働けど働けど 


「働く」の意味。 

 エドワード・ホフマンの『アドラーの生涯』(金子書房)が届いた。昨年の3月来かかりっきりになって翻訳したものである。思っていたより早くできあがってうれしい。書店に並ぶのは16日以降ということだが、いよいよである。A5版、525ページという分厚い本で価格もはるが、どうなることか。本ができ上がったのに、まだ一向に気が晴れないし、解放感もない。

「働く」はどういう意味かたずねた人がある。僕は今読んでいるアンナ・ハーレントのことを思ったが、難しい話ではなく、「働く」とは「端(傍)が楽」という意味なのだそうである。ハイデッガーのように怪しげな語源論だと一瞬思いもしたが、おもしろいとも思った。僕が働いても、端(家族)は少しも楽にならないということをいいたいのだろう。経済的なことについていえば、今も昔も少しも貢献できてないからそれについては目をつぶってもらうしかないのだが、僕の仕事の様子を端で見ていると少しも楽にならない、つまりは、僕がいつも苦しいというようなことをいっているのがいけないのだろうと思う。 

Posted: 日 - 8月 7, 2005 at 01:59 午前          


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