南木佳士『阿弥陀堂だより』(文春文庫) 


 医師と結婚した作家志望の夫は新人賞を受賞するが、その後は不遇が続く。世間には、充分な収入があり、多忙で有能な妻と、稼ぎはなく家事しかできない無能な夫と見られているだろう、と二人は意識していた。 

 やがて妻が心を病んだのを機に美智子と孝夫は故郷の信州に戻ることにした。ここで長年阿弥陀堂を守るおうめ婆さん、そしておうめ婆さんの言葉を「阿弥陀堂だより」として毎月村の広報誌に書く難病と闘う小百合が織りなすドラマ。

 町の総合病院の若い中村医師が、美智子に医学の最前線で働くべきではないか、と問われて答える言葉が印象に残った。

「落ちこぼれてみないと見えなかった風景っていうのがあるのよ。背伸びばっかりしていると視野に入らない丈の低いものの中に、実はしっかりと大地に根をおろしている大事なものがあったのよ。そういうことに気づいてから、落ちこぼれっていうのも悪くないなって思っているんだから」(p.157

 家事もできなかった頃の自分のことを思い出した。決して無能だと思っていたわけではないのだが、こだわっていたことはたしかである。人並みに常勤の仕事に就きたいと思い、実際そうしたこともあるが、続かなかった。結婚前に「一体いつまで娘を働かせるつもりですか?」と義母に詰め寄られたこともあった。奨学金を頼りに(今も返済を続けている)研究を続けた。

 おうめ婆さんはこういう。

「九十六年の人生の中では体の具合の悪いときもありました。そんなときはなるようにしかならないと考えていましたので、気を病んだりはしませんでした。なるようになる。なるようにしかならない。そう思っていればなるようになります。気を病むとほんとの病気になってしまいます」(p.114

 いつか背伸びをやめた時、僕の人生は変わり始めたように思う。僕にも見えなかった風景が見えてきた。 

Posted: 土 - 1月 10, 2004 at 11:03 午後          


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