見栄っ張りな人 


 今日は学校で昼に講義をした後、夜に尼崎で研修があるので、その間どう過ごしたものか迷っているうちに結局、講師の控室で過ごしている。 

 加藤周一の『二〇世紀の自画像』(ちくま新書)を読み進む。国に何が起こっているかについてマスメディアの他に情報源がない一般大衆と違って、情報を得ることができる知識人について、知らなかったではすまされないと厳しく批判している。長いものにまかれるほうが楽であるし、そうするほうが生活も楽になるかもしれないが、そんなことではいけないだろう、と過去の回想としてではなく、今の問題として考えないわけにいかない。

 講義の後、食堂で食事をしていたら、卒業生が話しかけてきた。「私は見栄っ張りでしょうか?」「見栄っ張りな人は自分をよく見せようとしますが、強い劣等感がある人だと思いますよ」「私は劣等感が強いです。何も知りませんし」「何も知らないことを知っている人は見栄っ張りではありません。見栄っ張りな人は自分が何も知らないことを認めようとはしないから」 

Posted: 木 - 9月 8, 2005 at 04:47 午後          


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