「ヒトラー 〜最期の12日間〜」 


 ヒトラーが地下要塞で自殺を遂げるまでの12日間。 

ヒトラー 〜最期の12日間〜
 トラウデル・ユンゲというヒトラーの秘書を務めた女性の視点からヒトラーが自殺するまでの12日間を描く作品。3時間近い長編ながら息も継げず、終わってからもすぐには席を立つことができなかった。

 映画はナチスについて多くを知らず、もとよりホロコーストのことも知らないままに、ソ連の砲火を避けるために地下要塞に退却し、実行不可能な作戦を熱く語り、部下の裏切りに怒り狂う、おそらくはすでに正常ではなかった、しかし、時折優しさを見せるヒトラーに関わったユンゲの視点から全編が描かれているがゆえに、ヒトラーに対して無批判的なという評価もあるけれどもそれはいたしかたがない。映画の終わりにインタビューに答えるユンゲの発言が一挙に全編のヒトラー及びナチスへの意味づけを覆している。

 ユンゲは自分がナチスに関わったことについて、そのことを不可避のことだったとは思わない。個人的には自分には罪(Schuld)がないと思っていた。しかし、後には、間違っていた方向に進んでいったのに、「決定的な瞬間に自分で決断を下さず、人生をただ雨に降られるままにしておいた」(トラウデル・ユンゲ『私はヒトラーの秘書だった』p.338)。そう考えて自分を責め続けた。「あなたはまだあんなに若かったのだから」というアリバイは崩れ去ってしまった。

 映画の最後のインタビューでは名前だけが言及され、詳しくは説明されなかったゾフィー・ショルは、1943年に処刑された。フランツ・ヨゼフ通りにあったゾフィー・ショル記念銘板にある日気がついた。彼女はユンゲよりも一歳年下。しかし、ドイツ女子青年同盟に入っていたゾフィーはヒットラーのもとで何が行われていたか知っていたのである。

 映画の中で一番印象的だったのは最後までヒトラーと運命を共にしたゲッベルスの妻の行動である。6人の幼い子どもたちに睡眠薬を飲ませ、その後、ひとりずつ母親らしい「慈しみ」をこめて毒殺していくマグナは完全に狂気に捕われている。

 まだ年端もいかない少年も、年配の男性も市民軍として徴兵される。彼らは武器も持たず足手まといでしかない。そのような市民軍について発言した大臣にゲッベルスもヒトラーも平然といい放つ。誰も強制はしていないのだ、自業自得だ、彼らの選んだ運命だ、と。国を守ろうという思いすら、容易にこんなふうに踏みにじられる。個人の命など国益の前には少しも問題にならない。

 今日の為政者たちのこと、地上戦が行われた沖縄のこと、そして、何よりもイラクのことを思った。映画館で観たからだが、爆発の音、銃声は身体に響く。理屈抜きの恐怖を感じた。終始悪夢を見ているような思いだった。

ヒトラー 最期の12日間
ヨアヒム・フェスト 鈴木 直
4000019341
私はヒトラーの秘書だった
トラウデル・ユンゲ 足立 ラーべ 加代 高島 市子
4794212763
 

Posted: 土 - 8月 20, 2005 at 05:43 午前          


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