南木佳士『山中静夫氏の尊厳死』(文春文庫)
「頭の中で考えていた死はもっと自然だった」
文庫判のあとがきに南木氏はこの作品について「心身ともに危機的な日々をなんとか生きのびて、自分の仕事場がいかに危険な場所であったのかを、机の上であらためて確認している作品」といっている。僕が勤務していた精神科の医院では三年の間、一人だけ亡くなられた。直接カウンセリングをしていたわけではないが、そのことは今も僕の心にかかっている。医師の今井は年間四十人を看取ると書いてある。よほど神経を鈍らせているのでない限り、尋常の精神には堪え難いことは容易に想像がつく。そしてこのようにして既に三百人以上の死を看取っていたことを今井は家で妻には語らない。 患者の山中は初診の際、「私は肺癌なのです」と切り出した。そのようなことは、今井には初めての経験だった。入院後も毎日自分の墓を作るために病院を出ていく。死は医師と患者の間でタブーの話題ではなかったが、医師の精神に相当な負担をかけたであろう。今井医師は、『阿弥陀堂だより』
の美智子でもある。 山中は勇敢に自分の死と立ち向かっていったように見えるが、こんなふうにいっている。「頭の中で考えていた死はもっと自然で、もっと安らかに訪れるはずのものだったのに、こんなことなら病気について何も知らなかった方がましだったかも知れない。治るのだ、治るのだと信じながら少しずつ弱っていった方が少なくとも精神的には楽だったかもしれない」(p.78) ドストエフスキーの中の『白痴』の中の死刑囚のエピソードを思い出した。この死刑囚は刑の執行の直前に特赦で罪を一等減じられ死刑を免れたのだが、銃殺刑を宣告されてからの二十分の間は確実に死ぬと信じて疑わずその間の恐怖がいかにたえがたいものだったかを語る。 今日、肺癌の診断技術の発達は目覚ましい。医師自身も早期か末期かという判断ができず、患者といともに治療にチャレンジした時代とは違うのである。正確な診断結果を患者自身が知ることが果たして患者にとっていいことかどうか、少しでも死なないという希望がある方がいいのではないか、はにわかに判断できない。
Posted: 金 - 2月 27, 2004 at 04:12 午前