教えること 


 教えることは喜びである。 

 僕は時々今ではあまり使われない言葉を使うことがあるようで、辞書を引けないので読み方を教えてほしいというメールをもらうことがある。メールに返事する時間さえあればこれは難しいことではないから、すぐに読み方を書いて返事するのだが、自分で調べてからたずねるべしと考え、自分で調べない人にはそんなことではいけないと説く人があるようなのである。

 僕はこんなふうに考えている。僕が知っていることならいくらでも情報提供をしよう。でも、もしもわからないことがあればその時は教えてもらおう、と。give and takeであることも、take and takeのことも、またgive and giveのこともあるかもしれないが、あまり問題にならない。今の時点では、ただただ受けるだけということも当然あるだろう。それでいいと思う。いつか自分が知っていることについてたずねられたら答えたらいい。その答える相手は、かつて自分の質問に答えた人とは限らないし、そのようであることのほうがむしろ普通であろう。

 教えることは学ぶことである。自分が知っていることを教えたら損をするわけではあるまい。学生の頃、先生にギリシア語を教えてもらった。僕はそのことをありがたいと思ったが、それに金銭的に返すこともできなかったし、そもそも先生がそうすることを禁じた。どうしたらいいかという問いへの先生の答えは、いつか君と同じようにギリシア語を学びたいと思う人がいれば、その時はその人に教えてください、というものだった。 

Posted: 月 - 8月 8, 2005 at 08:30 午前          


©