『頭医者』(加賀乙彦、中公文庫) 


文庫本で700ページ近くもあるこの『頭医者』は、もともと3冊の単行本が一冊になったものである。 

 主人公の古義医師が精神科に入局、病院や拘置所で臨床経験を積み、フランスに留学して日本に帰るまでが描かれている。古義医師は作者の分身でもあり、自伝的小説である。帰国後、書き始めた小説の話が最後に出てくる。それが『フランドルの冬』で、いうまでもなくこれは加賀乙彦の処女作である。

「生真面目に事実を追っていくだけでは、あの時代はかえって描き出せないと私は思った。むしろ思い切ったフィクションを加え、自分の体験を茶化してしまうことで、自由な反省や考察が可能になると考えた」(「まじめなあとがき」p.690

 僕は、フランスに留学してからの話がとりわけおもしろかった。古義医師が参加したアンリ・エイの講演会で講演後活発な質疑応答がされるが、その時、立ち上がって質問するのが、ミンコフスキーだったり、ラカンだったりで、名前しか知らぬ俊英の様子が見事に描かれている。アンリ・エイは古義のもともとの指導教授とは派閥が違っていて、この講演会に参加したことが後に問題になるようなところは、昔も今も変わらない。偏狭な精神。

 題名の「頭医者」は著者の造語だが、もしも僕がこの本をもっと若い頃、読んでいたら人生はずいぶんと違ったものになっていたかもしれない。僕自身は早々と医師になることを断念し、魂の医師になるのだと哲学者を目指したが、もしも、このような決心をする頃、精神科医というものがあることを知っていたら、と後に何度も思うことになった。

頭医者
加賀 乙彦
412202028X
 

Posted: 日 - 12月 4, 2005 at 03:06 午後          


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