トップページ

2006年09月29日 (金)

おー脳!!


今更ながら『放送禁止歌』(2003年:光文社知恵の森文庫)という本を買って読む。過去にこのTVドキュメンタリーを見た記憶(多分、再放送)もあり、脳の片隅にまだその感慨が残っていたからだ。


放送禁止歌

今更ながらこの本を読む気になったきっかけは「つボイノリオ」なのですが、前エントリで紹介したCD『エレック・コミックソングセレクション抱腹絶倒』には、放送禁止になった曲が多数入っています。今でも「それはやむを得ないかな」と思われる歌詞のものもありますが、現在ではそれほどでもないとも思われる。まあ、曲が生まれた時代が違うし世相も違う。こうして実際CDとなって編まれて発売されているのだから今は問題が無いとされたのでしょう。

さて、この本について。最初はタイトルの通り、放送禁止歌を材にしたドキュメンタリー番組を企画・放送されるまでの顛末が語られています。で、その材となった何曲かが放送禁止歌に指定された背景等に続き、日本とアメリカの違いをデーブ・スペクターとの対談で、最後に『竹田の子守唄』に絡めて部落差別の話になる。非常に考えさせられる(こんな簡単な言葉だけではいけないとは思いますが)内容ですが、結構読みやすい文章で書かれていて直ぐに読み終わった。この読みやすかったのがクセモノかも(後述)。パッと見、メディア(特にTV)の現体制への批判っぽいが、それだけでもないと思う。各章末に書かれている事からも、それは見て取れる。「自覚性を持つこと。主語を自分にすること」や「葛藤や煩悶があるからこそ、愚痴や罵倒に逃げるのだ。少なくとも麻痺さえしてなければ、いつかは何かを変えることができる」等である。

ところでこの著者、森達也氏の名前は前に何処かで見たことがあるなと検索したら、以前に読んでみようかなと思った本にありました。『ご臨終メディア―質問しないマスコミと一人で考えない日本人』という森巣博氏との対談を纏めた新書です。随分前に「もうTVなんて見ねぇ」というようなエントリを書いた時期に符合します。

ご臨終メディア―質問しないマスコミと一人で考えない日本人

結局TVは試聴時間は減れども見ていますが、今でも現在のTVメディアはどうだろう?と思っているので買ってしまいました。まだ全部読んでいませんが、「なぜ軸がずれるのか」というところから始まっているけど、それ以前になんかこの二人の方が軸がずれてる感じもする。昨今のメディア周辺の不祥事等について痛烈な言葉(主に森巣氏)で批判することで、現メディアの体質や体制、ジャーナリズム的な側面が腐敗していることを浮き彫りにしようとしている。対談形式のせいか読みやすくもあるが、読みにくい所もある。また読み進んで行くに連れ、なんだか主張したいことがよく解らなくなってくる。とは言え、よく解らないながらも森氏が主張したいことは先の『放送禁止歌』とほぼ同じことの様だ。実際メディアも悪いが、メディアに対する批判なんてのはどうでも良いのだ。売らんが為の奇抜なタイトルにはきっとそれほど意味はない。むしろサブタイトルの方がメインで、「一人で考えない日本人」に集約されているのだと思う。こんなストコドッコイなメディアを熟成してしまった、これまでの、現在の僕を含めた「世間」とか「世情」とかが結局の所悪いのだと言っているのだろうと思われる。しかし、そんな危機を抱きながらも「少なくとも麻痺さえしてなければ、いつかは何かを変えることができる」と楽観的に見てると感じる。

さて最後に、これと一緒に森達也著の本を買い漁っている自分がいた。何か『放送禁止歌』を読んだ時に彼とシンクロする部分があったのかも知れません。

【ついでに買ったもの。角川文庫になってる3冊】
「A」―マスコミが報道しなかったオウムの素顔 職業欄はエスパー 世界が完全に思考停止する前に


Posted at 01:08 |  >  |   |