうじたいがつまんない。特に楽しいと思えることがない。(みんなとしゃべるのは好きだけど……)

 

【担任の考え】

 

「つまんない」「楽しくない」という声を聞くといつも思ってしまうのは、君たちは、どうなっていることが楽しいと感じているのかである。

 

楽しいというのには、

 

 

1 楽しませてもらって楽しい

2 楽しさを作って楽しい

3 楽しませて楽しい

 

 

と三つあると私は考えている。そして、諸君が楽しいと感じるのは、圧倒的に「楽しませてもらって楽しい」である。これはバラエティ番組を見て育っている君たちにはある意味当たり前なのかもしれない。

 

誰かに、何かに楽しませてもらうことだけが楽しいということになっているのだ。そうだとすると学校生活は楽しくないことが多いだろうなあと思う。

 

まるでテレビでも見ているかのように授業を見て、その説明やパフォーマンスをおもしろいかつまらないかだけで判断する。

先生たちは笑いのプロではないから、そりゃーテレビのお笑いタレントのようにはいかないわけである。

 

スキー教室の実行委員会を見てみるとよくわかるだろう。

冬休みも働き、細かい事務的なこともこなし、大変な仕事だったわけだが、これは「みんなを楽しませる仕事」なのである。そして、その充実感は周りから見ていても十分にわかっただろう。

 

楽しませてもらう楽しさというのは、一般的に瞬間的なものである。しかし、楽しませる側は継続的な努力を行い楽しませる。だから大変である。が、そこに大きな楽しみが発生するのである。

 

簡単に言えば、人のために動いているかどうかである。それができたとき、学校で生活することは楽しくなるだろう。

 

義務教育は、人生の基礎を学ぶときである。君たちは、長い人生で楽しませてもらうばかりではない。楽しませる側にも回らなければならないのぢゃよ。それを学んでみるといいな。

 

 

砥礪50

 

【理由】

先生にしたがわなければならないから

 

【答え】

これには問題が二つ含まれていて絡んでいるかも知れませんね。

「先生に」という部分と「従う」という部分です。

 

「先生に」という部分にこだわるとすれば、「先生」でなければ君はいいのでしょうか?学校では先生が世の中のルールやマナーを代表して君たちに「押しつけ」ているわけです。もちろん、先生一人一人の価値観(何が良くて何が悪い)やルールの解釈については多少のズレがあります。ですから先生たちは会議をして君たちを共通の考え方で育てていこうとしているわけです。

 

また時に、学校は社会のルールと多少ずれることがあると言われる場合もあります。学校というのは社会の最先端の部分と一番最後の両方の部分を持っている場所ですので、これは私は仕方のないことでもあると思っています。

 

そして「従う」と言う部分です。

私には、「従う」は自分の意志や正しさなどと関係なしに、無理矢理押さえつけられてやらされるという感じがありますが、この感覚でいいのでしょうか?そうだとすると、この場合の「従う」は楢原中学校では違うのではないでしょうか?

 

私も中高生の時には先生に

「これは違うのではないですか?」

と自分が変だと思ういろいろなことを訊いてきました。すぐにきちっと答えて下さった先生もいれば、何にも答えてくれない先生もいたし、今になって(なるほど)と思うようなことを答えて下さった先生もいました。もし、君が納得いかないのであれば質問すればいいと思うけどね。

 

中高生の時と教師になってからでは感覚は違うと思いますが、楢原中学校では先生が生徒を無理矢理従わせているなんてことは、私の見たがぎりではないと考えています。

 

そうだとすれば、理の通った話ならばそれは理解しなければならないでしょう。しかし、それでも駄目というのならば、先生の問題ではなくて、単に従うことが嫌なのではないかとも思います。そうなるとこれは我が儘ですから直さなければね。

 

 

砥礪51

 

先週の班ごとの面談の時に、

『クラスで困っていることはないか?』

と訊いてみたところ、

「時計の位置が定まらないので困る」

という意見が複数の班から出た。

確かに、時計の位置が定まらない。一年間のクラスの歴史が黒板の上に飾られているので、同じ場所に設置してあった時計が、三学期も半ばになると追い出されてしまったのだ。

『なんとかせんとなあ。どこに設置するのが良い?』

と言う話になった。

 

 

世界の教室の風景を見てきた山形大学の江間先生と去年話をしていたら、面白いことを教えて下さった。

 

「黒板の上には、その国の独特の風景があるんですよ」

『へー? なんですか?』

「例えば、中国では国旗と毛沢東の写真。アメリカは国旗とアルファベットの一覧。移民が多い国だからでしょうね。つまり、その国が重視している教育目標がそこにシンボルとして掲げられていると言ってもいいのではないでしょうか?』

「なるほど」

 

ということで、日本の学校を考えてみる。そこにあるのは、

 

学校の教育目標

学年の教育目標

クラスの目標

 

などが一般的にある。そして、

 

時計

 

がある。

江間先生によると教室の前に時計があるのは日本位なものらしい。

 

考えてみれば、授業を切り盛りしていくのは先生である。残り時間を計算しながら授業の展開、授業のまとめをするのは先生である。だから時計が必要なのは先生なのである。

 

ならば、時計は黒板の上ではなく教室の後ろになければおかしい。しかし、日本では前にある。

 

もし江間先生の説が正しいとすれば、日本の教育は「時間通りにキチンと動く人間を育てる」ということを最重要項目にして育てているのかも知れない。

 

 

私の希望としては、ロッカーの上に設置をして欲しい。私は腕時計をするのが苦手なので。

 

しかし、今まで前にあった時計が後ろに行くというのは君たちも居心地が悪いだろう。

 

そこでその班では、中間をとって教室の壁の中央にある柱に設置してはどうだろうかという話になった。

 

柱には何も引っかかりがないのでフックが必要になる。そしたら戸田君が

「百円ショップにあった」

というではないか。

『ほいじゃあ頼むよ』

ということで買ってきて貰った。

 

 

今朝の学活で戸田君がフックを持ってきてくれた。

『をを、ありがとう。みんな、このフックで時計の位置が確定するぞ』

と話し始めたら

「先生、若狭君が昨日苦労して前の鉄棒にくくりつけてくれました」

『なに?!』

 

改めてみてみると、確かにしっかりとくくりつけてある。

 

こういうのはとても嬉しい。みんなが暮らす場所を良くしようと言うことで二人が違うことを同時にしてくれたのである。

 

ありがとう。

 

 

というわけでフックが一つ余った。三月に学年ディベート大会もあるので、その賞状をそこに飾ろう。

 

 

砥礪52

 

【理由】

 

つかれた。

 

【答え】

 

(いまの中学生が疲れる原因ってなんだろうなあ)

と遙か昔に中学生だった私は考えてしまう。中学時代に私は疲れていたのだろうか?

 

思い出してみると確かに疲れはあったな。しかし、それは体の疲れであって、ここに感じる心の疲れとは違うような気がする。

 

心の疲れにはいくつもの原因があると思うのだが、君たちを見ていてかわいそうだなと感じるのは、理想と現実の差が、私たちの時代よりも大きく広がっていると言うことだ。

 

 

テレビゲームが誕生してからそろそろ十八年になろうとしている。その間、ファミコン、スーパーファミコン、64、ゲームボーイと任天堂だけでもいくつもの機種が出来ている。

 

携帯電話だってコンピュータだって半年のサイクルで新しい機種が次から次へと売り出される。

 

一つの機械の機能を使いきる間もなく新しいものが売り出され、使い方を覚えなければならない。何かに追い立てられているようだと、私も思う。

 

しかしながら、大人は自分で金を稼ぎ、計画を立てて購入することが出来る。が、子どもたちは欲しいものは増える一方で、なかなか買うことが出来ない。

 

私が子供の時代には、自分専用のテレビなんて持てるはずがないから欲しいとは全く思わなかった。いや、思えなかった。

 

それが、子ども相手に開発された商品が氾濫して、買え、買え、買えと追いまくられているようだもんな。

 

 

さらに、我慢の問題がある。

 

私が銭湯の女風呂に入っていた頃だから、小学校にはいる前か低学年の頃だろう。

 

風呂から上がると、同じ年ぐらいの子どもたちが美味しそうにコーヒー牛乳を飲んでいる。私も飲みたくて

『買って!』

というのだが、母親は頑として受け入れない。

「だめ!!」

脱衣所でクロールを泳ごうが、背泳ぎで転がろうが全く駄目であった。

 

子供心に、

(あのぐらいのお金大したこと無いのに、何で駄目なんだろう。うちはとっても貧乏なんだ)

と思っていた。

 

しかし、成人してからそのことを母親に話すと

「あのときは、修に我慢を覚えさせようと必死だったのよ」

とのことだった。

 

確かに、その教育はある程度成功したようだ。今でもは私は衝動買い(あー欲しい。欲しいから買っちゃおう)は、ネクタイと本以外はしない。(この二つは後で買おうと思ってもなくなっていることが多いのだ)

 

私が借金して買ったのは家ぐらいである。ちょっと我慢してお金を貯めて現金で買った方が、ローンやクレジット(同じだが)で買うよりも圧倒的に安いのだ。

 

んじゃあなんでクレジットだローンだカードキャッシングだとしているかというと、分割で買わせた方が売る側は「金利」(貯金の利子のようなもの)で儲けられるからである。

 

だから、我慢をしないように、楽にするように「誰かがどこかで」仕組みを変えているのだと私は思う。

 

 

これだけいろいろなものが氾濫すると、我慢する気持ちが弱い人は疲れるだろうなあと思う。じゃあ、どうしたら我慢の力が鍛えられるのか。

 

私が考えているのは、バーチャルな世界を離れるということ。簡単にいうと自然を相手にしてみるということだ。

 

なぜかというと、‥‥。紙幅が尽きた。自分で考えよう。

 

 

 

砥礪54/55

 

校庭の梅の花も満開になりました。季節は確実に春へと向かっています。

 

 

世の中では原潜の事故、そのときの総理大臣のゴルフなどなどいろいろなことが起きています。そんなに大きなことではないですが、私の周りでもいろいろなことが起きています。いくつか書こうと思う。

 

 

先日、出張で講演会を聞いてきた。再来年度から本格的に始まる「総合的な学習の時間」についての話だ。私はモバイルギアでメモをしながら聞くので、コンセントのあるところを探して休み時間に座っていた。200人ぐらい入る会場で前から5列目ぐらいのところである。

 

すると、私の前のところに二人組のおばさんの先生が座った。休み時間と言うこともあり、良くしゃべっている。そして、時々そのうちの一人が後ろを振り返るのだ。私もつられて後ろを見たのだが何もない。

なんだろうと思っているところに、

「すみません。うるさいのでどこか別のところに行ってくれませんか?」

という。何のことかというとモバイルギアの入力の音である。確かにカタカタという音はしなくはないが、ほとんど聞こえない音である。

私は、一瞬固まってしまった。

 

理由一 私は人がいないときからコンセントを探して座っていた。

理由二 私の方が先に来て座っている。

 

私は、

『コンセントがここにあるので移動できないんですけど』

と言った。そうしたら、諦めて不満そうではあるが理解していた。

もし、さらに何か言われたら私はさらに言い返していただろう。

『ということは、私のコンピュータがうるさいんですね?』

「そうよ」

『ということは、そのうるさいのを他の人が感じるのはかまわないわけですね?』

と。そしたら、喧嘩になったろうなあ(笑)。

 

これって、何かににている。

私がゴミ焼却場だとしよう。ゴミ焼却場は、だいたい市町村の境目にある。中心は商業地域になっていて煙がでるのをいやがるからだろう。そういうわけで家を建てる人は、なるべく街の中心地に建てようとする。しかし、だんだん端っこにも家は建ってくる。そして、

「煙がすごいからどっかいって」

となるわけだ。これでゴミ焼却場が町の中心部に行ったらどうなるのだろうか?

 

講演会の会場だって、私は人がいない端っこを選んで座っていた。その姿を見てワープロがうるさいから私から離れて座っている人もいただろう。私が

「すみません。うるさいのでどこか別のところに行ってくれませんか?」

という言葉を受けてそっちに移っていたら、そこにいた人が迷惑を被ることになるのではないだろうか。

 

確かに、ワープロの入力の音とゴミ焼却場からでる煙とでは問題の質が違いすぎるが、話の構造は同じだと言うこと。ちょっと考えてしまった。

 

 

毎月二十六日は多摩市は風呂の日で、公衆浴場が市民は只で入れる。足を延ばして入れる風呂が只である。私はできるだけ行くようにしている。こないだも行った。風呂はレモン湯でいい香り。

 

湯船につかる前に体を流したのだが、そのときに荷物を置いといた場所は50歳ぐらいの別の人が使っている。見ると左肩に彫り物がある。うーむ。私は隣の洗い場を使った。すると、

 

「お、兄ちゃん悪いな。ここは兄ちゃんの場所だったかい」

『いやー別に構わんですよ』

なんて会話をしていたら、私の右肩に視線が注がれた。

「お、兄ちゃん、面白いところから毛が生えているな」

私の右肩には大きなほくろがあり、思春期を過ぎた頃から毛が生えてくるようになったのだ。

『ぬははは。珍しいでしょ』

「どうしたんだい?」

『いやー、賢い人間には生えてくるんだそうですよ。参ったなー』

「うひゃひゃひゃ。兄ちゃん、彼女に嫌われないかい?」

『まあ、もう慣れているからねえ(オレは独身か?)』

「そうかい」

『こういう体に生んでくれた親に感謝しなくちゃねえ』

「そうかいそうかい。俺みたいにこう(刺青を指さす)なっちゃあおしまいだよ」

『なんの。まだまだでしょ』

なにがまだまだなんだか私も分からなかったが、こんな会話をしたのであった。

 

肩から毛が生えいる。他人から見れば結構インパクトのある映像だ。

思春期の頃の私には、結構つらいものがあった。プールの時期になると必死に剃っていた。親をちょっとだけ恨んだりもした。

 

それが今では、何にも気にすることなく銭湯に行き、『こういう体に生んでくれた親に感謝しなくちゃねえ』なんてこともさらりといい流し、『賢い人間には生えてくるだそうですよ』なんて馬鹿みたいに自慢している。

 

体の違いは、仲間と比較しやすいため簡単に優越感や劣等感と結びつく。身体の大きな変化は、あなたの心が一番鋭敏な時期と重なる。ちょっとしたことで傷つくんだなあ、これが。

 

しかし、人間は成長したり、慣れたりしてあれだけ悩んでいたことをすっかり忘れたり、意識しなくなったりするのだ。君たちのみらいには、いま悩んでいる程度のこととは比較にならない大きな出来事が待っているし、抱えきれないほどの幸せも待っている。

 

今だけ、ちょっと辛抱せいや。

 

 

三年生の都立高校一次試験の発表が終わった。

これで一応今年の大方の進学先が決定したことになる。職員室には三年生がつぎつぎに報告に来ている。その姿を見ながら

(いよいようちらの番がやってきたなあ)

という思いである。

 

試験前の三年生を見ていると「楽勝。余裕、余裕!」「大丈夫大丈夫」と先生に言っている人と、黙々と努力を重ねている人とに分かれていたように見えた。

 

 

少し前までの生徒たちは、何かうまくいったことがあると

「俺は、やるときはやるんだよ」

と言っていた。

私はその言葉を聞きながら

(変だなあ)

と思っていた。

(それって、たまたまできたのであって、やったらできたじゃないか?そんなにお前努力していたか?)

と。

 

ここに時代の流れを感じる。

いまの生徒は、やってもいないときに「大丈夫、余裕、楽勝」と言い放つ。

(この根拠のないままの自信はなんなんだろう?)

と、このところずっと考えていたのだ。が、なんとなく答えがわかった気がする。

これは、根拠のない自信ではなく、単なる不安の現れなのだと気がついた。簡単に言うと強がりである。

 

試験勉強というのは、やってもやっても不安なものである。特に自分の進路の方向を決める入学試験の勉強なんて、試験範囲は広いし、問題は難しいし、とても大変である。

 

いくら何でも自分が勉強していないのは自分自身はわかっている。そこにさらに不安をあおるような言葉が入ってくるので、「大丈夫、余裕、楽勝」と言葉のバリアを張って、その侵入を防いでいるのである。

 

しかしする事が違うのだ。言葉のバリアで防ぐのではないのだ。努力をしなければならないのだ。不安をかき消すように勉強しなければならないのだ。

 

 

言葉を分類するといくつもの分類の仕方がある。私は、このことを考えていて、「内側に言うことば」と「外側に言うことば」とに分けられるのではないかと気がついた。

 

がんばれ!

大丈夫!

余裕!

楽勝!

 

というのは、実は外に向けて話す言葉ではなくて、自分が自分の内側に向けて言う言葉ではないだろうか?そうして怠けそうになったり不安がったりしている自分を励ます言葉なのではないかと思った。

 

外に向けて言葉を出して不安を逃がすのではなく、その不安を解消するぐらいやりつづけ、「内側に言うことば」を使えるようにしたい。

 

 

期末試験も終わったなあ。

(採点がんばれ!)

自分を励ます池田であった(笑)。

 

  

 


改めて読んでみた。最後が尻切れトンボであった。実に私らしい。

この子たちは、今は高校一年生。時の流れは早いなあ。

2003/2/24

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